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2014年3月 アーカイブ

2014年3月 4日

さよなら渓谷

真木よう子がいい女優になってきた。キネマ旬報映画賞や東京スポーツ映画大賞など数多くの映画賞で主演女優賞を射止めている。最近では「そして父になる」「さよなら渓谷」「すーちゃん まいちゃん さわこさん」などの作品で輝きを放っている。濡れ場もいとわない演技派としてこれからますますの期待が寄せられている。

さてその真木よう子主演の「さよなら渓谷」もなかなかいい作品であった。原作が吉田修一だから、その点での深さは保証されているのでそれをどう映画という場で表現できるかが問われる。それに挑んだのが、「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」や「まほろ駅前多田便利軒」などでメガホンをとった大森立嗣である。他の俳優さんが真木よう子の相手役に大西信満(あの「キャタピラー」の寺島しのぶの相手役だ)、その他大森監督の兄である大森南朋らである。

この映画のラストの「もしあの時に戻れたら事件を起こさなかった人生と、かなこさんと出会った人生とどっちを選びますか?」と週刊誌記者の渡辺(大森南朋)が尾崎俊介(大西信満)に尋ねるところで何がいいたいかがわかる。かなこというのは尾崎の妻(真木よう子)のことである。この言葉で映画の展開が凝縮されている。実は尾崎とかなこは15年前に起きたある衝撃的な事件の加害者と被害者の関係だったのである。

都会から離れた渓谷で暮らしていた尾崎とかなこはある事件に巻き込まれる、隣家の女が自分の子を殺害したのである。その母親と尾崎が密通していたという疑いがかけられる。ところが何とその情報を流したのが妻のかなこだったのである。この不可解な行動に疑問を抱いた渡辺は尾崎夫婦を調べていくうちにある事件を知ることになる。その事件の加害者である尾崎と被害者であるかなこが一緒に暮らしていたのである。

そこでつぶやく「私たちは、幸せになるために一緒にいるんじゃない」。では何のために一緒にいるのだ。復讐なのか、罪の償いなのか。「幸せになりそうだったから」夫を売ったのだろうか。そして人間はどこまで許せるのだろうか。まあ、こんな境遇になったこともないのでわからないのだが、きっともう償いは終わったのだと言っているようでもある。でもちょっとありえない関係すぎてリアリティが薄いのだが、異常を描いて典型を探るのも映画だからよしとするか。

鬼気迫る真木と寡黙な大西の対比がいい。大西は「キャタピラー」もそうだがしゃべらない演技が持ち味なのかもしれない。それと週刊誌記者を登場させて狂言回し的な役割で進行させるのは効果的でうまくいっているように思えた。ただ、渓谷を舞台ということだから徹底したほうがよくて、海辺の風景なんかが出てきて景色のブレはちょっと違和感があった。

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2014年3月 1日

大統領の執事の涙

こうした映画はハリウッドが得意ですね。こういったという意味は、政治家などの実在の人物をドラマ仕立てで登場させて、そこから国家とか人民とか歴史とかいう側面を浮き立たせる映画という意味である。アメリカの大統領が映画に登場することはそう珍しくなく、少し前ではリンカーンが主人公となった映画もあった。その点では日本の首相が主人公となって登場する映画はほとんどない。

まあ、大統領と首相というカリスマ性において違いがあるので映画にはなりにくいのだろう。鳩山由紀夫や菅直人が主人公となる映画なんて創造もつかない。せいぜい、吉田茂とか田中角栄あたりが対象になるぐいかもしれない。それだけ日本の国のリーダーの存在感は薄いということなのだろう。

「大統領の執事の涙」は、直接大統領が主人公というわけではなく、ホワイトハウスで7人の歴代大統領に仕えた執事の物語である。7人の大統領というのが、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソン、フォード、カーター、レーガンである。1950年代から1980年代の勢揃いである。そして、楽しいのが彼ら大統領がけっこうそっくりさんというか特徴を良く出していて思わずニンマリしてしまう。

ケネディの坊っちゃんぶりとかニクソンの秘密とかレーガンの夫婦とかおもしろい。ただ、大統領が登場するからといっても政治的ものではなく、彼らに仕えた黒人執事の家族の物語である。それでも、節目節目において誰もが知っているような事件や重要な出来事が描かれるので、アメリカの抱える問題、それをどう解決してきたかなどが執事の目を通して知ることができる。

執事セシル・ゲインは、幼い時はまだ黒人差別が普通に行われた南部の綿花農園で両親とともに働いていた。ところがその農園で事件により父親が殺され母親も廃人となってしまい、ひとりで出ていきやっとのことで家事労働の仕事につく。その後、働きぶりが認められて高級ホテルのボーイになる。それを見ていた有力者の推薦でついにホワイトハウスの執事にまで上り詰める。

執事という仕事は"空気になること"と教えられる。こうしてセシルは執事の仕事を忠実にこなし、信頼を勝ち得ることになる。しかし、家庭では寂しさを募らせていく妻と、黒人の地位向上のための公民権運動に加わっていく長男、それとは違って国のために戦うことを決めベトナム戦争に志願していく次男を抱えて苦悶するのである。

セシルという黒人執事の公と私を行き来させながらアメリカの歴史を描いているわけで、それも国のトップの歴史的な決断や受難、不祥事などとともにそれらが市井の人の生活に影を落としていく様がおもしろかった。それにしてもアメリカ人、とりわけ映画人は、ケネディとオバマが好きなんですね。
  
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2014年3月 3日

イノベーションを支援するITシステム構築の極意(12)

顧客接点つまり需要サイドのビジネスモデル要素のあとは、供給サイドのほうを見ていきます。最初は、ビジネスモデルを実行するに際して必要な経営資源です。いわゆる、ヒト・モノ・カネといったことになります。もう少し別な言い方をすると、物理的なリソース、人的リソース、ファイナンスリソースですが、そこに知的財産を加えるようになってきています。現代のビジネスではこの知的財産の重要性が増してきているように思います。

物理的なリソースは具体的には工場、ビル、車両、機械、システム、販売システム、流通ネットワークのようなものです。設備・インフラ・システムといったものがあげられます。最近では、ネットビジネスのように物理的なリソースをあまり持たないでもビジネスが始めるので参入がしやすくなっています。ただ、ネットビジネスだから物理的なリソースが大事ではないということはなくて、典型的な例ではアマゾンの物流システムは非常に大がかりでそこがキーポイントになっています。

これからますます重要性を帯びてくるのが情報システムではないでしょうか。ここの議論ではITシステムを構築するというゴールになっていますが、強いあるいは特徴的なITシステムがあるからこそ新しいビジネスができるとか、ビジネスモデルの変革にすぐに対応できるとかといったことが可能になるように思います。ですから、重要な経営資源であると言えそうです。

人的リソースでは文字通り人材ということになりますが、少し拡げて組織とか人脈といったものも含んで考えてみたらどうでしょうか。人といっても企業では組織活動という形でパワーが発揮されますので、個人のスキルを効果的に集合できる組織能力は大きな経営資源だと思います。また、中小企業など企業間連携が必要になってくるケースも増えてきています。そんな時に、社長同士のつながりとか、技術者同士の交流とかが強みになることもあります。

企業は何だかんだといっても最終的には資金的な問題が大きくなります。時には一時的な運転資金や多額の設備投資が必要になったりします。そうした資金の保有や調達が可能なファイナンスリソースも重要なものになっています。その場合、自力で出来ることもあるかもしれませんが、他力に頼るには信用力も問われてきますので、信頼される経営というものも間接的な経営資源の一つかもしれません。

知的財産には、ブランドや知的所有権、特許や著作権、パートナーシップ、顧客データベースなどがありますが、最初に言いましたように重要性が増してきています。差別化要素や競争優位性を知的財産として管理することも大事です。ただ、今日のようにすぐに真似られてしまうということとか、変化が激しい場合にどう管理するかは難しくなっています。最近のオープン化の流れの中ではかえって閉じた形で管理しない方がよいなんてケースもあり柔軟な対応が必要になってきます。ただ言えることは、長い時間の中で優れた組織文化のもと醸成されたようなブランドや知的財産はすぐには真似されることもないし、変化対応ができやすいものであることは間違いないと思う。
  

2014年3月13日

日本の産業の生きる道(5)

前回は、インフラ産業で食っていくというお話をしました。この考え方は有効だという評価もしました。さてその次が「日本企業は中国とともに食っていく」です。こうした論点の設定は産業構造を決めるポイントは何かという論考にあります。2つのポイントがあって、ひとつは地政学的な面であり、もうひとつは産業全体の科学的基礎として、多くの産業を成立させる共通の基礎科学分野はなにかという問題である。

前者は、世界の中の日本経済という視点から見た時、日本に密接な関係のある国や地域が数多くある中で、その「重心」というべき中心的な存在はどこかである。そこを考えた時、中国が浮かび上がってくるのだという。これまでの中心的存在はアメリカであったことは異存ないと思う。データ的に圧倒的な貿易量からも裏付けられている。しかし、21世紀に入り、その地位はおそらく中国が占めるであろう。

今々は反日感情の高まりで上手くいっていないように見えるかもしれないが、経済的には確実に関係が深くなっている。2008年には日本からの輸出先としてアメリアを抜いている。米中大逆転が起きているのだ。貿易額だけではなく、例えば日系現地法人の従業員数にしてもこの10年間で66万人から160万人へと大幅に増え中国が1位となっているのだ。日本にとって最大の生産基地でもあり市場となったのである。ぼくは、38年前に中国にプラント運転指導という立場で行ったのだが、そのときはもちろんまだ文化大革命の最後の年であり、産業なんてなかった時代だから、その時のことを思うと隔世の感がするし、ほんと驚くべき変化である。

