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2012年8月 アーカイブ

2012年8月 1日

人種とスポーツ

いまちょうどロンドンオリンピックの最中でまさにあらゆる人種の人たちが一堂に会してスポーツで競っている。タイミングよく「人種とスポーツ」(川島浩平著 中公新書)を読む。ただ、著者はアメリカ研究者なので主にアメリカの黒人に的を絞って論議が展開する。黒人は本当に「速く」「強い」のかということに答えようとしている。

ぼくはよく冗談で足の遅い黒人やリズム感のない黒人を見たことがないという。やはり、オリンピックの陸上男子100m決勝でスタートライン立った56人は、ここ30年すべて黒人であることから白人に較べて黒人の方が圧倒的に足が速いと思いこんでいる。そう刷り込まれている。こうしたステレオタイプはいつから存在して、どのような理由で生まれ、普及していったのかを分析している。

まずもってなるほどと思ったのは、黒人の定義である。アフリカ大陸のサハラ砂漠以南の地、すなわち「サブサハラ」を出自とする人およびその子孫のことなのだそうだ。何となく肌が黒ければ黒人と思ってしまうがそうではないのだ。そして彼らが生まれつき身体能力が優れているという生得説も正しいのかどうか。

それを著者は、ベースボール、フットボール、バスケッットボールといったアメリカンスポーツと黒人の関わりの歴史からひも解いていく。これがおもしろいのだ。もちろん奴隷解放の以前なんてスポーツとは無縁であるが、その後南北戦争を経て徐々に黒人もスポーツに参加するようになってくるのですが、19世紀ではまだほんの一握りであった。

20世紀に入ると近代スポーツが広く愛好され、著名なアスリートが登場して来るがそれはあくまで白人であり、黒人は人種分離体制のもとで活躍の場は限られたものであった。だが、徐々にではあるが黒人の優れたアスリートが輩出されてくる。その理由の一つが、職業選択が極めて制約された中で、スポーツが開かれた新たな分野となったからでもある。

そうなると、なぜ黒人から優秀なアスリートが生まれてくるのかについて諸説が出てくる。そのなかに「アメリカの黒人は生まれながらにしてスポーツ選手だ。綿畑でつらい仕事をしてきた世代は、アフリカ原住民の強さと伝統を失ってはいなかった」さらには「黒人のように多数の人間が、生存競争の激しい試練を乗り越えた集団はアメリカには存在しない。この点からいうと、黒人はアメリカでもっとも選び抜かれた種である」といった議論も展開され出す。

そして何といっても確たる地位を築いた最大の功労者はジャッキー・ロビンソンであろう。1947年にMLBのドジャースに入団したロビンソンはその後大活躍する。その影響は当時の時代背景もあって大変大きなものであった。第一に、黒人に対する偏見の軽減あるいは払しょくであり、第二に、スタジアムで展開されるチームプレーが白人と黒人の共働野可能性を示したこと、そして三番目にアメリカ社会の人種関係の将来像を示したことであった。

こうしたことから、ステレオタイプとしての生得説つまりもともと優れた身体的能力があるということが喧伝されて来るが、著者は根拠がないと言い切る。つまり、ひとくくりで黒人ということに無理があること、例えば西アフリカ、東アフリカでは違っている。陸上競技を見ても分かるようにウサイン・ボルトは西アフリカ、中距離は北アフリカ、長距離はケニアやエチオピアの東アフリカというふうにそれぞれ特徴があるのだ。

また、長距離王国ケニアにしても実はトップアスリートは一部の地域に集中している。ナンディという集団にほとんどが所属しているのだという。そこには特徴的なものがあって、強い精神力、生活習慣、経済活動(牛を強奪したあとひたすら走る)などが相俟ってそういった集団を形成するのだという。

つまり、生得的な資質ではなく様々な要因により得られた能力であるということ。家族や集団、部族といったもの、時間・時代的文脈、地理・空間的文脈、現象が発生する契機となる状況などである。比較文化人類学としてもなかなか面白いですね。
  

人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)
川島 浩平
中央公論新社
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いまちょうどロンドンオリンピックの最中でまさにあらゆる人種の人たちが一堂に会してスポーツで競っている。タイミングよく「人種とスポーツ」(川島浩平著 中公新書)を読む。ただ、著者はアメリカ研究者なので主にアメリカの黒人に的を絞って論議が展開する。黒人は本当に「速く」「強い」のかということに答えようとしている。

ぼくはよく冗談で足の遅い黒人やリズム感のない黒人を見たことがないという。やはり、オリンピックの陸上男子100m決勝でスタートライン立った56人は、ここ30年すべて黒人であることから白人に較べて黒人の方が圧倒的に足が速いと思いこんでいる。そう刷り込まれている。こうしたステレオタイプはいつから存在して、どのような理由で生まれ、普及していったのかを分析している。

まずもってなるほどと思ったのは、黒人の定義である。アフリカ大陸のサハラ砂漠以南の地、すなわち「サブサハラ」を出自とする人およびその子孫のことなのだそうだ。何となく肌が黒ければ黒人と思ってしまうがそうではないのだ。そして彼らが生まれつき身体能力が優れているという生得説も正しいのかどうか。

それを著者は、ベースボール、フットボール、バスケッットボールといったアメリカンスポーツと黒人の関わりの歴史からひも解いていく。これがおもしろいのだ。もちろん奴隷解放の以前なんてスポーツとは無縁であるが、その後南北戦争を経て徐々に黒人もスポーツに参加するようになってくるのですが、19世紀ではまだほんの一握りであった。

20世紀に入ると近代スポーツが広く愛好され、著名なアスリートが登場して来るがそれはあくまで白人であり、黒人は人種分離体制のもとで活躍の場は限られたものであった。だが、徐々にではあるが黒人の優れたアスリートが輩出されてくる。その理由の一つが、職業選択が極めて制約された中で、スポーツが開かれた新たな分野となったからでもある。

そうなると、なぜ黒人から優秀なアスリートが生まれてくるのかについて諸説が出てくる。そのなかに「アメリカの黒人は生まれながらにしてスポーツ選手だ。綿畑でつらい仕事をしてきた世代は、アフリカ原住民の強さと伝統を失ってはいなかった」さらには「黒人のように多数の人間が、生存競争の激しい試練を乗り越えた集団はアメリカには存在しない。この点からいうと、黒人はアメリカでもっとも選び抜かれた種である」といった議論も展開され出す。

そして何といっても確たる地位を築いた最大の功労者はジャッキー・ロビンソンであろう。1947年にMLBのドジャースに入団したロビンソンはその後大活躍する。その影響は当時の時代背景もあって大変大きなものであった。第一に、黒人に対する偏見の軽減あるいは払しょくであり、第二に、スタジアムで展開されるチームプレーが白人と黒人の共働野可能性を示したこと、そして三番目にアメリカ社会の人種関係の将来像を示したことであった。

こうしたことから、ステレオタイプと

いまちょうどロンドンオリンピックの最中でまさにあらゆる人種の人たちが一堂に会してスポーツで競っている。タイミングよく「人種とスポーツ」(川島浩平著 中公新書)を読む。ただ、著者はアメリカ研究者なので主にアメリカの黒人に的を絞って論議が展開する。黒人は本当に「速く」「強い」のかということに答えようとしている。

ぼくはよく冗談で足の遅い黒人やリズム感のない黒人を見たことがないという。やはり、オリンピックの陸上男子100m決勝でスタートライン立った56人は、ここ30年すべて黒人であることから白人に較べて黒人の方が圧倒的に足が速いと思いこんでいる。そう刷り込まれている。こうしたステレオタイプはいつから存在して、どのような理由で生まれ、普及していったのかを分析している。

まずもってなるほどと思ったのは、黒人の定義である。アフリカ大陸のサハラ砂漠以南の地、すなわち「サブサハラ」を出自とする人およびその子孫のことなのだそうだ。何となく肌が黒ければ黒人と思ってしまうがそうではないのだ。そして彼らが生まれつき身体能力が優れているという生得説も正しいのかどうか。

それを著者は、ベースボール、フットボール、バスケッットボールといったアメリカンスポーツと黒人の関わりの歴史からひも解いていく。これがおもしろいのだ。もちろん奴隷解放の以前なんてスポーツとは無縁であるが、その後南北戦争を経て徐々に黒人もスポーツに参加するようになってくるのですが、19世紀ではまだほんの一握りであった。

20世紀に入ると近代スポーツが広く愛好され、著名なアスリートが登場して来るがそれはあくまで白人であり、黒人は人種分離体制のもとで活躍の場は限られたものであった。だが、徐々にではあるが黒人の優れたアスリートが輩出されてくる。その理由の一つが、職業選択が極めて制約された中で、スポーツが開かれた新たな分野となったからでもある。

そうなると、なぜ黒人から優秀なアスリートが生まれてくるのかについて諸説が出てくる。そのなかに「アメリカの黒人は生まれながらにしてスポーツ選手だ。綿畑でつらい仕事をしてきた世代は、アフリカ原住民の強さと伝統を失ってはいなかった」さらには「黒人のように多数の人間が、生存競争の激しい試練を乗り越えた集団はアメリカには存在しない。この点からいうと、黒人はアメリカでもっとも選び抜かれた種である」といった議論も展開され出す。

