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2013年1月 アーカイブ

2013年1月 1日

新年明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。

2013年という新しい年を迎えましたが、さて今年どんな年になるのでしょうか。

日本の景気もいっこうに良くならず閉塞感が漂っていますが、昨年末に行われた衆議院選挙で自民党が圧勝して、3年半に及ぶ民主党政権からまた自民党へと変わりました。多少の期待感はありますが、真の意味でこの国の姿を変革していかないと縮んでいってしまいそうです。

(株)ワディットとしても早いもので7期目に入りましたが、昨年は良い方向へ向かう兆しが見えほっとしています。今年こそはそれらを軌道に乗せて安定した経営に持っていきたいと思っています。具体的には、社長が参画しているオモロキという会社が提供している「ボケて」という写真投稿サイトがブレークして多くのユーザを獲得したことです。昨年末には、スマホアプリもリリースし、さらに多くのメディアにも取り上げられました。

社長の方はそうしたWebサービスの他にはメルマガの発行、そして「Webサービスのつくり方」(技術評論社)という本の上梓、宮城大学での講義、YAPC::Asia Tokyo 2012でのベストスピーカー賞と活躍の場を広げています。

ぼくの方は、日本BPM協会やICT経営パートナーズ協会、バリューチェーンプロセス協議会といった協会活動や中小企業を中心としたプロセス中心アプローチによるシステム構築などを実践してきました。この業務プロセスをまず書いてみましょうという取り組みは少しづつ理解されるようになってきて、今年もすでに何件かのプロジェクトが予定されています。昨年にサイボウズ社の「kintone」というソフトウエアを使った実装方法も確立したので、上流の設計から実際の動くものを作るという一貫性のある方法論をさらに広めていきたいと思っています。

今やTwitterやFacebookが盛んになっていますが、ぼくの情報発信の中心はやはりこのブログです。今年も皆勤賞をめざして、日々綴っていこうと思っています。

どうか今年もよろしくお願いいたします。

初富士がとてもきれいな気持ちよい朝を迎えました。

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2013年1月 2日

年頭所感

昨日の元旦は老人ホームの入っている母親のところに挨拶に行って始まった。ホームの玄関には立派な門松が飾られている。この竹はうちの庭先から持っていったものである。昨年と同様ホームの若い子が取りに来て自分たちで手作りしたものだが、その出来栄えに感心する。ばあちゃんはあいかわらず元気で今年わたしゃ92歳になるよといって笑っていた。

年越しそばのあとは年明けうどんなのだそうで昼はうどんを食べて、テレビでニューイヤー駅伝とサッカーの天皇杯を見る。その惰性でテレビをつけていたが、見るものがないのでDVDで映画をみて時間をつぶす。そのあとはワインを開けてちびりちびりとやりながらチャンネルを行き来するが民放のくだらなさに呆れてNHKに変える。

そのなかで昨年に続いて「日本のジレンマ」という番組に見入る。1970年以降生まれの若者の論客たちが集まり、同世代のオーディエンスを交えて討論する番組である。サブタイトルが「格差を越えて 僕らの新しい働き方」である。論客は、前回に引き続きの、菅野稔人、猪子寿之、城繁幸、宇野常寛らに加えて安藤美冬とか小暮太一、安藤至大らである。こうした若い人の議論は聞いていても面白い。その前「2013世界とどう向き合うか」という番組での大人のあたりさわりのない議論に比べると尖っている。でももっと過激になっていてもよいと思った。

やはり、今日的な論点は"格差"なのかもしれない。特に世代間格差は深刻なのではないだろうか。そういう意味で彼らのような若者がもっと怒ってもいいような気がする。ただ、この問題は何も日本だけに特有の問題というわけではなく、先進国といわれる欧米諸国の共通の問題なのである。ということは、大げさな言い方かもしれないが、資本主義や現在の社会制度の成熟というか限界に近づいたということなのだろうか。

討論の中での争点でいうと安藤至大が言っていたが格差をなくそうとするとみんなが平等に貧乏になることだということになるが、それが結局幸せなのかという命題なのである。一方で猪子寿之が言うように全体のパイが大きくならないと意味がないという意見もある。これは、従来の社会ではデータとして裏付けられていた。経済が成長する方が幸せと感じる人が多いということである。

ただ、ここまで先進国の低迷を見ていると現実にみんなが成長していけるのかという疑問が湧いてくる。つまり、世界がゼロサム社会なのか、そうではないのかという問題である。発展途上国の成長は先進国の成長を抑止してしまうのかどうかである。成長には、人口の増加、資源の発掘、イノベーションといった条件が必要だろうが、日本に当てはめるとどれも難しそうである。他の先進国も似たようなことではないだろうか。そうなるとゼロサムの世界になっていくような気がしないでもない。

その中で格差をどう考えるかになる。猪子はイノベーションを起こせと言っている。そのために、法や制度という規制を極力減らせという規制緩和を主張する。それに対して、小暮などは急激な変化は避けて着実にやることのほうがよいと言う。このあたりの考え方の差が面白い。どちらもジレンマを抱える。

格差をなくしたほうがいいのはだれでも思うのだが、それだと全体が縮小してしまう。じゃあ、格差があった中で全体が押し上げることができるのか。ぼくの意見は、以前にも書いたのだが、実行性のあるやりかたとして、優秀なやつが引っ張って行くプル型社会にせざるを得ないが、一方でチャレンジに失敗しても救われるセイフティネットを用意することだと思う。こうあって欲しいというのはいいが、結局できなければ何もならないのだから、実施可能な形を選択すべきなのである。若者よがんばれ!

2013年1月 3日

映画三昧(2013)

正月三が日は、どうして過ごしたらいいのか困ってしまう、要するに暇なのだ。今年は、息子ふたりも年末から北海道とベトナムに行ってしまったので余計に時間を持て余す。昨日は、箱根駅伝をPCで見て近くの龍口明神社に初詣してそれからテレビも見るものもないので映画を観ることにする。そんな映画鑑賞記録を書いてみる。

【しあわせのパン】
実に情緒的な映画だ。監督が女性の三島有紀子。東京から北海道に移り住み、パンを焼く店で泊まれるペンションを経営している 水縞尚(大泉洋)とりえ(原田知世)の夫婦のところにやってくる人々の人間模様を描いている。自然の中で美しい生活をしてみませんか的惹句が似合う女性誌の世界のようである。

季節の移り変わりに合わせて登場する男女とか夫婦との触れ合いを描いている。まずは、夏編で男にふられた若い娘が傷心を抱えてやってくる。そこで地元の若者と付き合いうちに恋に落ちる。秋バージョンは、両親の離婚でさびしさを抱えた少女にやさしく接し、その中年にさしかかった父親との関係を修復する。最後が、昔訪れたことがあるという老夫婦が雪の降る冬に再訪する。妻は病身の身で夫の優しさに若かりし時を思い出す。

てな調子で、夫婦との触れ合いのなかから失ったものを取り戻すといった話がオムニバス的に展開する。そこに地元の人々も絡んできてほのぼの感満載である。こういうのを癒し系というのかどうかしらないが、出てくる人々がみないい人ばかりでまるで現実感がない。この夫婦にしても、最初奥さんが旦那を水縞クンとか呼んでいるので夫婦だと思わなかった。こんなメルヘンチックな映画もどうなのかなあと思ってしまった。

【少年と自転車】
第64回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞したベルギーを代表する監督のダルデンヌ兄弟の作品である。父親に捨てられた少年の傷つきながらも成長する姿を描いた秀作である。カンヌ国際映画祭5作品連続主要賞を獲得するという快挙を成し遂げたダルデンヌ兄弟にびっくりする。

シリル(トマ・ドレ)は、もうすぐ12歳になる少年であるが、父親の育児放棄により児童養護施設に預けられるが、その父親を探してもう一度一緒に暮らしたいと願っている。そして、学校を抜け出し元住んでいた団地に向かうが、学校の先生に見つけられ、逃げようとして入った診療所で、たまたま居合わせた女性サマンサ(セシル・ドゥ・フランス)にしがみつく。そこで、パパに買ってもらった自転車があるはずだと叫ぶのだが、部屋には何も残っていなかった。

ところが、ある日サマンサが養護施設にやってきて、シリルに自転車を渡すのだった。シリルの話から自転車を探し出して買い戻したのだという。そして、シリルはサマンサに週末だけ里親になってくれと頼み、サマンサの家に来て父親探しを始める。やっと見つけた父親のところに行って戻るように頼むのだが、父親はお金がなくて迎えに行けないと言われてしまう。最後にもう会いに来るなと言われる。それをきっかけに、サマンサはこの少年に対して潜んでいた母性がにじみ出るように一層の愛情を注ぐようになる。

こうして徐々に少年の心もサマンサに溶け込むようになる。ところが、ある時から街の不良と付き合うようになり悪事に手を染めてしまう。それでもサマンサは、シリルを見放すことなく包み込むのである。血のつながりのない関係なのにどうしてそこまでできるのかと思えるのだが、その答えがあるわけではない。ただ、深く考えさせられる。

かつて同じように育児放棄をテーマにして映画に「誰も知らない」(是枝裕和監督)というのがあって、主演の主演の柳楽優弥が第57回カンヌ国際映画祭において最優秀主演男優賞を獲得したことで話題になった。ダルデンヌ兄弟は本作のアイデアは日本で行われたあるシンポジウムで取り上げられた育児放棄の話からだそうだから、きっと「誰もしらない」にインスパイアされた可能性がある。

【ラビットホール】
ラビット・ホールというのは、「不思議の国のアリス」でウサギを追いかけてアリスが落ちた穴のことなのだが、要するにあることをきっかけにまるで別の世界に紛れ込んでしまったことを言っている。4歳になる子供を事故で失ってその喪失感から立ち直ろうともがく夫婦を描いている。監督がジョン・キャメロン・ミッチェル、主演がニコール・キッドマン。彼女はこの演技で、アカデミー賞とゴールデングローブ賞で主演女優賞にノミネートされた。

郊外の閑静な住宅街に暮らすベッカ(ニコール・キッドマン)とハウイー(アーロン・エッカート)のコーベット夫妻は、8ヶ月前に一人息子ダニーを失った。犬を追いかけて道路に飛び出して交通事故にこの世を去ったのだ。それからふたりは大きな喪失感がのしかかり、なかなかそこから再生できないのである。

その感覚も夫と妻では微妙に違ってきて、二人のあいだにも溝が出来始める。何とか前に向かって進もうとする夫に対してベッカは引きずったままでなかなか立ち直れない。グループセラピーに参加したり、母親との会話をしたりするのだが、かえって苛立ったりするのである。

そんなある日スクールバスの中のなかに、車でダニーを轢いた高校生を発見する。翌日その少年を尾行して図書館に入り、彼が返却した「並行宇宙(パラレル・ワールド)」という本を借りるのであった。そして、あるとその少年から声をかけられる。憎むべき加害者ではあるが、ベッカはなじるわけではなく、その出会いから二人は公園で会話をするようになる。こうした状況を境にベッカの心の中にも変化が生じだし、再生に向かって歩みだすのである。

といった頻繁に取り上げられる「喪失と再生」の物語であるが、落ち着いた雰囲気でじわっとくるいい作品である。ニコール・キッドマンも揺れる心情をうまく表現して好演である。大震災でもこうした喪失と再生をそこかしこで今でも続けているに違いない。しかし、きっとそれは"時間"が徐々に解決していくのだろうとぼくは思う。

ただ、映画の中で同じように自分の息子(ベッカの兄)を失ったベッカの母親が言うセルフにあるように「悲しみは消えない。しかし変化する。重みが変わるのだ」とういうがすごく響いたのである。
  

2013年1月 4日

スポーツ三昧(2013)

正確にはスポーツ観戦三昧であるが、いやもっと正確に言うとテレビ観戦である。更にスポーツといってもサッカーと駅伝である。元旦のサッカー天皇杯、実業団チームによるニューイヤー駅伝、そして2、3日の箱根駅伝を楽しんだ。

天皇杯は柏レイソルがガンバ大阪を下して優勝した。J2降格が決まっているガンバ大阪はカップ戦になって本来の力に近づいて準決勝で鹿島アントラーズを破って決勝に進出した。一方の柏レイソルはリーグ戦6位といいながらも昨年の覇者である実力を発揮し、マリノスに勝っての決勝である。

立ち上がりから、試合を優位に進めたのはガンバで、センターバックの今野をボランチにあげ、遠藤をトップ下に二人を一段高い位置にすることで相手に押し込まれる前に早めにボールを奪取するとともに、相手陣内で遠藤を中心にボール回しを行うという戦術が取れるようになった。この日も、今野、遠藤にボールを集めて高いボールポゼッションで攻めていた。レイソルは守り一辺倒という感じであった。

しかし、何回かの決定機を外すと前半35分にコーナーキックからDF渡部に頭で合わせられてレイソルが先取点をあげる。攻めているのだが、セットプレー一発でやられてしまうというよくあるパターンである。こうなると、レイソルの試合後者ぶりがいかんなく発揮され、ずっと攻めあぐねたガンバは力尽きる。さて、レイソルは昨年に引き続いてACL出場権を得たわけで、経験を生かして優勝を目指してチャレンジしてほしい。

