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2015年3月 アーカイブ

2015年3月 1日

ソーシャル・ネットワーキング・店舗

ちょうど1年前に書店を経営していた弟が急逝した。あっという間に1年が過ぎた感じでもうすぐ一周忌の法要を行う。そして、死んですぐにもはやオワコンとなってしまった「街の本屋さん」をたたむことにした。商品だけ片付けてなじみの不動産屋に頼んでテナント募集を行うことにした。

しかしながら、いっこうに借り手がつかない状況が続いた。それでもたまに問い合わせがあったりする。塾をやりたいとか、歯医者、ラーメン屋、デイサービスといった候補があったがいずれもひやかしに近かった。栄和どう.JPG遺族の生活もあるのでもはやこのまま募集中の貼り紙を貼っておくわけにもいかない。というわけで昨年の秋にうちの会社で借りることにした。借りると言っても何をするかあてがあったわけではない。

しばらくは賃貸料もさげて募集を継続したがそれでもダメだったので、とりあえず当社の事務所にすることにする。今週末に埋め込みの本棚を除く机や椅子、陳列台、棚などを廃棄することにした。まずはがらんどうにしたあとに会議机と椅子、ホワイトボードをおき、そこで次男に仕事をさせるつもりだ。そこから、今後どうしたらよいかを考えていこうと思う。

人が集まる空間を作って、そこに管理人みたいな人がいて、みんなで楽しくおもしろいことを考え、それをやってみるという試みである。例えば、単純な打ち合わせでもいいし、勉強会とかワークショップみたいなものでいいし、それこそ飲み会でもいいのだ。最初はお金儲けができなくてもかまわない。ただただ、おもしろい奴が集まって、楽しいことをする場にするのである。

これって、実はWebサイトと同じ考え方なのである。つまり、マネタイズは後回しにして、人が集まる、すなわちPVが稼げる場を作りそれがどんどん拡がっていくと自然とお金が生まれてくるという仕掛けと似ている。Webサイトは基本的には広告モデルとか会員モデル、仲介料などになるのだが実店舗だとどうなるかはやってみないとわからない。

もう、人口減少の成熟社会となってしまった今日、単なる物販販売とか飲食店では大型ショッピングセンターやチェーン店に太刀打ちできなくなってきている。だから、モデルを変えていく必要がある。よくモノからコトへというが、確かにそうなのだが、もう一つ発想を変えて行かなくてはいけないのが、"売ろうとすることをやめること"のような気がする。さてどうなることやら、でも楽しい。

2015年3月 3日

はじめよう!要件定義

システム作りで非常に重要な工程である要件定義についてわかりやすく解説した本が意外とないと感じている。その理由のひとつに企画からリリースまでのシフトウエア開発全体の流れの中で上下との関連について的確に説明できてないからである。つまり、業務側からの見方と開発側からの見方の一方通行的な要件定義になってしまっているのだ。要求定義的な要件定義とプログラム仕様書的な要件定義になっているというわけである。また、難しくて実践できないというものもある。

そんな中で、つい最近刊行されたのが「はじめよう!要件定義」(技術評論社)である。著者の羽生章洋さんは、以前からの知り合いなので献本を送ってくれた。一気に読んでしまった。時々羽生さんと飲みながら話したことなどが書いてあるということもあるが、可世木さんのかわいいイラストがふんだんに散りばめられていることもあって読みやすかった。読みやすいから易しいことが書いてあるのかというと実は内容は本質を突いていて、できそうでできていないことを指摘しているという意味で案外難しいことなのかもしれない。副題にもあるようにビギナーからベテランまで読んでもらいたいものだ。

大事なこととして印象的なものを少しみてみると。要件定義とは「UI」「機能」「データ」の3つの要素を定めて行くであるとしていることである。その中でも本ではUIについての記述が多くのページを割いている。この辺りが羽生さんの意思が感じられる。おそらく近頃ゲームの開発なども手がけていることが影響していると思うが、最今様々なデバイスが業務システムに入り込んでいるのでこのUIの重要性がどんどん増してくるように思う。