そして何といっても確たる地位を築いた最大の功労者はジャッキー・ロビンソンであろう。1947年にMLBのドジャースに入団したロビンソンはその後大活躍する。その影響は当時の時代背景もあって大変大きなものであった。第一に、黒人に対する偏見の軽減あるいは払しょくであり、第二に、スタジアムで展開されるチームプレーが白人と黒人の共働野可能性を示したこと、そして三番目にアメリカ社会の人種関係の将来像を示したことであった。

こうしたことから、ステレオタイプと

いまちょうどロンドンオリンピックの最中でまさにあらゆる人種の人たちが一堂に会してスポーツで競っている。タイミングよく「人種とスポーツ」(川島浩平著 中公新書)を読む。ただ、著者はアメリカ研究者なので主にアメリカの黒人に的を絞って論議が展開する。黒人は本当に「速く」「強い」のかということに答えようとしている。

ぼくはよく冗談で足の遅い黒人やリズム感のない黒人を見たことがないという。やはり、オリンピックの陸上男子100m決勝でスタートライン立った56人は、ここ30年すべて黒人であることから白人に較べて黒人の方が圧倒的に足が速いと思いこんでいる。そう刷り込まれている。こうしたステレオタイプはいつから存在して、どのような理由で生まれ、普及していったのかを分析している。

まずもってなるほどと思ったのは、黒人の定義である。アフリカ大陸のサハラ砂漠以南の地、すなわち「サブサハラ」を出自とする人およびその子孫のことなのだそうだ。何となく肌が黒ければ黒人と思ってしまうがそうではないのだ。そして彼らが生まれつき身体能力が優れているという生得説も正しいのかどうか。

それを著者は、ベースボール、フットボール、バスケッットボールといったアメリカンスポーツと黒人の関わりの歴史からひも解いていく。これがおもしろいのだ。もちろん奴隷解放の以前なんてスポーツとは無縁であるが、その後南北戦争を経て徐々に黒人もスポーツに参加するようになってくるのですが、19世紀ではまだほんの一握りであった。

20世紀に入ると近代スポーツが広く愛好され、著名なアスリートが登場して来るがそれはあくまで白人であり、黒人は人種分離体制のもとで活躍の場は限られたものであった。だが、徐々にではあるが黒人の優れたアスリートが輩出されてくる。その理由の一つが、職業選択が極めて制約された中で、スポーツが開かれた新たな分野となったからでもある。

そうなると、なぜ黒人から優秀なアスリートが生まれてくるのかについて諸説が出てくる。そのなかに「アメリカの黒人は生まれながらにしてスポーツ選手だ。綿畑でつらい仕事をしてきた世代は、アフリカ原住民の強さと伝統を失ってはいなかった」さらには「黒人のように多数の人間が、生存競争の激しい試練を乗り越えた集団はアメリカには存在しない。この点からいうと、黒人はアメリカでもっとも選び抜かれた種である」といった議論も展開され出す。

そして何といっても確たる地位を築いた最大の功労者はジャッキー・ロビンソンであろう。1947年にMLBのドジャースに入団したロビンソンはその後大活躍する。その影響は当時の時代背景もあって大変大きなものであった。第一に、黒人に対する偏見の軽減あるいは払しょくであり、第二に、スタジアムで展開されるチームプレーが白人と黒人の共働野可能性を示したこと、そして三番目にアメリカ社会の人種関係の将来像を示したことであった。

こうしたことから、ステレオタイプと

いまちょうどロンドンオリンピックの最中でまさにあらゆる人種の人たちが一堂に会してスポーツで競っている。タイミングよく「人種とスポーツ」(川島浩平著 中公新書)を読む。ただ、著者はアメリカ研究者なので主にアメリカの黒人に的を絞って論議が展開する。黒人は本当に「速く」「強い」のかということに答えようとしている。

ぼくはよく冗談で足の遅い黒人やリズム感のない黒人を見たことがないという。やはり、オリンピックの陸上男子100m決勝でスタートライン立った56人は、ここ30年すべて黒人であることから白人に較べて黒人の方が圧倒的に足が速いと思いこんでいる。そう刷り込まれている。こうしたステレオタイプはいつから存在して、どのような理由で生まれ、普及していったのかを分析している。

まずもってなるほどと思ったのは、黒人の定義である。アフリカ大陸のサハラ砂漠以南の地、すなわち「サブサハラ」を出自とする人およびその子孫のことなのだそうだ。何となく肌が黒ければ黒人と思ってしまうがそうではないのだ。そして彼らが生まれつき身体能力が優れているという生得説も正しいのかどうか。

それを著者は、ベースボール、フットボール、バスケッットボールといったアメリカンスポーツと黒人の関わりの歴史からひも解いていく。これがおもしろいのだ。もちろん奴隷解放の以前なんてスポーツとは無縁であるが、その後南北戦争を経て徐々に黒人もスポーツに参加するようになってくるのですが、19世紀ではまだほんの一握りであった。

20世紀に入ると近代スポーツが広く愛好され、著名なアスリートが登場して来るがそれはあくまで白人であり、黒人は人種分離体制のもとで活躍の場は限られたものであった。だが、徐々にではあるが黒人の優れたアスリートが輩出されてくる。その理由の一つが、職業選択が極めて制約された中で、スポーツが開かれた新たな分野となったからでもある。

そうなると、なぜ黒人から優秀なアスリートが生まれてくるのかについて諸説が出てくる。そのなかに「アメリカの黒人は生まれながらにしてスポーツ選手だ。綿畑でつらい仕事をしてきた世代は、アフリカ原住民の強さと伝統を失ってはいなかった」さらには「黒人のように多数の人間が、生存競争の激しい試練を乗り越えた集団はアメリカには存在しない。この点からいうと、黒人はアメリカでもっとも選び抜かれた種である」といった議論も展開され出す。

そして何といっても確たる地位を築いた最大の功労者はジャッキー・ロビンソンであろう。1947年にMLBのドジャースに入団したロビンソンはその後大活躍する。その影響は当時の時代背景もあって大変大きなものであった。第一に、黒人に対する偏見の軽減あるいは払しょくであり、第二に、スタジアムで展開されるチームプレーが白人と黒人の共働野可能性を示したこと、そして三番目にアメリカ社会の人種関係の将来像を示したことであった。

こうしたことから、ステレオタイプとし

2012年8月 2日

いよいよ決勝トーナメントだ

ロンドン五輪サッカーで、男女ともそろって決勝トーナメントへの進出を決める。男子はホンジュラスとスコアレスドローの引き分けでグループ1位、女子は南アフリカと戦略的な引き分けでグループ2位通過である。これは快挙ですね。大変喜ばしいことである。

特に、戦前は不安視されていた男子が予選リーグ突破を果たしたことは賞賛に値する。女子は世界チャンピオンだから順当勝ちだろう。いずれも初戦のスペイン、カナダを破ったことが大きい。やはりワールドカップもそうだが今回も初戦の比重がものすごく大きいことが再認識された。

最初は男子が初戦スペインということで組み合わせを嘆いた人もいたかもしれないが、結果的にはこれが一番良かったのかもしれない。初戦のモロッコとかホンジュラスに当たっていたら負けていたかもしれない。どうせスペインには勝てないから開き直って戦えばいいやくらいの気持ちで入っていったからけっこうリラックスしていたように見受けられた。逆にスロースターターのスペインは、初戦として日本はかっこうの暖気運転の相手と見た可能性がある。

そのちょっとした精神面での臨み方の差が出たように思える。気楽さがいい面に、なめた気持ちが悪い方に働いたのである。この初戦で一気にチームが変わってしまった。そんなものである。普通だったらモロッコやホンジュラスの個人技や身体能力に慌ててしまうのに落ち着いて対応していた。この2チームにはかなり押されていたが割と安心して見ていられた。

その理由は、吉田が入ったことで守備が安定していて最後の危ない場面は吉田が救っていたことと、モロッコとホンジュラスに共通して言えるのだが、攻めが単調だったことによる。さすがに最近はアバウトなロングボールを中央に放り込むチームはなくなったが、だからといってパス回しで翻弄するわけでもなく、ドリブルして取られそうになるとパスしてという個人技を単純に繋いでいくプレーが多い。

だから、守りやすいのである。あっと驚くようなアイデアもほとんどないし、どこにパスが出てくるかわからないような重層的な攻めもない。その点、日本は攻められても単発的ではあるが、時にはトリッキーなプレーを混ぜながら得点の匂いがする魅力的な攻めをする。これは女子にも言えて日本のストロングポイントであろう。

それができるのは、個性的な集団になっていることだとぼくは思う。モロッコもホンジュラスもあるいは外国の女子チームにしては割と同じようなタイプの選手が多く、特徴的ではないような気がする。メッシ、イニエスタ、ロナウド、ロッベン、リベリとかすぐにプレースタイルが特徴づけられる。これからは、そうした強い個性を組織化したチームがかっていくだろう。その意味では日本は面白い存在である。

いよいよ決勝トーナメントであるが、まずは準々決勝の相手が男子はエジプト、女子がブラジルと決まった。ぜひ男女とも勝利してベスト4進出することを祈っている。ガンバレ、ニッポン!

