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2015年7月 アーカイブ

2015年7月 2日

なでしこ決勝へ

こんなこともあるんだ。女子サッカーW杯準決勝のイングランド戦でわれらがなでしこジャパンはもう延長戦に突入かと思われた後半アディショナルタイムで相手のオウンゴールというまれに見る結果で勝利した。どんな勝ち方であれ勝ちは勝ちだ。これで2大会連続で決勝の舞台にたつ。しかも相手も同じアメリカである。

初めて準決勝に駒を進めたイングランドであるから、若干日本が有利かなと思われたが、イングランドの前へ前へのシンプルな攻めに悩まされる。しかし、今大会のなでしこは立ち上がりの戦いが良いので始まってすぐに際どいシュートを浴びたがしのぎ、まあまあ互角の勝負に持ち込む。

そして、前半31分に阪口から前線に飛び出した有吉がペナルティエリアぎりぎりのところで相手DFに背中を押されPKを獲得する。これを宮間が落ち着いて左隅に決め1点をリードする。この試合もまたこれまでの試合と同様先制点をあげる。この先行する試合運びがここまで来た大きな要因となっている。

ところが、前半40分にコーナーキックからのゴール前の混戦で大儀見が相手選手の足をひっかけたとうことでPKを献上する。これはちょっと厳しい判定である。足を引っ掛けたというより足を出したところに相手がつまずいたという感じである。今日の主審はどちらかというとイングランド寄りのレフリングだったように思えたのは気のせいだろうか。

後半に入ってもイングランドの攻勢が続き、何度か危ない場面も作られる。バーに当たるといった幸運や海堀の好セーブもあって得点を許さない。後半25分にはお決まりの大野から岩淵への交替があって、日本へ流れを引き寄せるが得点には至らず、いよいよ延長戦に突入かと思われた。

ところが、残り1分くらいになって右からフリーで駆け上がった川澄からのグラインダーのクロスに相手DFがスライディングでクリアーしたボールが無情にもバーに当たって自陣ゴール中に入ってしまった。こんな結末はだれも予想できなかったと思える劇的な幕切れで死闘が終わった。まあ、なでこの粘り強さが最後の最後で生きたのだと思う。

ほんとうに、チームとしてのまとまりとこの全員が根気強く忠実に自分の役割をはたすという姿がすばらしいのである。前回のW杯ではあの澤の同点ゴールからのPK戦で勝利したが、ロンドン五輪ではアメリカの前に敗れた。ですから、世界大会一勝一敗だから、今回は決着をつける戦いである。絶対勝つぞ!
  

2015年7月 6日

ずたずたにされたなでしこ

ワールドカップの決勝は思いもよらない惨めな結果になってしまった。アメリカに2−5という大差で連覇の夢はついえ去った。立ち上がりにアメリカが攻勢をかけてくるのはある程度予想されてはいたが、その圧力はすごいものがあった。これまで、なでしこの試合の入りは良かったのだが見事に打ち砕かれた。

試合開始から16分間に4失点である。いったい何点入れられるのかと心配になったが、こういう時は得てして乱戦になるから反撃はできるだろうと思ったが、2点差までいくのが精一杯で最後はダメ押しの5点目が入り万事休す。

それにしてもアメリカは強かった。個々の選手の能力もさることながらチームとしてもよくまとまっていた。ロイドを中心とした攻めとジョンストンやソロらの堅い守りは世界一にふさわしい。ただ、もうちょっとアメリカというチームをスカウティングしていればよかったと思う。

低いボールのコーナーキックとか、ロイドの変幻自在の動きとか警戒できたはずだ。あれだけロイドをフリーにしたらだめだ。誰かをマンツーマンでつかせるとか手はあったと思うが、攻撃の手はどんどん打ったが守りのところで少し弱かった気がする。そういってもなでしこジャパンはよくやったと思う。予選から負けずに決勝まできたことは賞賛に値する。

日本代表もこれで世代交代を進めるだろうけど、この経験を活かして4年後にアメリカに勝つようなチームを作って言ってほしいと願っている。お疲れ様でした。

2015年7月 7日

新事業プロジェクト始動

最近、このブログはサッカーについてばかり書いているので辟易しているかたもいるかもしれません。女子サッカーW杯も終わったことなのでちょっとちがった記事を書くことにします。かねてから検討を重ねてきました新規事業のコンセプトが固まったのでそのことについてエントリーしようと思います。

