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2012年12月 アーカイブ

2012年12月 1日

政策と候補者の選び方

先日、「日本未来の党」というのができて、どうも反原発、脱原発勢力の受け皿になるようだ。そこも卒原発と言っている。どこが違うのかと思ってしまうが、ばらばらいろいろな政党が乱立するよりはましかもしれないが、集まってくる人たちを見ていると野合に思えてきて、維新の会と太陽の党のことをとやかく言えないと思う。

これはかえって危険なような気がする。つまり、表面的な政策では合致するかもしれないが、体質的な問題で一致できるのかという話である。小沢一郎、河村たかし、阿部知子と嘉田由紀子が同じ体質だとは到底思えない。要するに、政策なんて時代とともに環境の変化ともに変遷するから、重要な共有要素は基盤的なもの、すなわち体質のようなところではないかと思うのである。

だから、マニフェストとか政権公約といったものはだいたいでいいのだ。維新の会の公約にある原発政策について朝日新聞と毎日新聞がかみついて、おおざっぱ過ぎるとか工程表を示せとか言っているがナンセンスである。もう民主党の細かすぎるマニフェストでうんざりしたはずだがまだそんなことを言っている。原発を何年にゼロにするなんてものを政権公約にする必要はない。よしんば書いたとしても、書いた瞬間ウソになる。守れないのだ。

賢い企業経営者って変に中期経営計画なって作りません。3年後に売上がいくらでどこの拠点を増やしてとか、営業利益を30%アップさせるだとか言いません。普通のあるいはぼんくらな経営者が一生懸命作るのです。経営なんてある意味生き物ですからいつどう変わるか分からです。変化にどう対応するのかが大事でその時にベースとなる考え方とかリソースの確保といったことをしっかりと持っておくことなのです。

中期経営計画を作ったとたんに、それを守ることが第一義になってしまう。状況が変わっても、計画に書いてあるからやらなくてはいけないと言って間違った方向に走ってしまうなんてことが起こるから賢い経営者は作りたがらないのである。これって、マニフェストと同じですよね。政治と企業経営を一緒にするなと言われるかもしれないが、君子豹変も必要でしょう。

今の世の中、日進月歩で技術革新のスピードも早いし、今言ったようにどう環境が変化していくかも予想がつかない。原子力発電に関することだって安全なものが出現する可能性だってある。それから、日本未来の党に集まってくる政党はほかの公約に反TPPと反増税というのが多い。この反とか脱とかいったスローガンは以前にも書いたが公約ではないと思う。もっとベースのところ議論をしていかないと、これとても世界情勢や経済状況の変化で吹っ飛んでしまうかもしれない。

つまるところ、方向性みたいなところで色分けするのがいいのかもしれない。池田信夫さんの言うように「封建党」と「君主党」といった区分の方がわかりやすい。弱いリーダーをみこしとしてかつぎ、分散的で軍事的には弱く、所得再分配を重視する構造を是認する江戸時代型システムを守る政党と、強いリーダーが憲法を改正し、統治機構を集権型に変え、分配より効率を重視する一君万民の統治システムが売り物の政党である。

それと、選挙の候補者の選び方で困るのは、ラジオボタン式であることだ。つまり、選択肢がいっぱいあって、その中の一つを選ぶというふうになっている。ところが問題は、候補者の主張も中身はいくつかの提言になっているわけで、それはチェックボックス方式で選びたいのである。すなわち、提言の中でこれは採用、こっちは否認といった選び方である。IT選挙になると、そんなことが可能かもしれない。

ドロップダウンリストから、2名まで候補者を選ぶことができ、そのそれぞれの候補者のコンセプトがチェックボックスで示される。それが認定できたらチェックを入れるというふううにして、それを集計して、採用コンセプトと候補者を組み合わせて選択するなんてできないだろうか。今、お客さんの要求に対してどういう解決策を選んでどのように提案するのかというプロセスを実装していて思ったのである。
  

2012年12月 2日

Jリーグ閉幕

昨日の試合で今年度のJリーグが閉幕した。優勝は前節決まってしまったが、降格争いとACL出場権の争いは最後までもつれた。降格争いでこれだけ盛り上がるのも何だか変な感じなのだが、結果的には、G大阪と神戸が早々と決まっていた札幌とともに降格となった。ACL出場権では、3位の鳥栖が負けて、名古屋との直接対決に勝利した浦和が、広島、仙台とともに出場することになった。

ガンバ大阪が降格したのは予想外であった。ただ、昨日の試合を見ていても落ちても仕方ないような試合をしていた。なんというか、チームとしての一体感とか闘志が前面に出ていなかったように見える。戦術的なことで言うと、伸縮性がない、つまり伸びた陣形のままで戦っていた。その点、広島の伸縮性が際立っていたので、より対照的である。だらっとレアンドロに合わせるだけでは無理だ。

今年は全般的に群雄割拠でどこが優勝してもおかしくないとった戦国時代の様相を呈している。それがいいのか悪いのかは議論があるところで、レベルが上がらないという人もいるし、切磋琢磨できるからいいという人もいる。昔は、鹿島とか磐田とか浦和とかここは絶対に強いというチームがあってみなそこを倒すことを目標にしてきた。今は、J2からもJ1の優勝を狙えるという状態である。

ということは、ちょっとした違いが大きな差を生むということに他ならない。そのちょっとした差は何なのだろうか。少なくとも、選手の能力といったことではないのは間違いない。ガンバのメンバーを見たら優勝争いをしてもおかしくないと思えるでしょうし、鳥栖のメンバーであそこまで行けるとは思わないでしょう。

そうなると、戦術的な問題や精神的な部分になってくる。精神的なものはどちらかと言うと成績について来るので、大事なのは戦術のところだろう。すなわち、戦術がよくてその理解度が高いと勝つ確率が高くなる。もちろん、それを実現できる基礎力があるという前提ではある。そこはJリーグ加盟チームはかなりレベルアップしたので、余計に戦術、つまり監督の力量に負うところが大である。

さらに大事な要素として、理解度とも密接に関係するのだけれども、選手との相性である。いくら、戦術が理解されても実際に動く選手たちのスキルやスタイルがその戦術にフィットしているかである。別の見方をすると、採用すべき戦術を持つ監督を招聘して、その戦術を実現できる選手を集めるフロント力の問題かもしれない。

ただ、今言ったようなことは非常に難しいので、現実的には選手の潜在力を引き出して、さらにアップしてくれるような監督を引っ張ってくることが肝要なのだろう。ガンバの例が象徴的だ。西野監督がやめてガタガタになってしまった。しかしながら、その西野が行った神戸は成績不振で辞めさせたが降格争いに負ける。

だから、あるチームでうまくいったから、同じようによそのチームで通用するかは難しい。少なくとも相性を成立させるために時間がかかるということだ。そこをすごく早くやってしまったのがJ2横浜FC監督の山口素弘である。最下位でバトンを受けて最終的には4位まで押し上げてしまった。おそらく、ここは潜在力はあったのだが指揮がちゃんとできていなかったのを山口というブランド力のある監督が当たり前のことをやったからなのではないだろうか。

いずれにしろ、サッカーは他の競技に比べて組織対応も含めた戦術的な側面、すなわち監督の力が試されるスポーツであることを再認識させられたシーズンであった。
  

2012年12月 3日

ビジネスサービスのつくり方 - 第1章 心構えと下準備

■ PCとネットワーク環境さえあれば

本では、「Mac一つあれば・・・」というタイトルである。業務システムの領域では、会社の中で与えられたものを使うというのが普通だと思います。今だと、BYODとか言って自分のMacを持ち込んでということがありえるかもしれないがまだまだ一般的ではなく、標準化された環境(標準化というのは、別な言い方をすると枯れたものを使うことだ)でやることになります。

それはそれとして大事なことではありますが、サービスをお客さんと一緒になって作っていくという点からみると使い勝手も悪いし、機動性に乏しい。ということで、これからは自分の好きなPCと外部でもさくさくつながる環境があればできてしまうことをめざすべきであろう。与えられたものではなく、自分なりに工夫した道具を持ってということです。

ビジネスサービスをつくるということは、「書を捨て街に出でよ!」の精神が非常に重要なことで、自分の会社に閉じこもってせっせとコードを書く事ではないから、自分なりの道具が要るということなのです。では、街に出てビジネスサービスを作るときに必要なことはなんでしょうか。

・ お客さんとの連絡、スケジューリング、情報共有
・ ユーザ要求の引き出し
・ ビジネスモデル記述、ビジネスプロセスモデルの提示
・ 新プロセスの記述・分析
・ プロセスのビジネスサービス化
・ ITにプロトタイプ実装

までくらいのことができればよいと思います。プロトタイプのあとはお客さん自身で使えるものにするというのがぼくのスタンスです。こうした活動にどんなツールを使っているのかというと次のようなものになります。ごく普通のデバイスです。

・ハード  :モバイルPC(Acerの安いやつを使っていたのだが、キーボードが壊れてしまったので、緊急避難で昔使っていたThinkPadにしています)、iPhone、イーモバイル
・ソフト  :Cybozu.com(live、kintone)、Cacoon、Excel

iPhoneはボイスメモを使ってワークショップの時の議論を録音します。また、ホワイトボードに書いたメモをカメラで写すという使い方になります。基本ひとりでやっていますので、議事録をとったりできませんので、この録音と写真は大変重宝します。イーモバイルも最近は速度が早く問題なく使えるようになりました。

ソフトウエアでは、サイボウズ社のものが便利です。今はクラウド化しているので、Cybozu.comから必要なものを選んで使います。ぼくの場合は、お客さんとの連絡、スケジューリング、情報共有にはサイボウズliveを使っています。20人までは無料ですから、ワークショップができるとすぐにメンバーの方々に登録してもらいます。

そして、ビジネスモデルやプロセスのモデルはCacooという描画ソフトを使います。Nulabという会社が提供しているWeb上で作図ができるものです。ここにモデルフローを書いてあるので、それをお客さんに見てもらうようにしています。また、プロセスの概略設計もここで行います。それをもとにkintoneのフォーム設計に落としていきます。いずれも低価格なのでぼくらのような零細企業にとっては助かります。次回に具体的な使い方を説明します。
 


2012年12月 4日

デフレとSIビジネス

デフレが止まらないという。デフレとは「一般物価水準の継続的下落」のことであるから物価がどんどん下がっているということになるが、どうもそんな実感がない。下げ止まったように思うのだがどうなのだろう。また、デフレが困ったという感じもぼくにはない。むしろ物価が低いから家計的には嬉しいという単純な思いなのだが、世間ではデフレが景気を悪くしている原因だという人がいる。

物価が下がると売る側の利益が上がらないから給料もあがらないので困るのだろうか。デフレが継続する要因は、デフレギャップだという。デフレギャップとは実際の需要が現実の供給力を下回る総供給>総需要という状態のことである。買う人が少ないのにモノがあふれているから物価が下がるらしい。

SIビジネスはどうなっているのだろうか。ある特定の物価のことを言っていけないのですが、デフレのようですね。需要に比して供給過剰なので業界は大変なことになっているみたいだ。と書いて見たが本当だろうか。どうも、世の中的にはデフレが原因で景気が悪くなっているのではなく、景気が悪いからデフレになっていると考えた方が良さそうなので、いかに構造改革や生産性の向上を行って成長率を高めるしか方法がないように思える。

だからである。SIビジネスも同様に構造改革と生産性向上を図ることを考えたらどうだろうか。そして重要なのは、この構造改革と生産性向上を同時にやることが重要で一方だけではない。例えば、生産性向上というのはクラウドのソフトウエアを使ってさくさくっと作ってしまうと、それだけとると開発費も安くなり、人も余ってくると考えたら逆効果と思うだろう。

ベンダーの人たちと話をしていると必ずこのことになる。アジャイルだとかクラウドだとか、途上国へのアウトソーシングといったコストを抑える方向へどんどん進むのは彼らのビジネスにとっては縮小を意味することになるので避けるしかないという。しかし、そのまま手をこまねいていてはジリ貧になるのは火を見るよりも明らかである。

