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2013年10月 アーカイブ

2013年10月 5日

少数精鋭型経営のすすめ

どうも会社の規模が大きくなると経営が難しくなるようだ。名だたる大きな会社が危うくなってしまうケースが増えている。グローバル化やビジネス環境の激しい変化に追随できない姿が、何となく恐竜の姿に重ね合わせたりする。こんなことを言うと、グローバル化せずに変化にも動じないほうがいいのではないかと主張する人もいる。確かに、そういった会社もあるがおそらく大きな会社では無理なような気がする。

「経営センスの論理」という本でも言われているように強い日本企業はおしなべて専業度が高いものが多い。やはり、多くの事業、たくさんの品揃えだとマネジメントが難しくなるのだ。今の時代に必要なのは「起業家精神」かもしれない。自分が行っているあるいは行おうとしている商品に対する強い愛着と意欲があってこそグローバル化やビジネス環境の激しい変化に対応できるのだろう。

創業時はそうだったかもしれない会社が事業の幅を拡げて大きくなるに従って「アニマルスピリット」を失い硬直化してしまうわけである。だから、専業度の高い会社ほど生き残るのである。トヨタは偉大なる専業会社である。日本人は一意専心型が向いているのでしょうかね。ビジネス用語としてのPortfolioの訳がまともにないですからね。

会社が大きくなるとマネジメントが難しくなる要因に組織の問題もある。組織の肥大化による動きのにぶさや不協和である。組織間の連携もやりにくくなる。ですから、組織もできるだけ小さくしたほうがいいように思う。人が多ければ多いほど、意思統一、情報の共有といったことが厄介になるのは自明であるが、ワークボリュームとの兼ね合いで極小化すべきだろう。

組織を小さくするには、2つの方向があって、事業あるいはもっと小さく商品単位ぐらいで分けてしまう手と、機能を分けてしまうというのがある。前者は起業して成長軌道に乗った時の状態がそうである。後者は、今やどんどんアウトソースする時代でもあるから、組織を機能ごとに疎結合させておいて、できるものから外出しすることをしたらよい。コアの機能だけを自前でやるのだ。

最近の若者たちはこうした考えで実際に会社を起こし運営している。ぼくの息子が友達とやっている会社がその典型でもある。いまだいぶ軌道に乗っているのだが、Webサービスやスマホアプリを提供し広告収入を得るというビジネスを実質5人で運営している。もちろん、その事業に作業者として関わっている人は他にもいるのだが、コア機能を担当しているのが5人というわけである。

ではそのコア機能というのは何かというと、Planning、Design 、Promotion、Marketing、Auditである。つまり、サービスを企画して、それを設計して、顧客を開拓し、宣伝広告して収益を得、その活動を監査するという5つの機能である。だから、製造とか調達、物流といったことはパートナーに任すのである。そして、それぞれの機能を二人で執行する。ですから、ある者は、PlanningとDesignを受け持ち、ある者は DesignとMarketingを受け持つといった風なのである。けっこう抜けるというか忘れがちなのが最後の監査のところだが、そこに弁護士であり公認会計士の資格をもった者がチェックしている。

これがまた非常に機動性に富んで動きが速いのである。これだけの少人数だから、基本的に事務所というものがなく、各人は別々で中には熱海にいるというのもあり、ほとんどがネット上でのコミュニケーションで進んでいく。これからの時代はこうした形態の会社が増えていくような気がする。大企業も細分化してもいいように思う。ひょっとすると複数の事業体を持った大企業がなくなるかもしれない
  

2013年10月 1日

ビジネスサービスのつくり方 - 第6章 業務適用

■ はじめに

さて、今回からは新しい章が始まります。題して「業務適用」ということで、前章で作っったアプリを使って業務を行っててみようという試みです。これも実際に動くものを見るのがいいのですが、紙の上での説明となります。従来のシステム開発では、業務アプリを作って終わりというケースが多いように思います。理由は作り手側と使い手側の乖離です。

使い手側いわゆるユーザーが、SIerとかの開発会社に頼んで業務システムを作ってもらうという図式で、作り手側はできたものを納品して終わりという関係である。従って、いざ使おうとするとうまく動かないという事態が発生する。システム的にバグだとか行ったものは改修してくれるのですが、業務オペレーション上で問題が生じるとそこは直してくれない。

というのも、仕様は最初の方に決められていて、その時って業務オペレーションがどうなるかのイメージが乏しいわけで、できて動かしてみて初めてこんなはずではなかったとなる。また、これもよくあるのだが、システム開発のプロジェクトにアサインされる担当ってキーパーソンでない場合が多い。仕様決めは彼らがやるわけだから、インフォーマルにやられているような部分は仕様から外れてしまうので、表層的な機能しか実装できないことになって使えないとなる。

だから、そうならないためにはシステム開発のプロジェクトでは、作り手と使い手の共同作業にしなくてはいけません。前章では実装編ということでインプリメンテーションをとりあえずやったという段階です。その段階でもユーザだけでやる場合は問題ないのですが、開発ベンダーが入っている場合でもユーザは必ず入ってむしろ主導権をとるようにして行います。

そして、業務適用という段階に入っていくわけですが、ちゃんと使えるように実装されたかというと難しいものがあります。動かさないと分からない、あるいは動かしてみてこんなはずではなかったと気がつくこともあります。ですから、まだプロトタイプと言ってもよいでしょう。ここから、プロトタイプを動かしながら実装に戻ることもしながらブラッシュアップしていきます。

このようなプロトタイピング手法が重要なメソッドになります。動かしてみて追加修正が出てきたらまた設計しなおして実装してという繰り返しを行います。ですから、そういったことができるプラットフォーム、ツールでなくてはいけません。いちいちコードを書きなおしたり、高いスキルでないとできないというのは不適です。Kintoneを採用しているのはIT専門家でないユーザ部門のひとでもできるからです。次回から、実際にオペレーションをしながら検証していきます。
  

2013年10月 2日

エリックを探して

いま、香川真司がマンチェスター・ユナイテッドで苦しんでいる。先日はプレミアリーグのウエストブロムウィッチ戦で初めて先発に起用されたが前半で変えられた。監督がファーガソンからモイーズに変わったが、彼は香川を評価していないようだ。そのマンチェスター・ユナイテッドで1992年から1997年に在籍したエリック・カントナという選手がいた。この間144試合に出場して64得点をあげているストライカーである。

フランス人であるが、マンチェスター・ユナイテッドの20世紀最高のサッカー選手に選ばれたり、「キング・エリック」と呼ばれるようにいまだに愛されている選手である。今はフランスのビーチサッカー代表の監督をしているようだ。おおこれは、キングカズとラモスを足したような存在だ。

「エリックを探して」は、実際にそのカントナ本人が登場するというユニークな映画である。監督がケン・ローチで主演のこれまたエリックを演じるのがスティーブ・イヴェッツ。サッカーとか、イングランドのプレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッドといったことを知らないとおもしろくないかもしれないが、ぼくのようなサッカー好き、そうでなくても香川の加入で興味を持った人にはたまらない映画だ。

マンチェスターに住む郵便配達員のエリック(スティーブ・イヴェッツ)は、中年のダメ男で結婚してすぐに娘が生まれたのがすぐに出奔してしまう。今は後妻の連れ子の二人の息子と暮らしている。エリックはその最初の妻だったリリーへの思いを断ち切れないでいる。そんなエリックが息子のハッパを吸いながら部屋に貼ってあるカントナのポスターに語りかけると何とカントナ本人があらわれる。そこから、エリックが神と崇めるカントナが時々現れてはアドバイスを贈るのである。

カントナの励ましでエリックは30年ぶりにリリーと再会する。だが、自分のしょぼくれた姿とまだ若々しいリリーを比べて落ち込んでしまう。そんな時も活を入れられ、また勇気をもらうのであった。そして、息子の不始末の処理に立ちあがるのだが、仲間を信頼して助けてもらうのである。郵便局員仲間のマンUのサポーターたちのハチャメチャぶりも楽しい。

要するに、サッカーがチームプレーであるように仲間との信頼関係を大事にしようといった話なのだが、エリックがカントナに聞く「人生最高の瞬間は、ゴールしたときは?」だが、そのときカントナは「パスだ!」と答える。仲間を信用することだ言う。エースストライカーだったから、当然すばらしいゴールを求めていたと想ったのに以外にもパスと言われてはっとする。なるほどいいですね。カントナのゴールシーンも数多く登場して大変おもしろかった。
 

エリック.jpg
  

2013年10月 3日

業務マニュアル、業務ルール、業務プロセス

ぼくはこれまで比較的ユニクロの商品を買うことが多かったのだが、それは安価で気にいったデザインのものが手に入るからである。ぼくらの若いころはボタンダウンのブルーのシャツとかチノパンとかあまり売ってなかった。特におじさんが着れるようなものはなかった。当時のおじさんたちはカジュアルというとゴルフスタイルであった。

ところが、クールビズが始まったあたりから腹が出たおっさんでもユニクロのボタンダウンを着だした。だから、ユニクロはただ安いから売れたというのではなくデザイン性が時代にマッチしたからでもある。ところが最近ぼくは、あまりユニクロを買わなくなった。なぜかというと品質が良くないと感じるからである。セーターにしても、トレーナーにしてもすぐに穴があくし、チノパンもひざのところが色褪せるし、シャツの袖口もほつれてくる。

耐久性をなくして買い替え周期を狭めているのかと思ってしまう。品質もさることながら、デザインも毎年のように変えてくるから、これまで気に入っていてまた同じものを買おうとしてももうその商品はないことがしばしばある。トラディショナルという形容詞がついている意味がわからなくなってしまう。ということで、無印良品へとシフトしている。

