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2013年8月 アーカイブ

2013年8月 1日

里山資本主義

これからアベノミクスがどうなるか、日本の経済はだいじょうぶなのか。輸出企業の業績は持ち直し、ものも売れ出しているようだが、なかなか給料はあがらない。まだまだ景気が良くなっている実感がない。そんな閉塞感がひとびとに広がっているように思える。これを打ち破るためには、お金を刷ってばらまけばいいとか、国土強靭化のために公共投資を行えばいいといったように、お金で解決するという考えに翻弄されてやしないだろうか。

ぼくは、漠然とそんなことを考えていた時にこの本に出会って大変シンパシーを感じた。その本とは「里山資本主義」(藻谷浩介、NHK広島取材班著 角川oneテーマ21)である。藻谷さんはあの「デフレの正体」というベストセラーを執筆した人で、NHK広島で「里山資本主義」という番組作りに、推進役を務めたのがきっかけで、その内容を元に共著となった。

この里山資本主義というのは、対語が「マネー資本主義」で要するにお金万能、お金でなんでも解決しようという風潮に対するアンチテーゼとして提案している。それは、「貨幣換算できない物々交換」の復権であり、規模の利益への抵抗であり、分業の原理への異議申し立てなのだという。

そうした里山主義を実践している中国地方の実例を取材している。ひとつは岡山県真庭市にある製材業者が製材工程で出てくる木くずを燃料にした発電のことである。いわゆる「木質バイオマス発電」である。そして、さらに木くずをパレット化して燃料として販売しているのだ。もう一つは、広島県庄原市の「エコストーブ」である。これも石油スーブの替りに木の枝を使うのだ。それを使えば、暖房だけではなく煮炊きもできる。

こうした例から様々な意味が見て取れる。まずは森林の資源としての有効性である。ぼくは家の前に竹林があるのだが、毎年筍から成竹までが非常に早く、これって資源にしたらすごいことになると思っていたのでなるほど思う。しかも本でも書いているように、森林が枯渇するような使い方ではなく、余ったものを使うという発想である。育つ木と間引く木のバランスを取った持続するような伐採であり、製材に際して発生した木くずの活用なのである。

また、限界集落に人が集まってくるような産業にもなりえるのである。現にIターンやUターンで若者が集まってきているという。そこでの生活は、エコストーブを使い、物々交換すれば、お金がかからないから、そんなに儲ける必要もない。ただ、本では「目からウロコ」ということばが頻発されるのだが、そうした試みはずっと以前からされているので、目からウロコは大げさだろう。要するに、ほんとの少数の人しかやっていなかったことが、広がって、そして知られるようになったってことではないでしょうか。

いま目からうろこではないと言ったが感心したことがあって、従来は自給自足の生活みたいな捉え方で、マネー資本主義を否定する態度が主であったが、里山資本主義はそうではなくて既成のシステムはそれはそれで必要で、そのシステムが機能停止した時のバックアップシステムであるとした点である。

この考え方は素晴らしいと思う。原発の問題にしても是非だけの択一的な議論ではなく将来を見据えたバランスのとれたものにしてもらいたい。「デフレの正体」は人口減少であると喝破した著者が、出生率の低下や希望を持てない現状は、マネー資本主義の行先に不安をいだいているからだと指摘し、その保険として、安心を買う別原理を提案していることに説得力を感じたのである。
  

里山資本主義  日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)
藻谷 浩介 NHK広島取材班
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2013年8月 2日

綱引いちゃった!

以前に高知県を売り出す映画「県庁おもてなし課」を褒めたことがあったが、「綱引いちゃった!」は、九州の大分市を舞台に地域の活性化を図るという同じテーマの映画である。しかし、残念ながら面白さはいまいちであった。何と言ってもシナリオが悪いのだ。監督が「なくもんか」の水田伸生で、主演が井上真央、そのまずい脚本は羽原大介で、パッチギやフラガールの脚本を書いた人だからと期待したのだが、両作とも監督との共同で今回は単独だった力量がバレたようだ。

ストーリーは、大分市役所広報課に勤務する西川千晶(井上真央)は市長から大分市の認知度の低さを何とかしろと命令される。そこで、提案されたのが女子綱引きチームを結成せよということになる。一方で、千晶の母親(松坂慶子)が勤める給食センターが存亡の危機に瀕していて市役所に存続を懇願しに来る。

そこで、千晶は一計を案じて、そこの職員が綱引きチームに入り全国大会出場を果たしたら給食センターを存続するという提案をする。そしてメンバーを募集するのだが、一人人数が足りなくなり、結局千晶もメンバーに加わることになる。しかもキャプテンとしてチームを牽引することとなる。

そこから農協の男子チームのイケメンのコーチ(玉山鉄二)を呼んで特訓を開始するのである。そうなると予想どおりチームメンバーであるおばさん連中のそれぞれの事情のミニエピソードをはさみながら大会に向けて頑張っていくという筋立てで、結局予定調和の世界に入っていくわけである。よくある話ですよね。スポーツにかぎらず音楽だとか部活みたいなものとかで素人集団から勝ち上がってしまう感動の物語である。

だから、何か特徴というか、例えば大分らしいこととかで類似の映画との差別化もいるだろうし、連れ子とその母親の葛藤はくそまじめかと思いきや、おちゃらけた市長が出て来るといったアンバランスがいただけない。最後のシーンでも最初の約束がどうなったかもわからずじまい。なんかまとまりがなかったのだ。

ご当地もので素人集団が一致団結して成し遂げるというパターンは、目ざわりがよくて、ある程度の感動を与えられるのだが、だいぶ飽きてきたのではないだろうか。今度は東北のゲートボールなんて出てくるかもしれない。受けると思って安直に作るのもどうかと思うのである。
 
綱引いちゃった.jpg
  

2013年8月 3日

つながる経済における実践とは(8)

■ ソーシャル時代の知られざるリスク

「創発はコントロールできない」ということを理解する必要がある。従来のような大量生産・販売だと、計画に基づいて調達・製造・出荷という決まったシステムに乗っかっているわけで、そこではある程度コントロールが効くようになっていました。しかしながら、創発の世界はコントロールが難しくなってきます。なぜなら、個々の自由な発想を促し、それらが偶発的に結合されることで新しい価値を生み出すわけだから、コントロールという概念にはなじまないのである。それは、当然リスクを伴なうものなのである。この章のポイントは次の通り。

(1) つながりの中から生まれる創発現象はコントロールが困難で、時に暴走する
(2) コントロールが難しい中で、システムは時に落ちるものだと考えないとリスク管理ができない
(3) リスクは顕在化するものと考えて、事故を防ぐ防災だけでなく、起こった時のダメージを減じる減災の考え方をしなければいけない

コントロールが効かない事態が起こりえるのである。混乱が加速度的にさらなる混乱を起こす現象が出てくる。極端な話、つながりのあるシステムでは、構成要素間の相互作用によって、全体が暴走した挙句崩壊してしまうこともある。株式市場なんてまさにこの様相を想起させられる。

創発とコントロールとは相容れないから、絶対安全な仕組みはないと考えなくてはいけないのだ。東日本大震災における原発事故で絶対安全であるという神話が崩れたことはまさにこのことです。リスクは回避したり完全に封じ込めたりすることはできるものではないということを身をもって知らされました。そうなると、リスクが顕在化した場合の被害を最小限に食い止める「減災」の考え方が重要になってきます。

さて、この問題は業務システム作りにおいても大事なところで、何事も起こらないシステムを作ることは不可能に近いでしょう。銀行のオンラインがダウンしたことも、鉄道の改札システムが止まってしまったこともありましたよね。改札システムなんかだと駅員さんを動員してしのげるかもしれないのですが、銀行の場合は相当大変なことになります。

システムの規模が大きくなり、しかも自動化の程度が上がってくるとアンコントローラブルの部分が増えて被害が大きくなっていきます。効率化、利便性の追求とシステムダウン時の対応の難しさというトレードオフがすごく重要になります。減災の考え方を取り入れていかなければいけないのでしょう。

ぼくがやっていることは小規模で、もし動かなくなっても手作業でやれるからといわれますが、それでも小さな会社だと影響も大きくなります。ですから、システムの適用域の問題もありますが、自動化は極力少なくして、人間の裁量を増やすことを心がけています。
  

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2013年8月 4日

何も起こらないことの大切さ

こういう時代になると、なぜかいつも何かが起きているように錯覚する。ところが、世の中何も起こらないほうがはるかに多いのである。自分の身の回りにしても事件がおきているわけではない。それなのにいつも事件がおきていているように思うのである。

そして、何かしてないと取り残されるような気にさせられる。だから、焦ってしまう。これは、メディアの影響が大きいと思う。彼らは、何かがおきないと商売にならないので、煽ることもするし、場合によっては捏造にちかいことをする。そんな企みに現代人は乗っかってしまっていないだろうか。

ひとたび問題がおきるとメディアは嬉々として報道している。ぼくだって、お祭りがあったり、何か大きなイベントがあったり、トラブルや事件があるとテンションが上がってやけに張り切ってしまったりする。だから、多少のことはしかたないとしても、人間は元来そういうものであるということを意識して、冷静になる態度が必要であると思う。

だから、もうちょっと静かにしてくいてくれないかと思うのだが、それがビジネスモデルだからある程度はしょうがない。ということは、こちら側で防衛せざるを得ないわけで、見ない、聞かないようにすればいいし、それができなければ話半分でいいのだ。

例えば、いまだと毎日のように犯罪がおきて、非常に危険な世の中になったように感じるが、ちょっと前までは、外国で何がおきているかなんて知らなかったし、国内だって北海道でのことなんて分からないのことが多かったのである。それでも、生活に何の支障もなかったし、それを知らないことで不幸になんかなっていなかったのだ。

繰り返すが、マスコミは"何もないことはありえない"と思っているし、"何かが起こることがメシのたね"であるから、"何かを起こそう"いうバイアスがいつもかかっているので気をつけたほうがいい。針小棒大はいざしらず、下手すると最初に言ったように捏造まがいなことまでする。これは、マスメディアに限らず、ネットメディアでも同様というか、もっと扇動的である。

結局、何もないことのよさを再確認するとともに、何もないときにボーとしているのではなく、自分自身で能動的に人生を楽しむ術を持つことが大事なのだと思うのである。つまり、まわりからの雑音にむやみやたらに反射するのはなく、自らが主体性をもって判断し行動する習慣を忘れないようにしたいものである。
  

2013年8月 5日

ビジネスサービスのつくり方 - 第5章 業務アプリ作成

■ はじめに

さて、今回からは新しい章が始まります。題して「業務アプリ作成」ということで、これまで、心構えと下準備・企画・設計・開発ときたので、実際のアプリを作ってみようという試みです。ライブコーディングというのがありますが、いわば誌上ライブインプリメンテーションといった趣でしょうか、紙の上で表現するのは難しいのですがやってみたいと思います。