デフレ論でも労働生産性を上げると失業が増えてしまうからデフレを助長するという議論があるが、それはその業種あるいは業態だけ見ればそうかもしれないが、需給ギャップが逆になっているところへのシフトをすることで全体の需要を押し上げることも可能なのである。介護サービスのエリアでは人手不足であるというし、中小企業の求人もあるのだ。

では、SI業界はどうなのか。ここで考えて欲しいのは、この業界の中だけでも構造改革の余地があるように思える。つまり、需要側が飽和になっているのだろうかということだ。大企業はそうかもしれないが、中堅・中小企業はもう何もないのだろうか。新たな業務領域でのIT化の要求はないのだろうか。グローバル化が安いコストを求めることだけなのだろうか。どうもまだまだそこらあたりの掘り下げが不十分だと思うのはぼくだけだろうか。
  

2012年12月 5日

聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実

12月8日が近づくとどこかしらで真珠湾攻撃が話題に上るだろう。70年前にその真珠湾攻撃の指揮をとった連合艦隊司令官の山本五十六を描いた「聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実」を観る。監督が「孤高のメス」「八日目の蝉」の成島出なので安定した出来栄えだが、ちょっと不満も残る。

これまでもいくつかの山本五十六映画が作られ、三船敏郎はじめ名優たちが演じてきたが今回は役所広司である。まあ、よく出てきますねえ。他に、柄本明、柳葉敏郎、阿部寛、香川照之、玉木宏らである。軍人さんに似合う俳優というのがありそうでそういう意味ではあまりぴったりではなかった。

これは戦争映画であるが、宣伝にあるような戦争スペクタクルでもなんでもなくて、山本五十六という人物が戦争にどう関わり、どう巻き込まれていったかを描いている。歴史的な意味での流れは誰でも知っているのでそれを追いかけてもしょうがない。なので、彼を取り巻く人々を含めてあの時代に戦争と向き合う姿を見ることができる。

しかしながら、神格化された山本五十六像から抜け出ていないように思え、おそらくはもっと人間臭いというか、いやらしさみたいなものも持ち合わせていたはずで、そうした負のイメージが隠れているように感じる。一説によると、人の好き嫌いが激しくて気に入った人間には心を開くが気に入らないと話もしなかったらしい。そうした人格と戦争に反対しながら受け入れられなくなっていったことも関係していたのかもしれない。

ただ、この映画で当時のマスコミを登場させたことはよかった。日本全体が日独伊三国同盟からどんどん戦争へと突き進んでいくのを煽ったのも新聞をはじめとしたメディアであった。当時から、新聞が売れれば何を書いても良いといったスタンスで国民の空気感をつくりあげたのである。そして、戦争がおわったらもう民主主義というお題目を性懲りもなく唱え出すのである。現代にも通じる節操のなさである。それを批判的に描いてみせてくれる。

山本五十六という軍人の戦争というより、彼の論理的な思考回路や若者への期待といった人間味が面白かった。彼は、必ず意見や主張に対して、「根拠は?」と聞くのである。根拠もなしにただ雰囲気だけ、意気込みだけで言うなとたしなめるわけである。そして、若者に対しては、目と耳と心を大きく広げて世界を見ろと諭す。

これは、全く現代に通じるメッセージで、メディアの変節、論理性を欠いた空気の醸成、独りよがりの狭い視点は今日的な問題でもあるだろう。最後にナレーションで「いったい何を間違えたのでしょうか。いったい何に負けたのでしょうか。その答えは50年後、100年後に委ねられている」みたいだったと思うが、この問の答えはとっくにわかっているのだが、2度と同じようなことが起きないようにするのが難しいということではないだろうか。
  
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2012年12月 6日

介護サービスビジネス

昨日は、意外と思われるかもしれませんが、「介護事業」新規参入勉強会というものに行ってきました。理由は、自ら介護事業に参入するというわけではなく、いま介護サービスのプロセス化の話があって、介護サービスっていったいどんな事業なのかという興味があったこともあり、横浜で開催ということで近かったことので参加したのである。これが、意外に面白かった。

最初に、介護事業の何たるかを初歩的なところから教えてくれた。やっぱり、巷間言われるように更に拡大していくビジネスなのだそうだ。なんと言ったって要介護人口が増加するわけだから。需要は確実に増大する。今の介護事業の市場規模は7兆9000億円だそうだ。それが社会保障国民会議の試算によれば2025年には24兆円になるという。3倍ですよ。

いやー、うちの会社も参入しようかなと一瞬思ってしまった。どうも世間的には介護の現場では、3K職場のように言われているが、実態はそうではないらしい。他の業種に比べても賃金もそんなに低くないし、離職率も高くないのだそうだ。で事業性という観点からみた特徴は、何といっても介護サービス費用の9割が公金であるということ。税金による補助受けて成り立つビジネスということである。

これは何を意味しているかというと、確実に入金があるわけで取りっぱぐれがないのである。また、利用予測すなわち売上予測が立てやすいので景気に左右されることもない。ただ、法改正による縛りがあるので、法改正の影響とコンプライアンスのリスクがある。例えば、総量規制というのがあって、国の方で施設の数をコントロールするのである。ですから、需要が多くなってきからといって参入しようと思っても制限されてしまうことがおきる。

ビジネスモデルは、サービスの種類としては39種類になるが、大きくは介護予防サービス、地域密着型介護予防サービス、居宅サービス、施設サービスに分かれる。それぞれ違いがあるのだが、ほかの業種にくらべると安定的な経営が可能だと言える。また、この事業はBtoCではなくてBtoBなのだ。すなわち、営業先はケアマネージャーや病院なのである。消費者向けのプロモーションなんていらないのである。

では、その事業運営の成功のポイントは何かというと、どうもぼくの受けて印象では、職員さんのマネジメントですね。ヘルパーさんの時間管理とか、チームワーク、利用者とのコミュニケーション、創意工夫の文化といったことをマネジすることで「サービス品質」を保持することに尽きるようだ。このあたりのシステム化がキーになるかもしれません。

てなことを考えながらセミナーのあと、家の近くの居酒屋で一杯飲んでいたら隣の席で3人のおばさんが飲みながら食事をしていた。そのおしゃべりが聞くともなしに耳に入ってくるのだが、どうも介護施設のヘルパーさんのようなのだ。そして元の同僚で今は別の施設で働いているようだ。酒も入ったせいかもしれないが、さかんに愚痴っているのである。あの人の言い方が気にくわないとか、私にばっかり仕事が回ってくるとか、誰も協力してくれないとかいった文句が聞こえてくる。

まるで、新橋のガード下でサラリーマンがこぼしているのと同じ光景である。しかし、愚痴ばかりではなく建設的なことも言っていることも気づく。ぼくの母親も老人ホームに入っているからヘルパーさんたちの振る舞いも見聞きしているわけだが、みな利用者を飽きさせないように、楽しく生活できるようにといろいろな工夫をしている。

そのおばさん三人組もそのへんの工夫の仕方の情報交換を盛んにしているのだ。クリスマスツリーの飾り付けどうしてる?とか言っている。なるほど、悪口を言っている割にはけっこう使命感に燃えているんだなと感じる。どうも、こうした人たちの職業の受け皿としての介護事業の意義は大きいのではないのでしょうか。介護事業の成功はそこで働く人のモチベーションをどう高めるかであることを再認識したのである。
  

2012年12月 7日

ビジネスサービスのつくり方 - 第1章 心構えと下準備

■自分なりの道具で
さて、前回ビジネスサービスをユーザの人たちと一緒につくっていく上で必要なぼくが使っているツールの話をしました。PCとiPhone、イーモバイル、Cacoo、サイボウズLiveとkintoneです。今回は実際にどのように使っているのかの話になります。PCとiPhone、イーモバイルは特に説明するほどでもないの、Cacoo、サイボウズLiveとkintoneについてお話します。

サービスをつくるのは基本的にはワークショップ形式にしています。そこに参加するメンバーを集めて始めるわけですが、頻繁に集まってワークショップを行うことはできません。特に営業の人たちを巻き込んだものなんかはメンバーが揃うことも難しいことがほとんどです。本当はそれでは困るのですが、それなりに長期戦になるので缶詰になってやるわけにはいかないからです。

そんな時には、実際に集まってやる以外でのコミュニケーションが必要になってきます。それと、ワークショップを通してでき上がっていく成果物や参考情報を共有することも必要です。それにはサイボウズLiveを使います。ワークショップのアジェンダ設定や結果のレビュー、スケジュール調整などをSNS的にやっていきます。

ただ、企業の人たちは意外とコメントのやりとりをしないなあというのが実感ですね。ちょっと話はそれますが、いま推奨しているサービスでは、意思決定をコメントの交換によるコミュニケーションを図りながら行いましょうと言っているので、若干危惧しているところです。メールには慣れてきているのだからとも思うのですが、メールはコミュニケーションとはちょっと違うのかもしれません。

ワークショップの進め方は、従来のシステム開発のようにヒアリングして、それを要件定義書にしてレビューするというのとは違って、ユーザの人たちの自主的な議論だとか、デザインワークを大切にして進めていきます。ですから、不断のコミュニケーションが大切なのでこうしたツールを活用することにしています。

ワークショップの具体的な進め方はまた後ろの章で書いていきますが、最初に持っておくものとしては、ビジネスモデル記述のためのフレームワークとビジネスプロセスモデル(ハイレベル)、プロセス記述テンプレート&ステンシルです。これらは、Cacooに保有してあるのでそれを使いますが、ビジネスモデル記述のためのフレームワークとプロセス記述テンプレートは、場合によってはExcelシートを使うことがあります。

書き方の説明には、Cacooで書いたものを使い、実際に中身を記述するときにはExcel表に書き込むのが簡単かもしれません。やはりその場でどんどん書いて行くにはExcelが良さそうだというのがぼくの感想です。下図がCacooで書いたビジネスプロセスモデルの一部です。
 
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2012年12月 8日

北のカナリアたち

これはなんといっても吉永小百合の映画だ。ぼくはサユリストでもないのだが、やはり彼女の存在感はすごいと思う。また、これほど先生役がぴったりの女優さんも少ない。「告白」の湊かなえの小説「往復書簡」を原案とした「北のカナリアたち」は、吉永小百合を主役の先生に配した映画である。監督が坂本順治、共演が柴田恭兵、仲村トオル、里見浩太朗、森山未來、宮崎あおい、勝地涼、小池栄子、満島ひかり、松田龍平などそうそうたるメンバーが勢ぞろいである。

「告白」もそうだがある事件を中心にそこから隠れた真相を掘り起こしていくと意外な事実があぶりだされ、それが人間の本性的な部分に触れていくという展開なのだが、あくまで劇的効果を狙った筋立てで、そういう意味ではリアルではなく、ありえないと思えることも多い。しかし、それは小説や映画では許されることで、逆に限度を超えない程度に拡大することはインパクトを与えるので必要なことでもある。

この映画は、そのギリギリのところで踏みとどまった感がある。ストーリー設定や登場人物の振る舞いでもそんなことありえないなあと思えるところが随所に出てくる。これは脚本の問題かもしれないが、6人の教え子を登場させて、その過去と現在を対比するのだが、もうさばききれないと感じが否めない。

ストーリーは、かつて最北の島の分校で教師をしていた川島はる(吉永小百合)のもとに刑事が訪ねてくる。彼女の教え子の一人である鈴木信人(森山未來)が事件を起こしたことを告げられる。そこから、20年後の彼女の教え子たちを訪ね歩く旅が始まる。そして、恩師と再開した教え子たちは、それぞれの胸に秘めた思いを語りだす。20年前に起きた悲劇をきっかけに島にいられなくなったはるにまつわる思いである。

はるの方もまた大きな傷を背負いながら生きてきたことも明らかになってくる。このあたりのサスペンスは見ものなのだが、どうも安直な告白模様なので若干感情移入が阻害される。とはいえ、歌という拠り所を元に構成されて、お涙頂戴の王道のパターンで予想通りのラストとはいえ涙が出てきた。

それにしても、今をときめく代表的な若手俳優を揃えて豪華である。それぞれが主役を貼れるし存在感を評価されている連中で、そうした若手が吉永小百合に対してどう演技対決するのかも興味があるところだが、まあ森山君以外はかすんだってことかな。なんせ、あの年で海を泳いでしまうのだから。(彼女は水泳をずっと続けていることで有名)

それに、20年前と今との間を行ったり来たりするんだけど、それがまた、気持ち悪いくらい若さを発揮するんだな、これが。だって、仲村トオルとキスシーンをするんだぜ。とちょっと乱暴な言い方になったが、最初に言ったようにこの映画は吉永小百合のための映画で、それ以上でもそれ以下でもない。
 
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2012年12月 9日

日本を取り戻す?