このエントリーのタイトルとかけ離れたことを書いたが、その無印良品のことである。少し前のテレビ東京の「カンブリア宮殿」で無印良品の松井忠三社長が出ていたのを覚えている方もいると思いますが、いま多くのファンを抱えて好調なのである。テレビでは、その秘密について迫っていた。何しろ、2001年に38億円の赤字を計上してからV字回復を果たしたのである。それを牽引したのが松井社長である。

その原動力となった改革の一つに「ムジグラム」というのがある。これは13冊2000ページものぼる膨大な業務マニュアルのことである。それこそ、売り方、接客のしかた、店の管理のしかたなど事細かく記されている。新入社員でもそれをみればすぐに仕事ができるようになっている。要するに徹底的に標準化を図ったのである。

そこまでやると個人の裁量権を奪うというか、没個性となり操り人形のように感じてしまうのだが、松井社長は仕組みが9割残り1割で創意工夫をと言っている。ここで"仕組み"と言っているのがミソで、「ムジグラム」は単なる業務マニュアルではなく業務ルールでもあると思う。というか、箸の上げ下げまで規定したものではなく、守るべきことの考え方、方針の反映といったようなことが重要事項として書かれているのではないかと想像する。

さらに言うと、その業務ルールをどういう場面で、どういう状況になったら適用するのかを明示しているとともに、そのルールを日常運用の中で絶えず改変しながらブラッシュアップしているのだろう。そういう意味で仕組9割というけれどそこの中にも創意工夫の必要が埋め込まれているように思える。だからこそ、スタッフがモチベーションを保てるはずだ。あれえ、これって業務プロセス?
  

2013年10月 4日

そして父になる

第66回カンヌ映画祭の審査員賞を受賞した是枝裕和監督作品「そして父になる」を観る。是枝監督とカンヌ映画祭といえば、第57回に柳楽優弥が「誰も知らない」で最優秀男優賞を受賞しているのでカンヌとは相性がいいのかもしれない。原作も脚本も是枝監督自身のもので、ベストセラーとなったマンガや小説をすぐに映画化してしまう風潮にあって、こういった映画作りは少なく、他には西川美和くらいで、好感が持てる。

物語は、大手の建設会社に勤めるエリートサラリーマンの野々宮良多(福山雅治)は妻みどり(尾野真千子)と6歳になる息子慶多と3人で都内の高級マンションでの優雅な生活を送っている。そんなある日、みどりは出産した産院から電話で大事な話があると告げられる。その産院に行くと、何とあなたの息子は生まれた時に取り違えられた他人の子だと告げられる。

取り違えられた相手方は地方で電気店を営む斉木雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)夫妻の息子の琉晴であった。それから両家の交流が始まる。良多はあけっぴろげでガサツな斉木夫妻に戸惑いを感じながらどう対処したらよいか悩んでいく。両方の子を家で引き取りたいなどと言い出して顰蹙を買うのだが、とりあえず週一回子供を交換することから始める。

また、取り違えた本当の理由も明らかになるが、だからといってどうにもならない中、結局息子たちは入れ替えることにする。そこで良太は自分が父親として生きてきた6年間を見つめ直すことになる。血のつながりか一緒に暮らした日々か苦悶するのである。

ぼくも、男の子二人の父親だから、もし同じような状況に置かれたどうなるのかと考えてみたが、その時になってみなければわからないというのが正直なところで、今となってはどっちの子の親になるべきかなんて言えない。だから、この映画のエンディングには納得がいくのである。親と子って一体何なのだろうかと考えさせられるいい映画だ。

この映画は、福山雅治扮する良多という父親を中心に描いているし、良多自身の父親との確執も出ているが、母と息子という関係も微妙なものがあるように思う。今度はこっちの視点でも描いてほしくなった。父親としての象徴的な関係でいうと、ドキッとさせられたのは、息子の優しさというか弱い性格に不満があった良多が、入れ違っていたと聞いた時に「やっぱりそうか」とつぶやく。それを妻のゆかりは聞き逃さずあとでそのあなたの言葉は絶対忘れないという。おそろしいですね。

このように、状況そのものは非常に衝撃的であるのだが、それを大げさに泣き叫ぶようなシーンはなく、むしろ淡々と対峙するという演出がすごいと思う。ぼくの経験からも言えるのだが、驚きは静かにやってくるものなのだ。観ている人の中には、事実を知った途端におよよと崩れ去り、病院の不手際を詰り倒すことを期待するかもしれないが、現実はそんなものでもないし、さっき言ったようにじわじわ来るものなんのである。

2つの家族がいい。生活レベルもスタイルも住む環境も違う2つの夫婦のコントラストを福山雅治、リリー・フランキーそして尾野真千子と真木よう子がいい感じで演じていた。観ているものにあなたも一緒に親子や家族に対して思いを巡らしてみましょうという語りかける良質の映画であった。
  
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2013年10月 7日

プロセス志向で大事なこと(1)

プロセス志向ということを標榜している。"志向"というのは意識が一定の方向に向くことだから、まずはプロセスを意識しなさいということである。これは企業の業務をシステム化するにはそのほうが良いですよというアピールである。ではそのシステム化というのはIT化のことですかという問いが湧いてくる。

ここのところは、ついシステム化イコールIT化・自動化というふうに短絡することがある。システムというのは、個々の要素が関係しあって、全体として機能している様のことだから、組織で活動している会社はシステム化した方が良いのである。そもそも組織自体もシステムである。ひとりでは限界があるから人が集まり、人が多くなるとある単位で括らないないとバラバラになるので組織化するわけです。

であるから順番があって、まずシステムになっているのかがある。各要素間の関係が切れているとか、連動して動いていないとかいった場合はそこをシステマチックな考え方で人が動くようにするのが先決だ。その次にIT化すべきところにITを入れ、自動化できるところはコンピュータにまかせるというステップになる。これって、当たり前のように思われるかもしれませんが意外にできていないのではないでしょうか。

プロセス志向の一番重要で最初にやるべきことは「プロセスを記述して組織として共有すること」です。ここで気をつけなくてはいけないことは、プロセスを開発するわけではないということです。企業としてビジネス活動をしているならば必ず"プロセス"は持っています。お客さんがあって、そこに商材を提供して対価を受け取ることはどこの会社でもやっているわけです。

その活動がシステム化されているかどうかの問題なのです。ここができていない、あるいはできているのだがうまく動いていないといったときに、自社のプロセスを記述することによってシステム化の程度を知ることが大事だと思うのです。このシステム化のレベルを測るのに適しているのがプロセス志向なのです。ビジネス活動のメインストリームはプロセスによって成り立っているからです。

IT化を始めるのはそこからです。プロセス記述によって、インフォーマルにプロセスが存在していること、効率的でないこと、質が低いこと、責任の所在が不明確であることなどが顕在化してきます。こうした隠れている部分を見える化する、非効率な振る舞いを効率化するといった改善をすることがIT化の役割になります。ものごとがタバコ部屋で進められていればそれを表に出す、連絡がホワイトボードで書いていたのをITを使うとかをするわけです。

もちろん全部が全部プロセス記述でわかるかというとそうではありません。プロセスという捉え方がなじまない領域もあります。例えば、会計処理とかリソース管理なんてはロジックの問題であったり、データ処理方法だったりしますが、コアの部分はプロセスで捉えることが重要です。

ついついダイレクトにIT化をすることを目的化しがちであり、そうしたメソドロジーも多く見られます。それだと、ひょっとしたらやらなくてもいいことまでIT化したり、かえって見える化したつもりがコンピュータに任せたために見えなくなったりとか起こってきます。さて、「プロセスを記述して組織として共有すること」というプロセス志向の一丁目一番地が大変重要なことであることがおわかりいただけたでしょうか。
  

2013年10月 8日

「やりがいのある仕事」という幻想

ある事情で近頃の若者の仕事に対する気持ちについて考える機会があって、いろいろと思い巡らせていたら、「「やりがいのある仕事」という幻想」(朝日選書)というタイトルが目に飛び込んできたので思わず手に取る。寡聞にして知らなかった作家森博嗣が書き下ろしたエッセイである。

内容を見たら、若者向けのアドバイスという感じで構成されている。「仕事への大いなる勘違い」とか「自分に合った仕事はどこにある?」といったことが書かれ、実際に受けた仕事の悩みや不安の相談に答えるといったものを加えている。だから、ぼくのようなものがいまさら読んでも自分には何の役にも立たないのだが読んでみた。

著者は、国立大学の工学部助教授を務めながら、小説を書き出していきなり「すべてがFになる」でメフィスト賞を受賞しベストセラーとなる。その後大学を辞めて作家活動にしぼりすごい勢いで作品を発表し、累計で1300万部である。ですから、本にも書いていたが、国家公務員の30倍くらいの年収が10年以上続いたのだという。今は、仕事は1日1時間なのだそうだ。

おいおい、こんな特別な人にやりがいのある仕事なんて幻想ですよと言われても何だかうそっぽく聞こえてしまう。そう思うのはぼくが35年のサラリーマンを経験したじいさんだからだろうか。会社勤めもしたことがなく、作家活動で「とんでもない」(本人が言っている)収入を得て、半ば遊んで暮らしている人は「人は働くために生きているのではない」と言うんだろうな。

でもごく普通の人々にとっては「人は働かなくては生きてゆけない」のだ。そして著者は言う、生きていくには「働くことが一番簡単な道」だ。仕事で人間の価値は決まらないし、その価値は自分で評価すればいいとも言う。確かに、そうなんだけど、そんな風に割りきってできれば苦労しないが、だいたいにおいて働くには職場というものがあって、そこで過ごすにはやりがいに近いものが(モチベーションともいう)必要ではないのかと思うのである。