あとがきでも、"本書の肝は「画面遷移図を描こう」"であると言い切っています。画面遷移図というのは画面と画面の間にイベントと機能を図示したものだから、言ってみればUI、機能、データの3点セットのことです。どうですか、わかりやすいでしょ。あと、ワーディングで「1つの仕事をするソフトウエアの単位」のことを表す"ワークセット"という言葉が出てくるのですが、羽生さんのオリジナルだそうだが、なるほどと思った。

ぼくは、ソフトウエア開発ではなくその上流の業務プロセス設計が本業なので、この本の助走編に出てくる「利用者の行動シナリオを書こう」とか「概念データモデルを作る」といった工程に関係するが、そこで出てくる要求定義をうまく要件定義に振り替えることの重要性を感じている。すなわちRequirementからRequestに変換して初めてシステムが作れるし、動かせるのである。

今ぼくは業務システムからWebサービス開発へと軸足を変えつつあるが、その開発プロセスは基本的には同じで、要件定義すなわち「UI」「機能」「データ」の3要素定めることが重要なのである。ただ、Webサービスの場合はソフトウエアプロダクトの創造であるから、企画フェーズである創造のプロセスをいかにうまく回せるかが勝負である。哲学・ビジョン・コンセプトである。いずれにしろ、自分の今までやってきたことの見直しも含めて大変参考になった。

はじめよう!  要件定義 ~ビギナーからベテランまで
羽生 章洋
技術評論社
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2015年3月 4日

映画鑑賞記 20150304

マエストロ  監督:小林聖太朗  主演:松坂桃李、西田敏行

5年位前に「オーケストラ」という映画があって、それはロシアのマエストロ.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像ボリショイ交響団の元指揮者が主人公で、現在は落ちぶれて劇場の清掃員をしているのだが、ある時昔の仲間を集めて現在の交響団になりすましてパリで公演してしまうという話なのだが、それを思い出してしまった。

こちらは不況で解散した名門オーケストラを復活させるという設定でさる。それを提案した謎の指揮者に西田敏行、バイオリニストに松坂桃李という配役で、予定調和の世界ではあるが、過去のいきさつなどをからめた展開は泣き笑いありでけっこう楽しめた。

☆☆☆★
 
  

アニー   監督:ウィル・グラック 主演:ジェイミー・フォックス、クワベンジャネ・ウオレス

ぼくは割とミュ−ジカルが好きで、何というかセリフできざなことをいうと反発してアニー.jpgしまうところもあるが、それを唄って見せられるとすんなり入ってくる。アニーは、ブロードウエーミュージカルの名作である「アニー」を映画化したものである。何と言ってもアニーに扮したクワベンジャネ・ウオレスがすばらしい。この子は、「ハッシュパピー バスタブ島の少女」でなんとアカデミー賞の主演女優賞候補にもなった女の子である。

現代のニューヨークを舞台に繰り広がれる物語は、両親に捨てられたアニーはいつか両親が迎えにきてくれることを信じている。そんなある日アニーは車に引かれそうになってある男に助けてもらう。それが市長候補の富豪であった。そこで選挙スタッフはアニーを全面に出すことで選挙戦を有利にしようと企む。アニーの無垢な姿に市長候補はお金では買えないものを掴んでいく。主演の二人も良かったが、里親になったキャメロン・ディアスが意外と下品な女が似合うのを発見。

☆☆☆☆


味園ユニバース  監督:山下敦弘  主演:渋谷すばる、二階堂ふみ

「リンダリンダリンダ」や「天然コケッコー」「松ケ根乱射事件」「モラトリアムタマ子」味園ユニバース.jpgなどで知られる山下監督だが、若者を描くのがうまくぼくのお気に入りの監督のひとりである。彼の新作である。頭を打たれて記憶喪失になった男が大阪のある広場でのライブに飛び込んできて歌い出す。その男を助けたバンドのマネージャーの女との生活が始まる。

