メイン

オヤジの本棚 アーカイブ

2006年10月29日

読みかけの本

「シネマと書店とスタジアム」と言っておきながら、本の話が出てこない。別に本を読んでいないわけではなく、最後まで読んでいないのだ。要するに読みかけのままで置いてあるということだ。まず、福田和也が「悪の読書術」で絶賛していたので白州正子の「遊鬼―わが師わが友 」を読んだのですが、ちと高度な教養や美の世界にはついていけない感じで止まっています。

それと実は村上春樹なんです。えっと驚くと思いますが、村上春樹が読み切れないのです。あの分厚い京極夏彦の「鉄鼠の檻」も読めるのになぜなんだ(意味が違うか)。 それで、息子から文庫の「風の歌を聴け」を借りて読んだのだが、どうも以前読んだことがあるなあと思いながら読み進めたが途中で止まった。そうなんです、これが面白いことにふと自分の本棚をあさっていたら、同じ本が出てきたのです、しかもちょうど途中でやめたと同じところに頁の折り返しがあったのです。そうなんですね、数年前も同じところでやめているんですね。

それでどうしてなんだろうかといろいろ考えてみて思い当たったのは、同じ世代であることじゃないかと思い至ったのです。どうしてそう思ったかというと、ちょっと前に上原隆と関川夏央の本を立て続けに読んだのだけど、あまり気持ちよくなかったのです。実は彼らも同じ団塊世代の作家で、読んでてホントよく分かるんです、そうだったねそういうこともあったよねという感じになるが、また同時にその当時のいやだったことや恥ずかしかったことなどが思い出されてくるわけで、なんとなく嫌な気分になるというわけです。と言いながら沢木耕太郎も同世代です。ただ「シネマと書店とスタジアム」は評論みたいなものだから情緒的でないところで受け入れられるのです。だから「深夜特急」は読んでいないのです。少し意識しすぎているのかもしれませんが団塊世代の作家の本は苦手ですね。

昨日やっと読み終えた本が出てきて、もう気楽に読める本ということで奥田英朗の「延長戦に入りました」です。これはスポーツに関するエッセイですが、普通のスポーツエッセイとはちがって、著者があとがきで”冗談の通じる人には最良の爆笑本だと信じています”言っているように変なネタで大いに笑わせられる。たとえば、傑作だったのは「ボブスレーの2番目の選手は何をしているのか?」のコラムなんか抱腹絶倒ものですよ。奥田英朗は、「インザプール」「空中ブランコ」「邪魔」「最悪」というところを読んでいますがホント面白いです。冗談好きのあなたにお薦めです。

ところで、「最悪」を読んだと言いましたが、正直言うとこれまた読みかけで置いてあるのです。なぜって、この本を読んでいるとき、人生最悪のことが続けて起こったんだもの。

2006年11月08日

小説がなくなる?

リリーフランキーの「東京タワー」を読む。だいぶ遅くなって読むことにしたのは、書評やネットの書き込みでは、号泣ものの小説というふれ込みであったので何となくその手のものは避けていたが、下の息子が読んで部屋に置いてあったので、自分では買う気はないが家にあれば読んでみるかのノリで手にする。最近涙腺がやたら弱くなったぼくとしてはわーぼろぼろ涙かなあと期待?しつつ読んでみた。結果的にはほとんど泣かなかった。なぜみんな号泣するのだろうか。

読んでいる途中でふと”なんじゃこれは”と考え込んでしまった。あのおー、ストーリーがない、情景描写がない、葛藤がない、ない、ない。いや書いてあるんですよ、家族の物語が、東京タワーの景色が、会話が。でも文章を並べてあるだけ、自分史を書いてあるだけ、格言的コピーを間にはさんであるだけ。だからって批判しているわけではないのです。既成概念でいう小説と違うと言っているわけで、リリーさん本人も小説ではないかもしれないと言っている。おもしろいのは、リリーさんの紹介で「文章家、小説家、イラストレーター、コピーライター、作曲家・・・・」となっていて、最初に書いてあるのが文章家なんですね。

そうなんです、この作品は「文章」ということのようですと勝手に思っています。だからぼくには号泣する本ではなかったわけです。つまり、リリーフランキーというひとが自分の家族や友達のことを「文章」にしただけで、そのエピソードがフツーのひとより劇的であったということなのであって、母親に対する愛情や逆に母親が子どもに向ける愛情というあたりは、ほとんどのひとと変わりがないのではないかと思う。それこそガンで死ぬ母親はいっぱいいて同じシーンが繰り返されているので、感動はしますが、そこで号泣するというのはぼくにはよくわからなかった。

繰り返すが否定しているわけではなく、従来の見方では収まらないことになっているようだ。これは、文学だけの世界ではなく他の学問や芸術の世界でも同じような現象だと思う。ブログに代表されるようにだれもが表現するようになり、また他のジャンルとクロスオーバーできる手段が多く出現したということで、多分”同じレベルで共感”できるものが支持される時代なのではないかと思う。ある意味、「東京タワー」はブログ小説なのかもしれない。

2006年11月17日

「ナイフ」の描く世界がそのままだ

重松清の「ナイフ」は、いじめをテーマにした短編が収められている。この本は平成9年に刊行されたものだから、今から9年前の作品ということになる。今読んでみて、このなかに書かれたことが、現実にいま起きていることと同じなのに驚かされる。面白いことに重松清は、いじめに対して家族を特に父親を前面に出して展開している。もうひとつの当事者である教師の視点はほとんど無視されている。

いまのいじめの問題に関して、学校や教育委員会を”いじめて”いるが、それももちろん問題はあるがやはり家庭というか家族のありようがもっとも重要な点であるということなんだと思う。家族が大きく異常に”ゆれる”ためこどもたちが振り落とされているような気がする。これはいじめられる側もいじめる側も同じで、特にいじめる側の家族の問題(育てられ方の問題)が非常に大きいと思う。

いじめと自殺について、良いことを言っているブロがーがいる。このひとある映画のことで検索していたらひっかかったんですが、内容的にもぼくの好みにあっていたるのでよく見ています。その”www.さとなお.com”という有名なブログから少し長くなるが引用します。

だから、自殺が「世間にオオゴトとして取り上げられ」「相手がこっぴどく怒られ」「涙を流して反省もし」「強烈に後悔もし」しかも「自分が悲劇のヒーローになれる」チャンスとして機能している限り、自殺はなくならない気がする。だってアテツケなんだもん。視野狭いんだもん。まぁ個人的体験から言っているので一概には言えないけど。ということは、「オオゴトとして取り上げられない」「相手は涙を流して反省しない」「死んでも悲劇のヒーローになれない」という方向に自殺のイメージを変えれば、少なくとも自殺は減るかも。もしくは「そんな甘美なもんではなくて、すっっっっげーーーー痛いし、死んだあともキレイじゃない」とか。
 いまのマスコミの取り上げ方はこの逆を行っているから当分無理。報道すること自体で自殺を助長している。こういう時こそ報道協定を結べないものか。

ぼくもホントそう思う。ここですこし話はそれるのだけど報道するをおおやけに議論すると読み替えてもいいと思うので、この議論することについて考えてみた。ものごとの現象あるいは意見に対して、議論すべきこと、議論すべきでないでないこと、そもそも議論できないものに分かれるのではないだろうか。

