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2012年4月 アーカイブ

2012年4月 1日

日本企業にいま大切なことを見直す(6)

だいぶ間が空いてしまいましたが第6弾です。ここでのテーマは「優秀な個を結集する「チーム力」」ということです。まずは、野中郁次郎先生が「モノ作りに“身体性”を取り戻せ」という主張をされていて、サムソンには「個」を結集するチーム力がないが日本にはそれがあるということをおしゃっています。サムソンの個には帰属意識がないから持続性が問題だという指摘です。

日本の組織には、帰属意識の高い「個」をひとつに束ねたチームは身体的な体験を共有し、お互いの暗黙知を蓄積することができると言っています。そうした集団に向いているやり方として「アジャイルスクラム」という開発手法に論及している。なるほどと思うのだが、日本の組織が野中先生の言うようだったら、なぜソフトウエア業界がモノ作りでこれほどまでの惨状を呈しているのだろうか。また、逆に帰属意識が高いということは労働市場の流動化の妨げになっていることも考えなくてはいけない。こういったモデルはもはや通用しなくなってきている。

一方、遠藤功先生は、「「日本的なもの」を素直に誇れる二十代を活用せよ」ということをおっしゃっていて、失われた20年のなかで仕事をしてきた今のミドルには「日本的なもの」を否定する感覚が染み付いているが、いまの二十代にはそれがないので「世界のなかでの日本の特質」に目が向きやすいので期待できるのだという。

これもなるほどと思う。ただ、ぼくも若い人に大いに期待もしているが、こうした若者に日本的なるものを植えつけようとする回帰願望はいかがなものだろうかということだ。もはや、新しい考え方やスタイルになって来ているわけで、戻るのではなく新たに構築してくべきもので、そこに日本のよさに誇りをもってというのであってちょっと違う感覚なのではないでしょうか。

ただし、野中先生が言う“場”についてはあるところでは共感できる。イノベーションには「場」が必要で、それは単なる物理的な場所ではなく、共有された動的文脈、つまり生きた文脈が人々の間で共有されている状態のことだという。場に参加することによって、人は他者との関係性の中で個人の主観の限界を超越し、自分とは異なる他者の視点や価値を理解し、共有するという考えかたです。

しかし、かつては多くの日本企業に当たり前のようにそういう場が存在していたというのはちょっと買いかぶりでしょう。また、いまどうしてなくなったかというとICTが普及して直接顔を合わせて暗黙知が共有できななったからだそうだ。そこで、アジャイルスクラムを提唱しているのだが、それをうまく回すにはICTが必要になるわけだから、ICTのせいじゃなくてその使い方の問題なのである。

野中先生には有名なSECIモデルというのがあって、“知識創造企業”がどのようにして組織的知識を生み出しているかを説明するのに使われる。共同化(Socialization:共体験などによって、暗黙知を獲得・伝達するプロセス)、表出化(Externalization:得られた暗黙知を共有できるよう形式知に変換するプロセス)、連結化(Combination:形式知同士を組み合わせて新たな形式知を創造するプロセス)、内面化(Internalization:利用可能となった形式知を基に、個人が実践を行い、その知識を体得するプロセス)というのがそのモデルである。

この4つのプロセスをどう実践するのかが重要なのだが、実際にちゃんとできていないように思える。その理由は、上記のモデルはプロセスと言いながらもどちらかというと個人プレーのものでチームプレーという意味合いが薄いことだと思う。「個」を結集するチーム力と言いながら、解決策を示していな。そこにはICTが威力を発揮すべきであるのだが、今のICTがやっていることでは無理なので、ぼくがずっとコンセプトを変えろと言い続けているのはそういうことなのである。
  

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2012年4月 2日

なでしこがどんどん強くなる

昨日のサッカーのキリンチャレンジカップでなでしこジャパンはアメリカと1-1の引き分けだった。W杯で勝って、3月のアルガルベ杯でも勝利し、今回は残念ながらドローだったが、世界ランク1位の女王アメリカに負けないというのも大したものだ。それも試合ごとにアメリカを試合内容で上回ってきているのも驚きである。

前半32分に右のサイドバック近賀が高い位置から川澄に横パスを通しそのままゴール前に駆け上がったところに川澄から絶妙の浮き玉パス、それをゴール前にセンタリングするも相手ディフェンスにクリアされるも戻ってきたこぼれ球をシュートして先取点をあげる。この試合初めて高い位置取りができたと思ったら得点に結びつけるというすばらしいものであった。

これはキンちゃんのセンスによるものであるが、彼女のプレーは好きだ。今鹿島の監督をやっているジョルジーニョにスタイルが似ている。ただ、昨日の得点のシーンはバルサのダニエウ・アウヴェスを彷彿とさせる動きであった。今のサッカーはサイドバックの得点能力が問われると思うので、なでしこのキープレーヤーのひとりであろう。

試合は後半にクリアミスをモーガンに決められ同点に追いつかれてそのまま試合終了。前半はかなり良かったが後半は息切れとういうか集中力が切れて、何度も危ない場面をつくられていたから、結果としてはこんなものかもしれない。本当に、前半の戦い方はすばらしかった。高い位置からのプレスからチェイシングでアメリカからかなりボールを奪えていていい攻撃ができた。

ところが、ときおり見せる不用意な緩い横パスあるいはバックパスをカットされ反撃を許すシーンが増えてきて相手にペースを握られてしまう。この辺が今後の課題だろう。パススピードをあげないと危険だし、リズムも崩れてしまう。なでしこのスタイルはバルサを意識しているかもしれないが大きな違いはパススピードである。

そう言えば、昨日試合は、そのちょっと前に見たUEFAチャンピオンリーグ準決勝のバルセロナ対ACミランの戦いを思い出してしまった。なでしこがバルサでアメリカがミランという見立てである。ミランのイブラヒモビッチがアメリカのワンバックである。ただ、なでしこも宮間がシャビに、川澄がメッシに、近賀がダニエウ・アウヴェスになるにはまだまだだ。

それにしても、なでしこの成長は目を見張るものがある。高い位置からのプレスもそうだが、玉際に非常に強くなった。あれだけ体格差がある相手に対して臆することなく当たっている。こうした進化はどうしてなったかというと「経験」と「自信」だと思う。W杯で運よくアメリカに勝った経験が自信になり、自信から生まれた一段レベルの高いプレーができるようになり、それでまた勝って、更に新たな自信が生まれということを繰り返している。オリンピックは期待できそうだ。
  

2012年4月 3日

もしSIerのエンジニアがジョブズのスピーチを聞いたら(1)

最近、いわゆるSIerと呼ばれる業態がヤバそうだという話が聞こえてくる。富士通の3万人のSE職の転換とかが話題になった。おそらくどこのSIerも相当の危機感を抱いているのちがいない。従って、そこで働いているエンジニアのかたがたもこれからの行く末に悩んでおられると思う。

そこでちょっと旧聞に属する話で恐縮なのですが、いくつかのブログ記事についてコメントしておきたいと思う。流しておけばいいのだが、どうも根本的なところで勘違いしているようで気になっていたのであえて取り上げておくことにする。まずは、GoTheDistanceさんの「「SIerでのキャリアパスを考える」というイベントに登壇しました」というエントリーで(別に個人的にどうのというのではなく一般論として取り上げてみたのである、湯本君ゴメン)、そこでのプレゼン資料を公開され、その解説が書いてある。

最初の問題提起として、「僕が常々問題にしているのは「上流工程と下流工程が分断されていること」です」と言っている。そして、その工程を分断させないためには、アジャイルでありプログラミングファーストなのだが、それらの開発手法を現実のものにするのは大変難しく、その理由が人月見積もりにあるとのこと。どうも問題の設定と組み立てがおかしいと思うのである。じゃあ、人月見積ではなくて一括請負とか成功報酬契約とかすれば解決するのだろうか。

この上流と下流との分断については、小野和俊さんも中島聡さんの「ソフトウェアの仕様書は料理のレシピに似ている」というエントリーを持ちだして同じようなことを言っている。ここのところは重要なのでその中島さんの有名なエントリーの文章を見てみましょう。こう書いてあります。

プログラムの仕様書は料理のレシピに似ている。ソフトウェアのアーキテクトが自らプログラムを書いたり、下っ端のエンジニアの書いたコードをレビューする のは、レストランのシェフが自ら料理をしたり、下っ端の料理人の作ったスープの味見をするとの同じである。もちろん、レストランに行く側の立場になってみ れば、そんなレストランで食事をしたいのは当然である。シェフがレシピだけ書いてキッチンにも立たないレストランには行きたくないし、ましてや自分で料理 したこともないシェフが書いたレシピを元に作った料理がおいしいわけがない。

ぼくはこの意見には与しません。「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」という映画をご存じだろうか。まだ、上映しているというからロングランが続いている。エル・ブリというのはスペインにある小さなレストランであるが、毎年多くの人が予約したがるがなかなか予約ができないという大変な繁盛店です。

そこのシェフがフェラン・アドリアで、この人の創作する料理が出されますが、彼はいっさい調理をしません。料理のアイデアは出しますが、実際に作るのは別の調理人がするわけです。つまり、上流と下流は分断されています。シェフがレシピだけ書いてキッチンにも立たないレストランなのです。フェランは言います。おいしさより驚きだと。

お客さんがああ楽しかった、こんな体験ができてうれしかったといった感動を与えるような料理を作るには上流も下流も意識する必要がないと言っているのではないだろうか。この話からちょっと角度を変えてみてみると、エンタープライズ系の業務システムというのは料理なのかどうかという問題があります。この話は次回に。
 



2012年4月 4日

もしSIerのエンジニアがジョブズのスピーチを聞いたら(2)

昨日は午後から東京に出ていたので、時ならぬ嵐でまた帰宅難民になるのかと思ってしまった。日暮里で呑んで嵐をやり過ごしてから、東京駅に行くと電車はだいぶ遅れてはいたが動いていてほっとする。さて昨日のエントリーの続きです。

ぼくは最近、昼メシを自分で料理することにしている。同じ敷地にある家に住んでいたぼくの母親が老人ホームに入ったので台所が使えるようになったからである。以前から昼メシは自分で何とかしてくれとヨメさんに言われているので外食していたのだが、自分で作ることにした。