このように経済的には切っても切れない関係いなっているにもかかわらず国民感情的には中国では反日であり、日本人の対中国イメージの悪化というねじれが起きている。このことは一朝一夕には修正できないというか、未来永劫できないのかもしれない。38年間の経験でも一方的に日本側から援助するという関係でありながら、彼らには助けてもらっているという感情よりそれが当たり前、あるいはお前らがいなくても自分たちだけでできるのだとう態度がありありだった。ただそれはそれとして、仲良く出来ないことではないように思う。ある程度割り切った合理的な対応ができればいいのだ。

複雑性産業とかインフラ産業といった提案をしているが、その時には市場という側面もあると同時に国際分業という観点がどうしても必要になるがその時のパートナーとして大きな意味のある国である。しかし、一方でリスクは忘れてはいけない。最近でもバブルが弾ける懸念が憂慮されている。おそらく、経済成長も限界に来るし、どこかでバブルがはじけるのは避けられないと思う。その時、どこまでダメージをうけ、そういう過程で再生できるのかが気になるところである。

従って、伊丹先生も言っているように、中国一辺倒ではなくASEANなどとも連携したバランスのある対応が必要になる。つまり、発展していく東アジアは中国だけで形成されているわけでもない。ASEANもまた今後の成長が期待されるのだから、このASEANとこれまでのようにバランスをとりながら、しかし中国との国際分業の深化を図る。その深化の具体的ありようが良くも悪くも21世紀の最初の四半世紀の日本の産業構造を決めていくのだろう。
  


2014年3月 2日

Jリーグ開幕

いよいよJリーグが開幕した。今日からJ2、来週からはJ3も始まる。今年はワールドカップイヤーだから、Jリーグを盛り上げてその中で調子のいい選手を引き上げるということもあるので是非白熱した試合を多く見せて欲しいものだ。今年の注目はやはりセレッソ大阪ですね。あの前回のワールドカップ得点王のフォルランが加入したことで有形無形の効果があると思うので期待したい。

その他では1年でJ1に復帰したガンバ大阪とか、3連覇をねらうサンフレッチェ広島、昨年惜しくも優勝を逃した横浜・Fマリノス、西野監督の腕の見せどころの名古屋グランパス、風間監督の戦術が浸透しだした川崎フロンターレ、あのサポーターをいつまで裏切るのかという浦和レッズといったところだろうか。やはり、広島が強いのでそこを軸に展開していくように思う。

その広島はアウエーでセレッソ大阪との開幕地合である。前半はホームのセレッソのペースで進む。フォルラン効果なのかわからないが、動きもよくパスもつながっていた。サンフレッチェは昨年と同様にしっかりと守備を固めてチャンスだと思ったら一気に攻め上がる戦術である。ちょっと前のスーパーカップのマリノス戦の立ち上がりとはだいぶ違っていた。だいぶサンフレッチェに対する警戒心が強い感じだった。

セレッソは攻めこんでいるようにみえるのだが、実際は攻めさせられたという感じだった。前半はセレッソの優勢で進む。フォルランはフリーキックも含めて何回かシュートチャンスがあったがキレはまだイマイチでコンディションをこれからあげていかないと難しい。ただ、両チームにあってはサンフレッチェ野津田、セレッソ南野という10代の選手の生きのいいプレーが光っていた。

後半に入ってもセレッソがポゼッションも高く若干優位であった。これは中盤の争いに勝っていたからで、サンフレッチェが山口のボール奪取を許し、扇原をフリーにしていたためである。ところが、後半も半ばすぎる頃になるとボール運びを早くし、扇原のマークをきつくするとサンフレッチェペースとなる。それが実って、26分に石原がペナルティエリア内で粘って中央へ折り返すとフリーでたバックスの塩谷がボレーできれいに合わせて先制する。

この集中力がトップの位置に要られる理由の一つだろう。チャンスとなるとチーム一丸となって攻め上がる迫力は脅威である。これは組織としての戦術の共通理解があることと選手同士の信頼の賜物であろう。それにしても、アシストを記録した石原選手というのは貴重な選手ですね。こういう選手を"いぶし銀"というのだろう。

こうなると、前年覇者の試合巧者ぶりが発揮され逃げ切ってしまう。さすが王者という試合でした。セレッソもおもしろそうな存在なのだがフォルランが入ったにも関わらず意外と攻撃も単調だし、中央突破ばかりでサイドをえぐるとかいったパターンもあまりみられないので最後のところでは守られてしまうということを繰り返していた。

さて今年は何処が優勝するのだろうか。ACLもマリノスは負けたが、サンフレッチェとセレッソは引き分け発進だったので今ままでよりは良さそうなので少しは期待しよう。さっき言ったようにピチピチの若手も台頭してきているので、そんな選手に注目しながらまだまだ頑張っているベテランも応援しようと思うのである。
  

2014年3月 8日

私の叔父さん

2012年に封切りされているがその時は気づかなかったのだが、評価がすごく高い作品だったので観てみることにする。こういうとりこぼし映画がもちろん何本かは出てくる。東京に行くと名画座的なもので再映もあるかもしれないが、たいていは映画館では無理なのでDVDを借りて来ることになる。「私の叔父さん」はそんな映画の一つである。原作が、連城三紀彦の短篇集である。監督は細野辰興で主演が彼に演らせると決めていたという高橋克典、相手役に寺地咲、脇を長谷川初範、松原智恵子、鶴見辰吾らである。

連城三紀彦の小説は以前少し読んだことがあるのだが甘酸っぱい感じでぼくにはちょっと不釣り合いだなあと思ったことを思いだした。原作となった作品は読んではいない。この作品の状況としては、姪っ子が叔父さんの淡い恋心をいだくというのがメインになっている。この親戚の異性に恋するというのはおそらく誰にでもありうるような感情ではないでしょうか。このケースでは女で叔父さんにということだが、そうではないパターンもある。例えばいとこ同士なんてのもよくあると思うし、それも年上に焦がれるのだ。かくゆうぼくも、2つ年上のいとこのお姉さんに恋したのである。まだおとなになりきれない時期というのは、どうしても身近の人に対しての憧れから入っていくことと何かしらおなじ匂いを感じるからではないでしょうか。

カメラマンの原田構治(高橋克典)は、姪の夕美子が大学受験にために福岡から出てくるというのでマンションに寝泊まりさせることになる。夕美子は構治の姉郁代(松原智恵子)の娘夕季子(寺島咲)の子どもである。その彼女は自分の母親と構治との関係に何やら感じるものがあるのだ。そして、福岡に戻ってしばらくすると郁代から連絡があって、夕美子が妊娠していてしかもそのお腹の子は構治の子だと言い張っているというのである。

それは、母夕季子がかつて構治と愛し合っていたということを主張するためにそんな嘘をついていたのだった。そして、赤ん坊だった夕美子を抱いた夕季子の写真を見せるのである。さあそこから構治は18年前のことが蘇ってくることになる。まだカメラマンの修行をしていて、お金もないし将来の不安を抱えて悶々とした日々に夕季子と過ごした時を思い出すのである。まあ甘酸っぱいですよね。恋愛なんて何らかの障害とか禁忌みたいな制約があればあるほど燃え盛るところもあるわけで、世間体とかを気にしながら、そして自己規制しながらの恋愛劇なのである。これは女の子はしびれますよね。

高橋克典は「特命係長只野仁」のイメージが強いのでどうかなと思ったが、20代と40代を行き来する役柄を上手くこなしていた。ということでひとりこたつに入りながら、昔の親戚のお姉さんのことを思い出してしまった。
  
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2014年3月 5日

もうシステム開発というのはやめよう

システム開発と言うとどうしてもプログラミングをするというイメージが強くなる。それはものによってはコードを書くこともあるので全面的に否定することでもない。しかし、業務システムの世界でいつまでもコードを書くのは極力なくしたいものだ。なぜコードを書くかというと処理ロジックをプログラム言語を用いて書くというのが合っているからかもしれない。ぼくはプログラムを書くことは出来ないが(昔はちょっと書いたことがるが)、データ処理ロジックをプログラミングするというのはわりと自然の流れでもあると思う。

しかしながら、ここで少し立ち止まっていったいぼくらは何を作ろうとしているのかを考えてみたらどうだろうか。コンピューターに処理させるためのシステムを作っているのだろうか。もうそんな時代はとっくに去っていっただろう。もちろんコンピューターが登場した初期の頃は人間がやることの肩代わりという側面が強く、高級計算機であった。だからデータ処理システムが必要とされたのである。

ところが、インターネットの登場というインパクトもあって、単なる計算機から人間の行動をサポートする道具という側面が強くなったように思う。スティーブ・ジョブズがいみじくも言ったように"自転車"という道具なのだ。自分が行きたいところに自由に行き、速くも遅くも動け、途中で止まることもできる人間が操るものである。そして何よりも乗っていて楽しいのである。

それと大きな変化は人と人の間に介在するコミュニケーションツールとしての役割である。つまり孤立したものではなく周囲と調和した自転車の乗り方が求められている。従って、企業内でもこうしたITを使い、あるいはITに助けられて、迅速で的確な行動や円滑なコミュニケーション図られなければならない。

