岡本太郎は、新しいことについて名著『今日の芸術』の中でこう語っている「新しいということはそれだけで価値のあることだ」。つまり新しいことというのは今まであった古いことから保守的な攻撃を受けることが多い。また、たくさんの人に受け入れられることはない。しかし、岡本太郎はそれでも「新しいということは無条件に価値のあるものだ」と言う。さらに、新しいことに携わる人達を分類すると、独自に先端的な課題をつくりあげ前進していく前衛的な人(アヴァンギャルド)と、それを上手にこなして、より容易な型とし、一般によろこばれる人(モダニズム)とに分けることが出来る。僕はこれからの大学4年間、アヴァンギャルドな試みを常にしていきたいと思う。
僕は高校3年生のときの体育祭の思い出を決して忘れない。僕の高校では体育祭のメインイヴェントに仮装という演技がある。そこでは1カラー120人の生徒がそれぞれの役の衣装を身にまとい、大道具や小道具を操りつつ、ストーリーにそった踊りを音響に合わせて踊るのである。みんながひとつになったフィナーレはゾクゾクする感動をもたらした。
総合芸術・コラボレーション。もちろん物理的達成感が感動のウェイトの多く占めているかもしれないが、仮装でしか味わえないこの二つの意味は大きい。音楽・美術・舞踊・文学などの多様な芸術性が仮装を構成するという点での総合芸術。その総合性と、一つの仮装をみんなで作るということが素晴らしいコラボレーションを誘発する。僕が仮装で感じたものが、ただの根性主義の達成感と違っていたのは、総合芸術性とコラボレーションがあったからだと信じている。
しかし、いざ高校という場を離れてしまうとそのような機会がなかなかないように思える。社会の中で、みんなが一つのことを成し遂げて感動を得るという機会は、団体でスポーツをやったり、ベンチャー企業を設立したりといったときでしかない。だいたい総合芸術という概念も、芸術をコラボレーションしながらみんなで作り上げるという考えも世に浸透していない(音楽の面ではバンド・オーケストラなどがあるが)。そこで今、コラボレーションによる総合芸術を可能にするのがデジタルメディアとネットワークであると考えている。ということで僕は、仮装でのあの感動を再び世界中の人達と共有するための環境を作るべくSFCに入学したのである。これからのSFC生活でそのようなネットワーク環境を作り、さらに自分からも総合的な芸術作品を作っていきたい。