なぜこんなことを書くかというと、別に他人が書いたレシピでも作れるということを言いたかったのだ。実際によく利用するのはクックパッドなのだが、そこから自分の好きな料理、あるいは手持ちの材料をどう使ったらいいのかなどの情報を得る。そして、適当なレシピを印刷して脇に置きながら作るのである。自分で言うのも何なのだが、まあまあのものができあがる。

さて、ここで問題を整理してみよう。仕様を書くのがレシピでプログラミングが調理だという話になっている。料理ではレシピを見ながら料理だってできるし、フェラン・アドリアのようにレシピは作るが調理をしないというやりかたもある。ただ、業務システムが料理なのかというとどうも違うように思えるのだ。

多くの人が混同するのだが、ITという括りであたかも同じように語られるのが、業務システムの開発とソフトウエアの開発である。営業システムとか生産システムといったものが業務システムで、MSのオフィス製品だとか、DBMSだとか、パッケージのようなものがソフトウエアとすると、それぞれを開発するやり方は違うと思いませんか。

ということで、前回の議論で言っている上流・下流分断論とか、料理をしないでレシピだけ書いている料理人はプログラムもできないのに仕様書を書いているエンジニアと同じ論にしても、何のためのプログラムを書いている時の話なのだろうか。業務システムなのかソフトウエアなのかである。

ソフトウエアを作るときのことであれば言わんとすることはわかる。なぜならプログラムを書くからである。しかしながら、もしそうであったらフェラン・アドリアのように分断されてもいいと思うし、ましておやジョブズのようにコードを書くわけではないがある意味立派な仕様書を書いているに等しい。つまり、プログラム仕様書なんてさして重要ではないのだ。コードをどう書くかではなく、どんな商品にしてどんな使われ方に対応できるかといったユーザ目線でのスペックが重要だからである。

そもそも、プログラム仕様書を書くのが上流でコードを書くのが下流というのもおかしいと言えばおかしい。本当の上流というのはもうちょっと上のレベルでどんなものをつくるのか、何ができるのか、こんな風に使ってほしいといったことをデザインすることだと思う。そこでデザインされたものを作りだすためのプログラム仕様書作成からプログラミングはプログラマーの仕事にしたらよい。だから、分断される箇所を変える必要があり、そうすることでプログラマーの地位も向上するのではないでしょうか。

では、業務システムのほうはどうなってしまうのだろうか。それについては次回。



2012年4月 5日

世界で勝負する仕事術

日本の若者の内向き志向が言われていますが、いやそんなヤツばかりではないぞという意気を感じさせてくれる「世界で勝負する仕事術」(竹内 健著 幻冬舎新書)を読む。なかなかおもしろかった。著者は東大を卒業して半導体のエンジニアとして東芝に入社して、フラッシュメモリ事業を世界のトップクラスに引き上げて人物である。その後、東大に転じ、現在は工学系研究科准教授である。1967年生まれなので40代半ばである。

彼の、東芝入社から大学に移ってから現在までの奮闘記である。最近、エルピーダの破たんで日本の半導体産業は壊滅したかのように思われがちだが、あれはDRAMのことなのです。1990年代初めは日本の独壇場であったのがインテル、サムソンに抜かれ、みじめな状況になっているが、フラッシュメモリの分野ではまだまだ東芝の存在感は大きいのです。

ところが、フラッシュメモリは著者が東芝に入社した1993年時点では全くマイナーな存在だった。金食い虫と揶揄され、事業として成立していなかったのである。社内でも将来性がないと見られ、当時はDRAMが主力なのでそこの技術者からうとまれていたわけです。それと、入ってすぐにはもちろん大事な仕事をまかされることもなく雑用ばかりだったという。話が違うよなという思いだったそうだ。

ちょっと話はそれるが、最近就活中の学生とある企業の面接官をやっている人と一緒に飲む機会があって、近頃の若者気質みたいな話題になったとき、多いのが自分が活かせるとか好きなことができる職場なのかみたいなことを言ったり、ひどいのは会社にはいって自分探しをしたいなんていうらしい。そんなことはあり得ないわけで、この本の著者のようにはじめはひたすら雑用をこなし、上司から言われたことを忠実に実行することが大事なのだと思う。

さて、入社3年目にバブル崩壊の影響で研究所の閉鎖という事態に直面し、研究員はみな異動させられる。ところが、研究をやめることなく陰で続けていたのである。そして、そんな中で彼はMBA取得のためにスタンフォード大学に留学する。技術者でありながらMBA取得という珍しいケースのため、会社でなかなか許可がもらえなかったのを説得して行くのである。このことが、後の単なる研究者ではなく事業の責任者になる素地を作ることになる。

留学から帰国すると待っていたのは、フラッシュメモリの大ブレークである。それはiPodの登場が促したものである。デジカメで普及が始まってはいたのだが、この携帯音楽プレーヤーで一気に伸びたのである。フラッシュメモリは消費電力が少なく壊れにくく、小型で大容量化ができることが買われたのである。

彼らの研究の成果が実ったのであるが、開発打ち切りを判断したかつての上司や、DRAM撤退で移ってきた幹部が手のひらを返したように自分たちこそフラッシュメモリの開発の立役者であるという顔をする姿を見せつけられるのである。事業に失敗した人たちが、成功しつつある事業に吸収され、組織の中で、成功の立役者の上に立つという日本の悪しき慣習である。これではやる気を失うに決まっているがまだまだ残っている。

こうして、仲間も会社を去り、著者も東大へ移って行くのである。この例が特別では全くない。むしろ、ぼくは東芝の人たちをけっこう知っているが、日本の大企業の中では比較的いい方で、かなり自由な雰囲気もあって大企業病が蔓延しているとは思えない。それでもこうしたことが起きていることを考えると、他の日本の企業は推して知るべしで問題は深刻だと思う。

結局、年功序列の人事制度もあるのだが、「個」を生かす仕組みができていないところ大きいと思う。このブログでも「日本企業にいま大切なこと」という本の批判をしているが、その中で「個を結集するチーム力」なんて言っているが、特に開発現場なんてでそんなことはあり得ないはずで、そもそも「個」をベースでしかイノベーションは起きないのである。日本の企業も「個」を生かす仕組みに変えていかないとますます世界から取り残されてしまうのではないだろうか。
  


 

2012年4月 6日

強いわ

昨日神戸で行われたキリン・チャレンジカップで日本女子代表は、世界ランク4位のブラジルに4-1で快勝した。前半16分に宮間のFKから相手のオウンゴールとなり先制点を奪う。しかし、前半ロスタイムにFKからブラジルに決められ同点で試合を折り返す。後半に入ると、13分に永里が頭で、16分には左サイドの華麗なパス回しから、永里に合わせそのシュートがこぼれたところを宮間が足で押し込む。とどめは、近賀の右からのクロスに菅沢が滑り込んでゴール。

まあ、ブラジルを圧倒したという感じだ。マルタという図抜けたの選手がいないとはいえ、五輪2大会連続銀メダルのチームを寄せつけない強さはいよいよ本物である。先のアメリカにも内容では上回る試合をしていたので、今回で金メダルの可能性にまた一歩近づいた感がある。しかも、大黒柱である沢の不在を感じさせない戦いぶりにチームとしての成長を見る。

もともと、日本のチームは組織力のよさを言われるが、今回の2試合をみていると個人の進化も大きいなあと思う。もともと力のあった宮間、近賀、大野、阪口、鮫島といったところはそれなりのプレーぶりなのだが、かなり向上がみられた選手に、永里、川澄、宇津木、熊谷といった中堅どころと言われる選手があげられる。

なので、チーム全体の底上げができたということだ。永里のポストプレーは世界一である。体の強さもさることながら、うまくボールキープができるようになった。ここでのタメがずいぶんと効果を発揮した。川澄は、スピードとテクニックが同時に融合されて結果、ボールを奪われる回数が減って、これまた別のタメのポイントとなった。

ぼくは、今大会前までは宇津木という選手を買っていなかった。なぜなら、テクニックに走ってカッコよくやろうとするし、そのためもあってかプレースピードが遅いという欠点があった。しかし、昨日のボランチではその欠点が解消されて素早い動きも備わってきてこれなら及第点が付けられる。熊谷はセンターバックから縦へのフィードの精度があがったということや自信を持ったからだと思うが非常に落ち着きが出てきた。

たしかに組織プレーも大事なのだが、その高いレベルの組織プレーを支えるのは当たり前のように個人能力なのである。その個人がそれぞれレベルアップしているのだからたのもしい限りである。若い選手もけっこういるので、これからなでしこジャパンは世界に君臨し続けてほしいと願っている。それはきっと、男子代表にもいい影響を与えることだろう。
 

2012年4月 7日

127時間

こういう単純でしかしインパクトがある映画はいい。なぜかって、しかめっ面して考え込むことも要らないし、頭の中にすっと入るし、ひたすら映画に身を預けることができるからだ。「127時間」は、断崖に腕を挟まれ動けなくなった男性の実話をもとに「スラムドッ グ$ミリオネア」でアカデミー監督賞に輝いたダニー・ボイルが監督をしている。

「スラムドッ グ$ミリオネア」もそうだが、アクションではないのにハラハラドキドキ感が満載で映画の醍醐味を味わうことができる。主演のジェームズ・フランコもなかなかいい。でも、出演者も少なくほとんどのシーンが崖でこりゃあお金がかかっていないとすぐにわかる。だから、むちゃくちゃコストパフォーマンスの高い映画である。

アーロン・ラルストン(ジェームズ・フランコ)は週末になると1人でロッククライミ ングを楽しむ青年で、ある日いつものようにユタ州にあるブルー・ジョン・キャニオンにいた。そこで突然過酷な運命に遭遇することになる。断崖に落ちたとき落石に遭いなんと右腕を大きな岩に挟まれてしまう。岩はいくら動かそうともびくともしない。

つまり、そのまま身動きがとれなくなってしまったのだ。崖の中では誰も来てはくれないし、声は外に届かない。しかも、彼は誰にも行き先を告げずに出てきたので助けに来る知り合いもいない。そう、彼は勝手きままに生きてきたのである。さあ、このまでは死を待つしかない。必死になってあらん限りの知恵を絞って脱出を試みるが焼け石に水である。

こんな風に追い込まれたとき人間はどうなるのだろうか。というか自分がその境遇になったらどんなふうになってしまうのだろうか。まずは自分だったら岩を削り続けるなとかサバイバルを考えるが、それがダメだとなると何が浮かんでくるのだろう。彼の脳裏には両親のこと、恋人のこと、子どもの頃のことが浮かんできて自分が心を開いてこなかったことを後悔するのである。