ぼくはあまりテレビを見ないのだが、自民党のテレビCMで「日本を取り戻す。」と安倍総裁が唱えていたのを聞いて、直感的に「違うよ」と叫んでしまった。ふるさとを取り戻す、経済を取り戻す、教育を取り戻す、外交を取り戻す、安心を取り戻すのだという。その違和感というのは復古調のトーンがあったからである。昔は良かった的匂いにちょっと待ってと思ったのである。

ほとんど見ないテレビ番組でも比較的よく見るのが「カンブリア宮殿」である。先週の放送では、カトープレジャーグループという会社の加藤友康社長がゲストであった。この会社は、「つるとんたん」といううどん屋から旅館・ホテルまで幅広く事業を展開しているのだが、チェーン店というのではなく、事業再生という切り口でビジネスを行うというちょっと変わったやりかたである。

そのビジネスの特徴は「トータルプロデュース」ということなのだそうだが、事業の企画から施設オープン後の運営まで自分たちで責任を持って取り組むことにある。よく事業再生計画までは作るがそこまでというのが多い。オペレーションまでやるところは少ない。それはリスクを取りたくないからである。このあたりはぼくがシステム開発で計画まではやるけど実装はやらないコンサルが多いということにも通じる。

加藤社長の大変面白くすごいところはその考え方で、彼の発想の特徴は、今言ったようにリスクを請け負うところまでやらないと責任を果たしたことにはならないということであり、また“唯一無二”の事業にこだわることである。だからチェーン店化はしないのである。事業形態や店のコンセプトは地域や人口動態、あるいは店舗の構造など様々である中で同じことするのはおかしくて、そうした環境に合ったようにそれぞれの個性で作り上げなくてはいけないという信念なのである。

ぼくが、なかでも一番感心したのは、直接的な表現はしなかったのだが、不連続の連続というようなことを言っていたことである。どういうことかというと、今うまくいっているからこれからも続くという保証もないし、もうその市場でやることはないように見えてもアイデア次第で市場を活性化できるといった意味である。そのために必要なのは、とことん考え抜いて新しいことを生み出して、人より半歩前に進むことだという。

で、冒頭の自民党のスローガン「日本を取り戻す。」と対比してしまったということである。取り戻すことはあり得ないと思う。だって、世界情勢、世の中の考え方、経済状況などなど以前のままで淀んではいないのだ。そうした環境は方向はどうであれ、絶えず変化し続けているわけで、従って、国の運営にしてもビジネスにしてもそこを敏感に感じ取って半歩先をいくダイナミズムなり構造改革が要求されているのである。だから、戻ることは絶対にしてはいけないというより、戻れないはずなのであるから、こんな感覚の政党に国を任すのも危うい感じがするのであるがどうだろうか。だからといって、ほかの政党も50歩100歩というところなのだけど。
 

2012年12月10日

広島4強ならず

昨日行われたクラブワールドカップ2012でアフリカ代表のアルアハリと対戦した広島は1-2で敗れ、準決勝進出はならなかった。昨年の柏は今回の準々決勝でアジア代表の蔚山現代を破った北米代表のモンテレイに勝って4強までいったが、広島は再現できなかった。

試合は、前半の4分にキーパーの西川が負傷で早々と退場というアクシデントがあって、若干浮き足立ったようで、15分に右サイドを切り裂かれて先取点を許す。しかし、その後は広島もペースを掴んで32分にコーナーキックからクリアボールをミキッチが佐藤寿人に落として右足のアウトで相手キーパーをかろうじてかわして押し込んで同点で前半を終える。互角よりちょっといいぐらいで後半への期待をふくらませる。

後半に入ると両者同じようなスタイルで、やや引き気味から前線のほころびを見つけてそこを突くという戦法の応酬となる。しかし、決着は浮き玉の一対一の処理で僅かに体を入れられて決勝点を献上する。キーパーが西川だったらという思いはあるが、たらればを言ってもしょうがない。広島も佐藤の惜しいシュートもあって勝ってもおかしくない試合であった。

アルアハリの2点はわずかなチャンスを確実に活かす決定力を見せつけられた感じだ。ハムディにしてもアブトレイカにしても、シュートを打つというアクションというより、ゴールに入れるという姿勢であるところに一日の長があるように思える。広島の選手はシュートを打つことが目的になってそこまでで汲々としているのである。

それにしても、サッカーもずいぶんとバスケット化してきたなと思う。一つには足でのボール扱いが手で扱っているかのようになったからだろうが、後方でボールをゆっくり回して、チャンスと思ったら全員でスピードアップしてドーンと前線へ押し上げるスタイルである。トップにでかい選手を置いてパワープレーで攻めるのは少なくなってきた。

ただ、アジアチャンピオンの蔚山現代はまだそうしたサッカーをやっている。しかし、これではアジアでは勝てても世界では通用しないのではないだろうか。そういう意味では広島のサッカーの方が世界基準に近いように思う。5-6位決定戦で両者の戦いがあるので興味深い。

広島は来年のACLに参戦するわけだが、今回のこの大会での経験がすごく生きるだろう。個人も海外に出て成長したように、Jリーグのチームもこうして海外の強豪と真剣勝負することは非常に有意義だし、ぜひ今後に生かしてほしいと思う。
 

2012年12月11日

ビジネスサービスのつくり方 - 第1章 心構えと下準備

■モックアップツール
業務システムのエリアでは設計というとおおかたは紙に書いたもの、つまり設計書という形式に落とすことがやられてきました。ドキュメントをちゃんと残しましょうという掛け声で一生懸命書いたものです。ところが、がんばって残した割にはあまり役立っていないと思っている人もけっこういるのではないでしょうか。

では書かないですむ方法はないだろうかということです。ぼくがkintoneを設計ツールという位置づけとして使っているのはこのことである。kintone上で設計してしまおうという魂胆である。Kintoneはデータベースアプリでありコミュニケーションツールである。そのデータベースアプリは非常に簡単でパーツをフォーム上に配置すると出来上がってしまうという便利さである。つまり、パーツの配置と複数のパーツからなるブロックの順番を決めて並べることが設計とすることができる。

また、コミュニケーションツールであることも活用したらよい。フォームの設計を複数のメンバーで共同作業としてやる場合に編集における追加変更をコメントとして残しておいたり、変更履歴が残るのでちょっとしたバージョン管理もできるというわけである。何かのコンテンツをコラボレーション的に作り上げるイメージである。これはCMSなどのWebアプリの特徴でもある。

ここで設計されてできたいわば"モックアップ"を使って、さらに検討を加えることになるが、なおいいのはすぐに動くことである。ふつうモックアップといっても変更をかけたりするとそれなりに手間がかかるのだが、このツールはモックアップといえども製品であるからすぐに変更後のオペレーションの検証ができることがメリットである。

そこで、できればそのままkintoneで実運用に入ってもいいし、違ったソフトだとか今現在使っているもので同じようなことをしてもよいのである。要するに簡単に素早くシステムができてしまうソフトだからこそ、高度なモックアップツールとして活用できるのである。従来は、これが出来なかったので紙に書いていた。言い換えると、実際に動くように設計されたフォームがそのまま設計書になっているということである。

実際には、プロセスモデルを参照しながら、プロセス要素表というものを書いてそこからkintoneに落とし込みます。さすがに何もないところかいきなりフォーム設計は難しいからです。手書きのプロセス図でも、それこそホワイトボードに書いて写真にとったものでもかまいません。要するに、そこのドキュメント化に時間と手間をかけないということがポイントです。

kintoneでフォーム設計した例を下に示します。

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2012年12月13日

生物学的文明論

かつて「ゾウの時間ネズミの時間」という売れ本を著した生物学者の本川達雄の新作「生物学的文明論」(新潮新書)を読む。生物学者からみた文明論である。数学的・物理学的発想ではなく生物学的にということだが、要するに現代社会というのは技術が作り上げた社会でその背景にあるのが数学・物理学であるからそれを見直したらということのようだ。

ということで、現代社会が抱える問題点について切り込んでいく。最初にサンゴ礁を取り上げている。なぜかというと生物多様性、地球温暖化、南北問題、共生やリサイクルといったキーワードが詰まっているからだという。ご存知のようにサンゴの海にはサンゴも動物ですが、その周辺には多くの動物がいます。それは餌が豊富であることを意味しますが、ふつう光合成をする植物、藻とか植物プランクトンがいると思うでしょうが、実際には水がきれいであることからもわかるようにそれほどいないのです。なのに、動物がいっぱいいるということはどういうことなのでしょうか。

その答えは、褐虫藻と呼ばれる植物プランクトンがサンゴの細胞の中に棲み込んでいたのです。つまり、動物と植物が共生していたわけです。すごい仕組みですね。サンゴは動物が生きていくために必要な炭水化物やアミノ酸などを褐虫藻が作ってくれたものをもらいます。一方、褐虫藻の方はどんなメリットかというと安全な家に住まわせてもらっているということなのです。このようにお互いにギブアンドテイクの関係がうまく行っているのは不用なものを利用し合うサイクルができているからなのです。

まだ他にもサンゴと共生している動物もいて、サンゴの護衛をやっているカニやエビがいます。そんなサンゴが今危機に瀕しているというところから文明論が展開されます。サンゴ礁が大事だというのは、世界の海の0.1%しか占めていないのに、海水魚の3分の一はサンゴ礁の種で、漁業でも漁獲高の10%をサンゴ礁が占めているからです。そのサンゴ礁で健全なものがたった4分の一なのだそうだ。こうなったのはもちろんすべて人間の活動が原因なのである。

著者は生態系の多くがメリットを与えてくれるものでそれがなくなっていく現状を憂いています。その生態系が提供してくれるサービスには4つあると言っています。供給サービス、基盤サービス、調整サービス、文化的サービスである。結局、こうした恩恵を受けていながら、人間のわがままが平気で自然を壊していっていいのだろうかという警鐘を鳴らしている。

後半は、生物のサイズとエネルギーとか生物の時間と絶対時間といった前作「ゾウの時間とネズミの時間」の延長のようなテーマなので文明論とちょとずれるところがあるのだが、著者の研究対象のなまこの話はおもしろかった。確かに人間の価値観とは全く異質な生物もいっぱいいてそれらの生活を知ると今のわれわれの生活を見つめ直すことも必要だなあと思ってしまう。

例えば、人間のエゴで自然環境を破壊して、それが豊かであると思い込んでいるわけで、それは多くの生物の犠牲の上に成り立っていることに思い至る。豊かになることはエネルギーを大量に使うことにほかならないわけで、それは自然を破壊して得ているとも言える。まさに、地球温暖化などはその通りなのである。

なので、この本を読んでいてふと思ったのは、今のエネルギー論争の矛盾である。原発を止めるのはいいが、そこから引き起こされる化石エネルギーの燃焼から生まれる温暖化や自然エネルギーの横取りによる自然環境の破壊を平気でやろうとしていることである。ぼくの素人発想だと原子力エネルギーが一番自然にやさしいと思う。そう言うと事故があった時の放射能汚染による自然破壊の方がはるかに問題だという人もいる。