サッカーでは他に全国高校選手権が行われている。昨日は神奈川県代表の桐光学園が昨年準優勝の四日市中央工業を破った。ぼくは若い頃仕事で四日市にずっといて、サッカーもやっていたから四中工には思い入れがあって、毎年神奈川県代表の次に応援していたのだが、今年はいきなり当たったので複雑だったが桐光学園が勝った。そして、昨日も佐賀商に完勝してベスト8だ。ぼくの母校が神奈川県予選でベスト8を前に涙を飲んだので、ぜひ桐光学園には勝ち進んでレベルの高さを証明してもらいたい。

駅伝は、昨今感じるのだがあまり面白くなくなった。なぜかと思ったのだが、レベルが低いからではないかと思っている。昔の話をするのも何なのだが、駅伝を走る選手たちが世界で通用する選手が多くいたのが最近では、国内ではトップでも海外に出たら全く歯が立たないわけで、そうなると見ている方もしらけてしまうのではないだろうか。一流を見たいのだ。

象徴的なのは、実業団駅伝でのインターナショナル区間というのが設けられ、そこで走るケニアやエチオピア選手との違いを目の当たりにしてしまうと、何だ日本選手はたいしたことないなあと思ってしまう。箱根にしてもテレビでオリンピックのマラソン代表はみなこの箱根から巣立っていったと叫んでいたが、その成績はどうだったかと言われたらしゅんとなってしまうだろう。逆に駅伝をやっているから強いマラソン選手が育たないといわれかねない。

その他のスポーツもラグビー、バスケット、アメフトなどの球技が行われているが、ぼくが非常に驚いたのはラグビーをやる人が減っているということだ。今高校選手権が行われているが、その島根県予選で参加校がたった2校だったことにはびっくりした。そしてなんとその予選で石見智翠館が202―0で出雲に圧勝したのである。ずっとそうらしいのだが、ちょっと信じられなかった。危ないからとかカッコよくないとかあるのかどうかわからないがもっとやってもいいと思うのだが。

さてスポーツ観戦はいいけど自分でプレーしなくていけないと思うのだが、体が言うことを聞かないのでもっぱら見るだけになっているが、今年は唯一ぼくの運動である水泳をもっと回数増やして体を鍛えよう、いやもう無理だから維持しようっと。
 

2013年1月 5日

直感力

以前、大局観という本を出しているのでてっきりその続編かと思ったら別の出版社からの刊行だから、内容が重複していたりする。将棋の羽生善治が書いた「直感力」(PHP新書)は、二番煎じと言われても仕方ないかもしれない。前の本にも直感についてという章が設けられているからである。ちなみに「決断力」という本もある。

まそれは羽生さんの責任でもないし、彼の書いてあることを読むのは楽しいからゆるすのであるが、少なくともタイトルのつけ方ももう少し工夫して欲しいと思う。最初の二つの章ぐらいの内容が直感ということに触れているが、次からは直感というよりは心構えを言っている。これも羽生さんの責任でもなく編集者の問題である。

内容は、ぐじゃぐじゃ言うよりどんなことが書いてあるか目次とその注釈を追うとよくわかる。

第一章 直感は磨くことができる・・・直感は決して先天的なものではない。
第二章 無理をしない・・・余白がなければ直感は生まれない。リラックスした状態で集中してこそ、直感は生まれる。
第三章 囚われない・・・好きなことであれば、いつも関心をもって焦点をあてることができる。一方で、苦手なものにも得るところはある。
第四章 力を借りる・・・直感の醸成は、自分一人ではなし得ない。相手の力を活かし、自分の力に変えることが、自分の創造性、やる気の継続へとつながる。
第五章 直感と情報・・・不安な時間に対して耐性をもつこと。情報を積み重ねただけで成果が見えるような、性急な進化を目指してはいけない。
第六章 あきらめること、あきらめないこと・・・「あきらめてはいけない」と言うのは簡単だが、必ずしもあきらめないことがいいわけではない。時には潔くあきらめることも必要だ。
第七章 自然体の強さ・・・目標は一気に貸してはいけない。少しずつ積み重ねることによって、気がつけば着実に全身している。自然にできることを続けていくという健全さが必要なのだ。
第八章 変えるもの、変えられないもの・・・進めたい、変えたいと思っても、大きな流れの中では、変えられないものもある。どちらへ進めばいいかは分からない。分からなくてもどこかへ進むしかないのだ。

こうして眺めてみると羽生善治という一流で極めた勝負師の真骨頂が見えてくる。ここには、一心に攻め込むというよりは柔軟で自然で粘り強い姿がある。これは将棋という世界の特有のことかと思われがちであるが。将棋に限らず勝負事、いや仕事なんかも含めてみな必要なことなのではないでしょうか。

直感について彼は「直感とは、論理的な思考が瞬時に行われるようなものだ」という。よく直感というから非論理的だと考えがちであるが、論理的思考が素早くされることだというのである。それが常にそうした思考回路を蓄積することでスピードが速められるという。将棋では数多くの棋譜を覚えているとひらめくなんてことなのかもしれないがなるほどと感心する。

それにしても、羽生善治はすごい。非常にまっとうな考え方、思考回路があって、それを動かす頭脳は並大抵のパフォーマンスではなく、おそろしく大容量メモリーととんでもなく速いCPUを持ったコンピュータを内蔵しているのだ。
  

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2013年1月 7日

ビジネスサービスのつくり方 - 第2章 企画

さてこれからは企画の話になります。「Webサービスのつくり方」という本では次のように書いてあります。

Webサービスにおいて、「何を」つくるかは最も重要なことです。いくら崇高な技術を持っていても。「何を」つくるかによって、その技術が生きるか死ぬかが決まってきます。何をつくるかをしっかり決めることにより、実際に本番用のコードを書く実装の段階にも確信が持てますし、リリースした際に得られるフィードバックも活きてくるでしょう。

ここに書かれていることは、Webサービスだけにとどまらず業務システム、すなわちビジネスサービスについても言えることではないでしょうか。「WhatはHowに優先する」ということを忘れないようにしたいですね。

■ 企画づくりの流れ
何となく頭の中で思い巡らしただけでは企画は生まれてきません。それなりの型があります。次の7つの項目を決めることです。
① 哲学
② アイデア
③ テーマ
④ コンセプト
⑤ 名前
⑥ デザイン
⑦ 内部設計

ここで留意しなくてはいけないのは、Webサービスとビジネスサービスでは、粒度的にレイヤーが一段違うように思います。つまり、ビジネスサービスはWebサービスのレベルのものの集合になっていると考えられます。しかしながら、上記の流れや基本的な考え方は同じように大事だということです。

ではそれぞれで見ていくと、哲学というのは、「Webサービスのつくり方」では"特定の興味に関する揺るがない気持ちのこと"と言っています。これをビジネスサービスに当てはめて考えてみましょう。"仕事を気持ちよくやりたい"ということかもしれません。あるいは、"自分を成長させてくれるもの"かもしれません。そこは会社にとって、また組織にとって揺るがないものを選択すればよいのですが、お気づきかもしれませんが、従来のビジネスサービスでこうした見方をしたでしょうか。効率一辺倒でしか見ていなかったのではなしでしょうか。哲学をしっかりと考えてから取りかかりたいものです。

次のアイデアは簡単にいえば、哲学を叶えるために「これが欲しい」というものを挙げて行くことです。そして、哲学をより具体的な形に落とし込んで狙っていくエリアがテーマになります。アイデアが出て、テーマが決まるとだんだん見えてきますよね。それを一言で表現したものがコンセプトになります。そして、名前付けをするのですが、ビジネスサービスではそんなに重要ではないと思いがちですが、意外と注意したほうがよいと思います。名は体を表すからです。

あとは、デザイン、内部設計といった従来よくやられていて、それなりの考え方がいっぱいある領域です。ここへ来ると、「何を」から「どのように」に入ってきますが、企画の段階では、あまり細かいところに踏み込まない方がよいでしょう。しっかりと「何を」つくるのかを固めることをして、その「何を」に気持ちや、思いや、願いなどを埋め込んでおくことが大切なのです。
  

2013年1月11日

ビジネスサービスのつくり方 - 第2章 企画

■ ビジネスサービスの企画って何?
Webサービスだと企画というのはどういうものかはわかりやすいと思いますが、さあそれではビジネスサービスの企画ってなんでしょうか。まず、一般的にやられている業務システム開発を考えてみましょう。企画なんてフェーズがあるのかという疑問が湧いてきます。スクラッチで開発するにしても、パッケージを適用するにしても、企画づくりの流れでいうと⑦のデザイフェーズから入っているように見受けられます。

要するに、データベースと画面の設計から入るというイメージでしょう。ユーザから要求をヒアリングするからそれは企画でしょうというかもしれませんが、そこには哲学とか「これが欲しい」というアイデアとかはあまりないように感じられます。サービスというのは、送り手と受け手が双方でコンセプトを共有して初めてサービスが成り立っていきます。一方的だとどこかでうまくいきません。

これまでのやり方でこうしたコンセプトの共有ということはあったでしょうか。どうも一方通行のような気がします。パッケージなんかは送り手の押し付けですし、スクラッチだとユーザのわがままを仕方なしに受けるなんてことが起きています。これから大事なことは、お互いに良いサービスを作り、使うのだという意識をもつことだと思います。

そこからは、企画の流れに示したようなステップを踏むことの必要性が見て取れます。ただ、さあアイデアを出してください、出しましょうといってもそう簡単なものではありません。現実的なやり方は、現状の問題点を探すことだろうと思います。Webサービスでも個人生活でこんなこと欲しいので何とかならないかといった発想をします。駅の時刻表はあるけど、どういう経路を行けば一番早いかを教えてもらうとうれしいなということで乗換案内サービスが出来たりするわけです。

ビジネスの世界でも基本的には同じですが、Webサービスがどちらかというと問題解決というより、もっと楽しく、もっと気分よくといったプラス方向のサービス指向ですが、ビジネスサービスではどうしても、問題があるのでそれを解決する方向が主になります。ここの処理に時間がかかるからもっと速くできるようにしたいなんてことが多くなります。

これは仕方ないことですが、これからの業務システムではサービス指向にすること、さらにプラス方向のサービス化を考えて行きたいものです。すなわち、日常の仕事がやらされてる感から、やってる感へ変えるとか、自分の仕事の成果が組織に貢献できたらみんながいいねと評価してくれるといったサービスを取り込めたらいいなあと思っています。

そのためにも一旦自分たちの足元をじっくりと見直したらいいと思います。会社はどう動いているのか、組織はどうしてあるか、どうあるべきか、その中の個人の役割は、それを実行するのにどんな障害があるのか、なぜ不機嫌な職場になっているのかといったことをじっくりと考えてみる必要があるでしょう。何となく、効率化や自動化を目的としてシステムを導入してやしませんか。そこを見直すことも企画の大きな目的でもあるのです。
 



2013年1月 6日

論理の組立の不可解さ

まだ、仕事モードにならないのでついだらだらしてしまう。昨日は、桐光学園のサッカーの試合をTVで見て、アディショナルタイム(最近はロスタイムと言わなくなった)に決勝点を入れて岡山県代表の作陽高校を破ったのを喜んでみたり、少しはなまった体を動かしたほうがいいので初泳ぎとあいなった。

まだ、スイミングスクールが休みなので空いていて静かなので快適に泳ぐことができた。ぼくのプールのメニューは冬はまずはジャグジーに入ることから始まる。体を温めるのが目的である。ほどよく暖かくなると採暖室に入る。本来はプールの水で冷えた体を暖めるためだが、けっこう温度が高いのでサウナがわりに汗を流すのである。それから、泳いだり、歩いたりして2時間過ごすことになる。

この2時間のあいだで、泳いでいるときと汗をかいているときはぼくの頭の思考回路は止まってしまうのだが、ジャグジーでジェット水を受けているときはいろいろなことが頭に浮かんでくる。ただ、残念なことにメモが取れないのであとで忘れてしまうことが多いのが難点だ。今も記憶に残っていることを書いてみる。いずれも論理的にいって順序が違うのではないかと思ったことが3つある。

最初は自民党政権における組閣の話である。年末の慌ただしい中で新内閣が発足したが、その閣僚の選考で毎回のことではあるが、初めに誰を入閣させるかがまずあるのだ。当選何回だからそろそろ大臣してあげるかというやつである。そのあとにポストを割り当てるのである。これって、順序が逆で、そのエリアでその時点でその政策を実行するのに適任の人材を登用するというのがまっとうな論理でしょう。

ところが、そのやり方に逆らった議員がいた。今回財務副大臣に就任した小渕優子である。入閣を打診されたときにこう言って固辞したという。「要になる次世代の人間が意思決定の場にいることの重要性を感じた」ので財務副大臣にしてくださいと言ったのだという。こういうのが正しい任命ではないでしょうか。

