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2012年2月 アーカイブ

2012年2月 1日

AlWAYS三丁目の夕日‘64

1964年(昭和39年)というと東京オリンピックの年である。ぼくはその年に高校へ入学した。そして日本中がオリンピックにわいて、日本の成長を実感したのである。前作「三丁目の夕日」で登場した鈴木オートの家族、小説家茶川竜之介の生活、その周りの住人たちの昭和39年が描かれる。

鈴木家の主人の則文(堤真一)とその妻・トモエ(薬師丸ひろ子)もいつものとおり仲のいい夫婦であり、長男の一平は電気ギターに入れ込み、住み込みで働く従業員の六子(堀北真希)は自動車修理の腕をあげ、後輩の従業員も入ってきた。茶川龍之介(吉岡秀隆)は小料理屋を営んでいたヒロミ(小雪)と結婚しお腹に子どもがいる。引き取った男の子古行 淳之介(須賀健太)ももう高校生になっている。

最近六子の様子がおかしい。毎朝おめかしして出ていくのだ。通勤途中の医者の菊池(森山未來)とすれ違い朝の挨拶をかわすためだったのだ。六子がやけどをした時に診てもらった医師である。しかし、その菊池によからぬ噂があって、周囲はヤキモキする。一方の茶川は「冒険少年ブック」の看板作家として連載を続けているが、新人小説家の作品に人気を奪われつつあった。そんなときある電報をヒロミが見つけてしまう。

という具合に映画は両家のエピソードを中心に展開していくが、その間にオリンピックの話題が挿入される。カラーテレビを買う話とか、東洋の魔女のソビエト(ソ連じゃなくて)との決勝戦、サッカーを見に行くシーンで、「何でサッカーなんだよ」「おもしろくないから券が手に入ったんだよ」「これはあんまりはやらないんじゃないの」みたいな会話が出てくる。ちょっと冗談っぽくっておもしろかった。

ぼくは高校ではサッカー部に入っていたから、オリンピックのサッカーの試合を楽しみにしていた。2度ほど見る機会ができた。最初は三ツ沢競技場で行われた予選リーグでのユーゴ対モロッコの試合で3-1でユーゴが勝った試合である。三ツ沢は狭いのでグランドがすぐ近くにあって、体がぶつかる音が聞こえるくらいで、しかも国際試合を見るのは初めてだったのですごく興奮した。

2度目は国立競技場で行われた3位決定戦で東ドイツ対アラブ連合共和国の試合で3-1で東ドイツが勝った。初めて国立競技場で見たのだが、こちらはスタンドのかなり上の方だったので選手が米粒のようでよくわからなかったが、その大きさに驚いたものである。ちなみに決勝は、ハンガリーがチェコを破って優勝した。このころは東欧勢がものすごく強かったのだ。日本は予選リーグで強豪アルゼンチンを破るという番狂わせを演じたが、準々決勝でチェコに負けてしまった。

映画を観ながらこんなことを思い出していた。オリンピックのことだけではなく、車もパブリカが出てきてそう言えばサッカー部の顧問の先生もこの車にのって学校にきていたなあとか、みゆき族っていうのもいたなあとか、感慨にふけってしまった。物語の続きは映画を観てください。

観客もぼくと同じような年配の方が多くきっと似たような感想だったのではないだろうか。ところが、ぼくの隣と後の方に中学生くらいの男の子の集団がいるのだ。これが不思議で思わず何がおもしろくて観ているのと聞いてみたくなった。まあ、あの時代の一平君や淳之介君つまりぼくらの子どもの時を知っておくのもいいかもしれない。

sanchome.bmp

2012年2月 3日

ホームページリニューアル

ワディットのホームページをリニューアルしました。
最初に作ったはいいがほとんど記事も載せていなかったので、このたびリニューアルと共に新着の記事も書いていこうと思います。先日お知らせしましたようにIT関連のものについては「wadit.blog」に移行させましたが、そこの記事は基本的にはHPのお知らせに転送するようにしました。

今年は、ワディットとしてのビジネス展開を拡張していこうと考えていて、そのための情報発信やサービス紹介なども積極的にやろうと思っています。まだ十分ではありませんが、徐々にブラッシュアップしていきますのでこれからもよろしくお願いいたします。
  

2012年2月 4日

人口激減

経済学で唯一正しく予測ができるものに人口動態がある。なのに日本は予測できたにもかかわらず人口減や高齢化に右往左往している。情けない話である。ただ、予測できたとしてもどういう手を打ったらいいのかというのは難しい。少なくなるから増やせばいいじゃないかと簡単に言えないからである。こうした現象に対して移民で対応したらどうかというのが「人口激減」(毛受敏浩著 新潮新書)である。

日本の人口は2006年をピークに緩やかに下降して行き、2010年には1億2712万人、2030年には1億1522万人、2050年にはついに1億人を割り、9515万人になってしまうといわれています。本でも、単なる総数だけではなく、自治体の様相について書いてあって、例えば、2035年には、全国の自治体の5分の1以上が人口5千人未満になり、65歳以上の老年人口割合が45%以上の自治体が40%を超えるのだそうだ。

ただ素朴な疑問として、人口が減ることはなぜいけないことなのか。本では消費が増えないから内需が減り、活力が失われると言っているだけであまり詳しくは論及してはいない。生産年齢人口が減るので、国民総生産が減少してしまうのはわかるのだが、個人にとってみると国民ひとり当たりでみてどうなるかではないかと思ってしまう。

だから、本当はここのところ、つまり人口減少がどんなマイナスの影響を及ぼすかがあって、だからそのマイナスを埋める対策として移民を検討したらというロジックであるはずであるが、著者は日本国際交流センターに勤めているひとなので、そこのところをすっ飛ばして、移民が特効薬であるみたいな論を展開している。

今から、23年後の2035年を想定したネガティブ(鎖国編)とポジティブ(開国編)の両方のシミュレーションが書いてある。すなわち、移民受け入れに消極的である鎖国状態だと世界から取り残されて日本は没落してしまうという話と、外国人を受け入れることにより労働力不足や農村の嫁不足の解消や日本の伝統工芸も後継者があらわれるといったバラ色の世界が描かれる話が出てくる。

しかし、これは別に科学的でもないし、単にこうなってほしいという感情論だし、希望的観察に過ぎないように思える。それとともに、現実の成功例ということで、キムチで起業した韓国から嫁いできた女性の話とか、いろいろなNPO,NGOの活動を紹介しているが、その話と移民のこととはぜんぜん違うように思う。だいいち、移民受け入れとなると圧倒的に数の問題として今とはまるで違ってくるわけで、そのために発生する問題は過去に経験したことのないことになる。