弊社の今の主力事業はWebサービスでその他コンサルティングとか出版といったものになっています。今年から次男が加わったのでもう一つの事業の柱をつくりたいなあと思っていたのですが、彼が6月末までWebPRの会社で仕事をしていたのでぼくが細々と計画を練っていたのですが、7月からこちらに合流し、長男の社長も時間がさけるようになったので、かなり精力的に議論した結果、プロジェクトを起こすことになりました。
 
新しい事業は、Webではなくリアルの店舗をプラットフォームにしたものになります。このブログでも書いたことですが、昨年3月に家の近くで書店を経営していたぼくの弟が急死してしまい、苦労して店じまいをしたその店舗を活用するものです。その事業のコンセプトは

本棚に囲まれたコーヒースタンド併設の憩いのスペースをつくる

です。これをまだ仮称ですが「ブックスペース」と呼んでいます。ここにたどりつくには、弊社の主張するものづくり方法論の中の「創造のプロセス」を実践しています。そのまだ入り口である、哲学--ビジョンーコンセプトのところが固まったということです。

ちなみにその哲学は

そもそもが好きだ
本屋の良さを再発明したい
地元を知りたい元気にしたい

ユーザービジョンが

本をキッカケに自分を成長させたい
共通言語(本というコンテキスト)を使うことで仲間と話したい

こんなことを思いながら「ブックスペース」をつくっていこうと思っています。これからどんどん具体的な形に落としこんでいきますが、その進捗に合わせて3人で「栄和堂ブログ」に記事を載せていきますのでそちらの方もご覧になってください。

2015年7月11日

日本は法治国家ではない??

ちょっと前にテレビを見ていたら「ナニソレ?」と思わず叫んでひっくり返ったことがある。テレビ朝日の報道ステーションを見ていた時である。キャスターの古舘伊知郎が、遠藤利明五輪担当相の個人献金問題についてコメントしていたのだが、献金が良いの悪いのという議論のことではなくこう言ったのである。

「これすべて合法だ。だけど合法だから疑ってしまう。」

これにはたまげましたね。法に則って行動なり、処理をしていてどこが問題なのだろうか。何のための法なのだろうか。こうして古館伊知郎が思わず言ってしまったように感情的に気に食わなければ法はどうであれ悪いことになるのだ。冷静に法にてらし適法なのか違法なのかで判断すべきところを「ダメなものはダメだ!」という感情論の類である。

そういえば、この国では法律を守らなくてもまかり通るのを平気で見逃している。法律を作る立場の政治家が法を守れないのだからどうしようもない。その典型は「原発再稼働」である。皆さん、おそらく原子力規制委員会が審査して合格しなければ再稼働できないと思われているかたもいると思いますが、実はそんな権限は持っていないのです。

技術上の基準に適合していないと認めた場合、当該原子炉施設の使用の停止、改造、修理などを命じることができるだけである。つまり、運転しているものを止めるものなのだが、現実には停止命令が出されたわけではないのだ。だから、法的にはすぐにでも再稼働しても構わないのである。

要するに、震災の時にあの菅直人首相が超法規的に止めてしまったままなのだ。変だと思いませんか、しかも、新しい基準をもってきて、以前に適合していたのにダメだなんて言う。後出しジャンケンみたいでおかしな話だ。

さらにもっと大きな話として安保法制論議における違憲、合憲の問題がある。ぼくは、個人的には世の中が変わってきているのだから、そうした環境にあったように変えるべきだと思う。少し飛躍するが個別的自衛権だとか集団的自衛権だとか言うけどそもそも自衛隊の存在が違憲だとなぜ言わないのだろうか。法をねじ曲げて解釈するのも限界に近づいてきているのではっきりしたらいいと思うが難しいのだろう。

というわけで、日本ってほんとうに法治国家なのだろうかと思ってしまう。おとなりの中国を批判するのもいいけど足元もちゃんと見ていきましょうよ。「放置国家」にならないように。
  
(追伸)昨日の菅直人のブログで「認可川内原発を動かせるのか」と題してエントリーしている

川内原発1号機を30年を超えて、原子力規制委員会の認可を受けずして動かすことが法律上できるのか?原発問題に詳しい弁護士と協議している。

原子炉等規制法の条文をしっかり検討して見たが、九電が認可の申請を出し、いまだ認可がされていない状態で、30年を超えて運転できるとは言えないと言うのが共通の意見だった。