いま、マスコミで格好の議論ネタは、いじめと核武装ではないかと思う。いじめは引用文にも書いてあるとおり、報道すべきことではないのです。だって報道してだれのためになるんでしょうか、いいことはひとつもない、かえって煽るようなことになり逆効果である。この問題はひとえに特定の家庭と教室の問題であって、そこでみんなが知恵をだして解決していくことが重要であって、いじめがあった学校の校長が頭を下げる映像をテレビで流してなんの意味があるのだ。マスコミの勘違いもはなはだしい限りだ。

事実を客観的に報道するのがつとめだなんて言うけど、報道は決して客観的にもできないし、事実を伝えることもできない、所詮マスコミが自ら作った「客観的事実」でしかありえない。だから、意図的に”報道しない”という姿勢も必要であると思う。

議論できない問題としては、核武装論議がある。北朝鮮の核実験以来いま盛んに報道されていて、芸能人まで巻き込んでやかましいが、これに対してこのあいだ朝日新聞の星浩さんの記事が秀逸でこれにつきるのではないでしょうか。高村正彦議員の言っていた意見として紹介したもので、曰く、議論というのは両論あってこそその賛否について意見を戦わすわけであって、核武装について言えば、核武装論者がいてはじめて議論というものが成立すののだが、日本の議員のなかで日本は核武装すべきだというヤツはどこにもいないわけで、そもそも議論なんてできないというものであった。

いま、真剣に議論しなくてはいけないのは、「教育基本法の改正」です。衆院委員会を通ってしまったが、多くの時間をさいて議論しつくしたと自民党は言っているが、そうは思えません。肝心な議論をほったらかしていて、”やらせ発言”なんてことを議論しているんですから全く困ったものだ。このやらせ発言の件だって、ぼくから言わせれば、議論する必要がないと思う。だって、重要なことはやらせ発言の結果どうなったかであって、それがが明らかになっていないのに、そこに行くプロセスの話をどうのこうの言ってっもはじまらないでしょうということです。

このようにマスコミがどうでもいことと非常に重要なこととの峻別ができなくなって来ている。ワイドショーならまだいいと言いかけて、待てよワイドショーの罪も大きいかもしれないと思いつつ、マスコミの姿勢がすごく気になる今日この頃です。

2006年11月30日

サムシンググレート

以前、村上和雄という遺伝子研究で有名な人が書いた「人生の暗号」という本にえらく衝撃を受けたことがある。遺伝子の解読というのはすごい勢いで進んでいて、人の遺伝子の暗号は、20世紀の最後にほぼ解読されているんですね。ですごく驚いたのは、全DNAのうち実際に働いているのがたったの2%ぐらいなんだそうです。あとの98%はなにをしているのかがよくわからないのです。さらに最も驚いたのは、遺伝子にはスイッチみたいな作用があって、それがオンになったりオフになったりするらしい。だから、いい遺伝子のスイッチをオンにあるいは使われていない遺伝子をオンにできれば、人間の体や心を変えることができる可能性があり、例えば、人の気持ちが体を動かして、その結果、病気が治ることがありうると知ったとき、もう頭ががーんとなってしばらくそのことばかり考えていた。

確かに大事な事があったそのときは気が張っているので風邪もひかないとか、土壇場になるととてつもない力を発揮するとか、何か得たいのしれない大きな力があるような気はしていたが、それが科学的にも説明されると納得してしまう。こんな構造を作ったのは、大自然の不思議な働きによるもので、これは「サムシンググレート」としか言いようがないんだそうだ。

ただし、だれでもいい遺伝子をオンにできるわけではなく、「高い志、感謝、プラス思考」がそれを可能にすると村上先生は強調されています。また、恐ろしいことにその逆に「低い志、わがまま、マイナス思考」はいい遺伝子をオフにしているか、悪い遺伝子をオンにしていることになる。そういう人が増えているような気もしますね。

その村上和雄と濤川栄太といって新・松下村塾の塾長をやっている人の共著で「人間 この神秘なるもの」という本が致知出版社から上梓された。以前の衝撃があったのでさっそく買い求めて読んでみた。ところがどうだろう、対話形式で書かれているんだが、残念ながらかみ合っていないように感じられた。濤川栄太は村上先生の言われた「高い志、感謝、プラス思考」が遺伝子のスイッチをオンにして病気を治すことができるを実践した人で実際に10余りの大病を患っていたのを克服してしまった。そこで二人が”美しくしなやかな日本人、その遺伝子をオンにする生き方、考え方は”というでテーマ書かれている。

「日本再生」っていうところに行っているので、ちょっとした違和感と飛躍しすぎみたいな思いで読み終える。そういう祖国愛につなげるような話ではなく、もっと個人的なレベルでいいのであって、それこそ「高い志、感謝、プラス思考」を本当に実践できれば自分のカラダに絶対いいことがあるんだということでいいんじゃないかなあ。ぼくは、最近「神様」がいると信じているが、実はこのことなんだ。自分のなかに「神様」いるんだと。

村上先生の本は、これではなく「生命の暗号」あたりを読むことを薦めます。
〔文庫〕生命の暗号

2007年01月05日

正月の正しい過ごし方

最近、正月が面白くない。毎年駅伝なんかのスポーツ中継をだらだら観てしまう。それで今年は本を読むことにした。だからって駅伝は見ないかというと音を消してみることにした。ときどき本を読む目をテレビに移して順位を確認する。これで十分だし若手のアナウンサーのやかましい声が聞こえないだけでもいい。
というわけで、何冊か読んだ本を紹介します。

・「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」(村上春樹)

 以前、同世代の作家の作品は恥ずかしくて読めないと書いた。だから村上春樹の小説も読みかけのままほおってあるとも言った。しかし、ついに初期3部作を読破した。

どうして読めたか考えてみた。まず村上春樹の読者層はおそらく背広にネクタイをしめた人は少ないと思われる、そうなんです、そりゃあ会社勤めでもいいんだけど、それにどっぷりつかっていては村上春樹は読めないんじゃないかな。頭であるいは理屈で読むのではなく、ぼくは“スイングする感覚で読んでいける"かではないかと密かに思ってみた。

でぼくは今会社勤めをやめこの歳になってやっとその“ノリ”をわかったのかもしれない。

・「ウエッブ人間論」 (梅田望夫、平野啓一郎)

 梅田さんの「ウエッブ進化論」を読んでいるのでちょっと読むのを躊躇していたが、平野啓一郎との対談なので面白いかなという感じで手にする。

これ二人が噛み合っていないんです。まずそれ以前に対照的なのは、平野君は言っていることが相変わらず難解。彼の芥川賞作品「日蝕」を読んだとき全然分からなかった記憶がある。それに対し、梅田さんの言っていることは明瞭でわかりやすい。そして、梅田さんの底なしのオプティミズムに懐疑的な平野君という対立構図がなんとも愉快で、どっちが年寄りなのかわからなくなってしまう。そのあたりは、“おわりに”に梅田さんが書いてあることが端的に示しているので紹介する。

 平野は、「社会がよりよき方向に向かうために、個は何ができるか、何をすべきか」と思考する。それに対し、梅田は、「社会変化は、否応なく巨大であるゆえ、変化は不可避との前提で個はいかにサバイバルすべきか」を最優先に考える。

あまり書くとネタバレになるのでここまでで、じゃあお前はといわれそうなので一言。
Web2.0の世界は、“Optimism & Democracy”が前提であるが、梅田さんの超楽観主義は、同じく超楽天家のぼくも一瞬たじろいでしまうくらい明快だ。ぼくらの生い立ちから言うとおわかりでしょうが“自分たちの手で社会を変革するんだ”式思考回路のほうが自然なのだ。まあだからWeb2.0なんだろうけど。不連続の連続ということかもしれないが、あまりにも安易に変化を許容してしまうのもちょっと怖いような気がするオヤジです。

