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酒呑みの自己満足 アーカイブ

2006年11月08日

秋山小兵衛になった気分

昨日、上野で日展を見たあと時間があったので、浅草のほうに足を延ばすことにしました。前々から行こうと思った「鐘ヶ淵」経由「橋場」というコースを選択。ぼくは池波正太郎が好きで多くの作品を読んでいますが、中でも「剣客商売」はお気に入りの作品で、主人公の秋山小兵衛の大ファンです。ですから、秋山小兵衛が住んでいた「鐘ヶ淵」とそこから妻のおはるがあやつる船で行く、息子大治郎の家や料亭「不二楼」のある「橋場」までを自転車で走ってみたかったのです。幸い風が強かったのですがよい天気で大川(墨田川)を眺めながらとてもいい気持ちになりました。

池波正太郎といえば、いいものを食べて、いい酒を呑んでということになるわけで、ちょっと早い時間でしたが浅草で順ちゃん(前にワインをもらった友達)に電話すると、忙しいひとなので空いていないかと思ったら、6時45分までなら付き合えますよという返事。ただし、呑みが蛎殻町であるのでその近くならということで、茅場町の長寿庵にすることになる。決まればすぐに呑みたくなるのはいつものことである秘策を使って自転車をとばし5時ちょい過ぎに到着。実は東京の自転車はそんなに早くないんですね。その理由は、メイン道路の歩道は混んでいることと信号待ちが多いためです。で早く走る秘策はというと、メイン道路を一本入った細い道路を行くことなのです。

長寿庵では、しめ鯖、ぶり大根、玉子焼きでビールと燗酒、仕上げにせいろということで時間がないのでせわしい感じでした。それから自転車を返しながら銀座に出ていつものように「もんぢゅーる」に立ち寄る。先客はめずらしくひとりのR子さんで「おぐ羅」のおでんを食べていた。いきなり、女性バーテンダーのかおりちゃんが自分で作ったという万華鏡を見せられる。どうも「大人の科学」という本で万華鏡の特集があってその付録だとのこと。うちの息子の”電子万華鏡”の話をしていたのでそれで見せてくれたのだと思うがうれしくなってしばし見入る。そのあとは「刺繍」で人間国宝に認定された福田喜重さんが来られ、ひとしきり血液型の話やビリヤードの話やらで盛り上がる。

「もんぢゅーる」で自転車の話をしたら、最近かおりちゃんが自転車でこけて顔をすりむいたことに話が発展し失礼ながら大いに笑ってしまった。さらにママが自転車もいいけど都営バス1日乗り放題500円という割引乗車券があることを教えてくれた。これもお得ですよね。今度東京に出てきたときにはこのサービスを利用してみようと思い、都営バスの路線図をじっとながめ、どこに行こうかなと思い巡らせている。

2006年11月29日

大船の居酒屋

会社勤めをしていたころは、東京で一杯呑んで帰るというのが日課のようなもので、また呑む相手も仕事絡みが多く、呑むことも仕事だと呑み続けることを正当化していた。ところが、会社を辞めて鎌倉に引っ込んでしまうと、当然のごとくその機会は激減する。それでもときどき呑む機会もあって、きのう、おとといと2日続けての呑み会。おとといは、情報システムに関するあるベンダーの研究会の20周年記念パーティが新橋であって、そのあと銀座に出てということで従来パターンであったが、きのうは地元大船で呑むこととなる。

その筋では有名なシステム会社の副社長でHさんという人がいて、ぼくより2つか3つ年上ですが、ときどき呑む間柄で久しぶりに呑みましょうとお誘いしたら、横浜か大船あたりでいかがでしょうかという返事。Hさんは戸塚に住んでいるとはいえ、ぼくがわざわざ東京に出なくてもすむ配慮がうれしく、じゃあいい店を探しておきますと答えたが、さてどこにしようかと思案。やはり、おじさん二人なら居酒屋でしょということでそれなら大船の「鳥恵」に決まりです。でも「鳥恵」で困るのは店に入れるかどうかなのです。もう5時の開店の時から満席なのですから。Hさんには並んでも入る気合でいきましょうと言っておいたのですが、きのうは幸いにもほんのちょっと待っただけでカウンターに座ることができた。すぐ後に来た二人連れが ”すいません、超満員なので”と言われて断られていたのでわれわれは超ラッキーでした。