ところが、こうしたことをプログラミングという手段で実現しようというと無理があるように思うわけです。だって、個人的でもあったり、恣意的でもあり、状況でしょっちゅう変わってしまったりすることを扱うわけで、これを決まりきった手順で書ききれないからです。

そこで、いったいどんなものを作ろうとしているのかという最初の設問に戻って考えてみるに、結局「インターフェース」を作ろうとしているのではないかと思えてくる。それも、「マン・マシン・インターフェース」というより「マン・マン・インターフェース」を作りたいのではないでしょうか。つまり、いかに組織能力を上げることができる、あるいは働きやすい場とするにはどんなインターフェースが必要なのかという観点が大事なような気がする。

もちろん、インターフェースそのものはプログラミングされたものですが、それをユーザと一緒につくるのではなくて、あらかじめ作られた部品を利用してインターフェースを設計・組み上げるというアプローチにすべきなのである。こうしてできたものは、必ずユーザが使いやすいようになっている(設計とはそのために行うもの)のだからすぐに使うことができるし役に立つものになるのである。
  

2014年3月 6日

勝ったはいいが

昨日のキリンチャレンジカップ2014のニュージランド戦で日本代表は4−2で勝利する。代表戦は最後という国立競技場での試合は前半早々と4点を入れて試合を決めてしまった。その後ニュージーランドに前後半1点づつ返されて結果4−2となってしまった。どうして、2点も返されたという批判もあるがサッカーはえてしてこんなものだ。最初に大量点を入れるとどうしても緩んでしまい試合は荒れるのが常である。

ケガ人が多く、長谷部、内田、柿谷、今野、遠藤といったおなじみのメンバーがはずれて、替わって先発で入ったのが、森重、酒井(宏)、山口、青山、大迫である。両ボランチがこれまでほとんど出場していないコンビということで注目されたが、非常によかった。お互いの特徴を生かした連携で相手の攻撃の芽を摘んでいたし、ボールを奪ってからの攻守の切り替えも速かった。

早くも前半4分に香川から相手ディフェンスの裏を通すパスが出てそれに走りこんだ岡崎が倒れながらも相手の身体につぶされそうになりながらも右足を伸ばして先制点をあげる。その3分後には、香川が中央の狭いところを果敢に仕掛けにいってジダンばりのルーレットをみせると倒されてPKを獲得、自ら蹴って2点目をあげる。いつもならパスを選択する香川が珍しく強引に持ち込んだところは香川がいま置かれて状況を変えようという気持ちが現れていたように思う。

この日の香川はキレもあって、マンU のモイーズはなぜ彼を使わないのかと思わせるようなプレーがみられた。本田にしても香川にしても日本代表ではやはりうまく機能するので良いパフォーマンスがみられるが、ミランやマンU だとまだまだ受け入れられないのでどうしても消極的になってしまうが、そんな時はもっとわがままになってもいいのではないだろうか。そんな兆しが香川のプレーに垣間みられたのはよかった。

2点目のすぐあと本田のFKを森重が頭で合わせて代表初ゴールで追加点。さらに17分には香川から本田に渡り、本田の絶妙なヒールパスに岡崎が反応して4点目をあげる。これで勝負ありで、結局この後からは気が緩んだように精彩を欠くことになる。そのあと前半39分に右サイドで酒井(宏)と山口が交錯してボールがこぼれると角度がないところだったが決められてしまう。

後半には、酒井(宏)、山口、青山、岡崎を下げて、酒井(高)、遠藤、細貝、清武を投入する。ところが、後半の戦い方が前半と比べてあきらかによくない。なので、ニュージーランドに攻め込まれるシーンが多くなる。後半35分にはゴール前にクロスをあげられると森重がファウルと思える当たりに負けてボレーシュートを決められる。失点した2点は見た目では不運のように見えるのだが、やはり厳しさが不足していたと言わざるを得ない。

前半のよさが後半で消えてしまったが、大量点で気が緩んだということもあるが、メンバー交代の影響という面もある。ボランチがふたりとも交代したが、山口と青山はお互いの距離感や頻繁なダイレクトパス交換でいいリズムを保っていたが、遠藤、細貝になるとスタイルが変わってスピード感、リズム感が消えていったように思う。象徴的なのはバックパスが増えたことだろう。もしかすると遠藤のサッカーが合わなくなってきたのかもしれない。

清武にしても岡崎のような切り込みがないので攻撃力が落ちてしまう。結果だけからいうわけではないが、先発の布陣が展開したサッカーがこれからの日本の戦い方なのではないだろうか。つまり、前へ前へという姿勢で攻め上がり、取られてもすぐに取り返すことを繰り返す、その中心に山口と青山がいるというサッカーである。遠藤からのパスを待つというのよりも、この方が前線も動きやすのではないだろうか。

それにしても、やはり欧州組はレベルが高い。とくに長友のプレーはまたさらにランクアップしてように思う。また香川も昨日はいきいきしていたし腐らずやればどこかで復活するだろう。ただ、本田がいまいちの感じで精神的にまいっているように見えた。まあ、彼のことだから立ち直ってくれると思うがちょっと心配だ。さあ、あと3ヶ月でW杯の本番を迎えるが昨日の前半の前半のような戦い方で勝ち上がってほしいと願っている。
  

2014年3月 7日

歴史をつかむ技法

ぼくは歴史というものはそれほど好きでなはない。これは学校で習った歴史が何ともおもしろくなかったことが大きい。ひたすら年号を覚えていたのを思い出すが、日本史ましておや世界史を俯瞰できてはいなかったから、些細なことを必死に記憶することばかりだったような気がする。

だが、歳をとるとともに、また世の中的にも歴女の出現だとか、日本史が高校で必須科目になるとかもあって少しは歴史を学ぼうという気持ちを持つようになった。そんな折、「歴史をつかむ技法」(山本博文著 新潮新書)という格好の本を見つけた。この1冊で「日本史の流れをわしづかみ!」という帯の文句にもつられて買ってしまった。

ところがこれがおもしろい。歴史を知るには「知識」とその知識を生かすための「思考方法」が揃うことが大事だということで、歴史を学ぶための考え方や見方が書いてある。歴史用語の解説から、時代小説と歴史小説の違い、歴史の法則とか時代区分などについてわかりやすく書いてあるのでうなづきながら読む。

最近ちょっと話題になった「イイクニかイイハコ」という問題についても解説してくれている。ぼくらは学校で「イイクニ作ろう鎌倉幕府」というふうに教えられていて、鎌倉幕府の成立は1192年とばかり思い込んでいたがどうも1185年ではないかというのだ。これを聞いた時に単に幕府ができた年が間違っていたのかと思った。

ところが、新しい史実が発見されたわけではなくなく、どういう時点をもって幕府が成立したのかという解釈の問題なのだ。つまり、1192年というのは、源頼朝が征夷大将軍に任命された年でそれをもって鎌倉幕府成立としたのが「イイクニ」だったわけです。一方、1985年は平氏が滅亡した年ですが、それが直接の理由ではなく、頼朝が、自分の勢力から離脱した義経らの探索を理由に、全国の守護・地頭の任命権などを朝廷に認めさせたことをもって政権誕生としたのが「イイハコ」なのだ。ね、おもしろいでしょ。知らなかったなあ。まだ他にも説があるらしいのだが、研究者によってどの時点を重要視するかで分かれるのだ。

ですから、時代区分も同様にどこで区切るかも論争があるようだ。日本史は大きくは、原始→古代→中世→近世→近代→現代となるのですが、一応、古代から中世は平安時代から鎌倉時代、つまり王朝国家から武士国家への変化ですし、近世は安土桃山時代、近代は明治時代、現代は第二次大戦終戦後からになっています。ただ細かいところでは諸説あるようです。

本の後半では、日本史の流れを概観していきます。教科書には載っていないようなことも書いてくれていて、また視点をちょっと変えてみていくといったこともありおもしろい。こうしてざっとみてやはりというか天皇がその血筋、つまり「皇統」をどう継続させるかが重要な役割を果たしてきたことに驚く。ちょっと歴史が楽しくなったぞ。
  

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2014年3月 9日

梅は咲いたか桜はまだかいな

まだまだ、寒い日が続くのだが、庭の梅の木の花が咲き乱れている。毎年繰り返される光景だが、新しい花が咲くとこれまた新鮮な気分になる。こうして三寒四温を繰り返して春がやってくる。明後日は3年目の3.11を迎える。仕方ないのだが1年ごとに記憶から遠ざかるのだろう。

昨日はぼくの大学の同級生だったI君の13回忌があった。大学に入学した時の同じ語学クラスだったやつで新潟からやってきた。一緒に麻雀したりしてよく遊んだり、上石神井の下宿におじゃましたり、お兄さんが同じ学科の先輩だったので、レポートを借りてもらったり、そして一緒にサッカーをやったりとずいぶんと濃い仲であった。

そんな彼が12年前に病に倒れ帰らぬ人となってしまった。しかしながら、だんだん記憶から遠ざかるかと思ったが、この場合は逆でかえってまた鮮明に蘇ってくる。昨日は、サッカー部の同期9名と奥様と同期のひとりの奥様のイレブンだったのだが、みな彼について昨日のことのように語っていた。今度17回忌をやろうといったのだが、みんな揃っているかなあ。