まず始める前に前提条件や前置きを確認しておきます。
・ プロセス設計から入ります。
・ 対象プロセスは、筆者が経験したものや見聞きしたものが中心となります。
・ 詳細でスペシフィックな設計ではなく、基本的な部分についてになります。
・ インプリするプラットフォームはサイボウズ社の「kintone」になります。
・ 実際に動くものをつくって、その画面をキャプチャしたものをお見せします。

それと、少しおさらいをしながらどういう進め方になるかをお話しておきます。プロセス志向アプローチ(プロセスを中心に据え、アクティビティとそのフローを先行させて記述するアプローチ)であることは何度も申し上げています。プロセスというのは「ユーザからのサービス要求に対して、いくつかの意思決定を連鎖させて、満足のいくサービスを提供する過程」のことですから、どんな要求があって、それに対する答えをどう決めて、そろったところで何を報告するというのを決めることが先決になってきます。

そのあとに、要求に対する答えを用意する、すなわ単位意思決定を行うために必要な判断は誰がどんな情報にもとづいて行い、コントロールし管理しているのかなどを記述することになります。これを、「プロセス要素表」というワークシートに記入して、それをそのままに近い形で実装していきます。できるだけ早く動くものにしていくことが大事です。

こうしたプロトタイピング手法では、生煮えでもいいからまず作って見せることで改良点や新たな発見があるものです。これを反復することでよりいいものに仕上げていく(イテレーション)というやり方になります。そして、プロセス要素が全部完璧に揃うなんてことはあり得ないのだから、そこもあるものだけで使いだし、不足は人間が手作業で補うことで始めたらいいと思います。

「適用領域の適正化がものすごく大事なこと」という別のエントリーで書いていることなのですが、こうしたやり方が通用するプロセスが主体となった領域が対象となっています。というかプロセス志向アプローチはプロセスが重要であるからプロセス志向なのです。つまり、データを集約してそれを計算してレポートを作成するといった領域では、プロセスはあまり意味を持たない、あるいは機械的に手順化できるので対象にしていません。ここは、よく理解しておいてください。
  

2013年8月 6日

適用領域の適正化がものすごく大事なこと(その4)

前回は、企業活動の基本構造を基にITの適用領域を議論しました。組織目標、顧客接点、事業成果、リソースといった領域について、ITはどんな使われ方をしているかをざっと述べておきましたが、ひとつ抜けていましたよね。そうです、真ん中に位置するプロセス活動という領域です。

水平方向の流れが、顧客に製品やサービスという価値を提供する活動で、垂直方向は、組織能力といったものになります。そして、それが直交する部分がプロセス活動というわけです。ですから、非常に重要なポジションにあるわけです。ところが、重要な部分でありながらITという観点からはあまり注目されていなかったような気がします。

IT化されていなかったということはIT化する必要がなったか、それともIT化が難しかったのかですがどちらだったのでしょうか。おそらく、両方の理由があいまってあったのではないかと思います。この部分は決まりきった定型化された手順があるわけではなく、案件ごとに対応がまちまちだったり、人間の裁量部分が多くあります。したがって、属人的対応が主となっているのです。

また、これまでのITは自動化ツールとしてはあったのでが、属人的な領域で効果を発揮するITはなかったと言えます。ワークフローやグループウエアなどがそうだという人もいますが、結局は個人の作業の領域でしかないのです。組織として、チームとして協働的に行うためのITはありませんでした。

例えば、お客さんのサービス要求があったとすると、顧客リストにその要求を登録する、あるいは案件をデータベースにするといった部分ではITで行うのですが、ではその案件をどう処理して、お客さんは満足してくれたのかといったところは隠れてしまっていました。

近年、この領域こそ経営にとって、事業にとって非常に大事なところであうという認識が高まっています。なぜなら、ただいいものを作れば売れるという時代から、顧客のニーズ、さらにウオンツを的確に把握して、それににあった製品・サービスを届けることができなければビジネスから降りなければいけない時代に変わっています。

この顧客ニーズに的確、迅速に対応するというのは、適正なプロセスがあってこそ実現できるわけで、そのプロセスオペレーションの質を高めることが顧客満足度を得る道なのです。しかも、組織・チームとしてのオペレーションになりますので、それに合ったITが望まれる。最近はSNSのようなコラボレーションを意識したツールも登場してきたので、ITが活用できるようになりました。

要するに、気をつけなくてはいけないのは、今まで言ってきたように従来の定型的で自動化できる領域に適用していたITをそのまま非定型的な領域に適用してはいけないということです。これはITそのものもありますが、発想も転換してかからないといけません。"郷に入っては郷に従え"ということなのです。適用領域に合った適正なITを導入すること、利用するITが効果を発揮する領域を見極わめることが非常に重要であることがおわかりになったでしょうか。
 

2013年8月 7日

あれー、乗り過ごした!

昨日じゃない今日のことだが、久しぶりに東京で飲んで、新橋から東海道の最終列車に乗ったのだが、運良く(悪く)横浜で席が空くではないか。もちろん座るのだがそれがいけない。降りなくてはいけない大船は全く気がつかず、目がさめたのがなんと平塚である。

これまでは茅ヶ崎でなんとかとどまっていたがついに馬入川をわたってしまった。最近、めっきり呑む量が減ったのでたまに呑むと酔がくるということもあるが珍しく飲み寝入りというわけである。もう1時過ぎてるし、タクシーで帰るお金もないしということで、始発で戻ることにする。

24時間営業の店とか探したがみつからず、東日本大震災のときの帰宅難民になったことを思い出してしまい切ない思いにかられる。この文章も夜中の3時くらいに駅前のベンチで書いている。ほとんど人はいないのだが時折若い子が遊び帰りに前を通っていく。でも、ちょっぴりオヤジ狩りにあわないかと心配になる。

ということでパソコンのキーを叩きながら夜を過ごす。ほんと、季節が夏でパソコンを持っていたので何とかなってよかった。こんなおじさんの変な体験を記しておく。ヨメさんからはもちろん"バカじゃないの"と言われたのは言うまでもない。ああ、恥ずかしい話だ。

ところで、始発の電車なのだが、平塚は4時51分発であるにもかかわらず乗客が多いのにびっくり。小田原始発で、平塚で席が7割方埋まって、次の茅ヶ崎で満席になる。乗っている人の生活スタイルどうなっているのだろう。まさか終電でのし過ごしたわけではあるまいに。
 

2013年8月 8日

采配

元中日ドラゴンズ監督の落合博満は多くのユニークな采配で注目された。それを周りは"オレ流"という表現でいかにもワンマン的で独特の思想があるように喧伝していた。しかし、それは本当だろうかという思いがあったので、彼の書いた「采配」(ダイヤモンド社)という本を読む。なかなか、おもしろかった。このおれ流は落合自身は否定していて、所詮模倣だと言っている。

みなさんも落合の采配で驚いたことをいくつか記憶していると思います。ぼくがあげるのは、まずは何と言っても2007年北海道日本ハムファイターズと戦った日本シリーズ第五戦で8回までパーフェクトに抑えていた先発山井を9回に岩瀬にスイッチしてしまったことだろう。これには、びっくりしましたね。

それとか、就任1年目の春季キャンプで初日に紅白戦をやったこと、その年の開幕戦に3年間マウンドにも上がれなかった川崎憲次郎を先発させたこと、2010年それまで不動の二遊間を形成していた井端と荒木のポジションを入れ替えたことなどがあります。いずれも従来の常識では、あるいは他の監督ではやれない采配でしょう。

しかし、落合にとっては思いつきでもなく奇をてらったものでもなく、考えぬいたものだったのだ。山井の件にしても、落合の頭のなかには、最優先にすべきことは日本一になるための最善の策をとることなのだ。山井に記録を達成させることではない、あくまでその試合を落とすことは致命的だからなんとしても勝つのだという采配であった。今でもあの時は最善と思える決断をしたと言い切る。

初日の紅白戦や川崎の開幕投手についても深慮が感じられる。監督についた年は大きな補強もなかったので現有勢力で戦わざるを得なかった。従って、今のメンバー一人ひとりの実力を10〜15%アップさせて日本一になると言わざるを得なかたのである。さてどうしたら良いのか。それには、考え方から変えようとした。

初日の紅白戦は「なぜ監督はこんなことをいっているのだ」と思わせ、自分がどうしたらよいのかを自らの頭のなかで考えさせたのである。また、川崎の件は、一人の選手のためにチームを動かすことで、チームの空気を変えようとした。チームとはどういうものなのかを実感してもらうためだったのである。井端と荒木のコンバートは安定感より停滞感のほうがリスクであると考えた結果だという。

どうです、面白いでしょ。野村克也とは別の意味で実によく考えていると感心する。それだからこそ在任8年間で4度優勝という素晴らしい成績をあげられたのだろう。彼はご存知のように野球エリートではなく無名の選手であって、挫折したり、逆境を克服したりして三冠王を3度獲得するという超すごい選手になったわけで、そこには人と違ったものがなければできない。違いは合理的な考え方にあるように思う。それと、自立した人間を説いていることだろう。ある意味日本の社会では少ないタイプだ。

ということなので、企業人にも通用する話ということで企業での振る舞いなどに当てはめて書いてある。ダイヤモンド社から出しているのでしょうがないのかもしれないが、企業の中の例えは要らないような気がする。野球のことだけでもサラリーマンが読んだらああうちの会社のことだとすぐわかるからだ。
  

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2013年8月 9日

最強のふたり

2011年に公開されたフランス映画である。歴代3位の興行収入となった大ヒットだったらしい。あの「アメリ」以来なのではないだろうか。「最強のふたり」は確かに面白いし感動させられる。首から下が麻痺してしまった大富豪と彼を介護することになった黒人青年の友情物語である。

ストーリーは、事故で首から下が麻痺してしまったフィリップ(フランソワ・クリュゼ)は、介護人を探して面接を行なっていたが、そこに現れたのがスラム街に住む黒人青年ドリス(オマール・シー)で、別に介護をしようとしたわけではなく失業保険をもらうためにきただけだったが、フィリップはありきたりの志望動機しか言わない者より、ドリスに興味を抱き採用してしまう。

そこから、全く正反対の二人の生活が始まる。知性のかけらもないドリスに対し、文学や芸術、音楽など造詣が深いフィリップ、品のないジョークを飛ばすドリスに呆れながらもフィリップは自分にないものをもっていることで惹かれていく。そこから、二人のコンビで新しい人生が始まるのだ。まさにいいコンビとなる。お互いに持っていないものを補完しあう関係である。

要するに、ふたりとも周囲の偽善や表面的な人間関係に辟易していたのだ。そんな時に出会ったことで、障害者として哀れみなどみせず健常者と全く同じように扱うことやスラム街の黒人という偏見もない態度で接することは自然のなりゆきだったのかもしれない。まさに本音の人間性をぶつけあうことができる友を見つけたことになる。