「鳥恵」はその名のとおり、鳥料理が売りでありますが、実は魚も旨いのです。ここは何といっても旨くて、安くて、しかも量が多いときてますから連日満員になるのもうなづけるのです。Hさんもとり刺しは苦手だったのですがといって一口食べたら、え、とり刺しってこんなに旨いものだったのですかと驚いていました。

Hさんと呑むといつも最後は学生時代の話になって、お互い遊んでばかりいてできが悪かったなあということになる。Hさんのきのうの話のなかで面白かったのは、あまりにも成績が悪かったので担当の教授がご両親にもうちょっと勉強するようにと直筆の手紙を出したという話と、いまだによくみる夢だそうですが、単位がぎりぎりでどうしても受けなければいけない授業があるんだけど、それがどこの教室でやっているのかが分からなくてあせって目が覚めることがあるという話であった。実はぼくも似たような話があるんだけど書くのはやめておこう。

Hさんが翌日セミナー講師があるのでということで控えめの酒量でお開きに。それでも、とり刺し以外にもいろいろ頼んでお腹いっぱいになり、いい気持ちで別れる。お互い近いのでこの気持ちよさを残したままでわが家に帰れることがうれしい。お勘定もひとり3000円いかないというこれまた懐暖かいままの気持ちよさで大満足の夜であった。

2006年12月09日

ソバ屋で憩う

一昨日、久しぶりに所用で東京に出る。中堅の情報システム会社の社長と面談。ちょっとお願いすることがあったのでその依頼とひとしきり最近の業界やユーザの情報について教えてもらう。そのあと、お昼になったので何を食べるかあまり考えてこなかったので、いつも持ち歩いている「東京のソバ屋一覧表」を見る。そこで、次の予定が東京国際展示場だったので新橋駅前ビルの「本陣房」でそばにする。またしても非サラリーマンの特権である昼間のビールを飲んでせいろを食べる。おいしいかった。

実はソバ屋に関する本でいつも持ち歩いている本もある。「ソバ屋で憩う」という本で、残念ながらその作者である杉浦日向子は昨年7月に46歳の若さで他界されてしまいましたが、その杉浦日向子が食べあるいは呑み歩いたソバ屋についてまとめたものが文庫になっている。

なぜいつも持っているかというと、もうだいぶ前からだがKさんという当時同業だった別の会社の人がいて、そのひとと”ソバ屋めぐり”をしているからです。その本に載っている店に順番に行こうということになったわけです。その友達(先輩ですが)のKさんもぼくも酒が好きだから、うまい酒と肴で酔って〆にそばというパターンは言うまでもない。で本の最初のページは浅草の「並木 藪蕎麦」ですからそこからスタートです。

いままでにどこへ行ったかは”mark’s library”に載せておきますが、トピックスを2,3。まず、2回フラれた店の話で、高田の馬場に「傘亭」という有名な店があるんだけど、小さい店だから早くいかなくてはということで、確か6時前くらいに行ったんですが、ナント売り切れごめんなんです。それではということで次は早く行こうと4時半くらいに着いてさあ入ろうと思ったら、ナント本日休業なんです。え金曜日が休み。

もうひとつ、渋谷のNHKの前に「おくむら」という店があって、ここは杉浦日向子の行きつけの店なんですが、ここで呑んでいたら、その杉浦日向子が入ってくるではありませんか、多分NHKの「お江戸でござる」が終わったあとに来たんじゃないかな。