だから、こういった観点での議論をして欲しいと思う。つまり、自然あるいは人間以外の生物との共生を考えた時にどういうエネルギーを、あるいはどれだけのエネルギーを使わせてもらえるのかという議論である。
 

生物学的文明論 (新潮新書)
本川 達雄
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2012年12月14日

クラブワールドカップの決勝はヨーロッパ対南米

今年のFIFAクラブワールドカップも予想通りヨーロッパと南米の対決となった。一昨日の南米代表のコリンチャンス(ブラジル)はサンフレッチェ広島を破ったアフリカ代表のアルアハリ(エジプト)を1-0で下して決勝進出を決める。昨日は、ヨーロッパ代表のチェルシー(イングランド)が北中米カリブ代表のモンテレイ(メキシコ)を3-1で一蹴して16日の決勝にコマを進めた。

予想通りの結果で、他の地域はやはり二強には歯が立たなかった。コリンチャンスはあのJリーグで活躍した懐かしエメルソンとダニーロがいてそのプレーぶりも注目だが、他にもファビオ・サントスとかパウリーニョといったブラジル代表選手もいてかなりのチーム力である。エメルソンにしても浦和時代の奔放なプレーぶりは影を潜め、守備もしっかりとやってチームプレーに徹していたのには驚いた。

コリンチャンスは、アルアハリ戦の試合ぶりだと仕上がりはもう少しのような気がした。夏からいきなり冬ということや遠い旅程などの影響もあるのかもしれないが、アルアハリの健闘もあってやっと勝った感じも否めない。ただ、ブラジルというと華麗なテクニックで攻撃的と見られがちだが、実は守備の強さを伝統的に持っている。堅いというよりうまい守備をする。その守備力は遺憾なく発揮された。

一方のチェルシーは、モンテレイ戦では非常にいい出来であった。1点目のモタの得点で勝負ありとも言えるのだが、この得点は左サイドでアシュリー・コールの切り崩しからマタへの絶妙のラストパスでゴールを切り裂いたのだが、モンテレイの左サイドのセルヒオ・ペレスが弱いことを見抜いたもので、後半始まってすぐにもアザールらにここを突かれて2失点している。

後半12分にあわててペレスをオソリオに交代させたが遅きに失した。その交代のあとはチェルシーは右からの攻撃にシフトしていった。このあたりの監督の采配あるいはチームとしてのほころびをつく世界レベルの組織力は見習うところがいっぱいある。つい、選手個人に注目が行きがちになるが、勝負はこうした駆け引きで決まるのだ。

それにしても、チェルシーのメンバーも豪華だ。ほとんどが各国の代表選手ですごいタレントが揃っている。世界のベスト3に入るGKのペトル・チェフ、ケガで参加していないが元イングランド代表主将のジョン・テリー、スペイン代表MWのマタとストライカーフェルナンド・トーレス、ブラジル代表の10番オスカル、約40億円の移籍金で加入したベルギーの至宝エデン・アザールといった面々でワクワクしっぱなしである。

その中にあってぼくの最大のお目当ては大好きな選手のひとりであるフランク・ランパードである。チェルシーの顔でもあるが、ケガで出場が危ぶまれていたが昨日は後半に元気な姿を見せてくれて一安心だ。なんたって安定したプレーでチームを牽引する姿がチェルシーに勝利をもたらしてきた。さて、16日の決勝はどうなるのか。いずれにしろ白熱した接戦になるのではないだろうか。楽しみだ。
 

2012年12月15日

人生の特等席

もうクリント・イーストウッド主演の映画は観られないかと思ったらなんとメジャーリーグのスカウトとして登場してきた。もう82歳というから、石原慎太郎の2つも上だ。「人生の特等席」は俳優としてのクリント・イーストウッド素晴らしさを再認識した映画であった。監督は、イーストウッドの弟子のロバート・ロレンツ、共演が娘役としてエイミー・アダムス、その恋人になる元メジャーリーガー役のジャスティン・ティンバーレイク。

メジャーリーグのスカウトマンのガス(クリント・イーストウッド)はその商業柄家庭も顧みず仕事一筋であった。だから、妻がなくなってすぐに娘のミッキー(エイミー・アダムス)は6歳に時に父親のもとから離れて暮らしたのである。そんな関係なので仲はよくない。しかし、ガスも歳をとるとともに視力が衰えてスカウトの仕事に支障をきたすようになる。

一方のミッキーは有能な弁護士として働いていて、昇進のチャンスを迎えていた。そんな折に球団のガスの友人がミッキーに父親の様子をみるように頼む。あまり関係がよくないので最初は躊躇していたのだが、やがてスカウティングをやっているノースカロライナに出かけるのである。はじめは娘の忠告に耳も貸そうともしなかったのが徐々に打ち解けてくる。

そしてミッキーは弁護士の仕事もうまくいかなくなるのだが、父親と野球を見ながら過ごし、また目の前にガスに見出されながらも酷使されて潰されたジョニー(ジャスティン・ティンバーレイク)が現れ、周囲にいるエリートとは違うジョニーに惹かれていく。この3人のキャラクターと位置関係がとてもいい感じなのである。それぞれの演技もフィットしていて心地よい。

クリント・イーストウッドは、相変わらず頑固で渋くて気骨あふれる老人を見せつけてくれ、娘と関係修復するだろうことはわかっていても感動するのである。結局ミッキーもつっぱりながらエリートとして頑張っている自分を見直していく。ラストのオチも出来過ぎ感いっぱいなのだが嫌味もない。

ちょっと前に「北のカナリアたち」が吉永小百合の映画だといったが、これもイーストウッドの映画である。しかし、比較するのも何なのだがイーストウッドの勝ちですね。それは、脚本とか脇を固める俳優さんたちの活かし方の差も大きいのだが、人生長く生きていると、決して清く正しくだけで生きられないわけで、それは「北のカナリアたち」も同様なのだが、清濁の濁った部分の演じ方、あるいは観客の感じ方の部分の差だろう。小百合さんはあくまで清い人なのである。

ところで、この映画はメジャーリーグすなわち野球を題材としたものである。イーストウッドは監督としても過去に「ミリオンダラー・ベイビー」「インビクタス/負けざる者たち」といったスポーツものを手がけや秀作を残している。アメリカ映画では、彼の作品以外でも多くのスポーツの領域での作品が作られているように思う。それに比べてわが国の映画にその類のものが少ないのに気づいてなぜだろと思っているのである。(ガキの映画はあるが大人のヤツが)
  
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2012年12月16日

CPO

近頃は、チーフなんちゃらオフィサーという呼び名が出回っている。代表的なのがCEO(Chief executive officer)、COO (Chief Operating Officer)、CIO (Chief information officer) といったところでしょう。ならば、CPO(Chief Process Officer)というのがあるのだろうかと調べてみた。調べたといってもWikipediaで見ただけだけどこれがあるんですね。

ちなみにそこには36のChief Officerが載っていました。さてCPOですが、その説明があってこう書いてある。

A chief process officer (CPO) is an executive responsible at the highest level of an organization. CPOs usually report direct to the CEO or board of directors. They oversee the business process activities, are responsible for defining rules, policies, and guidelines to ensure that the main objectives follow the company strategy as well as establishing control mechanisms.

さすが米国だ。ちゃんと的確に表現してあるし、かなり高位の職種として規定しているのが見てとれる。企業戦略を実現するためCPOがやるべきこととして、プロセス活動の監視、ルール・ポリシー・ガイドラインの定義、コントロールメカニズムの確立が挙げられている。まさにプロセスマネジメントの何たるかを言っている。

日本にはCPOと言われるような人はいるのだろうか。はっきり私はCPOですという人は見かけないが役割として担当しているという人はいるかもしれない。なぜCPOなんて言い出したかというと、先日あるセミナーでぼくが関係していた会社の社長が事例発表していて、終わったあと一緒に帰りながら話題になったからである。

発表は「静脈流プロセスの改善」と銘打ったもので、通常の生産・販売・出荷という「動脈流」に対して、納入以後のクレームだとか修理依頼といったお客さんからの要求への対処プロセスの改善というテーマである。実は動脈流も大事なのだが、忘れがちになるが静脈流がけっこう重要で、最近ではそこからビジネスも生まれてくるといったこともある。

実は、その改善されたプロセスを作って実装したのが社長の妹さんで、業務チームのリーダーをやっている女性である。彼女はもちろんITの専門家でもないし、むしろITなんてというほうなのだが、その彼女がプロセス中心の考え方で業務を捉えるとわかりやすく、またそうしてプロセスを設計すると簡単に実装できるということに気がついて、ことあるごとに社内でプロセスという言葉を発しているという。

営業や設計の若い子が何か言ってくると、それはどのプロセスのどこのことを言っているのかとか、このプロセスのここがちゃんとできていないからダメなんだとかいうのだ。なので、その話を聞いたあとにそりゃあまさにCPOだと言ったのである。ところが、それに対して口の悪いおじさんが(けっしてぼくではありませんよ)それは「チーフ・プロセス・オバサン」だと叫んだのには一同大笑いであった。そんなオバサンが増えるといいなあ。
  

2012年12月17日

衆議院選挙にクラブワールドカップ

同じに日に二つの戦いが繰り広げられた。日テレは、よかったのか悪かったのかわからないが、昨日は7時半からFIFAクラブワールドカップを観戦し、そのあと選挙報道番組を見る。まあ、そのくらいの時間で速報を見れば十分だ。最初の頃は、開票が早いところの選挙区のことばかり繰り返すから、むしろあとからまんべんなく聞いた方がよい。結局ぼくの選挙区の結果は一度も目にすることがなかった。

この二つの戦いを比較するのも何なのだが、普通に戦評してもみんなが叫んでいるので面白くない。なのであえて比べてみる。まずは、かたや自民党の圧勝で、サッカーは均衡した接戦でいい試合だった。戦いの結果もさることながら、いちばん差があったのは敗者の扱いである。負けた民主党とチェルシーに対してである。

昨日のテレビの選挙報道ですごく象徴的であわれを誘ったのは民主党で特に野田首相の扱いだ。勝てば官軍かもしれないがちょっとひどくないか。テレビ朝日は野田さんのコメントの途中でCMに入ってしまうし、記者会見の質問が時間があるにもかかわらず出てこないという惨めなものであった。その点、サッカー中継では負けたチェルシーの健闘をたたえるように暖かい目で敗者を称えていた。ダヴィド・ルイスの泣いている姿は印象に残る。

それにしても小選挙区制の恐さをまざまざと見せつけられた。2009年、そして今回と圧勝の入れ替わりである。ゼロか百かの争いだからこうなるのだが、これで良いかどうか見直しが必要のような気がする。今までのように対立的な政党間の争いであればそれはそれで良いのかもしれないが、今回の選挙で浮き彫りになったように、政策ごとで意見が割れるまだら模様だと再考する余地がありそうだ。

自民党はこれだけの圧勝だから、さぞや大喜びかと思いきや安倍さんの表情も硬く、相変わらずの石破さんの面構えも決してはしゃいではいなかった。それは評価できる。自民党が強くて勝ったわけではなく、民主党のオウンゴールみたいなところがあるからである。その点、小泉進次郎は非常によくわかっていて自民党の改革をしないとまたぞろ同じ轍を踏むと言っていた。そのとおりである。

みなさんもう忘れているかもしれませんが、小泉純一郎のあとを受けた安倍さんは2007年の参議院選で敗北して辞任した。そして、2009年の麻生さんで大惨敗であった。どうして、そこで負けたかの分析をちゃんとしないとまた同じ失敗をするということなのだ。だから、ちょっと前に書いたように。「日本を取り戻す。」というフレーズを繰り返す安倍さんに危惧を抱くのである。以前のこの記事に書いたことをもう一度分析・検証してほしいと思う。


さて、クラブW杯である。ブラジルのコリンチャンスが栄光を手にしたのだが、準決勝のアルアハリ戦ではあまりいい試合をしていなくて不安視していたが、ものの見事にその反省をして決勝ではすばらしいパフォーマンスを発揮した。やはり、コリンチャンスのキーパーを含めた守備陣のがんばりだろう。MVPにキーパーのカッシオが選ばれたが、ぼく的にはパウリーニョですね。彼の攻守にわたる貢献が大きかった。

