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2015年1月 アーカイブ

2015年1月 2日

年頭所感(2015年)

昨年は喪中のため年賀状を出さなかったので、ここでの新年の挨拶もやめたので(そんな習慣があるのかどうか知らないが)年頭所感から今年はスタートすることにする。

昨日の元旦はいつもように近くの老人ホームにいる母親に新年のあいさつにいく。昨年亡くなった弟の奥さんと子供二人も来ていてお互いの挨拶もそこで行う。ばあちゃんはますます元気で100歳まで生きそうだ。そこの老人ホームには100歳なったひとや、99歳の白寿を迎えた人も2人いて93歳のばあちゃんの上に何人もいるというなんともすごい世界だ。

その後は、横浜に住んでいるヨメさんの弟家族とみなとみらいで会食をする。そこの子供は男と女の双子でうちの下の子の1つ下なので29歳になる。彼らの話題は専ら婚活でうちの長男が今年結婚式を控えているのでそんな話題で盛り上がっていた。親たちは病気話とか、驚いたのは猫が大嫌いな義弟が奥さんのために猫をプレゼントしたが、いまや自分が虜になってしまった話とかであった。

今日は、朝からぼくと息子二人とこれからの会社の方針や事業プランについてのディスカッションを行う。下の息子が加わったのでこれまでの事業(Webアプリケーション事業、コンサルティング事業)にもうひとつくらい新たな事業を起こそうという話で、まだ発表はできないがかなり突っ込んだ話ができた。事業計画の前に会社としての哲学・ビジョン・コンセプトを決めていったがそこが非常に重要だということを再認識する。

だいたいのプランや行動計画が固まったあとは3人で近くの神社にお参りして「商売繁盛」を祈願する。新規事業というのは、思うほど簡単ではないが、出口戦略やリスクマネジメントをちゃんと考えておけば、大きな投資をするわけではないから、それほどの冒険ではないので早急に始めたいと思っている。なにやらワクワクしてくる。ぜひ良い年にしたいものだ。

神社参拝2015jpgのサムネイル画像


2015年1月 5日

起業できる条件

ちょっと前に"再び親子で起業"という記事を書いたが、2度目となるとそれなりにうまくいくための条件といったものを意識するようになる。ただし、つい成功するにはという風に思いたくなるのだが、その前に誰でもあるいはどんなことでも起業できるかというとそう簡単なものではない。つまり、起業できる条件といったものがあるのではないかということでこのことを考えてみる。

それに当てはまるのが先日このブログの本の紹介で取り上げた「2回以上、起業して成功している人たちのセオリー」(博報堂ブランドデザイン著 アスキー新書)である。ここに掲げた8つのセオリーに1つをプラスしてみていくことにする。

セオリー1:市場調査を信じない
一般的に新規事業を立ち上げる時はきちんとした市場調査をするものだとなっている。だから、アンケートを取ったり、市場の規模とか顧客動態などを調査してということになるが、こうした結果から起業しようというのはほとんどないのではないだろうか。

つまり、お客さんがこんなものを欲しがっているからそれを提供するビジネスを始めようとした場合、そのサービスなり商品にどれだけの思い入れができるのだろうか。ただ、顧客ニーズがあるからそこで儲けることができそうだというのは起業の仕方ではないと思う。自分はこんないいものができたからそれをみんなに使ってもらおうといった動機なのではないだろうか。

セオリー2:事業計画にこだわらない
これまた普通の企業では事業計画ということで、売上計画、利益計画などを作るのだが、ほとんどの場合絵に書いた餅になる。特に現代のようにめまぐるしくビジネス環境が変化する時代にあっては、立派な計画を立ててもすぐに陳腐化してしまうということもある。

さらに問題なのは、計画を達成することが目的化してしまうことである。いま言ったような激しく変化するビジネス環境もさることながら、情報伝達のスピードが速いのでじわじわ計画値に近づくのではなく一気に突き抜けていくなんて現象はネットの世界に限らリアル世界でも起きてきている。大事なのは俊敏な変化対応力を持っていることだと思う。

セオリー3:キャリアーを積み重ねない
起業するということとできた会社を安定的に経営するということはずいぶんと違うのだ。だから、それに必要なスキルやマインドも当然違ってくる。キャリアーを積んでそこで認められてということに価値を見出している人は起業家にはなれないだろう。

以前このブログで「起業家」という職種はおかしいのではないかと指摘したことがある。つまり、起業したってその後はちゃんとマネジメントしなくてはいけないから、起業だけして終わりということはないのではと思ったからである。しかしながら、世の中にいる起業家と言われる人を見ていると確かに起業に向いていて、起業するとしばらくするとそこでのキャリアーを捨てているのだ。ということから、企業、特に大きな会社に勤めている人から起業家は生まれないということなのである。(以下次回)

2015年1月 7日

起業できる条件(つづき)