しかし、だからかえって生きたいと願うのである。ここらあたりの心の変化ややけにならない強い気持ち、明るくふるまうしたたかさといった心理描写をジェームズ・フランコがきっちりと受け止めてすごく好感がもてて応援してしまう。そして、ついに決断する。

この物語は実話だそうで主人公の青年は今でもアルピニストとして活躍しているという。だから、迫力があって究極のサバイバルを見せられ大変に感動した映画であった。
  
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2012年4月 8日

もしSIerのエンジニアがジョブズのスピーチを聞いたら(3)

さくらが満開だ。家の近くは桜の名所なので多くの人がハイキングがてら見物に来る。今日は天気もいいので絶好のお花見日和のようだ。ただ、桜も寿命があってこのあたりの木は老齢化してきて毎年少しづつ花の数が減ってきているのがさびしい。

さて、このシリーズちょっと間があきましたが続きです。先週末もあるソフトウエアベンダーさんと話をしていましたが、ユーザさんも含めて少しづつ現状のITの問題に気づいてきているようで、方向としては使う人が主導する、あるいは自分たちで作ってしまう形の進め方になっているように感じられた。

前回、上流と下流の分断の問題をソフトウエア開発のケースで論じたので、今回は業務システム開発のエリアの話をしましょう。まずは、業務システム開発とソフトウエア開発とでは明確に違うということを指摘したいと思う。大きな違いは、プロダクトアウトかそうでないかです。

業務システムというのは、特定のユーザの特定の要求により、その要求に答えるようにシステム構築を行います。一方、ソフトウエアというのは、不特定多数の想定ユーザために作り手側で要件を決めてプロダクトをあらかじめ作ってそれを売るということをします。だから、極論するとソフトウエアは使われなくてもいいというか、勝手に作ってしまうわけですが、業務システムは使われなったら意味がありません。また、ソフトウエアは自分たちがこうしたいというものを作るから当然コードを書かなくてはできません。

世の中この違いをあまり理解していないのではないでしょうか。もしちゃんとわかっているなら、なぜ業務システムでいつも特定のユーザの特定の要求に対して特定のコードを書くのでしょうか。まるで料理を作るその時に、醤油や味噌を一から作り出していつように思えてなりません。おそらくこの瞬間でも世界中で同じコードを多くのプログラマーが書いているのないででしょうか。だから人月の罠にはまるわけである。

なぜ、“コードはソフトウエアを作る時に書いて、業務システムはそのソフトウエアを使って組み上げる“ことができないのでしょうか。プログラマーは、役に立つ魅力あるソフトウエア(ツール)を産み出すことに自分のスキル、意欲を傾注したらいい。そして業務システムを作る人は、業務プロセス、仕事スタイルをデザインできる人がすればいい。後者こそ本来のSIerのめざすところではないでしょうか。こうすればユーザ自身に作らすことも可能になる。GoTheDistanceさんがブログの最後にこう言っています。

一番大切なことは「自分が使っていて楽しい、自分が作っていて楽しい」そういうサービスなりシステムなりに触れて、どのような問題解決をITで行うことが自己実現に繋がるのかを見いだすことだと思います。

これを誰に対して言っているかです。ここには前に言った混在があります。すなわち、「自分が使っていて楽しい、自分が作っていて楽しい」そういうサービスなりシステムを作るのは、プロダクトデザイナーとプログラマーです。どのような問題解決をITで行うことが自己実現に繋がるのかを見い出しお客さんに提示するのがSIエンジニア(ビジネスエンジニア)ではないでしょうか。

実はこの混同はソフトウエアベンダーにもあります。その象徴的な例として、BPMツールのことを言うと、BPMツールがなかなか売れていないのですが、その理由はソフトウエアを買うところとBPMを買うところが違うのです。つまり、ソフトウエアというのはあくまでシステム開発のフェーズで使うものとして捉えられるのでどちらかというと企業では情報システム部門が対象になります。

しかしながら、BPMはそうではなくて現実のビジネスに貢献できるよう業務システムをどう構築するのか、それをどうオペレーションしていくかが大事なので、当然のように事業部などの現業へのアプローチが必要になるわけです。ここは、システムの作り方も売り方も違っているわけです。

要するに、上流・下流の分断の問題ではなく、最大の問題はIT業界全体が顧客ニーズがわかっていないということに尽きます。顧客の定義さえできていないし、提供すべき商材の意味も理解していないから、ユーザが欲しくないものも一から作りだして結局使われない。それではそこで働く人たちにとって何のために自分のスキルが活かされているのかが見えない悲劇であるということになります。そこにはそもそもITとは何かという根源的な問題も潜んでいるように思えます。この話はまた次回に。
  

2012年4月 9日

もしSIerのエンジニアがジョブズのスピーチを聞いたら(4)

この話は最後になります。これまで上流・下流の分断の話が、ソフトウエアの開発と業務システムの構築の混同により、議論がちぐはぐになっていることを指摘した。つまり、業務システムを作る商売をしているSIerがソフトウエアを作ることと勘違いして、相変わらず業務システムのためにプロジェクトごとにコードを書いていること、ソフトウエアのようなプロダクトアウトの発想であること、また顧客ニーズをわかっていないことのために起こっている問題なのであって、まずはそこの勘違いを正すことではないでしょうか。

そもそも業務システム“開発”というところで間違っているのである。業務システムは開発するものではありません。ITが無くても業務システムは厳然として存在するわけです。もちろんIT化プロジェクトで新たに業務システムを開発することもありますが、それはIT化とは別の問題です。ですから、開発された業務システムを効率的に、円滑に動かす仕組みを”構築”するというのが正しいのではないでしょうか。

要するに、ITは何かという根源的な問いに対する答えがこんなところにもあるように思います。これは、何も業務システムやビジネス向けに限ったことではなく、ソフトウエアやコンシューマ向けアプリにも当てはまるはずです。さて、ここでスティーブ・ジョブズにご登場願おう。

僕にとってのコンピュータは、人間が考えついた最も素晴らしい道具なんだ。それは知性にとっての自転車に相当するものだ。                            -Steven Paul Jobs-
ジョブズが言っている言葉の中でキーになるのは、「道具」ということと「自転車」ということだと思う。強調したいのは単に人間がやっていることを代行するものとしてではなく道具としてのITであるということ、自動車ではなく自転車であるということなのである。あくまでITの使い手として人間がいるということであり、自動車では人が乗せられてしまう、使われてしまうイメージなのではないでしょうか。知性の自動車ってあり得るのでしょうか。

さて、この言葉もう一度かみしめてみるとおもしろい。自転車を作る人と自転車に乗る人を考える。みなさんもうお分かりだと思いますが、自転車をつくる人、つまり機能や構造をデザインしてそれを製作する人がソフトウエアエンジニアでありプログラマーです。その自転車に乗ってどんなライフスタイルを実行するのか、どんな仕事をするのかをデザインしてスタイルを確立するのがユーザ自身であり、それをサポートするSIエンジニアでありビジネスエンジニアです。

さて、SIerにいるエンジニアのみなさん、あなたはどちらのエンジニアをめざしますか?と言ったところで、こうしたキャリアパスがないので無理なことを言うなという声が聞こえてきそうです。ですから早急に作ってもらいたいと思いますが、そのためのビジネスモデルの変革や制度設計ができていないのが大問題ですね。

どうしたらよいかは、地道だがユーザの声を徐々に反映し、大きな流れにしていくということだと思う。これだけビジネス環境の急激な変化やグローバル化の嵐にさらされている企業はすでに声をあげ始めています。もちろん大前提は、供給側が顧客ニーズを吸い上げた本当にビジネスに貢献する、日常の仕事に役に立つ業務システムを少しづつでいいから提供し続けて、それができるエンジニアを増やすといった対応を行っていくことなのだろう。

だから、大事なのは問題解決型にしろ、仮説検証型にしろ、問題と仮説の設定がすべてといっても過言ではない。そこを間違わないようにしよう。従来の延長で考えるのをやめよう。実は、問題や仮説はそのときの置かれている環境に大きく左右される。時代はものすごいスピードで変化している。そういう意味ではWebの世界に較べて業務システムのエリアの硬直化は目を覆うばかりだ。若い人がなぜそれに気づかないのだろうか。そこに日本のITの未来はある。
  

2012年4月10日

僕達急行 A列車で行こう

森田芳光監督の遺作となった「僕達急行 A列車で行こう」を観る。主演が今をときめく松山ケンイチと瑛太である。この二人が鉄道マニアに扮して恋や仕事に活躍する姿を描いている。森田監督が長年あたためていた題材だそうでもちろん脚本も自分で書いている。森田作品は当たり外れがあるけどまあ当たりの方だろう。

最近、この手の映画がありそうでないなあと思いだした。この手というのは、ほんわかした感じでいい人ばかりが登場して適当に笑わせてくれてハッピーエンドという作品で「釣りバカ日誌」とか「ロボジー」の系列かもしれない。でも主人公たちはいいかげんではなく、まじめで仕事もできるとい点ではちょっと違う。

丸の内の大手デベロッパーに勤める小町圭(松山ケンイチ)と蒲田の小さな鉄工所の2代目である小玉健太(瑛太)は、ふとしたきっかけで出会う。二人はバリバリの鉄っちゃんであるが、単なる鉄道好きではなくて、小町は車窓の景色をみながら音楽を聴くこと、小玉は鉄工所の跡取りだからか金属に異様な執着をもつことというようにまた一段とマニアックなのである。

ある事情で、小町が小玉の社員寮に引っ越してくるが、すぐに九州支社に転勤になる。そこからストーリーが拡がっていく。二人には、仕事上の使命や悩みと恋の行方も気がかりなのである。小町は、九州支社の立て直しということで食品会社の工場建設と用地取得が命じられているがそこの社長がなかなか承知してくれない。恋の方は眼鏡店に勤める女性に迫られているが、いまいち乗り気でもない。

一方、小玉の方は大型機械の導入のために融資を受けたいのだが銀行がなかなかうんと言ってくれない。このまではじり貧になってしまうと懸念している。最近お見合いをしたが断られてしまい落ち込んでいる。