一方のチェルシーは惜しいチャンスもあったが、良さがずいぶんと消されていた。ランパードもアザールもマタも目立った動きができなかったこともある。特に勝敗を分けた一因にトップのゲレーロとトーレスの差のような気がする。得点を入れたかどうかではなく、ポストプレーが出来ていたかどうかで、その点ゲレーロが優っていた。フェルナンド・トーレスは能力は高く期待されるのだが本番で力が発揮できないタイプで、こういう選手はよくいるのだが要するに精神的に弱いのだと思う。

戦いすんで日が暮れて、これからがまた新たな戦いの場となっていく、負けたものは捲土重来を期し、勝ったものは奢らず更に高い極みをめざしていかなくてはいけない。しかし、今朝の情報では財務相に麻生さんが取り沙汰されている。ああやめてくれ。
 

2012年12月18日

ビジネスサービスのつくり方 - 第1章 心構えと下準備

■ ITって何かを知る
ここで少し心構え的なことを考えてみましょう。ビジネスサービスを広く捉えると、必ずしもITを使ったものでなくてはいけないということはありません。世の中にはITを使わないサービスは数多くあります。ですから、当たり前なのですが、サービスを提供するのに役に立つ部分にITを適用することになるわけです。ところが、時として何でもかんでもITでやろうとすることがあります。

○○システム開発といったプロジェクトを始めたとすると○○システムをどうやって作ろうかと考えてしまいがちです。パッケージを持ってくればいいとか、プログラミングを自動化して速く作ろうとかに頭が行ってしまいます。これはまさにITシステムを作ることが目的となってしまっています。そのプロジェクトの顧客は誰で、その人たちはどんなサービスを欲しがっているのかという見方が大事なのではないでしょうか。

ぼくはいつも「ITとは」という問いかけに対しては次の二人の言葉を思い出すことにしています。

「僕にとってのコンピュータは、人間が考えついた最も素晴らしい道具なんだ。それは知性にとっての自転車に相当するものだ」    
     -Steven Paul Jobs-
「人間を代行するコンピュータから人間の道具としてのコンピュータへ」
               -Terry Allen Winograd-

ジョブズはだれでも知っていると思いますが、ウィノグラードはスタンフォード大学の先生で、以前は人工知能の大家であったが、その後人工知能の限界を唱え、人間とコンピュータの相互関係を重視したLAP(Language/Action Perspective)という理論を提案している。

簡単に言うと、認識を人間と環境との適合(カップリング)と考え、人間は言語を通じて環境とカップリングする生物であると規定します。従って、ビジネス(プロセス)は話し手と聞き手が相互にカップリングする、再現的な会話(言語行為)によって進行すると考えるのです。これはコンピュータには難しいのです。

二人ともITはあくまで人間が使う道具であると言っています。しかも注目すべきはジョブズは自動車ではなく自転車と呼んでいます。自分の手と足で自由に操れるものという意味なのです。つまり、あくまで人間主体であり、その人間が必要に応じてITを道具として使っているという姿が浮かんできます。

ITをサービスという観点で眺めていくと、サービスとは人間がITを使って生み出されるものであり、またITと人の合わせ技でビジネスサービスを使うというアプローチになるのです。ですから、ケースバイケースでITに任せる部分、人が関与する部分の割合が変わるのは当然で、道具との相性も含めて本来の目的を忘れずに柔軟に対応できるようにするのが大事になるのです。
 

2012年12月19日

間抜けの構造

ビートたけしの本は読んだことがなかたのだが、一度くらいは読んでもいいかなという思いで本を開く。タイトルが「間抜けの構造」(新潮新書)ということで間抜けな奴から始まって“間”ということについて書いている。近頃では政治家にも間抜けな奴が出てきたようで、TVタックルの司会をしているからわかるのかどうか知らないが、まずは政治家が槍玉にあがっている。

そこから、芸能界に展開していくのだが、間抜けな政治家は困るが芸では間抜けなところも必要だという。ビートたけしはご存知のように速射砲のような語り口で、当時もボケツッコミの漫才流儀を破壊したわけだが、それは“間”がないようにも見えるのだが、それもまた一種の“間”であったのだろう。つまり、時代とともに“間”の意味が変化していき、その“間”を制したものが笑いを制するのだという。

“間”の芸といえば落語だろう。名人と言われる人たちには独特の“間”がある。それがひとつの個性となって現れるのである。文楽、志ん生、志ん朝、談志など決して画一的ではないし、お客さんを見てその場でも変えてくる。また漫才ともまた違ったものである。本にも書いてあったが、たけしがテレビで一度落語を披露したことがあって、その時は「野ざらし」を演ったのだが、本人の悦の入り方とは反して大したことはなかったとぼくは思った。

さらにスポーツにも言い及んでいて、野球のピッチャーとバッターの間の“間”の大切さとか、サッカーにおけるドリブル、パス、シュートといった動作の“間”も野球以上に重要だという。うーん、たけしもわかっているなあと感心する。そして、“間”の取り方に関連して力の入れ方より力の抜き方が大事だというぼくが普段言っていることと同じことを言っていた。

一番おもしろかったのはやはり映画のことで、北野監督らしく「映画は“間”の芸術である」とおっしゃっていました。まあ、確かに俳優さんの演技にしても、映像の配置にしても、コマの流し方にしても、時空に関してどこに“間”を置くかが問われることになる。このあたりは、自分自身で一から映画作りをやってきた経験から発せられているから実に説得力があった。

たけしが言うように“間”にはマクロとミクロがあって、今言って来たのはミクロの“間”つまり、何かの動作におけるタイミングであったり、ずれであったりのことなのだが、もう一方でマクロ、すなわち登場する時代とのマッチングみたいな部分でも“間”があるという指摘はそうだなと納得。ビートたけしもある意味いいタイミングで登場してきたと思う。漫才ブームにもろに乗っかることで認知され、確立されていったわけだからである。それをちゃんと自覚していたからこそ、ここまで生き残ったのかもしれない。

ただ、書いてあることはそれぞれおもしろいのだが、かなりの部分はすでにテレビや雑誌で見聞きしたことばかりなので新鮮味はなく、肝心の「間抜けの構造」についても深くないので、テレビでのおしゃべりをまとめたといった本である。

間抜けの構造 (新潮新書)
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2012年12月20日

二つの祖国で 日系陸軍情報部

すずきじゅんいち監督の3部作の完結編である。「東洋宮武が覗いた時代」「412日系部隊・アメリカ最強の陸軍」と来て、最後が「二つの祖国で 日系陸軍情報部」である。これまであまり語られることが少なかった日系二世の兵士たちの歴史である。前作と同様生き残った兵士たち(もうみな90歳前後となっている)へのインタビューから構成されている。

今回の作品では、MIS (Military Intelligence Service)という秘密情報機関で働いた日系二世たちが登場する。英語と日本語を操れる彼らは暗号の解読から、捕虜の通訳といった場面で活躍する。このあたりは日本と米国の差をみてとれる。すなわち、日本では敵国の言葉を習おうともしなかったが、米国では情報戦に備えてちゃんと日本語のできる人材の確保をしていたのだ。

この時代の日系二世の苦悩は尋常ではなかったと思われる。米国の国籍をもつと言いながらも日本人の血が流れているわけで、しかも戦争が始まって収容所に収監もされるという人種差別にも会うのである。「412日系部隊・アメリカ最強の陸軍」でも描かれるようにそんな目にも会いながらも米軍の兵士として勇敢に戦うのである。

さらに、日本軍との戦いにももちろん参加するわけで、全くのマタ先状態になる。インタビューにと登場したある元兵士は語る。兄弟で敵と味方に分かれて戦ったのだが、終戦後日本軍にいた弟が南方の島で戦死したという話を聞かさられる。飛行機に乗っていて撃ち落とされたのだという。ところがちょうどその時自分は米軍の兵士としてその島で日本軍の飛行機を撃ち落としていたというのだ。

その話をやっと今になって口に出せるようになったといって泣き出すのである。もう観ているぼくらも涙なくしていられなくなる。こんな過酷なことがあっていいのだろうか。こうしたいくつかの悲劇が当事者たちの言葉として発せられるので、戦争のむごたらしさを改めて思い知らされた。

MISは戦争後も活躍することになる。占領軍としてやってきたのだ。そこでは、日米の架け橋として日本の復興に貢献する。戦争の勝利者と敗者という関係の緩衝役ということもあるが、やはり日米の文化に違いといった面で両者を理解出来る存在としてずいぶんと日本にとっては助けられたようだ。こうした歴史はなかなか表には出てきていなかったのをこの映画で知ることとなった。

日系二世という複雑な立ち位置で戦争に巻き込まれ、幾多の試練を乗り越えてきた人々が語ってくれたことが素晴らしいし、もう数年もしたら彼らもどんどん死んでいってしまうので非常に貴重なものだ。先ほどの兄弟で戦った人は昨年の秋に亡くなったとテロップが流された。そうした時に大切な記録として残したすずきじゅんいちの仕事に感謝しつつおおいに称えたいと思う。ただ、映画としては、インタビューだけなので字幕を追うのが精一杯になってしまいちょっぴり疲れてしまう。
 
最後に個人的なことで。すずきじゅんいちはぼくの高校の後輩にあたる。別に接点があったわけでもないし、今でももちろんないのだが、何となく親近感がある。また、朝日新聞の「ひと」欄でも紹介されていたとき奥さんが女優の榊原るみということを知りこれまた驚いたのである。
 
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2012年12月21日

ビジネスサービスのつくり方 - 第1章 心構えと下準備

■ ビジネスサービスを使うのをお手伝い

ビジネスサービスということを考えるとITから発想することは避けなければいけません。あくまでビジネスありき、業務ありきですから、当然そこから切り込んでどういったものが必要なのかという視点が重要です。ですから、ITシステムを持ってきて、そこにある機能をどうやって使うかということでは、ユーザが欲しいサービスにはなりません。

そして、よくある間違いは業務システムを新しく作ろうとすることです。これはあくまで業務システムのことを言っていますので誤解しないようにしてください。もちろん、ソフトウエアやツールなどは作るわけですが、業務システムはビジネスを実際にやっている限りどこにでも存在しています。それが、ITでできている場合もありますし、全くITを使わない場合もあります。

ウエブから申し込むと人間が介在しない全自動でサービスを受けられるなんてこともありますが、街の八百屋さんのようにITはどこにもなくてざるの中からおつりが出てくるなんてこともあるかもしれません。しかしながら、どちらも顧客要求に応えるシステムになっている点では同じなのです。ですから、そのシステムが思ったように動いて欲しいというのが使う人の要求になります。思ったようにというのは、お金をかけて速くして欲しいという人もいますし、いや遅くてもいいからお金をかけたくないというのもあるかもしれません。

これはあくまで使う人の考え方によります。ところが、それじゃあダメだからこんなやり方やいい道具があるから使わなければと指南する人がいます。コンサルタントとか呼ばれる人たちです。でもそれってよく考えてみるとおかしな話になると思いませんか。そのビジネス、その業界なりの専門家は誰でしょう。業界トップの例を持ってきて同じようにやれば業績が上がりますよというのも変ですよね。要するにユーザの人が一番業務を知っているのです。

結局は、お仕着せのものでうまくいくはずがありません。自分たちで自分たちのビジネスをとことん考え抜いた結果として、独自のビジネスモデル、ビジネスプロセスを持っていないと生き残れないと思うのです。人に教えてもらってビジネスをやっても長続きせず、いずれ化けの皮が剥がれます。ですから、いずれにしろ自分たちで考えるしかないわけで、そこでどうやってサービスを使うのかをお手伝いするという精神が大事になってきます。