前回は、従来型の企業と同じようなことをしてはいけないといった切り口で論じたが、今回からは必要とされる行動様式というか個人的なふるまいを中心に考えてみよう。

セオリー4:度胸で勝負しない
よく「為せば成る」的な気合でやればできるといった起業家もいたこともあったがもはや度胸で勝負はできない。つまりリスクマネジメントをちゃんとやらないといけないということである。いくら儲けるのかではなくいくら損してもいいのかという観点なのだ。冷静にこれからやろうとしている事業を分析できていることが大事なのである。

セオリー5:運がいいと信じている
度胸で勝負はしないが、かなり楽天的な性格が必要ではないでしょうか。うまくいかなくても、行き詰まっても何とかなると思っているのだ。ただ、その時やみくもにそう思うのではなく、勝算らしきものを持っていなければいけない。運がいいと思っているが、その運を呼び寄せる準備はしているということなのだろう。ぼくの座右の銘である「Chance favors the prepared mind」というパスツールの言葉につながると思う。

セオリー6:「なにを」より「だれと」
今日の起業ではこの「だれと組むか」というのが非常に重要なポイントになると思う。特に起業するときは組織形態がピラミッド型の構造というわけには行かないから、水平型のネットワーク構造のものにならざるを得ない。それも最初から組織化できないから外部の人とのつながりが大事になってくる。役割分担をきちんとして少数精鋭部隊を構成することになる。だから、起業にあたってはそうした人脈を持っているいるかあるいは作れることが条件になるといっても過言ではない。

セオリー7:「弱みに徹する」
ゼネラリストかスペシャリストかみたいな話につながるのだが、弱いところを補強して何でもできるようになろうという人は起業家には向かない。大企業で定年まで働こうとしているならそういう方向もありだが、そんなことよりも前章で言ったように自分ができないところはできるメンバーを連れてくればいいだけの話なのだ。そのとき大事なのは自分の弱みを客観的に評価できるかどうかである。おのれを一歩下がって分析できる能力が必要なのだ。

セオリー8:「競合」より「協業」
これは、行動様式とかいうのとはちょっと違っていて、前回の市場調査の話に近いのだが、よく経営戦略の検討に競合分析というのがあり、同じビジネスを争う相手はだれだみたいなことをやる。しかし、真の起業家はまずは競合がいないところで勝負する。ブルーオーシャン戦略だ。ただ、そうはいっても競争相手が誰もいないということはほとんどない。最近では全く違うエリアから突如競合が現れるなんてこともある。その時、競争して蹴落とそうとするのか、おそらく真の起業家はそんなことは考えないはずで、競争相手がいれば市場が活性化するから歓迎だとか、さらに競争相手とコラボレーションしようとかいう発想をする。そのくらいの器量の大きさがないと起業できないということでもある。

最後に:ぶれない哲学
起業するときに何をしたいのか、何ができるのかを生み出す基本は個人としてあるいは会社としての「哲学」である。哲学というと難しそうだが「◯◯は〜というものだ」とか「〇〇は〜であるべきだ」といった根本的な信念みたいなものである。これは絶対な曲げられないものである。行き詰まったらここに立ち戻るものである。これがぶれてはいけないということ。うまくいかないからといってこれを変えてしまたったら起業なんてしないほうがいい。

以上、起業に必要な条件について考えてみましたが、当社も第三の新規事業を立ち上げるべく、これらの条件について絶えず意識しながら検討を行っているところである。さてどうなることやら。
  

2015年1月 8日

映画鑑賞記 2015年1月8日

日々ロック  監督:入江悠 主演:野村周平、二階堂ふみ
これまた人気マンガの映画化だ。ロックをこよなく愛する若者が人気アイドルと出会って変わっていく姿を描いている。なにやらやかましい感じでおちつかない。ただ、そんな中にあって二階堂ふみの存在感は感心する。
☆☆☆

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天才スピヴェット 監督:ジャン・ピエール・ジュネ 主演:カイル・キャトレット
あの「アメリ」の監督なので期待したが共通点はなんだろうか?権威ある賞を受賞した10歳の天才発明家が式に出席するためにオクラホマからワシントンまでひとりで行くという冒険物語である。道中で出会う様々なことを知恵と勇気で乗り越えていく様が楽しい。通俗性を痛烈に批判し、特殊性への賛美が面白かった。
☆☆☆★

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紙の月  監督:吉田大八 主演:宮沢りえ
銀行に勤める主婦である女子社員が横領に手を染めていく姿を描いたもの。普通の主婦がだんだんと堕ちていくのが恐ろしい。ただ、やや唐突感があってついていくのに苦労する。だから、観たすぐあとはなーんだという感じなのだが時間が経つに連れてじわっとくる。女のしたたかさというか、こころの奥にある深層心理を宮沢りえが好演。それに絡む小林聡美の演技力も見ものである。
☆☆☆★