その男は唄だけは記憶に残っていて、またちょっと聞いただけですべて唄えてしまう。しかも、すごい声量でうまいから、孫バンドのボーカルうぃお勤めるようになる。そして、徐々に記憶も戻るようになると悲惨な過去が明らかになってくる。何と言っても渋谷すばると二階堂ふみがいい。渋谷はしらなかったが関ジャニ∞の一員なんですね。いい役者になりそうだ。ただこの映画、難を言えば脚本がちょっと甘いような気がする。インパクトのあるセルリフが少いように感じるのだ。

☆☆☆★
  

アメリカンスナイパー  監督:クリント・イーストウッド  主演:ブラッドリー・クーパー

イーストウッドの映画作りがはんぱじゃない。これぞプロという作りである。84歳アメリカンスナイパー.jpgだというのに衰えを知らない。恐るべきことだ。前にも言ったかと思うが、若い頃にマカロニ・ウエスタンに出演した経験が生きているように思う。つまり、映画の持つ本来的な面白さ、アクション、ドラマ、人間の配置と展開の妙である。
実在の人物でネービーシールズの狙撃兵として160人もの人間を射殺したクリス・カイルを描いたものである。"レジェンド"と呼ばれるくらいの英雄であると同時に、安全な場所にいたずるいやつという評価もある。それと同時に優しい父親の姿と壮絶な戦闘の体験を引きずる姿が重なりあう。監督はそれを気負うことなく、観客に考えさせる。無言のエンディングが印象的だ。

☆☆☆☆
  

2015年3月 7日

銀座が消える

3月に入って暖かく感じるようになった。(今日は寒いが)どんなことがあっても、どんなに寒くても梅が咲き出す。当たり前だが自然の強かさに驚かされる。やはりなんといっても家の庭に彩りが出てくるのはうれしいもので気持ちもすこしばかりウキウキしてくる。しかし、人間の生活は毎年決まって同じことが繰り返されるかというとそうではない。毎年、違った状況や思いがけないことが起こったりする。

先日、一通の手紙が届いた。達筆で特徴のある字体なのですぐに「もんじゅーる」のマスターからのものだと分かった。開けてみると多少は予想はしていたのだが、店を閉めるという通知である。以前からちらっと聞いてはいた立退きがいよいよ免れられなくなったようだ。手紙には、別のところに移るという選択肢もあったようだが、"最早銀座には小生が標榜するところの酒場に相応しい古い佇まひの路地が見当たりません"ということで店を畳むことにしたのだ。

「もんじゅーる」は30数年前に泰明小学校の近くに開店したバーでマスターとママ、そして若い女性バーテンダーがもてなしてくれた"おとな"(事実、入り口には40歳以下お断りという貼り紙がある)のバーである。ぼくは会社の先輩に連れて来られてからかれこれ15年くらい通った。だから、マスターとママはぼくの喜怒哀楽をずっと見てきた。まさに気のおけない馴染みの店だったのだ。

この店の良さは何かというと客筋の良さに尽きる。もちろん、それはマスタ夫妻の人柄や女性バーテンダーの魅力があったからであるが、様々な職業や立場の人々が夜な夜な集まってきて飲みながらおしゃべりができる空間を作っていた。ぼくは基本的にはひとりが多いのだが、隣に座った人ともすぐに仲良しになれるのだ。ほんと、人間国宝のひとや作家、落語家、経営者などなどずいぶんと多くの人と知りあえた。

そんな店が閉店してしまうのである。なんとも寂しい限りである。手紙をもらってすぐに行こうと思った。今は前の会社をやめてうちの会社にいる次男を誘って出かけることにする。次男は学生時代からこの店に出入りしていたので10年近いなじみでもある。そして、「もんじゅーる」に行く前にちょっと食事をしてからということで、銀座の「俺のそば」で待ち合わせたのだがいっぱいだったので、すぐそばの「ニュートーキョー数寄屋橋本店」にする。そうしたら何と入り口に3月8日に閉店するとあるではないか。ここは77年続いたのだという。

こうして、古くからの店というか建物がどんどん建て替えらえていく。すぐ近くの東芝ビルだったところも新たなビルが建設中だ。マスタが言うように建て替えにより路地が消えていくのを実感する。まあ、永遠に続くわけではないのはわかっているのだが、変わらないものあってもいいじゃないかと恨み節も吐きたくなる。昼間歩くと中国人ばかりにぶつかることも含めて、やはりなんとも寂しいのである。
  