ストーリーからもわかるように、非常に両極端の境遇のコントラストが面白いのとそこに笑いをふんだんに散りばめた結果、余計に泣けてくる演出がすばらしい。人生ってなんだろうかと考えさせられる。障害者であれ、貧しい生活であれ、金で買えない幸せを提示してくれる。

ハリウッド風の超大作映画が少なっているように思えるし、日本でも洋画の観客が減っているがそれに比べて邦画がそこそこ受けている昨今、こうした人間味のあふれる作品が観客を呼ぶのだろう。
  
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2013年8月10日

つながる経済における実践とは(9)

■ 価格をデザインする

つながる経済で最も大きく変わるのが価格です。なぜかというとコスト構造が劇的に変化するからです。従来の大量生産・販売を主軸とした大衆消費社会では、大量生産品の価格形態です。すなわち、コストに利益を乗せて一個いくらという売価を設定します。これとは違った価格決定のメカニズムになってきます。第9章のポイントはこうです。

(1) 継続的関係の中で利用権をライセンスするモデルなどが広がる中で、価格戦略が大きく変わる
(2) 情報技術の発達でピーク時割増料金やオフピーク時格安料金などが機動的に実施可能になる
(3) わがまま顧客がコスト負担をし、低所得者向け低優先度サービスが低廉化するなどの現象が起こるだろう

つながる経済における価格決定がちがったものになった要因は何かというと、ひとつはつながり経済のドライバーになっている情報の複製コストがほとんどゼロだからです。つぎに、サービス化です。どういうことかというと、ものの所有権を移転するモデルから、利用権を売るモデルになったことです。一個いくらではなく、時間あたりいくらとか、毎月いくらといった価格体系になるのです。

また、単に価格だけではなく誰が払うのかということも変化しています。例えばの例であげているのが、アマゾンのキンドルです。この電子書籍端末の通信料金は本を読む人ではなくアマゾンが負担しています。ということでビジネスモデルが劇的に変化していて、コピー販売モデル、広告モデルなどの無償サービスなど様々な形態が登場してきています。

この無料のビジネスモデルは、定額制の通信料金によって支えられています。ただ、使い放題は設備を増やさなくてはいけないのに収入が増えないという問題に直面するのですが、それを解決しているのがベストエフォートという考え方です。最大限の努力はするが保証しないということです。

ですから、このサービスだと多くの人が使いたい時間になると混雑してサービスの質が落ちることになることです。そこででてくるのが、有料プレミアムサービスなわけです。これがポイントの3つ目にあげたようにわがままなお金持ち顧客に相応の対価をはらってもらいことでつつましい一般顧客が格安にサービスを受けられる用になったのです。

確かに、企業システムなんかでも、あるユーザ数までとかある容量までは無料なのだが、それを超えると有料になるなんていうソフトウエアがクラウドでは多く見られます。大きな企業が負担してくれているおかげで、小規模零細企業とかわれわれ個人事業主みたいな"つつましい"人々は助かっていますね。

小規模の会社のIT化のハードルがずいぶんと下がってきたわけです。だからといって安いから入れればいいやという安易な導入は慎むべきです。無料でも間違ったものを入れると業務の質を落としたり、保守も含めた余計な手間がかかってしまい結果的に高くついてしまうこともあるからである。
  

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2013年8月12日

ビジネスサービスのつくり方 - 第5章 業務アプリ作成

■ 標準品見積提示プロセス(設計)
最初に毎度おなじみの見積のプロセスを取り上げます。世の中には見積に関する業務アプリがたくさんあります。しかし、名前からどんな内容なのかわからないことが多いと思いませんか。単に見積書を作るアプリだったり、見積書の格納・検索アプリだったり、対象商品が標準品、在庫品、特注品、仕入販売品、はたまたサービスだったり様々です。

ですから、アプリ名は、そのあたりがわかるようなネーミングにします。今回は、システムキッチンを例にそのなかの標準品の見積依頼を受けて見積書を提示するまでのプロセスを対象としたアプリとします。ですから、お客さんから、ある商品の見積を依頼されるのが始点になります。そして、終点は見積書送付になります。「標準品見積提示プロセス」という名前になります。

つぎにこの始点と終点との間にどんなアクティビティがあるのかを見ていきます。書類を作って送るような例では、書類に書き込む必須データを確定するのがそれに当たります。ですから、言い方を変えると、まっさらの見積書からデータを転記していくのがプロセスとも言えるのです。見積書の記載事項は浮かびますよね。品名、型式、型番、サイズ、数量、単価、合計額、納期、納入条件といったものになります。品名や数量、納入条件などは見積依頼の時に指定されますから、結局、型式や型番などが特定された品名、数量×単価である売価、それと納期が中間のアクティビティとなります。そして作業としては見積書作成があります。

つまり、「見積依頼を受付ける→提供商品を選定する→納期を確定する→売価を決定する→見積書を作成する→見積書を送付する」というプロセスになります。さて、次にこれをベースに「プロセス要素表」を書いていくことになります。下記の空欄を埋める作業です。

プロセス要素表.png

始点の「見積依頼受付」アクティビティでは、お客さんからの依頼内容を確定します。ですから、確定データは依頼内容ということですが基本的には5Wが確定データになります。いつどこの誰から、どういう目的でどんな案件の依頼があっていつまでに答えるのかを記します。具体的には、依頼日、依頼会社、担当者名、案件名、依頼内容、提出期限となります。それにIDをふって置きますが、自動付番もできるのでまかせてもまかいません。

最低限このくらいのデータを配置しますが、このアクティビティはあくまでどんな依頼なのかをわかることが目的で、受付けるということが意思決定となります。従って、受付を承認するには、この会社との取引履歴を見たいとか、財務状況を知りたいといったことがあれば参照情報として登録してきます。また、受付承認の責任者は誰なのか、部長なのか課長なのか、担当者なのかを決めアクセス権を設定します。ここでは担当者の鈴木さんにしておきます。

次が商品選択になります。見積依頼は、商品名から型式やサイズなどを細かく指定してくる場合もありますが、要望に従ってこちらから選んであげるということもあると思います。そんなケースだと、タイプ、扉グループ、間口、数量といったものが確定データとなります。この決定にはカタログをみて決めるようなことがるかと思いますので、参照情報として商品カタログを設定します。(続きは次回)
 


2013年8月11日

当たり前のことをきちんとやれることが才能である

ぼくのよく見るテレビ番組がテレビ東京の「カンブリア宮殿」で、このネタをこの場でもよく使っているのだが、今回もそこから拾ったネタを書いて見ます。ご覧になった方も多いと思いますが、8日に放映された今をときめくアートディレクターの佐藤可士和氏に関するものです。

佐藤可士和氏といえば、ユニクロ、セブンアイホールディングス、楽天、ツタヤといった錚々たる会社の戦略を「デザイン」した人です。それぞれの会社のロゴを見ると何か他の会社のものとはひと味もふた味も違うなあと感じる方も多いと思いますが、ぼくも当初は単なる広告屋さんかと思っていたのですが、全然違っていましたね。ビジネス戦略まで踏み込んでいます。すごいです。

最近でも、ホンダの軽自動車N BOXとかヤンマーのリニューアルとかさらに幼稚園のデザインとびっくりするような斬新な提案をしています。でも基本はロゴなんですね。そこにものすごくこだわるのだ。ホンダのN BOXが売れたのもロゴの効果が大きいという。

彼が番組で言っていたことでとても印象的だったのが、デザインという仕事は「伝えること」でもあるから、そこに一番注力するが、なぜかというと、伝わっていないということは存在していないことに等しいからだと喝破したことである。そのために必要なことがコミュニケーション術だという。彼がクライアントと接する場合もそうだし、企業と顧客との接点もそうだという。そのコミュニケーション術につての彼の考えが次の通りである。

① 人の話を聞く
② 話の本意を読み取る
③ 自分の考えを正確にまとめる
④ 相手に分かりやすく伝える

え、こんなことと思われる方も多いと思いますが、彼はこれを忠実に実行しているのだという。「「伝え方」が9割」(佐々木圭一著 ダイヤモンド社)がベストセラーになっているが、Howというのも大事だが、何を伝えるのかというWhatもそれ以上に重要のような気がする。そして、そのWhatは当たり前のことをきちんとやってこそ生まれてくるのではないでしょうか。

セブンアイホールディングスの鈴木敏文氏も指摘しているように、基本ができない人にイノベーションは起こせないのである。そういう意味で、佐藤可士和氏は、基本がきちんとできているからこそ、クライアント企業のイノベーションを起こさせることができるのだろう。
 


2013年8月13日

適用領域の適正化がものすごく大事なこと(その5)

今回は、ちょっと視点を変えて見てみます。業務の性格から適用領域を考えたらどうなのかです。下の図は、縦軸に業務の定型性、すなわち決まりきったルーティンなのか、ケースバイケースとか、環境とか条件で変えていくとかいったアドホックなものなのかという区分、横軸に時間、短期的な業務なのかそれとも長期にわたって行うものなのかである。

PPRO4象限.png

いくつかの業務形態をプロットしてみると、まずは短期で定型的なものがあります。多くの日常的な事務処理がこれにあたります。コールセンターでの受注受とか、請求書や発注書の発行やらですね。こうした単純なものはITを使ってどんどん自動化されています。

また、定型的で長期にわたるものがあります。現場に近い所ではリソース管理がそれに当たるのではないでしょうか。ヒト・モノ・カネを中心とした管理ですね。例えば、人材管理だと、採用から教育、異動、登用という風に長期にわたって管理しますが、やることはほぼ決まったことです。も少し経営的な部分となると予算なんかがそれですよね。1年で回したりします。

一方、非定型的なもので比較的短期なもの、案件単位でさばいていくようなものはプロセス管理になってきます。ここでさんざん議論してきたものですね。非定型でも長期にわたるものもあります。期間が長くなるとだいたいはプロジェクトという名称も付けて管理していきます。プロジェクトの長いのは研究開発ですよね。薬の開発なんて何十年単位なんてざらにあります。

経営では戦略なんては長期ですし、ビジネス環境が変化すればそれに応じて変えていかなくてはいけません。昔は、ひとつの戦略で長くもったものですが、いまやそのサイクルが非常に短くなってきて、そのうちプロセス管理的な対応になるかもしれません。戦略立案プロセスをしょっちゅう回しているなんてことになったりして。

こうして見ると、左下の短期定型業務にはITは早くから入り込んで貢献していますし、同じ定型で長期に渡るものでもデータベースという形で寄与しています。ERPがEnterprise Resource Planning というようにこの領域のパッケージはけっこうあります。

しかしながら、上の部分ではまだまだITの活用が不十分だといわざるを得ません。プロジェクト管理にしても、ガントチャートをかいてWBSで管理しているだけでいいのでしょうか。基本的にはプロセス管理もプロジェクト管理も時間軸が違うだけでやるべきことは同じだと思うのですがいかがでしょうか。
  