紙の月.jpgのサムネイル画像


僕はラジオ  監督:マイクトーリン 主演:キューバ・グッティング・Jr
アメリカ人というのはこういう映画が好きだなあ。知的障害をもつ青年と高校のアメリカンフットボールのコーチとの心温まる交流を描いた作品だ。練習場の近くをうろつく青年に声をかけて練習を手伝わすことにする。しかし、生徒立ちは彼に暴力をふるったりといじめるのだった。それでも徐々に彼の存在がチームの和に寄与するようになり不可欠の存在となる。実話に基づいているがベタだとわかっていても感動する。
☆☆☆☆

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フューリー  監督:デヴィット・エアー 主演:ブラッド・ピット
これはもう「コンバット」だ。さしづめブラピはサンダース軍曹という役回りである。第二次世界大戦も終わりにさしかかったドイツの戦線でナチスの部隊と戦ったたった5人の戦車隊の奮闘を描いている。テンポも良いので飽きないで画面に引き込まれてあっという間に終わった感じである。戦車戦の迫力もすごく、また5人の男たちの絡みもおもしろくなかなか見ごたえのある作品だった。
☆☆☆★

フューリー.jpgのサムネイル画像

2015年1月 9日

まず形から入る

今までのワディットの事務所はぼく一人しかいないので広縁.JPG本当に作業するための空間でしかなかったが、次男が入ってきたので、まずは同じ部屋もまずいのでセパレートしてぼくの作業空間を別のところに作った。ここは昔の家の作りなのでもともと広縁としてあったところを机と椅子を持ち込んだのだ。密閉性が良くないので寒いこともあるが、晴れた日には温室のようで暖かいのでストーブもいらないくらいだ。
  

モニター.JPGそれと三人になると会議スペースが必要となる。プロジェクターが要るかと思ったが、息子が液晶テレビを持って行きたのでそれが余ったので32インチの液晶テレビをモニターにする。TVのモニターだと専用のモニターに比べると写りが悪いと言われているが、思ったほど悪くはなく問題なく使っている。これでお互いのPC(そういえば次男坊のPCもMacbookProの英字キーボードに変わったので、3人共Macユーザーである)を持ち寄って議論している。

やはり会議にはホワイトボードが必要である。部屋も狭いこともあり、壁掛けタイプのホワイトボード.JPG大小二つのボードを設置した。書いたり消したりするのが大きい方で、ある程度書き溜めて置いておくのを小さいほうにするという使い方で行こうと思う。早速昨日新しいビジネスモデルの検討をこれを使ってやったのだが非常によかった。

こうした、思考のための道具というのは大事で、考えを引き出したり、ディスカッションのきっかけを得たり、情報を共有確認するといったことに威力を発揮する。何やら楽しくなるというものだ。形から入るという面は有効である。そして、書いたことを写真に収めてそれを蓄積して、あとで再確認するようにしている。

モニターとホワイトボード以外では情報の共有とコミュニケーションのやり方も決めた。3人の共通のコミュニケーションは「Slack」とメールを使い、個人的な話は「Skype」というのが基本である。ToDoというかIssue管理は「GitHub」で行う。ちょっとしたことでもIssueとしてあげて円滑なコミュニケーションの手助けとしている。さて、無線LANも含めて環境が整ってきたので、あとはどれだけいいものが生み出せるかにかかっている。形のあとは実質的な成果ということになるが難しいですね。さあ大変だ。


2015年1月11日

高校サッカー選手権準決勝

今年も恒例の選手権が開かれていますが、決勝は国立競技場から埼玉スタジアム2002に変わります。その決勝に行く2校が決まる準決勝が昨日ありました。残ったのが、群馬県代表の前橋育英高校と石川県代表の星稜高校というおなじみの学校ということになりました。前橋育英は初めての決勝進出で、星稜は昨年に続いてということになります。

準決勝の第一試合は、神奈川県代表の日大藤沢と星稜で星稜が3−0で日藤を圧倒しました。もちろん神奈川代表を応援したのですが砕け散りました。残念ながら実力差があって順当負けですね。特に守備力の差が出た一戦でした。先取点もディフェンスがスピードについていけずPKを献上して、それはGKのナイスセーブで防いだのですが、ゴール前にあげられたシュート気味のボールをオウンゴールしたもので、一見不運なように見えますが、ディフェンス技術とスピードの無さがもたらしたものであった。

2点目もシュートに対する厳しさが足りなかったし、3点目はペナルティエリア内でのハンドからちょっと不運なPKだったが注意不足もあると思う。やはり、昨年決勝を戦っているという経験値の差がでたのかもしれない。要するに、ほんとぎりぎりのところでどれだけ踏ん張れるかというようなことが勝敗を分けるという試合をやってきたかという問題である。