13回忌同期会は渋谷の並木橋にあるイタリアンレストラン「ANTIVINO」で昼食を食べながらであった。ビールとワインで真っ昼間から酔いだした。それから、また駅前の居酒屋で二次会だ。今度は焼酎を飲んだ。それでもまだ午後3時だ。この二次会でみんなとは別れるが、せっかく出てきたのでそのまま帰るには忍びない。というわけで、横浜に戻って映画を観ることにする。ところが、しこたま飲んだおかげで半分近く眠ってしまった。

映画を観終わると酔いもさめてきてお腹も空いてきたので中華街に向かう。行きつけの「鳳林」でひとり宴会を始める。皿を頼みたいのだが、ひとりだと多すぎるので半分にしてもらって2種類を注文。辛いものだったのでまずビールを飲み、そのあと紹興酒を少々。おばちゃんが、辛いものばかりだったのでこれを食べなといってマンゴープリンをごちそうになる。そのお礼として帰りに揚げカシューナッツを買っていく。

それで素直に家に帰ればいいのに、ふとそうかワインとビールと焼酎と紹興酒を飲んだけど日本酒を飲んでいないなと気がつく。ということで「写楽」に足が向いてしまった。ちょうどまだ近くまでいくバスが走っていたのでそれに飛び乗る。午後10時前だったからいつもより早めである。なので、けっこうお客さんで埋まっている。みんな男女のペアだ。いつものカウンターの席が空いていたのでそこで「緑川」の熱燗をもらう。そのあとは銘酒「14代」を堪能する。

しばらく飲んでいると隣のペアがもうすぐともだちが来るんだけど席あるかなあと店の人に聞いているから、私はもうすぐ出ますよと言いながらどこからきたのですかと聞いてみると、なな何と三重県の四日市というではないか、もうびっくりです。ぼくは昔四日市に住んでいたという話をしたら向こうもびっくり。鎌倉のすごいローカルなところで四日市話で盛り上がったのでした。

先週もサンフレッチェ広島の話で盛り上がったけど不思議だなあ。というわけで、昨日は一日中飲み続けて、それも和洋中華揃い踏みという充実?の一日でした。お疲れ様。

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2014年3月10日

イノベーションを支援するITシステム構築の極意(13)

企業が経営を成功させるためにやらなければならない重要なアクションが主要活動です。BMGでは主要活動をたった3つの種類に分類しています。それは、「製造」「問題解決」「プラットフォーム/ネットワーク」の3つです。製造はいわゆる設計・製作・配送というサプライチェーンで、Dellなんかは大事な主要活動になります。問題解決はコンサルティング会社とか病院などのサービス産業が典型的な活動です。

プラットフォーム/ネットワークというのはちょっとわかりにくいかもしれません。ネットワーク、マッチメイキングのプラットフォーム、ソフトウエアやブランドはプラットフォームとして機能を果たしています。このプラットフォームを管理、サービス供給、プラットフォームプロモーションといったものが主要活動になるわけです。最初の方の顧客との関係でマルチサイドプラットフォームということでクレジット会社の例を示しましたが、こうしたビジネスではプラットフォーム管理が主要活動となります。他ではeBayとかマイクロソフトなどがあげられます。

こうしてスパっと分けられとなるほどと思うのですが、ただちょっとひっかかるものがあります。製造だって顧客の抱える問題を解決する手段でもあるわけですし、プラットフォームだってサプライチェーンを支えるインフラともとれるからです。要するに、大雑把にいえば主要活動というのは、顧客の要求に応えるサービスを提供する活動で、しかもその活動のベースがプロセスであると考えると、バリューチェーン、もっと絞ってサプライチェーンという括りで構わないように思います。

そのサプライチェーンの中で調達という機能がありますが、そこでは他のサプライヤーとのパートナーシップのもとに原材料、部品、技術、人材などを調達してきます。また、アウトソーシングなどもパートナーシップの一つでしょう。なお、パートナーシップを分類は次のとおりになります。

1. 非競合企業による戦略的アライアンス
2. 競合企業との戦略的なパートナーシップ
3. 新規事業立ち上げのためのジョイントベンチャー
4. 確実な供給を実現するためのバイヤー・サプライヤーの関係

さらにパートナーシップを作るための動機には次の3つがあります。
・ 最適化と規模の経済
・ リスクと不確実性の低減
・ リソースと活動の獲得

最近では、1社だけでなにもかも完結させることは大変難しくなっていて、様々な分野で何らかのパートナーシップを結んでいます。しかも、従来型の下請け的な垂直分業も減り、対等のパートナーシップである水平分業も盛んになっています。さらに、オープンな関係を持った複数の企業間連携も増えてきています。今後はWin-Winの関係が生じるパートナーシップが重要となるでしょう。

さて最後は、コスト構造です。どこでどんなコストが生じるのかを記述しますが、ビジネスモデルには大きくコスト主導型か価値主導型かがあります。すなわち、コストを最小化することが重要なモデルと、コストにそれほど注意をせずに価値を生み出すことに集中するパターンです。ビジネスモデルの成功要因からどちらを選択するのかを決めて行くことになります。コスト主導のビジネスモデルは結局は消耗戦になってしまい限界があるので最近は減っているように思います。
  


2014年3月14日

すごい和食

ぼくは今昼ごはんだけ自炊している。基本的には家で仕事をするのでヨメさんに一日3食作ってもらうのはちょっと可哀想だと思ったので、昼はぼくが作ると宣言してしまった。仕事は同じ敷地にあるぼくの母親の家でやっているのでそこの家の台所を使っている。母親は老人ホームに入っているから自由に使える。

なので1年前くらいから作り出したのだがこれがけっこうおもしろい。今日は何にするのかという献立を考えるところから楽しんでいる。ところが、最初はどうしても作り過ぎてしまう。一人分だけを作るのはやっかいなのでどうしても量が多くなるのだができたものはみな食べてしまうという結果になり太ってしまった。やっと、食べる量を減らして体重も戻ったのだが、この話はいいとして、基本的には和食、洋食、中華をローテーションしている。

でもなんだかんだといっても和食がメインになる。というわけでやはり和食に興味がある。基本的には出汁もかつお節と昆布、しいたけ、煮干しなどで自分で作る。それに、醤油、酒、みりん、塩で煮物を作るのが好きだ。なので「すごい和食」(小泉武夫著 ベスト新書)を見つけた時にはすぐに買い求めたのである。著者の小泉さんは東京農大名誉教授でテレビなどにもよく出てくるのでご存知の方も多いと思います。

その小泉先生が全国各地を飛び回って食べ歩いた日本食についてこんなにすごいというとがふんだんに書かれている。そのあたりを少し紹介すると、まずは和食というのは8つの食材しか食べていない話から始まる。それらは何かというと、根菜類、菜っ葉、青果、山菜とキノコ、豆類、海草、米、動物性蛋白質だ。最後の動物性タンパク質は魚である。こりゃあ日本人はベジタリアンですな。だから、最近欧米での日本食ブームの理由がわかりますね。

あと日本食の特徴的なものをいくつかあげている。漬物、干物、鍋料理、佃煮などである。そういえば日本の食卓にはかかせないものです。それと、納豆に代表される発酵食についても評価している。確かに納豆がすぐれものですね。ぼくの冷蔵庫にはいつも入っています。ぼくは漬物、佃煮は食べないけど豆腐と納豆はよく食べます。

この本で改めて感心したのは、食品の保存方法のことで、今ならどこの家にも冷蔵庫があるし、遠くからもクール宅急便で送ってくれるから便利極まりないのですが、ぼくらの子供の時には電気冷蔵庫というものがなかったので保存ということでは色々な工夫がされていた。保存方法には6つあるという。乾燥する、塩づけにする、煙で燻す、灰でまぶす、葉っぱで包む、発酵させるの6つである。どれもおなじみのものでしょっちゅうお目にかかっていますね。

こうしてみると日本の先人たちの知恵はおそるべしという感じです。みな、どうやって出来たのかわかりませんがみな理にかなっているわけです。でもきっと、失敗もあってふぐの毒じゃないが死んだやつもいたのかもしれない。日本人はおいしいものを食べることにかけては努力を惜しまない民族なのかもしれない。

著者は、昨今の日本食離れ、西洋かぶれを嘆いているのだが、日本食が世界文化遺産にもなったのだから見直されて食卓にハンバーグの替りにぶり大根が並んでくれるといいですね。さて、酢と昆布で〆たイワシときんぴらごぼうと湯豆腐で一杯やるとするか。
  

すごい和食 (ベスト新書)
小泉 武夫
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2014年3月15日

身近な歴史から

この間「歴史をつかむ技法」(山本博文著 新潮新書)を読んで少し歴史の興味をもったという話をエントリーしたが、そこで「イイクニ作ろう鎌倉幕府」という話題にも触れた。そういえば、ぼくは鎌倉に住んでいるんじゃないか、身近に歴史がいっぱいあるのだ。それと、最近小学校の同級生に請われて「洲崎陣出の杜の会」という会の発起人に名を連ねたこともあって、少しは歴史を紐解いてみようと思ったのである。

この会は「すざきじんでのもりのかい」といって、いまぼくの住む深沢地区に以前あったJRの工場の跡地利用に関して、従来型の開発を企図しているので、もうそんな開発はやめてもう少し違った角度で地域住民と一緒になって考えていこうではないかという趣旨で会を作ったのである。そのとき、やはり歴史的な意味がある土地であるので、それをベースにしたモニュメントというかランドマークを作ったらどうかという提案をしている。