2013年8月16日

変わる力

コンビニ業界で他を圧倒しているのがセブン-イレブンである。店舗数とか売上高というのもあるが何といっても利益率の高さだ。そうした高い収益性をもったセブン-イレブンを創業以来牽引する鈴木敏文が書いた「変わる力」(朝日新書)を読む。なぜそこまで成長していったかの一端を知ることができる。

もう一言でいえば、本のタイトルにあるように「変化対応力」である。本の中でも繰り返し述べている。具体的に彼が発する言葉は、「商品ごとの動きを把握し、仮説を立て、データで検証しながら発注の精度を高める「単品管理」の徹底」と「お客様のニーズの変化に対応し、自らも変わる努力をする」である。変化に機敏に反応せよと語っている。

最初に言ったようにセブン-イレブンが他のコンビニよりも収益性が良い、すなわち日販が高いのかという質問に彼はこう答えています。次の3つに集約されると。
① ドミナントの強化
② 商品開発・供給インフラ体制
③ ダイレクトコミュニケーション

初めの2つについては、セブン-イレブンの戦略は、高密度多店舗出店というもので、 店舗ごとに商圏を隣接させながら店舗網を広げ、そこから知名度をアップし、鮮度のよい商品供給を行うというやり方です。その効果は、「認知度アップ」「物流・配送の効率の向上」「効果的な広告やキャンペーン」といったところです。

セブン-イレブンは全国くまなくあると思っているかもしれませんが、実は愛媛、高知、青森、鳥取、沖縄の5県には出店していないのです。上記の戦略が発揮できる条件が整っていないからというのが理由です。愛媛と高知は近々出店するとのこと。いい戦略とそれを徹底させるということが重要で、そのためには③のダイレクトコミュニケーションによる戦略の浸透が大事なのだろう。

そこから、変化に対応した商品やサービスが多く生まれてくる。おにぎりやおでん、ATMの設置、公共料金の決済、セブンプレミヤム、宅配サービスなどなど、顧客ニーズをたくみに取り込んだものが代表的である。ただ、変化対応というのは意地悪く捉えると、あの手この手と品を変え消費を促すことでもあるように感じちょっぴり買わされてる感を思うのである。

とはいえ、書いてあることは面白いし非常に示唆的でためになるので、備忘録として著者が各章であげている<変わるための3つの言葉>を記しておく。

第二章 過去の経験にとらわれるな
・ 基本ができない人にイノベーションは起こせない
・ 問題意識があれば、情報のほうから寄ってくる
・ 目標数値は口に出すな
第三章 みんなが反対することは成功する
・ おいしいものほど飽きる
・ 信条がぶれないかぎり、誤らない
・ 頭で理解するな、心で納得せよ
第四章 人間求めるものは「質」である
・ 過去の成功体験にとらわれるな
・ 作り手の都合は捨てろ
・ 自ら市場を掘り起こせ
第五章 消費は心理
・ 「仮説」--「実行」--「検証」を繰り返すことで結果はついてくる
・ 消費パターンは「多様化」ではなく「画一化」していると理解せよ
・ お客様の「ため」ではなく「立場」で考えよ
第六章 経営は「朝令暮改」が当たり前
・ 「待ちの商売」から「攻めの商売」へ
・ 提案力のある御用聞きになれ
・ ネットとリア店舗の融合を考えよ
第七章 基本は「変化対応」
・ 商売の基本は、どの国も同じ
・ 改革は全否定から始めよ
・ 妥協した時点ですべては終わる

  

変わる力 セブン-イレブン的思考法 (朝日新書)
鈴木敏文
朝日新聞出版 (2013-05-10)
売り上げランキング: 24,071

  

2013年8月29日

シグナル〜月曜日のルカ〜

タイトルを見て思わず頭に浮かんだのが「月曜日のユカ」である。ぼくが高校生の時の作品で加賀まりこが主演していた。高校生にとってはかなり刺激的で、加賀まりこのキュートな小悪魔ぶりがとても強い印象を残した。そんなわけで、「シグナル〜月曜日のルカ〜」もつい奔放な女の子がでてきて現代風俗を体現してくれるのかと期待したが、それとは反対の方向であった。

だからといって、評価が低いというわけではなくむしろ意外と言ったら失礼なのだが、よくできた作品であった。メガホンを取るのが谷口正晃、主演が新人女優の三根梓、共演が西島隆弘、高良健吾、井上順らである。ヒロインのひきずった過去が徐々に解き明かされる様を丁寧に描いている。

舞台は地方の古い映画館でそこでは杉本ルカ(三根梓)が映写技師として働いている。祖父が映写技師だったのを引き継いだ形なのである。しかし、彼女にはつらい過去があり、そのために何年もの間、その映画館から一歩も外に出ない生活を送っていた。そんな、映画館のアルバイトの募集にやってきたのが、夏休みで実家に帰省していた大学生の宮瀬恵介(西島隆弘)であった。

彼は、支配人(井上順)から、映写技師の過去を聞くなと、恋愛するな、月曜のルカは鬱になるから放っておけという3つの約束をさせられる。しかし、そうした制約があればあるほど興味を持つようになる。また、恵介の持ち前の明るさが徐々にルカの心を開いていく。

ところが、あるときそのひきずった過去に関係する元カレのレイジ(高良健吾)からのメールを見てしまい、なぜ月曜日に憂鬱になるのかがわかってくる。そして、レイジも接触しだしてくるのだ。てな展開でだんだんその過去が明らかになってくる。それを、恵介の後押しでルカも避けることなく受け入れられるようになるのだ。

主人公の繊細さを映画初出演の新人ながら、というより新人だからこそ演じきった三根梓に拍手。西島くんもどこにでもいそうな屈託のない普通の男の子を演じでいて好感もてるし、ストーカー的な男に扮した高良くんはまたいろんな役をこなせるなあと感心した。

ぼく的には、地方の古びた映画館の中のシーンにしびれた、最近ではみなシネコンになって、しかもデジタル化しているのでもうフィルムで映写しているところは少ないと思うので、郷愁を感じてしまう。画面が逆さになったとか止まってしまったなんてことや、屋外映写などぼくらの子供の時に出会ったシーン(「月曜日のユカ)のもっと前の話だが)が再現されていて楽しかったのである。

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2013年8月14日

終戦のエンペラー

明日は、終戦記念日であるが、それにちなんだ日本人のプロデューサーが作ったハリウッド映画である。プロデューサー奈良橋陽子はぼくらの世代ではよく知られた作詞家でゴダイゴの作詞を手がけたことでも有名だ。彼女の祖父がこの映画にも登場する関谷貞三郎である。その祖父から聞かされた終戦直後の処理についての映画「終戦のエンペラー」はなかなか良くできた作品だ。

この手の映画はあるようでなくて、天皇の戦争責任についてまともに取り上げたものは少ないと思うし、あっても偏った見方で描かれているのではないでしょうか。プロデューサーが日本人といえ米国の映画だから,どうしても米国目線で描かれるのでは思ったが、そうでもなくてある程度客観化している。監督がイギリス人のピーター・ウエバーということもあるのかもしれない。

1945年に日本が降伏し第二世界大戦が終わった。そのすぐあとGHQ最高司令官ダグラス・マッカーサー(トミー・リー・ジョーンズ*缶コーヒーBOSSのCMがちらつくおじさん)があの有名なサングラスにコーンパイプを口に食わえて厚木基地に降り立つ。マッカーサーは戦争犯罪人の一斉検挙を始める。ただその時大きな問題があった。天皇(片岡孝太郎)に対する戦争犯罪の適用である。そこで、フェラーズ准将(マシュー・フォックス)にその任にあたらせる。わずか10日間という短い時間で真相を究明せよという命令である。

フェラーズ准将にはかつてアメリカに留学してきた日本人のあや(初音映莉子)という恋人がいた。そこから日本を知るようになり、日本の兵士の心理を研究したりする。このエピソードはフィクションであるが、とってつけたようなものではなく、なじんでいたので効果的な設定にもなっていた。

開戦時の首相であったと東條英機(火野正平)、その前の首相であった近衛文麿(中村雅俊)、さらに天皇の側近であった、木戸幸一(伊武雅刀)、関屋貞三郎(夏八木勲)といった面々を聴取して、天皇は回開戦を命じたのかを探るのである。しかし、そこは何ともよくわからない天皇という存在と機能に困惑するのである。日本人でもわからないから外国人にとっては不思議な存在なのだろう。

結局、終戦を決めたことはわかったのだが、戦争を始めたのは誰なのかがわからないまま報告書を提出する。マッカーサーは天皇と直接会うことを決め、あの有名な二人の写真につながるのである。そこで、人間天皇の姿を知ることとなったわけである。共に日本の再建に力を尽くそうとなる。

このあたりはよく知られたストーリーであるが、変に解釈をしようとはしないで素直に描いていた。しかし、あの当時のいわゆる"空気感"という何とも表現がむずかしい状況はなかなか映画には表現できない。本当は国民が戦争遂行を望んでいたのだ。ここを突いた映画ができないかなあ。
  
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2013年8月15日

歯が立たず

昨日宮城スタジアムで行われたサッカー日本代表はウルグアイに2−4で敗れた。ウルグアイ代表は南アフリカW杯でベスト4まで行った強豪で、FIFAランクでも12位という位置にいる。現在ブラジルW杯の南米予選で苦戦しているとはいえ、格上のチームである。

以前から、世界の強豪国との対戦がない中で勝ってもしょうがないという論調があったが、コンフェデと今回と格上国との試合が続いたが一度も勝てない。そうした論調を覆すことができなかった。これでは、W杯の優勝を目指しますなんて、寝言を言うなと言われそうだ。

昨日は、もうフォルランとスワレスという2枚看板に完全にやられてしまった。さらに、エディソン・カバーニが来ていたらどんなことになっていただろう。絶対的な個の力で攻めて来られると弱いことを改めて思い知らされた。世界のトップクラスはみなこういったレベルの選手を抱えているのだ。

立ち上がりは比較的うまく入れたと思うし、前半の中頃まではむしろ日本のペースで進むのだが、一瞬にしてやられる。27分に日本が右サイドを攻めようとしてボールを奪われるとすぐ前線のスワレスにロングフィードされる。吉田はオフサイドトラップをかけたと思われたが、今野がわずか残っていて、一気にゴール前まで運ばれ、中央へ折返したところへフォルランが走りこみ先制される。

その直後の29分にはゴール前のフリーキックからまたもやフォルランに決められ2点のリードを許す。この2点で勝負ありという感じになる。2点とも防げたかもしれない点でもあった。攻められ続けたわけでもなく、わずかな隙をつかれた。フリーキックにしても川島の初動が逆だったので届かなかったのだ。さらに、後半早々には、吉田のクリアがちょうどスアレスの真ん前に落ちて3点目を献上してしまう。