準決勝2試合目は、千葉県代表の流通経済大柏高校と前橋育英の戦いだった。こちらは前半は0−0で後半に流通経済大柏が先制して、前橋育英の敗色が濃かったのだが終了間際に主将の起死回生シュートで追いつく。PK戦では前橋が全員決めたのに対して柏の一人がポストに当ててしまい万事休す。

サッカーの質という面では前橋育英のほうが高いものを発揮していた。パス回しにしてもグランドの使い方にしても上回っていたので結果的には順当勝ちであった。こうしてみると、負けた2チームの質が劣っていたのだ。どんなところが勝ったチームと違うかというと、ちゃんとメンバー全員が意図的に試合を進めていたかではないだろうか。つまり、日藤にしても流経柏にしても"アバウト"なところが多いと感じた。あのへんに蹴ればいいだろうとか、どうせシュートを打たれてもはいらないどうとか、そんな緩さがあったように思うのだがいかがでしょうか。

さて、勝ち上がった2チームは非常に洗練された好チーム同士なんのでレベルの高い一戦が期待できる。毎度のことだが、高校生のテクニックが毎年向上してくるのには驚かされる。みな小さい時からサッカースクールで教えてもらっているからだろう。あとは戦術理解度とかチームプレー貢献度みたいな部分をどう養っていくかだろう。さあ、明日の決勝が楽しみだ。そういえば、今日は女子の方の決勝がある。こちらも楽しみだ。
  

2015年1月13日

アギーレジャパン快勝?スタート

アジアカップが開幕した。日本の初戦の相手は、チャレンジカップから這い上がったパレスチナである。いままでアジアサッカー界では名が知られていないのでもちろん初めての対戦となる。戦時下にあるような国として出場することは国にとって大変意義のあることだろう。それだけモチベーションは高いはずだ。だから、下手に戦うと苦戦することも予想された。

しかし、そうした予想を覆すように4−0で撃破した。強い風の中風下にたった日本は開始早々の前半8分にミドルレンジで遠藤がフリーでボールを受けると右足で地を這うようなシュートをゴール左端に決めて先制する。過去2回の大会で初戦引き分けで終わっている日本にとっては待望の先取点です。この1点で気が楽になったのか終始日本のペースで試合を進める。大きな大会で初戦の先取点は非常におおきな効果があることが証明された。

そして、前半は25分、43分と追加点をあげ3−0で前半を終える。後半に入ってもすぐの49分に香川からの折り返しを吉田が決めて、これで大量点間違いなしと思ったがそうはいかないのがサッカーなのだ。結局それからは、相手の選手が一人退場となったにもかかわらず攻めあぐねて結局4−0で終了する。

相手が10人でしかも強い風の風上なのに点が入らない。ワールドカップで10人のギリシャ相手に攻撃が空回りしたシーンを思い出してしまった。相手が引いてブロックを形成した時の攻めがまたできなかった。だから、4−0で快勝という見方もあるだろうが、この格下相手に崩せなかったことは大いに反省しなくてはいけないだろう。まふだ、状況の変化にすぐに反応していく力が不足しているようだ。

例えば、相手がブロックしてしまったら、おびき出すようなことだって必要だし、ロングシュートをどんどん打つと、もっと強引にかつシンプルにやってもよさそうなのだが、これがなかなかできないのだ。だれがそうしたペースチェンジとか戦術変更を引っ張って行くのだろうか。いわゆる司令塔がそこを受け持つのだができていないように思う。遠藤が交替したこともあるのかなあ。

まあ、結果的にはまあまあだから、次のイラク戦では相手も強くなるが昨日のように早いうちに先取点を奪って主導権を握る戦いをしてほしいと思う。こうした大会は、チームとして最初にピークを持っていくわけには行かないが、さりとて初戦は落とせないということがあるので、そういう意味では不満はあるにせよスタートは上々である。

ところで、同じ日に高校サッカーの決勝があって、彼らの影が多少薄くなってしまい可愛そうだった。延長の後半からチャンネルを変えてしまった人も多いと思うが、星稜対前橋育英の試合も熱戦で面白かった。勝った星稜にはおめでとう言いたい。負けた前橋育英も優勝という文字が見えた時間もあったが残念ながら逃してしまった。こうした経験が今後に生かされて王者になれるのだろう。ここで戦った高校生の中から星稜の本田のような選手が育つことを期待しよう。
  

2015年1月15日

読書録 20150115

・「グローバル経済史入門」(杉山伸也著 岩波新書)
著者の杉山伸也はぼくの高校時代の同級生でぼくはサッカー部で彼は軟式野球部だった。いつも隣同士で泥だらけになって練習に励んでいた。大学も同じだったがずっと付き合いはなかったが、2年ほど前に一緒に飲んだことがある。こんな偉い先生だと知らなかったのでちょっと驚いた。