この地は、鎌倉時代に新田義貞が鎌倉を攻めた時の古戦場である。洲崎古戦場という。そこに泣塔というのがある。その古戦場で戦死した者たちを弔うために建てれらた塔であるといわれている。その基礎の石に1356年の銘が見つかっています。塔の背後にやぐらがあって、そこに埋葬された戦死者を弔うために周囲の住民が建立したものと思われます。150px-Nakitou01.JPG

なぜ泣塔というのかにはいくつかの言い伝えがあって、一つにはやぐらに風があたってその音が泣声のように聞こえたという説や、一時近くの鎖大師と言われる青蓮寺というお寺に塔を移したところ、夜な夜な元に戻りたいという鳴き声がしたので元に戻したというのもある。それとか、国鉄の工場が建設されたとき塔を撤去しようとした人が次々と不審な死を遂げたなんて説もあります。

いずれにしろ、往時が偲ばれる記念碑である。こうした歴史的に由緒ある地なので、単純に高層マンションを建て、大型スーパーを誘致するのがいいのだろうか。おそらく、微力なのであたって砕けるかもしれないが、まずは行政が耳を傾けてくれて、再考してくれることを願っている。もし興味がある方がいたら是非会員になって協力してください。

先日、設立総会が開かれて正式に発足することになりました。主旨は以下のとおりです。

JR大船工場跡地開発のまちづくりに対して、本来主役である市民が市民の立場から、鎌倉の新しい顔となる「深沢まちづくり」の要である新街の「市民案」を鎌倉市および開発者へ提言し、市民への周知活動を行う会とする。
  

2014年3月12日

土竜の唄 潜入捜査官REIJI

三池崇史監督というのは最近では1年で2本くらいのペースで映画を撮っている。2011年2本、2012年3本、2013年1本、2014年3本予定という具合に多作である。よくもまあ、次から次へと作れるものだと感心する。きっと映画とつくるのが好きなのだろう。プロの監督という表現があっているかもしれない。お望みどおり作ってやりますよ、でも俺のやりたいようにもさせてよねという感じですかね。

「藁の楯」の後の作品がこの「土竜の唄 潜入捜査官REIJI」である。脚本が今をときめく宮藤官九郎で主演がこれまた脂が乗ってきた生田斗真である。これも原作があって高橋のぼるの同名の劇画である。主人公菊川玲二を演じるのが生田斗真でこのキャラクターがすべてと言ってもいいと思う。彼を中心にそこに絡むヤクザや警察官が暴れまわるという映画である。

何しろこの菊川玲二は警察官でありながらアホというか、警察学校を最低の成績で卒業して交番勤務をしていたのだが、しょっちゅう始末書を書くわ、スケベなのだが童貞で、だが正義感だけは人一倍強いという憎めないやつなのである。そんな菊川玲二に白羽の矢が立ったのが潜入捜査官としてヤクザの組織に潜り込み麻薬取引の実態を暴くというものである。最終的には数寄矢会会長の轟周宝(岩城滉一)を逮捕することを命じられる。

そして、まずは潜り込んだのが阿湖義組の若頭日浦(堤真一)のところで兄弟の契を結ぶ、そこに絡んでくるのが、関西から乗り込んでくる蜂乃巣会の若頭猫沢(岡村隆史)やヒットマンの黒河(上地雄輔)と抗争を繰り広げる。岡村と上地の怪演が光る。この奇想天外な戦いがおもしろいのだ。もうなんでもありといった感じでぐちゃぐちゃになる。

一方で、阿湖義組の若頭補佐月原(山田孝之)とは相棒契約を結び麻薬取引に入り込んでいく。それからロシアの麻薬組織や警察が入り乱れ大騒動になるというストーリーだが、玲二もさることながら堤真一演じる日浦も存在感がある。彼の口から頻繁に発っせられる"おもしろくなくちゃ"という言葉が三池監督が映画に向かって言っているようで楽しかった。

他にもいろいろなキャラクターが登場して笑いをさそう。中でも警察署長、潜入捜査官養成係、麻薬捜査官を演じた吹越満、遠藤憲一、皆川猿時のトリオが傑作だ。主人公を越えないほどよい位置関係で、それでいて個性を発揮という演技に感心する。終わり方がどうも中途半端というかあとに引きづっていたので、ひょっとすると続編がつくられるのかもしれない。REIJIというキャラが評価されればだけど。
  
土竜の唄.jpg

2014年3月11日

サイボウズが東京駅にいた

先日東京駅で驚いてしまった「kintone」という文字が飛び込んできたからである。写真(1).jpg
けっこうインパクトがある写真とキャッチーな言葉である。まずは「突破する情シスへ。」ときた。企業の情報システム部門を叱咤激励しているようだ。ぼくは以前大手化学会社の情報システム部門にいたのでずしっと来るのだが、いまこそ存在感を見せつける時がきたように思う。ではいったい何を突破するのだろうか。ぼくには旧弊を打破せよと言っているように聞こえる。目の前にある課題ということではなく、情シス部門にいる人々の心の内にある壁を突破せよということである。人々の内面にある壁というのはシステム部門は金ばかり食ってビジネスに貢献できていないという批判に対して逃げていることだ。写真(2).jpg

次が「感動される情シスへ。」である。内なる壁を突破してユーザーである事業部門や管理部門と一体になってビジネスの役に立つシステムが出来れば、よくやってくれたと感動されるだろう。これまでは、叱られこそするがほとんど褒められたことがないのではないだろうか。システムは安定して動くのはあたり前で止まったりしようものなら罵声を浴びせれていた。だから、余計なことはせずに運用に逃げ込んでじっとしていた。そこの意識を変える必要がある。そのためには、守りではなく攻めのシステム化に積極的に参加することである。それには、ビジネスの前線である顧客接点のシステム化に関わることだ。実はそこの領域はリスクをある程度許容できるからチャレンジすべきだと思う。 写真(3).jpg

3番目が「リードする情シスへ。」となる。従来のディフェンシブな姿勢を突破してオフェンシブな情シスへと変貌すると、ビジネスの成功をもたらし、感動され、感謝されるようになるわけで、要求を待ってから動くのではなくむしろ情シス部門からどんどん提案を出しながらひっぱっていく役割も期待されるだろう。今日のビジネスはITなくしては成立しないと言っても過言ではない。そして、技術的な進歩は凄まじく次から次へと新しいデバイス、ソフトウエア、ツールなどが生み出されている。ITはイノベーションを起こすための支援という側面と、すばらしいITが武器となって新規ビジネスを生み出すという面もあるから、ITを駆使したビジネス創出やイノベーションを提案できる情シスはビジネスをリードする存在に成り得るのである。

まだ、この看板が残っているかどうかわからないが、この呼びかけに感じる情シス人が多く生まれることを期待したい。そして、情シス部門の攻めるためのツールとして「kintone」は適している。安価であり導入しやすいこともあるが、IT部門とビジネス部門の両者が会話するのには格好のツールである。なぜなら「kintone」を介在させて同じ言葉で話せると思うからである。 
 


2014年3月28日

それでも夜は明ける

第86回アカデミー賞の作品賞を受賞した「それでも夜は明ける」は、すごい評価の高い作品として話題になっている。ただ、ぼくには世間での評価とはちょっと違ってそれほどでもない。この映画は、まだ奴隷制がはびこるアメリカで自由黒人として幸せな生活をしていた男が突然誘拐されて南部に奴隷として売られてしまい、何と12年間も奴隷として人生を送って帰還した事実が原作となっている。ソロモン・ノーサップという黒人音楽家が過ごした1841年から12年間の記録である。

こういう事実とストーリーを提示されるともうその時点で感動してしまう。というか人間というものは感動、感激しなくてはいけないと思い込んでしまうところがある。確かに、想像を絶する体験であり、心身ともに過酷な仕打ちを受けただろうが、それはそれとして映画の評価とは別なのではないかということなのである。つまり、実際にあった人間のドラマとそれを題材とした作品では評価のポイントが違うように思うわけで、実人生が凄まじいものでも映画は淡々としていても、実人生が静かであっても映画は激しくてもいいだろう。感動の実話だから映画も感動ものであるという錯覚がある。

表現としての映画は、事実そのものを紡ぎだす必要もない。忠実に表現したらノンフィクション、ドキュメンタリーになってしまう。そこには、演出家としての意思が映しだされてなくはいけない。そういった目で眺めてみると、スティーブ・マックイーン監督(あの大脱走のマックイーンではありませんよ)の演出はどうだったか。それが物足りない気がしたのである。どちらかというと平板な展開で、ストーリーが読めるというか、最初から予定調和の世界というのがわかっているからいかにそこに起伏を与えるかだと思うのだがそれが不十分だったような気がする。

ぼくは最近涙もろくなって、感動するとすぐにぼろぼろと涙を流してしまい、映画が終わってからどうやって涙を拭こうか悩むのだけど、この映画では泣くことはなかった。このことが物語っているように、感情移入できない自分がいるのだ。それは、ちょっと不謹慎かもしれないが、身につまされたことではないから正直自分に重ねられないのである。それと、理解できないエピソ−ド的なちょっとした場面が何回かでてくるのだが意味が不明で考えこんでしまうことがあり、集中を損なうのだ。