ただ、ぼくの周りの若い人たちと話たりすると、必ずしも"やりがいのある仕事"という意識があるようにはあまり感じられない。どっちかというと、好き嫌いだったり、楽しいか、かっこいいのか、イケてるかといった基準じゃないのだろうか。それは、仕事の適性と一致するとは限らない。むしろミスマッチの方が多いのでそこの悩みを抱えているように思える。

いずれにしろ、どこやらの元気のいいおじさんやお兄さんが活を入れるよりはマシだが、近頃では何だか当たり前のことを言っているだけの脱力系自己啓発本のようだった。
  

「やりがいのある仕事」という幻想
朝日新聞出版 (2013-07-02)
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2013年10月 9日

デザイン思考で業務システム開発(第1回 チームを作る)

さて新シリーズの第1回目です。チーム作りです。ステップに従って見ていきましょう。

ステップ1.自己紹介
参加メンバーが友だちになることが大事です。これは、作り手側と使い手側の交流という意味もありますが、部門をまたがるようなプロジェクトの場合、案外ユーザ同士がお互い良く知らなかったなんてこともありますから、最初によく理解し合うことが必要になります。

このあとは、デザインとは何か、デザイン思考とは何かを講義します。どういった考え方、どのような手順でつくっていくのかといったことをきちんと説明しておきます。この時点でわからなくても後でわかるようになるのでもかまいません。講義を行ったあとにチームメーキングを行います。

ステップ2.哲学とビジョンを作る
チームができたあとは、哲学とビジョンを作っていきます。この哲学とビジョンづくりは大変大事なステップなので十分に議論する必要があります。哲学とは信念でありニーズで、ビジョンは欲望でありウォンツである。これを文章にする。
哲学であれば、「こうありたい」ということを肯定文で表わす。難しかったら「問題意識」と言ってもいい。「これからの日本の会社では、個人の存在が大きくなるとともにその結集が必要となるため、組織能力が最大限発揮できるような業務システムを確立する」てなものでしょうか。

ビジョンは、「何を実現したいか」を一言で表現したものである。単純で明快で一つの文章で表わすことができないといけない。語尾は必ず「〜したい」となる。例えば、アップルのiPodの例で言えば「どこへでも自分の音楽を持ち歩いてもっと音楽を楽しみたい」である。

ここで大切なことは問題点の発見であり、その定義をすることではないということである。通常は、問題を考えようとすると、どうしても問題を定義して解決するという方法になる。システム開発でもほとんどがこの問題解決型の手法で進める。ところが、現実には定義できない問題が数多くあるような場合も少なくない。そうした場合にはデザイン思考アプローチが有効なのかもしれない。

当事者に今の問題点は何かとインタビューしても出てはくるかもしれないが、それが個人的な感想でしかないとか、本質から外れているかもしれないとか、ごく一部の意見で全体意見にはなっていないなんてことが起きる。ですから、最初にいくら一生懸命議論してもなかなか確定しない。定義できない「やっかいな問題」があるのだ。

そのためにはのちのち議論していきますがデザイン思考では、問題を定義する代わりにプロトタイプを作って当てはまることをします。最初は失敗するが、そこから多くのことを学んで再度挑戦することを繰り返すわけである。従って、哲学とビジョンは何度でも書き直すので、最初から完成度を上げる必要がないのだが、非常に大切であることには変わりはありません。
 

2013年10月 6日

スティーブ・ジョブズ1995〜失われたインタビュー〜

スティーブ・ジョブズが死んだのが、2011年10月5日だから早いものでちょうど丸2年経ったことになる。先日iPhone5SとiPhone5Cが発売になったが、ジョブズ亡き後のアップルはどうなっていくのだろうか。そんな折、「スティーブ・ジョブズ1995〜失われたインタビュー〜」という映画が公開になった。

1995年にテレビ番組でスティーブ·ジョブズとの貴重なインタビュー取材を実現させた。めったにマスコミにも登場しないし、インタビューも嫌いだったジョブズにしては珍しい。ところが、長いインタビューだったにもかかわらずほんの一部しか使われなかったらしい。それと、その時のマスタテープを消失してしまったのだという。

ところが、ジョブズが死んで後、そのTV番組の監督のガレージからインタビュー映像が収録されたVHSテープが偶然発見され、それを修復して映画化したものである。ジョブズ信奉者やファンにはたまらない贈りものになった。インタビューが行われた1995年というのは、ジョブズが85年にアップルを追い出され、まだ復帰を果たす前のNeXT社にいたときで、40歳のときである。

映画はただひたすらジョブズがしゃべるのを映しだしているだけなので70分で短いといえばそうだが退屈でもある。それと、喋っていることであっと驚く言葉はなくて、ほとんどが本や雑誌で記されているものということもそう感じたのだ。しかしながら、本人の口から語らえるということの迫力には圧倒されるところもあって面白かった。

インタビューは生い立ちから始まり、将来のコンピュータ(Webの可能性を熱く語っていた)についてまで追いかけているので、ジョブズのいたコンピュータの時代の大きなうねりが伝わってくる。何しろ13歳のときにヒューレット・パッカードの創業者であるビル・ヒューレットの自宅に直接電話をしてしまうくらいだからすごい少年であった。しかも夏休みにアルバイトにこないかと誘われる。

そのうち日本でも本が発売されるだろうから、いちいちインタビューをなぞってもしょうがないので、印象に残ったことだけを少々。何しろ25歳で1億ドルの資産をもつという大金持ちになったのだが、「お金が目的じゃないから重要とは思わなかった」という。彼はホントにそうなんだよね。

そして、ものづくり第一と思っているのかと思ったら意外にもビジネスだとか経営といったようなこと大事だと言っていた。例えば、面白かったのは製造業だと標準原価というのがあるが、何のことだかわからなかったという。それは、原価がわからないからはじめに適当に決めておいて後で調整するということを知ると、なぜ原価が分からなのかと批判したりする。

これも有名な話なのだが、ゼロックスの研究所を訪れた時の話で、その時紹介された研究中の技術が、オブジェクト指向、ネットワーク、GUIだったそうだが、ジョブズは最初の2つには見向きもせずにGUIに非常に興味を抱いたのだという。その後のジョブズの製品を見るとわかるであろう。コンピュータはあくまで道具であり、脳の自転車であるという言葉にも納得する。

彼が持つべき大事なものは何かという質問に対して、アイデアだとかスキルだとかではなく、文化とかセンスだと言っている。字幕ではセンスとなっていたが、ぼくの耳にはテイストと聞こえたのだがどうだろうか。コンピューそのものは、盟友のスティーブ・ウォズニアックや他の技術者がやったわけで、ジョブズはビジョンやコンセプトを示し、斬新なスタイルのデザインを行ったと思う。

さて最後に問題です。「あなたはヒッピーですか、それともオタクですか?」と質問されてジョブズはいったいどちらと答えたでしょうか?
  
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2013年10月10日

謝罪の王様

監督水田伸生、脚本宮藤官九郎、主演阿部サダヲとくれば、舞妓 Haaaan!!!」「なくもんか」である。そして今回の第3弾は「謝罪の王様」ときた。いやがおうにも期待が膨らむのだが、残念ながら期待はずれだった。NHK朝ドラの「あまちゃん」で一躍多くの国民に知れ渡ったクドカンだが、この映画は調子に乗り過ぎたわけではないだろうし、脚本だけの問題ではないかもしれないが、"しまりがない"できばえになってしまった。

テーマの設定自体はおもしろい。阿部サダヲ扮する東京謝罪センター所長の黒島譲は謝罪師という職業についていて、様々なトラブルをひたすら謝ることで解決する。最後は土下座で何とかしてしまう。そうした依頼を6つのケースに分けてオムニバス的に見せてくれるのだが、それぞれが微妙につながっているという構成で、前半の方はそれなりにおもしろい。

帰国子女の倉持典子(井上真央)は、ヤクザの車に追突してしまい多額の賠償金を要求されるわ、大阪のデルヘルで働かされるはめになる。そこを黒島がヤクザに取りいって救うのである。その縁で典子は黒島の助手となる。次の依頼人はサラリーマンの沼田卓也(岡田将生)で、セクハラで訴えられたのを助ける。

ケース3が大物俳優の南部哲郎(高橋克実)の息子が傷害事件を起こしてしまい、その謝罪会見を仕切ることになる。このあたりは最近話題になった大物司会者と重なってニヤニヤ笑ってしまった。その次が、セクハラの件の沼田の訴訟の担当弁護士の箕輪正臣(竹野内豊)でばりばりのエリート弁護士なのだが、離婚して別れてしまった娘に謝りたいという。3歳のとき手を挙げてしまったのだ。

てなところ辺りまでは、なかなかおもしろい展開で、人間誰しも謝りたい、謝罪しなくていけないということを抱えていきている。だが、照れくさかったり、そもそも謝ることを知らないなんてこともある。それを外から教えてあげる、あるいは当事者ではない他人だから自尊心とか憎しみとかがないのでその人間が謝るほうが解決するという設定に感心さえした。

ところが、終盤に来てあれれとなったのである。映画プロデユーサーの和田耕作(荒川良々)は、自分が作った映画にマンタン王国の皇太子がエキストラで映ってしまったのが発覚して、これが肖像権侵害となりその国に謝らなくてはならないハメになる。国際問題に発展するという話になるのだが、飛躍し過ぎだ。もっと身近なところで止めておかなくてはいけないし、土下座を超える謝罪があれじゃあぶち壊しだ。

それに最後に出演者とはあまり関係ない歌手とバックダンサーが登場してミュージカルシーンを見せてくる。これじゃ、インドのボリウッド映画じゃないか。クドカンは才気があるのは認めるが、やり過ぎはいかんな。
  