その先生が岩波から本を出した。現代の経済は国境を楽々越えてグローバル化している。そうしたグローバル経済を歴史的に追いかけたものである。その時の視座としてアジアとヨーロッパの関係においていることが評価できるし、いろいろとおもしろい考察がある。中でも、イギリスで起きた産業革命はヨーロッパのアジアへのキャッチアップとしておこったもので、そこからアジア優位からヨーロッパが逆転していったものであると見ている。そこから、アメリカに移り、いままたアジアが復活しそうな勢いでもある。歴史は繰り返すのか。大きな時間軸で経済という軸で世界を俯瞰して見る試みはすばらしいと思う。ちょっと贔屓が強いかな。

グローバル経済史入門 (岩波新書)
杉山 伸也
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・「慢性腰痛は仙腸関節をリセットすれば治る」(土田昌一著 幻冬舎経営者新書)

いまぼくは腰痛治療として「AKA--博田法」というのを受けている。この施術法は熟練した認定医により徒手で行うのだが、いかがわしいものだと誤解されそうなのでちゃんと理屈を持っておこうと考えていた時に見つけた本である。ひとことで言うと本のタイトル通り"仙腸関節をリセットすれば治るのである。いまでもう3回受けたがだんだんよくなってきているので効果があると信じている。6,7回受けると治るのだそうだ。

この本では、関節の仕組みとか痛みはどうして起きるのかといったことが理論的に詳しく書いてあって、要するに仙腸関節の機能異常から腰痛が発生するのが90%位あるのだという。簡単に言うと腰をぶつけたり捻ったりした衝撃で仙腸関節が守ろうとしてロックします。遊びがない状態になるわけで。それがそのままだとずっと痛みが残ってしまうのでそれを解きほぐしてやればいいというわけです。なるほどと思っているのでしばらくは信じるものは救われる心境でいこうと思う。

慢性腰痛は仙腸関節をリセットすれば治る (経営者新書)
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・「意思決定トレーニング」(印南一路著 ちくま新書)
以前から意思決定プロセスということを言ってきているので興味が湧いて手にする。まずは、あなたはなぜ優柔不断なのか?と問いかけて、ついそういう性格だからといって片付けがちだが、性格論ではなく、何が意思決定を困難にしているかをきちんと分析して、それへの対処方法を身につけることが大事だと説く。その対処方法は基本的には決定ルールがあってそれに従ってある程度論理的に決めることだという。

そして意思決定のプロセスとしては、まずはメタ判断をします。メタ判断というのは重要性とか、緊急性とかいったことから全体を判断します。そしてステップ1は評価基準を整理するで、その次が評価をして最後に具体的に決めることになります。これって、サイモンの意思決定プロセスそのものだと思うのですが、そうした表現はどこにも出てきません。サイモンの意思決定プロセスというのは、情報活動(情報収集)→設計活動(代替案の探索・評価)→選択活動(代替案の選択)→検討活動(代替案の実施・フィードバック)ですからプロセス的には同じだと思うし、サイモンの言う満足化原理も同じことを言っている。ということで期待していた割には、新たな発見がなかった。

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・「成功体験はいらない」(辻野晃一郎著 PHPビジネス新書)
著者は元ソニーにいた人でソニーをやめたあとグーグルに入って今は独立して起業した人である。「グーグルで必要なことは、みんなソニーで教えてくれた」という本を書いて有名になった。だから、ソニーでやってきたこと、グーグルでやってきたことを中心にその企業文化、つまり失敗を恐れないチャレンジ精神の大切さを強調している。ただ、ソニーの場合は、今のソニーではなくまだ井深さんや盛田さんがいてウオークマンが出たような時のことを言っている。

日本人はしがらみを捨てられないというか、過去に成功したことを後生大事に守ろうとする傾向が強いのは否定できないと思う。それは、高度経済成長の時代はまだ良かったかもしれないが今のように変化が激しい時代にあっては足かせに成ってしまう。いまや多くの人が叫んでいるが、著者のようなキャリアの人が言うと説得力がある。要するに起業家精神が必要であった、それらを育てる風土が不可欠なのだと思う。でもここまで堕ちてきたのでいずれは巻き返してくるとぼくは思っている。それほど日本の若者はヤワではないはずだ。

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2015年1月17日

イラクに大人のサッカーで勝利

昨日のアジアカップ予選リーグ第二戦のイラク戦は前半に得たPKを本田が決めた1点を守り切って勝利し勝ち点3をゲットして首位に立つ。今守り切ったと言ったが、守勢だったというわけではなく良い攻撃を何度も見せた。本田もバーとポストに弾かれたシュートが3本もあって、香川や岡崎も惜しいシュートを放っていたのでそのうち1本でも決まっていれば楽だったのにと思う。

というような接戦だったということで暑さと湿度により相当消耗したようなので早めに体力回復をはかってほしい。ただ、最少点差だったが内容としては良かった。ほとんど相手にシュートらしきものを打たせなかったし、終始落ちついてパスを回せた。後半の後半には相手が疲れて攻められなくなったとはいえ、無駄に攻めずに時間をつぶすパスを憎らしいほど回していた。これなどは以前には相手にやられていらいらしたものである。アジアでは大人のサッカーができるようになったのだろうか。