2012年8月 3日

プロセス中心アプローチとオープン化

プロセス中心アプローチでのシステム構築を標榜しているが、こうしたアプローチのメリットは何なのだろうか。システム開発作業の効率化、開発コストの低減なのだろうか、業務改善なのだろうか、業務の可視化なのだろうか。どれも当たっているのでそれを目的化してもかまわないのだが、少し角度を変えて見てみようと思う。

その観点は「オープン化」ということである。この場合の「オープン化」というのはITの世界なんかでいうオープンシステムとかオープンソースのオープンという意味とはちょっと違う、隠れていたものを表にだすというような意味合いである。開示、公開といったニュアンスになります。インフォーマルな世界をフォーマルな世界に引き上げるとも言えるかもしれない。

プロセス中心アプローチというのは、まずはプロセスを書いておいて、そのプロセスの要素であるアクティビティが円滑に進むのに必要な機能を付帯させることをします。そして、プロセスを書きだす時には人や組織を意識することなしに、ビジネス活動にとって必要不可欠なものは何かという切り込み方で書いていきます。ですから、そのアクションがどこでやられているのかとか、フォーマルかインフォーマルかは関係なしに抽出していくわけです。

そうして浮かび上がったプロセスはどういったものになるでしょうか。いままで隠れていたもの、裏で調整されていたものなどが表に出てくることになります。これが「オープン化」です。従来からもプロセスを書いているとおっしゃる方もいます。しかし、それはコンピュータの画面をつないだ業務フローでしかなかったのではないでしょうか。これでは画面と画面の間にあるインフォーマルな動きを拾うことはできません。

では、「オープン化」によってどんないいことが待っているのでしょうか。意思決定の質や量が上がります。オープンになることで、多くの人の知恵が集まる、すなわち集合知が形成されること、経験・ノウハウが蓄積され後に活かせるといったことが寄与します。

また、もうひとつ大事なことは意外と見過ごされがちですが、人材育成につながるということです。皆さんも経験があると思いますが、よくわかっていない若手の時代に上司や先輩からおまえにまかせたからなと言われ、どうしていいか困ったなんてことがあったでしょう。誰もやり方を教えてくれないし、もう何年もおれのやっていることを見てきたんだからできるだろうなんて勝手に思われていたりする。

しかし、インフォーマルの世界で何年もかかって習得したことなんてわからないですよね。当たってくだけろと言われたって失敗したら怒られるんだから始末が悪い。そんな職場は楽しくないとなる。それを全部表に出すのだ。プロセス中心アプローチではまず設計の時に、できるだけ若手に書かせることにします。そのとき、ベテランの人も参加させて暗黙知を形式知に変換して埋め込むようにするわけです。この作業の過程で若手はノウハウを表面的ですが知ることができます。

また、プロセス中心アプローチは設計して実装して終わりではなく、オペレーションしてこそ成果を出すわけで、そのオペレーションはコミュニケーションをしながらアクションを起こします。そういう仕掛けにすることが重要です。そこにベテランの人をアドバイザーとして参加させれば、日々の実務の局面で知恵を借りることができます。不機嫌な職場の現象の一つに冷ややかな傍観者がいることがあると思うのだが、それがなくなるということである。いい意味で「赤信号みんなで渡れば怖くない」というところかもしれない。

問題は、暗黙知を持っていることがその人の価値と勘違いして抱え込まれてしまうことです。しかし、組織としてのプロセス活動のメンバーに指定して、もしあなたが言わなかったらOKであるとみなすルールにするといったこともしたらよいと思う。これは、同時に不正防止にもつながるので、是非オープン化ということを意識してプロセス設計を行ってほしいと願っている。

2012年8月 4日

だからサッカーはおもしろい

あれだけブラジルに押されっぱなしでも勝ってしまう。しかも2点差をつけて。なでしこジャパンの勝負強さはどうだ。ロンドン五輪女子サッカー準々決勝で日本代表はブラジル代表を2-0で撃破し、準決勝進出を決める。

立ち上がりの20分は全くボールに触らせてもらえずブラジルの猛攻をしのぐ。すると前半27分にフリーキックでのリスタートを澤が素早く大儀見に出すとそれを冷静に決めて先制する。ほんと一瞬の隙をついたみごとなものだ。ちょうどいい時間帯で点が取れて、まずまずの形で前半を終える。

後半に入っても相変わらずブラジルの攻勢は続くが、耐えて耐えて得点を許さない。すると、またもや後半28分に大儀見と大野のツートップのパス交換で一気にゴール前に大野がノートラップで打つかと思いきや相手のバックスを切り返して左足で技ありシュートがバーに当たって左隅に決まる。これまた、いい時間帯の追加点でブラジルの戦意を減じた。

この2本のシュート以外には2~3本しかシュートらしいものはなかったのに2点とは非常に効率のよいサッカーをやったものだ。勝因はなんといっても集中力を切らさず90分間守り通した粘り強い守備にある。逆に言えばあれだけ攻めながら、何ら工夫もなく同じような攻めに終始したブラジルのバリエーションのなさに助けられた感はある。例えば、ボールを持つのもいいが、守備網が整っているところにやみくもに突っ込んでいったが、もっと自陣に寄せ付けておいてから、速攻に持ち込むような知恵もいるように思えた。

さらに、ブラジルは攻撃陣は能力が高いがそれに比べるとキーパーを含めたバックラインが弱い。一点目にしても、追いかけるバックスがあきらめていて、しかもキーパーの飛び出すタイミングも悪く楽に大儀見にシュートを打たれていた。大野の得点も簡単に切り返されていたし、バックスのフォローも遅かった。

その点日本は賢かった。あそこまで攻められるとどこかでほころびが出るのだが、一人が取りに行ってかわされても必ずフォローワーがいるという組織的なプレーが得点を許さなかった。また、逆襲もスピードも早く、川澄、澤が素早く前線へ持ち込んだケースが何回かあった。サッカーに判定があったら負けていただろうがそうでないのがまたサッカーのおもしろさだ。

さていよいよ準決勝である。ぜひフランスに勝って決勝でまたアメリカと戦ってほしいと思う。今度はもう少しボールを支配できると思うが、守備はブラジル戦のような粘りを維持し、攻撃は早いパス回しと近賀と鮫島のオーバーラップ(ブラジル戦はほとんどなかった)から得点を奪ってほしいと思う。ガンバレ、なでしこ!
  

2012年8月 5日

すごいことになった

連日のようにオリンピックのサッカーについて書いているようで、書く事がなくなるなあとうれしい悲鳴をあげている。男子の準々決勝でエジプトをなんと3-0でくだしてベスト4だ。前日のなでしことともにメダルが手に届くところまで来た。

昨日は前半の早い時間の14分に清武が高い位置で相手のボールを奪うとすぐさま永井を走らす。ちょうど相手のバックスとキーパーが交錯する間を抜けて先制点を奪う。清武のパスセンスと永井のスピードがぴったり合った快心のシュートである。

その後もわりとボールポゼッションも支配できて有利に進む。すると41分に斎藤が一瞬のスピードで抜けようとするところを相手バックスが足をかけて一発退場となる。スペイン戦の再現のようなシーンである。こうなると数的優位もあって余裕の展開で前半を終える。後半も優位は変わらずにいて、33分に吉田、38分に大津が追加点をあげて快勝する。

さあ、いよいよ男女とも準決勝である。相手は女子がフランス、男子がメキシコである。五輪直前の親善試合で女子はフランスに負けているが、男子はメキシコに大津のボレーで勝っている相手である。まあ、親善試合と本番とでは全く違っているが、女子はリベンジ、男子は再度打ちのめしてもらいたい。なんといっても、サッカーの聖地ウエンブリーでやれるのがすごいことだ。ぼくらの年代ではとくに感激してしまう。

男女のベスト4が、女子がアメリカ、カナダ、フランス、日本で、男子がブラジル、メキシコ、韓国、日本という結果になった。男女ともベスト4という日本が燦然としていて鼻が高い。韓国もイギリスを破っての進出でアジア勢の勢いを感じる。ヨーロッパ勢が不振であるが、オリンピックを重視していないからしかたないのかもしれない。

まだまだオリンピック話が続きますが、っていうかほかの競技はほとんど見ないのだが、やはり世界レベルの真剣勝負は面白いですね。

2012年8月 6日

街場の小経済学その24

ぼくは、映画のレンタルはもっぱらDMMの月額レンタルというのを利用している。月4枚で980円である。以前よくテレビのCMで「ネットで借りて、ポストで返却」というあれである。自分の観たいDVDをウィッシュリストに優先順位を付けて登録しておくと、向こうが選んでくれて郵送してくれる。

この方式のメリットは、ショップまで行かなくて済むこと、返却がいつでもOKであることで、これはメリットなのかどうか微妙だが新作も旧作も同じ値段である。ただ、一本あたりの価格は安いので新作は格安になる。ただ、いいことばかりではなく、ウィッシュリストに載せても借りやすさの程度があって、人気のものは待たされることになる。

ところで、最初はなんでもいいから一杯ウィッシュリストに載せたはいいが、本当に観たいものがなかなか来ない。例えば新作はどうしても借り手が多いのでなかなか廻ってこない。しからば、借りられる本数だけウィッシュリストに載せればいいのではと思うのだが何となく心配になって多く登録してしまう。一度そのやり方を試してみようと思う。