ウェブ人間論
ウェブ人間論
posted with amazlet on 06.12.27
梅田 望夫 平野 啓一郎
新潮社
売り上げランキング: 72


・「ハイ・コンセプト」(ダニエル・ピンク、大前研一訳)

サブタイトルが、“「新しいこと」を考え出す人の時代  富を約束する「6つの感性」の磨き方”となっている。この6つの感性というのは、デザイン、物語、調和、共感、遊び、生きがいのことである。この磨き方は、右脳を使えということらしい。論理的、分析的左脳タイプのひとから、統合的で感情表現や全体像の把握ができる右脳タイプへと成功するひとのタイプがシフトしていくと言っている。

左脳タイプのひとの仕事はどんどんインドなんかにとって替わられてしまい、クリエイティブな人が残るということだそうだが、この話どこかで聞いたことがあると思ったら、なんのことはないトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」に同じようなことが書いてあり、フラット化した時代に生き残れる人、すなわち自分の仕事がアウトソーシング、デジタル化、オートメーション化されない人をやはり右脳を使ってするような仕事に就いている人と規定している。

確かにわかるんだけど、この本にも単純な二元論的な世界ではないと書いてあるように、左脳もやはり大事でむしろこれがベースでそこに右脳的な部分を加味していけばいいというのが正解だ。

それとこれも単純に例えばプログラミングは左脳を働かせてやる仕事だという意見にもぼくは与さない。なぜなら、ぼくもITに関わりだしたころはそう思っていたけれど、どうも違うんじゃないかと思うようになった。それは、プログラムでもデータベースでもいいんだけれど、できたものを「これは美しい」と言うのを聞いたときからだ。全部論理的に決まったものしか生まれないと思っていたのが、作るひとによって違い、機能も含めた美的要素が大きく関係するという。

誰かが言っていたがコーディングはある種の文学だ、だから理科系の人間より文学部出身のプログラマーのほうがいいコードを書くと言っていてた、まさに至言である。

何を言いたいかというと、どんな仕事、職務でも全体をデザインする力、物語を作れる力がなくてはいけないのであって、ぼくはよく囲碁の例で言うんだけど、囲碁で重要なのは最初の布石でしょう、そこをうまく打てるかが勝敗を分けるのに、いきなり四隅の生き死にに走るひとがいる、そうじゃないでしょということです。

少し、話それたがダニエル・ピンクの言っていることは前から言われていたことだと思うが、きっとよりそれがクローズアップされる時代になったということなんだと思う。

2007年01月13日

藤沢周平の世界

映画「武士の一分」について書いたので、藤沢周平についても書いておきたくなった。最近「週刊藤沢周平の世界」という本が発刊され、創刊第一号が「蝉しぐれ」であった。作家の名前の週刊誌というのはどういうものか読んでいないのでわからないが、週刊誌が作られてしまう藤沢周平はすごいなと思う。

こんなのは藤沢周平くらいかなと思っていたら、「週刊司馬遼太郎街道をゆく」があった、さすが司馬遼太郎だ。やはり、現代ではこの二人が双璧かもしれない。

佐高信の著作「司馬遼太郎と藤沢周平 「歴史と人間」をどう読むか」では、もともと佐高は山形県出身や反権力ということもあり、藤沢周平に肩入れした書き方であまり気持ちよくないのだが、二人の目線について書いていて、要は司馬は上から歴史をみている、すなわち権力者側から鳥瞰している、それに反し、藤沢は下から、庶民の目で歴史をみているというようなことを言っている。確かに、司馬の描く小説のほとんどには歴史上の人物が主人公であるが、藤沢のそれは、一介の武士が主人公となっている。だからといってどちらがいいかではなく両方とも読みごたえのある小説家であることは間違いない。

藤沢周平の代表作というと、「蝉しぐれ」、「用心棒日月抄」「たそがれ清兵衛」「隠し剣」シリーズなどがあるが、ぼくが好きな作品は、「三屋清左衛門残日録」、「海鳴り」、「ただ一撃」(暗殺の年輪に収蔵)も3本です。「海鳴り」、「ただ一撃」はどちらかというと他の作品と趣が違っていて、ぼくは藤沢周平が司馬遼太郎と違うところは、むしろこういう作品を書けることではないかと思っている。「海鳴り」は不倫の話で江戸版「愛の流刑地」(大げさか)です。「ただ一撃」は読んでいる人少ないかもしれませんが、あっと驚く結末で飄々としたところがすごく好きなところです。

「三屋清左衛門残日録」は、この歳になると身につまされる小説で、よってこのブログも言ってみれば「mark-wada残日録」でもありますのでよろしく。

ぼくは、こうした時代小説というもので絶対に読んでおいたほうがいい作家が三人いる。前述の藤沢周平、司馬遼太郎と塩野七生である。それぞれ、下級武士あるいは庶民から見た歴史、日本の国全体の大きな流れとして描かれた歴史、世界の中心としてのヨーロッパの歴史が圧倒される知識と筆力でせまってくる。作品は膨大な数になるので全部読むのは大変です。もちろんぼくも読みきっているわけではないのですが、これからできるだけ読み込んでいきたいと思うのであります。

2007年01月14日

会ったことがない昔の知り合い

外岡秀俊が書いた「情報のさばき方」という本の紹介をして、少々目的と違ったと言いましたが、しかし、新聞記事の書き方だとか、記者魂だとかの話は面白く、それからは新聞をああこういう風にして記事を書いているんだなあとか思って読んでいます。要するに読み手の目的と合致しなかっただけのことです。

この外岡秀俊という人をぼくは30年も前から知っています。知っているといっても会ったことがあるわけでもなく、たしか昭和51年度文藝賞を「北帰行」という作品で受賞したことを知っているだけだ。もうその作品の内容は石川啄木のことを書いたものであったなあぐらいしか覚えていないが、そのときの外岡秀俊がまだぼくより年下で東大法学部4年在学中の23歳であったことに衝撃を受けたことを鮮明に記憶している。だから、その後朝日の記者になっても、彼の署名記事を読むたびにあの外岡秀俊が書いていると無意識に追いかけていた。

似たような話で、寺脇研のことがある。やはり東大法学部出身の文科省のお役人で有名なゆとり教育の推進者であったが、昨今ゆとり教育の批判の矛先が彼のところに行き、昨年退官してしまった。ところがこの人、別の顔を持っていて、それは映画評論家なんです。これも30年も前のことですが、「キネマ旬報」という雑誌に読者の投稿欄があり、そこに映画評を載せてくれる。ここによく載っていたのが寺脇研の映画評なのです。常連だったんです。実はぼくもキネマ旬報に何度か投稿したのですが、全く採用されずに自分の才能のなさにがっかりしたものです。ですからよく覚えていて、その後、新聞等で彼の名前がでるたびにあの寺脇研だと意識していたわけです。

こういうことってありですよね。結局、過去の自分の確認と時間の経過を知るために、こんなマークの仕方もあるということです。


2007年01月27日

考えよう地域の情報化

「ウェブが創る新しい郷土」という本を読む。著者は丸田一という地域情報化のフリーの研究者です。テーマはネットとメディアで地域の活性化を図れというもの。

前半は、地方における境界や中心商店街の消滅のことや地域の情報化とは何かが書かれている。空間をデザインする都市計画と集団をデザインする地域情報化の対比のなかで、ともに「活動の場」のプログラムでありながら、参加者の「場の利用」をコントロールする都市計画に対して、参加者自身に「場の設計」を促進し、運用させるのが地域情報化であると規定している。地域における活動の場には、「地域プラットフォーム」と「地域メディア」があり、それにより地域活力の向上と地域実体の回復が期待できるとしている。