2番目が、原発と活断層の話である。原子力委員会というところが既存施設の活断層の調査をやっているのだが、何のためにやっているのかが実のところよくわからない。単純な話、既存のものは建設時に基準に照らし合わせて認可されたからできたわけで、たとえ今の新しい基準で適合しなくても止める法的根拠はない。ここではそのことではなく、なぜ今地震と原発の関係をうんぬんするのかということである。

福島の件で見直すということなのだろうが、福島の事故はどうして起きたかということを考えてみてください。地震ではなくて津波ですよ。地震と津波が同時にやってきたから全部地震のせいだと思いがちだが、女川原発もそうだが地震に対しては大丈夫だったのだ。それと、一度ことが起きたら被害が大きすぎるからという理屈も、なんで今になって出てくるのかである。

つまり、きちんと冷静に事故の原因、被害の程度、問題の所在などを分析・評価して、ある程度の国民的なコンセンサスがあった中でこれからどうしたらよいかの議論に向かうべきだと思うのだが、ヒステリックになったり、情緒的・雷同的になったりしているように見受けられる。ぼくは、原発推進派だとかいうことではなくてまともな論理的組立てで議論して欲しいと思う。それは放射能を怖がるのはわからないでもないが、もし原発でなかったら同じ現象でも違った議論になると思うので、冷めた見方も必要ではないだろうか。

さて最後は、デフレの問題である。いまアベノミクスとか言われて株価も上昇して、円安も進行しているが、経済というのは非論理性の部分が多分にあって、気分とか期待とかいったことで動くのである。だから、インフレターゲットのような政策というか目標が掲げられる。ただ、それを金融政策でやれるのかは疑問である。お金を刷ればいいなんておかしな話です。財政にしても確かに何兆円もの公共投資を行えば単純に需要が増えるけど、これはモルヒネ効果であって、エコポイントで懲りたように長続きしないのは目に見えている。

だから、自明として実体経済としてよくならないと抜本的にデフレ脱却はできないのだ。じゃあ、その実体経済をよくするにはどうしたらよいのかは、これまた自明として企業収益をよくしなければ続かないのである。そして、企業収益は国内需要だけでは限界があるし、いまやグローバルに経済は動いているから、日本の企業が国内含めたグローバルマーケットで力が発揮できるような環境を整えることでサポートすることが求められるのである。決して、政府が金をばらまくことではないのです。

もし、こうした社会が嫌ならみんなが貧乏になって暮らすしかないわけで、ある種の社会主義的な世界を夢想するひとたちが、平等で皆が助け合って幸せに暮らすことを目指すといっても、貧乏になったらなったで別の意味で不平等でかつ争いが起きるものです。"貧すれば鈍す"です。だから、論理の組立としては、わずかでもいいから持続的に成長する経済にするのだというところから出発してもらいたい。
 

2013年1月 8日

東洋宮武が覗いた時代

すずきじゅんいちの戦時中の日系アメリカ人を描いた映画3部作の一作目である。「442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍」、「二つの祖国で 日系陸軍情報部」と本作「東洋宮武が覗いた時代」の3本であるが、順序が逆になってしまったがこれで全部観たことになる。「東洋宮武が覗いた時代」では、開戦とともに収容所に入れられた日系人たち、「442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍」では日系人で編成された部隊・アメリカ陸軍442連隊、「二つの祖国で 日系陸軍情報部」では、戦争から終戦、戦後にアメリカと日本を結んだ人たちが描かれている。

三部作は、当時の記録映像や写真とまだ健在である当事者たちの独白、そして関係する人たちへのインタビューなどで構成されるドキュメンタリーである。当事者の人たちは皆90歳前後になっているので、もう映画にする最後のチャンスなのかもしれない。そういう意味ですずきじゅんいちの残した仕事は称賛されるだろう。われわれが知らなかったことが明かされることで当時の日系人の苦労の跡が改めて思い知らされることとなった。

東洋宮武はカメラマンである。1909年に米国に移住し、写真に興味を持ち写真館を開くとともに、有名な写真家であるエドワード・ウェストンなどから学び、次第に名も知られるようになる。しかしながら、1941年の日本の真珠湾攻撃を皮切りに戦争が始まると西海岸に住んでいた日系人約12万人が強制収容所 に収容されることになる。彼の一家もカリフォルニア州・マンザナ収容所に収容される。

そこでの3年余り間の生活を500枚もの写真に収めたのである。この東洋宮武のエピソードを中心にして、当時の日系アメリカ人たちがどんな暮らしをしていたのか、そして様々な軋轢、衝突を乗り越えていったのかを語っている。いきなり、収容されるのであるが、アメリア国籍もっていながら自由を奪うというのは憲法違反である。後にそのことで告訴して、1988年にレーガン大統領がやっと間違いを認めるのであった。同じ敵国でもドイツ系やイタリア系のアメリカ人は収容されなかったから明らかに人種差別なのである。

ところが、2作目の「442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍」に詳しく描かれているように、そんな仕打ちをされながら2世たちは志願してアメリカのために戦うのである。この時の1世と2世の葛藤はいかばかりのものであったか。実際に親子ゲンカが頻繁に起こったという。また、アメリアに忠誠を誓うかどうかでも内部対立も激しく死傷者まで出したのだという。

ただ、戦った日系人たちの勇猛さはアメリカのためという愛国心というのではなく、日系人としてのプライド、恥をさらすなという気持ちが強かったのだという。このあたり、流れる血と生活拠点の揺れのようなものが見られて興味深い。おそらく当時のことはあまり語りたくないままきたと思うのだが、時間がある程度解決してくれて、ぼそぼそと語りだす真実に涙せざるを得ない。日本人というものを知る上で、日系アメリカ人の生き様を知ることは有意義であろうと感じたのである。
  
toyomiyatake.bmp

2013年1月 9日

陰謀史観

歴史の真実というものがわかるのだろうか。事実を捉えない限りありえないのだが、その事実自体も明らかになるのだろうか。つまりある事象に対して感じるあるいは認識することは人それぞれで違うからである。物事を正しく理解することの難しさを思うのである。特に歴史に対しての理解、すなわち歴史観はなかなか客観的な目でみられないものだ。

「陰謀史観」(秦郁彦著 新潮新書)はこうした歴史的事実を曲解し、歪めることについて事例をもとに詳述している。明治維新から9.11まで多くの「陰謀史観」について検証している。田中義一上奏文、張作霖爆殺、第二次世界大戦、東京裁判、占領政策、最近では田母神史観などが引き合いにされる。

多くの紙数を割いているのが日米対立の史的構図である。ここでも多くの陰謀史観が登場する。特に太平洋戦争についてよくあるのが日本は、アメリカ、ロシア、中国、ユダヤなどの陰謀の仕掛け人に翻弄されて仕方なく戦争を始めさせられたというものであろう。日本は加害者ではなくむしろ被害者であったといった論調である。

従って、その論旨は、事後法を理由に全被告の無罪を主張したパール判事に対する称賛、講和条約が発効される1952年までは日本と連合国は戦争状態であったため、処刑された7人のA級戦犯は戦死者なのだから、靖国神社への合祀は当然、マッカーサーは「日本を戦争に駆り立てた理由は、主として安全保障の必要からだった」という証言したのは、日本の自衛戦争であったことの証明、「大東亜戦争」は中国をふくめ相互に納得ずくで戦ったのであり、その相手に謝罪するのは筋違い、といった見立てである。

これは、バイアスがかかっているなあと思うでしょうが、それを信じている人がいるのである。最近では有名になった自衛隊の田母神俊雄航空幕僚長が書いた「日本は侵略国家であったか」も同じような文脈に乗っている。これは別段目新しい論説ではなく著者によれば、諸説をかき集めて一同に並べたのはユニークな着想だと変なところをほめていた。

さらにおもしろいというか本当なのかということでコミンテルン(国際共産主義組織)の陰謀を取り上げている。張作霖の爆殺もあの戦争に巻き込まれたのもコミンテルンの陰謀だったというのだ。最近では、9.11の陰謀論が新しい。ビンラディンがCIAにより殺害されたが、ビンラディンを育てたのは実はCIAの陰謀だという説も出たりする。ところで、陰謀組織は世界でどのようなものがるのだろうか。著者は、Ⅰ型、Ⅱ型に分けている。

Ⅰ型は、コミンテルン、ナチ党、CIA、MI6(英)、モサド(イスラエル)など情報や謀略を担当する国家機関ないしは準国家組織である。一方、Ⅱ型は、ユダヤ、フリーメーソン、国際金融資本、各種のカルト教団などの国境横断的な非国家組織である。こうなると、007が暗躍したりしそうだが、実態は何が起こったのかは判然としない。それはそうで、陰謀で成功したものは表に出てこないからである。

しかし、なぜこうした陰謀史観が登場するのだろうか。まずはおそらく、完全に否定できないからであろう。このあたりは、UFOを信じるのかとかノストラダムスの大予言といった超常現象の世界に近くなってしまいます。つまり、見る人が掛けるイデオロギーという眼鏡を通すと、それぞれが違う歴史の風景が見えるのだろう。

そういった陰謀説を繰り広げる人々の動機はいったい何なのだろうかという問いに対して著者は「陰謀説の嘘」の著者であるアーロノビッチの言葉を引用して、政治的敗者によって考案され、社会的弱者によって支持されてきたと観察している。つまり、敗者や弱者の挫折は自身の失敗のせいではなく、邪悪な陰謀者の悪だくみにうっかり乗せられてしまったせいにすれば気が晴れるからだという。もしそうであれば、きっと陰謀史観はなくならないだろうな。
 

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2013年1月10日

3つのマネジメント

このブログでは多くの議論がビジネスプロセスマネジメントについてある。もちろんそれだけがマネジメントというわけではない。プロセスマネジメントを行う時に時々入り込む議論がある。ひとつは、日常の業務、すなわちルーティン的に遂行する業務以外に、あるテーマがあってそれを期限限定的に行うプロジェクトと呼ぶような業務があるが、そのマネジメントはプロセスマネジメントとどう違うのかということである。プロジェクトは目標があって、成果物がはっきりしていて、それに向かって特にメンバーが力を合わせるようにすることだろう。

もうひとつは、プロセスマネジメントはプロセス改善とか改革を指向するのだが、そのためには意識改革のような人に働きかけるためにどうしたらよいのかといったマネジメントも要るよねという話になる。いくら、掛け声をかけても当事者がやる気にならなければどうにもならない場合がよくある。笛吹けど踊らずである。

従って、プロセスマネジメントとプロジェクトマネジメント、そしてチェンジマネジメントである。この3つのマネジメントのどれか一つというわけではなく、全部一緒になって考えることが大事だろう。と書いてみてはたと膝を打ったのである。そうです、今アベノミクスとの対比である。公共投資という財政出動、大胆な金融緩和、成長戦略である。

最初の二つ、すなわち公共投資と金融緩和はある期間を限定して行うプロジェクトである。その効果も限定的でカンフル剤のようなものだけど、目標がはっきりしている。一方の成長戦略はプロセスマネジメントに近いと思う。日々の活動の中で少しずつ改善や改革を進めながら成長していくというイメージになるからである。一気に素晴らしいことができて大きな成長を遂げることはない。イノベーションだって結局は地道な努力の積み重ねで定着するのだと思う。

ところが、今はまだこうした政策を行いますよというスローガンばかりが目立っているのだが、実行する時に非常に重要なことはチェンジマネジメントである。どうもそのことがおろそかになっているようで心配しているのである。ひょっとすると先の選挙で民意を得たので、突っ走ってもかまわないと思っていたら間違いのもとだ。

プロジェクト的な政策の場合には比較的やるぞという掛け声でいけるかもしれないが、成長戦略を実行する時には必ず国民の意識改革が伴わないと失敗する。つまり、労働市場の流動化、各種規制緩和、公共への市場原理の導入、サービス業の生産性の向上といった構造改革が待ち受けている。このことは、既得権益の放棄という痛みが必ずつきまとうのである、そのことを国民のみんなが自覚して覚悟を決めないとできないのである。それが、チェンジマネジメントである。

企業の成長も国の成長も基本的には同じようなアプローチを取らざるを得ないのだ。新規分野の開拓とか既存部分野での各種改革が必要なわけなんもだが、改革というのは簡単に言うと何かを捨てることなのである。だから、トップは何を捨てるのかをはっきり示してやる必要がある。企業は、不採算事業は撤退するし、従業員にはやめてもらうという選択が待っている。国ももはや赤字続きの会社なわけだから覚悟、すなわち国民の意識改革をしてほしいものだ。
 

2013年1月12日

概念化とか抽象化が大事だなあと思う

ぼくたちが目にしている事象とか、物事に対して、自ずと自分の頭の中に持つ共通的な考え方で処理しようとするものである。処理というのは、最初はそうした事象や物事を分類してカテゴライズします。そうしたクラスタリングにより、整理されたものに対して、カテゴリーごとに持っている対処法を適用していくわけです。

こうした思考のレベルとしては、わりと抽象度の高いとことで行われます。そうでないといく通りもの対処法を用意しなくてはいけなくなるからです。このあたりの粒度設定が非常に重要になります。何かの議論していても、あなたの言っていることは抽象的でよくわからないとか、総論賛成、各論反対なんていうのもこういうことなのかもしれません。