やはり、ドイツやフランスなどの移民問題がどうなっているかという考察も含めて、願望だけで言われてもにわかに納得できないという感想である。冒頭の人口減がどういった現象を引き起こすのか、マイナス面だけではなくプラス面も含めてよく議論すべきであって、短絡的に移民を受けいれて人口増をはかればいいというのはどうかと思うのである。
  

人口激減―移民は日本に必要である (新潮新書)
毛受 敏浩
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2012年2月 5日

ロボジー

ぼくは矢口史靖監督の緩い感じの作品が好きで、「ウォーターボーイズ」や「スウィングガールズ」は楽しかったし、最近の「ハッピーフライト」もまあまあだった。その矢口監督の最新作「ロボジー」を観る。主演が五十嵐信次郎、と言われていったい何者だと思った人がたくさんいると思うが、ミッキー・カーチスである。今の人は知らないだろうが一世を風靡したロカビリー歌手である。現在73歳だという。

最初に言っておいた方がいいと思うが、この鈴木重光という名のじいさんが出色だ。こんなかろやかでお調子のいいキャラクターの年寄のおもしろさとそれを演じた五十嵐信次郎の演技力に脱帽したのだ。今デジタル修復版が上映されている川島雄三監督の「幕末太陽傳」のフランキー堺を彷彿とさせられる。そう言えば、「幕末太陽傳」はご存知のように落語から題材をとっているが、五十嵐信次郎はその昔“ミッキー亭カーチス”と名乗って落語を噺していたことがある。ノリが似ているのだ。

映画はロボットの開発を命じられた電器メーカーの3人の社員が、開発に行き詰まり苦肉の策としてロボットの中に人を入れることを思いつく。そして中に入る人をオーディションで選ぶのだが、何と選ばれたのが73歳の鈴木重光という名のじいさんだったのである。そこから巻き起こす騒動がまた愉快である。

あるロボット展示会で倒れてくる柱につぶされそうになるロボットオタクの女子大生を助けたロボット“ニュー潮風”が一躍有名になってしまう。そのロボットはかのじいさんが入っているからそんな芸当ができるのだ。そこから全国ツアーに回ったりと奔放に動き回る。けっして意地悪じじいでもないし、もちろんボケてはいないがまじめではないひょうひょうとしたところがとてもいい。

そこでまた思い出すのだ。植木等の「スーダラ節」である。あの適当さも感じてしまう。そう言えばミッキー・カーチスは植木と同じワタナベプロだから身近に居合わせたのである。ぼくら団塊の世代の一周り上の世代で、この年代が一番の食い逃げ世代だろう。だからいいかげんなのかもしれない。

これでひょっとするとシリーズ化するかもしれない。終わり方もまたロボットの中に入ってくださいとあの電器メーカーの3人とその電器メーカーに入社したロボットオタクの女子大生の4人がじいいさんを訪ねるところで終わるからである。このキャラクターをここだけで終わらすのはもったいない。期待しておこう。
   
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2012年2月 6日

負けた

昨日、ヨルダンで行われたサッカーのロンドンオリンピック最終予選C組のシリア戦でU-23日本代表は1-2で敗れた。これで、首位をシリアにゆずり自力優勝の芽がなくなった。残り2試合に勝ってもシリアも勝てば得失点差、総得点差で上回らなければプレーオフに回ることになる。

前半の早い時点で相手のフリーキックを大迫がクリアーしようとして頭をかすめてコースを変えたため権田ガキャッチできず先制点を許す。しかし、前半のロスタイムで大迫のパスを快速永井がバックの裏に抜けだしてゴールし同点に追いつく。これで何とか勝ち点を取れると思ったが、終了真近に相手のバックスのやけっぱちシュートが入ってしまい万事休す。

昨日は中立国といえいちおうアウエーでピッチコンデションも悪く日本のサッカーが何もできなかった。ただ、グランド条件はシリアだって同じだから文句も言えない。むしろ自国でできなくて、審判も“中東の笛“ではなかったからシリアがよくやったということなのだろう。

なぜ、日本らしいサッカーができなかったのだろうか。もちろんピッチコンデションがパスサッカーの日本の良さを消していたのは確かで、直接的な影響というより意識しすぎた面がある。すなわち、ピッチが悪いのでより安全策でいこうということで気持ちが消極的になっつてしまい、つなぐサッカーができずにただ前に放り込むというシーンが多かった。

しかし、それだけではないように思えた。はっきりいって個々の技術力の差のような気がする。技術力といっても単純にボール止めて、かわして、運んで、蹴ってという動作技術である。この点でシリアの選手の能力は上回ったのではないだろうか。特にああいったピッチではより差がつくので結果的にそのわずかな差の集積が結果となって表れたように思う。

前回のホームで辛勝した時にも書いたが、シリアは強くていいチームだ。特にでかくてテクニックもあるアルスマを中心にして、ファレス、アルマウスといった連中が動き回る攻撃は脅威である。何回もゴールを脅かされていたので判定でもシリアの勝ちだろう。

さて、もう後がないので、これからのマレーシアとバーレーンの2戦を大量得点で勝つか、シリアで内戦が勃発してでられなくなるか??しかないのである。プレーオフは過酷で最後はアフリカのセネガルに勝たなくてはいけないので、まずは圧勝することだ。でもシリアもわからない。なぜって、いよいよオリンピックに出られるとなるとその緊張は大きくなるのでひょっとするととりこぼしなんてこともあり得る。まだまだあきらめないぞ。
  

2012年2月 8日

昔は大家族

先月末に90歳のおふくろを連れて藤沢の辻堂にある実家に連れていった。そこの当主はばあちゃんの甥っ子であるが、その父親、つまりばあちゃんの兄の命日だというので子どもたちが集まるので伯母さんもおいで言ってくれたのである。その甥っ子、姪っ子たち(ぼくのいとこたち)も上は80歳から下は60歳後半である。ばあちゃんは末っ子だったからもう兄弟姉妹は誰も残っていないで一人になっている。

その時の話になる。まずは兄弟の数である。ばあちゃんは、男2人、女3人の5人兄弟であるが、その一番上の男つまり長男の子は、男2人、女5人の7人である。ひとりはだいぶ前に亡くなったので、その日は6人が集まった。昔はずいぶんと兄弟が多かったのだなあと改めて感心する。これは別段珍しいことではなく、もっと多い家はたくさんあった。