Webサービスとの違いはここで、あくまでサービスを作ってプッシュするのではなく、ユーザから欲するサービスを引き出すプル型の対応が必要になります。ビジネスの主体者であるユーザが腹に入る、腑に落ちる、納得感をもつことを優先させるという心構えを忘れないようにしたいものです。
  

2012年12月22日

目的と手段の混同

よくある間違いに目的と手段を取り違えたり、あるいは一緒くたにしてしまうことがある。これは、因果関係と相関関係とか、名目と実質とか、是か非と可能不可能といった問題にも同様に見られることである。これをされると議論が平行線になって噛み合わなくなるという弊害をもたらす。中でも、目的と手段の混同はしばしば起きるので困ったものだ。

この間も、今の経営課題って何だろうかということを調べていてそのことを痛感したのだ。ある調査会社の定点観測アンケートを見つけた。その最初の設問である「当面ならびに中期的な経営課題」は何ですかというもので、おそらく選択式になっていたと思われる。結果として、上位からいうと、売上・シェア拡大、収益性向上、人材強化、新製品・新サービス・新規事業開発、グローバル化、財務体質強化、技術力強化、顧客満足度向上といったところである。

まあこうした項目は昔からあるのだが、ぱっと思ったのは、最初の二つは当たり前というか永遠の課題であって、それを課題にしない会社はないのではないでしょうか。だって、もう十分儲かっているから、これ以上売り上げも増やさないし儲けも減らしたいなんてことを言うのだろうか。つまり、企業活動を行っている会社の経営はボランティアではないから売上ないしは収益を上げるのは自明の経営課題なのである。

では3位以下を見てみよう。人材、商品、財務、技術力といったリソースの強化とグローバル化、顧客満足度向上といったバリューチェーンの強化である。これらって、結局売上・シェア拡大と収益性向上のための手段を言っている。それを同列に並べて順位をつけるのはナンセンスなのである。さらに、そうした手段にもまた手段があってそれも混在していたりする。ちゃんと構造化しておかないと、いったいどこまでやれば課題が解決できるのかわけがわからなくなる。

そこを煎じ詰めると結局、企業の経営が目ざすのはいかに儲けるのかということといかに勝つのかということだろう。この儲けると勝つというのは同じように聞こえるかもしれないが微妙に違っている。儲からなくても競争相手に勝つことはできるし、トップにならなくても儲かることもある。牛丼の安値競争で勝ったとしても赤字なんてことかもしれない。今のゲーム業界のように全体のパイが膨らんでいるような時はどこもが儲かってしまう。

しかしながら、持続的な経営をめざすなら両者をバランスよく実行していくことが大事になってくる。儲けるための手段は何か。売上アップかコストダウンです。これは説明するまでもないのですが、一方の勝つための手段は、ブランディングと顧客満足度だと思うのです。つまり、自分たちの会社の認知度を高め、この会社は良い会社だからそこの商品を買おうとなるし、お客さんがその商品を買って使ってみて良かったと言ってくれることで競争に勝つわけです。

こうした手段はもっと細かく分解することができます。例えば、コストは変動費と固定費に分けられるとか、売上アップは、シェア拡大なのか、グローバル化を含めた新市場拡大なのかといったことが挙げられる。さらにもっと詳細になってくると、結局ある業務プロセスにたどり着くケースがかなり占めているのが分かってきます。これを構造化というのであって、その構成要素をきちんと定義して、現実的にはその要素を儲かるように、勝つようにするにはどうしたらよいのかという議論が必要なのである。

さて最初の目的と手段の混同のことである。今言ったような目的と手段の因果関係をちゃんと把握してなくて、その入れ子構造が理解できていない人も多く、そういう人に限って、目的(What)を忘れてすぐに手段(How)に行くのはけしからんと言ったりするが、手段をちゃんと持っていない。ぼくもWhatが大事ですよとよく言うのですが、それはHowも非常に重要だからこそであって、手段の裏付けがない目的は無意味であり、WhatとHowの連動性を忘れないようにしたいのです。
  

2012年12月23日

HOME 愛しの座敷わらし

監督が和泉聖治と聞いて驚いた。昔のことを知っている人だとあのピンク映画の監督じゃないかと思うはずである。で調べてみたら、彼は最近では水谷豊主演のテレビドラマ「相棒」の監督だったのだ。テレビに興味がないので気がつかなかった。それで、「HOME 愛しの座敷わらし」を演出したのが合点がいった。そのピンク映画とは真逆のファミリー映画である。原作が「明日の記憶」の萩原浩。

ストーリーは、父・高橋晃一(水谷豊)は東京から岩手へ転勤することになるが、引越し先の家は築200年の古い民家だった。晃一が勝手に決めたので、妻の史子(安田成美)や子供達そして晃一の母親(草笛光子)は突然の田舎暮らしに不安いっぱいとなる。そしてそれぞれが悩みや問題を抱えたなかでの新天地であった。

晃一は転勤と言いながらも左遷のようなものであったし、史子は都会の暮らししかしたことがないので、年寄りばかりに囲まれ、不便な山里での暮らしになかなか馴染めないのである。長女は学校での人間関係の悩みを抱えているし、長男は田舎暮らしには抵抗ないものの持病の喘息のためにサッカーをやりたくてもできないでいる。母親は認知症の兆候が出始めている。

こうして、高橋家の新たな生活が始まる。そんな日々のなかで奇妙な現象が起きてくる。鏡に小さな子供の姿が映ったり、誰もいないのに物音がするという。父親以外のみんながそんな話をし始めるのである。そして地元の人たちにも知られることになると、それは「座敷わらし」なのだと教えてくれる。「座敷わらし」は決してお化けのようなものでもなく、むしろ幸福を呼ぶものであるという。

その言い伝えのように、晃一の仕事の方も誠実な仕事ぶりが認められるようになり、妻も徐々に慣れて近所付き合いもするようになり、長女も学校で友達とも溶け込めるようになる。喘息の男の子もサッカーチームに入ることができ、楽しむようになる。転居した当時は、家族みんながばらばらであったのが、少しづつ分かり合うような関係に変わっていくのである。

こう書いていくとほんとベタな感じの家族再生物語になるのだが、これが意外と感動してしまうのである。水谷豊の父親があの雰囲気で説教じみた言葉を発するので今時そんな立派なオヤジはいないぞと思いつつ、「「家族」でいられる時間は意外と短い」のだみたいなセリフがグサリと胸を刺す。

実にどこにでもありそうな家族が、実にどこにでもありそうな悪い方向の関係性を、実にどこにでもありそうな環境変化の下に、実にどこにでもありそうな良い関係性を再構築するという平凡な非凡性みたいな実はどこにでもありそうでない奇妙な映画であった。
 
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2012年12月26日

財務省

「ミスター円」と呼ばれた大蔵官僚といえば榊原英資という名を多くの方が答えられるほど有名になった著者による「財務省」(新潮新書)を読む。省庁なかでもとかく話題になるところである。公務員の上級試験のトップクラスの超エリートが入る省でもある。その財務省出身者が自ら財務省について語っているからどうしても財務省よりのバイアスがかかる。批判的なことは少なく、その存在価値を強調している。

まあそれでも仕方ないのだが、「財務官僚はどんな人たちなのか」、「「大物次官」達の肖像」といった章を中心にぽんぽんと実名が飛び交うのである。これには閉口する。首相になった池田勇人だ、宮沢喜一だから始まって、田中角栄や福田赳夫に可愛がられた次官だとか、今をときめく勝栄二郎まで、素晴らしい人材だと書くわけである。結局、読んでいるぼくのような普通の人間には自慢話にしか聞こえてこないのである。

そりゃあ、東大法学部をトップで卒業して入るわけだから優秀であるに相違ないと思うが、そんなことを知りたいわけでもない。財務省というところがどんな役割で、政治との関係はどうなっているのか、官僚たちを何を考えて働いているのか。本当に国家のためと思って奮闘しているのだろうかとか固有名詞ではなくロールとして実態を知りたいのだ。

もちろん書いてはあるが、どうしても現状肯定のスタンスだから物足りなさを感じてしまう。トーンが、民主党の政治主導が誤った方向に行ってしまって、官僚を否定することに異議を唱えていて、うまく官僚を使うことを考えるべきだという。ごく当たり前の結論なのだが、本でも少し触れているのだが、高度経済成長の時代で果たした役割と今日のような環境での振る舞いは当然変わってこなくてはいけないのだが、そこの論考が弱いような気がする。

今回の選挙で、民主党が惨敗して、自民党が圧勝したわけだが、おそらく政治主導の意味、官僚の使い方は民主党時代から大きく舵取りが変わると思うので、そのときあのよかった大蔵省時代を再現したいなんて思わないで欲しいのである。しかしながら、直近のニュースでは、麻生太郎が副総理で財務大臣と金融大臣を兼務するらしい。

1998年に金融部門が大蔵省から切り離され、内閣府の外局として金融庁が創設されました。いわゆる財政と金融の分離です。あまりにも強くなりすぎたことや銀行などとの癒着の問題でそうした改組がされたわけだが、政治ではそこを同じ人間がやるのだという。どうも政官の関係がよくわからない。もっとうまく機能させてもらいたいものだ。

ぼくは今は官僚の人とは付き合いいはないが、会社勤めをしていた時は、流石に大蔵省の人とは接点がなかったが、通産省の役人とは何度か仕事上の付き合いをしたが、よく働くし、まじめだし、使命感もあって個人的には決して悪い印象はない。だから、個々人をとると問題はないのに組織となるとまた違った見方になる。

すなわち、組織構造がもう疲労を起こしている可能性がある。これは政党もそうだし、制度もそうだし、そう言った意味で大きな変革が必要なのだろう。でもこの本を読んで見て、その改革は内部の人間ではできないなと強く思ったのである。
  

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2012年12月28日

ビジネスサービスのつくり方 - 第1章 心構えと下準備

■ 失敗しないシステム開発

業務システム開発の世界ではプロジェクトの失敗例がよく出てきます。お金がかかり過ぎて途中でやめてしまったとか、作ったはいいが使い物にならなかったとか、当初の予算が倍になってしまったとかいった事例を見聞きします。こうしたことはなぜ起きるのでしょうか。やってみないとうまくいくかどうかわからないプロジェクトなのでしょうか。

そんなギャンブルのようなプロジェクトも考えてみればおかしな話ですよね。その原因は、簡単に言えば何を作るのかが明確になっていないからではないでしょうか。それにも二つあって、仕様そのものが明確になっていない場合と、作る人と使う人の理解に相違があってそこで齟齬が生じるというケースです。作ったものが使う人が考えていたものと違ったなんていうことです。

ですから、そうした問題が起きないようにするには使う側から作るものを決めるようにすればよいのです。業務を回す、仕事を行うために必要なビジネスサービスをイメージしてそのとおりに作れば、少なくとも作ったはいいが使わないということはなくなります。さらにそれを自分たちの好きなように作れたなおさらいいですよね。

つまり、使うものだけ、役に立つものだけを作れば失敗はしません。それができなかったら作るのをやめればいいのです。そのとき、作るときに大きな費用がかかるとなると問題なのです。途中でやめるのはいいが、それまで結構な投資をしてしまうと、それをサンクコストとして見てしまい、無理やり続けて傷口を広げてしまうということも起こります。ですから、大事なのは安価な投資でできるやり方でなければなりません。

ERPなどのように統合化された大がかりシステムはその可能性があるのですが、それに対する防御策は、固有性を排除して標準的なものにしておくことでしょう。固有的あるいは差別的な機能は外出しにしておくのです。それによって、仕様も標準のものであればでき上がりのイメージもつかめるので、できたはいいが使い物にならないということはないでしょう。そして、外出しにしたものは、個別に安価な開発費用でアダプティブに作ってつなげればよいのです。

ケースに応じて失敗しないようなやり方を採用していけば当然のように失敗しません。これから議論していくやり方は、そんな志向のものです。サービスという言い方をしているのは、ビジネスの役に立つ、使いこなせる、仕事がうまくいくためのサービスを選んで使うだけといったニュアンスだからです。