でも、この間半年間ウィッシュリストの一位に登録したのがやっと届いたので、ずっとリクエストしているとそのうち向こうそんなに言うんだったら出してあげるかとなるのだろう。このあたりのロジックはどうなっているのだろうか。おそらく、ユーザが怒らないように選択するアルゴリズムがあると思うので興味深い。

DMMを利用する前は、TSUTAYAで店舗まで行って借りていた。ここだと狙いうちで借りられるのだが、価格が割高であることと返却プレッシャーがあるのが難点であった。この間もうちのヨメサンがキャンペーンかなんかで安く借りたのに返す日を勘違いして延滞金を取られて泣いていた。ところが、最近TSTAYAのすごいサービスがあることに気がつく。

「シニア限定―60歳以上―、旧作レンタル毎日1本無料」というヤツだ。7月13日から8月12日までの1ヶ月間なのだが、最初びっくりしました。もう店の子何人かに何度も確認したのだが、毎日1本ただで借りられるのだ。しかも返却日をメールで知らせてくれるので延滞もなくなる。ウソでしょうと思わずバイトの女の子に叫んでいた。

というわけで、そこに目をつけたヨメさんが見たがっていた古いテレビドラマのDVDをぼくが借りてあげることになる。こんなおじいちゃんが見るようなドラマではないので不思議に思われるかもしれないがおかまないなしにもう3本借りた。しかし、どうも納得がいかないのである。TSUTAYAの思惑は何なのだろうか。

シニア層をこうしてお客に取り込んで今後の売り上げ拡大につなげようとしているのだろうか。でも、シニア層のぼくが言うのもなんだけど、シニア層はお金持ちだからどんどんお金を出させるように仕向けた方がいいと思う。団塊世代何かお前ら金お出せみたいに言われるのだから、そんなに優遇しなくてもいい。それとも結果的にお金を出させることになるのだろうか。少なくともぼく個人としては、キャンペーン期間中だけの利用に終わるのだけど。
  

2012年8月 7日

なでしこ決勝進出

サッカーのなでしこジャパンが悲願のメダル獲得を確定する。ロンドン五輪の準決勝でフランスを2-1でくだして決勝に進出する。ワールドカップに優勝して、この五輪もメダルを取ることを誰もが期待するなかで、そのプレッシャーに負けずに勝ち進んだのは賞賛に値する。

しかし、薄氷を踏む思いだ。前半はブラジル戦に比べるとボールの支配率も高くパスも回っていて、ただその割にはシュートを打てないので心配していたら、フリーキック一発で先制してしまった。宮間の正確なボールを相手キーパーが取りそこなったところを大儀見が押し込む。

後半はもうフランスの怒涛の攻めに防戦一方となるもまたもやセットプレーからの宮間のフィードに阪口がきれいにヘッドで合わせて追加点をあげる。なんと効率の良い攻めなのだろうか。その後、フランスに1点返され、さらにPKを献上するという大ピンチに。ところがフランスの選手がPKを右に外してしまう。これは、もう運も味方している。

あとは耐えて耐えてフランスの猛攻をしのぐ。なんだか準決勝のブラジル戦を思い出してしまった。このハラハラドキドキ感は体に悪い。それでも、最後まで集中力を切らさず勝利する。まさか、フランスの監督がこんなにひいて守るようなチームは決勝に進む資格はないなんて言わないと思うが、勝ちは勝ちである。

「勝負は強いやつが勝つのではなく、勝ったやつが強いのである」なんて陳腐な言葉を持ち出すまでもなく、いくら劣勢でもゴールに入れた数が多いチームが勝つのがサッカーなのである。それにしても、フランスはブラジル同様強かった。しかし、一瞬の隙をつかれるとキーパーを含めてバックラインが弱いという欠点が両チームにはあった。

いい試合をすることと勝つこととは違うことを改めて思い知らされた。でも、ちょっと前までは日本チームもそうだった。いい試合はするのだが勝ちきれなかったことが多かった。やはり、ワールドカップの優勝や海外での経験が好影響を与えている。ある意味のしたたかさが身に付いたのだろう。

さて、決勝は延長のギリギリでカナダをくだしたアメリカが相手だ。きっと、昨年のワールドカップのリベンジに燃えてくるだろうから、またまた押されるだろうが、カナダとの死闘で疲れているから、耐えて耐えて(この言葉も何回目だろうか)セットプレーから1点取って金メダルといきたいものだ。ガンバレ、なでしこ!

2012年8月 8日

男子は決勝進出ならず

連日の熱戦でちょっとお疲れ気味ですががんばります。ロンドン五輪サッカーは大詰めを迎えつつありますが、男子の準決勝でU-23日本代表はメキシコに1-3で敗れ、決勝進出はなりませんでした。しかし、戦前の予想を覆す活躍でよくぞここまで来たと拍手を送りたい。

前半12分に大津の豪快なシュートがゴール右隅に突き刺さって、これは前哨戦での勝ち越し弾を思い出して逃げきれるかと思ったが甘かった。それからはメキシコのペースで進み前半31分にコーナーキックを頭で合わされて同点に追いつかれる。コーナーキックでのキーパー権田の対応がちょっと弱かった。もっと積極的に出ていってもよかったのに相手の選手のブロックにやられて出てこれなかった。

後半になってもメキシコの攻勢は続き日本は防戦に躍起となる。後半20分には権田の不用意なハンドパスを扇原が相手に奪われ、ものの見事なシュートをここしかないというところに決められ追加点を許してしまう。今大会はじめてリードされると浮き足立って落ち着きがなくなる。宇佐美、杉本、斎藤と交替選手を送り込むが空回りする。

杉本なんかうまくボールを収めていたので、いつもどおりパスサッカーをすればよかったのにあわてて前に前に行き出して、吉田まで上がって杉本とかぶっていたりした。逆にメキシコの試合巧者ぶりがいかんなく発揮されたとも言える。そして、試合終了間際に3点目を入れられ万事休す。

なでしこは、大会前の親善試合で負けたフランスにリベンジしたが、男子はメキシコがなでしこと同じように日本にリベンジをはたす。事前に試合をしておいたことが生かされたのは負けた方のチームであった。昨日も永井を完全に抑えていたのはそうした研究から来ているのかもしれない。永井はケガの影響ではなく(関節系や肉離れと違って打撲は影響があまりない)、抜け出すスペースを押さえられていた。

まあ、結果的にはメキシコが一枚上手だったということなのだが、そうした世界のトップとの戦いを通して、選手たちが肌感覚でその強さ、うまさ、ずるさを感じたことがおおきな収穫だったと思う。いままで世界を知らない世代なんて言われてきた選手たちが大きく成長したことは間違いない。これからは、選手も代表チームも臆することなく堂々と勝負できる気持ちができたことだろう。

さて、3位決定戦が韓国との対戦となってしまったが、ほんとうはアジア以外のチームとやったほうがいいのだが仕方がない。44年前のメキシコオリンピックの銅メダルが目に焼付いている身にとっては、ぜひ韓国を破って44年ぶりの2度目の銅メダルを持ち帰ってほしいと思う。

2012年8月 9日

ヘルタースケルター

もうこれは沢尻エリカを中心とした女の確執映画である。男は皆パシリみたいなものである。すごい女たちばかりが出てくる「ヘルタースケルター」である。監督の蜷川実花も原作の岡崎京子も女性だし、主演が話題の沢尻エリカで脇を固めるのが桃井かおり、寺島しのぶ、原田知世、水原希子、わーすごい。これでは男はおとなしくなるというものだ。

ヘルタースケルターというのは「しっちゃかめっちゃか」という意味らしい。確かビートルズの曲にあったはずだ。主人公りりこのなかにある混沌とか騒がしさといったものを沢尻がものの見事に演じていた。どうしても彼女の私生活とダブらせて見てしまうが、まるで地で演技してるようだ。

ストーリーは全身整形によってすばらしい美貌とスタイルを手にしたりりこという女性が、それを武器にトップモデルへと駆け上がるのだが、芸能界という食うか食われるかみたいなすさまじい世界を泳ぎならがらさまざまな事件を起こしていく。わがままといえばわがままで身勝手なりりこなのだが、そこは利用価値のある商品としてあるうちは甘い汁を吸いに人が群がり、しかし、造られたことを知っているりりこはいつか壊れるかもしれない思いを隠している。

そんな気持ちが奔放さを加速させていく。それをたしなめるのではなく仕えていく、寺島しのぶのマネージャーと桃井かおりの事務所社長が出色で、沢尻と寺島はもうSMの世界だし、桃井とは置屋の女将と女郎の関係だ。また、素で美しい水原希子を対比させるのだが、この水原がまた斜に構えている。芸能界ってきっとこうした歪んだ世界なのだろうと思わせる。そこに現実に浸っている俳優さんが演じるのだからリアルである。

蜷川実花の演出はもともと写真家であるから極彩色に彩られた非常に絢爛たる映像を描き出して、ビジュアル的に圧倒される。虚飾を象徴するために効果的である。また言葉としての象徴的なセリフは「どうして神様はまず私達に若さと美しさを最初に与え、そして奪うのでしょう」であろう。

いずれにしろ、あのお騒がせエリカ様がいかんなく自分のキャラを露出しているようで、「パッチギ」で可憐な少女がこんなになってしまったと嘆くぼくをあざ笑うかのように踊っていた。今年の主演女優賞は彼女で決まりだ。これで、早々と主演男女優賞が決まってしまった。
  