核燃料を装填すれば放射線が出て、経年劣化が進行する。核燃料の装填自体違法の疑いがある。

法にもないのに"お願いで"原発を止めてしまった人がこんなことを言っている。
  

2015年7月15日

映画鑑賞記  20150715

イニシエーション・ラブ 監督:堤幸彦 主演:松田翔太、前田敦子

どんでん返し映画なので、ストーリーをばらしてはいけない。SIDEAとサイドBの関係が最後にわかるのだが面白かった。前田敦子は彼女にうってつけの役柄(意地悪さを体現できる)で好演している。だんだんいい女優になっていくようだ。 
 
でもなぜ80年台代の設定なのだろうか?そのころはまだ純朴?な恋愛があったということなのかと思ったが、何のなんの純朴でもなくて女のしたたかさに脱帽。
3.6
  
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夫婦フーフー日記  監督:前田弘二 主演:佐々木蔵之介、永作博美

やっぱ永作ファンぼくとしては、こんな奥さんだったらいいなあと思う。実話ブログから生まれた同名原作の映画化だという。長い付き合いからやっと結婚したがすぐに妻の病気が発覚して、子供を産んですぐに死んでしまうという物語なのだが、その死んだヨメさんがダンナの前に現れてくるという仕掛けで見せてくれる。

深刻な話をコミカルに描いていて、現実も案外そんなものではないかと思う。そんな夫婦を佐々木と永作が息のあった演技でまるで夫婦漫才のようにも思え好感がもてた。
3.5

フーフー日記.jpg


百円の恋  監督:武正晴  主演:安藤サクラ、新井浩文
  
「さかな屋キネマ」というエントリーで書いているので評価だけ。
4.2

0.5ミリ   監督:安藤桃子 主演:安藤サクラ、津川雅彦

安藤サクラの「百円の恋」が素晴らしかったので別の彼女主演映画がみたくなった。しかも監督・脚本が彼女の姉の安藤桃子である。この姉妹はご存知のように奥田瑛二と安藤和津の子供でまあこの親ならと思える才能の持ち主である。さらに映画では安藤サクラの旦那の柄本佑の父親の柄本明も出演していて一家総出と言う感じである。

この映画も面白かった。介護ヘルパーの女がある事件で何もかも失ってしまい、着の身着のままで街をぶらつきながらお金をもってそうなおじいいちゃんを介護しながら住み込んでしまうという生活をする。いろいろな訳あり老人が登場して、彼らの人生がせつなくて泣けてきた。
4.1

0.5ミリ.jpg

マイ・ライフ・メモリー  監督:ローリー・コルヤー 主演:ナオミ・ワッツ、マット・ディロン

アメリカ映画で障がいをもって貧しい暮らしをしている夫婦を描くのはあまりないように思う。だから、期待したのだが、残念ながら薄っぺらな感じでインパクトもない。インパクトとがなくてもじわっと効いてくるような渋さもなかった。
3.3

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小川町セレナーデ   監督:原圭之介 主演:須藤理彩、安田顕

オカマの映画である。オカマは好きである。中性的な、つまり男の気持ちも女の気持ちもわかるような存在が人と人の間の摩擦を和らげてくれるという意味で評価できるからである。スナックを営む女性は実は昔オカマとの間でできた娘を女手ひとつで育てた。家をでたその娘が恋に破れて帰ってくる。

そしてそのスナックが経営難に陥っていることを知った娘が父親とは知らなかったオカマに助けを請うてスナックをオカマバーに変身させて立て直すというストーリーだ。そのうち、自分の父親とわかるのだが、その人間性にふれてオカマに対する偏見も薄れていく。この辺りの人間模様がいいタッチで描かれていて楽しめた。オカマ役の安田顕がいい。
4.0

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ウイークエンドはパリで  監督:ロジャー・ミッシェル 主演:ジム・ブロードベント、リンゼイ・ダンカン

イギリスの熟年夫妻がパリ旅行にやってきてそこで巻き起こる数々のエピソードで二人の関係が揺り動く姿を描いている。旅行というのは非日常的な空間に投げ出されるわけだから、普段気がつかないあるいは現れないことが何かの拍子にぽっと出てしまい仲違いがおきることってよくある。例えば成田離婚なんてはその典型かもしれない。ただ、長年つれそった熟年夫婦だったらそんなことはないだろうと思われるかもしれないがいやいやそんなことはないのだ。だからぼくはヨメさんと旅行はしない。