とここまでの解説はまあなるほどと思わせるが、後半の事例の紹介から俄然面白くなる。ここで紹介されている事例は、“対話の共同体”として、「シニアSOHO普及サロン・三鷹」、「富山インターネット市民塾」、「鳳雛塾」、“想像の共同体”として、「佐渡のお笑い島計画」、「PACと住民ディレクター活動」、「地域SNS」である。詳しくは本を読んでみるのが一番で、ぼくだけかもしれないが先進的な地方で様々な挑戦を行い、成功した事例があることを知って驚いてしまった。

ここで、感じたことは、インターネットやテレビなどを従来型の使い方から創意工夫により変えていっていることである。具体的には、地域限定的なSNSであり、テレビは見るものから使うものへの変化である。このような事例を見ていくと地域の活性化は、インターネットや放送という技術を物理的に近接しているという地域独自の空間の中でうまく道具として使い、そこに住む人たちが主体的に活動することで達成できるのではないだろうか。

ぼくもWeb2.0を考えるとき、グローバルに見る見方の対極としてのローカル性も注目していたが、この本を読んで頭の中が整理できた。ぜひ一読をおすすめしたい好著です。

2007年02月13日

芥川賞はプロ野球のドラフト会議だ

第136回の芥川賞が青山七重の「ひとり日和」に決定した。早速文藝春秋を買ってきて読む。文藝春秋の新聞広告の大きいこと、しかも作者の全身写真付き、びっくりですね。まあ、最近は芥川賞掲載の文藝春秋の売上がすごいからつい力が入るのでしょう。何しろ、3年前の金原ひとみと綿矢りさのダブル受賞のときは何と118万部売れたそうです。

さてその「ひとり日和」ですが、石原慎太郎と村上龍が絶賛したように(山田詠美は退屈だと言っていたが)、久しぶりに力量のある作家の登場を予感させられる。芥川賞の受賞作は最近不作が多いとぼくは思う。例えば、大道珠貴の「しょっぱいドライブ」、吉村萬壱の「ハリガネムシ」、モブ・ノリオの「介護入門」なんてどこがいいんだろうと思ってしまう。前回の伊藤たかみの「八月の路上に捨てる」にしてもぎりぎりの受賞レベルだ。そこからいくとこの作者はすばらしい。

「ひとり日和」は、母娘の生活からひとりで東京にいる親戚のおばあさんの家に下宿する若い女性を描いている。いわゆるニートで将来に希望もあまりなく、何となく生きているけだるさやそこからの変化をおばあさんとの会話のなかでうまく表現し、またその筋立ても無理がない。ほんと都会で孤独におびえながら、でもそれから積極的に抜け出せない(出そうとしない)、いまの若者の姿がよくわかる。最後に正社員になる結末もリアルな感じですごくいい。ただ、河野多恵子が言っているが、「よい小説を書き得た体験は、その後にいつも通用するとは限らない」のでこれからの精進がみものである。

最初に言ったように、芥川賞は芥川ショーのようになっている。確かに商業主義的な要素は避けられないが、まだ世の中で認められていない作家の登竜門なのに騒ぎ立てるはどうかかとも思うが、これはプロ野球のドラフト会議なのだと思えば得心がいく。さあ、あなたは1位指名しましたから、プロ球界(文壇)で活躍してくださいということなのだ。期待に対する賞であって、実績に対するものではないという変な賞である。だから、プロ野球の場合も1位指名でドラフトされても活躍できなかったやつは山ほどいるのと同じように消えていく作家もいるわけです。

ぼくは最近の芥川賞はだいたい受賞作が決まるとすぐに文藝春秋を買って読むことにしている。やはり、そこには現状の典型のようなものが現れているので、今はどういう時代なのかを確認するのには格好のナビゲータかもしれないと思うからである。

2007年03月06日

「デザイン思考の道具箱」を読む

社長(息子)がこの本おもしろいよと言ってもってきてくれたのがこれで、一気に読んでしまった。著者の奥出直人は慶応大学環境情報学部の教授で、社長は長いこと奥出先生の研究室にいて、あとがきで謝意を述べているひとたちに自分の名前が入っていることもあり、すぐに買ってきたようだ。

この本の趣旨は、「デザイン思考」によって新たな「創造プロセス」を築き「イノベーション」を起そうということ。

もはや従来型のアプローチではイノベーションを起すことができなくなってしまった。こうした考え方や方法論が経営戦略の立案やプロダクト、サービス開発に生かされてきているというものである。iPodの例などすごく面白かった。

創造プロセスは、哲学・ビジョンの構築→技術の棚卸とフィールドワーク→コンセプト/モデルの構築→デザイン→実証→ビジネスモデル構築→ビジネスオペレーションという全部で7つのステップから成っていて、それぞれにまた実際のワークモデルが提示されていて、非常に分かりやすい。

奥出先生はぼくも実際にお会いしてお話をしたことがあるが、知性のかたまりのようなひとで、大変な知識量と行動力、多彩な人脈など圧倒されますが、それと同時に理論だけではなく企業や大学の研究室などで実践におとしていることが素晴らしい。

ぼくは、いま企業の情報システムの構造と作り方を考えているが、まさにこの本に書いてある方法論こそ求めていたものであった。

それはそうと、タイトルがいいですね。デザイン思考という言葉とそれに道具箱と名づけたことが気に入った。そうなんです、何か作るときって道具が要るのに、意外とそのことについて言ってくれないし、おろそかにするひとが多いんです。道具とか技術の要素って重要であると思っていたので意を強くしたのであります。

2007年03月24日

字幕屋さんのウップンばらし

「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」という長たらしいタイトルの本を読む。著者は、太田直子といって、映画字幕翻訳を始めて約20年、手がけた作品1000本あまりのいわゆる「字幕屋さん」。

これがなかなか面白い。普段字数を制限されることばかりであるのが、本ならいくらでも書けるので、はじけている感じです。

何といっても一番おもしろかったのは、セリフの長さと字幕の字数が決まっているということ。1秒のセリフなら翻訳文は4文字以内、2秒なら8文字、つまり「1秒=4文字」なのだそうだ。要するに人間の字を読むスピードに限りがあるので長たらしい文章は読み切れないのだ。だから、セリフをそのまま翻訳したら「1秒=4文字」ルールに収まらないことが多く、短くまとめなくてはならない。

従って、こうした「要約翻訳」がゆえの悩みがいっぱいでてくるわけなのです。なかには、吹き替え版と字幕版を比較して違うとクレームをつける人も出てくる。例えば、吹き替え版では、「なぜもっと前にそれを言わなかったんだ?」が、字幕版になると「なぜ黙ってた?」となるわけです。

そのほかにも、「私」「ぼく」「おれ」のどれをわりあてるかとか、教養、常識がなくなってきて、当然常識として知っているだろうことがわからないので固有名詞ではなく一般的な言い方になるとか、「知識の基準」をどこにおくかが難しいそうだ。

それとか、配給会社の注文で意味を変えてしまうこともあるということで、感動と涙を誘うために反対の言葉を叫ばすとかがあるとのこと、そうなると映画も捏造なのかと驚く。

まあ、字幕屋だと清水俊二か戸田奈津子くらいしか名前が浮かんでこないけど、こういう人もいたのだと再認識。字幕屋のその内幕が半分愚痴って半分楽しんで書いてあって、いちいち納得しながら一気に読んでしまった。