2015年3月15日

梅は咲いたか、桜はまだかいな

3月も半ばになり、徐々に春の気配を感じるようになりました。昨日は、昨年急逝した弟の一周忌の法要があり出かけた。鎌倉の材木座にある妙長寺というお寺で法要と納骨をすませ、そのあと鎌倉駅前で会食して帰って来ました。93歳になるぼくと弟の母親も出席して自分の足で歩いていて、まだまだ元気です。ただ、いまだにわが子の死を受け入れられないようで、今日は誰の法要だっけと聞いてくる。ボケたというより覚えたくないのだろう。

弟がやっていた本と文具の店は、ひょっとすると居抜きで商売する人も現れるかもしれないということで、本棚とショーケースなどはそのままにしておいたのだが、さすが1年経っても新たな借り手もつかないので、3日前に中身を全部解体廃棄してしまった。予想以上にいろいろなものがあって2日かかってしまった。

とりあえずはうちの会社の事務所にすることにした。中身を取り除くと存外広いものだ。下の息子が机と椅子を持ち込んでぽつんと座っている。ただ、壁に埋め込みの桜の木でできている本棚は残したので、そこにぼくらの蔵書を全部詰めてしまおうかと思っている。図書館みたいでよい風景だ。もう少ししたら床に人工芝を敷き、壁にホワイトボードシートを貼り付けようかと考えている。こうした空間に身を置いてみたら何かおもしろい発想が出てくることを期待している。

片付けで1年ぶりにシャッターを開けたら、前を通る人達から声をかけられた。前の店を再開するのですかとか、どんな店ができるのですかと言われる。近くに買いにいけるところがなくて困っているのだそうだ。そういう話を聞くと40年間続いた存在感を感じるのだが、収益状態を見ていると無理だったのである。

さて、さしあたっては事務所なのだが、会議用の机や椅子も用意して、そこで打ち合わせやワークショップなどができるようにする。様々なひとが集まって何やらおもしろいことを企む場所にしたいと思っている。つまり、最初に何か具体的なものがあって場所を設定するのではなく、人が集まる中で方向性を定め具体的な形にしていくのだ。うまくいくだろうか、でも楽しみでもある。

庭の梅が満開です。そこにめじろがやってきて花蜜を吸っている。よく、梅にうぐいすと言われていますが、うぐいすはめったに人前に出てこないし、花蜜は吸わないし、羽はいわゆるうぐいす色でもないので混同する人が多い。
  
うめ.JPG

2015年3月17日

映画鑑賞記 20150317

おみおくりの作法  監督:ウベルト・バゾリーニ 主演:エディ・マーサンおみおくりの作法.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像
孤独死した人たちを弔うという役所の仕事をしている男が主人公でそこで出会う様々な人を追いかける映画である。イギリス映画の落ち着いた淡々とした運びはテーマに合っている。

前半は山もなくて平坦だが最後のまとめに感心する。そして主演のエディ・マーサンが演じる生真面目な官吏が印象的で死と向き合う姿に感動する。日本でも孤独死が問題視されてきているが身につまされる。

☆☆☆☆

  
  

薄氷の殺人  監督:ディオン・イーナン 主演:リャオ・ファン、グイ・ルンメイ薄氷の.jpg

第64回のベルリン国際映画祭で最高賞と男優賞をダブル受賞した中国映画である。中国の華北でバラバラにされた死体が発見されて、その捜査にあたる刑事が主人公で、その犯人を追う姿を描いている。この手の映画は、フィルノワールとかクライム・サスペンスとか言われるものである。

ただ、ぼくの印象では犯罪劇とか推理劇といったものよりむしろ恋愛劇のようにみえた。冒頭のシーンはその刑事が妻から離婚届を渡されるシーンで、そのあと事件に絡む女性に徐々に惹かれて行く姿が描かれる。そこに映画の主題があるように感じたのである。