コンデションも上がってきているようで、前線の3人と香川もだいぶよくなってきた。特に香川のできがイマイチだったのが昨日の試合ではよくボールにからんでいたのでこれからが楽しみである。あとはゴールを決めることだろう。ということで、次のヨルダン戦では香川のゴールで快勝して予選突破といきたいものだ。
  

2015年1月21日

順当に予選リーグを首位突破

サッカーアジアカップの予選リーグの最終戦で日本代表はヨルダンを2−0で下して危なげなくD組を1位で通過する。前半24分にゴール前で長谷部→乾→岡崎とつないでシュートを放ったところをGKがはじくとすかさず本田は詰めて先制する。こんどこそポストに嫌われずにゴールする。

前半はこの1点だけで折り返す。何度かチャンスもあったが決められず1点差が続くが、ヨルダンも攻め手がないというか、むしろ日本の守備がよくて危なくなりそうな場面も早くその芽を摘んでいて落ちついた試合運びであった。相手のラフプレーにも挑発に乗らない冷静な対応で安心して見ていられた。

そうこうしていると、後半37分に交替で入った武藤が左サイドを抜けだし中央に折り返すとかけ上がった香川にピタリとあって追加点を上げる。待望の香川の代表ゴールである。しかし、香川はほんとシュートが下手だ。このゴールもキーパーのほぼ正面ではじかれそうだった。もうちょっと右の方に蹴り込めたはずだ。香川は根っからのパサーからなのか、キーパーにパスするようなシュートが多い。まあ、それでも得点を入れたということは本人もほっとしただろうからこれからの得点を期待したい。

前回の予選リーグと比べるとずいぶんと楽な勝ち方で予選を通過した。やはり、ヨーロッパで活躍する選手がこれだけいるのだから強いのだろう。予選を戦った国の中では格が違うことを見せつけた。しかし、戦前の予想よりもチームとしてのできもよいのでちょっぴり驚いているのだが、これにはアギーレ監督の手腕も関係しているように思う。変化対応力のある試合運びができていることや選手交替の妙といったところがザックジャパンと違うように感じられる。八百長疑惑で今後の去就が注目されるが辞めないでほしいと思う。

さて、予選を楽に勝ち上がったといってもこれからの決勝トーナメントは強豪と激突していくので楽には勝てないので、しっかりと休養してコンデションを整え、とりあえず次のUAE戦もいい試合をして勝ち上がってほしい。ガンバレニッポン!
  


2015年1月24日

ああー、負けた

恐れていたことが起きた。AFCアジアカップの決勝トーナメントの最初の試合である準々決勝でUAEと戦って延長でも決着がつかずPK戦で敗れた。予選リーグでまあ楽勝という結果で首位通過したので、こういう時は得てして厳しい戦いに負けるというケースを何回も見てきているのでひょっとすると思っていたらそれが現実になってしまった。

前回は予選リーグで大苦戦して何とか勝ち残ったので不安視されていたがものの見事に優勝したから、今回は逆の現象が起きたのである。昨日の敗因はなんだろうか。もしかしたら戦術がどうの、アギーレ采配がどうの、コンデションが悪かったからとか、様々な論評がなされるだろう。

確かに、中2日という厳しい日程でほとんどメンバーを固定して戦っているので選手の疲れも相当なものと思われた。明らかに岡崎や長谷部、長友といったところは疲れていたように見えた。だから、乾と遠藤を決まったように替えた采配にちょっと首をかしげざるを得なかった。案の定長友は延長で足を痛めてしまった。ところで、意外だったのは香川がスタミナがあるということで延長でも切れていた。

しかしながら、なんといっても35本ものシュートを打ちながらたった1点だったことが問題なのである。それに対してまたぞろ決定力不足だとか、メンタルが弱いとか言われそうだが、もっと単純に考えるべきで、つまりシュートの技術がないということなのだ。

よく、どんどんシュートを打つべきだ、いくらパスを回しても点は入らないのだからと言うが、35本も打っているのだからその批判は当たらない。ということは、単にシュートが下手くそだってことなのだ。特に毎度のことだがあの香川の下手さ加減はアマチュア並だ。PK戦でも嫌な予感がした通り外した。本田にしても今回はフリーキックが酷かったしポストに何回も当てたようにシュートの精度がないのだ。だから、彼もPKを外した。徹底的にシュート練習をしたらいいと思う。その点、柴崎と武藤には可能性を感じる。


これで、アギーレの進退がうるさくなるだろう。ぼくはもう少しアギーレの力量を見届けたいので辞めてほしくはないのだがおそらく周りの声に押されて辞任するのではないだろうか。考えようによっては、UAE相手に35本もシュートを打ったのだから、試合運びとしては悪くなかったのだが、繰り返すがシュート技術のなさが問題なのである。これは、監督の責任でもないように思う。

ただ、メンバーが固定されていて新陳代謝ができていないということが問題で、アギーレの目論見としては、戦力が安定しているW杯組で結果を残し、それから若手に切り替えようと思ったはずなのだが、皮肉にも今回の結果で世代交代が一気に進むだろう。さて、次のロシアW杯へ向けてどんなプランが描けるのだろうか?
  