あるとき小玉が九州の小町を訪ねて二人で鉄道の旅を楽しむのだが、そこでであった鉄道マニアのおっさんが、実は件の食品会社の社長だったというので話はとんとん拍子に進み、しかも新工場建設に必要な機械部品の製作を小玉鉄工所が請け負うことになり、その結果銀行からの融資がうけられるという万々歳の進行である。

ただ、恋の方は仕事のようにうまくいかない。まあ趣味には入れ込むのだが女の子にはなぜか煮え切らないから去っていってしまう。てなストーリーで途中に小ネタがはさまったり(伊東ゆかりが小玉の見合い相手の母親役で出てくるのだが、小指を噛んでみせるしぐさには笑ってしまった)、笑いがちりばめられている。

まあ、緩いといえばゆるし、甘いといえば甘いし、縁は異なもの味なもの以上のあり得ない結びつきに驚かされたりもするのだが、世知辛い世の中にこんな話もあってもいいじゃないかと思うのである。ただ、若者がみんな趣味に生きるなんて言われても困るのであるが、二人とも仕事ができるという点で救われる。そこがこの映画のよさである。
  
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2012年4月11日

日本企業にいま大切なことを見直す(7)

このシリーズ化したエントリーは、「日本企業にいま大切なこと」(野中郁次郎、遠藤功著 PHP新書)という本を読んで感じたことを記したものである。どうも、かつての日本の良さを呼び戻せ的な発想ではこのグローバル化した世界で沈んでいってしまうのではという思いから書いている。確かに戦後の高度経済成長時代は世界に冠たる日本企業、特に製造業であったが、いまの時代は戦うリングもルールも変わったにも関わらず昔のワザで戦えとおっしゃっているようで違和感があるのだ。

今回からは第Ⅲ章ということでタイトルが「スティーブ・ジョブズに学ぶ「日本型リーダシップ」になります。そして、サブタイトルの最初が「意思決定のスピードをいかにあげるか」です。そして、野中先生は「社員をその気にさせる「大ボラ」を吹け」ということで、プロデューサー的リーダの必要性を説いています。

強い思いで世界を変えるというビジョンを発信し、巧みなレトリック社員をその気にさせるのがそのプロデューサーの仕事であるので「大ボラ」を吹けとなるのだそうだ。日本のリーダ特に大企業のリーダは概して不得手のところです。韓国のサムスンの例を引き出すまでもなく意思決定のスピードをあげるには直轄統治が重要なのですが、日本の企業では間接的にやるためにどうしてもにぶってしまうのだろう。

ただ、ジョブズのようなプロデューサー型のリーダを養成すればいいという話ではなくて、リーダそのものもさることながらもっと構造的な問題が横たわっているように思える。それと、そもそも日本人はコンセプト形成能力が劣っているから、大ボラが吹けないのです。大ボラというのは、世界を自分のコンセプトで標準化してしまおうということとも言えて、ジョブズはそれをやったののである。日本の企業はこれができない。

遠藤先生は、「「職場」という単位に回帰せよ」という何とも錯誤的な表現なのですが、要は「現場発のイノベーション」を勧めています。「木を観て森を見ない」というより「木を見ていない」「見ようとしない」ことのほうが問題だとおっしゃっているわけです。日本的な「知の創造」は「職場」という“場”で起こるのだそうだ。「経営」と「現場」の一体感だという。

「カンブリア宮殿」というテレビ番組に登場する経営者はほとんどがこうしたことを言いますが、実は、経営者自らが現場に足を運んで自分の目で見て、方針を立て実行するパターンです。従って、「職場発のイノベーション」とちょっとわけが違うように思う。もちろん現場の改善といったことは、職場でできますが、イノベーションというと無理なのではないでしょうか。

今の日本企業の職場で突出してイノベーションを起こそうとすることがどれだけ難しいかです。そんなことをしてもし失敗したらどうなると思いますか。そんなリスクを冒すよりじっとしていた方がよっぽどもいいという空気が蔓延しているでしょう。二人の先生は成功した稀有な現場しか知らないのではないでしょうか。

また、「職場発のイノベーション」は野中先生が言われる「社長直轄のイノベーション」と矛盾するといえば矛盾するわけで、やはり日本はトップダウンが弱いからだとなりそうです。しかし、だからといって強いリーダシップで再び日本の強さが蘇るという単純な話ではなく、例えばこの時代にあった新しいボトムアップの仕組みを作り、グローバル標準を意識した中で日本的な特徴を出すといった取り組みも必要なのかもしれない。
  

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2012年4月12日

【IT雑感】取り残されたプロセス目線

コンピュータが登場してからもうだいぶ経つわけですが、このコンピュータを搭載したITが様々なところで人間がやっていたことを代替してきました。ほとんどがこの代替機能であったということが言えると思います。ですから、システム化という表現もするのですがITがあったからシステム化できたというより、もともとあった人間のやっている”システム”の一部をITで代替しているというほうが当たっているように思います。

つまり、人間がやるよりも早くできるとか、より多くの処理ができるとか、より高度な計算ができるとかといった効率化が主でした。さてそういった代替はどんな場面で起こってきたのでしょうか。コンピュータの元々の使い方は“電子計算機”ですよね。つまり、そろばんや電卓の替わりに高速で大量の計算をやってくれるものとして登場したわけです。

そして30年近く前のころは、経理部電算課という名前があったように経理の人たちがそろばん片手に決算をやっていたのをコンピュータがやるようになって格段に決算業務の効率化が図られました。様々な事業、業務から発生した仕訳データを集約して、格納して加工して会社の成績をはじき出すことをしていました。

その一方で、個人の労働生産性向上ツールとコミュニケーションツールとしての位置もだんだんと確保していきます。前者の代表はマイクロソフトオフィスで、後者は電子メールです。それに加えるようなものとしてグループウエアやインターネットといったものが入り込んできました。

手書きで書いていた文書や表がITツールに置き換わっていき、電話やFAXに替わって電子メールが行き交うようになったわけです。さらに、キャビネットにあったキングファイルは少しづつ減り、手帳がITの中に収まり、ダイレクトメールやチラシがWebサイトとなってきました。こうして、計算機能と個人の労働生産性向上機能はITの恩恵を非常に受けて大きな進歩をとげたのです。

ところが、取り残されたところがあります。それがプロセスです。そこにコンピュータはどう入り込んでいるのかという観点でながめた時になかなか見えてこないのです。前にみたように従来のやり方はどうしていたのかを考えてみると、帳票に行き着きます。帳票というのは帳簿と伝票ですが、この場合は伝票のことになります。帳簿はストック表現で伝票はフロー表現です。

ですから、プロセスというのは伝票を回すことで成立していました。それがITに置き換わっているでしょうか。部長の机の上にある決裁伺い箱はなくなったでしょうか。いや、人事や総務に出す申請書なんてはペーパレスになっていますよと言われるかもしれないが、それは個人プレーのワークフローであって、ここでは組織としてのチームプレーのことを言っています。

伝票がなぜあるのかというと電子化されたシステム間をつなぐものとして存在しています。この電子化されたシステムというのはいまでもほとんどの場合データベースアプリケーションになっているので、その間の受渡しに伝票を使わざるを得ないわけです。

だいぶ前になりますが、SAP導入を先進的に行った会社にヒアリングに行った時の衝撃を今でも覚えています。最初はアドオンを極力避けたいということで始めたのに結果大量のアドオンが発生してしまうのですが、なんとその7割が帳票だというのです。ERPを入れても帳票が減らないのです。

ということで、どうもITがプロセス機能を代替してくれていないのが現状のような気がします。これまで取り残されてきています。ですから、大切なのは“真の伝票レス”の仕組みを作ることかもしれません。それがプロセス志向アプローチのめざすところなのです。
  

2012年4月13日

コンサルティングの成果が紹介されました

昨日のソフトバンクの「ビジネス+IT」に先月の「BPMフォーラム」のセッションで発表した事例についての記事が掲載されました。「ある油圧機器メーカー社長が掲げた「特注品で売上を伸ばす」を実現したBPMの取り組み」と題した内容で日本BPM協会の岩田アキラさんの「BPM推進フレームワーク」の紹介に続いて、ぼくが一昨年と昨年に参加した「業務見える化」プロジェクトの成果を発表したことについて書かれています。

1ヶ月以上も前なので今ごろかとか、記事のジャンルがコスト削減だったといったツッコミはあるにしても、こうして記事にしてくれたことは単純にうれしい。フォーラムでの話は「BPM推進フレームワーク」に準じて実行したら成功しましたという流れですが、実際には同時進行といった方があっていて、つまり、実際のプロジェクトをやりながら、一方ではフレームワークの作成も行っていた。

まあ、結果的には推進フレームワークに則ったやり方だった、あるいは実際にやって効果を出したことをフレームワークに反映させたということになります。これはぼくが両方にかかわっていたからこそとちょっぴり自負しています。 今ではBPM協会の「BPM入門セミナー」でも紹介されています。具体的な事例があるのとないのとは雲泥の差があります。掛け声だけでは説得力がないのでこうした事例を交えた進言が意味があるのです。

事例があるというのは、ただやってみましたということではなく、きっちりと成果を出さなくては意味がありません。記事に出ている会社ではすぐに成果が定量的にもでてきたという成功例です。それが、単に業務プロセスを見える化したからだけではなく、経営者のリーダシップ、進取の精神に富んだ企業風土の醸成、情報共有・コミュニケーションの活性化、技術・ノウハウの継承、人材育成など多くの要因によって達成されています。

ですから、コストダウンという即物的なジャンルで括られても困るのですが、非常に参考になる取り組みです。日本の中小企業が強くなるヒントが詰まっているように思います。(大企業にも当てはまると思いますが、組織の壁と決定のスピード感のなさ、リスクテイクできない体質という問題が横たわっていてすぐの実行は難しい)現在も続いていますので、また新たな成果が出たら紹介していこうと思います。

2012年4月14日

太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男

太平洋戦争を日米双方の視点から描くというと、クリント・イーストウッドの「父親たちの星条旗」、「硫黄島からの手紙」を思い浮かべるが、この「太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男」も同じような手法であるが、一本の映画の中に含まれている。太平洋戦争で両国間で激しい戦闘を繰り広げたサイパン島で起こった物語である。

実在の日本人の大場大尉にまつわる話で、敵からフォックスと呼ばれ恐れられ、たった47人の兵士で45,000人の米軍を翻弄し続けた、映画はその戦いぶりを描いている。監督が日本サイドは平山秀幸で、アメリカサイドはチェリン・グラックが担当している。主演は大場大尉を演じるのが竹野内豊、共演が唐沢寿明、井上真央、山田孝之らである。