これだけ揃うと当然昔話になる。うちのばあちゃんは言ったように末っ子なのでまだ嫁に行く前に甥っ子だの姪っ子が生まれたのでずいぶんと子守りをしたようだ。だから彼ら彼女らはいまだにばあちゃんに頭があがらない。ぼくもよくばあちゃんから昔の話を聞いていたからだいたいのことは分かっていたが、この日は知られざる話がけっこう飛びだしていておもしろかった。

そうした会話の中でぼくが驚いたのは、おじいさん、おばあさんの話ばかりでてくるのだ。自分たちの親のことはほとんど話にでてこない。なぜだろうと思う。別に嫌っていたわけではないのだ。そうしたら、中の一人が解説してくれた。要するにその家は農家であったのだが、両親は農作業で忙しくて子どもをかまっていられなかったので必然的におじいさんやおばあさんが面倒を見ることになっていたのだという。

もちろん言ったように親子三代、しかも嫁にいかない娘も混在して多くの人数で暮らしていたのである。さらに、戦争中は兵隊さんが宿舎にしていたので大変なことになっていたようだ。ばあちゃんはそのことつまりプライバシーのない雑然とした家が嫌だと言っていた。特に多感な娘時代にそんな生活をしていたので精神的にまいったらしかった。

最近は核家族化しているので大家族の良さのを言う人がいるが確かにみんなが助け合って暮らす様は現代の殺伐さの対極にあるかのように思われるのだが、一方で濃密な人間関係が常に身近にあるわけだから、いくら家族といえども息苦しさはあるだろう。

姪っ子の一人は嫁ぎ先で舅のいじめに遭い大変な目にあった。いまだから笑って言えるのだが、何回か涙を流しながら実家に戻ろうとしたらしい。しかし、実家では絶対に中にいれなかったという。たった40年前の話なのだが、今の世の中の変わりようはすごい。嫁に行って嫌になったら実家の親が帰って来いという時代になってしまった。どちらがいいというわけではなく、新しい家族形態を模索するしかないのだが、ほどよい距離感の家族がいちばんなのだと思えるけどこれがまた難しいのである。
  


2012年2月10日

東京公園

おもしろい映画になるには、主人公に魅力があることが必要条件になるだろう。それは悪人でも善人であっても人間性に何らかのインパクトを感じ、共感かもしれないし反感かもしれないが観ていてのめり込んだらその映画はいい映画なのだ。

「東京公園」は、そういう観方でいくと辛口にならざるを得ない。監督が「サッド・ヴァケーション」の青山真治、その主人公を演じるのが三浦春馬である。つまり、三浦春馬が演じるカメラマンを目指す光司という学生に魅力を感じないのである。しかも、ストーリーにも何だかリアリティを感じないのである。

光司は学生であるがカメラを持って東京の公園で家族の写真を撮り続けてる。そんなとき、ある男性 から「いつも娘を連れてあちこちの公園を散歩している彼女を尾行して、写真を撮って欲しい」という突然の依頼が舞い込む。依頼主は歯科医師の初島という男でその男の依頼を受けることになる。メールで行き先の公園を指定されるとカメラを持って出かけるのである。

光司は、親友のヒロ(染谷将太)と一緒に住んでいるが、そこにはヒロの元カノで光司とは幼なじみの富永(榮倉奈々)が頻繁に訪ねてくる。また、光司には両親の再婚に伴って血の繋がっていない姉美咲(小西真奈美)がいて、彼らが光司のバイト先でゲイのマスター(宇梶剛士)が営むカフェバーで絡んでいく。そういったシーンが続いてたいしたヤマもなくなかば淡々と進んでいく。

最初、何が始まるのかと思ってしまうのだが、どうも光司をとりまく女性群を描きたかったようで、公園で撮影対象となっている初島の妻、義理の姉美咲、幼なじみの富永のそれぞれの関係を展開させるのだが、結局母親をダブらせているという富永の指摘にびっくりしたりする。マザコン男の揺れ動く男心って気持ち悪いよね。

どうも、ゾンビ映画がでてきたり、オカマの宇梶が出てきたり、簡単に妻の元に帰る歯科医師とか、アンモナイトが突然でてきたりと安易な感じがいして、観念的で妄想的で観ている方がともどってしまうのである。かなり、批判めいて言うのだが、青山監督には期待しているからこそなのである。

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2012年2月11日

「現ベイスターズ考」

ぼくの前にいた会社の後輩のK君から今年の「DeNA横浜ベイスターズ」はどうですか?というメールがきた。このブログに「現ベイスターズ考」を書いてくれという。彼は三重県の四日市に住んでいるので中日ドラゴンズのファンであるが、落合監督の采配が気にいらないらしい。勝てばいいというのではなくもっとドラゴンズらしい田舎くさい野球をやってほしいと言っている。

おいおい贅沢なことを言うでない。ぜんぜん勝てないひいきチームはどうしたらいいのだ。何しろわがベイスターズは昨年ダントツの最下位で47勝86敗11分けという惨憺たる結果である。優勝した中日が75勝59敗10分けで何とゲーム差が27.5ゲームという大差である。チームの投手防御率は最下位だが、打率は5位で最下位が中日なのだ。どういうことだ。単純な結論はピッチャーを強化せよだ。

勝たなくてもいいからベイスターズらしい野球をやってくれなんて言っている場合ではない。何しろ反則(?)してもいいから勝たなくてはいけない。優勝なんて6年先でいいから今季はせめてAクラス入りを願っている。要するに20年に1回優勝してくれればいい。前回が1998年だから20年後の2018年に優勝をねらうのである。

では、補強がされたのかというとラミレスだけだから新戦力への期待は薄い。おおー、そうか村田の穴もあるから、現有戦力をいかに底上げできるかがカギだろう。昨季の後半に筒香が出てきたので大砲として成功して欲しい。ラミレスとの左右の長距離砲はひょっとして脅威になるかもしれない。

だからといって、今期もまたダメかというと何といっても、球団オーナーと監督が変わったのである。これを期待せずにいられようか。DeNAの資金力と中畑新監督の明るさが強力な新戦力ですな。ニンジンをぶら下げられて、監督のズッコケで選手はやる気になるのです。

