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鎌倉の寺社122を逆さまに歩く(1)

「湘南モノレール沿線、深沢周辺の寺社」

「鎌倉の寺社122を歩く」(山折哲雄監修 槙野修著 PHP新書)という本がある。この新書シリーズでは、京都、奈良、江戸東京ときて次が鎌倉が選ばれたのである。鎌倉にある122のお寺や神社をめぐる旅の記録である。ぼくは鎌倉に生まれ、今も鎌倉に住んでいるので、ほとんどのところに行っているが、この本を片手にまた回って見ようと思う。何せ、そのために自転車を買ったようなものだから。

本の構成はもちろん中心である鶴ケ岡八幡宮から始まっている。しかし、それだと月並みでおもしろくないので逆コースをたどることにする。何か新田義貞の鎌倉攻めみたいだが、ちょっと変わっていて楽しいそうだ。ということで、本では8つのエリアに分かれていて、さらにそのなかでいくつかの細かなエリアに分かれていて全部で18の小エリアから構成されている。それに鎌倉とゆかりの深い市外の寺社が3つ追加されている。

さて、出発するとするか。まずは最後のエリア18は「大船駅東口から今泉まで足をのばす」である。そのまた最後が「湘南モノレール沿線、深沢周辺の寺社」である。深沢という地域はぼくが生まれ育ったところのなのでみなよく知っている寺社だが再訪した。

最初のお寺が等覚寺(真言宗 1394〜1428年創建)で、ここには明治6年訓蒙学舎togakuji.JPGが境内に開校して、これがぼくの母校でもある深沢小学校の前身である。また、「出世子育て地蔵尊」というのがあって、参詣すると子のない人は子を授かり、このある人はその子どもが出世するというご利益があるというのでけっこう訪れる人も多い。しかし平日ということもありぼくが行った時には誰もいなかった。

       


そこから、ちょっと行ったところに大慶寺(臨済宗 1278〜1288創建)がある。daikeiji.JPGこのお寺は当時は大きなお寺で関東十刹の一つであった。十刹というのは五山につぐ寺格をもつ立派な禅刹である。ぼくの家の親戚に「てんだい」と呼ばれる家があるが、おそらく大慶寺の天台庵という塔頭だったところだと思う。

    


大慶寺から深沢中学のほうにちょっと行くと東光寺(真言宗 1431年再興)がある。tokouji.JPG境内には「お砂踏み霊場」といって、四国八十八ヶ所霊場の砂を弘法大師像の四方に収めて。それを踏みながら回ると、四国のご遍路と同じ功徳があると言われている。その斜め向かいに駒形神社があるが、神社はたいてい長い石段がありこの神社もそうなので階段の下で眺めるだけにする。

  

最後は深沢小学校の隣にある御霊神社(梶原の鎮守 1190年創建)を訪れる。goryoujinnja.JPGこのあたりは梶原という地名がついているように鎌倉権五郎景政を祖とする梶原氏に縁がある。従って、景政が祭神として祀られている。以上なのだが、深沢地区にはこの他にも青蓮寺(鎖大師)、仏行寺、妙法寺、円久寺、八雲神社、熊野神社などまだまだあるのだが、府外ということもありあまり取り上げられることが少ない。
     

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2014年7月 1日 10:02に投稿されたエントリーのページです。

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