それと、華北という地域、1999年と2004年という時間の組み合わせが中国の実相が見えるようでおもしろかった。ただ、尻切れトンボ風に画面が変わるというちょっと雑っぽいのが気になった。そういうことでノワール風を演出したかったのだろうが。

☆☆☆☆


くちびるに歌を  監督:三木孝浩 主演:新垣結衣くちびるに歌を.jpg

アンジェラ・アキの「手紙〜十五の君へ〜」に触発されて書かれた中田永一の小説を元に作られた映画である。かなり泣かされた。非常にうまくストーリーが組み立てられていて、泣かしどころのツボもちゃんと抑えてあって驚かされる。泣かせための設定は、生まれてきてほしかった、生まれてほしくなかった、産みたいみたいな、それぞれの生の受け方を示し、笑顔を見せて生きていこうということになる。こりゃあ泣きますよね。

これは、ストーリーや景色、言葉も含めてできすぎというか、はまり過ぎの感じは否めない面があるので、現実ではありえない、甘くないという批判をするひとがいるが、これも映画なのであって素直に感動したらいいと思う。

この映画は、歌から映画へ展開しているのだがおもしろいなあと思う。歌にはストーリーが凝縮されているのでそれを映画で拡げるというのもありだ。映画からその主題歌というふうにして歌へ展開するパターンはよくあるがその逆がおもしろいのだ。ただ、これは小説を介してなので直接歌から映画というのもあったらいいのではないでしょうか。

☆☆☆☆


瀬戸内海賊物語  監督:大森研一  主演:柴田杏花瀬戸内海賊物語.jpg

女ひとり男二人の3人組という組み合わせは子供であっても受ける法則に則っている。しかもローカル色を出しての推理劇風で面白さの要素がいっぱいである。村上水軍の子孫といわれる少女が男の子ふたりとともに今住んでいる島の危機を救うために謎の解明にむかうというものである。これって、ぼくのお気に入りのフランス映画「冒険者たち」に似ていないこともない。ただ、女の子が引っ張っていくという点で現代風だ。

☆☆☆★


  
  

神様のカルテ2 監督:深川栄洋 主演:櫻井翔、宮崎あおい神様のカルテ2.jpg

前作「神様のカルテ」の続編である。前作もなかなかの出来栄えで、櫻井君とあおいチャンの夫婦が微笑ましくて好感度の高い作品であった。でも今回のほうがもっと良い仕上がりだ。彼ら夫妻も含めて3様の夫婦が登場して、それぞれが抱えている事情を丁寧に描くことで質の高い映画となった。

☆☆☆☆

   

  
   


闇金ウシジマくんPart2  監督:山口雅俊 主演:山田孝之闇金ウシジマくん2.jpg

この作品も続編となる。山田孝之がウシジマくんになり切っていて相変わらず好演である。金貸しの血も涙もない振る舞いで暴力的で残酷で暗いのだがなぜか目をしかめるだけではなくうなずいてしまうところもある。それはなぜかというと、ちょっとした救いがあるからである。金を借りて堕ちていくチンピラに対してふと理解を示すところなどにほっとするのである。

☆☆☆★

    
  
    
  

グレートデイズ! 夢に挑んだ父と子 監督:ニルス・ダベニエ  主演:ジャック・ガンブラン、アレクサンドラ・ラミーグレートデイズ.jpg

障がいを持つ男の子とその父親がトライアスロンに挑戦するというドラマである。ただでさえ、アイアンマンレースといわれるフルのトライアスロンを成し遂げるのも至難の技なのだが、車いすの子供を連れての参加だからすごいものだ。スイムではボートを引き、バイクでは自転車の前に座らせ、ランでは車いすを押すのである。

映画としては、もうストーリーは見え見えだし、予定調和の世界であることも承知しているので、どうやって最後のクライマックスまでもっていくかにかかっている。そういった意味ではちょっと淡白なような気がする。もう少し、焦点を絞って掘り下げてもよかったような気がする。

☆☆☆★
   
  