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2013年10月11日

ビジネスサービスのつくり方 - 第6章 業務適用

■ オペレーション(1)
前章で作成されたアプリは「標準品見積プロセス」という名前が付けられて「kintone」のポータルのアプリリストに入っています。まずは、なんらかの手段で営業の窓口のところに見積の依頼がきます。電話、FAX、メール、訪問といった手段で来ることが多いと思いますが、これからはWebサイトからとか、会員制みたいにして「kintone」のアプリに直接入って来れるようにすることも可能になるでしょう。

さて、依頼を受け付けた営業担当者は、ポータルのアプリをクリックします。そうすると「進捗表」の画面が出てきます。全く最初からだと"データがありません"と表示されるので新たにデータの登録をします。それ以後は、案件ごとの進捗が表示されることになります。ここでは、すでに2件が進行中であるとします。その画面は下のようになっています。

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進捗表は、アプリ作成で説明したように、各アクティビティのステータスを表示していますが、ここでJavaScriptAPIを使って色替えするようにしましたので、アクティビティが完了していると緑色に変わっています。色は好きなものでかまいませんが、こうして見やすい工夫は必要になっていきます。

新規のデータ登録画面に行くには、左上にある「+」ボタンをクリックします。そうすると、次のような画面が出てきます。

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最初のアクティビティである「見積依頼受付」のステータスが「受付中」(デフォルトでそうしている)になっている以外はまだデータは入っていません。また、グループフィールドに設定したところは、畳まれていて名称だけが表示されています。ここから順番にデータを入力していきます。カテゴリーは提供商品によって選択しますが、商品選択したあとで設定してもかまいません。とりあえず「キッチン>標準」を選択しておきます。

次に、ステータスはさておき、最初のアクティビティである「見積依頼受付」を拡げます。そうすると、下記画面が現れます。

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依頼日は、初期値を登録時の日付にしているためにその日付が表示されています。空欄にしたかったら、設定でチェックを外しておきます。案件Noは自動付番されるようにしていますのでそのままにします。次が依頼会社名の入力です。ここでも工夫は、ルックアップというパーツを使っていることで、会社名をいれて"取得"というボタンを押すと付属情報である、郵便番号、住所、電話番号が自動的に表示されます。これは、別の「顧客リスト」というアプリで登録されているデータを引っ張ってきています。

さらにここでもJavaScriptAPIで住所からGoogleの地図を表示させるようにしています。その他のデータも入力すると、最初のアクティビティが完了します。次のような画面になります。

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ここで一旦保存しておきます。また、ステータスのところを「受付完了」に進めておきます。そして、次の商品選択のアクティビティが開始されたら、2番めのアクティビティである「商品選択」のステータスを「選択中」にしておきます。このあたりは、自動ではなく人間が手で進めていくので面倒かもしれませんが、みんなで確認しながら進める意味もあるので手間を惜しまずやっていきましょう。

2013年10月15日

プロセス志向で大事なこと(2)

先の記事でプロセス志向の大事なこととして「プロセスを記述して組織として共有すること」と書いた。ついでに、他の大事なことも記しておこうと思う。どうしてもプロセス志向だから「プロセス命!」みたいな見られ方をしてしまいますが、決してそうではなくて、プロセスを先行してあるいはそこを中心にして考えていこうといったものです。

ものごとに対してどういう切り口というか、攻めどころみたいなものが必ずあります。その突破口をプロセスというものを持ってこようよとしたわけです。実は、この時のプロセスというのは狭い意味で言っています。広い意味でのプロセスとは、いくつかの要素が含まれたものをさしています。プロセスフロー、データ、ルール、ロール、パフォーマンス指標といったものから構成されています。そういった要素の中で、プロセス志向のアプローチで先行させるのはプロセスフローであるということです。

ここであえて業務フローと言わずにプロセスフローと言ったのは、一般的に業務フローというと作業フローとかアクションフローという意味合いが強く、それだと細かくなりすぎるきらいがあるのでもうすこし上位レベルのフローという意味でプロセスフローという表現を使っています。タスクではなくアクティビティの連なりということになります。(それでもわかりにくいかもしれませんが)

ですからまず最初にどんな性格のアクティビティをどういう順番で回していくかを決めることになります。どんな性格という場合の具体的な内容は、どんな意思決定をしたか、すなわち各意思決定でどんなデータを確定したか、どんな判断をくだしたか、どんな書類を作成したかになります。

ここで、フロー以外の要素が登場してきます。まずデータですね。各アクティビティで行われたアクションによってデータが生成されます。データから先ではありません。各種の情報を吟味したり、ルールに従ったり、上司や部下など関係する人々とコミュニケーションを図りながら、意思決定に伴ってデータが生成されます。

ここで注意しなくてはいけないのは、データにはイベントデータとリソースデータというのがあって、いま言ったものはイベントデータです。すなわち、受注するとか発注するといった動詞形のものです。一方のリソースデータは、商品、顧客、従業員といった名詞形のデータで、マスタと呼ばれるものでこのデータは一番最初に持っているものです。ビジネスを行うための原動力だから、これがないとビジネスが始められません。

つまり、プロセス先行と言っていますが、マスタデータは前提条件になっているわけです。そして、その他のルールやロール、パフォーマンス指標などがアクティビティの属性値としてあります。みなさんお気づきかもしれませんが、これって、エンティティということになるのではないでしょうか。ですから、ずっと言っている「プロセス要素表」というのは、何のことはないERD(Entity-Relationship Diagram)みたいなものだとも言えます。

ということは案外、見せ方というか表現方法の違いだけなのかもしれません。言い換えれば、ITシステム、なかんずくシステムサイドの人がデータベースを作るためのものがERDで、業務設計をするためのものが「プロセス要素表」ではないかと思っています。ですから、ユーザの人と議論するには理解が早いプロセス中心、プロセス先行アプローチを推奨しているのです。
 

2013年10月12日

勝てない

今朝というか日本時間の深夜に行なわれたサッカーの国際親善試合セルビア戦で日本代表は0−2でセルビアに負けた。この試合は、セルビアのノビサドという街のスタジアムで行われたアウエー戦である。ホームでは強いという内弁慶の日本代表だが、やはりこのアウエーの試合で勝つことができなかった。

試合は、セルビアの英雄であるスタンコビッチの引退試合であった。代表戦で引退試合というのも珍しいが、スタンコビッチが前半10分で退くと試合途中なのにセレモニーがあったりして最初は何となく気合が入らない。その後は徐々に集中力も増してくる。前半は一進一退で両チームともチャンスも少なく0−0で終える。

後半に入っても日本代表はシュートまでなかなかもっていけない。中盤でボールが収まらないで簡単に相手にボール奪われたりして落ち着かない。そんな中の59分、セルビアがカウンターから右サイドの選手が切れ込んでシュートを打つが、ちょうど味方選手の前に流れとこところをピタリとトラップされ先制を許す。まあ、アンラッキーと言えるようなゴールだったが、シュートを打たせたことが問題だろう。

さらに、アディショナルタイムにも右からのクロスに走り込まれて追加点を許す。これも、攻めていながらも細貝がクロスをちびってしまい、逆襲をくらったもので、ちょっとしたミスをついて得点するというセルビアのしたたかたさは欧州で揉まれているなかで培われたのだろう。先のウルグアイといい、今回のセルビアといい少人数の手間をかけないカウンター攻撃で確実に点を入れてくるのが強いチームの特徴である。いい経験になったのではないだろうか。

日本も同じようにやればいいのかというとそうはいかない。いろんな選手がボール交換しなから、隙ができると素早くそこにスルーパスを出して、そのスピードで得点するというパターンを追求しているからである。しかし、世界的なディフェンダーを揃えるセルビア守備陣を全くと言っていいほど崩すことができなかった。堅牢な城の周りをワーワー言いながら足軽が攻めこむのだが簡単に弾き返されているようだ。スピードのある連動性が発揮できなかったら、もう少しシンプルな攻撃にしてしまうとか、そういった切り替えも時には必要なのではないだろうか。

柿谷がかろうじて一本シュートを打ったぐらいでほとんど何もしないで後半に代えられた。バックスを背負ったままが多く、もうちょっと動かないとボールにもさわれないし、シュートチャンスも作れない。それと香川のキレが悪い。やはり、試合勘が戻っていないのと自信をなくしているようで精彩を欠いている。次のベラルーシ戦を期待しよう。
  

2013年10月14日

飛べ!ダコタ

失礼ながら、監督の油谷誠至も主演の比嘉愛未もよく知らなかったし、前宣伝もなかった地味な映画である。たまたま、時間調整で観ることになったのだが、これが予想外に良かった。心の中で拍手喝采を叫び、涙も流してしまった。

舞台は佐渡ヶ島で、終戦からわずか5ヶ月目の冬にイギリスの軍用飛行機(愛称をダコタといった)が海岸に不時着したところから物語は始まる。そこから乗組員と島民のふれあいを描いたものである。題名のとおり、住民の協力により、海岸に滑走路を作り、最後は飛び立っていく。

これは実際にあった話で、映画化は、3年くらい前にダコタの乗組員の息子が佐渡を訪れてもう亡くなった父親が67年前にこの地で大変お世話になったことを話したことがきっかけであった。主人公の千代子のモデルになった女性は今も87歳で健在でその村で暮らしているのだそうだ。しかも、飛行機も実際のダコタをタイで見つけて解体して佐渡まで運んできたのだという。なんか、映画作りの素朴な熱意を感じてうれしくなる。だから感動を与えるのかもしれない。

終戦となったといっても、つい半年前まで敵味方で争っていた相手の兵隊さんが、佐渡の田舎の村に降り立ったのだから、てんやわんやの騒動となる。そんななかで、村長の娘の森本千代子(比嘉愛未)は平気で飛行機に近づいていく。村長である父親(柄本明)は、対応に困り果てるが、「困った者を助けるのがさどんもんだ」と言って、イギリス兵を受け入れるのである。自身の家が旅館を営んでいるのでそこに招くのである。

