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安保法制の議論が枝葉すぎる件

今政治の国政では安保法制と新国立競技場がホットな話題になっているが、もっと大事な案件があると思うのだが目下のところこの二つの世論が大きな声となっている。安全保障関連法案についてさほど重要ではないというと怒られそうだが何かこれは戦争法案だとか、違憲だとか、徴兵制になるとか、自衛隊は地球の裏側まで行かなくはいけないだとか枝葉の話になっているような気がする。

つまり、大事なことは日本を取り巻く環境が地政学的にもずいぶんと変化してきて、しかもその変化はグローバルなものなので、一国が勝手に行動できるものではなく国際的協調というのが重要になってきている。そんな中でわが国の安全保障はどうしたらよいのかという論議が必要である。そのための法制はいかにあるべきかという論点にしてもらいたい。端的に言えば、安全保障上、日米同盟も自衛隊も必要で、自衛隊が違憲というなら憲法を改正すればいい。

つまり、国としての安全保障に対するビジョンとコンセプトをしっかりと固めて、そこを国民が共有してどうしたらよいのかのアイデアを出し合いデザインしていくプロセスをふんだらよい。ところが、野党やマスコミがアホだと思うのだが、ビジョン・コンセプトをすっとばして、つまらないレッテルを貼って、感情に訴える醜い姿をさらけ出している。もっと論理的な争いができないのだろうか。

冷静にみたら今法案に反対しているのは、中韓と日本の左派だけだから国際政治の世界での常識は集団的自衛権による自国の安全確保ということなのではないだろうか。先日確かTBSテレビのニュースで南スーダンのPKO活動中の自衛隊が取材されていたが、戦闘が起きたらどうしますかと小隊長に質問していて、答えがすみやかに離れると言っていた。

どうも今度は戦闘に巻き込まれて死ぬかもと言いたげだったが、ぼくが印象的だったのがそんなことではなくて、一緒に活動中のネパールの軍隊が登場していて、彼らは最近でも戦闘でけが人が出たと言っていた。ネパールでさえ(というも失礼かもしれないが)アフリカの紛争地域に国連軍として治安にあたり、いざとなったら住民の安全を守るために戦っているのだ。日本の自衛隊は危なくなったら逃げればいいのだろうか。

どうも、憲法学者の違憲発言が注目されてしまって内輪の議論になっているように思うのだが、もう少し目を開いて世界の趨勢をよく観察してわが国としてどう振る舞えばいいのかをもっと真剣にかつ現実的な議論にしてほしい。安倍首相だって、戦争したいなんて言っていないわけだし、中国の脅威だって日増しに高くなってきているのだから、戦争を仕掛けるなんてことではなく、国民の生命を守るにはどうするのだという根本的な問いを考えてほしい。
  

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2015年7月25日 20:21に投稿されたエントリーのページです。

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