いまは、その本に書いてある店以外にももちろん行っていて、こんなところにこんな店がというのがいっぱいある。まだまだ”ソバ屋めぐり”は続くのであります。

おとなの居酒屋

ちかごろ居酒屋チェーンがあちこちにできているが、どうもどこも同じようなメニューやサービスで変わりばえしない。ただ安ければいいだろみたいな店も多い。最近はやりの半個室のちょっと高級感の店も増えているが、それはそれで結構高かったりする。そりゃ仲間同士の忘年会だとかで利用するが、じっくり呑みましょうということにはならない。なのでオヤジのいくところではないのである。

それと、いわゆる小料理屋というものもめっきり減ってしまった。ぼくは、新橋の柳通り周辺のそれこそおばちゃんがひとりでやっているような小料理屋へよく通っていました。ときどき三味線の音色が聞こえてくるような風情でとても落ち着いた楽しみ方ができました。でもなじみの店もおばちゃんが病気で店じまいです。そんな店がいっぱいです。そうここ5,6年で5軒の行きつけの店をなくしました。

というわけで、おとなの居酒屋がぼくの最近の”注目のブックマーク”です。じゃどこへ行くか。こういうときは、”ソバ屋めぐり”と同じなんだけど、水先案内人を探すのが一番なのです。そこで見つけたのが、「新精選 東京の居酒屋」(太田和彦著)です。元会社の後輩とこの本に載っている店をめぐるツアーを始め、これまで数軒の店に行きました。

一昨日、秋葉原の「赤津加」に行ってきました。まずびっくりしたのは、電気街の中にあるんですね。すげえミスマッチなんだけど、それでいてそんなに違和感がないという不思議な空間であり、メードさんをながめ、オタクと並んで歩いて、入るところが全然ちがうという面白い体験をしました。

「赤津加」の店内は結構広くて、3人で行ったんだけど、大きなテーブルに座りゆったり呑めてよかった。酒の肴も鍋もあったりして豊富です。煮込みやまぐろなどを頼み、ビールと燗酒で看板まで居座る。お客さんもオヤジばかりで、やかましくなくていい。久しぶりに酒を堪能。かくして”居酒屋めぐり”も続いていくのであります。

2007年03月13日

割烹着のある店

昨日は、芝公園で日本BPM協会の交流会があったのでそこに出掛ける。事例報告やWGの進捗などの説明があって、夜は懇親会となった。立食だったので歩き回ってひとしきりいろいろなひととおしゃべりをする。そのあと、その会の幹事のひとりであるUさんと約束していた2次会へ行く。どこにしようかと言うので大門の近くの小料理屋にする。

ここは、「新日本料理 美正」というのだが、何が“新”なのかよくわからない。少なくともメニューはここ5年くらい変わっていない。板さんと女将のふたりでやっていて、さかながうまい店で、お客さんはまあ年配のひとが多く、落ち着いたところです。以前の会社が芝公園にあったのでそのときはちょくちょく接待なんかに使っていたが、ホント久しぶりに行きました。いつものように、お刺身とぼくの好きなさよりをあぶってわさびマヨネーズで食べるやつを出してくれました。

で、これからはその女将の話で、このひといつも着物を着てその上に割烹着をしているのだ。いまの若い人は割烹着なんて知らないかもしれないが、ぼくらのおかあさんは皆割烹着を着ていたのだ。だからって、萌えているわけではありませんので念のために。

あるとき、お客さんがいなくなったので一緒に呑んでいたら、なぜか話がぼくがそのとき住んでいた白山のことになった。下の息子と1年半くらい暮らしたことがあって、いつも近くの焼き鳥屋に行っていて、そこの夫婦とも懇意になった。話が進んで、その焼き鳥屋の話になった。そうしたら私もよく知っていると言い出した。何ということはないぼくのちかくのマンションに住んでいることが判明。しかも、その焼き鳥の娘と自分の娘が中学の同級生でよく知っているという話。大いに盛り上がったのであった。