ちょっと、話はそれるかもしれませんが、サービスですから取り扱い説明書があればいいわけで、それも最初だけ必要でちょっと慣れればそれもいらなくなります。従来のようにドキュメントを作ってそれをメンテしてといった煩わしさは排除すべきです。サービス化とはそういうものでもあります。

結局、心構えとしてこれまでと違ってもっと気楽に使う人が、あるいは作る人が使う人と一緒になって、業務がやりやすい仕組みと仕掛けを組み上げるということではないでしょうか。そうすれば、失敗することもなく作ったらすぐに使えるようになるのです。
 

2012年12月24日

おじさんたちの宴

昨日、一昨日と仕事とは直接関係ないおじさんたちとの交流である。一昨日は、息子とその友達と一緒に親父どもが集まった。一緒に会社をやっている子のお父さんと彼の奥さんのお父さんと藤沢で食事をする。話には聞いていたが初対面である。その義理のお父さんというのが、IT会社に勤めているわけではないのだが、自分でシステム開発をやってしまうという人で、その話で盛り上がった。

オヤジどもの年齢はぼくの2歳上と2歳下という取合せである。つまり団塊の世代だ。この世代は一家言持っている人が多く、この日も3人が勝手に自分の言いたいことを言ってるという状態である。それを若い子がじっと聞いて、ときどき合いの手を入れるという具合になる。ただ、意外とこれがフィットしている。帰りに息子と話していて、彼らはぼくらの世代の方が、その中間の40代、50代の人達より合うのだという。まあ、小さい時から同じ環境を共有しているせいかもしれない。

昨日は、小学校時代の同級生二人が地元に来るというので、またまた悪ガキどもが集合する。この日は、地元で「深沢冬まつり」というのが開催されて、主催するまつりの会の会長がぼくらのクラスメートなので、そのお祭りを見てから飲むことになった。ぼくも地元にいながら初めてお祭りを見に行く。フリーマーケットや餅つき大会、音楽会など色々な催しが行われていた。

結局、最終的に10人も集まって昔話に花が咲いた。昨年、ふとしたきっかけで小学校4年生の時のクラス会をしようとなって、今年の4月に86歳になる担任の先生を招いて行われたのである。それから、集まるのももう5回目くらいになる。当時広場で遊んだことが今は飲みながらバカなことを言い合う場になったのだ。

昨日は、その後連絡が取れた新しいメンバーが加わっての飲み会である。シミズ君は、NHKテレビの「はてな劇場」にぼくらのクラスが主演したとき、司会の黒柳徹子に「ハイ、あなた」と指されて答えた子である。この番組は理科の問題が出されそれに答えるのだが、最初の問題は動物のタマゴを見せられて、これは何のタマゴでしょうというものであった。シミズ君は颯爽と「ヒキガエル」と答えたのである。彼も鮮明に覚えていた。

もちろん正解であるが、昨日別のやつが、NHKの人が驚いていたというのだ。カエルのタマゴという答えを予想していたらカエルの種類まで言い当てたということにびっくりしたという。さすが田舎の子供だと言って一同大笑いした。ちなみに、2問目の加速度に関する問題には一同下を向いたままても上げず黙り込んでいたことは皆あえて忘れていたようだ。

話しているとだんだん昔の教室のイメージがよみがえってくる。あんなこともあった、こんなこともあったという話が新たに出てくるのだ。そして、なんだかんだといっても女の子の話になる。昨日も、おまえ誰が好きだったのかよーと言い合うのである。もう50年以上も前の時代だから、今のように女の子と一緒に遊ぶこともなく、口も聞けなかった。

ところが、皆さん密かに思いを寄せていた子がいたんですねえ。ホンダ君は卒業アルバムを取り出して、この子がほんと好きだったと言い出すのである。そんなことは知らなかった。でも一度も話もしたことがなかったのだという。うぶですねえ。そして、気がつかなったけど、写真をみると可愛い子がいっぱいいたんだと、別のこの名前を出してくる。ああー、昔に戻りたい。

50数年ぶりに再会しても、少しの時間で昔のみっちゃん、けんちゃん、こうちゃん、かおちゃんの顔になってしまうのが面白い。きっとまた新しいエピソードが出てくると思うが、歳とともに直近のことは忘れても小学校のことはより鮮明になって残っていくのだろう。ああ、楽しかった。さてクリスマスイブである。さすがに今日はおじさんとではなくわが家のおばさんと過ごすしかないな。
 

hukasawamaturi.jpg深沢祭り2.JPG

「深沢まつり」の写真です。

2012年12月25日

女子サッカーがおもしろい

昨日の第34回皇后杯全日本女子サッカー選手権大会の決勝でINAC神戸がジェフ千葉を1-0で下し3連覇を達成する。両者無得点で延長に突入かと思われた後半ロスタイムにコーナーキックから田中明日菜が押し込んでそれが決勝点となった。今年から、男子の天皇杯と並んで女子も皇后杯が授与される。まずは、INAC神戸におめでとうと言いたい。

なでしこリーグの試合も見たこともないが、日本打表選手が多いINAC神戸はその存在は知っている程度で、ましておやジェフ千葉というチームがどんなだかなんて何も知らなかったが昨日の試合はおもしろかった。それにレベルが高いのでびっくりした。このような試合を続けている限りは代表も世界のトップクラスを維持できるだろう。

前半は、神戸が7、8割のボールポゼッションで千葉はただ守るだけという状況が続く。ただ、千葉の守りが半端じゃなくアグレッシブなのだ。体形もコンパクトで前線からのプレッシャーもきつい。だから、神戸がボールを支配しているといっても持たされていると言ったほうが当たっているほどうまく守っていた。そして、ボールを奪うとシンプルにバックスの裏に放り込むという典型的なカウンター戦術である。そんな状態だから、神戸はシュートを打てないのに対して千葉は単発ではあるが惜しいシュートを放つ。

後半に入ると、あれだけプレスをかけていたので千葉が先にバテるかと思ったら逆に神戸の方が疲れか焦りからかパスが繋がらなくなる。千葉もそうなると前半よりかはパスがとおり決定的なチャンスも作るが最後のシュート精度が悪く得点できない。それで最後の最後で力尽きる。それにしても、千葉のあのめまぐるしく走りまわる(特に中盤の小さい選手の献身的な動きには驚かされる)サッカーには敬服してしまう。

女子サッカーがこんなに激しいことや、またレベルの高さ、それも技術力もさることながら戦術理解という面でも高度であることに驚かされる。神戸は何しろ高いボールポゼッションからゴール前のほころびを突くというバルサ風サッカーで、一方の千葉は豊富な運動量をベースに前線から積極的にプレスをかけ、高い位置でボールを奪うと一気にゴールを目指すという戦術である。その異質なチームが激突してそれぞれの持ちみを発揮したのでおもしろかったのである。

2012年12月29日

ケンタとジュンとカヨちゃんの国

映画の定番というか、よくあるパターンがある。それは男二人と女一人という組み合わせと主人公が旅するロードムービーである。この両方の要素を持った映画「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」は形としてはベタである。そしてまた、筋立ても一昔前のパターンなのである。若者が社会に向かっての不満や憤りを叫びながら挫折していくというものである。監督が「ゲルマニウムの夜」や「まほろ駅前多田便利軒」の大森立嗣で主演の3人が、松田翔太と高良健吾そして安藤サクラである。

孤児院で兄弟のように育ったケンタ(松田翔太)とジュン(高良健吾)は、電動ブレーカーでひたすら壁を壊すだけの解体現場で働く日々を送っていた。そこでは、過酷な労働と先輩からのいじめで希望のない鬱屈とした思いを募らせていた。そして彼らが街でナンパしたカヨちゃん(安藤サクラ)のもとにジュンが転がり込む。カヨちゃんはジュンにぞっこんなのだ。

そんなある日行き場のない怒りが爆発して、先輩の車を壊し、会社のトラックを盗んで逃げ出すのだ。途中でカヨちゃんを連れ込んだ3人はとりあえず北の方を目指すことに。北の方にはケンタの兄貴がいるからである。兄貴にあうことで何か希望が見えてくるのではないかと淡い期待を抱いての旅である。

この映画のクライマックスは、網走の刑務所に服役している兄貴に面会するところであろう。兄貴は幼女をいたずらして捕まってそのことをなじられた先輩を傷つけて刑務所に入っているのだ。ケンタがようやく兄貴と面会するのだが、兄貴は発する言葉が「オレがロリコンだからといってバカにしているのがわかるから帰れよ」である。ケンタは「なんでそんなことを言うの、しっかりしろよ」と叫ぶのであるが、拒否されてしまうのである。

うっすらと見えた希望も消えてしまったケンタは自暴自棄になる。そして、予想されたような結末を迎える。ぶっ壊せば新しい世界があると信じた、いや信じようとしたが何も変わらない。このあたりの展開が昔の若者映画によくあったパターンだと言ったのだ。エンディングで流れる岡林信康の「私たちの望むものは」が象徴的だと思うのだが、1970年前後のあの時代、あの社会の歌を持ってくるという感覚がどうも引っかかるのだ。親父さんの麿赤児の影響かな。

ただ、主演の松田翔太、高良健吾、安藤サクラの3人は素晴らしい。それぞれの個性を遺憾なく発揮して、それも役柄とのマッチングもよくこれは評価できる。特に安藤サクラの演技はわざとらしくなく自然体でほんとリアルでこんな女いいるいると思える。

映画としては言ったようにいかにも格差社会を描いた社会派映画といった感じなのだが、よく見ると前述したように月並みであると思う。しかしながら演じている俳優さんたちが主演の3人以外の新井浩文、宮崎将、柄本佑らも熱演だったので演技合戦を観る価値はある。
 
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2012年12月27日

サービス学会

ある人から誘われて昨日東京大学で開かれた「サービス学会設立記念会」に出席した。サービス学とはいったいなんのことだろうというのは後にして、メンバーがすごい。会長が新井民夫芝浦工業大学教授・東京大学名誉教授、副会長が伊藤元重東京大学教授と秋草直之元富士通社長・現相談役という布陣である。そして、文部科学省、経済産業省の局長が祝辞を述べるという豪華なもの。要するに産学官そろい踏みである。さらに発起人がそこから197名が名前を連ねている。

さてサービスとは何なのか。みなさん気楽にサービスという言葉使っているが、それぞれが違った言い方、捉え方をしているし、括ってしまうと何だか亡羊としてしまうということがあると思う。新井先生はそこの辺の定義のあいまいさやそれに対する批判を紹介しつつ新たな定義を提示する。

従来よく言われるのが、4つの特性、つまり無形性、同時性、異質性、消滅性である。特に異質性が強調されてきた。ところが、これだけでは限界というか一面的なようで、新たな定義をほどこした。その定義が、「提供者と顧客との相互のインターラクションによる価値創造」なのだが、またこれもよくわからないので、もう少し噛み砕いて言い方をしていて、それが「提供者が、受給者の望む状態変化を引き起こす行為」ということになる。

このほうが分かりやすいと思う。つまり、人間って、自分がより気持ちいいとか楽しいとか、いつもと違う新鮮さとかを望んでいてそれを提供してくれるのをサービスと思っているのだ。ただ、気をつけなければいけないのは"受給者のわがまま"なのだ。マクロ的にはポピュリズムであるとぼくは思う。だから、提供者と受給者の思いのバランスが大事になるのではないだろうか。

わが国ではこれまではどちらかというと提供者が良いものを作れば受給者が喜ぶはずだというスタンスが色濃かったが、それを受給者側に寄せる必要があるのだろう。新井先生も製造業のサービス化とか製造業=製造代行サービスであるという表現をしていたのはこのことであろう。今後の日本の成長に欠かせない視座であるように思う。

サービス研究における取り扱いテーマが、Theory、Service Management、Service Design、Service Marketing、Service Application、ICTである。また、こうしたテーマに対する研究展開プロセスが、観察―分析―設計―適用である。広範な領域を対象としているのがわかると思います。こうした広い範囲を対象に体系化し方法論を導き出すのは大変難しいことだと思うのだが、出来たら素晴らしい。