ただ、大事なのは出足ですね。最初うまく滑り出すとお調子ものだからパーッと行きますよ。そうならないとアホな指揮とか言われて沈没します。ですから、スタートダッシュに全力投球です。もう最初の10試合を甲子園のように戦うのです、ゼッコーチョーです、はい。かくしてベイスターズはAクラス入りをはたすのであった。ありゃー、ぜんぜん具体的でないところが問題だなあ。
  

2012年2月12日

日本のデザイン

ぱっとタイトルを読むと、日本のデザインがどうなっているのか、デザイン業界はこんなものですよ、デザイナーの実態といったイメージがわいてくる。ところが、内容が全く違う。日本のよさをデザインという視座で捉えてみようという発想なのである。あとがきにも書かれているのだが、最初本のタイトルを「デザイン立国」にしてはどうかと言われたそうだ。

「日本のデザイン」(岩波新書)は日本のトップデザイナーで日本デザインセンター代表、武蔵野美術大学教授でもある原研哉が“美意識が作る日本の未来”の構想を著した書である。折しも東日本大震災で日本という国も再設計していかなくてはいけないという機運の中での発言は時宜を得たもので読みごたえのある良書である。

まずは、対象としているエリアをご紹介します。本の章立てのことです。
1. 移動 - デザインのプラットフォーム
2. シンプルとエンプティ - 美意識の系譜
3. 家 - 住の洗練
4. 観光 - 文化の遺伝子
5. 未来素材 - 「こと」のデザインとして
6. 成長点 - 未来社会のデザイン

これだけで、本を読まずとも想像力をかきたてられますよね。移動というのは自動車のデザインのことで「JAPAN CAR」という展覧会を開いたことが記されている。そこで非常におもしろい話がでてくる。今の日本のクルマでユニークなものは何かという話題になって、そのとき皆があげたのがダイハツの「タント」という軽自動車だったという。

ご承知だと思いますが軽自動車は日本独自のものですが、タントのどこが特徴的かというと、長さ、幅・高さを基準いっぱいに活かしたきわめて素直な四角い形状にあるのだそうだ。しかもセンターピラーもないという。従来は、風の抵抗を抑えるために流線型が普通であるが、そうした空力特性を捨て、居住性を優先している。クルマへの乗降が非常に楽になる。こうした提案をまだまだ日本の自動車メーカーはできるのである。

シンプルとエンプティもおもしろい。ぼくは、よく「シンプルに」とか「シンプル・イズ・ベスト」というふうにめざすべきものであると言ってきた。ではこのシンプルという概念はいつもたらされたのかと問う。著者は150年くらい前に生まれたのではないかと言っている。それまでは王や皇帝を頂点とする力の階層は、紋様や絢爛さ誇ることで力を誇示していた。つまり簡素さは力の弱さだった。

それが、150年くらい前の近代市民社会の到来により、複雑さを力の象徴としてきた長い時代が終わり、価値がシンプルへと脱皮していったのだという。ところが、日本文化の美意識の真ん中あたりにある「簡素さ」はシンプルとは違ったものでそれは「エンプティ」と呼ぶべきものであるという。茶室もそうだが、「生け花」や「庭」も「空白」がイメージを誘い出してくれるのだ。西洋のモダニズムやシンプルとはここが違うのである。こうしたものこそ海外に売り込めですね。

まだまだ、おもしろい話がいっぱいあって楽しませてくれるのだが、長くなってしまうのでまた別の機会にふれるとするが、是非一読されることを推奨します。
  

日本のデザイン――美意識がつくる未来 (岩波新書)
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2012年2月13日

日本企業にいま大切なことを見直す(4)

いよいよ第二部で「海外に売り込める日本の「強み」」と題している。その最初の章が「ムダが多いはずの「総合力」が生きる時代」である。まずは、野中先生が、日本だけの「独自の進化」を恐れる必要はないと言っている。シャープが発売した「ガラパゴス」というタブレット型端末のネーミングをある種のシンボルとして評価もしている。

それに呼応して遠藤先生も「ガラパゴスだからダメなのではないか」ではなく「縦の深さこそ日本の力だと発想を逆転せよと言っている。このお二人のご意見にええーと首をかしげたくなってしまった。あのー、いまやマーケットって日本だけでは成り立たないわけで、国内の日本人だけに向かって商品提供をしているならそれでもいいかもしれないが、世界の国々、人々を相手にする時代だからそれってやっぱまずいでしょ。

そして、コマツの例でグローバル展開を行うには、コンポーネントからすべて自社で技術をもたなければならなくて、それこそが日本の強みであるとしている。遠藤先生もある領域で自ら「究める」ことの大切さを強調しています。ただ、そうしたことが有効なものもあるかもしれませんが、結局コストの問題になってくると明らかに高コスト構造であるから競争力を失うことになる。最近の日本の製造業を見ていればわかると思う。

そんなことを言いながら、日本独自の強みのひとつが「総合力」なのだそうだ。まあ「総花」とは異なる「戦略的な総合性」を主張はしているが、ぼくはかつて総合化学会社にいた経験や、最近の総合電機メーカーの凋落を目にすると本当かと思ってしまう。要するに総合の名のもとに、個別事業の事業性判断が正確にできなくなってしまい、それでも成長期ではいいのだが成熟期や衰退期に入った時にはそれが足を引っ張ることになる。

もっと驚いたのは、総合化にはムダが発生するのですが、そのひとつに人員があって、それを「ぶらさがり社員」と呼んでいるのだが、そうした余剰人員のいる大企業は彼らをどんどん世界中の現場に出せばよいと言っていることだ。それは無理でしょう。本社のぶら下がり社員は国内でも現場では通用しないのに海外ですか。本社にいるのはもともと分析力に優れた人だから現場で直観を磨けばまた使いものになって本社に戻ればいいのだそうだ。あり得ない。

要するに、主張のトーンは、過去日本は大成功を収めて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで言わしめたことがあった。あの良さは今でも通じるから忘れないようにしよう。グローバル化と言っても、日本の独自性をもってすれば勝てるのである。昔日本が「当たり前」だと思っていたことを海外に売り込める。

こういった調子で語られるのだが、「当たり前」だと思っているのが、成長期のモデルなのであって、今や成長は止まっているし、取り巻く環境も大きく変化している。だから昔の成功体験としての「当たり前」は変化させないと現代に対応できない。ガラパゴスではダメなのだ。
  

  