これから、映画を見るときは少し字幕のことを気をつけて見てみようと思っています。

2007年04月03日

あの時代のことを少し

並行して読んでいた村上春樹の「ノルウエーの森」と中公新書ラクレから出ていた「アグネス・ラムのいた時代」を読み終えた。そして、植木等が死んだ。

「ノルウエーの森」は1969年~1970年ころの物語であり、「アグネス・ラムのいた時代」では、昨年亡くなったグラビア写真家の長友健二が1960年から1980年くらいにかけて、多くのスターやアイドルを撮った、そのときどきのエピソードを中心にどんな時代であったかを書いた本である。

だからいま、ぼくの20代を思い出している。1968年から1977年である。

「ノルウエーの森」の主人公のワタナベ君が「僕の学校の学食のランチは、A,B,CとあってAが120円でBが100円でCが80円なんです。それでたまに僕がAランチ食べるとみんな嫌な目で見るんです。Cランチを食えない奴は60円のラーメン食うんです。そういう学校なんです。」と言った学校に通っていたときにハタチになった。メキシコオリンピックのサッカーで銅メダルを獲得、3億円事件があった年だ。

その翌年に東大安田講堂事件が起き、1970年にはよど号事件、三島由紀夫の割腹自殺、1972年浅間山荘事件と政治の季節でもあった。ぼくはノンポリだったから、構内で火炎ビンが投げられるのを横目にみながら雀荘に入り浸っていた。ワタナベ君のように政治的ではないが生きていることに真剣に悩み哀しんだりはしなかったが、しかし将来に不安をいだきながらモヤモヤしていた。

長友の本によると、このころから日活が一般映画の製作をやめ、ロマンポルノ路線に切り替わっていく。また、1971年には「日本初のアイドル」と呼ばれた天地真理がデビューする。TBSのテレビドラマ「時間ですよ」の隣の真理ちゃんです。どうも、この年から大衆がタレントに求めるものの質が大きく変わったようだ。そう「かわい娘ちゃん路線」である。

そして、いろいろなことが初めてだったらしい。会場で「真理ちゃーん」と掛け声がそろって上がる声援。文房具、雑貨など本人の写真やイラストを入れたアイドルグッズ。そして、アイドルの寿命は短いこと。そのあと、知性派アイドルのアグネス・チャン、元祖バラドルのキャンディーズ、伝説のグラビアアイドルのアグネス・ラムと続く。

かたやかわい娘ちゃんでかたやロマンポルノという対比はいま考えるとおもしろかったなあ。梢ひとみの裸のポスターが貼ってある部屋でキャンディーズの歌を聞いて「限りなく透明に近いブルー」を読んでいるわけで、何かがどんどん変わっていったような気がする。

このあたりでは、シャボン玉ホリデーも終わり、クレージーキャッツもグループとしての活動から、個人での活動が主となっていた。だからハナ肇の「あっと驚く為五郎」なんてあったが、植木等が何をやっていたかよく覚えていない。性格俳優として位置を占めるのはもう少しあとだから、その当時はあの躍動していた無責任男から変貌をとげる脱皮の時だったのだろうか。

あとこの時代で忘れてはいけないのがフォークソングだ。最初は反体制・反戦ソングとして登場し、ぼくらもボブ・ディランやジョーン・バエズの曲を下手なギターをかき鳴らしながら唄ったものだ。フォークソングも政治から四畳半へ変わっていったときでもあった。

そして、ダッカのハイジャック以外たいした事件も起こらずぼくの20代最後の年は終わった。

2007年04月23日

川上弘美と酒を呑みたい

川上弘美の「センセイの鞄」と「溺レる」、「ゆっくりさよならをとなえる」を読む。川上弘美は前から気になっていた作家で、どうしてかというと、ぼくは内田百閒の随筆が好きで読んでいるんだけど、その百閒の影響を受けている作家ということだったので、一度読んでみたいと思っていた。

「センセイの鞄」は確かテレビドラマにもなっていたようだが、ぼくは見ていない。その「センセイの鞄」は40歳まえの女性と30歳くらい年上の先生の恋物語?である。センセイは国語の先生で女性はそのときの教え子なのだが、あるとき酒場で居合わせて、それからしょっちゅういっしょに飲む間柄になる。だから物語は居酒屋で呑むシーンばかりで、そこからすこしずつセンセイのこれまでの生き方や生活がうかびあがっていくとともに女性の心がセンセイに傾いて様がたんたんと描かれる。

実にほんわかとした雰囲気が読者にも伝わってきて癒される。さすが内田百閒に影響されているのか、飄々として突然得体のしれないものがとびだしたり、そのいわゆる空気感がなんともいえない。川上弘美は女性の読者が多いらしいが、男でも楽しめる小説だと思う。ぼくの好きな作家になった。

しかしながら、この本に出てくる飲み屋の場面がまさにリアルでしかもぼくの好みの飲み方なのだ。酒の肴も、いきなり「まぐろ納豆、蓮根のきんぴら、塩らっきょう」だ。そして、「豆腐は万能です」「はあ」「湯豆腐や良し。冷や奴や良し。煮豆腐や良し。揚げ豆腐や良し。万能です」。おでんは、大根につみれにすじお願いしまーす。酒はもちろん手酌です。そして、バーで飲むのはバーボンのソーダ割りだ。まいった。

てなことで、読みながら酔っているようだった。いちどでいいから川上弘美と一緒に呑んでみたい。

2007年05月15日

「林住期」真っ只中

五木寛之の「林住期」を読む。

古代インドでは、人生を四つに分けて「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」と呼ぶ。五木寛之は、人生100年として25年区切りでみると、50歳から75歳までが「林住期」にあたり、この期間こそ、人間の一生のなかでの絶頂期であり、黄金期、収穫期であると言っている。そして、50歳でいったんリタイアすることを薦めている。

一般的な感覚では、50歳までが人生の絶頂で其れから先は余生で人生のオマケのような捉えかたをしてしまうが、そうではなくて50歳からは自分の本当に好きなこと、やりたいことをやることですばらしい人生となる。

意外だったのは、「林住期」を生きるためには、まず独りになることが必要だという。人間は元来群れをなして生きる存在で、夫婦、親子、家庭、地域、会社、クラブ、学友、師弟その他もろもろの人間関係が周囲にひしめいているが、その人脈、地脈を徐々に簡素化せよと説いている。自分ひとりで生きるために生きるということだろうが、ほんとうにできるだろうか、さびしくないだろうか、確かに最後は孤独の中で死んでいくのだと思うのだが。

50歳から楽しもうと言われても、問題は人間のからだは50年経てば“がた”がくるということだ。昔は人生50年と言われていたわけだから、それを薬や医学が延ばしているだけで耐用年数は50年なのではないか。いくらオーバーホールしても戻らないところが出てきて、若いときのようにはいかないのだ。

ぼくは50歳をもうだいぶ越えて「林住期」真っ只中ですが、75歳まで生き生きと過ごすなんて到底無理なような気がする。ただ、ぼくは昔から理想の死に方をひとに言いふらしていて、70歳になってある朝孫がぼくの部屋を空けたら死んでいる、それを見て孫が「おじいちゃん、昨日まであんなに元気だったのに」という、そんな死に方が理想だと言っていた。で、この本を読んで「林住期」を何とか元気に乗り切って「遊行期」に入る直前の75歳にぽっくり行くことをめざそうと考えている。