後半は日本のポゼッションは高く結構攻めていた。それが奏功したのかすぐに遠藤の長い横パスを本田がダイレクトでゴール前に落とすと岡崎が絡んでこぼれたところを香川が決めて、反撃ののろしを上げるが、すぐに4点目をあげられ試合を決められてしまった。その後本田のフリーキックが決まるも焼け石に水である。ウルグアイの後半の2点もバックスのミスに近い形で入れられている。

結局、コンフェデでさんざん指摘されたディフェンスの甘さが今回も露呈してしまった。今はミスがミスを呼ぶ悪循環に陥っている。自信を喪失しているからどうしてもプレーが消極的になってしまってこういうことになるのだ。少し時間がかかりそうだ。ただ、いつかきた道という感じもありそうですね。

前回のワールドカップの前もなかなか勝てなくて叩かれたのだが、大会に入って阿部を守備的ボランチに置いてなんとか予選リーグを突破したことを思い起こしてほしい。そんな時期が来るのだ。むしろ、試練の時を経たほうがよいとも言える。これまで、格下相手だと、攻めても攻めても点が入らないなんてことが避難されるからどうしても攻撃を重視しがちになるが、実は守備を整備するのが重要なのだ。

これをいい薬として攻撃と守備のバランスということを改めて考えなおしたらいいと思う。個で負けるなら組織的な対応をどうしたらよいのかを真剣に考え共有することが大事だと思う。日本にこれだけボールを支配されながら一瞬の逆襲で点を取ってしまうウルグアイ代表、そして何より東アジアカップで韓国にあれだけ押されっぱなしだったのに数少ないチャンスをものにした日本代表を参考にしたらどうだろうか。

それにしても、フジテレビの中継で試合の途中でばんばんとゴールシーンを入れるのはやめてもらいたい。そんなものは後からふりかえればいいのであって、現に起きている目の前のシーンに被せてしまい、大事な場面を見逃すことになる。
  

2013年8月17日

盆が終わり

わが家のお盆というのは、12日に仏壇から位牌をだして盆飾りをしつらえ、13日にお墓にいってお参りをし、家の前で迎え火を焚いて先祖を迎え入れます。そして、毎日お祈りと線香と供物を欠かさず、16日にお寺に行ってお施餓鬼に参加して塔婆を捧げて、家では送り火を焚いて先祖を返してあげます。こうして一連の行いを終えて盆が終わります。

以前は母親がほとんど自分でやっていたのですが、老人ホームに入ったのでぼくの仕事になりました。ですから、13日の朝にぼくの弟に母親を連れてお墓まで行ってくれるようにしています。盆の期間中はなんとなくのんびりと過ごすのですが、今年は猛暑なのでおとなしくじっとしていました。

そして、盆が終わるとわが家は家族で食事会です。次男が今年の春に大阪勤務になったのですが、この期間中に帰省していたこともあって、昨日鎌倉プリンスホテルのサマーバイキングにでかけました。ところが、長男が昨日になってドタキャンの連絡。大事な打ち合わせがあったのを忘れていたという。せっかくしばらくぶりに4人そろっての食事で楽しみにしていたのにがっかり。次男もせっかく呑めると思ったのが急遽運転手となり食べるだけになってぶつぶつ言う。

でも、日が暮れる海岸と江ノ島を眺めながら好きなものをたらふく食べて大満足。一番喜んだのは、ヨメさんで、まあよくもそんなに食べられるかというくらい口にしていた。それこそ盆と正月くらいかもしれないが楽しかった。帰りに、リピートご利用10%割引券とフリードリンク無料券をもらったら、ヨメさんが「お父さんまた来ようよ」だって。さて、今日はこれから高校のサッカー部のOB会にでかけるか。

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2013年8月18日

高校時代にタイムスリップ

昨日は、高校のサッカー部のOB会があったのででかける。夏と冬にあるのだが、従来は現役と交流戦をやったり、シニアOB同士の紅白試合をしたりが主な行事である。ぼくはもうプレーできないので、行くこともなかったのだが、今年から、プレーできないOBたちも参加できるようにということでセミナーを開催することになった。

講師は、現湘南ベルマーレのチームドクターで、ロンドン五輪の日本代表のチームドクターでも合った鈴木英一君で、ぼくらの13年後の卒業である。もちろん、高校時代はサッカー部である。講演のタイトルが「ロンドン五輪出場サッカー他の帯同チームドクターの視点から」である。セミナー.JPGのサムネイル画像

チームドクターというのは、普段は病院にいるが試合があるとその場にいて、ケガの状態の把握、プレーの続行の判断、場合によっては裂傷の縫合などをする役割である。そして、ケガした選手の治療であるが、難しいのは復帰のタイミングだという。監督や選手は出来るだけ早く試合に出たいと思うのだが、治りかけで出てまたすぐにケガをするというケースもあるので、ドクターは慎重にならざるをえないので、そこのせめぎあいだという。

五輪代表では、清武選手の内転筋を痛めたケースや山村選手の足指の骨折のケースを実際の映像を交えて説明を受ける。それとか、実際の手術の様子も映し出されてめったに見られないので衝撃的であった。関節の骨をドリルで穴を開けるとかピンをトンカチで打ち込むとか、整形外科医は大工さんだと言って笑わせていた。

現役を含めて150人くらいの人が参加していたが、最後の質問コーナーでは現役の子が積極的に質問していたのにはちょっぴり驚いた。物おじしない態度はぼくらの現役の時とはずいぶんと違うように思えた。出席者の中に、モンテディオ山形のチームドクターのOBもいてそのやりとりもおもしろかった。

セミナーのあとは、構内にある「湘南高校歴史館」に行く。学校創立90周年を記念して昨年の2月にオープンしたもので、校史資料を保存・展示する場所です。校歌コーナー、年表コーナー、全国優勝コーナーなどに分かれて各種資料や物品、写真などを見ることができます。やはり、ぼくらのいた時代のことが気になるのだが、一緒に行った同期のS君が寄贈したサッカーで全国大会出場した時のペナントもあり、また当時の部員の集合写真も展示されていて往時を偲んだのである。
  
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2013年8月23日

IT経営と呼ぶのはやめよう

IT経営という人がいる。IT経営力大賞というのもある。でもちょっとおかしいような気もする。ITを使えばいい経営ができるように聞こえるし、そもそも経営力って一体何なのだろうか。乱暴に言えば、経営とはITなんか関係なくて儲かっていてかつステークホルダーが満足していてそれが持続されていることであるはずだ。

IT経営でイノベーションを起こすのだという人もいる。これもちょっとおかしい。情報システムを機敏に開発・変更できなければ、トップにイノベーションのアイデアがあってもその実現が困難になるというのもなんか変だ。

イノベーションを起こす企業とはスタートアップが多い。イノベーションを起す事業は、まっ更なキャンバスに描かれる。その時点で情報システムを使ってイノベーションを起こしたというのを聞いたことがない。すなわち、インベーションにITは必要ない。イノベーションを起こした後のビジネスモデル維持にITが必要になってくるのだ。

ここで誤解しないでほしいのは、イノベーションを起こすようなプロダクトやサービスがITを使っていないということではない。逆に今やITが関係しないプロダクトやサービスのほうが珍しいだろう。IT経営と呼ぶようなITのことを言っている。企業情報システムあるいは業務システムといったものを指している。

正確に「ITを活用して経営の質と効率性を高める」というくらいの言い回しにしてくれないと困る。当たり前だがITはあくまでツールだから使い方や使う人によっていかようにもなりうるわけで、経営者のリテラシーが問われるのである。経営者自身が自らの頭のなかで「こういうことをしたいのでこんな道具がほしい」と考えないといけない。

決して、本に書いてあるから、コンサルタントの人に言われたから、ITベンダーから勧められたからというだけでITを導入しても何もならない。というようなことを書くと、経営者はITの専門家ではないから、どんな事ができるか分からないから、専門家が気付かせなくてはいけないという人がいる。

これって、経営者に失礼だし、そんなことよりITも活用できない経営者に手を差しのべるのもいいけど、雇用調整助成金のように間違った延命措置となるからやめたほうがいい。現代はITを活用できない会社はいくらまわりでワイワイ言ったところで潰れていくのだから優しくする必要はないと思うのだがいかがでしょうか。
  

2013年8月21日

フライト

衝撃と感動の物語で映画史に残る傑作の誕生と謳っているので期待したのだが、最初のどんな衝撃なのかとみていたあたりは良かったのにだんだんこりゃなんかおかしいぞとなってしまった。「フライト」はもうちょっとでこれは感動作だとだまされそうになった。最後はもう駄作だと叫んでしまった。

あの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「フォレスト・ガンプ 一期一会」のロバート・ゼメキス監督で、主演がデンゼル・ワシントンと聞けば期待大ですよね。デンゼル・ワシントン扮する旅客機の機長が、アトランタに向かって飛びだったのだが、途中乱気流に遭いながらも難なく乗り越えて行くのだが、突然飛行機は急降下を始める。

さてそこから、このベテランの機長の腕がさえわたる。もはやありえないようなアクロバティックな飛行により不時着する。100人以上の乗員乗客のうち4人しか犠牲者をださなかった。そこからは英雄となるのだが、一方である疑惑が持ち上がる。機内にあったウオッカの瓶が空になっていたのだ。

つまり、飲酒して操縦していたのではないかという疑いである。事実彼は日常生活でも酒浸りで要するにアル中なのである。そのおかげで離婚もしていて、妻と男の子は彼の元から去っていった。いまでも妻と子になじられるだらしない男なのである。会社や乗員組合はそのことを隠して、あくまで機体の故障が原因であることを主張する。さて、事故調査の公聴会でどうなるのか。

この設定は、いかにも悩ましい複雑な問題のように思うのだが、そうだろうか。まずは、事故の原因は何かという問題と、規律違反であったかどうかという問題は別次元の問題で、すなわち起きた事実を明らかにするだけで、そこから奇跡的に多くの命を救った状況をどう見るかという話なのだ。しかし、映画ではそこのところをごちゃごちゃにしているので混乱してしまう。

当たり前のように、酒飲んで酔っ払って飛行機操縦したらいかんでしょ。酔い覚ましにクスリをやってはまずいでしょ。もうそれだけでアウトなわけです。そんなすごい操縦ができたのも酔っ払っていたからかもしれませんよね。悪いことをしても結果が良かったから許されるって話はないのは当たり前のことでしょ。

そして終わり方が最悪。もうネタバレも覚悟で言ってしまうと。酒を飲んだこと、自分がアル中であることを自供した彼のもとに息子がやってきて父親を見直したように言う「Who are you?」。これで映画は終わるのだが、答えは「I'm an alcoholic」でしょ。「I'm an honest person」とでも言うのかね。
  