そして、戦争で息子を失ったものも当初の拒絶反応からやがて協力姿勢へと変わっていく。海岸に石を敷き詰めて滑走路を作るのも住民たちの総出で完成させる。40日間の滞在で飛行機も修復し、住民に感謝してダコタは飛び出していく。とまあ、主軸のストーリーはこういうことなのだが、実はもっと感動するサイドストーリーが展開する。

千代子の幼なじみに木村健一(窪田正孝)というのがいて、彼は海軍兵学校に入学するも訓練で足を傷めてしまい参戦できないまま終戦を迎え島に帰ってきていた。そのため、鬱屈した日々を送っている。そこに、健一の親友であった義春が遺骨として帰って来る。ビルマ戦線のインパールでイギリス軍と戦って戦死したのである。イギリス人のために滑走路を作っている村民を見ている健一の心にわだかまるものがあるのだ。

つまり、戦争の傷跡を引きずった人々がちょっと前まで敵だった国の飛行機と兵士を前にして、それを清算して行く姿も描き出しているのだ。健一が恩師の先生に向かって、戦争中はお国ために戦えといっていたくせに手のひらを返したように平和だとかみんな仲良くとか言うなと叫ぶ。だが、その健一も千代子の心に触れて考え方を改めていくのだ。佐渡という中央から離れたところだからかもしれないが、日本人の「おもてなし」の心がうれしかった。
  
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2013年10月18日

凶悪

これも実話を元にしている。全部仮名で設定も変えているが「ウォッカ事件」と言われたものである。ただその事件だけではない驚くべきことを映画にしている。現実での展開は殺人による死刑が確定した暴力団組長が、その後茨城県警に2件の殺人に関与したという内容の上申書を提出したのだ。

第一の犯行はカーテン販売業の社長を監禁しウォッカを飲ませて泥酔状態にして殺害し、保険金8000万円をだまし取ったというもので、もうひとつは、自営業の男を絞殺した後自殺に見せかけてこれまた1000万円保険金を詐取した事件である。そして、こうした一連の犯行には別の首謀者がいて、その男が平然と暮らしていると指弾したのである。

映画ではほぼ忠実にこれらの事件を追いかけていく。まずは、週刊誌の記者藤井修一(山田孝之)は東京拘置所に収監中の死刑囚須藤純次(ピエール瀧)から届いた手紙をもって面会に行く。そこで、須藤からまだ告白していない殺人を3件あると告げられる。もう死刑が確定しているのになぜそんな告白をするのかと訝しがる藤井に須藤は、事件の首謀者は先生と呼ばれる不動産ブローカーの木村孝雄(リリー・フランキー)で、そいつがのうのうと暮らしているのが許せないから、記事にすることで追い詰めてくれないかというのである。

そこから、須藤の話の裏付けをとりに奔走する。調べるほどに符合することがわかってくる。そしてついに木村を追い込んで行くのだが、その経過と過去の事件のシーンが交錯していく。須藤と木村の凄まじいばかりの凶悪ぶりには驚愕させられる。「冷たい熱帯魚」ばりの凄惨なシーンも登場し、映画よりも現実のほうがすごすぎるような変な錯覚を感じる。

あとおもしろかったというか身につまされたような設定があって、介護の問題が描かれていたことで、木村と須藤に殺された爺さんの家でも介護するお金がないことや藤井の母親が惚けて負担のかかる妻との争いが高じて施設に入れてしまうことなど凶悪なストーリーに老人介護を持ち込むのには恐れいった。監督は、まだ長編2作目という白石和彌であるが、次回作を期待したくなる。

出演者を見たら、山田孝之とピエール瀧、リリー・フランキーだから、凶悪なのは「闇金ウシジマ君」や「その夜の侍」のイメージからして彼が凶悪な男を演じるのかと思いきや、あの「そして父になる」の善良な電気屋を演じたリリー・フランキーが電気屋の爺さんにウォッカを飲ませてしまうのだから、ピエール瀧も含めて配役の面白さがある。(実際の木村と須藤の顔はいかにも悪党という顔をしているが)そういえば、懐かしい顔がでていてびっくりした。白川和子と吉村実子である。ふたりともおばあさん役だから昔のあの団地妻やらのはちきれる肉体の面影はもうないなあ。

ああ、人間にある深層を垣間見たようで恐ろしくなった作品である。
 
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2013年10月20日

マーケット・デザイン

そういえば、マーケットとデサインというワードはよく聞くが、それをつなげたマーケット・デザインというのは聞き慣れない。新しい経済学の分野らしい。ノーベル経済学賞を受賞した最新理論のことについて書いた「マーケット・デザイン」(坂井豊貴著 ちくま新書)を読む。

ということで、謳い文句から連想したのは、新たな市場をどうやって作っていくのかといったものかと思ったのである。つまり、マーケティングの分野では近頃は「顧客価値創造」とかいう言い方もあるように、既存の市場や顧客の要求に答えるだけではなく、自らで需要を作り出すことが大事だとなっている文脈の延長なのではないかなと。

ところが、違うようで何のことはない「マッチング」と「オークション」のことなのだ。言葉として誤解を生むように思うのだがどうだろうか。要するに「どうすればモノは適切な持ち手のもとに向かうのか」ということを研究する学問のようだ。ですから、実用例としてマッチングでは腎移植マッチングとか、学校選択マッチング、オークションでは周波数オークションなどが取り上げられている。

ちょっと誤解はあったかもしれないが、内容は結構おもしろかった。素朴にマッチングがなぜ経済学なのかと思うのだが、腎臓移植の例でいうと、腎臓を求める患者と腎臓を与える供給するドナーの間で、需給の一致を実現させることで、腎臓という希少資源を社会でうまく配分することだからなのだ。なるほど。

腎臓売買が禁止されていますから、こうした患者とドナーの組み合わせというのは有効な制度なのかもしれない。市場の発想を援用した制度を設計することがマーケット・デザインであるとも言える。ちなみに日本では行われていませんが、韓国なのではこの腎移植マッチングが進んでいるのだという。日本で行われない理由は、腎移植についての倫理指針に基本は親族に限定するとなっているのと、血液型不適合でも移植ができるほど医療技術が高いことがあげられていた。

ちょっと話がそれたが、そのマッチングで最適な組み合わせをどうしたら良いのかというのが理論的にあって、例えば、トップ・トレーディング・サイクル・アルゴリズム(TTCアルゴリズム)というのがあって、強コア配分を短時間で見つけ出すアルゴリズムである。強コア配分というのは、抜け駆けが起こりえない配分のことで、要は全員にバランスよく高い満足を与えるもので必ず存在するものなのだ。しかもたった一つしかないのである。

面白そうでしょ。詳しくは説明しきれないのですが、マッチングなんてきっと恣意的だし、気まぐれなものだから論理化できないと思っていたがそうではなかった。オークションについても、競り上げ式と競り下げ式あるいは第一価格オークションと第二価格オークションの違いとか、オークションってテレビでやっている競り上げ式しか考えていなかったのでおもしろかった。ただ、事例の配列選択の説明が長く続くので飽きてくるのがちと残念であった。
  

マーケットデザイン: 最先端の実用的な経済学 (ちくま新書)
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2013年10月13日

フォロワーシップ

ぼくが観る数少ないテレビ番組に、毎週土曜日に放映するテレビ東京の「Foot×Brain」がある。サッカーについて様々な角度から討論するもので、単なる技術だとか、選手評価、フォーメーション、戦術といったものだけではなく、裏方さんの苦労話とか、普段のトレーニングとか、スタジアムの維持管理、リーグ経営などなど普段表に出て来ないような話題が満載で、司会の勝村政信、杉原美香のMCぶりとともに毎週楽しんでいる。

その番組で昨日のテーマはまた一段と面白かった。ゲスト出演が、中竹竜二と東明有美である。中竹は元早稲田大学ラクビー部監督で東明は元サッカー女子日本代表であるが、二人は「フォロワーシップ」を研究している。フォローシップという言葉は聞き慣れたものとは言いがたいが、徐々に浸透してきているという。

従来は、組織を動かすには「リーダーシップ」が必要だとなっている。ところが、フォロワーシップというのはリーダーシップとは違う概念で、リーダーシップは強いリーダが人を引っ張っていくのに対して、組織の一人ひとりが考えて、課題を解決しながら成長して勝利をしていくという概念である。チーム競技では必要なものであろう。特にサッカーやラグビーは野球だとかアメフトのように試合の途中で監督の指示が出せるような競技と違って、一旦試合が始まってしまうと選手が自分で考えてやらなくてはいけないので特に重要である。

中竹竜二は、早稲田ラグビーで黄金期を築いたカリスマ監督である清宮克幸の後を継いで監督に就任するが、彼にはカリスマ性もなし、実績もないのでどうやって指導したらよいかを考えた時にこの「フォロワーシップ」というものにたどりついたという。しかし、選手たちは監督がこうやれという指示を出してくれて、どうやって勝たせてくれるかを期待する習性が身についてしまっているからその意識を変えるのは並大抵のことではなかったらしい。

この辺の話はテレビでは語ったわけではないのでこれ以上はやめておくが、もうひとつおもしろかったのは、組織の一人ひとりに考えさせるわけだが、その一人ひとりは個性があり、性格や考え方が異なるので、一律に同じような指導ではうまくいかないのだ。ですから、タイプに分類してその分類に応じた対処をする必要がある。