この入口の事象とか、物事の類型化というのがなんといっても大事なことであると思う。それぞれの要素から特異点を捨象して共通点を見つけ出し、それをきちんとした構造として定義することです。モデル化とも言います。実は、それができるといろいろな分野でも応用が効くというか、同じような考え方で見ることができるようになります。以前、ビジネスパーソンに必要なスキルとして、技術スキル、対人スキル、そして概念化スキルをあげましたが、その最後の概念化スキルの最も大事な部分がここにあります。

そして、うまく類型化・構造化されるとそれに対して何をしたらよいかはそんなに難しいことではないと考えています。問題解決が成功するのか失敗するのかは、問題設定のところを間違わないことです。間違った問題設定をするといくらよい解決策を実行したところでトンチンカンな結果になることがしばしばおきます。ですから、適正・的確な問題設定ができたらあらかたうまくいくのです。

例えば、いまぼくはこのブログでシネマと書店とスタジアムというテーマで多くの記事を書いていますが、この映画と本とスポーツのなかにもビジネス分野との共通点があるのがわかります。つまり、ビジネスモデル的な部分で同じように考えることができます。

映画では、最近よくやられている製作員会方式とか、本だと本の構成、章立ては業務プロセスそのものだとか、スポーツだと組織力や個人スキル向上といった部分がかなりビジネスと共通してきます。ぼくがよく観るサッカーなんてまさに事業マネジメントそのものだったりします。組織として個人をどう活かして、戦略に基づく戦術を実行して勝っていくのかですから、似ていますよね。

このように、世の中の事象とか、物事を概念化し、抽象化して捉えることは大事だと思う。ただ、日本人はここが弱いように思える。細かな具象的、個別的な見方をしがちで、従って大きな流れや方向性を提示できない。「物事を正しく理解している人は同じように正しいが、バカはそれぞれにバカである」というトルストイの言葉を思い出す。物事を正しく理解するには、概念化とか抽象化できる能力を必要としていると思うのである。
 

2013年1月16日

商店街はなぜ滅びるのか

近頃では町の商店街というとシャッター通りと言われるように寂れてしまう典型のように思われている。そうした商店街を社会・政治・経済史から分析、評価そして再生の道を指し示す書である。「商店街はなぜ滅びるのか」(光文社新書)は気鋭の社会学者である新雅史が書き下ろした非常に読み応えのある良書である。

著者は1973年生まれだからもうすぐ40歳という若手の研究者である。われわれは何となく商店街というと古めかしい、旧態の存在だという先入観がある。だから、古いがゆえに時代とともに消えていくものだ普通に思ってしまう。ところが著者はそこに異議を唱える。商店街は20世紀になって作られた比較的新しいものであるというのである。それがゆえに、どうやって商店街が形成され、隆盛し衰退したのかを解説していく。

だから、単なる商店街の存亡の歩みというわけではなく、そのときどきの社会を反映したものとして捉えるのでさながら戦後の社会史となっている。本では、1920年~1945年を胎動期、1946年~1973年を安定期、1974年以降を崩壊期と規定している。商店街の胎動は第一次世界大戦後に起こった。農村部から都市部へと流れ出る人々を中間層化して社会秩序に統合する目的だったという。大戦後の不況にあえぐ農民が都市へと移動したが、彼らは製造業では受け入れられずに零細小売業として増加していくのである。

そして、こうした零細小売商は自衛のために組織化されていったのが商店街であった。商店街という理念には個々の小売業者を専門店化して、それを地域ごとで束ねることで高くい消費空間を提供しようとしたのである。そして戦後になるとこの商店街という理念が忘却されつつ、増殖するという矛盾が生じていくのである。政治的には製造業中心の制度設計が優先され、そのため商店街という理念は社会的に根付かなく、自民党の支持とともに法に守られるような存在と化したのである。そして、スーパーマーケットの登場である。流通革命が起こり始める。

崩壊期の象徴はコンビニの出現である。コンビ二は小売業にとってスーパーマーケットと違って、対立するものではなく、小売商そのものがコンビニへ業態変化していったのである。長時間営業の問題、人材の確保という点で大きなメリットがあったのだ。そして、商店街は崩壊する。著者は、二つの理由があるという。一つは、商店街が。恥知らずの圧力団体になってしまったことと、もう一つが専門性が失われ、コンビニという業態が内部から侵食したという見立てである。

ではこうした状態をいかに乗り越えるのかについて、規制国家と給付国家という概念を持ち出し、それと個人と地域の軸を組み合わせて考えることを提案している。そうすると4つの象限に分けることができる。すなわち社会保険とか、社会手当といった個人に対する給付、労働基準法、派遣規制による個人に対する規制、距離規制などの地域に対する規制、公共事業とか地方交付金による地域に対する給付である。

80年代以降は規制を減らし給付を増やす方向であった。商店街のことでいえば、地域に対する規制が緩和されたことによりショッピングモールが地方の郊外に増加した。21世紀に入ると小泉改革に代表されるように給付の制限に走った。一方、民主党政権では逆に給付を強めたのはご存知のとおりである。さて、今度の安倍政権はどうなるのだろうか。どうも地域に対する給付が叫ばれているようなのだが大丈夫だろうか。

とまあ、本の内容を書いただけで終わってしまいそうだが、非常に幅広くかつ膨大な資料にもとづき論じているのでとても説得力があってうなずくことが多い。商店街の衰退は結局規制に守られ絶えず変革を続けてこなかったことだと思うが、これはこの業界だけではなく様々なところで今も続いているようで日本の縮図なのだろう。また、著者の九州の実家がもともとは酒屋でその後コンビニに業態変化したこともあって、これまた当事者としての生々しい意見でもありおもしろかった。
 


 

2013年1月15日

ビジネスサービスのつくり方 - 第2章 企画

■ アイデア創出はジネスモデル起点で
どういうサービスにするかのアイデアを導出する具体的なやり方について考えてみましょう。アイデアというと斬新なものがパッと浮かんでくるのだと思っている人もいるかもしれませんが、そんなことはほとんどありません。ただそれでも、ぼくの場合は、寝ている時とか新聞を読んでいるときとか風呂に使っている時とかにひらめくことがあります。ですから、いつもメモ用紙と鉛筆を置いておきます。(さすがに風呂場には持ち込みませんが)最近では、iPhoneのメモに書いたり、ボイスメモに録ったりします。

しかしながら、いま言ったように全くゼロから発想するようなものはほとんどなく、もやもやしていたことが晴れるとか、もつれた糸がほぐれたといった感じでしょうか。というのもアイデアというのは、「Webサービスのつくり方」にも紹介してあるジェームス・W・ヤングの言葉のように「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないということである」ということだからでしょう。

それと、アイデアと言っても目的というか、こういうことができるといいかなあといったものがあるわけだから、手がかりがあるのである。ではビジネスサービスの場合はその手がかりは何なのだろうか。それがモデル起点というアプローチにあるように思っています。つまり、モデルを書いてそれを眺めることによってアイデアを湧出させようとすることです。最初にビジネスモデルを描くことで、そのモデルのどこの部分でどんなサービスがほしいかという観点で練ることになります。

ビジネスモデルというのは、何から構成されているのかという問題については、最近よく売れている本に『ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書』(アレックス・オスターワルダー (著 )/ イヴ・ピニュール (著 )/ 小山龍介 (訳 )/ 翔泳社)というのがあります。そこでは、ビジネスモデルの構成要素を次のように定義しています。

①顧客セグメント(Customer Segment)
②提供する価値(Value Proposition)
③チャネル(Channel)
④顧客との関係(Customer Relation)
⑤収入の流れ(Revenue Stream)
⑥主なリソース(Key Resource)
⑦主な活動(Key Activity)
⑧パートナー(Key Partner)
⑨コスト(Cost Structure)

これらの要素をビジネスモデルキャンバスというところ記述していくわけです。これを埋めていきながらアイデアを出していくとよいでしょう。ただ、これだと"提供する価値"の中にアイデアが詰まっていくように思えてくる。つまり、他の要素を検討しながら価値へつなげていくのが順序だと思うのである。いきなりは価値は書けないのではないでしょうか。

従って、ぼくのやり方は、どこの誰に(市場・顧客)にどんな商品(製品・サービス)をどのリソース(人・モノ・金・技術・チャネル等)を使って、どのように提供(サプライチェーン)して、どうやって儲けるか(収益モデル)をまず記述して、それぞれの強み弱みの分析結果や思いを表現したものが価値となるように思っています。

その価値を実現するのがビジネスサービスであり、そこからどんなものにするのかというアイデアを導き出すのです。いずれにしろ、ビジネスモデルをまずは書いてみて己の立ち位置を確認していてそこから発想するのが現実的で実現性の高いアイデが生まれるのではないでしょうか。
 


2013年1月13日

桐光学園が散った

昨日は、全国高校サッカー選手権の準決勝2試合が行われた。第一試合の鵬翔(宮崎)対星稜(石川)はPK戦で鳳翔が勝ち上がった。第二試合は、わが神奈川県代表の桐光学園が京都代表の京都橘高校に3-0で敗れ、悲願の県勢初優勝もお預けとなった。神奈川県代表は、高校総体では一昨年の桐蔭学園、昨年の三浦学苑と2連覇しているのに、この選手権では勝てない。

戦前の予想では、桐光の方が優位と思われていたが、3-0という得点差がついてしまった。もちろん点差ほどの差はなくて、先取点を取られたところで浮き足立ったために追加点を許した。どうして負けたのだろうか。ぼくはそこには桐光の慢心があったのだと思う。ではその慢心はどうして生まれたのか。

ひとつには、昨年Jリーグの下部組織も参加するプリンスリーグで1位になったことがある。相当高いレベルで好成績を残したことが自分たちは強いという思いを持ったに違いない。しかも相手は下馬評にもあがっていない京都の新興チームであるから、心のどこかで勝てると安易に考えたはずである。

もうひとつは、準々決勝と準決勝の間が一週間空いたことだ。しかも、桐光は地元だから家に帰っているので、おそらくそこでは周囲から褒めそやさられたり、大きな期待を寄せられたはずである。監督も選手もいろいろな思惑が交錯しただろう。いわゆる色気が出たと思う。それに対して京都橘は京都に帰らず静岡で合宿をしていたという。雑音も少なかっただろう。

こうして、何となく勝てるだろうという思い込みと必死さの戦いになる。試合の様子を見たら明らかなように、京都橘のひたむきさとそれを受けて立つような桐光の緩さが勝敗を分けたように思えてならない。また、戦術的な面で言うと京都橘のツートップ仙頭君と小屋松君の二人にやられた。中でも仙道くんのキープ力とパス力はすばらしいものがある。注目されていなくてもこんな選手がいたんだという驚きである。ずいぶんと底上げがなされている証拠だろう。

攻撃の起点となる桐光の松井と京都橘の仙頭の差が象徴で、その差が反映された結果だと思う。生き生きと動いていたし得点もあげた仙頭に対して、全く何もできなかった松井の違いである。松井はうまいかもしれないがプーのスピードとキレがない。桐光はなぜ仙頭と小屋松を逃がしたのだろうか。もうこの二人でかき回すのは分かっていたはずだから、マンツーマンでつかすべきだったのだ。

準決勝2試合は、どちらかというと有利であろうと思われた方が負けた。高校生の試合ではよくあることで、京都橘のように負けてなるものかというひたむきさが球際の強さになり、そうした一体一の局面での勝負が積み重なって、相手を焦らすのである。それと、自分たちの良さを出すしか勝ち目がないから、それを徹底するという戦略とる。

鳳翔はセットプレー(ほとんどの得点がセットプレーという面白くないといえば面白くないのだが)だし、京都橘はツートップ二人で何とかしているうちに周りが押し上げるというやり方である。高校生の試合でも戦略・戦術的な面での差が勝敗を分ける時代になってきたということであろう。
 

2013年1月14日

雪だ

9時頃から降り出した雪がかなり積もってきた。今日は成人式だから新成人、特に晴れ着を着ようとしている新成人にとっては何とも厄介なことになってきた。天気ばかりはどうにもならないのでそれに文句を言っても始まらない。鎌倉市は、大船にある鎌倉芸術館でやるようだ。

この雪ではどこにも出られないので降る雪を眺めながら、僕の成人式を思い出している。20歳が大学生で自宅から通っていたので鎌倉で迎えたのだが、成人式の場所は確か中央公民館だったと思う。出席した記憶はあるのだが、どんな成人式だったかは忘れてしまった。ところが昨年末に小学校の同級生たちと飲んだときに、そのときの話題になった。そうしたらその中の一人のモロちゃんが、やわら懐から何かをとりだしたのだ。

どうも手鏡のようなのだ。男で手鏡?そうしたらモロちゃんがこれは成人式の時にもらった記念品だというのだ。そういえば鎌倉彫である。ぼくは全く忘れていたが、他の同級生あまり覚えていないふうでホントかと疑っていた。いつも集まって飲む店は同じ同級生の奥さんがやっている店で、その奥さんも違う地区だったが同級生だったので聴いてみるとちゃんと覚えていたので一同そうだったのかと納得する。しかし、物持ちがいいのにはびっくりした。