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2013年8月22日

野心のすすめ

先日、書評した「采配」のなかで落合博満は、「孤独に勝たなければ、勝負に勝てない」、その孤独に勝つ強さはどこから生み出されるかについて「「野心」を抱くことではないか」と言っている。「レギュラーの寝首を斯いたってポジションを奪ってやろう」と心に秘めるのが一流への近道になるとも言う。

でなぜこの話から始めたかというと、林真理子の「野心のすすめ」(講談社現代新書)を読んだからである。林真理子というと若い人はあまり知らないかもしれないが、ぼくらの世代というかもう少し下の世代には好き嫌いはともかくとして結構注目人物であった。ある意味で落合に似ていると言えば似ているかもしれない。1982年に「ルンルンを買っておうちに帰ろう」という本がベストセラーになった。もうすぐ還暦を迎える歳だ。

この本で彼女は一気にブレークして、無名の女の子が一夜にして有名人になってしまった感があった。可愛くもなく、はっきり言ってブサイクなのにもかかわらず、テレビやマスコミに引っ張りだこになり「時代の寵児」とまでもてはやされた。これは本人が望んでいないのに偶然にもとか幸運にもなってしまったというのではなく"狙って"なったのである。つまり、野心が成就した瞬間であった。

だから、現代の若者の野心の無さを嘆くのである。「自分の身の程を知ることも大切ですが、ちょっとでもいいから、身の程よりも上を目指してみる。そうして選択肢が増え、人生が上に広がっていくんです」と説教するのですが、今の若い人に野心が無くなってきているのだろうか。草食男子だからとか、非正規社員だからといった側面だけで判断できないような気がする。時代が違えば、野心の発露の仕方も違ってくるので昔は良かった風な話は違うのではなでしょうか。

本は、自分は失敗をして、いじめられ、貧乏もして、どん底生活も味わったのだが、そこから這い上がってきたのよ私は的な"野心の履歴書"を披瀝している。まあ、今では尖っていた部分がとれて、小説家としても押しも押されぬ地位を確保しているのでよくやったと褒めてあげたいが、それを他人にも押し付けるのもなんだなあというのが素直な感想である。

それと、男の野心と女の野心の微妙な違いもあって、よく理解できない点もある。彼女が若かりし頃は時代に先駆けていると言われたのだから、時代がやっと追いついたのかというと、それも違うような気がする。少なくとも昭和のおじさんにとしては林真理子は好きになれなかったなあ。
  

野心のすすめ (講談社現代新書)
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2013年8月19日

つながる経済における実践とは(10)

■ 「つながり上手」な企業のアーキテクチャ

これまで経営的な概念を議論してきましたが、本章では企業アーキテクチャに関するものです。アーキテクチャというとわかったようでわからない側面もあるので、定義しておきましょう。本ではこう言っています、「全体システムをどのような部分(下位システム)に分けて機能分担させ、下位システムをどのようなインターフェースで連携させて全体機能を発揮させるかという設計思想がアーキテクチャである」。ぼくがよくいう構造化という概念に近いものです。

つながり上手な企業は、当然のように、つながりやすいような構造になっていなくてはいけません。そのために必要なのが「アーキテクチャ」なのです。現代の企業は内外とも閉ざされたものでは立ち行かなくなってきていて、いかにオープンにして連携をうまく行うかが企業の存続に関わるようになっているのです。例によってこの章のポイントを見ていきましょう。

(1) 21世紀の企業はつながり上手にならなければ競争に負ける
(2) つながり上手になるためには、オープンなインターフェースを持つこと重要
(3) 創発価値を生かすためには、統制型の組織ではなく、自律性を生かす組織が必要
(4) 多様性が生み出す創発メリットを生かすためにも、共通基盤が必要

アーキテクチャというと情報システムの仕組みみたいな取り組みに捉えられがちですが、そうした技術的、表面的なものではなく、文化とか風土といったことが非常に大事なことだと思います。いくら高価で立派なシステムを導入しても、仮にそれがオープンなシステムであったとしても、それを使う人のマインドがオープンでなかったら、つながることはできないのです。

そして、インターフェースの標準化ということも大事な戦略となってきます。いくら外に向かって開いていると言ってもそのインターフェースが固有のものだったりするとつながりにくくなってしまいます。ただ、その時悩ましいのは多様性と共通性のジレンマです。多様性がなかったらつながったとしても新しい価値が生まれない。逆に多様性が行き過ぎてまったく共通性がないとつながらなくなってしまうというものです。おそらく、つながり部分のみに共通のインターフェースを使う考え方で対処するのであろう。

ポイントの最後に出てくる「共通基盤」というのがありますが、この共通基盤はプラットフォームと言われるものです。これもアーキテクチャ同様、わかったようなわからないような言葉ですが、いまは大事な機能だといえます。ただ、範囲が広いので注意する必要があるのですが、ビジネスを行う上でのサービス提供機能といった解釈になろうかと思います。

例えば、SNSサイトやネットショップ、マーケットプレースなどや、アップルストアもそうかもしれないし、各種マッチングサイトもそうです。企業あるいは個人はこうしたプラットフォームを使って様々な外部連携をおこなうことで創発的な価値創造を行うようになってきました。本では、それだけではなく「プラットオームを、単につながりを作り出す存在であることを超えて、資源を機動的に再編集する存在であると認識することができます」と言っている。

このあたりは今ぼくが関与している中小企業間の連携プロセスにも絡んだ話で、大企業との依存関係で生きてきた中小企業は、そうした体質からの脱却を迫られているわけで、そのときプラットフォームを大いに活用して中小企業同士のつながりで新たな商品やサービスを展開していってほしいと思う。
  

ソーシャルな資本主義
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2013年8月20日

ビジネスサービスのつくり方 - 第5章 業務アプリ作成

■ 標準品見積提示プロセス(設計続き)

次に納期の確定を行っていきます。確定すべきデータは納入日となります。その他付帯情報として、納入場所や納入条件、また提供商品を確保できているかどうかを設定します。ここでは、営業だけでは納入日を決めることはできませんから、工場だったり、出荷倉庫だったりから在庫情報ばどを入手して決めるか、決定する部門があったらそこから直接納期情報を取得します。関係部署とコミュニケーションをとることが重要となります。

商品選択と納期確定が終わると最も重要な見積価格の決定に入ります。この価格決定は各社あるいは各部門でやり方が異なるケースが多く見られます。極端な話、その場その場の営業の個人判断で決めているなんてこともあるかもしれません。ただし、こうしなくてはいけないということはありませんが、準拠するルールは何か、それが共有化されているのかどうかが大事なポイントです。

プロセスを先行させ、プロセスを中心にして設計するという利点というか意義はここのところで、つまりその意思決定はどんな業務ルールにのっとって誰が責任をもって決定しているのかということを書き出すことで明らかにするからです。いやー、うちにはルールはありませんというところがあるかもしれませんが、明文化されていなくて、誰かの頭のなかにあるかもしれませんが、大切なことはそれを表に出すことです。暗黙知から形式知にすることです。

最初はそんな立派なルールでなくてもかまいません。いくつもの案件をこなしていくうちに、こんな場合にどうしたらいいのかが書いてないので足しておきましょうとか、事業方針が変わったのでルールも改変しましょうとかすればいいのです。また、ガチガチのルールをむりやり作る必要はありません。プロセスオペレーションでは必ずといっていいほど裁量の余地が生じてきます。一部は人間の判断に任すようなものでもかまいません。

ここでも、納期確定と同様に原価だとか、仕切価格などの情報をもらってそこに営業経費や利益を載せて売価を決定していきます。さらに、値引きなどの扱いも入ってくるでしょう。そこの決定手順が残っていることも重要で、そうすることで後々のなぜ受注できたのかあるいは逆に成約にいたらなかったのといった解析ができるのです。

さて、見積書に記載する基本情報を決定すると見積書の作成を行います。作業のアクティビティです。ここでは、確定データは作成済というものでもいいですし、作成日という日付でもかまいません。見積書は通常は帳票として作成されますが、kintoneで直接見積書を作成するのは難しいのでデータを伝送してExcelなどの外部ツールで作成します。作成された帳票は参照できるように設定しておきます。最後のアクティビティは見積書の送付です。この場合の確定データは送付日と送付先になります。

以上、基本的なプロセス設計が終わると、「プロセス要素表」を埋めることで実装に向かっていきます。「標準品見積提示プロセス」のプロセス要素表は次のようになります。

見積プロセス要素表.png

2013年8月24日

風立ちぬ

ぼくは基本的にはアニメ映画を観ない。確固たる理由があるわけではないが、子供の時にアニメ映画がなかったからかもしれない。鉄腕アトムも鉄人28号もテレビだと思っている。何となく映画館で観るものではないという思い込みがあるのかもしれない。だから、子供を連れて観たとなりのトトロとかドラえもん以外だと宇宙戦艦ヤマトくらいじゃないかな。

評判の「風立ちぬ」を映画館で観賞する。一日に何回も上映しているというのに満席に近い混み具合である。どうも評判は両極端のようだ、すなわち、絶賛する人と酷評する人に分かれる。ぼくの観ての感想はどちらかというと後者に近い。こうした評価がわかれたのは、これまでの宮崎駿の作品からいうと実在の人物を扱っているし、いわゆるファンタジー系ではないからかもしれない。

だから、ジブリ、宮崎駿が好きな人が幅が広がったことをよしとするか、違う方向に行ってしまい、良さが消されたと見るかにわかれたのだ。少なくとも子供向けではなくなったから異質感を持つか持たないかである。ぼくはジブリのファンでもないから、単純に作品としての出来栄えを評価するのだが、いくつかのひっかかるところがあった。

多くの人が指摘するところに同感するのだが、まずは主人公の堀越二郎の声である。『エヴァンゲリオン』シリーズなどの監督でおなじみの庵野秀明を抜てきしているのだが、所詮素人だから棒読みなのである。朴訥とした技術者だからある程度、素朴さを強調するのもわかるのだがあまりにも感情移入ができていないので人間的な感じがしないのだ。

どうせアニメだから生身の人間のようにはいかにというかもしれないが、逆に声で情感を表現することが大事なような気がする。そのためにプロの声優さんがいるわけだから。もしそうでなかったら、映像も人工的なら声も初音ミクじゃない合成された声にしたらどうだろうか。

それと賛否があったのはタバコのシーンである。特に、結核の妻が伏せている横でタバコを吸うシーンである。確かに、その当時はみながどこでもタバコを吸っていたし、周りも平気だったので、その事実を映像化しただけだというのかもしれない。しかし、現代の日常生活のシーンに置き換えてみると相当な違和感がある。ですから、映画に登場させるとしたら、そこでタバコをする必然があるかどうかが問われるのだ。つまり、映画のシーンにそれがあることが表現上大事なことであるかどうかであるが、ぼくにはそうは感じられなかった。