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2012年8月10日

泣くななでしこ、胸を張れ

世界大会連覇ならず、アメリカに連勝ならず。残念ながらロンドン五輪女子サッカー決勝戦でアメリカに1-2で敗れ、悲願の金メダル獲得はできなかった。しかし、堂々の銀メダルであり、立派に誇れる戦果であった。ここまよくやった。褒めてあげたい。

早々と前半8分に先制点を許す。ヒースに左サイド上がられて、そこからゴール前のモーガンに渡りここでトラップが大きくゴールラインを割るかと思ったがモーガンのスピードで中央に折り返されると後ろから飛び込んだロイドに決められる。ここは、モーガンを追い詰めなかった岩清水のミスだった。

この1点で一方的になるのかと思いきや、ほっとしたようなアメリカの緩みをつくかのように日本の逆襲が始まる。大儀見のヘディングや大野のミドルが惜しいところでゴールにならず、宮間も絶好のシュートチャンスもバーに当たり0-1で前半を終える。

後半も立ち上がりにアメリカが攻勢を仕掛ける。9分に中央でボールをもらったロイドがドリブルで一気に攻めあがりそのままシュート。見事に左隅に決まり追加点を許してしまう。しかし日本もこのままでは終わらない。18分に大野が中央の澤に絶好のパス、このシュートのクリアボールを澤が体で止めて大儀見が押し込む。その後、バックスのミスをついた岩渕がフリーでシュートをするがGKソロにはじかれ、結局1-2で破れる。

2点目のロイドのシュートも阪口がもっと追い込んでいってシュートを打つ瞬間に熊谷が飛び込めばよかったのが、両者ともその間合いが空いてしまった。ぎりぎりの戦いでは1点目の岩清水もそうだが、ほんのちょっとした“手抜き”が命取りになる。そこを突いてくるアメリカの攻撃陣も大したものだ。

それにしても、つくづくサッカーはチームプレーだと思った。単にみんなで繋いでといったチームプレーのことではなく、内部的には選手個々のその日のコンデションや“ノリ“が違うのでそのバランスをどうとるのかであり、外部的には相手チームとの相性というか、マッチアップ具合とでも言ったらいいのか、要するに組み合った時に勝ったと思える組み合わせがどこにどれだけあるかになる。

昨日のアメリカ戦では、大野と川澄のところではまっていて、さらに右サイドの宮間、近賀がわりとフリーになっていた。そこが攻めどころで、アメリカバックス陣も弱かったのでチャンスが作れた。ただ、GKのソロはブラジル、フランスに比べると手ごわかった。

逆に、できがあまりよくなかったということで阪口、鮫島といったところなのだが、さすが佐々木監督はこのふたりを変えたあたりはチームを把握しているなあと思えた。チームを内部的にはバランスを良くして、外部的にはマッチアップで有利なポイントをつくことがチームプレーの鉄則である。そこがうまくできていたのがなでしこだった。

しかしながら、惜しくもアメリカの力の前に負けてしまった。でもずいぶんとアメリカを苦しめたし、なでしこらしさも随所に見られたので賞賛に値すると思う。試合後キャプテン宮間が号泣していたが、彼女のくやしは半端ないと思う。自分が決めていればという思いが強かっただろうが、大きな涙を流すだけ流したら胸を張ってもらいたい。よくやった、なでしこ!それにしても眠いよー。

2012年8月11日

メダル獲得ならず

ロンドン五輪男子サッカーの3位決定戦でU-23の日本代表は宿敵韓国に0-2で敗れ、44年ぶりの銅メダル獲得はならなかった。前半38分にロングボール一発で相手フォワードにさらわれて、3人いったのにかわされて一点を失う。後半も13分にロングボールで競り負けて追加点を許す。こうした韓国の単純な攻めに簡単にやられてしまう。日本の守備の弱さを露呈した試合であった。

敗因の第一は疲れであろう。みんな全然動けてなかった。中二日で6戦目ということもあり、体力的にも相当きついと思う。バックラインが途中休んだ酒井宏樹を除いてバテていた。それとともに精神的なスタミナも切れていたと思う。世界大会でトップクラスの国と戦ったことがないから、これだけ長く集中力を維持しなくてはいけない経験をしていないからである。初戦からずっと息も抜かずにやってきたが最後まで持たなかったということだ。

韓国だって同じ条件だろうにと言われそうだが、彼らはおそらくブラジル戦は勝てないとみて、この3位決定戦に照準を合わせたに違いない。そのための、体力と精神力のスタミナ温存を図っただろうことは想像に難くない。メキシコに勝てるかもしれないと全力で臨んだ日本とその差がでたように思える。

メダルをとれなかったもうひとつの理由は、相手が韓国だったことだ。銅メダルを争うのが韓国と誰も予想していなかったのではないだろうか。それが予想が外れて韓国とのアジア決戦となったが、もうその時点でやる気が減退していたのではと思えてくる。最初から、ターゲットとして想定していたらモチベーションも違ったと思うが、オリンピックで、ロンドンで韓国となんかやりたくないよという気持ちが片隅にあったような気がする。

ぼく自身も韓国と当たったとわかったとき正直こりゃ負けたわと思ったほどだ。もう韓国なんてと戦いたくないのよ。敵対根性丸出しで、そんなムキになるなよと言いたいくらいガツガツ来るので試合していても面白くないと思う。こんなことを思ってはいけないのだが人間である以上、楽しくない試合はやりたくないものだ。そうした精神面での消極性があったのではないだろうか。

しかしながら選手にとってはずいぶんといい経験になったと思う。相手の研究不足や運も味方してあれよあれよと予選リーグを勝ち抜いて、しかしそのあとの準決勝、3位決定戦では良さを発揮できずに完敗して、そんなに甘くないことを思い知らされたわけである。だから、次にこの経験を生かしてステップアップできるかである。なでしこにしてもフル代表にしてもそうやって強くなったのである。

これでやっとぼくのオリンピック観戦は終わる。男女とも最後まで残ったので見る方も疲れた。昨日今日はやはりライブで見たくなるので連日3時半に起きてテレビの前に座った。ああ眠い。それにしてもよくやった、ジャパン!
  

2012年8月12日

ワークショップ入門

今ぼくが仕事でやっているようなことは、メソッドがあってそれを習得してもらうというより、一緒になって考えて行きましょうという類のものである。先日も仲間のMさんと飲んでいたら、ぼくのやっていることはコンサルティングではなくカウンセリングであると言われた。どうもコンサルティングというのは、このようにやりなさいという教えを説くことだと考えているとしたら、ぼくのやり方は確かにコンサルティングではない。名刺の肩書きも変えないといけない。

ではカウンセリングの進め方は、1対1だと相対して話をするというイメージだが、複数の人間を相手にするとなるとワークショップ形式になるのではないかと思っている。そんなこともあって「ワークショップ入門」(堀公俊著 日経文庫)を読む。以前、このブログでも紹介した「ワークショップ」(中野民夫著 岩波新書)はどちらかというと広く概念的な感じであったが、こちらの方は実践的というかビジネス寄りである。

先々月からVCPCのワーキング活動の推進者をやっていて、その進め方もワークショップ形式を採用しているので勉強になった。これまでは、多くは講義方式というもので、講師がいてその人がパワーポイントを使って教えて、それを学習するというスタイルである。一方的な関係である。ぼくなんかこの歳になると2時間も何も喋らないでただ聞いているなんて耐えられない。そういう意味で双方向のコミュニケーションが主体のワークショップはもっと採り入れていい形式だと思う。

さてそのワークショップのキーポイントとなる要素は次の5つになる。「参加」、「体験」、「協働」、「創造」、「学習」である。これらを見ると、研修だとか会議だとかとずいぶん違うことがわかります。この考え方は、最近のネットの世界にも似ています。Web2.0なんて流行りましたがあの精神に似ていなくもない。

本ではワークショップのタイプを4つに分けています。
(1) 組織系(問題解決型)ワークショップ
(2) 社会系(合意形成型)ワークショップ
(3) 人間系(教育学習型)ワークショップ
(4) 複合型(変革型)ワークショップ

ビジネスの世界だと(1)の問題解決型が多そうですね。今やっているのもそうなんですが、実際には複合型だともいえます。つまり問題解決と言いながらも実際には合意形成や教育学習といった効果もある。例えば、業務改革プロジェクトなんかも複合型ワークショップで進めるのが効果的です。現状の問題を抽出して課題として解決策を考え、その解決策はみなの合意を得る。そうした活動の中で参加者が成長するのである。

ただ、ぼくの立場からいうとこうしたワークショップを正しく導いていくのが難しいのである。そのためのスキルが3つあるという。「チーム・デザインのスキル」、「プログラム・デザインのスキル」そして「ファシリテーションのスキル」である。これらは非常に大事なスキルである。このように、キーポイントとなることをいくつかにまとめて整理してくれているのでわかりやすく、時々は開いて確認することにする。
  

ワークショップ入門 (日経文庫)
堀 公俊
日本経済新聞出版社
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2012年8月14日

汚れた心

終戦の時にブラジル移民の中で勝ち組と負け組に分かれて骨肉合い食むような抗争があったことは知ってはいたが、詳しくは知ろうとも思わなかった。ところが、ぼくの映画友達のS君がわざわざチラシを送ってくれて一緒に観ようと誘われたのが、その史実に基づいて作られたという「汚れた心」という映画であった。