僕の息子ふたりももうとっくに20歳は過ぎてしまっているが、今日彼らと横浜で会食することになっている。下の子とは定期的の呑み会をするし、上の子は会社の関係で一緒になることがあるのだが、ここしばらくは三人で食事する機会がなかったのでたまには食事でもするかとなったのである。ところがこの雪だ。まあ、早くやんでくれればいいなあと願っている。

昨日は、埼玉に住む姉が来たので老人ホームに入っているばあちゃんを連れて、ぼくのヨメさんも一緒に4人で食事に行った。最初は姉が帰るのに都合がよいということで大船の和食店に行くことにしたら、直前にばあちゃんがあそこはイヤだと言いだした。おそれていたことが起きた。もう7、8年も前に行ったことがあって、そこがビルの4階か5階でしかも運が悪いことに席が窓際でこともあろうか窓枠の下に避難用の縄梯子が置いてあったのだ。

これにはばあちゃんびっくりしてこんな怖いところでめしが食えるかとブーブー言う。ヨメさん曰く、あれから、おばあちゃんは私に何度もその話をするのよと言っていた。でも、昨日はもう忘れているの決まっているとぼくは高をくくっていたら直前に思い出したというわけである。それから、急遽場所を変えたのはいいが、今度は交通渋滞で行くまでにすごい時間を食ってしまい、またまたブーブー言われたのである。年寄りは、ちょっと前のことは忘れるのに、昔の記憶はしっかりしているののだと改めて実感する。モロちゃんもしっかり年寄りの仲間入りだ。

さて、今日は全国高校サッカー選手権の決勝である。鵬翔高校対京都橘高校というダークホース同士の対戦となったが、この雪で大変なことになりそうだ。これまでのような熱き思いで雪をも溶かしてしまうような熱戦を期待したい。
 
yukida.bmp

追記)結局、高校サッカーは中止になった。

2013年1月17日

東京プレイボーイクラブ

奥田庸介という監督は知らなかったので調べてみたら、公式ページによれば「1986年生まれという、世界的にも最年少監督と言える若さで異例の注目を集める男の名は、奥田庸介。2010年のゆうばりファンタスティック映画祭で、自主制作映画「青春墓場~明日と一緒に歩くのだ~」がグランプリを獲得。審査委員長を務めた香港映画の巨匠、ジョニー・トー監督は「恐るべき監督の出現だ!」と惜しみない賞賛を贈った。」とある。

そして、「東京プレイボーイクラブ」が劇場デビューとなる。それが、"恐るべき監督"の作品と思えるようなものだったかといえば否である。ひとことで言うと20代の若い子が撮ったにしては古臭いし躍動感がない。自主映画の場合はある種の無鉄砲なアグレッシブさみたいなものがあるが(彼の自主制作映画は観ていないけれど)、商業映画になると、観客動員を意識するがゆえにかどうか、切先を削ってしまているところがあるからである。

東京の場末でひっそりと営業しているサロンが舞台でそこを経営している成吉(光石研)のところにかつての仲間の勝利(大森南朋)が職場でのトラブルがもとで辞めてやってくる。そこの従業員の貴弘(淵上泰史)は恋人エリ子(臼田あさ美)と同棲中であるが、あるとき店から金をくすねてしまう。一方の勝利は居酒屋のトイレで因縁をつけられたのを怒って叩きのめしてしまう。しかし、その男が街のヤクザの弟であったのでそこからその3兄弟ともめることになる。

そんなトラブルがいろいろと起きて彼らは抜き差しならない状況に陥っていく。そして、一番上のヤクザの兄貴が変な注文を出すことになり、その結果最悪の事態になっていく。てな具合にストーリーが展開していき、そこに暴力的なシーンが続くわけである。しかしながら、みな中途半端というかこなれてないのだ。勝利というのはすぐにかっとなって暴力を振るう男なのであるが、単なるチンピラに見えて、寡黙でニヒルな感じがまるでない。

暴力があったらSEXもあるだろうと思うのに何もない。同棲中のエリ子は部屋で太宰治の「人間失格」なんか読んでいるのだ。脚本も奥田庸介が書いているのだが、それぞれの登場人物の人物像が描けてないというのはさっき言ったことであるが、相互の絡みも何だかよくわからないところがあり、雑な感じでもっと丁寧に作らなくてはいけない。

奥田庸介は、タランティーノと深作欣二のファンだそうだが、多分、大森南朋演じる勝利という男の名は「仁義なき戦い 広島死闘篇」で千葉真一が扮した「大友組」組長・大友勝利から持ってきたのではないかと思う。もしそうなら狂犬のようなブチキレる姿をなぞりたかったはずだが遠く及ばない。

だいいち、そんな若者が大森南朋とか光石研くらいの年齢のはみ出しおじさんを主人公に据える意味があるのだろうか。フィルムノワールを意識しているなら、香港のジョニー・トー監督にほめられればうれしいだろうが、どうもこの映画からは、現代における虚無的・悲観的・退廃的ムードを感じられなかったのだ。現在ではこの虚無・悲観・退廃は奥田と同年齢の若者に宿っているように思えるのだが。
 
pureiboikurabu.bmp  
 

2013年1月18日

人と組織から離れることが大事だなあと思う

ここの場で何回も言っているのでまたかと思われるかもしれませんが、会社の業務を人と組織からではなくプロセスから見ようということをしつこく言っている。なぜかというと、これも繰り返し言っているが、ビジネスを始めるときに人と組織から考えないからです。こんな組織でそこに誰それを配置してということを先に考えて起業はしません。どんなビジネスをやりたいのか、どんな商品を作って売りたいのかがさきにあるはずです。

そういったビジネスモデルがありきでそれをオペレーションするために人がいて、一人ひとりの範囲が広くなって限界になってしまうから組織を作って役割分担をし、さらに大きくなると階層化していくというのが簡単な組織論です。ところが、既成の会社や組織があると、ついそこを前提で見てしまうのである。そうなると今ある組織や人の配置でビジネスが決まってしまったりするわけで、それでは本末転倒である。

だから、事業の構造が変わったら組織も人も変わるというのが普通なのだが、なかんづく日本の古い体質の企業は、組織も人も大きく変えようとしない。だから、M&Aや合併したしても、両方の会社の組織を並列で残したりする。こうした逆発想の組織論が日本企業の弱体化につながっている面があると思う。

業務システムをつくる場合にもこの間違いがあって、現状分析をするのだが、いまの組織における業務項目、作業内容を列挙し出すのである。そして業務分析と称して、作業量とか作業時間を測定して、どこにボトルネックがあるから、人を増員しなくてはいけないなんてことをする。もちろん、人的パワーの効率化ということは必要かもしれないが、順番が逆なのだ。だって、業務モデルとか業務プロセスを見直したら、そんな作業は重複していたり、場合によってはいらないかもしれないなんてこともある。

つまり、起業のときだけではなく、いつの時代でも絶えずビジネスモデルとビジネスプロセスを進化させて、環境変化に適応させることが重要である。そこをきちんと抑えておいて、できた新たな業務オペレーションを適正に行うための組織設計、人材配置を行うのが正しいやり方だと思うのである。イノベーションというのも既成の組織とか人からいったん離れて、新しいモデルを創出して、そのあとまた人と組織とITをくっつくてけていくというプロセスを踏むものだと思う。

実はこのことは、さまざまな局面でも言えることで、例えば就職もそうであって、現存する会社はたまたま今の既成社会に存在しているだけであるわけだから、何をしたいのかではなく、単にそうした会社に入りたいだけというのも似たようなところがある。本来は、自分のライフモデル、ライフプロセスがあって、それにマッチするような会社を選ぶというのが筋だ。だから、もしフィットしなかったら転職すればいい。だが、日本ではこれも大変難しいのだ。

もっと大きなことをいえば、政治の話で国家の姿をどう描くかみたいなことにもつながるのだが、ここでの議論の延長で言うと、構造改革をしないといけないのにあまり注目されていないことがぼくには恐ろしいことのような気がするのである。

2013年1月19日

システム開発の海外比較(1)

よくこのシステム開発のやり方はおかしいとかいう意見を聞くことがあるが、それでは海外ではどんなやり方でやっているのだろうかという疑問が湧いてくる。日本がダメでアメリカがいいということではなく、どんな違いがあるのかは興味があるところではある。そんな折、ITProに「ここがヘンだよ日本のシステム開発」と題して日経SYSTEMSの記者が連載しているのでそれに関して一緒に考えてみたい。

日本のシステム開発の現場で働く外国人エンジニアの目を通してそうした違いについて取材した結果をもとに解説している。その切り口を「ベンダーとユーザーの関係」「開発手法」「ITエンジニア像(姿勢)」という面で捉えている。要するに、この三つが代表的な違和が生じていることなのだろう。確かにそうかもしれないなと思う。

「ベンダーとユーザーの関係」ではITエンジニアがユーザーから一方的に文句を言われる立場にあると映っているようだ。ユーザーの声に耳を傾けるのはいいがそれが過度に聞きすぎてはいないということだが、これは3ツ目の「ITエンジニア像(姿勢)」にも関係するかもしれないが、自分たちは業務を知らないから文句言えないので聞くしかないとか、偏屈な"お客様は神様"的根性があるのだろう。

「開発方法」については、一律にウォーターフォールで作ることが上がっている。外国人エンジニアは「ウォーターフォールはハードウエアのように、一度作ったら終わりの場合に向く開発手法だ。ソフトウエアは改良して使い続けることが多いので、システム開発に安易にその手法を採用するのは違和感がある」と話している。ここは重要な視点ですが、ぼくがちょっと驚いたのはまだまだウォーターフォールが主流なんですね。

ただ、それが故に品質の高さを担保しているのわけなのだが、現代のシステム開発では、そうした品質よりも早く開発して、それをどんどん改善していくというやり方で品質を上げていくほうがかなっているように思う。ぼくはいまBPMのアプローチを推奨しているが、その特徴も実は継続的な改善を指向している。この記事にもこんなことが書いてあった。

かつて、システム化といえばきっちりとプロセスが決まっている業務を自動化することだった。しかし現在では、より良いと思われる業務プロセスを新たに作り出し、それがスムーズに流れるように支援するシステムを作るケースの方が圧倒的に多い。後者の場合は初期段階で要件を確定できず、稼働後も改善を繰り返すことが多いので、ウォーターフォールで取り組むと無理が生じやすいのは明らかだろう。

最後の「ITエンジニア像(姿勢)」では、日本のITエンジニアは実績最優先で製品や技術を選ぶ傾向にあるという指摘だ。確かに新しい製品や技術を選ぶにはそれなりの勉強もしなくてはいけないし、リスクもあることから避ける傾向は見て取れるのだが、おそらくそれは業務系というか基幹システム系の領域だろうと思う。Web系では日本の技術者もどんどん進取の精神でやっていると思う。だから、機能とリスクのトレードオフみたいなものだから。そこをどう折り合うかの工夫をもっとすべきだと思う。

ここはまではまだ概観だが、刻々と世界は変化しているのに日本の業務系システムのエンジニアたちの変化への追随性はいいか悪いかの前に遅れていると言わざるを得ないようだ。次回からは、個別にもう少し詳しく見ているのでそれについて考えてみます。

2013年1月20日

おめでとう鵬翔高校

雪で順延となっていた第91回全国高校サッカー選手権決勝が昨日国立競技場で行われ、宮崎代表の鵬翔が延長PK戦の末、京都代表の京都橘を破って初優勝した。宮崎県勢としても初となる全国制覇である。まずは何よりも異例の大会を制した鵬翔高校におめでとうと言いたい。

試合は、仙頭、小屋松という強力ツートップを要する京都橘と堅実な守備からセットプレーで得点を重ねる鵬翔の戦いとなった。前半41分に相手のクリアーボールを低い弾道のシュートがキーパーを襲い弾いたかに見えたがゴールに入り京都橘がリードして前半を終える。後半は、始まってすぐの49分に鵬翔がコーナキックを高い打点のヘッドで合わせて同点に持ち込む。お得意のセットプレーで迫力があった。自信があるのだろう。

そして今度は64分に京都橘がこちらのお得意であるスピードのある攻めあがりからゴール前へのクロスを仙頭が合わせて再び勝ち越す。これで勝負あったかと思われたが、83分にPKを獲得した鵬翔が同点に追いつく。これで10分ハーフの延長に突入するが、両者譲らずPK戦にもつれ込むが、京都橘のエース仙頭がポストに当てたのに対し、鵬翔は5人全員が決め熱戦を制した。

お互いに最初にいった特徴を発揮して2点づつを奪うという持ち味対決で見ごたえがあった。ただぼくの好みから言うと京都橘のサッカーの方がおもしろい。ちょっときついが、鵬翔のサッカーは面白くない。わくわくしないのだ。どうしてもトーナメントで勝ち上がるためにはこうしたサッカーの方がいいので仕方ないのかもしれない。