それにしても、「大河の一滴」で次のようなことを言っていた五木寛之がずいぶん変わったような気がする。

前向きに生きることは悪いことではない。プラス思考でおのれを励まし、人間性を信じ、世界の進歩を願い、ヒューマニズムと愛をかかげて積極的に生きることも立派な生き方である。
しかし、一方で現代の人間の存在そのものを悪と見て、そこから出発する生き方もあるのではないか。その真っ暗闇の虚空に、もし一条の光がさしこむのが見え、暖かな風が肌に触れるのを感じたとしたなら、それはすばらしい体験である。まさに奇蹟のような幸運であると思いたい。

こりゃどういうことなんだろう。多分、五木寛之自身も確か74歳だと思うが、その歳まで生き延びて、そしておのれの「林住期」が良好であったという実感をもてたからではないだろうか。


2007年05月18日

フューチャリスト同盟に入れて

ぼくは、ほとんど毎日決まった人たちのブログを読む。その中には梅田望夫、茂木健一郎、内田樹、高城剛やそのほかIT関連のひとたちがいる。RSSリーダに入れているので毎日それを開いて更新されたブログ記事を読むという算段だ。全部読むとかなり時間をとるのでしんどいのですが追っかけ出すとやめられない。でも、それでかなりの情報が入ってくるので昔に比べれば格段に効率的である。

同じようなことが、いま読み終えた「フューチャリスト宣言」(梅田望夫、茂木健一郎 ちくま新書)にも書いてある。この二人のブログを毎日読んでいるので、この本の中で語っていることはおおかた予想できることでもあり、二人のベクトルも似通っていることもわかっているので、そう驚きや感動はなかったのだけれど、それでも改めて未来志向の楽観主義には敬意を表する。ぼくは、梅田さんの「ウエブ進化論」からそうだけど、99%賛同する。茂木さんの考え方にもちょっと難しいけど好ましく思っている。そんな二人の対談だから、もうそうだそうだとうなづくばかりである。そのなかでも特に感心したとうなところを抜いてみる。

 

「茂木」 アメリカには、日本では評価されないし頭角を現しづらいタイプの人、つまりビジョナリーがいますよね。自分ではすべてをこなすわけではないけれど、ビジョンを示す。

「梅田」 自分では手を動かさなくても、駄目なものは駄目と言って、きちんと方向性を示して全体を動かしていくタイプの人はいますね。日本の現場主義はこういうタイプを嫌う傾向にあります。


そうなんですね。ですから、ぼくは日本のIT産業から世界的なソフトウエアが出てこないのはここに起因すると思っている。すなわち、コンセプト・メイキングを大切にする風土が日本にはないのだ。それと次のような風土もまた拍車をかけているように思える。若い人たちを応援する体制について、

「梅田」 バックアップ体制と言ったときに、官僚的なロジックでお金をいくらいくら出して、というのは全然だめで、本当に必要なバックアップ体制って、社会における精神なんですよね。欠点を含む小さな芽に対して「良き大人の態度」がとれるかどうかということ。ここがいちばんのボトルネックです。日本は新しいことをやった人を賞賛しないですね。それが根源的にまずい。新しいことをはじめると最初は不安だし、何か既存のやり方や既得権にさわっていくという直感から、危険性をまず指摘する。それがよくない。日本はその度合いが強いです。
これもまったくその通りですよね。これまでと違ったようなことをしようとすると、やってもいないのにそれは無理だとか、リスクがあるだとかわけのわからんことを言って反対する。まあとりあえずやってみよう精神をなぜもたないのだろう。こういうことばかり言うと孤立してしまいうかもしれませんね。そんなやりとりを。
「茂木」  ネットってそれぞれの人の倫理観が試されているような気がしますね。ブログの書き方ひとつにしても気を遣う。僕の倫理観としては、基本的にポジティブな気持ちを広げる感じにしたい。イヤなことは書かない。

「梅田」 ブログは教育メディアと限定されるわけじゃないし、自己表現でもあるけれど、若い人がそれを読んで勉強する、という意味が大きいと思います。結局教育って、ポジティブなものを与えるということ以外に何の意味もない。

「茂木」 ポジティブなビジョンを与えること以外に教育はない。梅田さんと同じことをシリコンバレーの人は言うでしょう。でも日本はネガティブな人が本当に多い。僕も梅田さんもそういう意味では孤立しているなあと時々感じる。


そのほか、大学はもう終わっているだとか、たったひとりの狂気で世の中が動くといった過激な発言があるが、これからどういう人間が生きのびるかみたいことを言っていて、そのなかで、たくさんの分野に興味があって、関係性に興味がある、俯瞰してものを見て全体の構造をはっきりさせたいという志向がある人と、その反対にあつことにのめりこんで深堀するんだけどそれが好きで好きでたまらんという人に二極化するのではないかということらしい。僕は以前から情報システムに対して俯瞰力をもって構造化することを唱えているので意を強くした。

まだまだ書きたいことがいっぱいあるが、本の中味を全部ばらすようなことになるのでこれくらいにするが、1%注文があって、特に梅田さんにだけど、若いひとにみんなとんがれとか意識を変えろとか挑発的な言葉を発している傍らに、そうは言っても能力がなかったり、楽観的にはなれない人たちに対しても暖かいまなざしを持っていてほしいと思う。

最後に、この本は「若い人たちに希望と勇気を与えたい」と書いていたが、全くその通りだと思うと同時に、若い人に限らずぼくらのおじさんたちにもあてはまると思う。そう思うような人間だったら「フューチャリスト同盟」に入れてくれますよね。


2007年05月26日

荷風のようにはいかない

ぼくのブログで身辺雑記のようなものを「乱調亭日乗」というカテゴリーにしているが、これは前にも書いたとおり、永井荷風の「断腸亭日乗」から採ってきた。、「断腸亭日乗」とは、荷風が79歳で死ぬ前日までの42年間書き続けられた日記のことで、1日も休まず記されていて、その当時の社会の様子や風俗などが読み取れる貴重な資料でもある。

その日記をベースに永井荷風の生き様を書いた「永井荷風という生き方」(松本哉著 集英社新書)という本を読む。

ご存知のように荷風は、2回の結婚歴があるが、子どももいなく、親戚とも絶交し、友人も少なく、最後は孤独のまま亡くなっている。そういう主義であり、気ままな生活を望んだのである。だから逆に言いたいことを言って人を怒らせても平気だし、お上の批判も歯に衣を着せぬものがある。そして、奔放なる女性遍歴というふうにほんと好き勝手に生きたようだ。まあ、お金持ちの子で遺産がっぷりあったことと売れっ子の作家でもあったからできたことでうらやましい限りだ。

そんなことが、この本に書いてあるのだが、日記の抜書きの羅列みたいなところがあって、もう少し著者自身の思い入れを入れてもいいから、ひとりの作家の魅力的な人物像としてまとめてほしかった。

それにしても、42年間毎日かかさず日記を書き続けるというのはびっくりする。今なら、さしずめ毎日ブログを書くのと同じだ。ぼくも毎日のようにブログを書いているが、42年間というのは気の遠くなる話だ。茂木健一郎が80歳までブログを書き続けたら並ぶ。

「林住期」を迎えているぼくとしては、どうやって老後を過ごすのかが関心事でもあるが、さすがに荷風のようにはいかない。ぼくにはお金もないし、家族もいるし、だいいちそんなに好色ではない。

永井荷風という生き方
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2007.5.26
  • 松本 哉
  • 新書 / 集英社 (2006/10)
  • Amazon 売り上げランキング: 26276
Amazon.co.jpで詳細を見る

