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2007年4月29日

日本のブルース

この間、「たけしの誰でもピカソ」という番組を見ていたら、津軽三味線奏者の浅野祥という高校3年生の若者が出演していた。ブレーク寸前の若手アーティストを紹介するというテーマで、他には大衆演劇の15歳の女形の子とか12歳の天才ピアニストが出演していた。いずれもこりゃすげえというもので、ぼくにもこういった才能があったらなあと嘆いてみる。

さて、その浅野祥君だが、何しろ津軽三味線のコンクールで3年連続優勝したという腕前だから、半端ではない。吉田兄弟が有名だが、この子の津軽三味線もキレがあっていい。そして、番組のインタビューで目標とする人はという問いに、何人かのなかに高橋竹山の名前が出て、篠田正浩監督、岩下志麻主演の映画「はなれ瞽女おりん」のスチール写真が流れた。これですっかり昔のことを思い出してしまった。

かれこれ30年も前になるが名古屋に高橋竹山のコンサートを聴きに行ったのだ。あの力強いたたきつける演奏は胸にしみた。そのころぼくはブルースを聴きだしたので、これは日本のブルースだなと思ったものだ。

で、話は本当の日本のブルースのことになる。日本でブルースを唄う人は少なかったが、なかでも憂歌団というグループが存在感があった。彼らのコンサートにも足を運んだのもそのころだった。ちなみに、俳優の原田芳雄も実はブルースシンガーなのだ。あるとき、やはり名古屋で原田芳雄のコンサートがあって、そのときビールを飲みながら見ていたら、なんと舞台の上の原田芳雄が“おれにビールを飲ませろ”と言ってきて、舞台の上に紙コップのビールを置いて一緒にそれを飲みながら唄い続けたことがあった。楽しかったなあ、これぞブルース。

さて、3日前ほど横浜へ出た帰りに大船の居酒屋で呑んでいたら、そこの店に貼り紙がしてあった。そこには、「内田勘太郎のSHOWが4月29日にこの店で開催される」と書いてあった。もうびっくりした。内田勘太郎というのは元憂歌団のメンバーで日本のブルースギタリストの第一人者だ。スライドバー奏法といって瓶の首のところを使っての演奏は有名であった。

しかし、まさかあの内田勘太郎が大船の居酒屋でライブをやるって信じられない。で、店員さんに「内田勘太郎ってあの憂歌団にいた内田勘太郎ですよね」と聞いてみたが、キョトンとしてわからないのだ。まてよ、しかもSHOWなんて書いてあるから、ひょっとしたら大衆演劇のスターとかと“勘”違いしているのか。家に戻って調べてみたら、まさにあの内田勘太郎なのだ。わあ行きてえーなと思ったが予定が入っていて残念ながらあきらめた。

なにか昔のことを思い出して、そしてみんなしぶとくやっているよなと感慨深かった。

2010年12月12日

コージー大内を知ってますか?

ぼくはその昔、ブルースが好きでときどきはコンサートなんかにも行った。当時は三重県に住んでいたので、名古屋くらいにしかコンサートはないのですが、それでも嬉しくて行ったものでした。たまに、ライブハウスに行くこともあって、バディ・ガイとジュニア・ウエルズが来たときにはおったまげた。

とはいえ、日本には数えるほどしかブルースバンド、シンガーがいなかったので憂歌団がお目当てでしたが、たまに大木トオルとか、そうそう俳優の原田芳雄なんてもブルースを唄っていたのです。原田芳雄のコンサートでは舞台の袖で唄っている本人と一緒にビールを飲みながら聞いたものでした。

それで最近はすっかり遠ざかってしまったのですが、少し前におもしろい日本のブルースシンガーを見つけました。その名は、コージー大内と言います。こいつがすごい。代表曲は「角打ブルース」というやつで“かくちブルース”と読みます。この角打というのは酒屋で立ち飲みするやつのことです。大分県日田地方ではそう言うらしい。

この日田地方の方言で唄うのです。だからぼくには何を言っているのかさっぱり分からないのですが、雰囲気でもうメロメロになってしまいます。内容はどうも酒好きのオヤジのことだとか日常的なことを語っているらしい。まさにブルースの真骨頂でもあります。たまには、こんな泥臭い、そしてある意味必死な叫びを聞くのもいいと思いますよ。



  

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