前にも、たまたまバーで隣合わせたひとがぼくの家のすぐ近くのひとだったという話を書いたが、世の中狭いなあという続編です。

そのとき女将に「ねえ近くなんだから休みの日に一緒に呑みましょうよ」と誘われてしまった。もちろん「ハイ」と答えたが残念ながら実現しなかった。だって、いまどき割烹着を着る人の歳ってわかりますよね。

2007年03月23日

東京呑み歩き隊

おととい痛めた脇腹をかばいながら、昨日続けて東京へ出掛ける。浜松町にあるN社でミーティング。そこの事業部長のUさんとは以前待ち合わせの約束をしておきながら、前の晩に家の階段でしこたま腰をうちつけ、急遽面談キャンセルしたことがあったので、「年とってからころぶとたいへんですから」またまたひやかされてしまった。昨日は、無理をおしても行きたかったが、そのかいがあって面白い話になりそうなので痛みも少し飛んでいったような気がする。

そのあと、浅草橋の「あさだ」に行く。しばらく途絶えていた「ソバ屋で憩う会」です。 初めは、上野の蓮玉庵にしようとしてたら、何と閉店が19時半だと言われて、え、それじゃ30分も居られないやとなって急遽「あさだ」に変更です。そばやは終わるのが早いから気をつけないと。

今回は、いつものKさんとともに居酒屋めぐりをしていた元部下のI君、N君も合流して4人で酒とそばを楽しむ。「あさだ」は創業が1854年とかなりの老舗。いまの店主は8代目だそうだ。ここの名物は鴨鍋のようだが、それは頼まず、たらのめ、ふきのとう、稚あゆのてんぷら、かもの燻製などを賞味、酒は岐阜の篝火の燗にする。

Kさんの趣味は「鉄道模型」で半端じゃなく凝っています。何十万円もする機関車を買っては、それを同好の士が集まるところで見せびらかすのだそうだ。N君が「ぼくも子どもの時は鉄道少年だってんです」と言ったものだから、しばらく、OゲージだとかHOゲージだとかの話で盛り上がっていましたが、ぼくにはよくわかりません。

最後は、せいろを食べて店を出る。そばは適度に歯ごたえがあっておいしいですよ。また転ぶといけないので若干抑え気味で家に帰る。 で、これからも4人でやりましょうということになり、「東京呑み歩き隊」を結成したのであります。

2007年04月24日

セーフティーネット

きのうは、日本BPM協会のワーキンググループの定例会に出席。終わってからメンバーのうちの数人と近くの居酒屋に呑みに行く。入った店の名が「土俵や」という。席についたら目の前にミニチュアの土俵があった。

いろいろな話がとびかっていたが、なぜかセーフティネットがどうのこうのとかいう話になった。そのときぱっとひらめいたのが、あ、土俵にはセーフティネットが付いているんだということ。

だからすかさず、“土俵ってこう盛り上がっているのはなぜか知っていますか?これはねえ、力士がけがしないためなんですよ。土俵で倒されたとき、そのままフラットだと、変にふんばったりしたりして身体をひねったり、どこかを打ったりするのだ。ところが段差があると土俵の上から下に落ちる間に身体がフリーになるのだ。そうすると、身体全体の力が抜けけがをしないですむというわけだ。”とざっとこんなことをしゃべってから、“これこそ究極のセーフティーネットだ”と主張。一同けっこう受ける。

そうなんですね、セーフティーネットというと、それこそ周りにネット張ってそこで拾い上げるイメージだけど、土俵そのものにわからないようにセーフティネットがあるというのがすばらしい。しかも、落ちた力士を砂かぶりの観客が受け止めて押し返すわけで何ともいい世界ではないですか。

ちょっとこじつけ風だが、そんなことを思った「土俵や」であった。

2007年07月06日

屋上ビアガーデン

昨日は、「呑み歩き隊」の久しぶりの例会で、場所がなんと大丸の屋上にあるビアガーデン。そういえば、近頃はビアガーデンというところに行っていなかったことに気づく。ビアホールや地上のビアガーデンには行ったが、屋上ビアガーデンとなると、いつ以来だろうか。四日市にいた頃は、夏になると決まって近鉄かジャスコの屋上ビアガーデンに繰り出したものだ。