2012年2月14日

J・エドガー

ジョン・エドガー・フーヴァーといっても今の若い人は知らないと思うが、1924年から1972年の50年近くにわたりアメリカ連邦捜査局(FBI)の長官として君臨し、就任当時のカルビン・クーリッジからリチャード・ニクソンまで、8代の大統領に仕えたという伝説の人物である。

毀誉褒貶の激しい人で、FBIの組織を強化したことや、科学的な捜査手法の導入などが称賛される一方で、盗聴などの行為で政治家たちのスキャンダルをつかみそれを武器に脅迫まがいなことを行ったことで非難されている。権力を手にするために相当強引なことをやったのである。そんな人物をクリント・イーストウッドが「J・エドガー」という映画で描いてみせた。

J・エドガーを演じるのがレオナルド・ディカプリオで20代の若いときから77歳で亡くなるまでをひとりで演じた。最近のメイクがすごくあまり違和感なく観ることができた。部下を演じたアーミー・ハマー、秘書役のナオミ・ワッツも特殊メイクでふけ役もこなしている。ただ、ディカプリオはふだんのイメージを引きずっているので、アクの強い人物にしてはやさしく見えてしまうのはいたしかたないかもしれない。

J・エドガーの実際の生活は謎だったようだが、映画ではかなりいやらしい男として描かれている。マザコン、ホモ、傲慢、強引、うそつき、功名心、臆病、姑息といった要素がちりばめられてホント嫌なヤツである。こんな男が、いやこんな男だからこそ50年も権力の中枢にいられたのだろう。

映画の展開は、ジョン・エドガー・フーヴァー長官が、人生の終盤に差し掛かり、部下に命じて回顧録を書き取らせている。その作業から記憶を戻しFBI創設時代に遡っていく。FBIの興隆とともに裏の私生活も同時に暴かれて、そこから母親の期待を一身に背負う姿や、恋人に打ち明けて振られてしまうが、その彼女はずっと有能な秘書として寄りそうといったエピソードが映し出される。

出色は、時の大統領やキング牧師などとの駆け引きで。このあたりはゴシップネタとしてもおもしろいのだが、なぜそこまでして権力をえようとしたのか、その権力を使って本当は何をしたかったのかがよくわからない。どうも通り一遍の伝記的流れからあまり出ていないように思える。イーストウッドの突っ込み不足のような気がする。
  
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2012年2月15日

BPMの最新トレンド

BPMの最新トレンド

岩田研究代表の岩田アキラさんが、米国のBPMコミュニティ誌「BPTrends」におけるポール・ハーモンとセリア・ウォルフの最新の投稿について記事を書いている。それによると、BPMもだいぶ変化を見せてきたようだ。

大きく5つのポイントをあげている。

1.BPMは”IT活動”ではなく”ビジネス・マネジメント活動”との認識が広まった
2. プロセス改革アプローチを強調するプロフェッショナルの堅実な需要
3. プロセス・モデリングの企業内浸透と組織パフォマンス向上の多様なテクニック論
4. BPMS市場の変化
5. BPMへの国際的な関心の高まり

詳しくは記事を読んでもらえればいいのですが、岩田さんも最初に“この変化傾向は、日本BPM協会メンバー間でも予見していた事項で、同レポートを読んで「やはり..海外でも..」といった感想である。”と言っているが、ぼくもこの協会メンバーの一員であるので確かに最近の議論の内容によく似ている。

このたび日本BPM協会では「BPM推進フレームワーク」をリニューアルしたが、BPMは”IT活動”ではなく”ビジネス・マネジメント活動”という意識が強く働いている。従って、BPM推進には「プロセス改革推進」「プロセス開発」「プロセスオペレーション」の三位一体の取り組みが大事だと謳っている。

そして、それを担う人材として、ぼくはビジネスエンジニアとよんでいるが、レポートにあるようなビジネス・アナリストとかビジネス・アーキテクトといった人材が望まれるようになったのである。システム・エンジニアとかITアーキテクトではなくあくまでビジネス視点を持った技術者である。

3に書いてあることは、1に呼応しているわけだが、以前はBPMというとBPMソフトウエアを使ってシステム開発を行うという意味合いが強く、従ってユーザ側も開発方法だからベンダーにまかせればいいやという感じでもあった。

しかし、プロセスを設計することは、ITシステムを設計することではなく、自分たちの業務を設計すること、しかも業務は戦略や改革要求を実現するものとして設計しなくてはいけないことに気がついて、そうなるとベンダーなんかにやらせるわけにはいかないとなってきていると思うのである。

やっと、ビジネス寄りでBPMを考える機運が海外で出てきたことをうれしく思っている。日本では、いくら国内で声をあげてもなかなか取り上げてくれないので、海外でのこうした声が早く日本に届いて理解が進むことを願ってやまない。

2012年2月16日

男の伝言板 - 三つのめし

食べ物の話が出たのでついでにもう少し。あるジャンルで好きな食べ物を3つあげよと言われたらどうしますか?例えば、好きな果物とか麺類で好きなのはとか、魚はとか肉料理はとかたくさんありそうですね。ちょっとおもしろそうなので見ていきましょうか。ぼくの好きなものです。

果物 :メロン、桃、なし
麺類 :そば、うどん、ラーメン(これはちょっとラフ過ぎますね)
魚  :アジ、イワシ、サバ(要するに青物ガ好きなんですね。でもこれもラフ過ぎます)
肉料理:すき焼き、ステーキ、とんかつ(またまたラフですねえ)

これじゃあぼやけてますね。結局もっと絞っていかないとダメなようで、果物はいいとしてもそばならどこの店のものが好きなのかというふうにしたいものだ。ぼくは、神保町の「松翁」、祐天寺の「手打ちそば 大むら」、築地のある「さらしな乃里」が好きだけどなあ。魚というより魚介類で調理法もセットでとなると、生のウニ、焼いた白子、蒸したアワビに尽きますね。

ここからはごはん類の話をしようと思う。それも喫茶店とデパートの食堂メニューから見てみたい。というのもぼくらの世代はしゃれた食べ物はどこにあったかというと、レストランや料亭なんか行けないし、今みたいにファーストフーズやチェーン店もなかったので、街の喫茶店かデパートの食堂だったのですね。

そこには定番のものとしては、カレーライス、スパゲッティ(いろんな種類があるわけではなく、ナポリタンとミートソースくらいである)、サンドイッチといったところで、あとはオムライスくらいかなあ。ピラフだとかピザ、グラタンなんてなかったのだ。