そこで、提示された4つのタイプがおもしろい。「プロデユーサー」「アナライザー」「サポーター」「コントローラー」である。要するに、創作派、分析屋、協調派、仕切り屋とでも言うのだろうか。こうしたタイプに対する接し方も当然変わってくる。例えば、コントローラーに対してああやれこうやれという指示を出しても聞かないのだという。なでしこの宮間がアナライザーで澤がサポーターという評価はなるほどなあと思う。

これはスポーツに限らず企業の組織にも当てはまるような気がする。カリスマ経営者あるいは強力リーダーシップをもった上司がぐいぐい引っ張ることもあるかもしれないが、それよりも構成員の一人ひとりが自律的に行動していくような組織がこれからは重要になってくると思う。そこには、メンバーの性格タイプを把握して、それにあったようなフォロワーシップが望まれるのだろう。

ただし、引っ張るタイプではなかったぼくの経験からいうと、フォロワーシップが有効に機能する前提には、メンバーの能力があるレベルである必要な気がする。なでしこジャパンあるいは早稲田のラグビーのように潜在能力がある者だからこそ、適切な指導により能力を顕在化させたり、意識を高めることができたのではないでしょうか。普通の会社の普通の組織でどうするのかはまた別の工夫がいるように思うのだがどうだろうか。
  


2013年10月17日

デザイン思考で業務システム開発(第2回 誰のために作るのかを考える)

前回では、チームメーキングを行い哲学とビジョンを作ることをしました。今回は、「誰のために作るのかを考える」です。また、ステップに従って見ていきます。

ステップ3.ステークホルダーを決める

ここは、業務システム開発では必ずやるところというか、プロジェクトを編成するような場合はステークホルダーの要求をきっちりと把握することが大事になります。PMBOKでは、ステークホルダーをプロジェクト・マネジャー、顧客・ユーザー、プロジェクトの母体組織、プロジェクト・チーム・メンバー というふうに規定しています。

デザイン思考では、もう少し顧客に寄せて考えているようです。ビジョンではこれからどんなものを作るかをウオンツで表現してありますが、それを使うのは誰なのかといったことが重要になるわけです。

ステップ4.技術の棚卸しを行う

技術の棚卸というとついビジョンを表現する技術を探すというように捉えがちですが少し意味が違います。アイデアや技術をたくさん集めて並べ、そしてそれをビジョンに割り振ってみるというやり方で、それによって自分たちの技術で実現可能なものを見つけるのだ。なおかつ哲学やビジョンがしっかりあるので、足りない技術やできないことが認識できる。

こうした考え方からいくと、パッケージありきでそれをどうアプライするかといったアプローチはやってはいけないことである。そもそも、アイデアや技術をたくさん集めてなんてこともあまりやらない。ただひたすら自分の持っている技術を使ってもらおうというやり方になってしまう。以前はこういうのをソリューションと言ったのだが。

ステップ5.フィールドワーク計画を立てる

技術の棚卸しと前後してフィールドワークに出かける計画を立てる。自分のビジョンを実現してくれるだろう「師匠」を探しに街に出るためのものだ。やみくも行くわけには行かないので誰のところにいくのか、利用者を特定していく。

業務システム開発では、現場ですよね。現場ではある現象が起こっているが、それは自分では経験したことがないことが多く、起こっていることを理解すればユーザーの生活がわかってくる。開発プロジェクトでは、よく現場ヒアリングとかアンケートといったことを行いますが、これはフィールドワークとは違っていて、大事なのは自らの目で観察して経験を拡大していくことで、この考え方はシステム開発でも同じです。生産管理システムなどの開発には取り入れられたりしていると思います。
 

2013年10月26日

すーちゃん、まいちゃん、さわ子さん

もう60代半ばというじいさんが観るような映画ではない。少なくとも映画館まで足を運んで観ることはない。アラサーだかアラフォーの女性が登場する映画「すーちゃん、、まいちゃん、さわ子さん」である。ところが、ぼくの同級のSくんが観たというメールが、しかも映画館にひとリで行ったのだという。恐れ入る。さすが年間100本観る人は違う。

というわけで、映画館には行かなかったけどDVDを借りて観ることになる。原作があって益田ミリの人気四コマ漫画「すーちゃん」シリーズなのだそうだ。もちろんぼくは読んだこともないし、そういう漫画があるのさえ知らない。いつも言っているのだが、人気になった漫画や小説を映画化するのが多い。これって、マーケティング的にはどうなのだろうか。漫画の読者を再び映画館に呼びこもうという魂胆なのだろうか。(一粒で二度おいしい)それとも新規に漫画を読まない層を開拓しようというのだろうか。

どうも、こうした最近の風潮に疑義を唱えたくなるのだが、ぼくはそうした先入観を捨てて観ることにしている。だから、映画評で原作と違うとか、主演女優が主人公のイメージとか違うとかいったトンチンカンな批判に腹が立つ。あたりまえなのだが、漫画と小説と映画は表現の方法が違うから、言いたいこと、伝えたいことをうまく表現できればその方法が一番よくて、漫画がおもしろいから映画もおもしろいとは限らないし、その逆もある。そういう当たり前の評価をしたいものだ。

この映画の話をする前にグタグタ言い過ぎたようだが、ぼくは女性の心理をとやかく言えるほど"知見"がないのだが、三人のタイプや生活環境、職業が違う女性をドラマティックなエピソードがあるわけではなくごく日常的な出来事を通して彼女らの悩みや不満、希望といったものを素直に表現していて好感が持てる。

監督が御法川修(みのもんたと関係あるのかな(笑))、脚本が田中幸子、主演の三人は、すーちゃんに柴咲コウ、まいちゃんに真木よう子、さわ子さんに寺島しのぶという陣容である。どうも、主役はすーちゃんらしいのだが、ぼくには、まいちゃんとさわ子さんの生き方にちょっと感じる。まいちゃんはキャリアウーマンなのだが、不倫をしてどうにも先行きが見えなくて、結婚相談所に行って多分不本意ながらの結婚して子供も作る。

さわ子さんは、寝たきりになった祖母の介護で家にこもっているのだが、同級生と再会して結婚してもいいかなと思ったとき、相手の男から子どもを産めるからだか証明してくれと言われて、一気に冷める姿などリアリティありますよね。こうした、誰でもある寂しさ、不安を三人の日常に埋め込んでさり気なく表現していて楽しめた。
  
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2013年10月19日

伝えること、伝わること、そして声をあげるということ

伝え方が9割というのがあるが、その分母は何なんのか?本に書いてあるかも知れないが読んでいないのでなんとも言えない。でも重要なのはHowではなくWhatであることはわかっているのだが受けをねらってこんなタイトルになったのかもしれない。伝えたいことが素晴らしいものかが大事なのだが、くだらないものを100%伝えても、大変重要なことを50%伝わったことに勝てないと思うからである。

そして、伝えることと伝わることは違うということである。ぼくは伝えるではなく、伝わることの方がより大事であると思う。伝えるは、送り手側の意思であり、伝わったかどうかは他力本願的な意味を持つ。みなさん皮膚感覚で分かると思いますが、それに対して、伝わるというのは、伝えてほしいという客体があるという前提に立つ、すなわち身につけたいから教えて下さいという関係性を感じる。おそらくそれが伝わる一番の有効な関係だと思う。

それと別の角度でみると、伝えたいことは誰にメリットがあるのか、伝えるというインセンティブは誰がもっているのかという問題がある。往々にして、こんないいことを言っているのになぜ伝わらないのかと嘆く人がいる。確かにわかるのだけれど、ほとんどケースでは机上の空論あるいは絵に書いた餅が多いのだ。つまり、実行したかどうか実績を上げたかどうかが一番説得力を持つのだ。あんたの言っていることはすごいけど実際にやったのと言われてギャフンとなる。

では、実際にやった人たちは、自分がやったことを伝えようとするかどうかである。少なくともこれまでの社会では隠します。競争相手に知られてまでどうして開示する必要があるのですかと言われて終わりです。声が大きいコンサルタントはいっぱいいますが、声の大きいイノベーターは少ないと思います。だって、何もいいことはないからです。サイレント・マジョリティになっているものでしょう。

日本の企業(にいる人たちといったほうがいいかもしれないが)はそうした改善から改革まで様々な領域で独自のやり方でやってきました。でもうちはこんなすごいことをしていますよと言わないでしょう。それをなかなか伝わらないといって嘆いていてもちょっと違うのではと思う。

ではどうしたらいいのかは大変むずかしいことですが、大きい問題として、伝えることがリスペクトの対象になるような社会構造にすることがあります。情報公開という流れと一緒で私たちはこんなことをやっていますよというのをオープンにすることが普通になるというか当たり前になるといいと思います。でも時間がかかるので、その移行過程として、コンサルみたいな人は声を小さく、おもしろいことをして実績を上げた人はもうちょっと大きな声でお願いしたいものです。

この傾向は、いろいろなところで出てきているように思う。人材育成でも育てるという発想ではなく、育つという発想に転換すべきではと思うことがある。型にはめるのではなく、自分の型を作る手助けをすることなのではないでしょうか。うちの息子ふたりも育てた気は全くなくてどう育つかを考えたのだが、はたしてうまく育ったのだろうか。こうして見ていくとこの間のフォロワーシップではないが。プッシュ型からプル型へ転換しているように感じるのですがいかがでしょうか。
  

2013年10月16日

いつかきた道

大型の台風が去って少しスッキリしたが、昨日のサッカー国際親善試合のベラルーシ戦はスッキリしなかった。日本代表は先日のセルビア戦に引き続き無得点の0−1で敗北を喫する。アジアから出るとなぜ弱いのだろうか。2戦ともいいところが全然ない残念な試合で、ワールドアップ出場を逃した国にも勝てないのだから本大会の期待もしぼんでしまう。