このあたりは昔もあまり変わらなくて、それこそぼくらの時代でも鵬翔型サッカーにずいぶんとて手こずったものだ。体力、走力で優っていてセットプレーでずどんというやつである。それに対抗するには技術とスピードなので京都橘はいい戦いをしていたのである。ただディフェンスでは最終的に一体一の強さみたいなところに行き着くのでやられるのである。でも、鵬翔の戦い方がどうのと言うがそのレベルが相当高くなっているのも確かで、いろいろな戦術の違いをお互い切磋琢磨していけばいいのだと思う。

また今回も初優勝でここのところ多くなっている。以前は、勝ち上がる地域が限定されていたが、失礼な言い方かもしれないがそんなに強いと思われていなかった宮崎や京都の高校が勝ち上がった。平均化されてきたのだろう。それがサッカー界全体の底上げにつながっていくと思う。

最近では優れた選手はJクラブのユースチームに所属するようになってきたが、彼らは将来のJリーガや海外クラブでの活躍を目指している。一方、そこへ行けなかった子達が高校サッカーで頑張るのだが、そこではクラブとは違って個ではなくチームとしての力の発揮の仕方とか献身といったものを学ぶことができる。この学びは結構大切なことなので、高校サッカーで鍛えられた者たちの中からも世界に飛び立つ選手も育ってほしいと思うのである。
  

2013年1月22日

東京家族

山田洋次の最新作「東京家族」は小津安二郎の「東京物語」へのオマージュたっぷりの映画である。「東京物語」とは家族構成やもちろん時代背景は違っているのだが、それ以外はこんなにそっくりだと思わなかった。もうリメークに近いものになっている。本当は、2011年4月に完成する予定だったそうだが、震災があったのでシナリオを変更したのだそうだ。どこをどう変えたかはよくわからないが、震災で親をなくしたとかボランティアで知り合ったとかといったエピソードが差し込まれていた。

筋立ても「東京物語」と同じで、広島の小島に暮らす平山周吉(橋爪功)と妻とみこ(吉行和子)は、東京で暮らす子供たちに会いに上京してくるが、そこで繰り広げられる微妙な間合いを描いている。郊外で開業医を営む長男の幸一(西村雅彦)と妻文子(夏川結衣)、そして、美容院を経営している長女の滋子(中嶋朋子)は幸一の家で両親がやってくるのを待っている。二人の迎えには次男で末っ子の昌次(妻夫木聡)が行っているはずなのだが、列車が到着した時間になっても連絡がない。到着駅が品川なのに昌次は東京駅に行ってしまっていたのだ。しかたなしに周吉ととみこはタクシーで幸一の家に着く。そこへ昌次も駆けつけ一家がやっと揃うところから始まる。

そして、そこから両親をだれが世話をするのかという段になるのだが、長男は医者なので急患ができたといっては横浜見物をドタキャンする。長女は美容院や商店街の行事が忙しいからと相手にしない。昌次もはとバスに乗せるが父親とは相変わらず折り合いが悪い。そしてついに横浜のホテルに押し込めてしまうのだが、そこも一晩で戻ってきてしまう。

親子の距離感が微妙に流れて行くのである。こうして行くところもなくなってくるのであるが、周吉は同郷の友人の沼田(小林稔侍)の家に泊めてもらうという。とみこは次男の昌次のアパートへ出かけるのである。周吉は結局沼田に断られてしまうのだが、とみこは翌日上機嫌で戻ってくる。昌次の婚約者の紀子(蒼井優)に会えたのが嬉しかったのだ。しかし、とみこが突然倒れてしまう。

そこから、母親の不意の死に対するそれぞれの家族の対応が対比させられる。どこか誠意が感じらない長男、形見の着物の話をすぐに始める次女というふうに、自分勝手といえばそうなのだがある意味人間臭さを感じる振る舞いを描く。だから、身近と思っていた身内の人間よりも昌次の婚約者紀子や島の隣の家のユキの暖かさを強調する。葬儀のあと、長男と長女はさっさと東京に戻ってしまうが、昌次と紀子は数日滞在して、周吉のこれからを心配するのである。そして、できの悪い子と言われていたが実は一番気にかけていることがわかるのである。このあたりは、「寅さん」と「おとうと」に流れるトーンである。

小津安二郎の「東京物語」と比較してもしょうがないので、現代の「東京家族」を見るのだが、象徴的なのが周吉が沼田につぶやく「この国はどこで間違ってしもうたんじゃろうなぁ」「もうやり直しはでけんのかいな」と言う台詞だろう。山田洋次はこの感覚を60年前の家族のモチーフはそのままで埋め込みたかったのではないだろうか。彼の思う"絆"の再生を願っているのだろう。

2世代の4つのカップルを中心に展開するわけだが、それぞれを演じている俳優さんたちが好演している。中でもぼくが一番感心したのは長女の滋子に扮した中嶋朋子である。ほんとにどこにでもいそうな娘をリアルに演じている。さすが巨匠山田洋次の演出も安定していて、何回か笑って泣いてしまった。ただ、観客もおじさんおばさんばかりなので若い人が観てどう思うかを聞いてみたいと思った。
 
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2013年1月23日

意思決定の権限と責任

意思決定というと何やらすごいことをするように思われる。経営者が会社の命運を左右するような重大な決定をするなんてふうに捉えられることもある。昔、DSS(Decision support system)なんていうのがあって(今もあるか)、あたかもそこで的確な意思決定をしてくれるように思ったりした。しかし、意思決定というのは所詮人間がやることだから、いつもロジカルのにできるとは限らない。まあだから支援システムどまりなのだろうけど。

しかし、中にはITに任せて意思決定をしようとするひともいる。でもそれは意思決定ではなく、作業手順の自動化である。また、経営者の意思決定といった大上段のもの以外にも多くの人々が多くの局面で意思決定を行っている。ちょっとした判断でも本人にとっては大事な意思決定であったりすることも多い。それは、言ってみれば組織における役割として、意思決定のレベルや範囲が規定されていることを意味している。組織には、組織としての意思決定者がいるということである。

そうした階層は大きく次の3つぐらいだろうと思う。
① Decision in Management
② Decision in Operation
③ Decision in Action

つまり、経営的な観点からの意思決定と事業運営における意思決定、そして現場レベルでの意思決定である。当然、Managementでは、カバーする範囲も広いし、時間もかけることが多い。一方、現場レベルでは一瞬の判断をしなくてはいけないとか、柔軟に対応しなくてはいけないといったことが要求される。Operationはその中間といった具合であろう。

そして、非常に重要なのだが、日本の組織で問題になるのが、責任者の不在ということである。何を決定すべきか、だれがそれを決めるのかということがどうも曖昧になっていることがある。そのことに関する強烈な事例として福島第一原発での対応がある。このブログにもあるように公開された東京電力社内のテレビ会議の模様をみて感じたこととして、意思決定の権限と責任が不明確という指摘がされている。ちょっと長いが引用する。

 

最も深刻な問題は、物事の処理をする際の組織体制と各人の権限と責任が、上から下まで不明確だったことである。作業を指示したり、情報の報告を求めたり する際に、その指示の名宛て人を明示せずに「○○という作業、誰かやってくれ」「○○を知っている人は誰だ」「○○について判断お願いします」などという 会話が多いことが目立つ。これでは、必要な作業があっても「自分の仕事だ」と自覚することができない。また、その結果はどの程度まで達成することが求めら れて、いつまでに誰に報告すればよいのかも分からない。
 その関連で、権限と責任が明確ではない人が、事態の解決について意見を述べることが散見される。しかし、これは当然現場を混乱させる。では、現場を混乱 させる原因になるという自覚をその本人が持つように求めようと思っても、実際にはその本人は善意や責任感でそうした意見を述べているつもりだから、そのような自覚を持たせることは至難の技だ。むしろ、こうした異常時には、ライン以外の人がどんな実績を持っていようと、どんな有識者であろうと、判断の現場に 身を置いたり、ライン意思決定権限者の許可なく発言したりすることを禁じるべきである。
 一方、権限と責任が明確な人が、事態の判断や必要な作業について明確な「指示」ではなく「感想」めいたことを言う場面も多い。それを聞いた方は「で、どうすりゃいいんだよ」と苛立たしい思いを持つだろう。ラインの最終意思決定者は、異常時には自分の言葉は全て「命令」だと認識して発話する必要がある。

非常に重要な指摘であると思うが、それが最悪のトラブルで起きてしまったところに不幸があった。最も難しい意思決定というのは緊急時の重大トラブル時の判断であろう。的確な決定を素早くする必要があるからである。それができるような人材を配置するというのが簡単な対策ではあるが、これが意外と難しい。この能力だけで選ばれないからである。

ですから、詰まるところ権限はないがそうした意思決定ができる信頼できるスタッフをそばに置くということと、想定訓練をしておくことだと思う。それには、責任のある人が自覚して普段から実行しておくことなのだろう。
 

2013年1月21日

ビジネスサービスのつくり方 - 第2章 企画

■ ハイブリッッド型アプローチ

ビジネスモデル起点でビジネスサービスを企画していくわけですが、そこでいきなりビジネスサービスを浮かべるというのもなかなか難しいでしょう。ビジネスサービスというのは結局ビジネスプロセスのどこかを切り取ったものであるとも言えるので、ハイレベルのビジネスプロセスに展開してから吟味、導出を行ったほうがよいと思います。

それを、まっさらのところから始めるのも難しいものです。そんな時には参照モデルを利用するのも一策です。企業というものが登場してきてから、あまたのビジネスモデルが現出しているわけだから、そのなかから成功モデルを抽出して標準化すれば参照モデルができます。そうしたものをお手本にしたら時間の節約にもなるし、抜けがないものになるのです。そうした、参照モデルの代表的なものは次のようなものがあります。

1.VRM(Value Reference Model)
2.PCF(Process Classification Framework)
3.SCOR(Supply-Chain Operations Reference)
4.DCOR(Design-Chain Operations Reference)

こうした参照モデルは、汎用性を持たせているがゆえにわりと抽象度の高いところで止めています。細かくすればするほど個別性というか特有な要素を入れなくてはいけなくなって、カテゴライズし派生させて複雑化してしまうからです。ですから、そこからのサービスへの落とし込みは個別にやる必要があります。

その時、ハイレベルのモデルプロセスをさらに詳細に分解していくトップダウンアプローチでは限界があります。先ほど言ったようにモデルはどれにもあてはまるように網羅的な作りになっていて、どうしても冗長的ですから要らないものをそぎ落とす作業が必要になります。ではそうしたそぎ落としはどうやったらよいかというとボトムアップ的にやらざるを得ません。そのビジネスに何が必要なのかは、実際のビジネス形態から発想されるからです。

つまり、おおかたの枠組みはモデルベースでトップダウン的に固めておき、その要不要を含めた中身はボトムアップ的なアプローチでサービスを導出するというのが現実的な解であると考えています。これがハイブリッド型のアプローチです。トップダウンの網羅性であるがゆえの冗長性とボトムアップのAsIsベースであるがゆえの抜けという弱点を補完するやりかたです。

ところで、ビジネスモデルというとついお金儲けのスキームみたいな捉え方がされます。昔はビジネスモデル特許というような話題があったと思いますし、最近ではネットビジネスの広告モデルとが携帯課金モデルとか、はたまたAKB48モデルとかが喧伝されています。確かに、ビジネスモデルといえばそうなのですが、ここではもう少し広い意味でビジネスモデルと言っていますので注意してください。

ちなみに、今例をあげたものは狭い意味のビジネスモデルで収益モデルあるいは商流モデルといった表現にしています。ここにも参照モデルのようなものがあってぼくは「ピクト図解」というのを利用しています。このように参照モデルとリアルモデルをうまく組み合わせてサービス定義をしていくのが大事になってきます。
 


2013年1月24日

システム開発の海外比較(2)

前回は日本のシステム開発のヘンなところということで、「ベンダーとユーザーの関係」「開発手法」「ITエンジニア像(姿勢)」の断面から考えようということから概観したが今回からは個別のところに焦点をあてて検討してみる。

最初は、「ベンダーとユーザーの関係」についてである。外国人エンジニアに聞くと多くのひとが「日本のITエンジニアは"がんじがらめ"になっている」と指摘するそうだ。

どういうことかというとまずは日本ではシステム部門がベンダーと利用部門の間に入って、プロジェクトを主導したり、調整したりすることが多いのだが、海外ではベンダーとシステム部門が1対1の関係で進める。日本のように、プロジェクトに利用部門が入って、トライアングルの体制になるのは珍しいのだという。

要するに利用部門が入り込まないようにするのである。ちょっと驚くかもしれない。日本ではユーザーの要求をよく聞いてやるのが当たり前というか、そうしなくてはいけないと思われているからである。

また、こんな指摘もある。販売管理システム構築を担当した際、仕様通りに作ったにもかかわらず、利用部門から「欲しいのはこんなものではない」と言われ、大幅な作り直しを求められたと打ち明ける。「一方的な非難に納得がいかず、工数に見合うコスト負担と納期のリセットが必要と主張しようとしたが、争いを避けるために日本人の上司から止められた」という。