ストーリーは、太平洋戦争の末期も末期にサイパン島でアメリカ軍に玉砕した日本軍であったが、生き残った兵士を統率して大場隊は山に籠りゲリラ戦を継続するのであった。その戦いぶりは、よく統率された巧妙な戦術をもって大部隊のアメリカ軍に敢然と戦いを挑んだので“フォックス“と呼ばれたのである。

戦争を知らない子どもたちであるぼくらにはかすかに聞きずてされたことではあるが、たしかにこんな日本人がいただろうことは想像がつく。ただ、今の若い人にとっては理解の外かもしれない。皇国日本が負けることはないと叩き込まれ、死ぬまで戦うことを誓った兵士にとっては、ある意味当然の行動であり、大いなる思想があったわけではなく、戦いのプロとしてふるまっただけなのかもしれない。

映画では、フォックスと呼ばれるほど戦術に優れ、巧妙さ、悪く言うと狡猾さを持ち合わせているようには描かれていないので、少し違和感がある。悩める隊長さんという感じに映っている。結局、アメリカ軍に捕捉されてしまうのだが、あくまでも誇り高く、その点では少しばかり日本人として感動する。でも、自害したりさらに抵抗を続けた者もいたと思うと戦争のむごたらしさを思う。

戦争映画というのは、もちろんある断面でしかあり得ないのだが、どうしても戦争なのにこんなことがあった、戦争の時でさえこんなやり方をしたといった好感をもった捉え方になることが多い。本当は、変な言い方だがまるで戦争そのもの、戦争のいやらしさを具現化したやつといった人々も数多くいたわけだが、それは映画にはならない。特に時間とともに風化してくると美談的な色調が強くなるので注意したいものである。とはいえ、さっきも言ったように毅然たる日本男児に泣けてくるのである。

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2012年4月15日

リスクに背を向ける日本人

日本人がリスクを避ける傾向が強いことはよく言われる。あるいは、決められない日本人という言い方にもつながるかもしれない。そんな観点から日米の社会学、社会心理学の泰斗である山岸俊男とメアリー・C・プリントンが語り合ってできた「リスクに背を向ける日本人」(講談社現代新書)を読む。

山岸俊男は、「安心社会から信頼社会へ」(中公新書)という名著を残した北海道大学教授で、実験や調査による研究は大変評価できると思っている。一方のメアリー・C・プリントンは、ハーバード大学の社会学部長で日本にも精通した人です。二人は旧知の間柄で、そのため忌憚のない意見の交換でなかなか面白い。大きな章立ては次のとおりである。

1. 日本を覆う「リスク回避傾向」
2. はしごを外された若者たち
3. どこで自分を探すのか?
4. 決められない日本人
5. 空気とまわりの目
6. なぜ日本人は子どもを産まないのか?
7. グローバル化の意味
8. 女性の能力を生かすには
9. ジャパン・アズ・ナンバースリー

こう書くと、答えというか書かれていることが知りたくなりますよね。ではかいつまんで。最初の日本を覆う「リスク回避傾向」ということでは、常識的には、アメリカ社会の方が日本社会よりリスクが大きな社会だとされているが、2人とも逆だという。それは後の方でも出てくるのだが、雇用の安定という面でみるとわかりやすい。

日本では雇用の安定とはクビをきられないことを指すので「今の職を失ったらやっていけない。だから今の職を失うようなリスクをとるわけにはいかない」となる。でもこれではリスクが大きな社会でもあるわけで、逆にアメリカのようにクビを切られても、すぐに新しい職がみつけられればある意味こっちの方が雇用が安定しているという見方もできる。この本の中心的な話題もこのあたりにあって、要は現在の仕事にしがみつく生き方ではなく、能力を高めながら積極的に自分の機会を生かす生き方を勧めている。

それにしても、日本人の「リスク回避傾向」がデータでも現れているのには驚く。「世界価値観調査」というのがあって、その中に「「自分は冒険やリスクを求める」のカテゴリーに自分が当てはまらないと思っている人」というのがあって、その割合が日本人はトップである。70数%の人がそう思っているとは驚きである。もちろん先進国では断トツだ。これからも日本人はリスクを回避したがる国民であると言える。

次の「はしごを外された若者たち」では、メアリーが面白いことを言っている。日本では1980年終わりまでは、高校生が就職を希望すると「安定したかたち」で職を得ることができた。先生がちゃんと紹介してくれて、企業にとっても優秀な生徒をとれるという相互にメリットのあるシステムだったわけです。

ところが、バブル経済崩壊後、正社員の数が減り、製造業からサービス業への転換が始まり、さらに大学進学率が上がったため、「安定したシステム」が機能しなくなったのです。こうして、いまの高校生はスムーズに正社員になる道が閉ざされてしまった。これが「貧困の文化」の一つの重要な原因だとメアリーは説く。

そして、次のような4つの解決策を提示している。要するに再チャレンジ可能な社会だ。
1. 企業の不当行為から若者を守る
2. 社会の信頼感とウィークタイズの基礎を強化する
3. 若者の対人関係能力を育成する
4. 「場」に帰属しない生き方を認める

残りはまた次回に。
 

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2012年4月17日

リスクに背を向ける日本人(続き)

「リスクに背を向ける日本人」(山岸俊男、メアリー・C・プリントン著 講談社現代新書)についての続きです。「どこで自分を探すのか?」では、ハーバードに留学している日本人が2008年度ではたった5人だという話から始まって、ロスジェネと呼ばれる若者に言及する。

ここで出てくるのが「自分探し」である。ぼくもこの言葉があまり好きになれなくていたが、山岸さんがこんなことを言ってくれたので賛同です。まさにそうですよね。

自分探しをする若者たちは、「ほんとうの自分」というものがあるはずだと思って、それを探そうとしていて、「ほんとうの自分」を見つけることさえできれば、何をしたいか分かるだろうと。でも、そもそも「ほんとの自分」がどこか心の奥底にあると考えること自体がおかしい。「ほんとうの自分」はそこに「ある」ものではなくて、「作る」ものなんだから。

「決められない日本人」といういのは、決められない日本人の弱点をどうしたら直せるかを考えているので興味を持って読む。最近の政治家にも向けられているが、どうして日本人は決められないのか決めようとしないのだろうか。これについて、山岸がおもしろい実験結果を披露している。

二人一組で、ひとりがお金を分配し、もうひとりがお金を受け取るという独裁者ゲーム実験の派生実験であるが、お金を分ける役割と、お金を分けてもらう役割のどちらになりたいかをたずねたのである。何と35%の人が分けてもらうほうになりたいと答えたのだそうだ。これにはメアリーもアメリカ人ではあり得ないと言っていた。つまり、お金を分けるのは責任が伴うわけで、そんな行動はとりたくない、できることなら何も自分で決めたくないという日本人が多いということなのだ。

山岸は「デフォルト戦略」という言葉を使っているが、日本の社会では周りの人から嫌われたくない、嫌な奴だと思われないようにするのが無難な行動なのである。これってよくわかりますよね。まあまあまーとか、当たり障りのないように、皆さんがそれでよければとか、そんな行動が結局いちばん得策だというのだろうが、それではこれからの時代生き残れないような気がする。

次の「空気とまわりの目」でもおもしろい実験を紹介してくれる。「まわりの目を気にする程度」を調べる質問があって、それに答えてもらってその人の傾向を調査するのだが、先に言った独裁者ゲームでお金を平等に分配する人は協力的な人、自分だけでお金をひとり占めしてしまう非協力的な人、あるいは利己的な傾向が強い人ということにして、その質問の答えを分析した。

どうなったと思いますか。普通はまわりの目を気にする人のほうが協力的だと思いますよね、ところが逆なのです。つまり、まわりの人たちから悪く思われるんじゃないか、まわりの人たちから受け入れられないんじゃないかと気にする人のほうが、そうしたことをあまり気にしない人よりも利己的に行動していたのだ。これは、実験室でおこなっているので、ひとの目につかないところでは「旅の恥はかきすて」というわけである。

さらに、こうした研究の結果、自分の好みや意見をはっきり持っているような「独立的」な傾向の強い人の方が、他の人と協力することの大切さを理解しているという結果も出ている。このあたりもよくわかるのだが、日本では独立性というか個人主義的な人を嫌う傾向がりますが、そんところにも日本人の“空気感“が醸成される素地があるようにも思える。

さて、まだまだ面白い話があるのですが、この辺にして、両者が最後に一言を述べているのでそれを紹介して終わります。

メアリー「行動するのが一番ですよ!」
山岸「社会だとか文化だとか、自分を外から縛りつけているように見えるものは、全てみんなで寄ってたかって作り出している幻想なんだ。幻想はみんなが信じているかぎり現実を生み出し続ける。だから、みんなで「王様は裸だ!」と叫ぼうじゃないか」


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2012年4月18日

日輪の遺産

また戦争末期の物語である。「日輪の遺産」は、国内においてあの玉音放送があった前後を中心に描かれている。浅田次郎の同名の原作を佐々部清が監督をしている。この監督は波のない安定した結果を残す監督さんだなあと思う。「チルソクの夏」、「四日間の奇蹟」、「カーテンコール」という下関三部作をはじめ、「半落ち」「出口のない海」「夕凪の街 桜の国」「結婚しようよ」、「ツレがうつになりまして。」とそこそこの作品を作り続けている。本作もまあまあである。

映画は、イガラシという名の元進駐軍通訳の回顧話から始まる。ちょっと余談だが、この元通訳を演じたのがミッキー・カーチスで、彼の本名が五十嵐信次郎である。そして、最近「ロボジー」という映画で初めて本名で主演をはったのである。その通訳が偉大な3人の日本人がいたという話を記者にする。さらに、その話に出てくる女学生の久枝(八千草薫)の懐旧談へと受け継がれる。

昭和20年8月10日、帝国陸軍の真柴少佐(堺雅人)は、小泉中尉(福士誠治)とともに軍のトップに呼びだされ、ある重大な密命を伝えられる。そして後に久枝の夫となる望月曹長(中村獅童)と共に極秘任務を遂行することになる。その任務とは、日本軍が秘匿する 900億円(現在の貨幣価値だと約200兆円)もの財宝を、秘密裡に陸軍工場へ移送し隠せというものであった。その財宝は、山下将軍がマッカーサーの持っていたものを奪取したのだという。