ただ、だいぶ辛口なことを言ったが、アカデミー賞の作品賞をとるくらいだからいい作品であることは間違いない。聞くところによると製作者のブラッド・ピットが映画化のための資金提供をハリウッド大手に持っていったが、こんなものが受けるわけがないと断られたそうだ。そうかもしれないですね、アメリカの恥部ですからことさらに映像にしたくないのでしょう。だからかどうか知りませんが、監督や出演者の多くはアメリカ人ではなくイギリス人だそうです。

これは当たっているかどうかわかりませんが、世界的にみて"歴史認識"の問題がクローズアップされつつあるように感じるのはぼくだけでしょうか。日韓の従軍慰安婦問題にしても"性奴隷"なんて言い方で結び付けられないとも限らないと思えるし、そういう意味でちょっと脱線しますが安倍さんも気をつけたほうがいいように思えたのである。
  
それでも夜はあける.jpg
  

2014年3月16日

不可解なことが多いような気がするなあ

昨日は、ある会合があって早稲田大学理工学部のキャンパスに行った。ぼくが通っていたころとはだいぶ様変わりしてしまった。校舎が増えたということもあるのだが、何といっても副都心線と直結したことが大きい。西早稲田駅から登って出るともうキャンパスの中という大変便利な環境である。昔は山の手線の新大久保駅から15分位歩いた。

これまでは、湘南新宿ラインで渋谷に出てそこから副都心線に乗り換えて西早稲田で降りていたのだが、ふと気付いたのがみなとみらい線の元町・中華街からだと一本で行けるではないかということである。会合が午後3時からだったので、中華街で昼飯を食べていくとちょうどよい。これを思いつたらちょっぴりうれしくなった。ということで、大船始発の根岸線で石川町から歩いて中華街に行き、行きつけの鳳林であさりそばを食べてから乗り込む。約1時間で着く。

少し早く着いたので庭でひなたぼっこをしていたら、とある看板が目に入った。近づいて見ると「若き研究者論文作成支援セミナー」(主催 早稲田高等研究所)とある。これを見たとたんおわかりのようにこの学校で学んだ小保方晴子さんを思い出した。彼女はこうしたセミナーに参加したのだろうか、そういう指導を受けたのだろうか。あまりにも稚拙で不用意な行為というより、ありえない愚行なのだが、当初の報道ではすごい持ち上げられ方で、記者会見でもそんな悪いことをする人とは到底思えなかった。本当のところはどうなのだろうか、知りたいものだ。とはいえ、STAP細部が再現できましたという報告を聞きたいものだ。

このところ、よくわからない事件にならないような事件が多くなったように感じる。似たようなものにあの佐村河内守問題もある。この件もコピペして曲を作ってしまったようなものだから似ているといえば似ている。こうした傾向は野依良治理研理事長が言うように「カルチャーが変わった」のかもしれない。ITはコピーや情報の取得を格段に容易にしたことが大きく影響しているのだろう。

これだけ、オープンな世界になっている反面不可解なことも増しているという矛盾を感じる。STAP細胞の件でも不正を指摘したのはネットでの投稿だったわけで、過去の博士論文も含めて誰でも閲覧できるようになったためにすぐに指摘を受けたのだ。そういう意味では、透明性を発揮したとも言えるのだが、逆にそういったカルチャーになっているのを知っているはずなのに不正行為をしてしまうカルチャーも不透明で不可解な感じなのである。

いずれにしろ、最近のできごとは不可解なことが多いように思う。どこへ行ったわからないマレーシア航空機、浦和レッズのサポーターの行為、東芝の技術流出、アンネの日記破損事件など、従来の枠で捉えられない現象が増えているということなのだろうか。
  

2014年3月17日

イノベーションを支援するITシステム構築の極意(14)

8つのビジネスモデル構成要素が終わったのですが、つぎの10の提案価値に行く前に、実際にビジネスモデルの検討を行う場合に使うビジネスモデル構成要素について考えてみます。つぎのような考え方をとったほうがわかりやすいように思います。

(1) 商品
(2) 市場・顧客
(3) 顧客との関係
(4) サプライチェーン
(5) サプライヤーとの関係
(6) コスト構造
(7) 収益モデル
(8) 経営資源

ビジネスモデル・ジェネレーション(BMG)との違いは、価値提案を商品としていること、チャネルを顧客との関係の中に包含させたこと、活動をサプライチェーンとしたこと、パートナーとの関係をサプライヤーとの関係にしたことです。それと、列挙しただけではわかりませんが、リソースすなわち経営資源は全体にかかるようにしています。

なぜそのまま使わないのかという理由がいくつかありあります。まず、価値提案というのを商品というふうにしていますが、BMGでも製品・サービスのことだと言っているので、素直に商品=製品とサービスというので構わないと思うからです。それと、価値提案は商品だけにあるとは限らないわけだから、本来はビジネスモデル要素の全部にありえるから、モデルとは違った次元の定義になるのではないでしょうか。

次に活動をサプライチェーンとしたのは、BMGでは活動には「製造」「問題解決」「プラットフォーム/ネットワーク」の3つしかないと言っていますが、この3つを眺めると、同じ土俵のものとは思えないところがあります。例えば、問題解決のための手段として製造があるわけですし、商品開発のような仮説検証型の活動だってあるあります。プラットフォームもそれ自体というよりそこから発せられるサービス提供が活動になるわけです。ですから、素直にサービス提供の仕組みなのかという意味でサプライチェーンという言い方で構わないと思うのです。

つまり、商品があって、需要サイドである市場・顧客と顧客との関係、供給サイドであるサプライチェーンとサプライヤーとの関係がベースの構成になります。まずはここの関係を基本として、そのビジネスを行うときの需要サイドにおける収益モデル(収入)と供給サイドにおけるコスト構造(支出)があり、それぞれの構成を成立させるための経営資源は何を使うのかということになります。こうしてシンプルな構成にしたほうがわかりやすいのではないでしょうか。
  

2014年3月30日

日本の産業の生きる道(6)

最後が、「日本企業は化学で食っていく」です。前回、論点の設定において地政学的な面でのポイントとして「重心」というべき中心的な存在が中国にあるという話をしました。今回は、産業全体の科学的基礎として、多くの産業を成立させる共通の基礎科学分野は何かという問題である。すべて産業は技術の優位性で成り立っているわけで、その背後で支えるのが科学である。

その科学の中で重心的地位を占めるものは何か。1970年代から90年代にかけて日本の産業発展を支えた産業科学の重が物理学とくにエレクトロニクスに関わる物理学であったことはみなさん認めるところでしょう。ぼくはちょうど就職したころからだからその伸長ぶりを身をもって知っているのでよく分かる。それもその産業に留まらず、他の産業にでもさまざまな形でエレクトロニクス化現象が起きた。

ところが21世紀に入ると日本の地位の低下が始まり、2011年にはエレクトロニクス産業の総崩れという象徴的な事件が起きる。東アジア企業の大躍進により、日本企業は蹴落とされてしまったのである。それに対して、入れ替わるように存在感を増してきた産業が化学ある。こうした現象が起きるには理由がある。それは、物理と化学の本質的な違いがあるからだという。

物理は基本原理を理解すれば、あとは論理で解決できることが多い。学習のスピードが早い。従って、原理を実行する装置を買えば事業を行える。ということは、新興国が急速にキャッチアップできることを意味しているのだ。それに対して化学は単一の原理を学習すればあとは論理で解決できるという世界ではない。化学は化けるのだから、反応条件をちょっと変えただけ全く違ったものができたりするわけである。

これは、多くの経験やノウハウの蓄積が大事でそれには時間がかかるのである。ぼくは化学産業のまっ只中にいたので実感するのだが、部品表があってそれを組み立てれば製品ができるのとは反対で、レシピがあってその通りにやってもいつも同じものができない料理みたいなもので、ちょっとした温度加減とか調味料の入れ方などが製品のできを左右したりする。難しいのだ。

これだと、新興国はなかなかキャッチアップできない。ただ、化学でもコモディティとファインケミカルとかスペシャリティケミカルといったものとでは違う。コモディティではほぼコストの勝負になるから規模の経済学や立地に左右されるから日本では縮小していくと思われる。最近のニュースでも水島地区のエチレンセンターの2基のうち、旭化成の方を止めて、三菱化学の方に集約するという。

化学産業にあって元気なのが繊維系の会社である。東レ、クラレ、帝人、旭化成などで特殊な用途の化学素材をどんどん生み出している。東レの炭素繊維、ユニクロと組んだ発熱素材とかクラレのポバールとか世界での大きなシェアーを持つものが数多くある。繊維産業というのはご承知の通り日米繊維交渉などでグローバル化の洗礼をいち早く受けた産業で、そうした厳しい環境を克服してきたので強固な体質なのだ。そういった面でもこれから期待できるのである。

ただ、エレクトロニクス産業も消えたわけではなく、化学とともに日本の産業を牽引していくと思うが、化学への重心シフトは止まらないのではないでしょうか。このことの象徴的なものとして歴代の経団連の会長をみていくとよくわかると思う。今井敬(新日本製鐵)、奥田碩(トヨタ自動車)、御手洗冨士夫(キャノン)ときて、現在は米倉弘昌(住友化学)で次期会長が榊原定柾(東レ)である。ものの見事に日本の産業の盛衰をみることができますね。

以上、日本の産業の生きる道は終わりますが、アベノミクスの第三の矢の成長戦略がなかなか見えてこないのだが、政府はもう少し高い位置から鳥瞰して産業構造を見て、歴史的な視点や本質的な分析により有効なものを考えてもらいたいものだ。しかし今のような状態だと、残念ながら民間がどんどん自分の意思でやっていける環境を整えてくれるだけの方がまだましだということになりかねないだろう。
  