2007年05月30日

オープンソースのこころ

いま、業務アプリケーション開発技法を確立中だが、この技法にはオープンソースのソフトウエアを使っている。「Plone」というCMSツールです。また、商用のソフトウエアも使っていてその組合せでアプリケーションを組み上げることを志向している。

なぜ、全部オープンソースでやらないのとか、まだ恐いから有償でもいいから商用のソフトウエアだけで作ったほうがいいんじゃないとか言われることがある。ぼくは、どちらか一方に寄せるのではなく、やはり「棲み分け論」でいくべきだと思う。いいところ悪いところがそれぞれあるし、向き不向きがあると思うからである。

まあ、簡単に言えば、固定的なプロセスで基幹的な部分は保守がしっかりしている商用ソフトウエア、変化が激しく不定形なプロセスは簡単に早く作れるオープンソースのものを使うのがいいのではないでしょうか。言ってみれば、幹は商用、枝葉はオープンソースということです。ただし、これは業務アプリケーションについての話で、OSだとかDBなどのようなソフトウエアではない。

そんなことを考えていたら、息子の本棚に「オープンソースがなぜビジネスになるか」(井田昌之・新藤美希著、MYCOM新書)という本があったので読んでみた。“オープンソースの過去・現在・未来、その深層がわかる!”という言葉が帯に書いてあり、期待してみたが、LINUXやGPLのことやIBMの傾倒などの話が書いてあるんだけど感動しないんだな。

ただ、上に書いたように何でもオープンソース化すればいいんじゃなくてやはりバランスが大事だと言っていた。結局、オープンソースがなぜビジネスになるかという表題の設問に何も答えてくれていないが、オープンソースの歴史を知りたいひとにはいいんじゃないかな。

しかたないから、少し自分で考えてみた。オープンソースで作られたソフトウエアは基本的にはただですが、そのソフトウエアを使ったアプリケーションはただではない。また、その技術を使うためのサポートやバージョンアップ対応なども有償化できると思う。要するにプロダクトではなくサービスに対する対価はありえるのだ。そこでビジネスがやっと成立するのだろう。

また、このオープンソースは、そのもののビジネスもさることながら、ソフトウエア業界に大きなインパクトがある。従来のように高いソフトウエアを売りつけ、当然のようにかかった工数見合いの費用を請求してきたシステム会社はすごいことになる可能性がある。

ところで、オープンソースで誰がしあわせになるのだろうか?ユーザすなわち、オープンソースで作られた仕組みを使う人ですよね。いいものが安く手にはいるわけだから。では、作り手はしあわせなのか、ある意味しあわせでしょ。ある意味と言ったのは、経済的には満足できないかもしれないが(もともとこれを期待しているわけではないのだが)、自分の好きなことをやって、周りから評価されるということは幸せなんでしょうということです。

じゃ、ふしあわせな人はだれでしょう?ソフトウエアベンダーの人でしょうか。だから、システム会社の今後は、ユーザとオープンソース開発者といかにWin-Winの関係が築けるかにかかっている。IBMのように積極的にオープンソースにコミットしていくのか、距離を置くのか決めていかなくてはならない。

いずれにしろ、オープンソース化の流れ、チープ革命の動きは止められないので、僕はオープンソースとうまく付き合う方法を自分たちのリソースと照らし合わせて必死に考えていく必要があると思う。


オープンソースがなぜビジネスになるのか
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2007.5.30
  • 井田 昌之 進藤 美希
  • 新書 / 毎日コミュニケーションズ (2006/06)
  • Amazon 売り上げランキング: 93264
  • Amazon おすすめ度の平均: 3.0
    • 5 何となくオープンソースが分かったような気がした。
    • 1 本のタイトルを変えてみては!
    • 1 タイトルと内容が違う。
Amazon.co.jpで詳細を見る

2007年06月04日

敏感力 VS 鈍感力

べストセラーとなっている渡辺淳一の「鈍感力」を読む。何となく内容が想像できたので買うのをためらっていたら、下の息子が買ってきたので借りて読んだ。

そんなにボリュームがないのですぐに読めるが、内容もやはりたいしたことがなく想像どおりだった。蚊にさされていても平然としているのが鈍感力があり、そのほうが上だという話から入ってきた。えーと思ってしまう。だいいち「鈍感力」なんて力があるもんですかねえ。意識して鈍感になれるのかなあ。できるなら、例えば鈍感力を磨いて力をつけるということも言えないこともないが、ふつうは鈍感なやつは無意識に鈍いだけじゃないのかなあ。やっぱ、感度が鈍いやつはだめですよ。

それで、ずっと読んでいくと何のことはない、鈍感でいることがいいと言っているわけではないような気がする。確かに過敏になることはいけないけど、ぼくはある程度敏感になったほうがいいのではないかと思う。

それで結局何が「鈍感力」かというと、まず何かを感じた後の対応力のことではないだろうか。すなわち、過敏に反応しないようにして、自分に都合が悪いことは適当に流しておくとか、いやな事があっても前向きにポジティブに考えた方がいいとか、細かいことは言わずにいつも大局をみつめているだとか、包容力や人間の器の大きさだとかを言っているだけだ。まあ、環境適応能力とでも言ったらいいかもしれない。

ただし、身体的なものには「鈍感力」があった方がいいだろう。だから、肉体的なものと精神的なものは違うのではないでしょうか。

だから、この本では、感じるところの鈍感さとその対応としての鈍感さの混同、肉体と精神における鈍感さの混同が両方起きていて、全部無理やり鈍感力に結びつけている。

それと、敏感と鈍感の重要性は時代で変わるのではないだろうか、ひところはむしろ「敏感力」のようなものが求められた時代もあったわけで、その時の気分でどちらを強調するかみたいなところがある。今は、良くも悪しくも情報が溢れていて、あまり敏感に反応していたらまいってしまうから、こういう本が売れるのかもしれない。まあ、何でもかんでも「○○力」とつければいいというわけではないと思うが、ベストセラーになったのは、題名のつけ方が大きいようですね。

鈍感力
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2007.6.4
  • 渡辺 淳一
  • 単行本 / 集英社 (2007/02)
  • Amazon 売り上げランキング: 182
  • Amazon おすすめ度の平均: 2.5
    • 1 エロ小説家の戯言
    • 3 眠れる大人
    • 1 根拠が無い!
Amazon.co.jpで詳細を見る

2007年06月05日

敏感な渡辺淳一

昨日、「鈍感力」という本について書いたが、実は渡辺淳一は敏感だったという話を思い出した。

もうだいぶ前になるが、彼があるテレビ番組に出たとき、「渡辺さんはなぜ日経新聞ばかりに連載小説を書くのですか?」と聞かれた。確かに、化身、失楽園、愛の流刑地はみな日経新聞の連載であった。で、その答えが「最初、毎日新聞に載せたのだが、そのとき変な読者がいてボロクソに言われたことがあった。その点、日経新聞は読者のレベルが高く、そんな変なやつがいないので、好意的な反応が多いので、もう新聞小説は日経だけにした。」というようなものであった。

おいおい、あなたの鈍感力はどこにいったの。いちいち読者の批評に敏感に反応しちゃいけないんじゃなかったの、渡辺さん。

2007年06月23日

「フェルマーの最終定理」は最高におもしろい

以前に「博士の愛した数式」という映画を観たのと最近銀座のMである高名な数学者のかたとお話をする機会があって、何となく数学に興味を抱くようになっていたところ、「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン著 新潮社文庫)が文庫になっていたので早速購入して読んでみた。これがまた無茶苦茶おもしろかった。

