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手のひら感

自分が何か行動を起こしたり、指示を出したり、考えをまとめたりといった時にどういう状態が望ましいかと思うことがある。単なる思いつきや行き当たりばったりというのは、運が良ければうまくいくが、それがいつも続くわけではない。そこには、何らかの論理的な裏付けが必要になる。いや、論理が組み立てられなければやることや言っていることに説得力がないことになる。

世の中にはロジカルシンキングだとか、○○思考法とかあるのだが、それほど構えなくても自分なりのロジックを持ちたいと願う。それには、一生懸命勉強して、知識を得てと思われがちであるが、もちろんそれも大事であるのだが、立派な知識を得たとしても、ちゃんと咀嚼して自分の考えに変換できていなければ、すぐに忘れるか、化けの皮がはがれてしまう。

さて今は、知識ということを言ったが、それだけでは不十分で、経験ということも大事である。ただ、経験も知識と同じように経験したということだけを取得してもしょうがなくて、その経験によって得たものから次にいかせる知恵を持つことが大事なのである。つまり、知識と経験は持っただけではなく、それを次の行動や考え方に対する論理的な裏付けに変換させておかないと意味がないことになる。

このことは、仕事でもプライベートでも非常に重要な心構えで、これがあるかどうかで、的確な予想もできるし、あるいは予想外のことが起きたとき、危機に瀕したときなどに適切な対応がとれるかどうかが決まってくる。要するに、これから起こるべき事象について、自分の手のひらで転がすことができるかどうかである。達観するとか極めるとかいった境地までいかなくても、ある程度、自らのコントロール下に置くということである。

ITがここまで進展した現代にあっては、知識にしてもまた経験値にしても膨大な情報が得られるようになっている。その中から自分が手のひらに乗せておきたいもの、すなわちコントロールするために必要なドライバーとしての情報が何なのかきちんと把握しておくことだろう。

そのために重要なことは、責任を自覚することだ。こういう責任があるので、その責任をはたすために何をコントロールしなくてはいけないのか、そのために必要な情報は何かである。責任の範囲、そこの状況や状態、来るべき変化に対応する術を手のひらに乗せておきたい。

残念ながら、日本では、特に日本の企業では、この辺りが比較的あいまいで、そんな堅いこと言わずに何となくみんなでよしなにやろうやとみえる。よしんば手のひらに乗っけていたとしても裏に隠れている。個人生活ではSNSなんかで表に晒されているのに企業では、インフォーマルなものになっているのでもっとオープンな形にしたいものだ。これからのITは、手のひら感を与えてくれる仕組み提供してくれるものになってほしいと強く思うのである。

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2013年4月14日 10:55に投稿されたエントリーのページです。

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