ということで、こうしたケースでは長年溜め込んだ不満や鬱屈が一気に吹き出さすから怖い。この映画では、大学教授の夫が解雇されたことが発覚して、これを契機に荒れるのである。ただ、二人はかなり社会的地位が高いので、その切実感があまり感じられないのである。こういうケースって経済的な問題に発展するとどの沼に陥るのだが、それがないのでいい気なものだという気持ちが残るのである。
3.3

ウイークエンドはパリで.jpg



海街ダイアリー
   監督:是枝和裕  主演:綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず

舞台が湘南だから観ないわけにはいかない。心踊らせて映画館に行く。しかも、お気に入りの女優さんが勢揃いで4人姉妹を演じている。中でも広瀬すずのみずみずしさが素晴らしい。それに引き換え、夏帆の劣化がとまらない。これからは個性派としていきていったほうがいいな。今回の3枚目的な役回りはいいんじゃないかな。

ストーリーというより、ぼくがよく行くところが出てくるのでそれを観るのが楽しい。舞台となった古民家もぼくの同級生の友達の家だったし、その裏話も聞いたがネタバレはやめておく。風吹ジュンが経営する食堂とか釜揚げしらす、極楽寺近辺、六地蔵の八百屋、由比ヶ浜などなど見慣れた光景がたくさん出てきた。ああ、内容もなかなか見ごたえがあるいい映画であった。これはお父さんの映画だなあと思う。テレビドラマ的なので逆に映画をテレビドラマに仕立てたらどうだろうか。
4.3

海街ダイヤリー.jpg


予告犯  監督:中村義洋  主演:生田斗真

中村義洋監督はぼくが好きな監督さんのひとりである、伊坂幸太郎原作の映画化などは彼の右に出るものはいない。最近では「しらゆき姫殺人事件」も撮っていて推理モノでも手腕を発揮している。この映画も推理劇で、動画サイトに新聞紙で作った頭巾をかぶった「シンブンシ」と名乗る男が様々な犯行を予告する。そこから、その犯人探しと警察の捜査が展開してく。

実はぼくは推理撃はそんなにすきなジャンルではないので期待は大きくはなかったのだが、観るうちにだんだん引きこまれていってしまった。まあ若干主人公たちの置かれている環境が類型的であるのだが、筋立てに無理がなく実はというネタもおもしろいし、意外というと中村監督には失礼だができのいい作品であった。
3.9

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フレンチアルプスで起きたこと 監督:リューベン・オストルンド 主演:ヨハネス・バー・クンケ、リサ・ロブン・コングスリ

映画友達のS君と一緒に観たのだが、映画館から出てくるなり異口同音に「渋い映画だなあ」という言葉がでた。これも「ウイークエンドはパリで」と似たところがあって、フランスにスキー旅行にきたスウエーデンの4人家族が巻き起こす夫婦間、親子間のきしみの話である。スキー場のレストランで食事中に目の前で雪崩が起きた時に夫が取ったある行動がそのきしみを生み出すのである。

ちょっとネタバレになるかもしれないが、ここを言わないと何だかよくわからないでしょうからあえて言うと、身の危険を感じた夫であり父親は妻や子供のことをほったらかして自分一人だけ一目散に逃げだしてしまったのである。そしてその行動を素直に認めないのだ。といことでこれまであった良い夫、頼りになる父親像をひっくり返してしまうのである。これって大なり小なり男としてありえるかもしれないと思いぞっとした。そうした関係性の変化をユーモアを交えながら、そして修復への希望を持たせるのだが、やはり渋いなあ。
3.7

フレンチアルプス.jpg

愛を積む人  監督:朝原雄三 主演:佐藤浩市、樋口可南子

不覚にも泣いてしまった。だって、みんないい人ばかりだし、良い行いばかりだもの。涙をこらえるのは難しい。原作があって、エドワード・ムーニー・Jr.の「石を積む人」である。東京の下町で工場を経営していたが。それを売り払って北海道に移住した熟年夫婦の物語である。そこで、妻は何もしない夫に家の周りに石の塀をつくることを提案する。