勤労動員として運搬を手伝わせたのがある高等女学校の女生徒20人と先生(ユースケ・サンタマリア)であった。しかし、女学生たちは何も知らないといえ大変な国家機密であるため、任務終了後は過酷な結末が用意されていた。それを知った真柴は命令した軍の重鎮に助けるように懇願するのだが、誤ったのか意志としてかわからないのだが久枝を除く19人と先生が死を選択する。

大事なここのところがよくわからないので困った。彼女らにだまして飲まそうとして置いてあった青酸カリがいつのまにか女学生の手に渡っていたのである。飲まさなくてもよいように許諾を得たのに最悪の結末になってしまう。単純にそんなに簡単にみつかるところに置いておくなよなと思ってしまう。

というふうに、どうもあり得ない話が多くあれえと首をかしげたくなる。大きな箱に入った金を女子学生で運べるかとか、戦後の復興のために隠すんだといっても隠したら使いものにならないんじゃないとか、何となく嘘っぽいのである。それと、真柴少佐の隊長さんぶりが、堺雅人の印象もあってか優柔不断で頼りないのである。ここのところは、「太平洋の奇跡」の大場大尉とは違う。

続けて戦争末期ものを観たのだが、いずれもあの時代に無名だがこんな日本軍人もいたというトーンで、それはそれなりに感動するし、同じ日本人として誇りにも思うのだが、素直になれないのは戦争映画の宿命なのかもしれない。
  
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2012年4月19日

日本企業にいま大切なことを見直す(8)

最近、野中郁次郎先生と一緒に活動されている方とあるプロジェクトで一緒になったので、「日本企業にいま大切なこと」について批判的なエントリーをしている身にとっては筆先が鈍ってしまうかもしれないなあと思いつつ、あと2回ですが切り込みたいと思います。

このシリーズの今回は、「優秀なミドルをどう育てるか」がテーマです。野中先生の掲げるサブタイトルが「リーダは自分の夢や失敗談を語れ」である。これからトップになろうか、あるいはトップを補佐する、また新たな価値を生み出すプロデューサーとなるのは優秀なミドルだという。

ただ。ちょっと気になるのは、ミドルっていったい誰だということである。年齢的になのか、立場上なのか、どうも旧来型の組織体系でいうところの部長とか課長ということのように聞こえてくる。つい年功序列的なヒエラルキーを想起してしまう。

それを証明するかのようにこんなことを言っている。「かつては、ミドルマネジメントが非常に戦略的なポジションをとっていたのが日本経営の特徴でした。それによって、トップのビジョンとフロントの実践力をスパイラルアップする「ミドルアップダウン」が成立した」と。そして、トップが夢や失敗談を語ってミドルを鼓舞せよという。おそらく、経済成長時代はそれができたかもしれないが、それを現代に復活させろというのは無理がありそうだ。

ところで、皮肉っぽく言うと、自分の夢や失敗談を語れというが、いまの日本の大半の経営者は、夢も持ったことがなく、それゆえ失敗したこともないのではないだろうか。だいいち、失敗したら経営者になれないのが日本企業の特徴である。敗者復活のない社会だから、そもそも失敗談は一回きりだし、失敗したひとは浮かびあがれないのである。

一方、遠藤功先生も同じように、ミドルを育て、ミドルを煽り、ミドルを活かす-日本型リーダーシップの真髄はそこにあるのだという。だが、これまで日本の屋台骨を支えてきた「ミドル」がいま、大きな問題を抱えていて、活性化していないと指摘している。それは、ミドルが変わっていないことではなく、まわりのビジネス環境が急激に変化したのに適応できていないからだろう。

だから、昔のミドルのあり方を復活させたところで時代遅れでしかないのである。遠藤先生のサブタイトルが「現場が元気な会社は「ノリ」がいい」なので、失われた20年は日本のミドルが元気を失った歴史であって、現場の「ノリ」が悪くなったのだという。それができなくなったのが、アメリカ的な合理主義がどんどん入ってきて、ムダを徹底的に排除する風潮になったからだというがそうだろうか。もしこれが本当にできていたらもっと日本経済はよくなっていたかもしれない。

結局、ここでもまた高度経済成長時代のノスタルジーが感じられ、会社というムラでみんなが助け合い、コンセンサスを重視した経営が、このグローバルで低成長時代にマッチしなくなったことを置いといて、かつての成功体験をそのままいまに持ってこようというのがどうも同意できないところである。
  

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2012年4月20日

東西三人会

ここのところ仕事のほうが忙しくて、映画館にも足をはこんでいない。ましておや、落語会もだいぶご無沙汰していた。昨日はやっと一段落したので久しぶりに国立演芸場で行われた「東西三人会」に出掛ける。この三人というのが、東が柳家小里んと古今亭志ん橋、西が笑福亭松喬である。今回が46回目というからかなり長く続いている。

しかし、今回は特別かもしれない。松喬さんが病気入院後の復帰戦だからである。先月の大阪での「東西三人の会」をスキップしたのである。昨年末に肝臓がんがみつかり、抗がん剤の治療を行っている最中である。4月10日に3度目の入院から退院してきたばかりである。

ぼくは、この話は「M」のママから聞いていたので驚きでもなかったが、昨日のマクラでこの話をしていた。実は、けっこう深刻な話なのだが(何しろ末期がんとまで言われたそうだが)、それを笑い飛ばす姿にはさすが芸人と大きな拍手が響いた。診断結果を奥さんと病院に行って医師からあなたのヨメーはもうないかもと言われて、「せんせ、ヨメここにおます」と言ったとかで、本当は笑うところではないのかもしれないが声を立てて笑ってしまった。

師匠曰く、がんに勝つためには免疫力を高めることが大切で、それには笑うことが一番だと言った後、つまらなくても笑ったほうがいいですよと落としてくれた。その松喬さんは、笑福亭の十八番ということで「富くじ」を演じた。病気療養中と言いながら、声にもはりがあり、相変わらずのノリで楽しませてくれる。

小里ん師匠は今回は先鋒なので、軽く「提灯屋」で相変わらずの調子で聞かせてくれる。ここのところ独演会にご無沙汰していたので久しぶりだったが、だんだん円熟味が増してたようだ。小里んさんと松喬さんの間に林家正楽の紙切りが入って、別のなごみがあっていい感じである。

トリは古今亭志ん橋師匠の「柳田格之進」である。こちらのほうは、古今亭のオハコで志ん生、志ん朝の得意とするところの人情話である。これを志ん橋さんが1時間じっくりとしゃべった。笑いも少なく講談に近い噺であるが、こういうのもいいものだ。ということで、三人三様のネタでそれぞれの特徴が出ていてなかなかいい落語会であった。まだまだ松喬さんにがんばってもらい続けてほしいと思う。
  
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2012年4月21日

ノマドとは

情熱大陸というテレビ番組はぼくが見る数少ない番組のひとつである。他には、カンブリア宮殿、TVタックル、アド街ック天国、後はサッカー番組ぐらいである。先日その情熱大陸で安藤美冬という女性が出演していた。その中で彼女のような働き方をするひとをノマドあるいはノマドワーカーという。ノマドの訳は遊牧民である。

2年前まで一流出版社(集英社)に勤めていたが、会社を辞めてフリーランスという肩書きとなり、事務所ももたずソートパソコン片手にカフェを渡り歩いて仕事をしている。TwitterやFacebookで情報を発信しつつ、仕事も舞い込んでくるのだ。そうしたスタイルをみていると自由でいいなあとあこがれて、つい自分もできるかもと錯覚してしまうが、本当にそんなことで食って行けるやつはほんの一握りだと思う。

だって、大前提はネット上で名が知られていなければいけないし、そのまた大前提として、名が知れわたるようなコンテンツやスキルを持っていなければいけないからである。だから、エッジが立ったユニークなヤツがノマドワーカーとして生活できるのです。普通の人間がなろうにもすぐに破たんしてしまう。

このノマドワーカーということはだいぶ前に佐々木俊尚さんが「仕事するのにオフィスはいらない」(光文社新書)という本でノマドワーキングのすすめを説いている。おそらく安藤美冬も読んだと思うが、そのころから、徐々にその類の人種が登場してきたようだ。ぼくもその本を読んだ後に自分の生活もノマドワーキングに近いというエントリーもした。

だから、ここでノマドの仕事の仕方とか、お役立ちツールはなんて話はもうしない。番組で彼女が言っていた「ノマドというのはひとりでは完結できない、それぞれの専門性をとかスキルを持ち寄ってプロジェクトベースで人や資金が集まって、そのミッションが終わればまた解散していく」というのがちょっとばかしひっかかったのである。

これだけ聞くと、別にノマドでなくても企業内でもないこともないなあと思えて、例えばシステム開発だとかプラント建設なんてはまさにこんなプロジェクトである。だから、単にプロジェクトに社外から参加してもらった人がノマドだったというだけのような気がする。まあ、好きな時に好きなことをするんだから違うでしょと言われそうだが、プロジェクトに入るとそんなわがままは許されなくなることもあるはずだ。ということで、変な言い方だけど本当のノマドというのは自己完結型の働き方なのではないだろうか。

つまり、企業とか組織体での人間関係のわずらわしさや複雑性を嫌い、基本ひとりでやりきってしまうのがノマドなのではないかと思いだした。自分ひとりで考えたアイデアで自分ひとりの手で商品を作って、それを市場に出しお客さんに買ってもらい、その収入で暮らしていくという生活のことである。彼女のように仕事の依頼を待つのではなく、自ら作り出していくという行き方である。

少し飛躍するが、ロンドン五輪の男子マラソン代表に決まった藤原新という選手をご存じだろうか。今年の東京マラソンで終盤に追い込んで2位に入り、賞金とBMWを獲得したが、彼はどこにも所属せずにフリーで、賞金で生活している。(実際には奥さんに食べさせてもらっているようだが)ぼくは、彼を見てついにノマドランナーが出現したと思ったものである。

まさに自己完結型スタイルですね。まわりから強制されない、まわりに気を使わない、そんなことの方が好きなときに好きなことをするということより先にあるような気がするし、それが自由ということだと思うのだがどうだろうか。もちろん自己責任というのはついてまわるのは当然であるが。どうもうちの社長(息子)を見ているとそんな気がするのである。
  