そんなわけで、久しぶりの屋上ビアガーデンを堪能した。呑み放題、食べ放題で3500円は、お得感一杯の料金設定。ちなみに、女性は3000円なんだけど、女性だけのグループもけっこういたけど彼女らの呑みっぷりと食いっぷりを見ていると、おいおいちょっと不公平じゃないかと思ってしまう。

昨日は、梅雨のなかの貴重な晴れ間だったのでほぼ満員という盛況ぶり。外で呑む酒は気持ちがいい。
ただ、屋上ビアガーデンというと一番高いところがいいのだけど、大丸屋上も昔は高かったのだろうが、いまや周りに高層ビルが立ち並び、そのビルを見上げながら呑むのはちとやるせなかったのであります。

2007年08月23日

自転車物語

ここのところ3日間連続で東京に出て仕事だった。しかも、一番暑いさなかに家を出ていくので少々バテ気味で、昨日はブログを書く時間もなかった。この三日間は、結果的に、今回開発したシステム開発技法のプレゼンを4回やったことになる。どれもまあまあの食いつきで今後に期待が持てる。

おとといは、そんななか久しぶりに銀座のMに行く。この3日間ずっと一緒のUさんとともに行くが、まだ早かったせいで女性バーテンダーのKちゃんと先客で、前に書いたことがある囲碁の先生のふたりだけであった。出前の焼きそばと餃子を食べながら、疲れを癒す。

しばらくしたら、ここの常連で呑み友達のNさんとR子さんが若い女性を連れて登場。いろんな話をしているうち、なぜか自転車の話になった。そうしたら、これが面白いんだな。それぞれが、何らかの自転車にまつわるエピソードをもっているのである。自転車に乗ってどこやらを一周したとか、自転車でこけたとか、つぎからつぎへと話が続く。で、ここでみんなにすごく受けた(と本人は思っている)ぼくの話をいまから書く。

四日市時代のことで、まだ子どもが小さいとき、いまでもそうだと思うが、春休みに映画館でドラえもんの映画を上映する。あるとき2人の子を連れてそのドラえもんの映画に連れて行った。ぼくは、ドラえもんの映画を観るのはかんべんしてよねというわけで、映画館のもぎりの人に二人を見ていてねと言って外にでることにした。映画館の人も別にいやな顔もしないで引き受けてくれた。

さて、時間ができたが、何をしようか。そうだ、パチンコをしようという思いつきにはしゃいでしまった。というのも、パチンコは、もうずっとやっていなくて、あの数字が3つ並ぶとフィーバーするのって知らなかったのである。最初はおろおろしながらやっていたのだが、何とチカチカやるではないか。玉がもうジャラジャラ出てくる。となりのおじさんがアンタ早く箱を持ってこいとか言ってくれて、その箱が見る見る一杯になるのであった。もう、天にも昇る気持ちで15000円をゲットしたのであります。で、にやにやしていたら、ヤバイこどものことを忘れていた。走って戻ると二人は映画館の待合所でおとなしく待っていてくれたのである。

とここまでは、自転車とは関係ない話ですが、これからです。さて、この15000円を何に使うか。呑んで食っては芸がないということで自転車を買うことにした。さっそく翌日に買ってきたのだが、2、3日経って駅の近くで呑み会があったので、その新しい自転車に乗っていったのである。本屋の駐輪場が近かったのでそこに止めて、呑み会にいったのだが、終わって帰ってみると、あとかたもなく消えてしまったのだ。

ああ、天を仰いで、やっぱり、ギャンブルで儲けた金は、そんな堅実に使おうなんて、せこいことを考えず、ぱーと使うもんだなあと嘆いたのであります。

実はこの話には、後日談、後々日談があるのだけれど長くなるのでこれまでにしておく。
ということで、だれにでもこうしたたぐいのエピソードがあると思う。Nさんがそうだよ「それぞれの自転車物語」というのを書いてみたらおもしろいねと言っていたが、あながち、誇張でもなくありえることかもしれないと思ったのである。