最初は、日本の映画だとばかり思っていたら、ブラジル映画である。監督もブラジル人の、ヴィセンテ・アモリンである。ナチス台頭下のドイツを描いた「善き人」で評価が高かった監督である。出演が伊原剛志、常磐貴子、奥田瑛二、余貴美子らである。

第二次世界大戦直後、タカハシ(伊原剛志)は妻ミユキ(常盤貴子)とサンパウロ州の小さな町で写真館を営んで暮らしていた。そこで暮らす多くの日系移民たちは情報を遮断されたままの状態であったので、日本軍の勝利を信じて疑わないでいる。そんな時、元陸軍大佐ワタナ ベ(奥田瑛二)たちが、禁じられている集会を開き、当局とトラブルになる。

そこから、ラジオ放送で日本の敗戦を知った組合長や通訳たちのグループと、ワタナベ、タカハシたち日本の勝利を疑わないグループが対立していく。ワタナベは"国賊"と断じて、タカハシに通訳の抹殺を命じる。タカハシは逆らうことができずに通訳を惨殺してしまう。そうなると対立はエスカレートしていき次々と粛清されていく。そんなタカハシの姿を見て妻のミユキは夫の元から去っていってしまう。

さすがにわずかではあるが、情報も入ってきて天皇陛下とマッカーサーの写真とかを見せられてくるとタカハシの中で、ワタナベに対して疑念を持つようになる。疑念をもつことはまた危険な状態に陥ることを意味している。そして、・・・。

もちろん、映画の内容そのものはフィクションではあるが、勝ち組と負け組の抗争はあったわけで、しかも8割は勝ち組だったといわれ、驚いてしまう。情報が遮断され、純粋培養された日本人にとって皇国日本が負けるわけがない、というか負けてはいけないと思い込んでいたのだろう。とくに移民として抑圧された人々にとってそこだけがよりどころだったのかもしれない。

映画を見終わってS君と歩きながら話していたとき、彼はJICAにいたので移民の帰国事業の手伝いをしたときのことをしゃべりだした。ちょうど沖縄から行った移民が帰ってくるというので迎えに行ったら、タラップで天皇陛下万歳と叫んだそうだ。それが、昭和48年だったという。戦後30年近くたってもそうした心情を持ち続けていることに驚かされる。

アモリン監督はインタビューで「これは適応とアイデンティティについてのストーリーであると同時に、サスペンスやラブストーリーにもなり得ると感じました。戦後ブラジル日系人社会のなかで起きた抗争の物語は、現代に生きる私たちにとって切実な問題――不寛容、人種差別、原理主義、真実という概念――を孕んでいます」。決して、あの時代、あの場所だけの特殊な物語ではないのだろう。

このような日本人の特異性についての映画を外国人が撮ることの意味を考えさせれた。ぼくは、成功したと思っている。こうした映画は客観化された目で見ないと成功しないと思うのでよかったのではないか。ただ特殊な物語ではないといってもアイデンティティとしての天皇ということや日本人の間に漂う空気感を外国人の観客はわかるだろうか。

アモリン監督の力量も高く、"汚れた心"を勝ち組が負け組に向かって言わせながら、自分たちに"汚れた心"が芽生えてくるように見せたり、勝ち組にそれには大儀がなくてはいけないし誇りや矜持がなければできない"自決"させなかったこと、ワタナベにハーモニカでふるさとを吹かせること、ミユキに鶏を殺させるなど感心する演出でおそれいりました。
  
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2012年8月15日

AsIs記述不要論

以前にエントリーした「CIO不要論」ではないが、「AsIs記述不要論」を書いてみようと思う。システム構築のコンセプトを変えて見ると、それまで常識とされていたものがはたして今まで通り常識なのだろうかという疑問がわいてくる。時代が変わると考え方も変わるのと同じで、環境の変化で常識も変わっていく。

現在の情報システム構築の進め方は、現状分析という形で今のあるがままの姿、すなわちAsIsを書きましょうから始まる。AsIsでもプロセスを書くならまだいいのだが、今のシステムを使った業務フローなんて書く場合もよくあるのだがあまり意味がないように思える。このAsIsから、問題点を探したり、共通化、標準化といったチェックによりToBe化していく。

いかにも正しいように思えるでしょうが、何か変だと思いませんか。おそらく多くの人はそうは思っていないのではないでしょう。なぜなら、従前のようなシステム構築を行う場合は、そうしたやり方が業務改善、プロセス改革につながると当たり前のように信じられているからです。しかしながら、プロセス中心アプローチでは違ってきます。とういうかできないのです。つまり、「AsIsは書かないのではなく書けない」のです。

プロセス中心アプローチでは、組織とか人とかは関係なく、その事業、ビジネスにとって必要なプロセスは何かという攻め方をします。もうこれだけでおわかりだと思いますが、その時点でAsIsではなくなります。AsIsは組織と人が必ず絡んできますので、この組織だから、この人がいるからということで業務フローが規定されてしまいます。ですから、例えば、AsIsを見て、業務が重複しているからそこを改善してToBe化しようなんてやらなくても最初から重複のない業務プロセスが書けわけです。

言ってみれば、最初から今までと違ったコンセプトで業務プロセスを記述するからToBeプロセスの原型を直接記述してしまうことになります。ここでToBeプロセスの原型と言ったのは、そんなにすぐにToBeへは持っていけませんので、まずは基本的なところだけを構築しておけばよいということです。

プロセス中心アプローチの特徴の一つは成長できる仕組みができるということでもあります。骨格をきちんと作っておけば、そこから筋肉をつければよいのです。これまでのやり方だと、使ってもいないのに、紙の上でToBe化しようとしますが難しい話だと思います。しかしながら、今のシステムは、スクラッチで作ろうが、パッケージを持ってこようが一生懸命ToBe化しようとします。ところが使ってみるとギャップだらけということもあります。

これからのシステム作りは、早めにプロセスを書いてそれを使ってみて練り上げるのが一番のような気がします。例えば、業務ルールにしても、最初からあるべき姿のルールを作ろうとしても絶対できません。往々にしてそんなできもしないことをやりだします。そして挫折するわけです。これはムダですよね。

だから、最初は生半可なルールでいいのです。そのかわり、自動化とかコンピュータにロジックを持たせたらいけませんよ。当初は人間が介在して調整します。そうしたことが重なってくるとルールらしきものが自然とできあがってきます。それをルールとして固めて行くのです。このようにして、成長していく、自己学習して進化していくような仕組みを作れば、いわゆるAsIsプロセス記述は必要なくなるのです。
  

2012年8月16日

お盆のひととき

早いものでまたお盆がやってきた。お盆の期間はどうしても何もしたくない心境になるが、昨日は日本BPM協会の部会があって東京まで出かける。電車の中はお遊び中の方々で溢れていてやれやれといった感じである。帰ってからは、録画したサッカーを観る。オリンピックで観戦疲れもあり今回はコメントはパス。でも、日本のサッカーは面白いサッカーだなあと改めて感じる。本田、香川、長友、岡崎の連携は見ていても楽しい。

お盆は毎年、簡単ではあるが盆飾りもして、13日朝に迎え火を焚き、仏様を向かい入れ、今日16日には送り火を炊いて送り出す。その間、お線香とお供物をあげて歓待する。昨年からばあちゃんが老人ホームに入ったので、今年は全面的にぼくが支度をした。

そして、今日はお寺さんで「お盆施餓鬼会」があったので出かけて来る。お寺は鎌倉の材木座にある「妙長寺」という日蓮宗のお寺である。毎年恒例でお寺に集まって総供養を行い、塔婆をあげる。この法要は何のために行うかが、お寺からの案内上にこんなふうに書いてある。

ご法要では、皆様方のご先祖さまはじめ志す精霊、まつり手のない無縁の精霊たちを供養するとともに、施主である皆様方には、現世安穏・後生善処、子孫長久、家門繁栄の功徳を得ることになります。

何かいいことがありそうな気がしてくる。こういうのって、途中で辞めるのがなんとなくまずく思えて結局代々続けていくのだろう。でも、年に一度のことだし、たまには先祖のことに思いを馳せるのも悪くないと思う。息子二人は家に帰ってこなくてお焼香もしていないので、次の世代は大丈夫かなと思うのだが、考えてみたらぼくも息子の歳のころは同じように家に帰らなかったのでそう悲観するようなことでもなさそうだ。

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    お施餓鬼のにぎわい。鎌倉材木座「妙長寺」にて。

2012年8月24日

お詫び

長い間つながらなくなっていたこのブログがやっと元に戻りました。先週末、突然切れてしまい、しかも運用管理者(といってもうちの社長ですが)がちょうど休暇で旅行に出るときという最悪の事態に。ぼくが電話で聞きながら点検したところでどうにもならずしょがなく停止状態に。

かなりのアプリケーションはクラウドに移行していましたが、ブログやHPが残っていたのでユーザーの人にお願いして待ってもらうことにする。どうもサーバーの異常ではなくルーターが壊れたようだ。結局昨日当初使っていた古いルーターを探しだして復旧する。