つまり、利用部門の言うことをどの程度聞くのか聞かないのかに差があるようだ。これを単純に比較してもいけなくて、仕事のやりかたとシステム部門の役割とステータスという前提が違うことに留意しなくてはいけない。日本と海外の会社での仕事のやり方というか、働いている人たちの"マニュアル度"の違いがある。つまり、海外ではJob Descriptionがしっかりあって、ワーカーはそれに従って職務遂行を行うわけで、CIOとシステム部門がこうしろと言って作り上げることができるのだ。

それに比して日本のワーカーは必ずしも職務分掌通りというより工夫をいっぱいする。だから、システムに対する要求も当然多くなる。これがいいのか悪いのか難しく、ユーザ要求に忠実に答えるというメリットもあるが、属人的になる弊害もある。そんなことでシステム部門は業務を知らないからという理由でベンダーとの橋渡し役につけないのだ。利用部門からの「欲しいのはこんなものではない」と言われるのも仕様を決めた人と現場のオペレーション責任者は違ったりするからで、しかも属人的要素があるので真のキーマンを見つけられないとそんなことが起こるのである。

また、日本の多重下請け構造の開発体制も、日本のITエンジニアはがんじがらめになっていると見られている。下位層のベンダーは、元請けから決められた開発手法や開発標準、開発ツールを用いて作業を強いられるから、エンジニアの優れたアイデアが押さえ込まれたりするのからである。さらに米国などでは、「CIOやシステム部門が仕様をすべて決め、基本的に内製する。ただし、合理性を高めるためにプロジジェクトマネジメントの専門家や専門エン ジニアを一時的に雇うこともある」体制なので、ITエンジニアのアイデアが押さえられることはないのだという。

ここらあたりは構造的な問題が大きい。CIOやシステム部門が仕様をすべて決め、基本的に内製するやり方に対して、この部分をSIerに丸投げしている日本の姿との差が浮かぶだろう。やはり、日本のSIerの存在は日本特有のようだ。これは、これまではよかったかもしれないが、今日のように変化が激しく、新たな技術や製品が次々と生まれているITの領域ではデメリットの方が大きいといえる。しかし、マニュアル通りに働く文化にはない場合は、ユーザの役割や意識を変えるのも難しいので、「利用部門が仕様をすべて決め、基本的に内製するやり方」ができると一番よいのだ。
 

2013年1月30日

レ・ミゼラブル

かなり評判がよくて賛辞があふれているのでこれは観ないわけにはいかないという思いで映画館に入る。ただし、映画評など変に先入観を持たずに観る。ところが「レ・ミゼラブル」は皆さんが絶賛するほどでもないというのが正直な感想である。

ご存知のように、原作がヴィクトル・ユーゴーのもので日本では「ああ無情」というタイトルでも有名である。また、世界42カ国でミュージカルとして公演されたというから、世界的な名作で、誰もが知っている物語である。パンを盗んだ罪で19 年間投獄されるが、仮釈放されたものの生活に行き詰まり、再び銀の食器盗むのだが、その罪を見逃し赦してくれた司教の慈悲に助けられ、そこから生まれ変わろうと決意するが・・・というあれである。

だから、多くの人が本で読み、ミュージカルを見ている(ぼくも帝国劇場で鹿賀 丈史のジャン・バルジャンを観た)ので初めて映画で「レ・ミゼラブル」を知るという人はほとんどいないだろう。そうなると、なぜ映画にしたのかという問いが出てくる。目新しい筋立てをアピールするわけではないので、劇場ミュージカルとどう違うのかという答えを出さないと映画にした意味がない。

まずミュージカルに限らず劇場で観るのとスクリーンで観るのとどう違うのだろうか。決定的に違うのは、劇場は見ているものが固定されている、つまり座った席から見える距離でしか捉えられないのに対して、映画はカメラが"勝手に"(監督の意思で)アップにしたり遠景にしたりする。結局、演出家の目で距離感を調節される。遠くからそっと見たいと思っても、カメラはぐっとアップで顔だけを映すなんてことにもなる。

もちろんどちらがいいのかという話ではなく、そういった特徴があるということである。従って、作品によって、舞台の方がよいのかスクリーンの方がよいのかということになる。「レ・ミゼラブル」は何しろ世界42かけ国で上演され、ロングラン興行もされているところからみると舞台での評価は定まっていると思う。ではそれを映画にしたということは何を見せたかったのだろうか。

当然、出演者の演技力、歌唱力というのがあるだろうけど、ミュージカル俳優と映画俳優の差はどうなのだろうか。ヒュー・ジャック、マンラッセル・クロウ、アン・ハサウェイといった出演者の熱演・熱唱は評価できるが、だから映画にしたということではない。冒頭の船をドッグに入れるシーンや、最後の戦いの砦のシーンなどのスペクタクルは確かに舞台では無理だろう。

ただ、逆に自分の思いを吐露するといった感情表現をスクリーンの中で表現することは適しているのかなという気がするのだ。思い入れの言葉をアップにした顔から歌で発現するというのがどうもなじめないのだ。顔を映すのならセリフで十分だと思うのである。舞台は、顔をアップできないので臨場での歌声で感じるから歌うという表現方法が生きるのではないだろうか。

ということで、途中ちょっと退屈したわけなのだが、出だしのシーンと最後のクライマックスだけが何やら躍動感があふれていてミュージカル映画の良さが出たように思う。
 
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2013年1月26日

空洞化のウソ

ぼくは製造業を中心とした中小企業のIT化のお手伝いをしているのだが、皆さんはかなり海外を意識しています。内需も頭打ちで市場を海外特にアジアに求める動きが活発化しているのを実感する。現地の安いコストを活用した現地生産というより、市場の創出といった側面が強いように感じる。だから、先に販売とか保守サービスの拠点を作ってからというアプローチである。

そういった動きに対して日本国内が空洞化するという警鐘を鳴らす人がいる。ところが「空洞化のウソ」(松島大輔著 講談社現代新書)はそんなことはないと反論する。著者は、通産省入省後、2006年から4年間インドに駐在し、その他タイやミャンマーなどでプロジェクトを立ち上げて、現在、タイ王国政府政策顧問として働いている。ですから実際に勃興するアジア新興国の姿を肌感覚で知っている。

では、空洞化とは一体どういうことなのだろうか。本では「一国の生産拠点が海外に移転すること(海外直接投資)によって(あるいは、それに伴う逆輸入の増加によって)、国内の雇用が減少したり、国内産業の技術水準が停滞し、さらには低下する現象」であるという定義を援用している。さらに著者はこの雇用の空洞化と技術の空洞化に加え、本来日本に還流すべき資金が海外に向かってしまうという資金の空洞化と合わせた3つの空洞化の総体であると定義する。

ところが、その空洞化という実態が確認できないのだという。そして、それぞれについて反証していくのである。それぞれを説明しないが、要は経営(モノ)、人材(ヒト)、資本(カネ)の「現地化」をすべきだと主張している。現に、そうやって実行している日本企業が存在感を発揮し、アジアで収益を上げているのだという。先日も日本の貿易収支が発表されたが、6.9兆円という赤字である。経常収支は黒字だから、日本企業が外国で得た収益などでプラシになっているのである。もうすでに、フローは赤字でストックで黒字であることを意味しているが、これはもう戻らないのではないでしょうか。

経営については、日本企業は現地の有力な財閥と連携し、安定的な企業統治を図るのが定石だそうだ。それを早くしないと、組む相手がいなくなるおそれがあるという。その点で日本企業の意思決定の遅さが気になるところである。そして、日本企業は日本では食べることができなくなったので「新興アジア」に進出しますでは失敗するのだ。やはり、何か強みを持ったビジネスで新しいルールに適合したやり方でスピード感を持ってやる必要があるのだろう。

そして、日本企業がこれから「新興アジア」市場で生き残って行くためには、「餡子と饅頭の」考え方が必要だという例え話がおもしろかった。「新興アジア」との協業のうえに収益を得るという仕掛け、そのビジネスモデルが必要で、それが餡子と饅頭の薄皮という關係を構築するということだという。餡子は技術やノウハウという日本企業のコアコンピタンスで、ビジネスの肝のところを抑えるのですが、そこだけでは売れなくて、では大福を作ればいいのかという話だが、それは日本だけでしょうとなる。では、日本で大福以外の商品を開発して輸出するのかということになるが、そうではなくて「現地化」を通じてそれぞれの市場に適合的な商品を送り込むのだという。それが、あんまんであり、ミタイであり、月餅なのだという。「日本入ってる」の思想だ。

先日も、テレビの「カンブリア宮殿」でアジアでしっかりとビジネスをやっている会社を映し出していた。例えば、インドネシアで市場を拡大した「蚊取り線香」のフマキラーとか哺乳瓶で中国市場を席巻しているピジョンといった例だが、彼らは本に書いてあるような「現地化」をすでにしっかりと根付かせているように見える。おそらく、動きの鈍い大企業ではなく、俊敏な中堅・中小の企業が国の保護なんていらないとばかりに「現地化」を進めていくような気がする。空洞化なんて言っている場合ではないのかもしれない。
 

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2013年1月25日

たまには話題を追っかけてみるか

今、社会的な話題といえば、アルジェリアの人質事件、大阪市立桜宮高校の体罰、それとアベノミクスあたりだろう。これらのイシューに対してネット上ではさまざまなコメントが寄せられていて百家争鳴の盛況を呈しているが、一番感じるのは新聞・テレビのいわゆるマスメディアの劣化である。というか、変わっていないのだが、ネットが登場したことにより、その意義が相対的に低下したと言えるのかもしれない。

まだソーシャルメディアがなかった時代は、既成マスメディアしか情報源がないので多様的な意見を知ることが難しかった。畢竟、朝日新聞的、NHK的言論を信じざるを得ない状況になる。ところが、ネットで情報に接すると賛否があちことで沸き起こっていることがみてとれる。ただ、これとて、自分の固有のフレームの中で拾ってくるから、当然バイアスがかかるのだが、少なくとも対極の意見にも出くわす機会が増えることは間違いない。

こうして、最初に言ったような話題を見ていくとおもしろい。まずは、アルジェリアの人質事件では被害者の実名報道の是非が議論になっている。メディアは当然のように実名で報道する義務があるという主張なのだが、ぼくは日揮の危機管理として、遺族や関係者を慮って名前を伏せたのは正解だと思う。

もし、実名が発表されていたら、アホなテレビカメラやレポーター、新聞記者が押し寄せて、なんでもいいから視聴率を稼ぎたい一心で失礼極まりない行動に出ていたはずである。そんな顰蹙を買うことを繰り返して自分たちの品位を下げておきながら、報道の自由だなんぞを叫ぶのがよくわからんのだ。少なくと、今回の事件で実名報道することが公共性のために必要だとは全然思わないのである。(昨日、名前だけは公表されたようだ)

体罰については、桑田真澄の非対称性の体罰はいかんという朝日新聞のコラムが話題になったが、おおかたは体罰は必要ないという意見だが、それからの橋下市長の体育科の入試停止が波紋を広げている。これまた、こぞって生徒のことを考えたらかわいそうだからとか、やりすぎだとか。教育委員会を無視しているとか反対論を展開している。ところが、橋下市長のTwitterを見ているとずいぶんと様相が違ったりしている。どちらがどうのというより、こうしたソーシャルメディアの情報を見聞すると、マスメディアの取材能力が弱いことが鮮明になっているように感じる。

それと、部活での体罰と学級での体罰を混同する議論がある。今回の部活の体罰は悪いことをしていないのに殴られるということが問題なのである。これが、桑田が言ったことで、しかも反攻ができない関係の中の一方的な行為であるからである。しかしながら、学級において暴れるとか人の道に反する行為などに対して体罰を加えるというのは、ある一定範囲内ならあってもよいのではと思う。そこを一緒にして良いの悪いのだと言っている人がいるので注意したいものである。

報道の弱体化のことは、アベノミクスの件についても言えて、以前ニセiPS細胞の誤報をしてしまったように、新聞記者の専門知識がなくなっているのではないだろうか。ネットでその道の専門家も発言する時代なので余計に知識不足が際立ってしまう。ただ、少しかばうような言い方をすると、経済学がちゃんとした理論がないこと気づいたというか、物理学とか数学のように、因果関係がロジカルに説明できないのがわかってしまった。

だから、新聞はいつも両論を載せざるを得ないという羽目になる。でもこれだけ経済について一般の人も議論するというのはかつてあったのだろうか。しかしながら、多くの人はよくわかっていないというのが正直なところではないだろうか。デフレが不況の原因なのかということだけでも、そうではなくて、不況の結果としてデフレになっているという意見もある。というかそれが正しいと思うのが。

結局、経済学というのは、その理論が実践されて結果を評価することがないから(現実は非常に複雑で、その理論の背景となる単純な環境が永遠にないから)勝手に言っても自分の学説が傷つかないのである。だから、リフレ派だとか○○派だとか言っていることが真反対だったりする。それと、金融政策とか財政出動ではいろいろというが、実体経済をよくすることにはあまり言及がないように思う。