2015年3月20日

80/50の人生

先日、ある人と久しぶりに呑むことになって、6時半に新橋のSLの前で待ち合わせすることにした。雨が降っていたのでぎりぎりの時間まで建物の中にいてそれからSLの前に行って待ち人を探していたら、マイクとカメラを持った人が近づいてきた。「すいません、いまよろしいですか?」という。思わずハイと言ってしまったらテレビ朝日のワイドスクランブルという番組のインタビュー取材だという。そんな番組があるのも知らなかったのだが、マイクの前に立つ。

ここは、言わずとしれたサラリーマンに聞く格好の場所でしょっちゅうクルーが動き回っている。でも今まで一度も声をかけられたことがなかったので、どんなことが聞きたいのか興味がわく。そうしたら「三田村邦彦が61歳で子供を作ったのだがどう思いますか?」ときた。答えようがないのでぽつりと「まあ、いいんじゃないの」、それに加えていまの61歳はまだまだ若いからおかしくもないというようなことを言う。くだらんことを聞きもんだと思って立ち去った。次の日に放送されるのかと思ったらそのニュース自体が全く採り上げられていなかった。また別の日にでも放映されるのだろうか。

それから、ちょっと考えてみたら、61歳で子供ができると父親が死ぬ時子供は何歳なのだろうかというのが気になった。今は男の平均寿命は80歳ちょっとだから、平均的にはちょうどこどもが成人したときに亡くなる。では戦前だと平均寿命が50歳だから、子供が20〜30歳くらいのときにはもう死んでしまっていた。そのことを考えれば61歳で子供を作るのもそんなに遅くはないのかもしれない。

別の見方をすると、子供はいったい何歳まで父親が必要なのかということもある。ぼくの持論である3段階コンタクト説でいくと、大学卒業までである。つまり、「胸を開いて抱きしめる」が10歳まで、「背中を見せてついてこい」が社会人になるまで、それからあとは「肩を並べて歩こうよ」だから、最後の段階はいなくてもいいという理屈である。

このことを今のことを同じ割合つまり50/80の割で昔に置き換えてみると、昔だと15歳の元服が親離れする時なのである。なるほど。まあ、どうでもいいのだが、酒を飲みながらそんなことを思い浮かべてしまった。とはいえ、残念ながらぼくにはもう子供を作る体力も気力も経済力も残っていないのである。
  

2015年3月28日

ハリルジャパン始動

昨日大分で行われたサッカーのキリンチャレンジカップで日本代表がチュニジアを2−0で下し、ハリルホジッチ監督の初陣を勝利で飾った。FIFAランクでは格上を相手にシュートを1本に抑える快勝である。監督が指揮をとるようになってわずか2週間というのに結果を出したということは今後に期待を持たせる出だしだ。

先発が、これまでと大幅に変わって、川又、永井、藤春といった選手を起用した。監督が口にしているスピード、裏への飛び出し、素早いカウンターといったメッセージが込められたメンバーであった。試合もそうした狙いを実行しようと選手も意図して動いてはいたがまだ連携不足だったり、技術的未熟だったりでうまくいかないシーンもあった。でもそれはこれから修正していけばいいのだ。

また、スピードとともに強調していたのが球際の強さである。この辺りはこれまでの日本の弱いところでもあって、身体の大きさ強さで劣るからしかたないような風潮もあったが、実はそこは大きさ強さで差がつくのではなく、身体の小さくても球際の強い選手はいくらでもいる。要はボディバランスであり、体幹が強ければ勝てるのである。昨日は、かなり意識していたがここももう少し頑張る必要があるように思う。

新しいメンバーで望んだ前半は惜しいシュートもあったが0−0で終える。ボールタッチ数も少なく、守備も激しくまあまあの戦い方であった。ただ縦を意識するあまり、サイドチェンジが少なく、もっぱら右サイドからの攻めに終始した。後半も同じメンバーで始まったが、後半15分に永井と清武に替わって本田、香川を投入すると、ショートパスでのつなぎが多くなりリズムが変わってくる。

チュニジアが疲れてきたこともあり、ゴール前に攻めこむシーンが増える。27分に香川から左の本田へ渡り絶妙のクロスをあげてこれを交代出場の岡崎がヘッドで合わせて先取点をあげる。そのあと38分には香川のクロスがディフェンダーの足にあたりコースが変わったところを本田が押し込んで追加点を奪う。結局、後半から投入されたいつものメンバーで得点したわけである。