2007年09月21日

思わず出たひとこと

ITmediaでの打ち合わせが終わって、Uさんと二人で有楽町のガード下の「まんぷく食堂」でレトロな雰囲気を愉しみながら、ハムかつと黒ホッピーで乾杯。相変わらず、団塊世代のオヤジの熱い会話。

そのあと、久しぶりの東京だったのでぼく一人で銀座の「M」行く。柳家小里ん師匠が独演会を2日後に控えながら、階下でカラオケに興じていた。稽古もしないでだいじょうぶだろうかと言ったのはぼくではない。

ひとしきりバカ話をして帰ろうとして「思わず無意識に普段のことが出てしまった一言」。

“もう一杯呑んだら寝るわ”

最近、外で呑むことがめっきり減ってほとんど家の中で呑む。だから、呑んだら次は寝るだけなのだ。ああ、電車に乗って帰ることを忘れていた。

2007年10月27日

なんじゃもんじゃ

夏以来の「呑み歩き隊」の例会。今回は、月島のもんじゃ焼きで一杯のコース。老舗の「近どう」で6時半に待ち合わせ。ここは、もんじゃストリートから一筋入ったところだが、さすが人気店で満席である。お客さんは、若い人が多く、特に女性客が目立つ。おじさん4人組はちょっと異質な感じとなる。

どうして、こうもんじゃ焼きがはやるのだろうか。ぼくは不精ものだから、目の前に料理を運んでもらわないと、自分で焼いてというのは苦手だ。せいぜい焼肉ならなんとか自分で焼くが、お好み焼きやこのもんじゃは自分ではできないので、積極的には食べに行かない。この日も、N君に任せて焼いてもらったのを食べる。

周りの若い人たちはみんなで突っつきあいながら楽しそうに食べている。そう、みんなでわいわい言いながら、料理をするっていうのがいいのかもしれない。お酒を呑めない人も楽しめる。

あと、若い人にとっては、料金が安いというのも魅力的なのだろう。ということで、お腹いっぱい食べて、呑んでも3500円といううれしい会費であった。

終わって、家が遠いKさんを帰してから、残り3人で「岸田屋」に向かう。ところが、店の前に数人が並んでいるではないか。さすが人気の「岸田屋」だ。仕方がないので、少し離れたN君の行きつけの「玉ちゃん」という酒場に行くことにする。そこで、主人の友達の佃煮やが釣ってきたという東京湾の魚の刺身をいただく。もんじゃのあとの刺身もいいもんじゃ、というわけで満喫の夜であった。

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2008年03月15日

そばと銀河

昨日は、呑み歩き隊のそば例会。場所は、築地の「さらしな乃里」。今、週に2回ほど築地のある会社に通っているので、その近くということで選ぶ。あいにくの雨だったが早めに到着してひとりで先に呑みだす。こここでのお気に入りの鳥わさとあさりのぬたを食べながら呑んでいるとみな順次到着する。

それぞれの近況を話し、恒例のIさんの変態ばなしがあって、それから話題は、「銀河」のことになった。メンバーにこてこての”鉄っちゃん”おじさんがいるので自然とその方向に行く。

「銀河」というのは東京-大阪間の寝台特急のことである。いわゆるブルートレインというやつである。それが昨日がラストランであった。1949年がスタートだということだから約60年走り続けたことになる。ぼくも学生の頃乗ったことがあるが、夜遅く出て朝早く着くので宿代と時間が節約できるのでうれしかった。最近は利用者がぐっと減ってしまって、このたびのダイヤ改正でその姿が消えてしまった。

東京駅に行って見送るほどではないが、なんとなくこういうものがなくなっていくのはさびしいものだ。また昭和のひとつが消えていった。

そば屋のあとは築地なので魚で2次会。また呑み過ぎた。
 

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