それと粒度を揃えた議論に向けてということで、システム階層レベルとコンテキスト依存性の2軸で整理してくれていて非常にわかりやすい。すなわち、システム階層をマクロ視点で見るのかミクロ視点でみるのかということと、コンテキスト依存性が高い生態系的なのか依存性が低い構造的なのかである。そのちょうど中心にあるのが業務プロセスマネジメントなのである。

今ぼくは「ビジネスサービスのつくり方」というタイトルでブログを書いているが、まさにサービス研究にチャレンジしているとも言える。サービスのコンセプトを考え、それをデザインし、マネジメントする仕組みをITを活用してつくり、実用に供するというテーマである。講演を聞いて、広い視野でサービスというものを考えなくてはいけないことを教えてもらった気がする。

この記念会に行く前はどうせ学者さんたちが頭の中でこねくり回すことをするのだろうと思っていたのだが、よく聞いてみるとかなり実践を意識していることもあって、興味がわいてくる。副会長の伊藤先生の経済学からみたサービスという話もおもしろく、人間の能力とかICTを超えたところの仕組みが重要であるとか、変化を先取りしたサービスが大事だといったあたり、単純なシステム化、IT化への注意に聞こえて参考になった。

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2012年12月30日

今年を振り返る(2012年)

恒例の「この1年を振り返る」を書く。ただしいつも言っていることだが、こんな他人の1年なんてはおもしろくも何ともないだろうから、読み飛ばしてもらってけっこうです。ぼくの備忘録として書いておく。

【1月】
・母親の家での正月を迎えるのが今年からなくなる。老人ホームに入ったからである。ホームに家族で訪ねて新年の挨拶を行う。
・K社の第二期プロジェクトワークショプ開始。
・ブログリニューアル。
【2月】
・ワディトのホームページリニューアル。HPでの顧客獲得は積極的ではないが時々はバージョンアップしていくことに。
・ICT経営パートナーズ協会の実質的活動が始まる。
・東スポ映画祭(会場が東京プリンスホテルに移った)に出席。今年は受賞者がほとんど該当者なしで、作品賞、監督賞、助演男優賞だけ、それも全部園子温監督の「冷たい熱帯魚」の関係ばかりという異例の表彰式になった。
・社長が「まぐまぐ」でメルマガ開始
【3月】
・第7回BPMフォーラムに参加。「これからの業務改革アプローチ:BPMは、こう取組む~実践事例に見る新・推進フレームワークの有効性~」というセッションで事例報告とパネルディスカッションを行う。
・大学の学部の同窓会に出席。違う研究室のやつとは卒業以来初めてだ。
・社長がiPhoneアプリ「僕のラジオ」をリリース。
・「Gocooプロジェクト」(サイボウズ社の「kintone」を使ったシステム構築の検討会)スタート。
【4月】
・53年ぶりに小学校4年生のときのクラス会が開かれた。86歳になる担任の先生と再会。16人が参加した。
【5月】
・下の息子はインド一人旅。かなりのインパクトを感じて帰国。
・4年前から運用していた「ボケて」という写真を投稿して一言ボケるというサイトがブレーク。2チャンネルとかNaverまとめサイトで取り上げられたのがきっかけ。
【6月】
・携帯が壊れたのでiPhoneにのりかえる。これは快適だ。
・高校の全体同窓会総会に出席。同じ学年だった小林頼子さんの「フェルメールの世界-、マクロの視点・ミクロの視点」という講演が楽しかった。
・VCPC(バリューチェーンプロセス協議会)の2012年度ワーキンググループ活動「BPMアプローチによるITシステム構築研究ーポイントは非定型業務のIT化ー」を始める。
・K社第二期プロジェクト終了。いい事例ができる。
【7月】
・この月は高校、大学、社会人の時の仲良したちと飲み歩きが続く。逆に息子世代の若い子と付き合うのだが彼らは飲まない。
・ロンドン五輪のサッカーで男女とも予選リーグを突破する
・「ボケて」バージョンアップ
・日本BPM協会から新版「「BPM推進のステップとポイント」がダウンロード開始
【8月】
・ロンドン五輪のサッカーは、男子が準決勝でメキシコに1-3で敗れたが、女子は決勝進出したが惜しくも敗れ銀メダルを獲得
・藤田敏八の追悼の会に四日市から「映画監督 藤田敏八 パキさんとその仲間たち」(映芸読本)の著者である林久登さんが上京してきたので久しぶりに会う。 
【9月】
・ワディットも7期目に入る。「ボケて」がマネタイズできそうになったので明るさが見えてくる。
・ばあちゃんが自宅のすぐ近くの有料老人ホームへ入居してちょうど1年経過。なんだかんだといっても世話なしである、本人も体の調子がよいので退屈だと言い始める。
・つてを頼っての売り込みを行う。クチコミでの営業が一番だ。機械部品、介護サービス、食品素材製造などの会社を訪問。
【10月】
・大学の時のサッカー部のOBと現役の交流イベントのフットサルに行く。あいにく台風が襲来して、女子マネと飲めるはずだった懇親会は中止、残念。
・全国高校サッカー選手権神奈川県予選でわが湘南高校好は惜しくも延長戦の末、向上高校に0-2で敗れ昨年同様またもやベスト8を前にして涙をのむ。
・食品素材製造のT社でプロジェクトスタート。営業と開発と間で行われる「商品企画提案プロセス」が対象である。
・「ボケて」のスマホ版リリース。
・月刊誌「Big Tomorrow」から親子で取材を受ける。"会社に頼らない強い生き方"という連載記事に載る。
・社長が「Webサービスのつくり方」という本を技術評論社から刊行する。すぐに増刷となりそこそこの売れ行きのようだ。
【11月】
・高校のサッカー部顧問だった鈴木中先生の喜寿のお祝いの会があった。奥様も含めて200名近くの教え子や招待客が集まった
・またまた小学校時代の恩師と有志が集まって食事会。当時のマドンナも呼んでワイワイと。彼らとは今年5回も一緒に飲んだ。
・衆議院解散、サンフレッチェ広島優勝
・K製作所の実績が知られるようになり、引き合いが来るようになる。
・社長は宮城大学で臨時講師として講義。
【12月】
・衆議院選挙で自民党圧勝、クラブワールドカップでコリンチャンスがチェルシーを撃破して世界一に
・高校のクラス会というか忘年会を行う。ひょんなことから幹事にさせられる。これで、中学校を除くほか6つの幹事役を務めることに。
・BPM協会向けに「BPMの正しい理解のために~5WからBPMを考える~」というレポートを提出、これから大いに議論をしたい。

とまあこんなところであるが、今年の後半に入って、社長もぼくもGood Newsが続くようになりほっとする。創業してはじめて気分よく新年を迎えられそうだ。来年は更に飛躍したいものである。

2012年12月31日

1年のまとめ(2012年)

いよいよ今年最後の日になりました。今年は一度サーバーのダウンがあり途中で数日間ブログの更新ができなくなりましたので、一年間休まず書くことができませんでした。昨年も書いたのですが、世の中、TwitterやFacebookが多くなっていますが、ぼくはBlogで表現する方があっているように思うのでこれからも続けていきます。
総集編ということで、このブログの主要カテゴリーである「シネマと書店とスタジアム」についてこの1年の総括を書いてみます。

【映画】
今年観た映画は、DVDも含めて、69本でした。(ちなみに昨年は79本、その前が75本だからちょっと減ってしまいました)そのうち、劇場で観た新作映画は37本でした。相変わらず目標の50本超えができませんねえ。(映画友達のS君は100本超えました)
さて、今年の映画の賞をぼくなりにノミネートしたので披露します。

 作品賞    テルマエ・ロマエ/ポテチ
 監督賞    内田けんじ(鍵泥棒のメソッド)
 主演男優賞  森山 未來(苦役列車)/阿部 寛(テルマエ・ロマエ)
 主演女優賞  沢尻エリカ(ヘルタースケルター)/吉永小百合(北のカナリアたち)
 助演男優賞  マキタスポーツ(苦役列車)
 助演女優賞  広末涼子(鍵泥棒のメソッド)
 新人賞    五十嵐信次郎(ロボジー)
 外国作品賞  別離/ミッドナイト・イン・パリ/人生の特等席

「テルマエ・ロマエ」は古代ローマとの行き来というハチャメチャ感がいい。阿部寛を筆頭に出演者たちの濃さも見ごたえあり。「ポテチ」は伊坂幸太郎、中村義洋、濱田岳トリオの傑作。内田けんじの遊び心はいつも楽しい。

相変わらず演技力に感服する森山未來。沢尻エリカは、しっちゃかめっちゃかな彼女の私生活とダブってリアル以上だ。吉永小百合は吉永小百合だ。マキタスポーツと五十嵐信次郎(ミッキーカーチスだから新人とは言えないかもしれないが)は両者ともその飄々としたたたずまいが秀逸だ。

外国映画では、「別離」はイラン映画という珍しさではなく本格的な映画として評価できる。「アーティスト」など外国映画にいいものが多かったが、ウディ・アレンとクリント・イーストウッドというぼくの好きなアーティストの作品を選定。

【本】
この1年で読んだ本は47冊でした。(昨年は49冊だったので同じくらいでした)毎年そうなのだが、ジャンルでは、ビジネス本がやはり多く、あとは、経済、歴史、社会などの実用本であった。どうしても新書が多く、小説類は少ない。
さてその中から特に印象に残った本を選んでみた。

・「日本のデザイン」(原研哉著 岩波新書)
・「ビジネスマンのための「行動観察」入門」(松波晴人著 講談社現代新書)
・「世界で勝負する仕事術」(竹内 健著 幻冬舎新書)
・「リスクに背を向ける日本人」(山岸俊男・メアリー・C・プリントン著 講談社現代新書)
・「デフレの正体」(藻谷浩介著 角川oneテーマ21)
・「30代が覇権を握る!日本経済」(富山和彦著 PHPビジネス新書)
・「人種とスポーツ」(川島浩平著 中公新書)
・「「反原発」の不都合な真実」(藤沢数希著 新潮新書)
・「下町ロケット」(池井戸 潤著 小学館)
・「聞く力」(阿川佐和子著 文春新書)
・「ハーバード 白熱日本史教室」(北川智子著 新潮新書)

【スポーツ】
今年はオリンピックイヤーで、ロンドンでの熱戦の余韻がまだ残っている。日本のメダル獲得数が過去最多の38個となった。特に印象的だったのは、レスリングの吉田沙保里、ボクシングの村田諒太、体操の内村航平といった金メダリストたちや、女子サッカー、卓球、フェンシングなどの団体銀メダルですね。日本の選手たちもたくましくなったものだ。おそらく、海外で鍛えられたものが栄光を勝ち得たのではないでしょうか。

サッカーでは、なでしこジャパンの銀メダルが光る。昨年のワールドカップの再現とはいかなかったがあっぱれである。男子は、予選が危なかっしい突破だったので戦前の予想はよくなかったがそれを覆すような活躍だった。ただ3位決定戦で韓国には勝ってほしかった。

その他にも、ヤングなでしこが、女子のU-20女子サッカーW杯の準決勝でドイツに完敗したが、3位決定戦でナイジェリアを破り銅メダルに輝く。また2014年ブラジルW杯アジア最終予選が始まった。B組の日本はオマーン、ヨルダンの2連勝で入って、現在5試合を終えて4勝1分けと絶好の位置につけている。

海外では、EURO2012欧州選手権ではスペインが優勝を飾り、クラブワールドカップでは南米のコリンチャンスがチェルシーをくだした。国内のJリーグではサンフレッチェ広島が初優勝。だんだん個人の能力だけでは勝てなくなって、戦略とか戦術の重要性が問われるようになってきたと思う。個々の能力が高いガンバ大阪がJ2に降格するという現象が象徴的だ。

みなさん1年間お疲れ様でした。それでは良いお年を!
 

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