このブログが止まったことで支障をきたす人もいないと思いますが、ちょっぴりご迷惑をかけたかもしれないのでお詫び申し上げます。これで5年以上続いた連続エントリー記録も途絶えた形にはなりましたが、別に毎日書かなくてはいけない、いや毎日載せなくてはいけないというわけでもないのだが、連続試合出場記録が途絶えた西武ライオンズの栗山選手の心境であります。

さて、妙なかっこうで夏休みをもらったので再開といきます。ただ、このトラブルの影響かどうか定かではないのですが、デスクトップがいかれマウスがきかなくなってしまい、原稿の復旧などでてこづっています。大事なものはDropBoxに入れておいたのでモバイルPCで取れるのですが、困ったのはメールアドレスです。これが飛んでいったしまったのでさてどうしようかと頭を抱えています。ということですが、何とか早く元の通りにしようと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

敏八命日

藤田敏八という映画監督がいた。1967年に「非行少年 陽の出の叫び」で監督デビュー、初期の代表作は「八月の濡れた砂」。その後70年代は日活ロマンポルノを手がけ、一般作品では桃井かおりの「赤い鳥逃げた?」や秋吉久美子の「赤ちょうちん」「妹」などの作品を残している。俳優としても活躍した。1997年に65歳で亡くなる。今年は没後15年になる。

彼の命日である8月29日に追想の会が渋谷である。その日は「映画監督 藤田敏八 パキさんとその仲間たち」(林 久登著 映芸読本)という本の刊行記念と銘打ってもいる。本の著者である林久登さんは、僕の三重県時代の先輩で映画サークル仲間である。藤田敏八の出身が三重県四日市市であった関係で林さんが藤田を知っていて、僕も林さんに連れられて何回か会って話をしたことがある。

もう15年も経つとだんだん忘れられていくが、こんな時代もあったことを知っておくことも必要なことであろう。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

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2012年8月25日

未来を生きる君たちへ

いま日本ではいじめの問題で盛り上がっていますが、そんないじめの問題というか暴力に関してデンマークの女性監督スサンネ・ビアが重要な問題提起をしている映画「未来を生きる君たちへ」を観る。第83回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品だけあって見ごたえのある映画であった。

子供が同級生の男の子という二つの家族の葛藤を描きださしている。ひとつは、デンマークに家を持つ医師アントン(ミカエル・パーシュブラント)で、アフリカの地に赴任し、難民キャンプで人々の治療にあたっていて、デンマークとアフリカを行き来している生活を送っている。長男エリアス(マークス・リーゴード) は学校で執拗ないじめを受けている。

ある日彼のクラスに母親の葬式を終えて転校してきたばかりのクリスチャン(ヴィリアム・ユンク・ニールセン)に助けられる。それから二人は仲良く遊ぶようになる。ところがあるとまたきいじめっ子の絡まれてしまう。翌日、クリスチャンはそのいじめっ子がケガをするほど仕返しをする。この時、デンマークではすぐに警察が学校に入るんですね。

傷害事件だから警察なのだ。大津の事件でももう警察に委ねたらどうかという議論もあるが、悪質ないじめはもう犯罪だから警察が介入してもかまわないのではないだろう。映画は、逆にいじめられた方が報復するというわけで、父親に「報復は報復を生むだけ」と諭されるが、やり返さなくてはいけないというのである。目には目を歯には歯をである。

そし、しばらくして、エリアス一家が出かけたとき、エリアスの弟が公園でよその子とケンカになった。止めに入ったアントンであったが、相手の父親が突然現れてアントンを殴ってしまう。アントンは子供たちに「殴るしか能のない愚か者」だとなじるのだが、クリスチャンはやり返さないアントンに不満である。そして自ら復讐を敢行する。これって、韓国の無茶にただおとなしく「言わせていけばいい」という日本政府の態度ももう限界といったことに似ているかもしれない。

といったストーリーなのであるが、実に“よくある話“のような気がする。暴力的なるものに対して男の子は小さい時から非常に悩み続けるのだ。親は分別臭く暴力はいけませんというのだが、現実の世界では、特に子供の世界では支配的なものなのである。そこを大人と子供の対比、子供同士の相克、途上国での暴力支配などを描くことで観客に問題を突きつけてくる。

決して説教臭いわけでもないし、絶望的でもない、美談で感動的でもない、だからじんわりと唸るような想いを抱かせる秀作である。きっと誰もが、いつの時代でも突き当たることで、しかし逃げるわけでにはいかない、何とか生きていかなくてはいけないのだ。日本のいじめ問題や日韓関係を目の当たりして大いに考えさせられた。
  
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2012年8月27日

ヤングなでしこ予選リーグ突破

U―20女子W杯1次リーグA組の最終戦で4-0とスイスを圧倒して、2勝1分けの成績で1位通過する。本大会で初めてヤングなでしこの試合を見たが、これほどおもしろいサッカーをするとは思ってもいなかった。これは、お姉さんのフル代表よりもすごいかもしれない。相手の監督さんもびっくりしていたようにエキサイティングな魅力いっぱいのサッカーをやる。

初戦のメキシコ戦と昨日のスイス戦で4点づつ、2戦目のニュージーランド戦では前半に早々と2点を入れられるが追いついてしまうということでこの得点力に驚かされる。攻撃の面で言うと皆が積極的にシュートを打ってくることがある。少々遠かろうが態勢が悪かろうが打っていこうという意識の高さが得点を生んでいる。

初戦の、猶本、横山の点でもかなり遠い位置から入れている。ミドルレンジからのシュートは女子の場合は入る確率が高い。もしそれを彼女らが知っていたら大したものだ。蹴る力は女子でもそこそこあって遠くへスピードのあるボールおけることは難しくない。田中陽子のように左右の足で正確に蹴ることもできる。(宮間あやもそうだが)ところが、キーパーの守備範囲が悲しいかな女子は男子に比べてだいぶ狭い。

体格もジャンプ力もないから左右の上隅に蹴ればキーパーは届かない。こうしたことを見越してミドルシュートを連発しているとしたらクレバーだと言わざるを得ない。そこに、彼女らの抜群のスキルが加わるわけだから相手のディフェンダーはやっかいであると感じるだろう。

ボール扱いのうまい子ばかりでびっくりする。みんなドリブルもパスもうまい。センターバックの土光という子は弱冠16歳なのに前線へのフィードのタイミングと正確さに驚く。みな、複数のポジションをこなせるはずだ。浜田という子ももともとはフォワードなのにサイドバックを軽々こなしている。この多能化がチーム強さでもあろう。

スキルが高い子が集まったチームはばらばらになったりすることが往々にしてあるが、そこは日本人の良さであまり自我を出さずに献身的なプレーをするから強い。ただ、まだ個人に頼るところがあって、ドリブルして抜けないと思ったらパスするということの繰り返しが多いので、ダイレクトパスをはさんで2列目から追い抜くといった組織プレーも見たいものである。

さあ、いよいよ30日から決勝トーナメントが始まり、相手は韓国である。こんな時期に韓国と当たるというのも嫌なものであるが、2010年のU-17W杯の雪辱もあるので、完膚なきまでにやっつけてほしいと思う。ガンバレ、ヤングなでしこ!

2012年8月28日

コンサルタントって?

ちょっと前に「ワークショップ入門」(堀公俊著 日経文庫)という本の書評を書いた時に、ぼくがやっていることはコンサルティングではなくカウンセリングだというようなことを書いた。これは、コンサルティングのやり方の話なのだが、その前に何に対して、どんなことのためにコンサルティングをするということがある。

その何に対してかによってコンサルティングのやり方が変わってくる。このあたりは、システム開発の話と似ていて、WhatがHowに優先するという主張に通じる。ただ、気をつけなくてはいけないのは、だからといってHowが大事ではないと言っているわけではない。逆にHowがあるからはWhatが決まってくる面も強調しておく。シーズからニーズを引き出すこともあるのだ。

さて、コンサルティングの話に戻ると、目的に対してコンサルするのか、手段に対してコンサルするのかがある。例えば、経営でもシステム開発でもいいのだが、どんなことをしたいのか、するべきなのかについて行うのが目的的コンサルで、一方目的があってそれをどうやって実現したらいいのかを指南するのが手段的コンサルということである。

最初の目的的コンサルというのは戦略コンサルとも言われて大手のコンサルティングファームが担うケースが多い。トップになれるような頭のいいやつがいるからそいつらに考えてもらうという。中小企業だと中小企業診断士だとかITコーディネーターといった人々の仕事かもしれない。

ところが、それで成功したという話はあまり聞いたことがない。なぜかというと実際の経営やシステム運用管理をやったことがない人が大半だからである。要するに、無責任な評論家ではいいのだが、現実は様々な要素が入り混じった複雑系だから、そんなものはコンサルできっこないのだ。だから、目的を対象としたコンサルは使う意味が薄いと思う。

では手段的コンサルはどうなのだろうか。方法論とか手順とかいったことを指南してもらうことである。これは有効な場合がある。ただ、留意すべきことは手法、技法の押しつけをしないことだ。結局、これとても最終的にはユーザの腹の中に収まらないと本当の効果は出ないからである。つまり、ユーザ自身の方法論を確立すべきなのである。

ですから、コンサルの仕事は、だいたいの方向性を示して、納得するやり方を見つける手助けや、気づきを与えることが大事であると思う。そういう意味ではコンサルティングというよりファシリテーションということなのだろう。カウンセリングは悩みを聞いてやるというイメージだが、一歩踏み出せるようにちょっと背中を押してあげる役割なのだろう。