造園会社から派遣された若者と一緒にしぶしぶ始めるのだが、その若者や女友達との交流や東京にいる娘との確執といったことが横糸として展開する。ただ、妻は持病の心臓病が悪化しているのだが、夫には本当のところを話してしない。で、結局妻は倒れて死んでしまうのだが、彼女は何通かの手紙を残していた。それを読むたびに頑固な父親が疎遠となってい他娘と和解していく。出てくる人がみないい人ばかりで、現実にはこんな夫婦なんているわけがないという声が聞こえてきそうだが、それこそが映画というものだとも言えるのである。
3.8
  
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2015年7月25日

安保法制の議論が枝葉すぎる件

今政治の国政では安保法制と新国立競技場がホットな話題になっているが、もっと大事な案件があると思うのだが目下のところこの二つの世論が大きな声となっている。安全保障関連法案についてさほど重要ではないというと怒られそうだが何かこれは戦争法案だとか、違憲だとか、徴兵制になるとか、自衛隊は地球の裏側まで行かなくはいけないだとか枝葉の話になっているような気がする。

つまり、大事なことは日本を取り巻く環境が地政学的にもずいぶんと変化してきて、しかもその変化はグローバルなものなので、一国が勝手に行動できるものではなく国際的協調というのが重要になってきている。そんな中でわが国の安全保障はどうしたらよいのかという論議が必要である。そのための法制はいかにあるべきかという論点にしてもらいたい。端的に言えば、安全保障上、日米同盟も自衛隊も必要で、自衛隊が違憲というなら憲法を改正すればいい。

つまり、国としての安全保障に対するビジョンとコンセプトをしっかりと固めて、そこを国民が共有してどうしたらよいのかのアイデアを出し合いデザインしていくプロセスをふんだらよい。ところが、野党やマスコミがアホだと思うのだが、ビジョン・コンセプトをすっとばして、つまらないレッテルを貼って、感情に訴える醜い姿をさらけ出している。もっと論理的な争いができないのだろうか。

冷静にみたら今法案に反対しているのは、中韓と日本の左派だけだから国際政治の世界での常識は集団的自衛権による自国の安全確保ということなのではないだろうか。先日確かTBSテレビのニュースで南スーダンのPKO活動中の自衛隊が取材されていたが、戦闘が起きたらどうしますかと小隊長に質問していて、答えがすみやかに離れると言っていた。

どうも今度は戦闘に巻き込まれて死ぬかもと言いたげだったが、ぼくが印象的だったのがそんなことではなくて、一緒に活動中のネパールの軍隊が登場していて、彼らは最近でも戦闘でけが人が出たと言っていた。ネパールでさえ(というも失礼かもしれないが)アフリカの紛争地域に国連軍として治安にあたり、いざとなったら住民の安全を守るために戦っているのだ。日本の自衛隊は危なくなったら逃げればいいのだろうか。

どうも、憲法学者の違憲発言が注目されてしまって内輪の議論になっているように思うのだが、もう少し目を開いて世界の趨勢をよく観察してわが国としてどう振る舞えばいいのかをもっと真剣にかつ現実的な議論にしてほしい。安倍首相だって、戦争したいなんて言っていないわけだし、中国の脅威だって日増しに高くなってきているのだから、戦争を仕掛けるなんてことではなく、国民の生命を守るにはどうするのだという根本的な問いを考えてほしい。
  

2015年7月27日

縮図はどっちだ?

前回の記事の続き。新国立競技場の問題のほうは呆れて口がふさがらないのだが、安倍首相の決断で白紙に戻った。安倍さんは支持率回復のためのパフォーマンスだという見方もあるがリーダーがちゃんと意思決定したという意味で評価できるのではないでしょうか。いままでは、誰が責任者なのか定かではないこと、一旦決まったことは変更を頑なに拒む文科省というように典型的なお役所仕事で進められてきていたから、それを戻したのだからよくやった。

しかし、あのデザインが本当に必要だったのだろうか、しかも膨大なデザイン料にも呆れ返る。橋下徹が貧乏人にはフェラーリは要らないと言ったが、そういうことよりも、スーパーマーケットに買い物に行くのにフェラーリは必要ないだろうというのに近いような気がする。

つまり、見た目ではなくて機能性で考えるべきだということである。あの競技場でアスリートが躍動して、それを観客が観て興奮して拍手し、選手と観客が一体となって競技を楽しむためにはどんな競技場であるべきかという、これもビジョンとコンセプトの確立プロセスが欠如しているようにみえる。