ところが、定番とちょっとそれたところに好きなものがあったのですね。何かというと「チキンライス」「ドライカレー」「焼きめし」である。ぼくは、この3つが大好きである。しかし、今の時代は、食べさせてくれるところが意外と少ないのである。ドライカレーは、家の近くでは「珊瑚礁」に行きますが、変わったところでは、銀座にある「鳥繁」というの焼き鳥に行きます。

「鳥繁」というのは6丁目にある大きな店ではなく、泰明小学校のそばにある西店で気まぐれなオヤジガやっているのだが焼き鳥とドライカレーのミスマッチがたまらない逸品ですよ。チキンカレーもありそうでなかなかありませんが、ぼくは日本橋の「泰明軒」に行きますね。ここで、50円のボルシチとコールスローサラダとビールを頼んでチキンライスを食べるのが至福の喜びです。

さて、最後の焼き飯ですが、炒飯と焼き飯はどこがちがうのでしょうか。同じでしょうと思う人もいると思いますが、実はちゃんと違いがあります。炒飯は卵を先に入れてからご飯を入れて炒めるのに対し、焼き飯はご飯を先に炒めてから卵を入れるのだそうです。本当かどうか知りませんが、ぼくの解釈は油が多いかしょうゆが多いかではないかと思っています。

ところで、この焼き飯を出してくれる店がない。なので、これは厨房に入る男子としては自分で作ろうと思い立つ。その時、そう言えば母親がよく作っていたことを思い出した。ということでばあちゃんに作り方を教えてもらう。ばあちゃんはしばし、あの頃は何もなくて自分で工夫してつくったものだと述懐していた。直伝の焼き飯はことのほか美味しかったのは言うまでもない。

2012年2月17日

軽蔑

ぼくは妖しい不良っぽさの高良健吾が割と好きで「蛇にピアス」「フィッシュストーリー」「ハゲタカ」「南極料理人」「ソラニン」「雷桜」「ノルウエーの森」「まほろ駅前多田便利軒」などでそれなりの存在感を感じていた。そんな高良健吾の主演作である「軽蔑」を観る。

監督が廣木隆一で共演が鈴木杏である。他にも、小林薫、根岸季衣、田口トモロヲ、大森南朋といった芸達者が脇を固める。なんといってもぼくには喫茶店のママ役の緑魔子がなつかしさとまぶしさが相俟ってしばし画面に魅入ってしまった。原作らしきものがあって、芥川賞作家の中上健次の長編をベースにしている。だから、撮影は中上の故郷の新宮で行われた。

東京の新宿歌舞伎町で賭博ばかりのだらしない生活を送るカズ(高良健吾)は、踊り子として働く真知子(鈴木杏)と知り合い、借金を帳消しにしてもらう代わりにと襲ったダンスバーで、彼女を連れ出し、故郷に戻って一緒に暮らし始める。彼の家は財産家でマンションも与えてもらう。そこで二人で静かな生活を営むのであった。ところが、親との確執でカズが父親に刃物を振るってしまい、そのことを知った真知子はまた東京に戻ってしまう。

だが、やはりカズは真知子を忘れられなくて再び真知子がカズの元に帰ってくるのだが、いない間にまた博打でつくった借金が膨らみ高利貸しから逃げられなくなりどうにもならない事態に。映画は、こうして若い二人の堕ちていく姿と何とかそこから這い上がろうとする姿を追いかける。

だが、そこに強く感動するものがあるのかというとそうでもない。たぶん、時代がもっと遡ったところでは、若者のあがきのようなエネルギーを感じ取り、飛翔への息吹きに感じたかもしれないが、今は時代が違うと言わざるを得ない。歌舞伎町も新宮もかつてのようなダイナミックさは薄れてしまった。要するに中上健次の小説を映画にしても現代に合わないのだとそんなことをつぶやいた。
  
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2012年2月18日

BPMフォーラムに登壇します

3月6日に目黒の雅叙園で開かれる「第7回BPMフォーラム2012」で登壇することになりました。BPM実践事例/ソリューショントラックの最後にあるセッション「これからの業務改革アプローチ:BPMは、こう取組む~実践事例に見る新・推進フレームワークの有効性~」で事例の紹介のプレゼンとそのあとのパネルディスカッションに参加します。

内容的には、岩田アキラさんのほうでBPM協会で作成したばかりの「BPM推進フレームワーク」の説明をしていただいて、私の方から事例ということで一昨年、昨年にわたって製造業を営むある中小企業で行った「業務見える化」プロジェクトの成果について発表します。実践した例が、結果的にこの推進フレームワークに準じたものになっていたいうトーンの話をします。

「BPM推進フレームワーク」は以前からありましたがその改訂版となります。このたびのポイントは、ニュースにもありますように、3つの輪のコンセプトにあります。すなわち、「プロセス改革推進」「プロセス開発」「プロセスオペレーション」の3つの輪が連動して動くことです。このことはずっとこのブログでも言い続けてきたことで、特にオペレーションの重要性を引き上げていることに特徴があると思っています。

要するに、従来のように開発に重きを置いたものから実際の業務運用のところにも重心を向けたことです。つまり、作ってナンボの世界から使ってナンボという世界へ移行させたところです。そうなると、必然的にユーザが主体となった取り組みとなり、先日も書いたように、BPMはIT活動ではなくビジネス・マネジメント活動であるという色合いが濃くなります。これがBPMがめざす本来の姿ではないでしょうか。

そんな考え方や姿勢が伝わればいいと思っています。ぜひ「BPMフォーラム」に足を向けてビジネスに貢献するためのアプローチとしてのBPMを感じていただきたいと思っています。私にご連絡いただければ参加費の割引が受けられますのでお申し出ください。
 

2012年2月19日

ICT経営パートナーズ協会

昨日に引き続いてPRめいたエントリーになります。今月の15日に「ICT経営パートナーズ協会」の2回目の理事会がありました。この協会は昨年の11月に発足して、様々なことを詰めてきてようやく実質的にスタートが切れる態勢が整ってきました。

元NECソフト社長で、昨年6月までITコーディネータ協会会長を務めた関隆明さんの熱い思いがあって、その人脈から多くの人材が集まりました。こうして集まったIT経験の深い専門家の人たちが協働してICTを活用した経営のお手伝いをしようではないかということで組織化されたわけです。

最初は各自が保有しているスキルやソリューションをセミナーやWebサイト、メルマガなどで発信し、お客さんをつかんでいきます。そして実績を積み上げることで知名度もあがり信頼を得ると、逆にお客さんから相談を持ちかけられるようになることを企図しています。売り込み型から受け入れ型へ変換していきたいのです。