こうした批判は多くの人が言うが、ぼくはもっと違うところというか、肝心なストーリーとかメッセージ性について疑問をもたざるを得なかった。技術者の純愛を描きたかったのか、ゼロ戦という世界に誇るプロダクトを創りだした技術者の素晴らしさなのか、自分で生み出した技術が戦争に加担したという虚しさを言いたいのか。

結構重要な言葉として最後に言うのだが、ゼロ戦に乗って飛び立った兵士が"誰も戻らなかった"というセリフが印象的だったし、ぼくはすごく考えさせられた。これを言う主人公の声が全く感情がない声と言い回しでがっかりした。ここは非常に重要なポイントだと思うのだが、そこのところがわかっているのかがみてとれなかった。

自分が作った飛行機が戦争に使われるなんて思ってもみなかったとか、純粋に飛行機を作りたかったなんてばかなことを言うなと思う。公害を起こすなんて思いも及ばなかったかつての化学者、原発事故を起こすとは思わなかった原子力技術者と同じだというのか。お前は海軍が戦争に使うためとわかって飛行機を作ったのだぞ、そうした葛藤やジレンマはどこにいったのか、とちょと声を荒らげてしまう。

アニメのよさというか、映像はあらためてすごいなあと感心する。人工的リアル感がすばらしく実世界をみているような錯覚に陥る。だからこそ、物語をちゃんと作らないといけない。完全に物語にあった映像が作れるのだからそっちが優先なのだ。だいぶ辛口コメントになってしまった。
  
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2013年8月25日

つねさん

ぼくの家の近くに「鳥つね」という行きつけの焼き鳥屋がある。以前にもこのブログにも登場したので覚えている方もいるかもしれませんが、一本100円(一部150円)の串と豊富な焼酎がお目当ての店である。そこの主人がもう70歳になるつねさんである。この地で開店して来年で40年を迎える。

鹿児島出身で高校を卒業すると千葉県の大きな企業に就職したのだが、途中で退職して焼き鳥屋を始めたのだ。だから、鹿児島の芋焼酎がたくさん置いてある。焼酎を割る水も鹿児島から取り寄せている。多くは地元のお客さんで、ガテン系やヤンキーの方から地元名士の人、有名店のオーナー、芸術系の人、主婦といった幅広い層に及ぶ。知らない人でも隣に座るとすぐに話しだすというファミリーな店でもある。

時には遠くからやってくるお客さんもいる。昨晩も千葉の市川と東京の大塚からきた女性がいて終電で帰っていった。吉田類の「酒場放浪記」で取り上げられたのが自慢で、初めてのお客さんにはその録画を見せるのが常である。昨日のその女性たちに見せていた。ぼくは飽きるほど見ている。

メニューは焼き鳥の他にいろいろあって、にらたまとかやきうどんなどが好まれるのだが、裏メニューがいいのだ。それも、ぼくは中華料理屋みたいだと冷やかすのだが、中華風の料理がうまい。昨日もナスとピーマンの中華風炒めを作ってくれた。

つねさんに驚かされるのは年中無休だということだ。日曜日だろうが祝日だろうが休まないのだ。正月なんぞは鎌倉駅近くのお寺で焼き鳥を焼いている。いったいどうやって休んでいるのだろうかと思う。でもさすがに歳のせいか近頃はお疲れの様子で、いつも飲みながら仕事をしているのだが、閉店近くになると居眠りをしてしまうことがある。客をほったらかしにして寝てしまうのだ。

それと、一人になるのがさびしそうで、ひとり残ってしまうと帰るなとばかり隣に座ってきて一緒に飲むことになる。てな付き合いなのだが、昨日はびっくりした。何気なく息子が死んだとつぶやくではないか。2週間前に横浜で酒を飲んでいて心不全で倒れてそのままだったという。42歳だそうで、将来は店をつがせるつもりだった。この店をどうしようかと溜息をついていた。息子を亡くした日も休まず店を開けたのだという。だから、亡くなったことに気が付かなかったのだ。なんと言葉をかけていいのか分からなかった。がんばれ、つねさん。

つねさん.JPG
寝込んでしまったつねさん


2013年8月27日

つながる経済における実践とは(11)

■ 信頼のプラットフォーム戦略

さてこのシリーズも最後になりました。これまでは、情報のつながりが生み出す創発的価値創造のメカニズムとそれが社会や経営に及ぼす影響などについて議論し、顧客に信じてもらえて、見せてもらえる特権ということにも言及してきました。最後は再びプラットフォームということについて考えていきます。この章のポイントは次のとおりです。

(1) つながりを生かして創発価値を生み出すためにはプラットフォーム構築が重要
(2) プラットフォームの最大の機能は、参加メンバー間で、信頼と協働のインセンティブを形成すること

第2章でもプラットフォームという言葉が出てきましたが、再度この言葉の定義を掲げておきましょう。「多様な主体が恊働する際に、恊働を促進する情報交換の基盤となる道具や仕組み」としています。単なる情報のつながりで見るのではなく、情報を介した人間の恊働だと見ているわけです。

プラットフォームの重要な役割は、コミュニケーションをする上でのインターフェースや、取引をする上でのさまざまなルールを用意することです。これによって、メンバーにプラットフォーム参加のインセンティブや参加して情報を「見せて」も大丈夫だという安心感ができるのです。自由な部分と制約的な部分のバランスをとることが大事になってきます。自由度が高ければ創造的かというとそうではありません。

それでは、どのような情報交換の制約が創発的な価値創造をもたらすかというと、ウイン−ウインの関係、クラブづくり、言葉の共通化、メンバー管理などがあげられます。一方的な受益構造では成り立ちません。全体の利益を適切にメンバーに還元する仕組みが必要になります。メンバーのプラットフォームへの参加は意思をもって参加するという意味で「クラブ」的なものになります。そこには、共通の言葉が必要になってくるわけです。

前回、「全体システムをどのような部分(下位システム)に分けて機能分担させ、下位システムをどのようなインターフェースで連携させて全体機能を発揮させるかという設計思想がアーキテクチャである」という話をしましたが、プラットフォームにも同じような役割が望まれます。

すなわち、大きなシステムを構築する場合には、全体をモジュールに分解して、それぞれのモジュールの役割と、モジュール間の相互作用の方式を決めますが、それと同じ話で、人間の協働の構造を定義して、グループ間のやりとりを定型化するのが本質的に同じであることがわかります。さらに、人間の役割分担構造へも落とし込まれます。

このことは結局、情報システムにも当てはまることで、アーキテクチャ、プラットフォーム、組織(企業内の組織ではなく外と連携されたオープンな組織)、情報システムは同じ概念で構造化されたものだと言えます。言い換えれば、そうしたものを持っていないとこれからのつながる経済、つながる資本主義の世界で生き残ることができないのではないでしょうか。
  

ソーシャルな資本主義
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2013年8月28日

ビジネスサービスのつくり方 - 第5章 業務アプリ作成

■ 標準品見積提示プロセス(実装その1)

前回「プロセス要素表」を書きましたが、それをそのまま実装していきます。実装はサイボウズ社の「kintone」を使います。最初に基本的な約束ごとと前提条件を言っておきます。「プロセス管理表」に記述した「標準品見積提示プロセス」を全部同じアプリに実装していきます。ただし、参照情報や業務ルールで使うデータベースなど別アプリにしておきます。例えば、顧客台帳だとか業務ルール集といったものは他のデータベースに持ちます。

こうしたデータベースは、連携のしやすさから「kintone」上にもつことをおすすめします。Excelだとか他のDBソフトなどで持っている場合ありますが、移行したほうが便利です。「プロセス要素表」の左端にあるアクテイビティはその単位でフィールドグループとしてまとめておきます。そのフィールドグループの中に、確定データや付帯情報、参照情報、業務ルールなどを設定していくことになります。

一覧表は、基本的にはプロセス全体の進捗がわかるものと案件ごとの内容がわかるものと2種類を用意するのがよいと思います。その結果をグラフ化してどう見るかといったところまでは含めません。また、組織/ユーザ登録やセキュリティの設定などは、cybozu.comの共通管理であらかじめ行ってあるという前提にしておきます。

それでは、「プロセス要素表」を横において、「kintone」ログイン画面からID、PWを入力して入ります。そしてポータル画面を開きます。アプリを作成するから"はじめから作成" というボタンを押します。アプリ名を「標準品見積提示プロセス」とします。一般設定は、アイコン、デザインテーマ、アプリグループ、アプリの説明がありますが、適当に選択し、記述します。

続いて、フォームの設定になります。左側にパーツが配置され、右側は白紙のキャンバスが現れます。最初のアクティビティは「見積依頼受付」です。従って、"グループ"というパーツをドラッグアンドドロップして先頭に置きます。歯車印をクリックして設定画面を開き、フィール名を「見積依頼受付」と入力して保存します。

このグループの中にプロセス要素表に書いた各要素を入れていきます。まずは確定データである依頼日、案件No、依頼会社名、案件名、依頼内容、担当営業名を当てはめます。依頼日は、"日付"、依頼会社名、案件名、担当営業名は"文字列"(1行)、依頼内容は長くなりますので"文字列(複数行)というパーツを選択します。案件Noについては、自動付番で構わなければ"レコード番号"というパーツにすると自動的に番号をふってくれます。

次いで付帯登録情報である依頼会社住所、提出期限についても同様に、"文字列"(1行)と"日付"パーツを使います。ただ、依頼会社住所については、既存顧客のような場合都度入力するのではなく、顧客リストとか顧客台帳といったところ(同じkintoenのアプリとして作成しておく)に情報を持っておけば、そこから取得できいちいち入力することがなくなります。それには、"ルックアップ"というパーツを使います。その設定画面で関連付けるアプリを顧客リストとして、コピー元のフィールドを会社名とします。次に顧客リストのフィールドと作成するフィールドの対応付けを行います。こうしておくと、案件登録時に会社名を入力して取得というボタンを押すと、郵便番号、住所、電話番号が自動的に入力されます。

そして、参照情報にある地図については、JavaScriptAPIを使って、Googleマップと連動させます。これはまた後で説明します。最後にこのアクティビティ(フィールドグループ)の登録のステータスを表示するフィールドを置きます。"ドロップダウン"パーツで、プロセス要素表で定義したステータス表示の受付中と受付完了を設定しておきます。なお、ステータス表示は各フィールドグループごとに配置してもよいのですが、折りたたんだ時に見えなくなるため一覧性が損なわれるので外出しすることにします。これもまた後で説明します。結局、「見積依頼受付」は次のようなフォームとなります。
  
依頼受付.JPG


2013年8月26日

ぼくが野球に興味を失った理由

夏の甲子園も終わり、またプロ野球も2/3を過ぎて終盤に近づく時期になってきました。海の向こうでは、イチローの日米通算4000本安打が話題になり、ダルビッシュや黒田といった日本人選手も活躍しています。ところが、最近ではテレビ放映も減ったこともありほとんど試合を見る機会がなくなりました。選手の名前を聞いても正直どこのどんな選手かさっぱり分からない。