結局、強く言いたいのは、安保法制にしても新国立競技場にしても上位概念のビジョン・コンセプトがしっかりできていないが故に議論が堂々めぐりしたり、変化対応が鈍くなるのである。これは、何も国政レベルだけの話ではなく、実は地方の行政の場でも同じようなことがどこでも見られる。

ぼくは、今地元の工場跡地の開発計画問題に関わっているのだが、いつも行政側と話し合っていると国政でも見られるような、ビジョン・コンセプトの欠乏、前例踏襲、一旦決めたことの墨守といった悪弊がはびこっているのだ。これが全くダメだということでもなく、場合によってはコロコロ変わるとか、突拍子もない案が出てくるなんてことは避ける意味で程度問題なのだが、概してディフェンシブな姿勢が多く、現代のように人口減・少子高齢化といった社会の態様の変化が激しい時代にあっては弊害になることも多い。

ということで、地方の行政もまるで国政の縮図のような様相を呈していると思えるのだが、ちょっと待てよと思う。縮図と言うのは、goo辞書によれば「現実の様相を、規模を小さくして端的に表したもの」となっている。これでいくと、国の様相が規模が小さい地方でも同じように表れているということなのだが、そうなのだろうかということである。

むしろ逆に日本人全般に当てはまることで、日本人というものが持っている行動様式があって、それが地方行政の様相を作り上げ、それが国政にも反映されているのではないだろうか。つまり、日本人全体だからこちらのほうが規模が大きくて、国政を行っている日本人は規模が小さいのだから、日本全般の縮図が国政なのだ。これは根が深い問題だな。
  

2015年7月28日

辻堂のお祭り

昨日27日は藤沢市辻堂のお祭りに行った。「辻堂諏訪神社例大祭」という。毎年7月26日に奉納太鼓があって、クライマックスは27日の人形山車である。東西南北の4つの町のそれぞれの山車が諏訪神社に集結するのである。この人形山車が見事なのだ。山車の上に等身大の人形を載せて居並ぶ姿は圧巻である。4つの人形は、源頼朝、源八幡太郎義家、武内宿禰、神功皇后という歴史的に有名な人物である。

一ヶ月前くらいにぼくの高校時代の友だちから電話があって、辻堂のお祭りに行こうと誘われたのである。以前、ぼくが小さい時にお祭りのたびに母親の実家のある辻堂北町へ行っていたことを話したことがあったので、その辻堂生まれの友達ともう一人同じ高校の同級で辻堂出身のやつと3人で行こうとなったのである。

この二人は西町と南町に住んでいたし、ぼくは北町によく遊びに行ったが、もう一人東町に住んでいた同じ高校仲間で現在闘病中の友達にビデオを贈ろうということでもあった。ということで、辻堂駅をスタートして北町探索から始める。まずは北のお寺と呼ばれる宝珠寺を訪ね、天王山・天王社を巡る。そして、ぼくの母親の実家にくると、ちょうど北町の山車が休憩しているところに出くわす。

今はそこの当主になっているぼくのいとこに挨拶をして、最近結婚したといういとこの孫の奥さんを紹介してもらう。そこの家はもうずいぶん前に新しくなっているが、昔ずいぶんと遊んだことが蘇っていきた。そして、山車と一緒にお諏訪さまに向かう。もう道端には多くの屋台が並んでいる。金魚すくい(最近はミドリガメすくいもあってびっくり)もあるし、射的やら多種多様の店がある。

3人で昔よくだまされたよなという話で盛り上がる。その中ひとりが急にボール投げに挑戦する。ゴムボールをストライクとセーフという穴にいれる単純なゲームなのだが、これが難しいのだ。ぼくともう一人の友達も挑戦するがセーフといいう穴に1個入れるのが精一杯で子供だましのおもちゃをもらった。これまた、昔のことが蘇ってきた。

人形山車は諏訪神社に集まると、順番に人形を立てていく。それが終わると太鼓を叩いて山車をぐるぐる回すのである。けっこう迫力があって楽しい。太鼓を叩くのはだいたい小学生くらいの子供で、大きくなると恥ずかしいのか叩かなくなるのだという。子供と年寄りが主役のお祭りなのだ。

まあ、無茶苦茶暑い日だったので11時から15時くらいまでいたがバテてしまった。しかしながら、3人で昔話をしながら、子供のころ住んでいたところや遊んだところ(二人は今は辻堂以外の所に住んでいる)を歩いてすごく楽しかった。そして、身近なところに歴史的にも貴重な史跡や文化があることを再発見したのだった。
 
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