何でも相談サロンにいけばどんなことでも解決してくれるという風になるといいなあと思っています。そのためには、単発的なソリューションではなく、経営からITまで総合的かつ複合的な解決策を提供しないといけなくなります。メンバーのスキルセットを組み合わせて新たなソリューションパッケージやサービス化をする必要があります。

ともあれ、ぼくは一応理事ということで名を連ねているのですが、他の理事の人がみな社長さんばかりで、肩書のないのはぼくぐらいなのですが、いまやっているプロセス中心アプローチでのシステム構築をもって実績を積んでいきたいと思っています。この記事をお読みになっている方々も機会があったらお声かけ下さい。
  

2012年2月20日

津軽百年食堂

時々、話題にもならないし、誰も注目もしないような軽い映画のなかにあれっと思うような佳作が紛れ込むことがある。「津軽百年食堂」はそんな作品かもしれない。たぶん、青森の宣伝映画だと思うが、そんなことを忘れさす楽しい映画だ。監督が大森一樹で主演がオリエンタルラジオの藤森慎吾と中田敦彦である。

題名に「百年食堂」とあるように、百年続く弘前にある食堂が舞台である。ですから
、その食堂にまつわるエピソードが百年前と現代とで交錯する。初代・大森賢治を演じるのがアッちゃんの方で、現代の四代目となる大森陽一を演じるのがシンゴである。映画では、賢治が苦労の上に店を構えるところが中心となり、それに故郷への反発と愛着に揺れ、道を決め切れぬ現代の若者である陽一を対比させる。

その陽一に絡むのが筒井七海(福田沙紀)で彼女はカメラマンの卵であるが、あるとき偶然に陽一と出会い、お互いに弘前出身ということがわかり、ルームシェアをすることになる。そんな中、三代目である陽一の父親は交通事故で入院してしまう。陽一は帰るべきか帰らぬべきか心が揺れるのである。

てな具合に物語は進むのであるが、まあよくある話かもしれないが、流れがスムーズで回顧シーンとの出入りも苦にならない。もちろん最後は予定調和の世界が待っているわけだが、予定調和というのは言い換えればよくある話をすんなり見せてくれて、それでいい気持ちになることとも言えるである。

また、今回の新たな発見は藤森慎吾である。最近は「チャラ男」キャラで人気があるのだが、彼の演技力にはびっくりした。なんというか、現代の若者の自然体を現していて、つまり軽いのだがそれなりに考えていて結局はやさしいみたいな典型を見事演じきった。称賛ものである、中田敦彦は実直でシャイな明治男を演じているので地味なので損をしているかもしれないが、明らかにシンゴのほうが上であった
  
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2012年2月21日

ビジネスマンのための「行動観察」入門

システム開発の現場では、いかにユーザのニーズを吸い取るかというのが問題になる。ヒアリングしてその通りのことがユーザ要求であるとすると大きな間違いであることがある。それは、ただのある特定の人(開発プロジェクトにたまたまアサインされた人)の頭の中で考えていることであったなんてこことがおきる。

それが、多数の人と同じなのかということと、そうありたいとか、そうあるべきだとか勝手に思い描いていることで事実とはかけ離れていやしないかという問題である。こうした問題を避ける意味でひとつはヒアリングではなくインタビューやブレーンストーミングといったやり方であり、もうひとつは現場の人たちの実際の動きを観察することが有効であると考えている。

デザインなんかをする場合でもフィールドワークを重視する人もいる。つまり、普段通りに動いてもらい、それを客観視できる立場のひとが観察することで事象や活動に対する本質的なアプローチができるということである。

だいぶ前置きが長くなったが、「ビジネスマンのための「行動観察」入門」(松波晴人著 講談社現代新書)は、上述したようなアプローチを体系的かつ実践的にまとめた本でわれわれのような仕事の人間にとって非常に役に立つ内容で大変勉強になった。

著者は現在は大阪ガス行動観察研究所の所長で、アメリカで行動観察を学んで日本にそれを持ちこんだのだが、ただの研究ではなく、ビジネスとしてやっているところが評価できる。この本でも、事例が多く掲載され、それもうまくいったことばかりではなく失敗例も載せていて、そういう意味でも読みごたえがある。

掲載事例のタイトルを紹介しておくと、「ワーキングマザーの隠れた欲望」「人でにぎわう場の作り方」「銭湯をもっと気持ちのいい空間に」「優秀な営業マンはここが違う」「オフィスの残業を減らせ」「飲食業を観察する」「達人の驚異の記憶術に学ぶ」「工場における生産性向上と品質向上という古くて新しいアプローチ」「元気の出る書店」となっている。ずいぶんと多様な業種、業態ですね。

そうなんですね、行動観察は別にその道の専門家でなくてはできないということでないのです。むしろ最初に言ったように門外漢の方がいいのです。行動観察するには困っている人や達人に“弟子入り“する感覚で見ていくことが大事なのですね。既成概念や惰性的な思いといった枠組みを持たない人がみることで変なバイアスがかからないで問題点が浮かび上がってくるというわけである。

それぞれの事例で見ていくのもおもしろいのだが長くなるので、行動観察の手順について著者が書いてあることをみていくと、

(1) まずフィールドをよく観察して、事実をありのままにとらえる
(2) 様々な事実について、可能な解釈を考える
(3) 心理学や人間工学など、アカデミックな知見を踏まえて構造的な解釈を試みる
(4) その事実をよりよく説明できる仮説を考える
(5) 得られた仮説に基づいてソリューション案を出す
(6) そのソリューション案を簡易に実施して、効果を見て有効性を確認する

これって、行動観察に限らず著者も言うように基本的な科学の手順と同じなのですね。ぼくらから見るとシステム開発も基本的には同じだなあと思う。最初の方が要求の引き出しで、それを要求定義して、システム構造に落とし込み、簡易に実施(プロトタイプをみせて)して、効果を見て実装するといった手順である。

ところが、最大の難しさは何かと言うと、「ソリューションを生み出す」ところで、本での事例でもここの部分は実は属人的、すなわち個々の観察人(コンサルタント)の能力におんぶしているという点である。仮説を立てるところまでは何とかロジカルにできるかもしれないが、そのあとのどう解決いてくれるかは、どんなアイデアを出せる能力があるかにかかってしまうのである。