2012年4月22日

53年ぶりのクラス会

昨日は何と53年ぶりとなる小学校のクラス会があった。それも卒業の時ではなく、2年生から4年生のときのクラス会である。他人に話すとみな珍しがられる。それだけ、印象深いクラスであった。なぜ印象深いかというと、先生の存在と生徒のバラエティに富んだ仲間だったからである。

そのK先生は昨日初めて知ったのだが現在86歳であるから、当時は30歳ちょっとの時である。まだ先生に成り立てのころで本格的に学級担任となったのがぼくらのクラスだったのだ。理科が得意で特に生物だったので、とく野外観察と称して野山を歩く授業を行った。ぼくらの学校は鎌倉市立深沢小学校といって、鎌倉でもだいぶ藤沢寄りで大仏の先にある深沢地区にあった。今ではかなりの住宅地になっているが、昭和30年代はまだまだ田舎で蛙の声が聞こえるのどかな田園であった。

先生は今でも子どもの体験学習指導員とか自然に親しむ活動を行ったりして元気に飛び回っています。昨日も、われわれは小学校に集合して、校門や二宮金次郎の石像の前で記念撮影をしてから、会場である鎌倉西口までミニバスに乗っていったのですが、なんとそのミニバスにK先生が乗っていたのです。実は、誰も気がつかず降りるときに分かったのですが、先生はバスの出発点である中央公園で子どもたちと自然にふれるも催しに参加されていたとのこと。へんなやつらがどやどやと乗り込んできて不快に思ったらおまえらじゃないか昔の教室と一緒じゃないかと言ってひやかされてしまいました。

このクラスは51人だったのですが、ちょっとびっくりしたのだがすでに10人が鬼籍に入っているということで41人中16人が参加しました。けっこうな出席率です。でも卒業名簿だけでは、4年生のクラスに誰がいたかがわからないので、横浜の氷川丸を見学に行った遠足の時に撮った集合写真をたよりに特定したのである。

ケンちゃん、ミッちゃん、マーちゃん(ぼくです)の3人で幹事をつとめたのですが、地元の子とは、何回かやったこの幹事の打ち合わせ(ほとんどが飲み会ですが)のときに呼び寄せたので顔を知っていたが、出て行った子たちや女性たちはみな53年ぶりに顔を合わせることになる。最初は確認しながらでないと分からなかったが、話をしているうちにあの頃の顔が浮かんでくるから不思議だ。だから、会が終わるころはもう53年前と同じようにはしゃいでいた。

先生の記憶力がすごく、生徒のひとりひとりのことを覚えていてくれて、それぞれにコメントをくれる。一番感動した話をする。O君というガキ大将がいていつも廊下にバケツを持って立たされていたような子だったが、クラスにいた知的障害を持った女の子のボディーガード的役割を担っていた。ある日、上級生の男の子がその女の子をいじめたのである。それを見たO君は敢然と上級に向かっていき、川に突き落としてしまった。

K先生はその後落とされた上級生のクラス担任から呼び出されたが、あやまるどころか、O君の勇気と男らしさをほめたたえたそうだ。みなほほーと感心していたが、O君におまえ覚えているのかと聞いたら、覚えていないという。それだけケンカばかりしていたということなのだが、ちょっと拍子抜けしてしまった。他にもこの子はこんな子だったというふうにいいところばかりを語るのである。みんな異口同音に恐かったと言っていながら、人間形成にとってすごく大事な時期にこんなすばらしい先生に教わったことを感謝していた。

先生も嘆いていたが、小中学くらいは野原を走り回って自然と触れあうことがどんなに大切なことなのに、今の子は家に閉じこもってゲームをやっていてはいけないだろう。ぼくらのクラスは田舎ものが多かったけど、当時の国鉄の官舎や公団みたいなもあって、都会から来た子がいて混沌としていた。しかし、ガキ大将同士の戦いとか、運動能力の争いなんては激しいものがあったが、陰湿ないじめなんてなくてむしろみんなで助け合いながらやっていた。ああいい時代だったなあと思う。

ほんと、昨日は楽しかった。昼前に母校に集まってから、そのあとクラス会を経て、鶴ヶ岡八幡宮にお参りし、小町通りでまた一杯やり、そのあと地元に戻ってまた一杯、最後はスナックでカラオケ大会である。これからも続けようよねという約束でやっとお開きです。

2012年4月24日

アーティスト

第84回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、監督賞、作曲賞、衣装デザイン賞の5部門を受賞した作品「アーティスト」を観る。珍しいことに無声映画である。しかも、監督のミシェル・アザナヴィシウスも主演のジャン・デュジャルダンとアザナヴィシウスの奥さんであるベレニス・ベジョもフランス人というのもこれもまた珍しい。

ぼくもチャップリンの映画とか多少のサイレント映画を見たこともあるが、現代で作られたものという意味で興味をそそられた。いまさら過去の手法を使ってどうするのだとか、セリフがないとうまく伝わらないのではとか思うわけで、しかしその懸念を吹き飛ばすくらいある意味斬新な感じがしてとてもおもしろかった。今の映画は饒舌なものが多いからなおさらかもしれない。

サイレントでも分かりやすいのはストーリーがシンプルだからでもある。単純なメロドラマにしたことで、言葉は少なくても感情移入しやすいものになった。ストーリーは、時は1927年、のハリウッドのサイレント映画のスターであるジョージ・ヴァレンティン(ジャン・デュジャルダン)は、あるとき偶然に女優志望のペピー(ベレニス・ベジョ)と出会う。

その後ペピーはジョージの何か特徴になるものを持たないといけないと言われ、付けぼくろをするようアドバイスされたのをきっかけにスターとなる。そして、時代はサイレントからトーキー映画へ転換していく中でペピーは人気スターへと駆け上がる。しかしジョージの方は、相変わらずサイレント映画にこだわり、自ら製作から監督・主演も行うのだが、全く不入りで、ペピーの興隆と反対に落ちぶれていき、忘れ去られていく。

ついに、酒びたりの生活となり、自宅で過去のフィルムを燃やしてしまい自身も火の中で愛犬の助けで九死に一生を得る。そのジョージをペピーは病院から自宅に移し看病するが、その優しさに耐えられなくなって、家を出てしまうがペピーは必死に追いかけ・・・。てな具合によくあるパターンかもしれないが、永遠に受けるメロドラマである。

この映画は、最初はカラーで撮影してそのあと白黒にしたそうだが、そして終わりの方は音声が聞こえるようになっているように、無色と有色、無声と有声、無名と有名といった対立軸を往来することで人間のあるいは人生の機微や揺れを描いているように思う。ルドヴィック・ブールスの音楽もすばらしく、映画の楽しさ、面白さを堪能させてくれる良作である。たった35日間の撮影で非常に低予算で作られた非ハリウッド作品がアカデミー賞をもらうのも痛快である。

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2012年4月25日

知的欲望のすすめ

これまた不思議な本だ。何となく題名につられて買ってしまった「知的欲望のすすめ」(伊藤正勝著 幻冬舎ルネッサンス新書)を読む。不思議な本と言ったのは、まず作者の名前をよく知らない、いったい何者だか名前だけではわからない。そして、著者は2002年に亡くなっている。だから死後10年くらいたって発刊されたのである。

本にある著者紹介には、1941年生まれで、トヨタ自動車に入社して、大野素亜というペンネームで、「生物の謎が解けてしまった」という作品があるとなっているが謎だ。「知的欲望のすすめ」という題名から知的生産性の向上とか、知的生活の方法とかいったことの延長にある主張だろうと想像した。

ところが、内容がぜんぜん違うのである。こういうときは、最初にどういう問題設定をして、その答えがどうだったかを検証するとよい。つまり、「はじめに」と「おわりに」を見ればよいのだ。「はじめに」にはこう書いてある。

我々の心から欲望をなくすことはできません。欲望なしに、人類が存続することは不可能なのです。しかし、一方で、欲望とは、基本的にエゴイスティックなものです。欲望にただ振り回されている限り、我々は現在においても未来においても、本当の意味で幸せになることはできません。人はなぜ、欲望をもつのか。そして、欲望をコントロールすることはできるのか。その謎を解くことは、人類が幸せに生きるためのヒントを手に入れることでもあるのです。

あれえ、これが「知的欲望のすすめ」なの?みんなが賢くなって欲望をコントロールすればいいというわけか。どこにも難しい言葉が出てこないけどこんなに難しい問題をそんな簡単に解けてしまうのだろうか。さて、「おわりに」を見てみよう。

我々の心の仕組みを解き明かし、すべての人々が幸せになる道を考えてきました。日常のさまざまな悩み事も、全ては特性の作用から生じていることがわかれば、おそらく考え方は変わってくるでしょう。そして、人類が今後直面するであろう悲劇を回避できるかどうかは、一人一人がどう考え、どう判断するかにかかっています。自分の幸せは自分で考え、自分で作る以外ないのです。

あれえ、これで問題解決するの?みなさんこれでわかったと膝をたたけるでしょうか。どうもよくわからないのは“全ては特性の作用から生じている”という意味ですね。なんじゃ、この特性という言葉はということになる。これがわからない。水は0度で氷になり、100度で沸騰するのが水という物質の特性でそれと同じように生物にも特性があるという。どうも生物の進化は、水が氷に変化するのと同じ現象だったのだそうだ。わー、もう何が何だかわからない。宗教のように思えて気持ち悪くなった。やっぱり、不思議な本だ。

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2012年4月26日

日本企業にいま大切なことを見直す(9)

第9章は「賢慮型リーダの条件」というタイトルになる。このエントリーは基本的にはツッコミを入れることが眼目にあるので、ついつい批判的な論調になるが、全面的にいけないと言っているわけではなく、いまの日本企業が置かれている状況は既存の延長線では立ち行かなくなっていることを考えると、ゼロベースの思考アプローチでなくてはまずいのではないかということなのである。だから、過去の成功体験を持ちだす時代錯誤に異議を唱えているのである。さて、野中郁次郎先生の賢慮のリーダーがもつべき能力を見ていこう。

1.「よい目的」をつくる能力
2.「場」をつくる能力
3.現場で本質を直観する能力
4.直感した本質を概念化し、表現する能力
5.概念を表現する能力
6.賢慮(フロネシス)を伝承し、組織に埋め込む能力