試合は立ち上がりは日本のキープ力が勝って支配するが、しばらくすると相手も慣れてきて余裕で守られる。すると前半終了間際にきれいにミドルシュートゴール左隅に決められる。取られる時間帯も悪く、後半になって、3−4−3にフォーメーションチェンジしたところで突破口を見つけられないままゲームセット。まったくつまらない試合であった。収穫は何もなかったのではないだろうか。

2試合連続で無得点ということだから相変わらずの得点力のなさが露呈したわけだが、そりゃあシュートを打たないのだから点が入るわけがない。いや、打たないというより打てないのだ。厚くブロックを敷くベラルーシに対して、ブロックの周りでこちょこちょとパスを回しているだけという、まるでハンドボールの試合を見ているようだった。それにしても香川のキレが悪いなあ。

もっとシンプルにやったらいいと思う。パス交換からスルーパスで抜けだしてシュートというスタイルを貫くのもいいが、スペインほどの技術の高さがないなら、シンプルにやることも織り交ぜたらどうだろうか。シンプルにやるということはどういうことかというと、シュートを打ってくださいというパスを形はともかく単純に数多く出すということである。少々確率が低くても狙って行くことが大事なような気がする。

ところで、4年前の南アフリカW杯の前はどうだったのだろうか。覚えているかたもいると思うが、あまりいい状態ではなかったのだ。ちょうど4年前の10月に弱いトーゴには5−0で勝利したが、11月に南アフリカと現地で戦って0−0で引き分けているし、翌年には、ベンズエラにもの同じようにスコアレスドロー、さらに東アジア選手権の中国戦でも0−0だ。さらに、4月のセルビア戦では0−3と完敗し、5月の韓国戦でも0−2で負けた。

ワールドカップ前の4試合で無得点だったわけである。それが本大会では予選リーグの初戦のカメルーン戦を本田のゴールで勝つと、オランダには負けたがデンマークには3−1で勝ち、ベスト16になったのだ。だから、心配するなと言いたいわけではなく、本番はまた違った雰囲気だからそれに向けてチームとしてのモチベーションをどう持っていくかが大事だと思う。4年前も自信をなくしていた状態からの快挙だったが、今の代表も昨日も感じられたのは自信がないなあということなので、これから何とか修正していってほしいと思う。
  

2013年10月21日

ビジネスサービスのつくり方 - 第6章 業務適用

■ オペレーション(2)
前回は、最初のアクティビティの「依頼受付」のオペレーションを行いました。このフィールドグループのデータを登録してステータスを完了にしました。一旦保存しておき、次のアクティビティである「商品選択」に行くわけですが、再びポータルから「標準品見積提示プロセス」を開きます。そうすると一覧表が出てきます。そこで該当する案件の左端をクリックすると案件のデータ登録された画面が出てきます。まだ、受付のところにデータが入っただけのものです。

ここから、追記していくというイメージになります。従って、編集モードに切り替えます。アクティビティは「商品選択」ですから、タイプ、扉グループ、間口から該当するものを選択し、数量を入力します。こうした作業をするときどの商品にするのかをカタログを見て選ぶケースがあるかもしれませんので、そのために商品カタログにリンクを張って参照できるようにしておきますが、開くときは"リンクを新しいウインドウで開く"で見に行った方がよいでしょう。ここでデータが確定するとステータスを確定済みに進めておき保存します。

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これで、プロセスは受付と商品選択が済んで、次は「納期確定」に行きます。これも同様にポータルからアプリを選んでそこから案件を開き、編集モードにします。納期確定では、納入日、納入場所、納入条件を入れますが、それを確定するには在庫の状況を確認して、例えば工場とか倉庫とかで納入品を確保しておく必要があるという想定で商品確保というラジオボタンをつけています。そこで確保済みになるとステータスを確定済みに進めます。

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次が価格決定で、価格は担当営業が勝手に決めるわけにはいかないのでルールに従って決めます。ルールは簡単で大事なものであると別のDBから参照するより直接書き込んでおくということも有効ですのでそうしてあります。そのルールで、見積金額は仕切り価格+営業経費+利益というふうにして、仕切り価格が決まると自動的に見積もり金額がきまるというシンプルな例でテーブル化しています。簡単な計算はkintoneでできます。ステータスは、価格決定にします。

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5番目は作業アクティビティです。「見積書作成」になります。ここでは、それまでに確定したデータを集約して見積書に記載することを行います。Kintoneは帳票作成は苦手ですから実際にはオフラインで行います。ただCSVで吐き出せますのでそこからExcelで見積書作成も可能です。作成された書類は、添付資料という形で収めておくと参照することができます。ステータスは作成済とします。

最後の報告・登録アクティビティは、「見積書送付」になります。ここでの入力は送付日と送付先にしてあります。そして、相手方が受領を確認したらステータスを受領確認にしてこの案件は完了します。あくまで簡単なモデルですので実際にはまだ多くの登録データや他システムとの連動などがあり、またグラフの設定をしていませんが、担当者別案件数だとか、月別の見積件数だとか見積金額総計だとか見たければそうした設定を行います。
 
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以上で業務適用を終わりますが、感じられたと思いますが、多少ぎごちないところがあるのは否めません。というのも残念ながら業務プロセスをオペレーションするのに適したソフトウエアは少なく高価です。その中にあってkintoneは比較的シンプルでかつ機能的にも優れているので何とか使えると思っています。何よりも協働的な業務オペレーションに向いているからです。

2013年10月25日

宮本式・ワンランク上のサッカー観戦術

観戦術のランクを上げなくとも先日の東ヨーロッパ遠征での日本代表の不甲斐なさはみて取れる。7月に第13期FIFAマスターを卒業した元日本代表キャプテンの宮本恒靖が書いた「宮本式・ワンランク上のサッカー観戦術」(朝日新書)を読む。一応ぼくもサッカー選手だったから、自分なりの観戦術があるので読むのをためらっていたが、FootBrainにも出演して本の紹介もあったのでまあ読んでみるかとなった。

観戦術もさることながら、宮本が試合中にどんなことを考えているのかが興味があったし、読んでみてその点が面白かった。彼は、中学の時はフォワードだったのが、高校生の時にガンバ大阪のユースに入団すると、ディフェンダーとして活躍する。彼は非常に頭の良い選手でガンバに所属しながら同志社大学を卒業している。そして、類まれなキャプテンシーを持っていて、各年代の代表でもキャプテンを務めている。

有名なのは、2004年のアジアカップの準々決勝のヨルダン戦のPK戦で、中村と三都主が失敗したあと、主審にピッチコンディションが悪いので反対サイドに変えてくれと抗議して認められて、そのあと川口の神がかり的なセーブもあって勝ってしまったことである。本でもそのことに若干触れていて、あのときレフリーが言うことを聞いてくれたのは、試合前のコイントスから、英語で会話するようにしていて、要するに普段からレフリーをリスペクトしている態度がものを言ったようだ。

観戦術の要点はボールが無いところの選手の動きなのだ。かれはよく言うのだが。サッカーの1試合90分のうち選手1人がボールに触れている時間は、2分前後だということ。つまり、88分間は、選手はボールがない状況に置かれているわけで、そんな時の動きが大変大事であるからそこをよく見ておけという。

そうした観点からいろいろと経験も踏まえて書いてあるのだが、ぼくはフォワードかミッドフィルダーばかりだったので、ディフェンダーの考えていることがわかった。試合が始まって10分くらいで相手選手の特徴といった情報をインプットするとそこから駆け引きが始まると、大事なのはここ一発のタックルだといった話などなるほど感がいっぱいである。また、選手の評価も的確で参考になる。

さすが頭脳派といったところで、身長も176cmしかないのに世界の大型ストライカーと渡りあえたのはひとえにクレバーな頭脳によるのだろう。FIFAマスターを卒業したのは元プロ選手としては2人目、日本人元プロ選手としては初めてだそうで、これから日本サッカー界のためにグローバルに活躍してもらいたいものだ。
  

宮本式・ワンランク上のサッカー観戦術 (朝日新書)
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朝日新聞出版 (2012-06-13)
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2013年10月24日

プロセスの分類とアクティビティ定義(3)

前回は、意思決定系と作業系の2つのタイプがあるということを示し、そのタイプの違いは、レベルの違いと定型性であることを指摘しました。従って、作業系・定型のものはIT化・自動化しやすいこと、意思決定系・非定型のものは逆に自動化しにくく、人間とITの合わせ技で対応するということになります。分類することの意味はこうして性格の違いによってやることが異なることを意識することなのです。

ところで、こうした分類の前にも性格分けができます。ただ、それよって対処方法が大きく違うのかというとそうではないので取り上げていませんでしたが、参考のために書いておきます。それは、このシリーズの最初のところで少し触れたことですが、「外部プロセス」と「内部プロセス」があるということです。

外部プロセスというのは顧客接点プロセスと言い換えてもいいのですが、顧客からの要求が起点となるプロセスです。一方の内部プロセスというのは、内部すなわちサービス供給側が起点となるプロセスのことです。両プロセスをもう少しサービスという視点で見てみていくと、「サービス供給型」と「サービス受給型」という言い方になります。

お客さんにサービスを提供するプロセスは顧客起点ですよね。サービス受給というと分かりづらいかもしれませんが、代金を回収するなんていうのは、お客さんがサービスとして代金を入金してくれるという解釈になります。その他にも顧客を獲得するためのプロモーションなんてもそうですよね。顧客が自ら商品をさがしてきてという場合ももちろんありますが、潜在的な顧客をどうやって獲得するのかは供給サイドからの要求になります。

それで先述したように、だからどう違うのかですが、プロセスのレベルとか構造とかには多分違いは見つかりにくいと思います。なぜなら、最近どこでも言われるように顧客の視点でとか、お客様の立場にたってとか言われますが、その時単に立場として目をそこにもっていくだけではなく、サービスという概念を持ち込んでしまえば同じことだからです。