そうだとしたら、やってみないとわからないわけだから、手を打ってその結果をすぐに評価して、悪かったら戻すといったフィードバックループを効かすような動的な運営をしたらどうだろうか。今回も物価上昇率2%目標を掲げて、その期待によって市場は動くフィードフォワードループが働いたが、それで止まる保証はないのだから、オーバーシュート(ハイパーインフレ)しそうになった時の対処をちゃんとしておいてもらいたいものだ。ちょっと脱線したが、その見張り役としてマスメディアはチェックして欲しい。
 

2013年1月27日

アルジェリア人質事件

人質事件と言いながらも、交渉もなしのミニ戦争と化したために、何とも痛ましい結果となってしまった事件ですが、犠牲となった10人の方々のご冥福を祈るばかりです。ぼくは石油化学プラントにいたので多くの日揮の人たちも知っているし、ぼく自身も海外のサイトで働いた経験もあるので人ごととは思えない。

昨日も老人ホーム入っている母親のところに行ったら、新聞を食い入るように見ていて(最近は耳が遠くなったせいで、テレビより新聞を隅から隅まで読んでいる)、ぼくの顔を見るなり、お前も遠くへ行かなくてよかったなあと言う。息子の変わり果て遺体にすがりついて泣いたお母さんの記事を読んでいたからである。

ただ、ぼくが海外のプラント建設、試運転の現場に行っていたのは27歳の時だから、もう37年も前の話だが、ばあちゃんにとってはついちょっと前のことのように思っている。ぼくは、1976年にまだ文化大革命が終わらない中国の実質的には最初となる石油コンビナートの試運転にスーパーバイザーとして赴いたのである。その時の元請は日揮ではなかったが同じようなエンジアリング会社の要請に答える形で、同形プラントを日本で運転しているということで派遣されたのである。

大規模プラントというのは、街の中に作るわけにはいかないので、だいたいいが辺鄙なところにある。アルジェリアでは砂漠の真ん中にあったが、中国でも北京から60kmぐらい離れていた。ですので、現場のすぐ近くに宿舎が作られてそこに詰め込まれるわけである。ぼくらはまだ招待所といってホテルのようなところだったのでまだいいが、今回の所では、映像で見る限り避難所のようなカプセルハウスに入れられていたようだ。あれでは、逃げようにも逃げられない。

アルジェリアでは、多くの国の人が働いていたようだが、ぼくの先輩で一緒に働いていた人もずいぶん前だがしばらく行っていたこともあるので、それほど危険という認識はなかった。でも何が起こるかわからない。これもだいぶ昔だが会社の同僚がプラント試運転で出かけていたタイで、その時の元請けの会社の人が車で移動中に強盗にあって命を落としたこともあった。

この事件があったからといって日揮は海外の仕事を辞めることはない。テレビCMで"国境なき技師団"というコピーでもわかるように、彼らのビジネスは海外の依存率が高い。島国日本では、キャパの限界があって、おのずと外に出ていかざるを得ないのだ。昨日アップした「空洞化のウソ」という本でどうのこうの言う前にすでにこうした業界は海外に出ているのだ。

だから、この事件で実名報道の是非が議論されているが、日揮の実名を公開しなかった論理は、「誰かに落ち度があったわけでもないし、覚悟していたことが起こったのだから、単純に悲劇の主人公という見世物にすることはあり得ない」ということなのではないだろうか。彼らは非情な言い方ではあるが覚悟していたはずである。少なくともぼくは覚悟をした。

このことは、自分が望まぬことを無理やりやらされた結果ではない。自らが、そうしたリスクを承知で赴いたはずである。もっと安全な国内でぬくぬくとやっていればこんな目に会わなかったのにという論調もあるのかどうか知らないが、こうした人々がいるから日本は成り立っていることも忘れてはいけない。それにしても、亡くなられた方々はもう運がなかったというしかない。

2013年1月28日

手紙の返事に代えて

先週、三冊の本が送られてきた。送り主の住所と名前を見ても誰だかわからなかった。おそるおそる開けてみると一通の手紙が入っていた。書き出しがこうなっていた。

前略、突然お便りを差し上げる失礼をお許し下さい。 私は"知的欲望のすすめ"の著者伊藤正勝の妻・・・です。

そうか、昨年の4月に「知的欲望のすすめ」(幻冬舎ルネッサンス新書)という本を読んで感想をこのブログに載せたことを思いだした。最近偶然にその記事を読む機会があって、著者の身内として嬉しかったのでそのお礼が言いたかったのだという。いまその記事を読み返すと「これまた不思議な本だ」という書き出しに始まって、「やっぱり不思議な本だ」で終わっている。そんなふうに書いてもお礼をいただき驚いている。直接ご返事を差し上げるべきかとは思うのですが、このブログがきっかけなので、この場で記事を書くことで返事に代えたいと思う。

お礼とともに、ぼくが疑問に思った「著者は何者なのか」「没後どうして出版されたか」ということに答えたいというのがあった。ご主人である伊藤正勝さんは平成14年7月に交通事故で亡くなられたとのこと。トヨタ自動車に勤めていらっしゃって若いころから地球の歴史をライフワークとして勉強していたのそうだ。退社後に研究成果をまとめて出版する予定が突然の事故でそのままになってしまった。

その後、奥様や娘さんたちが遺志を継いで出版にこぎつけてた。それらの本が「地球46億年の謎が解けてしまった」(新風舎)「進化の謎が解けてしまった」(新風舎)「生物の謎が解けてしまった」(文芸社ビジュアルアート)で送っていただいたものである。最新の「知的欲望のすすめ」は、もともとは「人間の心の謎が解けてしまった」だったらしいのだが、出版社の意向でタイトルを変え、また著者名も大野素亜から本名に変えたのだという。

「生物の謎が解けてしまった」を読んでみたが、まだ不思議の感覚がなくなったわけではない。どうも、ぼくの頭の中では"ニワトリが先かタマゴが先か"的なロジックがぐるぐる回っている。 「知的欲望のすすめ」で分からなかったことが多少クリアになったところもあるのだが、「特性」という概念がまだよくわからないのである。

ここではそれを語るよりも、素晴らしい著者のご家族のことを言いたいのである。もう10年以上も前にお亡くなりになっていながら、翌年から一昨年まで4冊の本を出版されたということに感動するのである。きっと著者はこうしたご家族があったらばこそ研究に打ち込めたのであろうことを思うのと、何としても遺志を継ぐという愛を感じざるを得ないのである。改めて自分がもしそういう状況だったらぼくの家族はどうしただろうかと思って妻と子の顔を思い浮かべるのだが、あまり期待しないでおこう。

こうして、知らない人同士が何かでつながっていくというのは、著者が言う生物の持つ「ARU特性」すなわち、遠く離れた個体や集団の間に、何らかのつながりを発生させるものがあるという意見を地で行っているような気がして、これまた不思議な感じになったのである。どうも献本と丁重なるお手紙ありがとうございました。
 

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2013年1月29日

ビジネスサービスのつくり方 - 第2章 企画

■ どこから始めたらよいのか

ビジネスサービスの企画はビジネスモデル起点のハイブリッドアプローチで行うのが基本なのだが、現実にはそうはいかないケースが多くあると思う。つまり、もう問題の所在が明らかで具体的にやるべきものが見えていたり、早く効率的ないオペレーションをしたいといった場合にはそこから始めてもかまわないということである。

立案された戦略から、それを実現するための業務プロセスを特定し、そこにKPIを設定し、といったやり方は教科書的には正しいが、それは全社的なプロジェクトとなって、大がかりな進め方が始まるとそこで疲れてしまって挫折するなんてことにもなりかねない。だから、目の前の改善要求に対して企画するというのもありだと思っている。特に、部門内やグループでの起案では仕方ないでしょう。

しかしながら、注意しなくてはいけないのは、そういった始め方だと部分最適であって、全体最適にはならないのではないかという批判がついてまわる。ですから、お勧めしたいのは、ある程度進んだ段階、そうですね、プロセスの概要ができてきたぐらいで、そこからビジネスモデルに遡ることをしたほうがよいということです。

いま自分たちが作ろうとしているビジネスサービスは自分たちが営んでいる事業のビジネスモデルのどこに位置するものかという確認をすることが大事だと思う。先にサービスのイメージを作っておいて、それが事業戦略やビジネスモデルの目的に合致しているかどうかチェックするのである。いくら、問題があるからとか緊急性があるからとか言っても、事業の目的とかけ離れていたら作る必要はないかもしれないからである。

よく、企画では目的の明確化ということが言われます。しかしながら、注意しなくてはいけないのは、時として目的の目的化、手段の目的化がおきてしまうことです。どういうことかというと、お客さんの問い合わせに応えるのが煩雑だから自動応答サービスを作るという企画を立てたとします。すると、問い合わせ対応業務を分析してその業務を自動化するということが目的になります。そこは明確ですとなる。

ところが、事業の性格から、ただ早く答えればいいというのではなく遅くてもいいから丁寧に対応することで顧客満足度を高めているのがその事業の強みでそこで他社との競争に勝っているとしたら目的は明確化しているかもしれないが十分ではない、あるいは逆行してしまうことだってある。ですから、重要なことは目的の明確化の前に、"合目的性"をちゃんとチェックすることが重要なのである。

さて、身近なところから泥臭く始めても構わないが、いったん目を高みに転じて、それこそ"上から目線"で作ろうとしているサービスを眺めてみたらどうかという提言である。始めるための敷居は低いほうがよいという面は否めないので、気楽に初めて立ち止まり、またさっさとやるという循環サイクルをお勧めします。日本BPM協会の推進フレームワークにある3つの輪は循環サイクルとなっていて、どこから始めてもいいが必ず全体を見ることなのです。
 
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2013年1月31日

リーダーシップ

昨年末に政権が民主党から自民党へ戻ってから、安倍総理のリーダーシップが注目されている。苦境を脱するには強いリーダーシップが望まれることから、国民は民主党政権における混迷に愛想をつかせた結果だろう。「リーダーシップ」(山内昌之著 新潮新書)は、まだ民主党政権時代で野田総理に変わったころに書かれたものなので、特に何とも頼りなくもあり、情けなく感じた鳩山由紀夫と菅直人の二人の総理と僭主小沢一郎について書いてある。

当然、リーダーたる器ではないことを歴史から学んで嘆いている。まあ、彼らを歴史的な人物を引き合いに比較すること自体とんでもないと思えるのだが、どう考えてこの民主党の3年半はひどかった。著者の見立ては、鳩山由起夫に一貫して欠如していたのが、世界史や日本史のリーダーなら大多数が持ち合わせた歴史的思考に基づく「常識力」にほかならないという。要するに彼には「現実感覚」がないと言っているのだ。

普天間の問題が典型なのだが、リーダーたるものはある政策を実現するときには別のものを捨て去るか、ひとまず脇に置くことで大きな目標や本質的な目標の達成に近づく能力が必要なのに、彼には全くその意識がなく、友愛で何でも通じるという幼稚さだった。まあ、いまだに中国に行ってわけのわからないことを言っているところをみると反省もしていない。

もうひとりの困った首相である菅直人は、著者によればこれだけ「為政者の覚悟」に馴染まない政治家も稀だったということになる。彼は、総理大臣になっても自分はあくまでも受動的な国民を代表する市民運動の能動的な参加者の一部か、せいぜいその代表としてしか考えていなかったのだろうと批判している。その通りだと思う。あの原発事故であたりかまわずどなり散らし、どーんと構えなくてはいけないトップが軽々しく現場に視察に行くなんて、どう考えてりーダーシップとは言えない。

では対外的に強い態度だったかというと逆で内弁慶なのである。著者が嘆いていたのは、外国首脳と会うと意味不明の奇妙な笑みを浮かべるか、顔に「怯え」や「恐れ」に似た表情が受かぶ印象が強いのだという。最後に、菅直人は退却や責任回避の得意な人物であったが、退くべきでない時でないのに退いた政治家として記憶に残ることだろうと、これまた辛辣だ。小沢一郎についてはもう語る必要もないだろう。もうホントに失望した。

こんな、アホな宰相のことより、本来のリーダーシップとはどういうものであるかというのを、歴史的なアプローチで語っていることが非常におもしろかった。過去の偉人たちがどうであったかという考察である。本でも多くの人物が取り上げられていて、山岡鉄舟、西郷隆盛、安藤信正、福沢諭吉、勝海舟、榎本武揚、大久保利通といった変革期のリーダーたち、そのほか様々な偉人たちの思考法などを紹介してくれている。歴史に学ぶことが大事だということである。

そして、かなりの紙数を費やしているのが、吉田松蔭と山口多聞、そして織田信長・松永弾正である。それぞれの枕詞が、「歴史的思考法をもつリーダー」吉田松陰、「危機に積極策をとる鋭将」山口多聞、「アクのリーダシップ」織田信長・松永弾正といった具合である。それぞれが特徴があって面白いのだが、結局、リーダーの条件を3つ上げている。総合力、胆力、人心掌握力だという。

総合力というのは全体、全局を見通す力、すなわち大局観ということになる。何があっても動じない胆力、人をうまく使う人心掌握力である。こうしてみると、民主党の首相たちは、3つの条件みな持っていなかったように思える。これでは、リーダーたる振る舞いはできないのである。さて、自民党政権に変わって登場の安倍総理のリーダシップはいかがなものであろうか。

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