そうはいっても、小さい時は野球少年で原っぱでよく野球をしたものだ。ただ中学3年生になってサッカーを始めてからは、そのおもしろさにはまっていったのだが、だからといって野球が嫌いになったわけでもなかった。ところが近頃ではすっかり興味がなくなってきて、あれだけ応援した横浜ベイスターズも負けてもしょうがないなあと思うくらいになってしまった。(しょうがないの回数が増えていやになりますが)

どうも、興味を減じる何かがあるように思うのだ。最近の話題から追ってみるとこんなことが浮かんできた。
・ あいまいさ
・ 標準的でない
・ スピード感

野球ってかなりあいまいな部分があるというのが前々から感じていたことで、これについては今夏の甲子園で注意された花巻東高千葉翔太選手のカット打法がいい例だろう。打てそうもないストライクボールをファウルし、好球を打ち返すか四球で出塁するというプレーに高野連からクレームがついたのだ。2ストライク後にその打法でファウルをすると3バント失敗でアウトにするぞということらしい。

このことはぼくも昔から思っていたのだが、バントの定義とファウルとチップの違いがあいまいなことである。両手を話して握って打ったらバントなのか、どこまで上がればファウルなのかもよくわからない。千葉選手は156cmという小さな身体を生かすために工夫をし練習を重ねたわけで、しかも映像を見る限り打つ瞬間はちゃんと握っている。さらに言えば、これをプロ野球でやったらどうなんだということである。実にあいまいだ。

その辺りにも関連するのだが、多くの点で標準化されていない。例えばイチロー選手の日米通算4000本安打は意味があるのかという問題である。王選手の本塁打数もそうかもしれない。条件が違うのだから比較するのもおかしいという意見だ。ピート・ローズは認めないと言っている。そりゃあそうかもしれない。

国の違いもさることながら、球場の大きさとか、試合数、それこそ統一球で揉めたようにボールの違いなど戦いのリングが違っていたら記録も変わってくる。サッカーを持ち出すまでもなく、世界中で気候の変化を除くとほぼ同じ条件でやってこそ記録に意味がある。でも、サッカーでは記録は意味を持たない。得点数なんてたいして評価されない。野球も記録偏重をやめたらどうだろうか。

さらに言うと、最初に言ったファウルのことである。だいいち、球場によってファウルゾーンの広さが違うのだ。これも何だかおかしい。こうした不公平さ、不平等感をなくすにはいっそのことファウルは全部ストライクにして、フィールドエリアだけで勝負するように単純化すればいい。フィールド内に打てなかったらストライク、ファウル3本でも三振というわけである。

まあ、ちょっと飛躍しているとお叱りを受けそうだが、これから気になるのがヤクルトのバレンティンのホームランである。現在110試合を消化して48本であるから、このペースだとシーズン61本なのだそうだ。プロ野球記録が、王、ローズ、カブレラが持つ55本だから軽く超えてしまいそうだ。

これは、日本の中の話だからまあ比較してもいいかな。だけど、現役の大リーガの本塁打王がきたら、どうなっちゃうのだろうと思うわけで、あまり狂騒することはない。でも王さんの名前が消えちゃうので変な対応にならなければいいが。最後のスピード感は、個々のプレーのスピード感はあるにして全体的な動きがやっぱ問題だよねというお話です。
  

2013年8月30日

レイヤー化する世界

「キュレーションの時代」(ちくま新書)や「当事者の時代」(光文社新書)といった著作にみられるように佐々木俊尚さんは、歴史的、時代的な切り口から現代のITを中心とした社会の変容を描いて見せる。最新作の「レイヤー化する世界」(NHK出版新書)もまた、中世のヨーロッパからひも解き近代へと展開して現代、未来へつなげる手法である。

中世は多くの民族がともに栄えた帝国の時代と捉える。その時代の中心は中国でありイスラムであった。しかしながらそのシステムも衰退し、辺境だったヨーロッパが新大陸に進出していくと中世の帝国は滅んでいった。そして、国民が団結し、強力な軍隊を有する国家が主役となっていったのである。

とまあ、こんな感じで過去の時代をレビューしているのだが、このあたりは歴史学者などが言っていることと特段違っているわけではないのでプロローグなのだが、ちょっと長いのである。結局、タイトルにもあるようにそういった歴史を経てこれからは「レイヤー化する世界」と言っているので、じゃあいったいレイヤー化とはどういうことかが興味がある。

そこで初めに持ち出すのが<場>という概念である。これまでの世界はウチとソトという境界があるなかでの世界があったわけです。国家なら国家、会社なら会社、地域なら地域といったある枠組みの中で動いていましたが、テクノロジー、特にインターネットはこのウチとソトという壁を壊し、ただひとつだけの<場>のようなものを作り、それは無限に広がっているというわけである。

この<場>がもたらす世界が「レイヤー化する世界」なのだという。説明が難しいので、著者のいう例え話を借りると、従来のウチとソトという世界は、縦に切り分けられたケーキがみっしりと、きれいな化粧箱のなかにおさめられて要るようなイメージですが、オープンサンドイッチのようなイメージだという。パンで両側をはさむのではなく、一枚のパンの上に具をどんどん重ねていっただけの開放的なサンドイッチだというのだ。

とまあ、わかったようなわからないような感じなのですが、ボーダーレスになって、垂直的なひろがりから水平的な広がりへと変化しているというのは感じますよね。層というと階層的な意味合いに聞こえてしまいますが、ネットワーク的というか、蜘蛛の巣的な関係なのでしょうね。まさにインターネットですから。

それで、<場>とレイヤーの世界で生き抜くために必要な戦略とは、
・ レイヤーを重ねたプリズムの光の帯として自分を捉えること
・ <場>と共犯しながら生きていくこと。

だそうだ。もはや、拒否もできないし、嫌がったところでどうしようもない。ならば、"共犯"関係を作るしかないということだ。そのためには、"つながり"というのが非常に大事な要素になると思う。このことは、「つながる経済の実践とは」というエントリーでも論じたことに通じる。パラダイムは大きく変化している。
  


  

2013年8月31日

ビジネスのためのデザイン思考

今月から、ある協会の研究会として「デザイン経営実践研究会」いうのに参加している。最近"デザイン経営"とか"デザイン思考"という言葉が聞かれるようになっている。イノベーションを起こすために必要であるという文脈で語られる。確かに、従来のような効率追求型ではないアプローチが望まれていると思う。

その研究会のベースになっているのが多摩大学大学院教授の紺野登さんの理論なのだ。そこで、紺野教授が著した「ビジネスのためのデザイン思考」(東洋経済新聞社)を読む。どんな内容になっているかを見るには目次を提示するのが手っ取り早いと思うのでちょっと長いが下記に示す。

PartⅠ 知のデザイン世紀
 Chapter1 知識デザインとデザイン思考
  1.1 矛盾(パラドックス)を超える知を
  1.2 「デザイン思考」とは何か
  1.3 概念(コンセプト)を生み出す直感的思考パラダイム
 Chapter2 産業社会の知となったデザイン
  2.1 デザインの世紀の生産システム
  2.2 デザインの知で価値を生む企業
  2.3 デザイン人的資本の形成
 Chapter3 イノベーションを生むデザインマインド
  3.1 本質的な価値を求めて
  3.2 人間的価値中心の経営へ
  3.3 デザイン・アントレプルナーシップ
PartⅡ デザイン経営の知的方法論
 Chapter4 コンセプトをデザインする   
      (質的データのデザインの方法論)
  4.1 経験世界から概念(コンセプト)の創造
  4.2 「エスノグラフィー」アプローチ
  4.3 インタラクション主義のすすめ

 Chapter5 ビジネスモデルをデザインする   
      (関係性のデザインの方法論)
  5.1 ビジネスモデル・イノベーション
  5.2 ビジネスモデルのパターンを知る
  5.3 ビジネスモデルを成立させる社会的知識資産
 Chapter6 シナリオをデザインする   
      (時間・空間のデザインの方法論)
  6.1 企業の持続性の条件を考える
  6.2 「一元的」世界観の落とし穴
  6.3 シナリオ・ベースト・デザイン

大きくPartⅠとⅡに分かれているが、Ⅰではデザイン思考とはどういうことか、なぜ必要になったのかといった背景が書いてあり、Ⅱでは、実際にデザインするにあたってのターゲットエリアとその方法について書いてある。

ところで、この手の本では、言葉の定義とか意味するところがわからないことが多い。そもそも、デザインとは何かとかデザイン思考ってどう考えることなのか、エスノグラフィーってなんじゃいということになる。ということで、ここではその言葉の意味などを中心に書いてあることを理解することにする。

目次に従って見てみると、まずは「矛盾(パラドックス)を超える知を」の矛盾って何?である。本では、効率的生産と個客への対応、低価格と高価格、技術志向と社会志向、事業の維持と革新、効率性と創造性、管理的経営と創造的経営といったような対立軸を指している。この矛盾を超えてこそイノベーションが起きる。

そこでデザインなのですが、一般にはプロダクト・デザインやインダストリアル・デザインなど「モノ」のデザインを連想しますが、これからのデザインは、「経験」や「コト」づくりのデザインあるいはコトの中にモノや技術を埋め込む知の方法論だといっています。

さて、デザイン思考とは何か。「顧客と主客一体となった「場」で、直感を活かして相互作用的に個別具体の諸要素の関係性を創出し、それらの要素を時間・空間のなかにダイナミックに組織化(形態化)していくプロセス」であると定義しています。①直感的な仮説の形成→②諸要素を組織化したコンセプトの形成プロセス→③目的と現実を結びつけるモデル(プロトタイプ)の形成という3つのフェーズからなっている。プロセスといっているのが興味深いですね。

直感的思考パラダイムというのもわかりづらいかもしれませんね。20世紀は「モノのパラダイム」であって、そこでは階層的・分析的な世界観であったのが、「関係性のパラダイム」の時代になってきたという。そこは関係的・直感的な世界観なのです。分析的なビックデータはあまり重要ではない?

Chapter2の産業社会の知となったデザインでは、今言ったようなパタダイムシフトが産業社会にも影響を及ぼしているということで、デザインの機能も、「すでにあるもの」に付加価値を与えるという機能から、産業や企業の価値生産に影響を与える根本的な仕組みとして浸透してきていると言っている。つまり、顧客の要望を把握しデザイン・プロセスを通じて解決する価値生産システムへのシフトである。

そのあとChapter3を含めて、こうしたパラダイムに対応する人的資本や組織、また経営者から一般まで含めたマインドの醸成といったことが語られている。ということでPartⅠでは、多くの矛盾を抱えるようになった時代の要請として、デザイン思考が登場し、大きなパラダイム変化の波押し寄せていることを示してある。このあたりは最近ようやく日本の企業でも認識し始めてきたように思うが、さて実際にどうやるのか(PartⅡ)については別途エントリーします。
 

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