皆さんご存知のように、フェルマーの最終定理というのは、「xn+yn=zn この方程式はnが2より大きい場合には整数解をもたない。」というものである。そしてフェルマーは、「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」ということばを残して死んでしまったのである。それが17世紀のことである。

それから、長い間、天才的数学者がこの証明に挑んだにもかかわらず、ことごとく跳ね返されたが、1994年についにイギリス人の数学者アンドリュー・ワイルズによって証明されたのである。実に3世紀にわたって悩まし続けた超難問が解けたのである。

この本は、ワイルズがそのフェルマーの最終定理を解いていく過程だけではなく、ピュタゴラスから始まる数学の歴史をも眺め回している非常に壮大な著作である。しかしながら、難解なものではなく、ぼくのような人間でもある程度理解しながら読み進むことができる。

いちおうぼくも理科系なので数学をかじったが、数学のもつ純粋さやある種の美しさはなかなかわからない。でも、この本を読むとそのあたりが数学者の姿勢を作者が暖かいまなざしをもってまじめに描くことにより、じわっと実感してくる。ワイルズがやっと証明ができたくだりでは思わず涙がこぼれてきた。

ワイルズは数学の研究では珍しくひとりで、秘密裏に仕事を進めた。従って、その精神力、集中力は並大抵なものではない。それを言い表わしたワイルズの言葉。
 

大事なのは、どれだけ考え抜けるかです。考えをはっきりさせようと紙に書く人もいますが、それは必ずしも必要ありません。とくに、袋小路に入り込んでしまったり、未解決も問題にぶつかったりしたときには、定石になったような考え方は何の役にも立たないのです。新しいアイディアにたどりつくためには、長時間とてつもない集中力で問題に向かわなくてはならない。その問題以外のことを考えてはいけない。ただそれだけを考えるのです。それから集中を解く。すると、ふっとリラックスした瞬間が訪れます。そのとき潜在意識が働いて、新しい洞察が得られるのです。

いま、数学の研究では珍しくひとりでと言ったが、ぼくはあまりよく知らなかったのですが、数学の研究というのはオープンなのですね。自分のやっていることを仲間に披瀝して間違いをチェックしてもらったり、別のアイディアを出してもらうのがあたりまえなのだ。

それで、ふとシステム開発におけるオープンソース開発を思い浮かべてしまった。基本的に同じように思える。なぜだろうか。そのときちょっとこんなことを考えてみた。数学をやっている人って何のためにやっているのだろうか、世の中に役に立っているのだろうか、フェルマーの最終定理を解くと普通のひとたちにとってどんないいことが待っているのだろうか(数学的にはすごいことだとは思うが)、すごい定理を発見したって特許をとれるわけではないなあ、とかそんなことを考えてしまった。

どうもお金儲けのためではないので、名誉ということなのか。目の前の問題を解くことが本能的に好きなのか。だれも証明できないことを証明したときの喜びを求めているのか。
少なくとも、本気で取り組むものを見つけ、それがお金のためではなく、その問題を解くことにのみ生きがいを感じるというのが美しいような気がしている。そのへんの気分についてワイルズは証明したことを発表した最終講演のあとこんなことを言っている。

すばらしい出来事だったには違いないのですが、私の気持ちは複雑でした。七年間というもの、これは私の一部であり、仕事としてはこれがすべてだったのです。私はこの問題に夢中で、この問題を独り占めしているとさえ感じていました。それなのに、私はそれを手放そうとしていた。まるで自分の一部を失うような気分でした。

ワイルズがフェルマーの最終定理を証明するにあたって、実は日本人数学者の何人かが大いに関係しているのです。特に「谷山=志村予想」というのが濃厚に影響していて、言ってみれば、この「谷山=志村予想」を証明することが「フェルマーの最終定理」につながったわけです。日本の数学のレベルが高いことがわかっただけでもうれしかった。
やっぱ数学は崇高な学問ですね、お金をいっぱい稼いだ「数学者の品格」が疑われる藤原正彦さんへ。

この本には他にもいろいろためになることが一杯詰まっているのと、作家の力量だと思うが、非常に読みやすいのでぜひ一読することをお薦めします。

2007年06月28日

「現場」の意味

「経済再生は「現場」から始まる」(山口義行著 中公新書)を読む。内容は、日本経済再生の兆しが見えてきたが、まだ大企業を中心としたもので、中小企業や地域では苦しんでいて、それを解決するカギが「現場」にあるというもの。いくつかの例が紹介されている。

地方銀行である常陽銀行が不良債権を「処理」するのことなく、不良債権を「減少」させることを行なったもの。すなわち、貸出し先企業の経営改善を銀行がみずから積極的に支援していくというものである。また、群馬県榛名町で起こった町の再生活動がある。榛名湖はワカサギ漁で有名な湖であったが、1997年ころから急にワカサギが釣れなくなってしまう。そのとき市民の有志がたちあがり、炭素繊維の汚水浄化作用を利用して湖の水をきれいにするプロジェクトを成功させたこと。さらに、大阪市の中小企業ネットワークなどの例があげられている。

なかでもすごくおもしろかったのは、三重県の尾鷲総合病院の取り組みで、いまこうした地方の病院では患者の高齢化が進み経営困難に陥っているところが多いのだが、ここでは、NSTというチームで患者の栄養管理を行い、患者の体力や免疫力を高めることで、例えば院内感染が激減したり、そうした変化で経営も安定した例が紹介されている。「現場」の工夫次第でで大きな効果を上げられるという好例である。

確かに、今は地場中小企業をどう活性化するかは重要なテーマであると思う。ぼくも今ITを活用したこうした取り組みを企図しているのだけれど。まだまだ、全体としてのうねり、あるいは組織的な動きにはなっていない。誰かすごい人がいてその人がわが身をかえりみず努力して始めて成り立つところがある。

そうした、硬直感を打ち破るにはどうしたらいいのだろうか。ぼくはいちばん大きな要素は。「情報開示」だと思う。情報をオープンにし、みんなで共有することで連帯感も生まれるし、組織的な動きにつながるような気がする。この本のなかにも、大阪市の例で、中小企業のネットワーク化を先頭にたって推進したある会社の社長は、自分たちが苦労して開発したものを惜しげもなく見せて、それで他の会社から信頼を得たことで、非常にうまく機能するネットワークを構築している。

また、中小企業を支援する「金融アセスメント法」の制定に関わった著者が、従来の官僚主導型金融システムから脱却するには、その条件として、「情報の相対化」と「評価の客観化」が大事だと言っている。この「情報の相対化」というのは、情報公開ということで、金融機関を比較したり、それぞれの特徴を把握するのに役立つために意味ある情報を教えてくださいということなのである。前に、ぼくがランキングを発表しろと言ったのはまさしく「情報の相対化」と「情報の客観化」のことなのだ。

ところで、「現場」という意味はどういうことなのだろうか。逆に「現場」でないところってどこなのだろうか。まあ、常識的には生産現場だとか販売現場だとか、ヒト・モノ・カネ・情報のサービスの授受がある接点のところになると思うが、現場重視に舵を切りすぎると、この本にもこんな記述もあるのですが、「これからのあるべき企業は、「経営者が一市民である企業」です」という、おいおいちょっと振れすぎじゃないのかということになる。世の中、「現場」だけで動いているわけではなく「非現場」もあってこそバランスがとれると思うのですがいかがでしょうか。

それはともかく、これからの日本経済の再生のヒントになる論旨でなかなかよく書けていますのでご一読を。