2015年1月25日

映画鑑賞記 2015年1月24日

ダグアウトの向こう 今を生きるということ。
ぼくは根っからのベイスターズファンで、1998年以来の優勝を夢見ている。ダグアウトの向こう.jpgのサムネイル画像
これまで、2度(その前が1960年)しかリーグ優勝を果たしていないが、いずれも日本一に輝いている。ぼくが死ぬまでにもう一回この目で胴上げを見たい。そのベイスターズの1年を追ったドキュメンタリーである。

驚くのは、よくここまで記録したなあということである。おそらく、大部分が捨てられたのだろう。その膨大な記録をここまで編集したスタッフに敬意を表する。ファンとしてはもううれしいことこの上ない。見ているとこんな良いチームがどうして下位にいるのかと思う。(すごい贔屓目)きっと今シーズンはCSに出るのは間違いないし、ひょっとすると優勝?

☆☆☆☆


ゆきゆきて神軍  監督:原一男

今、安倍政権が右傾化して戦争が出来る国になるのではと批判されているが、ゆきゆきて神軍.jpg
時の権力者が戦争に導くというよりも、そうした批判をしている人々を含めて国民全般に行き渡る"空気感"というのが最も危険だと思っている。70数年前のあの戦争はいったい何だったのか、誰の責任だったのだろうか。

そういった問に対する答えはうやむやになってしまっていると思う。この映画に出てくる奥崎謙三は昭和天皇パチンコ狙撃事件で有名だが、戦争で自ら所属していたウエワク残留隊で起こった隊長による部下射殺事件における殺された二人の兵士の親族とともに事件に関わった元隊員たちを訪ね歩く姿を追ったドキュメンタリーである。

よくこうしたドキュメンタリーが撮れたかという驚きと人肉を食べたという内容の衝撃はすごいさや、時には暴力を使っても真実を暴きだすアプローチに感服する。まさに傑作である。

☆☆☆☆★

バンクーバーの朝日  監督:石井裕也 主演:妻夫木聡、亀梨和也

19世紀末から戦前にかけてカナダに移住した日本人が作った野球チームの奮闘バンクーバーの朝日.jpg
する姿を描いたものである。戦争が始まろうとする当時の異国の地での日本人の生活は大変むずかしいものがあったはずで、その中での憩いとして野球チームがあったのだ。しかし、そこには人種差別や日本人排斥といった大きな障害があったのだが、それを乗り越えるべき野球に打ち込む物語は胸を打つ。

ただ、こうした設定にもかかわらず作品自体は盛り上がりに欠けるというか、観ている人にあたえるインパクトが弱いのである。ストーリーの展開にしても平板だし、人物の描き方も薄っぺらいのだ。どうした石井監督。

☆☆☆


LIFE   監督:ベン・スティラー 主演:ベン・スティラー

面白かった。アメリカの写真誌として有名な「LIFE」の写真管理部で働く男のLIFE.jpg
物語である。その「LIFE」が休刊することが決まり、最終号の表紙の写真のネガがないのがわかりそれを探し出すために奔走する姿が描かれる。彼は、コツコツとつまらない仕事毎日こなしながら、ときどき現実離れした空想を描くのが楽しみであった。

そんな男が空想と現実を行き来しながら、表紙の写真を撮った有名な写真家ショーンオコンネルに会いにアイスランドとかに旅立ち、そこでの様々なできごとを乗り越えていく冒険譚でもある。いやー、つまらない日常から波乱万丈の非日常へ繰り出す物語は、観る人を勇気づけてくれる。元気をもらえる映画だ。

☆☆☆☆


8月の家族たち  監督:ジョン・ウエルズ 主演:メリル・ストリープ、ジュリア・ロバーツ

オクラホマのある家庭で父親が突然失踪してしまったことがきっかけで、妻や8月の家族たち.jpg
その3人の娘たちが繰り広げるカミングアウト合戦みたいな劇である。何もなかったときにはわからなかったことが、異常事態になって噴出するのである。わがままな薬漬けの母親や別居中の長女、気に入られそうもない婚約者を連れてきた次女、禁断の恋を貫こうとする三女といずれも曰く有りげな気配である。