なんか、こうした展開をハリルホジッチの采配のうまさだなんて褒める人がいるがおかしな話で、こんなシーンは親善試合で試行の段階だからであって、公式戦ではありえないのだから、そんな褒め方はないのである。まだ、新監督の評価はわからないが、可能性はありそうな予感がした初戦であった。今後を期待しよう。

2015年3月29日

唐山大地震

映画のことだけではなくその地震についても書こうと思う。当初は2011年3月に公開されることになっていたが、東日本大震災が起きて公開が延期されていたものである。1976年にあった唐山大地震は40万人以上の死傷者を出した(映画では最後に24万人の慰霊碑が映し出される)とも言われているとてつもなく大きな災害であった。

ストーリーはこうだ。この地震で双子の姉弟が瓦礫の下敷きになる。そのときどちらか一方しか救えない状況でどちらを選ぶかを母親が迫られる。夫も死んでしまった彼女は息子を選択する。息子は片腕を失ったが助けだされる。一方の姉の方も瓦礫から収容されるのだが死んだたと判断され父親の遺体の隣におかれる。ところが、奇跡的に娘は一命を取りとめていたのだ。

それから、母親と息子、そして解放軍の兵士夫妻の養女として迎えられた娘がそれぞれ別の人生を歩むことになる。そして、時は流れ32年の歳月を経て、四川大地震の救援活動で偶然にも姉と弟が再開する。そこから、自分を捨てた母親とどうやって会うのだろうか。許すことができるのだろうか。母親の気持ち、娘の思いが交錯して感動のラストへとつながっていく。もう涙なしでは観られない感動の作品であった。

この映画の感動を大きくした理由がもう一つあって、それはぼくがもう少しでこの大地震に遭遇したかもしれないという体験があったからである。1976年(昭和51年)の3月にぼくは北京空港に降り立った。中国での本格的な石油化学工場の建設・運転のスーパーバイザーとして派遣されたのである。

そして、それから4ヶ月試運転を終えて帰国したのが7月27日だった。なぜそんな鮮明に覚えているのかというと、成田から東京駅に着いた時に新聞スタンドで号外と書いてある記事が目に止まって、そこには「田中角栄逮捕」というタイトルが踊っていたのだ。そう田中元首相がロッキード事件で捕まった日だったのである。そして、その翌日に「唐山大地震」の記事を目にすることになる。

唐山は北京の東150Kmくらいのところにあるので、北京でも相当の揺れがあったという。まだ残っていた仲間は無事だったのだがしばらくの間は宿舎の隣にあったバスケットコートでのテント生活を余儀なくされたようだ。ということで、非常に記憶に残っているできごとだったのである。

1976年というとまだ文化大革命の最中で、その都市の9月に毛沢東が亡くなり(映画でもでてくる)、そのあと江青らの四人組が捕まり、悪名高き文化大革命は終わったのである。その年は、2月に周恩来が死に、その追悼デモから発生し第一次天安門事件もあり、すごい激動の年だったのである。そんな時にいたので強烈な経験をぼくにもたらした。だから、今の中国を見るにつけ信じられないと思ってしまう。

映画では、1976年からだいたい10年おきのエピソードを並べている。ところが実はぼくは最後の2008年は行っていないのだが、その前は映画にでてくる年の近辺に中国を再訪している。1986年には工場の稼働の状況を見せてくれるというのででかけ、1997年には、別の案件になるのだが技術提要の売り込に行った。だから、あのときから急速に発展して行く中国を目の当たりにしたのだ。

映画も大地震の悲劇や親子の確執もさることながら、この中国の社会、経済といった環境がものすごく変化している様も知ることができる。さすがにその当時の様子が正しく映しだされるので昔のことが脳裏に浮かんできてそういった感慨も同時に味わうことができた。こうしてダイナミックに世の中が動いている中で作られる映画は勢いがあるように思う。それに比べると成熟した日本で作られる映画は・・・・・。
  
唐山大地震.jpg

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