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2014年3月29日

デジタルにアナログというアナクロ

イノベーションはまったく新しいものが起こすことは少なく、既存のものを組み合わせたものが多いという話がある。iPodやiPadなどのアップル製品もそんな文脈で語られる。現実的には、ブレークスルーする技術なんてざらにあるものではなくごくまれにしか生まれないと思う。シュンペーターだってイノベーションを技術革新だなんて言っているわけではなく、断トツに市場を専有したらそれがイノベーションだと言っている。

しかしながら、なんでもいいから組み合せればいいのかというとそれはまた違う話であって、商品としての新奇性はもちろんのこと多くの消費者が使ってみたいと思わせる魅力がなければいけない。組み合わせについては、ベースとなる技術やデバイスがあってそこに別の角度から機能を付加するというのが一般的である。

となると今のトレンドは、ベースデバイスはタブレットやスマホということになろう。これに絡む新製品が数多く出ているが、一つの傾向として、タブレットやスマホが登場する前の製品の機能との組み合わせを思いつくというものです。その典型的なものがアナログのもつ機能とか感覚を持ち込んでくることです。デジタルのなかにアナログの良さを加味するという発想なのだがちょっと待ったと言いたくなる。

先日、テレ東のワールドビジネスサテライトのトレたまで登場した2つの製品を見て感じたのである。そこで紹介されたものは、携帯電話用の電話ボックスとタブレットで使う触感タッチパネルである。前者は、周囲の雑音を遮断して通話がしやすいようにした可搬式の電話ボックスで、後者はタブレット上で金庫のダイヤルを回すと、本物の金庫のダイヤルを回したと同じような感覚が得られるというものである。

なんかいいアイデアのように思えますよね。要するにアナログ時代の公衆電話ボックスと物理的な金庫を現代のデジタルデバイスに持ち込んだというわけである。しかし、携帯電話というのはどんな場所でもどんな時でもすぐにその場で通話できることが価値であるし、物理的な空間から空想空間に移行しているのがデジタルでありタブレットなのである。

つまり、コンセプト上の齟齬が生じるのである。変革という経過を経て出現したのにまた元に戻すようなアナクロ的なことことが受け入れられるのだろうか。いや、木目調のスマホの充電器が売れているではないかという反論がきそうだが、それは機能を戻しているわけではなくてデザインを変えているだけなので意味が違う。

触感タッチパネルは富士通が開発しているのだが、こんな発想でいいのだろうか。いや大企業だからこその発想かもしれない。触感パネルがいいと思ったらもっと違った切り口にすべきだと思う。タブレットというのはどういう使われ方をしているのかをちゃんと観察したらいいと思うのだが、タブレットユーザーはそんなものを要求しているのだろうか。全くタブレットとは関係ないガジェットに組み込むとかゲームで使うとかはあり得ると思う。ドメインを変えるのだ。そんなふうに思うのですがいかがでしょうか。
  

2014年3月21日

弟よ

今週の月曜日にぼくの弟が死んだ。まだ62歳という若さである。直接の死因は誤嚥による窒息死である。先月の末食道がんがみつかり即入院した。食道がんというのは自覚症状が出にくいため、気がついたらもう相当進行しているという非常に怖い病気です。弟の場合もかなり進行していて、がん細胞が周囲に広がっている浸潤という状態だったので切除手術はできないということで抗がん剤の治療をすることになりました。

それを始めたのが先々週で抗がん剤を投与していてもうそろそろ終わって翌日には家に帰ろうかというときに急に血圧が降下して倒れてしまい、そのあと大量の嘔吐があり誤嚥で窒息してしまったというわけである。だから、突然のことで付き添っていた奥さんだけが臨終に立ちあえたのだ。容態の変化を受けて家族の者を呼ぶように言われ、ぼくのところに連絡があったのですぐに弟の息子(まだ高校生)を連れて駆けつけたのだが、間に合わなかった。

一応形式的な心臓マッサージをしていたのをもういいですからと言ってやめてもらった。信じられなかった。まだ、生き返ると思った。次の日に家に戻ることになっていてそのとき会えるからと思って病院には行かなかったのだが、死んで帰ることになってしまった。なんと大学生の長女は台湾に旅行に行ったばかりで連絡がつかないという状態だ。やっと昨日帰国した。旅行に行くときお父さんだいじょうぶだよねと念をしてでかけたそうだ。

ぼくは弟が小学生の時、近くの川で溺れていたのを助けたことがある。今度もぼくが助けてやるぞと心の中で叫んだが全く無理な話である。ただただ何でこんな姿になっちゃったんだとまだ温かい足をさすっただけだった。死んで3日経ってやっと死んだことが実感できるようになった。残念でならない。本人も無念だったにちがいない。ただ、ほとんど苦しまなくて死んだことが救いかもしれない。

さて、ここで大きな問題は立ちはだかる。まだ生き残っている92歳の母親にどう伝えるかである。普段から、みんなが元気でいてくれるからわたしゃ幸せだよとか、私より子どもが先に逝ってしまう逆さを見るのは絶対にいやだよとか言っていたからである。だから、弟が食道がんがみつかって入院した時も言わなかったのである。ただ死んだことを黙っているわけには行かない。よそから情報が入ったらまずいだろう。しかし、92歳の母親はどういう反応を示すか非常に不安であった。

というわけで、一昨日ぼくの姉夫婦に告げた後のフォローを頼んで死んだことを伝えたのである。もちろん、聞いた途端、大変な驚きとともに泣きわめき崩れ去った。何度も弟の名前を呼んで確認する。しばらくはこちらも為す術がなかった。しかしながら、徐々に死んだ時の様子とかを聞くようになり、現実に何が起こったのか受入れられるようになっていく。

ぼくは、それこそ気が変になりやしないかと心配したが、何とか持ちこたえたようだ。そうしたら、弟の家に戻っている遺体に会いに行くと言い出した。そして、ぼくと姉が付き添って連れて行ったのだが、家に入ろうとした瞬間動くのをやめて立ちすくんでしまった。見るのが嫌だと叫ぶのであった。母親はすぐ近くの老人ホームに入っているのでそこに戻して、ホームの人に後を頼んでおく。

そして、昨日の朝にホームに行ってみるともう何ともなかったような振る舞いをしている。ホームの人に聞いても昨夜も今朝の普通に食事をしていたとのこと。ちょっと安心する。話をしていてももう葬儀のことを気にかけていてびっくりする。だが、時折ああいないんだなといって顔を曇らす。葬儀には出るけど火葬場には絶対行かないと言っている。

そして、ついに今日はやはり顔を見るといってきた。対面させたのだがしばらく弟の名前を連呼してばかりであった。こんなだったら私は長生きしたくなかった、一緒に私も逝きたいよと泣く。でも、ホームに戻るとこれは交通事故みたいなものでしかたないなと自分自身に言い聞かせている。

しかし、自分の母親ながらこの気丈さには驚かされる。逆にそれだからこそこれだけ長生き出来たということかもしれない。でも、今は気が張っているからなのかもしれないわけで、葬儀も終わって一段落するとじわっと悲しみが襲ってくるのかもしれない。
  

2014年3月25日

葬儀

ぼくの弟が今月の17日に急逝した。直接の死因は誤嚥による窒息死であるが、先月末に見つかった食道がんの治療で入院していた時に起こった。この一連の状況はあの中村勘三郎に似ている。ただ勘三郎は食道がんの切除手術したあとの抗癌剤治療中で、同じように嘔吐してそれが肺に入ってしまって肺水腫を興したようだ。要するに食道がんはこれが怖い。やしきたかじんも似たようなことだったのではないだろうか。

亡くなったのは17日の夕方だったが、さて葬儀をどうするかとなったのだが、あいにく翌日が彼岸の入りである。葬儀屋さんにお寺にあたってみてもらうがやはり行事が続いていてお彼岸中は無理なようなことを言われる。ただ、奥さんはあまりに急なことだったのでしばらく自宅に置いておきたいということと、大学生の長女がちょうど海外旅行中ということもあって、ずっと先でもいいとなった。

結局、すこし前倒ししてもらって、23日に通夜で24日に告別式となった。だから昨日やっと葬儀を終えることができたというわけである。だから、ちょうど1週間後の葬儀だった。この1周間はなんやかやと忙しかった。まだ長女が大学2年生、長男が高校1年生なので奥さんを助けることができないので、ぼくがほとんどのことを仕切ったのである。

20年前に親父が死んだ時に仕切った以来のことなので多少とまどったのだが、その時の日記というかメモがあったのでそれを見て思い出しながらできたので非常に助かった。ふだんマメではないぼくがよくそんなものを残していたのかと我ながらびっくりする。20年前は自宅で葬儀をおこなったが今回は葬儀場だったのでその点では楽であった。しかし、内容はぜんぜん変わっていない。お布施だって昔と同じ金額だ。

さすがに住職は代替わりしていて、比較的若い坊さんだったが、うちは日蓮宗だがこのお経がなかなか現代的でよかった。これまでは、ただ読経するだけで終ったのだが、今回はお経の意味の解説してくれたり、「法華法名讃歎詩」といって故人にささげる詩を書いてくれるのだ。戒名の由来にもなる詩で、「心優しく 温かに  春の日差しのごとくなる 居士旅立ちて 安らかならん」ってな具合で始まるのである。