ということなのだそうだ。うーん、これって別段リーダーだからというわけではなく、普通にビジネスパーソンに求められる能力であり、資質であると思うのですがいかがでしょうか。いまの時代で求められるリーダーの能力はもっと違うところにある。しかも、「演繹」ではなく「帰納」だという。

ただし、帰納法は必ずしも正解が出るとはかぎらないから、たえず反省しながらフィードバックする。でも普遍的な善が何かがわかるから、そこに向かって一歩ずつ進んでいく-これが日本の職人道というべき日本強さだという。日本の今の問題は職人道におけるリーダシップではなく、経営者のリーダシップが問われているのでその答えではない。

さらに、リーダーは「デシジョン」ではなく「ジャッジメント」を下す能力が重要だという。デシジョンとジャッジメントの違いを説明していないので間違っているかもしれないが、この意見は正しくない。というより有害な見方であると思う。決められない日本人と言われていることの一つはここに起因している。

ぼくの解釈では、ジャッジメントというのは「是か非か」を判断するのに対して、デシジョンというは「可能か不可能のかをみてやるのかやらないのか」を判断することだと思う。日本人の陥りやすいのが良いか悪いかが先に来て、悪いものは悪いとなってそこから思考停止になってしまうことだ。

会社の理念にはジャッジメントはあるかもしれないが、実際の企業の経営や事業の進め方はそんな理想論的、観念論的な考え方ではなくもっと現実的、合理的で、トレードオフの世界の中でどっちを取るのだという“決断“をしないと始まらない。ジャッジメントではなくデシジョンが重要なのだ。

一方、遠藤功先生はOJT(On the Job Training)の復活を勧めています。リーダには「体験」や「身体性」が大切であるからという見立てなのだ。ただ、今のOJTは「お前(O)、邪魔だ(J)、立ってろ(T)」と揶揄されているように、企業に余裕がないために機能していません。というかそんなことやってられるかというのが現況なのです。そうした中でどうするかを考えなくてはいけないのに、復活させればいいという話はないです。

最後に、日本の企業のトップの立派な言動ということでパナソニック大坪社長のつぎのような言葉が紹介されています。「原発の問題が起きたからといって、さっさと逃げようという渡り鳥的な経営でいいのか。そんなことをする会社を、進出する先の国の人々も歓迎はしないだろう。危機に際してどう行動するかで、企業の品格は決まる。私たちは、底の浅い経済合理性で動く会社だとは批判されたくはない」

いまのパナソニックの状況をみてどう思いますか。どうもジャッジメントはするが、デシジョンをしていないように思えるのだがいかがでしょうか。

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2012年4月27日

ヘルプ ~心がつなぐストーリー~

いまの日本の若い人たちは、アメリカの大統領が有色人種であることからも、人種差別はもうずっと昔のことのように思うかもしれないが、実際にはほんの少し前まで厳然と存在したのである。キング牧師で有名な公民権運動も50年前の話なのである。そうした人種差別がひどかった南部ミシシッピ州のジャクソンという町を舞台に人種差別と戦った女性の物語である「ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」を観る。

観たのが水曜日だったこともあり観客がほとんど女性で男は2,3人という状態であった。まあ女性必見の映画ですね。ヘルプというのは南部の上流家庭で働く黒人のメイドのことなのだそうだ。1960年代ではまだそうした黒人女性の人権はひどいもので暴力、虐待、いじめは日常茶飯事だった。原作はジャクソン出身のキャスリン・ストケットのベストセラー作品で、監督も同じくジャクソン出身のテイト・テイラーである。

大学を卒業したスキーター(エマ・ストーン)がミシシッピ州ジャクソンの町に戻ってくるが、回りの同年代の娘はみな結婚して子供作って家にいることが当たり前なのだが、彼女はそんなことより作家になることを夢見ている。そこで地元の新聞社に就職し、家事に関するコラムの代筆の仕事をもらう。そこで、家事の知識のないスキーターは友人の家のメイドであるエイビリーン (ヴィオラ・デイヴィス)に話を聞くようになる。

ところが、彼女と話をしているうちに南部の上流社会に対する疑問を感じるようになり、そうした実態を本にすることを企画し、ニューヨークの編集者に頼むと、メイドたちの証言がとれればOKという返事をもらう。しかしながら、彼女らは身の危険があるからという理由で拒否される。当時は、黒人が白人に対して自由にものを言うことは許されなかったのである。

だが、エイビリーンの親友のミニー(オクタヴィア・スペンサー)が、家族用のトイレを使用したために解雇されたことをきっかけに、エイビリーンはスキーターの取材に応じることを決意する。そして、世間の動きとともにジャクソンの街の身近なところでも徐々に人種差別からの解放の機運が高まってくる。理解者も増えてくるのだ。

ということで、もちろんスキーターは念願の本の出版にこぎつけるわけだが、スキーターにも多くの非難や中傷があるなかでめげないでがんばる姿はすばらしいものである。ひとりの勇気が周囲を巻き込んで多数となり、ムーブメントを起こしていくのを決して悲愴感を漂わせて描くのではなく、ユーモアを交えて明るく映して好感が持てる。

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2012年4月28日

連休スタート

いよいよ連休のスタートである。毎日が休みのようなぼくには関係ないのだが、まわりの雰囲気に影響されるので同じように連休気分になる。今年は祝日の並びがいいようで今日から来月の6日まで連続で休む人も多いようだ。

下の息子は26日の深夜からインドの一人旅に出かけてしまった。5日の夜に帰国するそうだが、これで、中国、韓国、香港、タイ、カンボジア、ラオス、マレーシア、そして今回のインドとけっこういろいろなアジアの国々へ行ったことになる。それもほとんどが一人旅で、他はマラソン参加である。まさにASEAN人である。

ぼくの方は、遠くに出かける予定もなく、仕事や私的なことも含めて溜まったものがあるので、それを片づけようと思っている。“サンデー毎日”だからそんな溜まらないのではと思われるかもしれないが、ついついだらだらとしてしまい、まとめて何かやるというのがけっこう難しいのである。

今日は、ぐんぐん暖かくなってき夏日になるそうだ。春まっ盛りであるが、そうなると庭の雑草どもも元気になってきて、今日明日ぐらいで草取りの仕事が待っている。今年の冬が寒かったせいか例年ではニョキニョキ出てくるタケノコが一本だけしか見つけられない。しかし、他の木々に花が咲きだして目を楽しませてくれる。ツバキやかいどうの花がもう終わりになると、山吹の黄色や、モクレンの紫、そしてボタンの赤が競っている。

つくづく日本の四季をありがたいと思う。生物の生きている姿を実感するからである。そうした景色をみていると、自分の一年も重ね合わせてしまう。寒さにじっと耐えるときもあるし、暑く燃えるときもあるし、花が開くときもある。今は、ちょうどこの時期なのではないかと密かに思っているのである。

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2012年4月29日

クラウドの未来 超集中と超分散の世界

クラウドという言葉を聞いてから久しい。こういうバズワードになる可能性のあるものは最初に飛びつかないほうがよい。どうも近頃では地に足がついてきたように思うので本でも読むかということで「クラウドの未来 超集中と超分散の世界」(小池良次著 講談社現代新書)を読む。著者は長年シリコンバレーに住んで通信業界を専門とするフリーのジャーナリストである。ネット上で時々レポート読んだことがある。

クラウドといっても切り口によっていかようにもなるというか、どんな視点で見ていくかで違った捉え方になるが、どうしても今関わっている業務システムという観点から考えてしまう。ところがその答えは書いてなかった。クラウドにとって業務システムは離れた存在なのだろう。だから、業務システムを開発している大手SIerやベンダーがクラウドと騒ぐのはおかしいのである。このあたりは別途じっくりと書いていく。

まずはクラウドとは何なのかを定義しておかないと、いつか来た道になってしまう。Web2.0ってなんだったけとか、EAはどこにいったのか。著者はクラウドが新時代を切り開いていると見立てその時代を「脱パソコン時代」と呼んでいる。そして、パソコンの次にモバイル端末の時代がくるとしている。

さて、定義であるが、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)の解釈をみてみましょう。大きく基礎要件、サービス手法、構築方法の3つに分かれている。まず、5つの基礎要件です。

① 広範なネットワークアクセス(Broad Network Access)
② 迅速性と柔軟性(Rapid Elasticity)
③ 計量可能なサービス(Measured Service)
④ 必要時に必要量を提供する自己完結型サービス(On-Demand Self Service)
⑤ 情報処理資源の共有・蓄積(Resource Pooling)

この中で最も重要なのは⑤だと著者は言っている。そうですね、これが最もクラウドを表現しているという。大型データセンターにたくさんのサーバーを置いて、設備やアプリケーション、ネットワークなどをみんなで利用することである。もうこれで言いつくしているようにも思える。ついでサービスの提供方法では次の3つである。

①SaaS(Software as a Service)
②PaaS(Platform as a Service)
③IaaS(Infrastructure as a Service)

これは、よく聞くやつですよね。簡単にいうとSaaSはクラウド・アプリケーションを指していて、PaaSは運用基盤です。 IaaSは、インフラですからデータセンターの設備のことです。ただ、現実には、きっちりと分かれるわけでははなく、一緒に提供されることも多い。

最後のクラウドの構築方法では、「プライベート・クラウド」と「パブリック・クラウド」に分類できます。意味は文字通り、企業が自分たち用のデータセンターをもつことと複数のユーザーが共同で構築する場合です。これも、どちらか一方だけではなく使い分けるハイブリッド型のものもあります。ぼくは、プライベート・クラウドはクラウドではないと思うのですがまた後の議論で。

しかしながら、NISTの定義をみてきましたが、著者も言うようにただデータセンターのことを言っているだけでいったいクラウドとは何なのかには答えきれていません。結局、著者はクラウドを「「脱パソコン時代」のビジネスモデルだと定義しています。ビジネスモデルと言われてもちょっと分かりづらいですよね。超集中と超分散というのはわかるが。

クラウドには、クラウド・コンピューティング、クラウド・コミュニケーション、クラウド・ディバイス、クラウド・サービスといった様々な形態があり、それぞれの“協調活動”がクラウドの本質で、だからこそビジネスモデルなのだという。ちょっと違うように思うのだが、クラウドを考える上での大事な論旨はここまでで、あとは著者の得意な情報通信サービスに話が行ってしまう。電波政策の話を持ち出さなくてもいいような気がする。ということで何となく消化不良なので別の角度からクラウドを考えてみることにする。

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