とまあ、そんな秘密が一気に明らかになり堰を切ったように家族がばらばらになっていく。しかし、これだけそれぞれが問題を抱えている家族って本当にあるのかと思ってしまう。だから、あまりにもいろいろなことを詰め込みすぎているという印象である。名優たちが演技合戦を展開するのだが残念ながら雑多なエピソードに紛れて空回りしているのだ。

☆☆☆★


2015年1月28日

スタートアップとビジネスモデル

いま、下の子を交えて新しい事業の構想を練っているのだが、ひとりで考えるより二人でホワイトボードにああじゃないこうじゃないと書いたほうがいいアイデアが浮かんでくる。さらに上の子も加わるとどんどん広がっていくがこれまたアイデアが膨らむ。まずは、ビジョン、コンセプトを抽出し、それに基いてのアイデア出しの段階である。

実はそれと同時というか、早い段階でビジネスモデルの検討も行っていた。「ビジネスモデル・ジェネレーション」のフレームワークを使って9つの要素について設定していった。しかしながら、やっていくうちにちょっと待てよとなった。なぜかというと、どうしても収益モデルに注目してしまうことに違和感を感じたからである。

収益モデル、つまりどうやってお金を稼ぐかがちゃんとしていないと事業として成立しないという既成の制約にとらわれるのである。もちろん、これは大事なことではあるのだが、どうもそういうことではないような気がしたのである。ビジネスモデルを描くということは、ある意味できない理由をみつけてしまうことにもつながる。例えば、リソース制約でできないから外部から調達しなくてはいけないからその費用を考えると無理だとなる。

こうした思考の縛りにより、いいアイデアでも潰れていくことになる。だから、初期の段階ではビジネスモデルはあまり意識しないほうがよいのではないでしょうか。もっと、何をやりたいのか、どんなことができたら楽しいのか、ワクワクすることって何かといったような思いを先行させていくことが大切なことのように思う。

自分たちが楽しいと思うこと、ワクワクすることは他の人々も同じように感じてくれるはずだというある種の思い込みでいいと思う。ぼくらのビジネスにおける目的は売上を伸ばして、利益をあげ、会社を大きくしていずれは上場するなんてことは全然考えていないから、なおさらワクワク感が第一でそのあとにビジネスモデルということになるが、それもラフなものでもいいような気がする。

少なくとも、事業計画とか中期経営計画とかは必要ないと思う。重要なのは、ビジョン、コンセプトである。それとこれらは最初にきっちりと決められるものではなく、いくつかのアイデアから導かれたものが最初に設定したビジョンやコンセプトと合わなかったら、逆にビジョン、コンセプトを変えてもいいのだ。こうした、上下運動を行いながら固めていくことが大事である。そうすることによって、ブレないものができあがるのだと思う。今の時代のスタートアップは従来型のアプローチではないのである。

2015年1月30日

ビジョンって何?

ちょっと前に「スタートアップとビジネスモデル」ということで、起業するときの動機としてビジネスモデルを考えないほうがよいのではというようなことを指摘した。つまりビジョン優先というアプローチを推奨したわけです。ではそのビジョンというのはいったいどんなものだろうか。

ざっくりいうと「ユーザーがこれから作るモノを使って叶えたいこと(ウオンツ)」である。この場合"モノ"というのは提供価値のことで別の言い方をすると"サービス"かもしれません。サービスの定義は「提供者が、受給者の望む状態変化引き起こす行為」だからまさにユーザーの「〜したい」というウオンツを実現してあげることにつながるのである。

ところが世の中で言われているビジョンの多くがちょっと意味合いの違ったものになっていやしないだろうか。ビジョン策定のやり方をみているとそのことがよく分かる。よく見かけるアプローチは「現状と課題」を分析することから始める。例えば、街づくりビジョンなんていうのがよくあるが、決まって、人口減少、老齢化とか商店街の衰退だとかが「現状の問題点」として抽出される。

そして、そういった問題をどう解決するのかという視点でビジョンを策定していくのである。つまり問題解決策がビジョンになってくるので、本来のビジョンから外れていってしまうように感じるのである。従って、例にあげたような街づくりのビジョンはどこの地域も同じような問題点を抱えているからそれぞれのビジョンが似かよったものになってしまう。

問題解決型に対置するのが仮説検証型だが、「I(We)want 〇〇」の〇〇という仮説を打ち立てるアプローチが必要ではないかと思うのである。これは、もちろん街づくりに限ったことではなく企業のビジョンにも同じようなことが言える。「スタートアップとビジネスモデル」というエントリーでも言ったように、問題解決型のやり方はビジネスモデルを構築するときには有効かもしれないが、どんな会社になりたいのかとかどんなビジネスを続けたいのかといったビジョンづくりには、自分たちの"思い"がにじみでたものにしたい。

世の中で、街づくりや企業経営で特徴のある活気あふれる地域あるいは断トツの経営を実現しているところをみると、必ず本来のビジョンがしっかりとできていて、それを住民や社員が共有しているのである。

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