だから、親しみやすくてとても良かった。参列した親戚の人たちもみなよかった、胸に滲みたと言ってくれた。ぼくは3代の坊さんをみていきたが同じ日蓮宗なのに個性があるなあと感じた。これもやはり人柄がでる。今の若い住職は好感がもてる。2代前の坊主は寺の金を使い込んで博打ばかりやっていたから、今考えるとそいつのお経には誠意がまったくなかったと思う。手を合わせたのは今からいく競輪の予想が当たりますようにと祈っていたにちがいない。

92歳になる母親は、心配していたが通夜も告別式も出てきた。ただ、火葬場にはいかないと言って出棺前に老人ホームに戻っていった。しかし、何があったのかがわからなくなっているようで、今朝は今からお通夜に行くから迎えに来いという電話がきた。葬儀に出たことを忘れているようだ。いや、忘れているというより、受入られないということなのかもしれない。

17日に息をひきとってからもう1週間経ったわけだが、ずいぶん昔のような気がする。良いことはあっという間に過ぎるが、悪いことはなんだか長い時間を感じるものだ。母親じゃないが忘れたいという気持ちが働くのかもしれない。これから、お墓や仏壇のこと、49日のこと、店(書店をやっていた)の閉店のことなどまだまだやることがいっぱいだ。やっぱエンディングノートを書こうと思う。
  

2014年3月27日

友よ

何ということだ、昨日高校の同級生のA君が亡くなった。先週ぼくの弟が死んでまたすぐに親友が帰らぬ人となってしまった。60代なかばで兄弟と友だちを相次いで亡くすとさすがにショックである。何とも切なく落ち込んでしまう。

A君は高校で同じクラスでもあり、サッカー部に所属していて、しかも大学のサッカー部ではぼくの先輩でもあった。彼は現役で合格したがぼくは一浪だったからである。大学を卒業してからも、一緒にサッカークラブを作って社会人リーグでもともに戦った。

ぼくは45歳でもう身体が言うことを聞かなくなってプレーするサッカーは卒業したのだが、彼はちょっと前までシニアリーグの現役として走り回っていた。ほんとうにサッカーが大好きで、何があってもサッカーという生活を送っていた。いくつになってもサッカー小僧のままであった。非常に真面目な性格なのでサッカーに対しても手を抜くことなく真正面から取り組んでいたのだ。

がんが見つかってから4年以上も病気と戦ってきたのですが、ついにがんが全身に転移して、負けてしまいました。ディフェンダーとして守ったゴールをがんにこじ開けられてしまった。もう2年くらい前から赤血球が普通の人の半分くらいになって、ちょっと動くと酸欠状態になってしまうというのにサッカーの試合に出場していた。真っ青な顔ではあはあと息をしていてもまたグラウンドに飛び出していく。まさに超人であった。

彼のプレーぶりも闘志の塊で、どんな相手にもひるむことなく立ち向かう姿は味方を鼓舞するに十分な気迫であった。だからこそ、病魔にも敢然と立ち向かったと思う。普通の人なら医者に見放された時点でもうあきらめてしまうが彼はそれでもあきらめることはなかった。しかし、さすがの彼もホスピスに入り動けなくなってしまっていたから覚悟はしていたのだが、つい最近出したメールにも答えてくれていたし、まだ大丈夫かなと思っていたがダメだった。

死は必ずやってくるのはわかっているのだが、こうして身近な人の死に遭うと世の無常を思う。
  

2014年3月31日

イノベーションを支援するITシステム構築の極意(15)

次は、10の提案価値ということになります。ビジネスモデルというのは最終的には顧客に対してどういう価値を提供するのかということになります。逆に言えば、顧客は自分が欲する価値を提供してくれる製品やサービスまたその提供者を選択するわけです。BMGでは次のような10の価値を提案しています。ではそれぞれを簡単に見ていきましょう。

(1) 新奇性
「新規性」ではありません。つまり単に新しければよいということではないのです。そのニーズを満たすものがなかったため、顧客自身さえ気づいていなかった新しいニーズを満たすものです。
(2) パフォーマンス
製品やサービスのパフォーマンスを上げて価値を生み出すことです。最速の処理スピードをもったコンピュータといったものです。ただ、これは製品やサービスだけではなく、圧倒的に短い納期なんていうのも価値となるでしょう。
(3) カスタマイゼーション
個人や顧客セグメントが抱える特定のニーズに合わせて、製品やサービスをカスタマイズすることで価値を生むことです。最近、受注設計生産や試作といったニーズが増えているように思います。これもカスタマイゼーションですね。
(4) 仕事を終わらせる
ちょっとわかりづらい表現ですが、顧客の抱えている仕事を手伝うことで価値を生み出すことです。例えば販売して終わりではなく、その後のメンテナンスも請け負うといった形で、アウトソーシングのようなものです。
(5) デザイン
優れたデザインにより差別化することです。単に機能的に優れているだけでは製品は売れない場合もあります。見た目のきれいさとか、機能美のようなものは今や非常に大事な要素となっています。アップル製品とかダイソンのデザイン性は有名ですね。
(6) 価格
低価格はよくある価値だといえます。やはり多くの顧客は安価なものを求めるものです。逆に価格を高くするという戦略もないことはないでしょう。ブランドに近い意味になります。今では、更に進んで無料提供の流れも広がっています。
(7) コスト削減
顧客のコスト削減に寄与することで価値を生み出すこともあります。最近の例でいうと、クラウドサービスなんかそうかもしれませんね。ITの「運用コストを格段に下げることに寄与しています。
(8) リスクの低減
商品やサービスの購入時に顧客が被るリスクを減らすことによる価値です。中古車の1年サービス保証とかITサービスレベルの保証といったものがこれにあたります。
(9) アクセスしやすさ
これまで製品やサービスを購入できなかった顧客にも利用できるようにすることで価値を生み出す方法です。例えば、大きな投資を分割して少額の商品にし買いやすくするといったことです。
(10)快適さ/使いやすさ
製品をより快適に使いやすくすることは大きな勝ちになります。iPodとiTunesの組み合わせで非常に使いやすい音楽プレーヤーになった例などはまさにこれです。

(注)BMGにはもうひとつブランドというのがあります。ただ、ブランドというのは長い時間で確立されるものだから、起業した時などは価値にはなりませんし、商品提供側から見るとブランドというのは経営資源の一つだとしたほうがよいので外してあります。
  

あなたを抱きしめる日まで

これまたすばらしい作品にめぐりあった。「あなたを抱きしめる日まで」は、2009年に英国で出版された「The Lost Child of Philomina Jee」(マーティン・シックススミス著)を原作とした映画である。本のタイトルにもあるようにフィロミナという実在の人物の物語である。監督が「クイーン」のスティーヴン・フリアーズで、主演が「マりーゴールド・ホテルで会いましょう」のジュディ・デンチ。イギリスを代表するスタッフ、キャストである。

邦題がちょっとイケてないのだが、原題がずばり「Philomina」だから日本での公開ではこんなタイトルをつけざるをえなかったのだろう。もう老年にはいったフィロミナ(ジュディ・デンチ)には、隠された過去があった。ある日50年間隠してきた秘密を娘に打ち明ける。その秘密とはこうだ。アイルランドに暮らしていたまだ10代の娘時代に未婚のまま妊娠してしまい、厳しい戒律のカトリックの世界では許されないことであった。

家を追い出され、修道院に入れられることになる。そこには同じような少女たちがいたが過酷な労働を強制される。そして、フィロミナは男の子を出産する。アンソニーと名づけられた子は3歳になるとアメリカ人に養子として連れていかれる。無常にも引き裂かれた以後その消息はわからないまま50年が過ぎたのである。この話を聞いた娘があるところで元ジャーナリストのマーティン(ステーヴ・クーガン)に取材を依頼するのである。

そこから、二人の探索行が始まる。アイルランドにある修道院、そして引き取られていったアメリカと巡っていく。そして、徐々に真相が明らかになっていくのである。修道院が金銭で子どもを売り渡していたことやアメリカで成功して、しかもアンソニーとマーティンはわずかではあるが接点があったことなどが明るみになる。さて、フィロミナはアンソニーと再会することができるのだろうか・・・・。

どうです、おもしろそうでしょ。この謎解きのドキドキ感とともにフィロミナとマーティンの掛け合いが絶妙なのだ。こうしたシリアスな状況ではどうしても重くなってしまい、暗く深刻な姿を描きがちなのだが、ユーモアたっぷりの会話が散りばめられて思わず笑ってしまう。しかも単純なお涙頂戴でもない。だから、ぼくも途中で泣くわけではなかったが最後だけ凝縮された涙が出たのだ。

つまり、深刻さにのめり込んでいないのだ。家族、宗教、性、病気、世間、偽善などとある距離感を保っているのがすばらしい。それは、50年間という歳月を感じさせられるフィロミナの達観して包みこむような姿と激しい争いや中傷に傷つけれて必死に再生を図ろうとするマーティンの苦悩の姿のコントラストが効いていると思う。

第86回アカデミー賞では受賞は逃したものの作品賞、主演女優賞、脚色賞、作曲賞の4部門にノミネートされたのもうなずける。ぼくはわりとイギリス映画が好きで、暗くすぎることも明かる過ぎることもなくほどよい落ち着きがあるからである。またまた感動の傑作が生まれた。
  
あなたを抱きしめる日まで.jpg
  

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