そのためには、細かいところの技術も必要だが、少し抽象度を上げたレベルのフレームを提示することが重要になってくると思われる。ここでいうフレームというのは、大きな方向性という意味と、既成概念にとらわれたり、恣意とか思い込みのスイッチングをやってあげることの意味を含んでいて、ここができるかできないかがポイントである。

こんなことを考えると、自分の名刺にシニアITコンサルタントと刷り込んであるので消そうかとも思ったが、字面だけ変えてもしょうがなくて、本当にユーザ目線で、つまりユーザの人がどうして欲しいのかをその人の立場で一緒になって考えるというコンサルタントになりたいと思うのである。
  

2012年8月29日

冥土めぐり

昔、日本にはバブルという時代があって、それがはじけた瞬間もあった。あれだけ浮かれていたバブルが吹っ飛んでいったのは1990年末であった。それから失われた20年が続いている。なぜ、鮮明に覚えているかというと三重県から東京へ転勤になったときだったからである。2年前に買った新築のマンションを売って引っ越そうとしたら全く売れなかったのである。3ヶ月前に千葉に転勤になった隣の人は、2倍近くの価格で売り抜いたというのに。

だいぶ前置きが長くなってしまったが、今回の第147回芥川賞の受賞作は鹿島田真希の「冥土めぐり」に決まった。この本のテーマが、バブルの時代が忘れられない母親と弟との確執を障害を持った夫との対比の中で描いたものである。受賞者の鹿島田真希は、76年生まれであるが、文藝賞や三島由紀夫賞、野間文藝新人賞などを受賞している実力派である。前回の変な男の作家に比べるとまともな女流作家といったところである。(筆力のことではなく風貌のことです)

主人公の奈津子は8年ぶりに夫と小旅行に出かけることにする。そのきっかけは「二月、平日限り、区の保養所の宿泊割引一泊5千円」というポスター見たからである。そこは、奈津子が幼いときに両親と弟と4人で出かけた高級リゾートホテルであった。そのときに比べてなんと落ちぶれてしまったのかと思うのである。それは、ホテルの凋落もそうだが、そこに行くお客としてもという意味が込められている。

熱海を連想させられるのだが、ぼくにも記憶があって憧れの高級ホテルが多く立ち並んでいていつかここに泊まりにこようと思ったものだ。最近、熱海に行くこともあってそうした高級ホテルは跡形もなくなっている姿をみるにつけ、もう二度とはやってこない“あの頃“に思いを馳せた。

こうした時代のことと、もうひとつは母と娘の問題が横たわっている。ぼくは男だし、うちに娘はいないのでそのあたりはよくわからないのだが、この物語では、理不尽と思えるほど母親が娘に自分の理想を押し付けようとする。しかしながら、主人公の娘(奈津子)はそれに抗するわけでもなくなすがままにする。さらに、4歳年下の弟も理不尽な行動を取る。金をむしりとられるのである。ちょっとこのあたりは大げさというか、ホントかよと思えるような関係性なのである。

ところが、結婚は母親や弟の言うとおりにならず、平凡な男を選ぶ。その夫が脳に障害をもつようになるのだが、屈託のないというか無垢の言動が救いのように奈津子には感じられるようになる。この旅行を通して一層その思いを強くする。

経済的な豊かさとの対比の中で、豊かさだけがしあわせではないという明確なメッセージが発せられて、難解な言葉もなくわかりやすい小説でありながらじわっと考えさせられるものになっている。


2012年8月30日

作ることと使うことの違い

コンピュータソフトウエアに関係していると、ソフトウエアにも性格が違うものがあってそれを混同している節に出会うことがある。性格の違いというのはどういうことかというと、簡単に言うと何かを作るためのソフトウエアなのか、それともそれを使って何かアクションするためのものかである。

ちょっとわかりずらいので例をあげて説明する。ドローイングツールというのがある。Visioみたいなお絵かきソフトです。この手のソフトウエアは、図面とかカタログとか書類みたいなものまで、要するにオブジェクトを作り上げて終わりみたいなものです。つまり、静的なものを起こすためのツールという位置づけになります。

一方、図を書きながら絵を描きながら、字を入れながら何かのアクティビティを行うというためのソフトウエアが必要となります。これも例で言うと、マインドマップというツールがあります。あれは、マインドマップを書くというのが目的ではなくて、いかに頭の中にある考えや発想を引き出して整理するかというためのツールです。これは、その図を使いながら発想の引き出しと整理というアクティビティのためで、図が変化してどんどん広がっていくという意味で動的なものです。

ドローイングツールにはマインドマップも描けますよといううたい文句になっていますが、それでマインドマップ活動をやっている人はいますか。やはり、使い勝手が悪いので、専用のマインドマップツールを使っているのではないでしょうか。こうした例からもわかるように「使うためのツール」が少ないことに気がつきます。すみません、言い遅れていますが、エンタープライズ系のしかも業務システムの話ですので間違わないように。コンシューマ系は逆ですよね。作るものというより使うためのツールばかりです。

なぜこんなことをつらつら書いているかというと、いま業務プロセス設計をどうやってやろうかと思案しているのだが、当初はアナログ的に紙と鉛筆、あるいはホワイトボードでと考えていたのだが、どうももうちょっとかっこよくスマートにできないかと思いだしたからである。あとあとの再利用のための記録として残したり、実装のフォーム設定に落としたりできたらいいのではないかということである。

そうしたとき、アクティビティを並べたり、その属性を書き出したりということ、ワークショップ的にみんなでなんだかんだ言いながらやるためのツールってあるのかなと思ったのである。それで最初に言ったことをドローイングツールにあたっていて感じたのである。実はすでに4年前に似たようなのは作ってあってそれをカスタマイズしようか、新たに作ろうかと検討している。

できたらまた紹介しようと思いますが、話は戻って、作ることと使うことを間違わないようにすることが大事で、このことはことソフトウエアだけに限った事ではないような気がする。道具とかもっと広げると商品そのものも言えることかもしれない。すなわち、道具とか商品の作ることが目的ではなく、それを使って何をするのか、逆に何をしたいからその道具や商品を使うのかということが重要なのである。

これまた、飛躍するのだが、日本のものづくりというところにも関係することなのだが、得てしていいものを作ればいいというだけでは意味がないし、ビジネス的にも成り立たない。もっと使うということを意識し、積極的に使い方をも提案していくくらいなものづくりが望まれるのではないでしょうか。
  


2012年8月31日

ヤングなでしこベスト4

昨日国立競技場で行われたU-20女子W杯の準々決勝でU-20日本女子代表は韓国女子代表を3-1でくだし、準決勝進出をはたした。この大会では初めてのことだそうだが、女子サッカーの世界で日本の地歩は確実に固まった感じがする。全年代でもトップ3に入る力となったと同時に、日本のスタイルというのが世界で通用するようになった証でもある。

こんな世情なので韓国に勝って溜飲を下げた人も多かったと思うが、前半は日本が圧倒していたし、全体でもきちんと守れたので、力的にも点差ぐらいの差があったと思う。始まってすぐに西川からのバックスの裏を通すスルーパスに反応した柴田がキーパーが蹴ろうとした瞬間に突っついて先取点。その後すぐに韓国に深くえぐられてクロスから同点にされる。

このあたり一発で縦を突破される弱さがあるので修正したいところである。しかし、間もない前半19分に田中美南からの横パスを受けた柴田が左足を振り抜くとゴール左隅に決まり勝ち越し、さらに37分には同じく田中美南がサイドバックの高木の上がりに合わせて横パス、高木がそのままエンドラインに迫りゴール前に流すと完全にフリーの田中陽子がゴッツアンゴール。後半は両チーム一進一退でノーゴールで結局前半の点差そのままで日本が勝利する。

前回も書いたが、日本チームのサッカーはおもしろい。その時に、まだまだ個はすぐれているのだがつながりがイマイチという指摘をしたが、3点目なんかでも高木の追い越す動きもあり、また一段と成長しているように感じられる。この年代は、試合ごとに何かを吸収して、それを身につけて個人もチームもレベルアップしていける。

そのために大事なことは、失敗を恐れずチャレンジングなプレーができるかどうかではないでしょうか。その点ではU20日本代表の彼女たちは果敢に自分の持っている特徴を出そうという意識がありたのもしい限りだ。若い時はこうしたのびのびさこそ大切で、変に堅くとか安全にとかはやらせないほうがいいと思う。

それと、非常に驚いたというか感心したのは、ポジションにこだわらないということで、これは監督のポリシーだと思うが、昨日でもあの田中陽子が左サイドバックに回った時にはびっくりした。かつてイビチャ・オシムがポリバレントと呼んで複数のポジションのこなせる選手を重用したが、今回チームもそうしたポリバレント性が高い選手が集まっている。

だから、強いのかどうか今のところよくわからないのだが、特に若いチームでは多くの可能性を探るという意味ではいい考え方であるように思うし、日本人に合っているかもしれない。日本サッカー界にも優秀な指導者が輩出されるようになってきたようだ。準決勝はおそらくドイツだろうがぜひ勝って決勝に進んでほしい。ガンバレ、ヤングなでしこ!
  

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