じゃあ、そのサービスって何よとなるが、サービス学会というのがあってそこでの定義が、「提供者と顧客との相互のインターラクションによる価値創造」なのだが、またこれもよくわからないので、もう少し噛み砕いて言い方をすると「提供者が、受給者の望む状態変化を引き起こす行為」ということになる。だから、起点がどこであろうとこの関係性は不変なのである。

プロセスの分類の話をして、分類したけど結局同じじゃんという結論で混乱させたかもしれませんが、言いたいことは、顧客であろうが、商品提供者であろうが"受給者の望む状態変化を引き起こす"ためにどんなことをしたらいいのかということである。これってやはり意思決定系のことにつながってしまいますね。作業系はちょっと違ってきますね。まあ、こんなことでプロセスを考えて見るのも面白いかもしれません。
  

2013年10月23日

デザイン思考で業務システム開発(第3回 解釈学的民族誌)

デザイン思考で大事なものがフィールドワークです。そのフィールドワークを行うのに解釈学的民族誌という手法を使います。民族誌というのはエスノグラフィーと呼ばれていて、いくつかの手法がありますがここではこの解釈学的民族誌という手法を採用することにします。ステップとしては次のようになりますが、いちいち説明するより全体の流れとして議論しましょう。

ステップ6.フィールドワークの準備をする
ステップ7.濃い記述を書く
ステップ8.フィールドワーク・マスターの記述をする
ステップ9.フローモデルを描く
ステップ10.シークエンスモデルを描く
ステップ11.アーティファクトモデルを描く
ステップ12.物理モデルを描く
ステップ13.文化モデルを描く

フィールドワークというのは参与観察(調査対象となる人たちとともに時間を過ごし彼らの世界を知ること)ですが、そのポイントは、観察対象と距離をおいてただ観察するのではなく、観察する相手の行動に自ら参加することが大切なのである。改善活動で生産現場を観察するなんてことはやられていますよね。それ以外のシステム開発でもユーザーの人たちを観察するのが大事でしょうね。

調査対象を「師匠」として考えてそこに弟子として入門するという感じになります。そして、観察した結果を時系列に従って観察したことを文章にする。これを「濃い記述」という。それが書けたらフィールドワーク・マスター(調査対象の師匠)についての情報を整理する。顧客プロフィールを作るみたいですね。

次に、5モデル分析になる。①フローモデル、②シークエンス(時系列)モデル、③アーティファクトモデル、④物理モデル、⑤文化モデルの5つである。それぞれ簡単に説明すると、フローモデルというのは、ワークフローなのだが、仕事を行うのにあたって必要なコミュニケーションの流れのといったほうがいいかもしれません。シークエンスモデルは、特定の人のどのような行動がどのような流れで行われているのかを時系列であらわしたものです。アーティファクトモデルというのは聞き慣れない言葉ですが、顧客がタスクを遂行するために作成し、利用するものです。物理モデルは活動を行っている現場を描いた図です。最後の文化モデルは、行動が行われている環境の文化を「影響者」と「影響」という形で図示したものである。

こうして見ると何やら、システム開発における現状分析、要求分析、課題分析といったものに近いように思いませんか。観察やキーマンへのインタビューにより、業務機能、業務フローを書き、タスクを整理して、現状システム図を準備するといったことに相当しますね。

いま挙げなかった最後の文化モデルというのが、つい軽視しがちになりますが非常に重要であると思います。企業文化とか組織風土といったものかもしれませんが、システム開発ではしょっちゅう利害対立や変革への抵抗といったことが起きます。これを解決するには文化的な力に負うところ大だと思います。

これはどちらかというと内部的な問題ですが、顧客との関係でも結局共感できるかどうかがカギで、それは共通した文化的空間に同居するということが大事なような気がします。これからのシステム作りは、単に私作る人、あなた使う人といった関係でないところまで行く必要があるのではないでしょうか。
  


2013年10月22日

R100

いくら好きなように作るんだと言ってもお客さんが入らなくてもいいのだろうか。少なくとも全国公開でそれなりの入場料をとっているのだからビジネス的に成り立たないのがわかっている映画をなぜ出すのだろうか。それとも、松本人志が大化けしてひょっとすると万人受けがする映画を作るかもしれないと期待をしたのだろうか。本気か?「R100」は大コケのようだ。ぼくが観に行った時でも観客が3人だった。

松本人志監督の映画は、「大日本人」、「しんぼる」、「さや侍」ときて4作目である。ぼくは全部観ているのだが、3作目の「しんぼる」と前作の「さや侍」の時のブログ記事を一部再掲する。

【しんぼる】

前作でひどかったから、もう見まいと思うのだが、あの松ちゃんならひょっとしたら傑作を残すかもしれないという思いがあるからつい足を運んでしまう。

ああ、もう行かないぞ。え、シュールなところがいい、笑いが前作よりいいだと。だまされた私が悪いのか、だましたお前が悪いのか。いくら"市場原理"で変なものは結局お客さんが入らないで淘汰されるから文句を言うなと言われても、お金払って見てしまった身には腹が立つ。

【さや侍】

前作の「大日本人」と「しんぼる」でぼろくそにけなしておきながらやっぱり観てしまうという不思議にぼく自身も驚いている。きっといつかはという淡い期待がある限り見続けるのだろうか。いつか勝つもしれないベイスターズのように。(中略)

いずれにしろ、だんだん映画らしいものが作れるようになったので、前作のときもう2度と観るものかと言ったが、今回はちょっぴり次回作を期待してもいいかなと思っている。


ありゃあ、また元に戻ってしまった。「しんぼる」のときの批評と同じ文章を今回の作品に対しても贈りたくなった。冒頭にも言ったように松本ファンにしか受けない作品を作らす吉本も作る松本もどうかしていないのか。作品の善し悪し以前の問題として不思議だ。

ストーリーを説明する気にもならないのだが、こうした映画を作っちゃいけないと言っているわけではない。松本人志の才能を否定するわけでもない。テレビでの漫才やコント、トークは素晴らしいものがあり、だからつい映画も期待してしまうのだが、彼のエンタメ性は映画には向いていないのかもしれない。

つまり、ごく少数の信者的なファンに支えられているだけなので、テレビのように一方的に垂れ流しているのはいいが、映画は映画館に行って料金を払うわけでそういう意味で双務的な関係になるからマッチング要素、すなわちある種の共感性、普遍性を備えていなければいけない。それがない。前衛劇団なのである。さて、次回作ってあるのかなあ。
  
R100.jpg

2013年10月27日

情報システムに対する要求の変化

コンピュータを使った情報システムが登場して何十年も経っているが、主に性能アップという面での大きな変化はあったが、ここへ来て大きなパラダイム変化があるように思う。どっぷり浸かっているとわからないが、あと何年かして振り返ったとき、そういえばあの時の変革はすごかったなあと思うのではないでしょうか。その変革とは次の3つだと思うのである。

① 持つことから借りることへ
② 統合することからつなげることへ
③ 作ることから使うことへ

最初の「持つことから借りることへ」はご承知のようにクラウドの登場でまさに所有しないことが注目されています。サーバーのようなインフラから業務アプリまで必要な時に必要なだけ借りることができるようになりました。従来のように投資という固定費的な考えから変動費的な捉え方ができるようになりました。クラウドは大きなインパクトがありました。

2番目の「統合することからつなげることへ」は、典型例が初期には大型汎用機で何もかもやってしまう発想やERPのような統合データベースを目指したものまで基本的には統合化が主でした。ところが、統合化はそれ故のデメリットも内包していました。改修を繰り返していくと保守性が著しく落ちるとか、トラブル時の影響力が大きいとか、得手不得手のものまで混交しているといった問題も顕在化してきました。

もちろんそうした集中システムを分散しようという動きもあったのですが、結局インターフェースの整備に多大なコストがかることでできなかったのです。しかしながら、SOAという考え方やインターフェースの標準化やWebの登場などでシステム間の連携が取りやすくなりました。ソフトウエアやパッケージはある領域に特化してそこで強みを発揮するものが多く現れてきていますから、要は"いいとこどり"をしたいといった希望が叶えられるようになったのです。適切な組み合わせによりより質の高いそして柔軟な情報システムが構築できるようなったのです。

最後の「作ることから使うことへ」というのはあまり意識していないと思いますが、実は大事なことであると考えているのと、これからそうしていかないといけないという願望も含めて言っています。これまでの情報システムはオペレーションから発想されたものだったでしょうか。どういうものを作るかで精一杯でどう使うかは二の次だったように思う。そこの意識を変えたいのだ。

皆さん、iPodやiPhoneがどうやって開発されたかご存知ですか。ぼくは全く知りませんが、DOAで作ったのか、ウオーターフォールなのかアジャイルを使ったのか、オブジェクト指向なのか、BPMなのか、これはさすがにないか(笑)そんなことどうでもいいでしょ。つまり、作り方なんてどうでもいいのです。

こんなことを言うと、iPodやiPhoneはプロダクトだからシステムとは違うという反論があると思いますがそうでしょうか。業務システムって仕事をする上での道具ですよね。それは、個人生活と会社生活の違いはあるかもしれませんが、同じ道具には変わりありません。iPodやiPhoneはどんな使い方になるのか、使われ方をしてほしいのか、その道具を使った新たな生活スタイルを提案しているわけで、オペレーション発想なのです。

従って、同じように業務システムもオペレーション発想でこんなふうに使おうよとか、仕事のスタイルにあった道具を提供するといった考え方が大事になるように思う。そうすれば、役に立たないでほったらかしにするシステムはなくなると思う。こうした考えでシステムを作ってクラウドに置いておけば、もし使い物にならなかったらすぐに代わりがあるという状態になるはずだと思います。
  

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