これはメソッド化が難しい領域なのでいたしかたないのかもしれない。ということは、現実的な対応は多くの経験を積み、それをデータベース化して、多くの実績から法則性を見つけ出し、ソリューション創出の手助けを受けるといったことの繰り返しなのだろう。ということでもう少し突っ込んで勉強したくなった。
  

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2012年2月23日

五輪出場にぐっと近づいたぞ

昨日マレーシアで行われたロンドン五輪アジア最終予選C組第5戦で、U―23日本代表は、アウエーながら4-0でマレーシアを下し、再び首位に立った。この試合直後は、まだシリアとバーレーンの試合は行われておらず、暫定首位になっただけであった。ところが、その数時間後に行われたシリアーバーレン戦で前回日本を破って首位だったシリアがバーレーンに1-2で負けてしまった。

こんなこともあるんだ。シリアに負けた時はもうダメかとあきらめかけていたのが一転断然有利になる。シリアもやはりもしかしたらと思った瞬間から過度の緊張状態に陥った可能性がある。それと、日本の結果も入っていただろうから余計に力みもあって、そんな状態でアウエー戦を戦ったので負けてしまったのだろう。

勝負の世界は面白い。有利になった方が不利になったり、窮地に追い込まれて意外な力を発揮するといったことがしばしば起きる。これは、ほとんどが精神的な問題に起因している。技術的、体力的なものはそうは変わらないが、精神状態というのは個人もチームとしてちょっとしたことで大きく変化したりする。このあたりは、鍛え方も難しく、そうした気持ちの強い選手を選ぶことしかないのかもしれない。

昨日の試合は大量得点を取らなくてはいけないというプレッシャーで始まった試合は、序盤はホームのマレーシアの攻勢を受けながら均衡状態が続く、まだ堅さもあってイージーミスや連携の悪さを見せたが、やはり先制点を奪ったのが大きかった。前半35分に東の絶妙なスルーパスに抜け出た原口が競ってこぼれたボールを酒井が鮮やかにゴール右隅に決める。

こういう試合は、前半ゼロで終わると相手も勢いづくので何としても早い段階での先制点がほしい。そこでは点が入るのがちょっと遅い感じもしたが、先制すれば力の差からこちらのものだから、その後44分の扇原のコーナーキックを大迫が豪快に頭で合わせて前半で2点のリード。これで勝負ありだが、後半あと何点取れるかになる。

後半は、また酒井と原口のコンビで加点、そして扇原のシュートをキーパーがこぼしたところを斎藤が押し込み4点差に。もう1点欲しいところだったがみんなバテバテで試合終了。あまり得点能力がなかったチームにしては、いい結果となった。点がこれだけ入ったのは原口、斎藤の両サイドがまあまあ機能したことがある。その結果今までなかなかできていなかった酒井のオーバーラップを生んだのだ。永井を先発から外したのが正解だろう。

しかし、まだまだサイドの崩しができていない。序盤の均衡の時もほとんどサイドをえぐれていなかった。さて、自力優勝の芽がでてきて、次戦のホームのバーレーン戦で負けなければ五輪出場が決定する。よもや負けることはないと思うが、シリアの轍もあるので気を緩めずやってほしいものだ。

2012年2月25日

収穫は?

大阪長居で行われたキリン・チャレンジカップでサッカー日本代表がアイスランドを3-1で下した。代表としては今年初戦でしかもシーズン前ということでコンディションもよくなかったようだが、格下相手に3点を入れたのでまあまあだったのかもしれない。

アイスランドのサッカーは初めてみるが、北欧系のサッカースタイルのようだ。監督も以前はスウェーデンの監督だったひとで、長身の選手を揃えたパワフルなサッカーをみせてくれた。アイスランドというのは北極から200Kmしか離れていない小国で人口は32万人だという。1年の半分以上で外のグランドが使えないというハンディの割には強かった。

32万人というと藤沢市の人口が40万人くらいだし、トヨタ自動車の従業員が32万人なので、藤沢市選抜かトヨタ自動車サッカー部と代表が試合しているようなものだから、それを考えるとおおーよくやっているなあと単純に思ってしまう。

前半始まってすぐに槙野からのアウトサイドのセンターリングを前田が下がりながらも頭で合わせて幸先良い先取点を奪う。これで、ゴールラッシュかと思わせたがあとは攻めあぐねて逆にアイスランドに反撃される。結局、前半は1-0のままで折り返す。後半に入って、中村堅剛のパスに2列目から上がった藤本の技ありループシュートで追加点をあげ、さらにFKからのボールを槙野が倒れたままで放り込み3-0となる。

しかし、終了間際にペナルティエリアのなかで槙野が相手のFWにのしかかりPKを献上する。槙野は全得点に絡んだのだが、失点にも絡むという大活躍?である。PKもちょっとはしゃぎ過ぎた感があって、もっと冷静に落ち着いてやらなくてはいけない。結果的には良かったが、だからといって代表の中で評価があがったかというとそうではない。

この試合では槙野の他にも新たな戦力の発掘という意味で新しい選手が起用された。久しぶりの招集となる大久保や石川、初出場となる増田誓史、田中順也、近藤直也といった面々が試されたわけだが、あまりインパクトを与えることができなかった。そう簡単にいいパフォーマンスは見せられないかもしれないが、これでは海外組との差が大きいままで底上げができていない。

今回はサンガの久保をはじめとして若手が招集されたが、こうなると伸びしろのある若手の中からブレークするような人材を発掘したほうがいいように思う。NBAニューヨーク・ニックスのジェレミー・リンのような選手がどこかにいるかもしれない。まあ、何といっても昨日のベストプレーヤーは、ハンドスプリングスローという珍しいプレーを披露して大受けだったアイスランドのソルスティンソン選手ですね。
  

2012年2月26日

街場の小経済学その19

百円ショップのダイソーがうちのすぐそばにある。この建物は元々は家電ショップだったのが、HardOffになりそのあとにできた。だから2階が駐車場でけっこう売り場も広い。最初はいつまでもつかと思ったが今だに生き残っている。そこそこの集客のようだ。車で百均に行くっていうのも何だかおかしい感じもする。

ぼくは、メモ帳とか封筒、クリアファイルといったちょっとした文房具を買いにいくが、最近買うのが台所用品である。ちょっと前に書いたが昼ごはんは自炊しているので、いろいろな料理をしている。ばあちゃんが使っていた台所だから、もちろんそれなりの道具は揃っているのだが、昔の人だからそう便利道具を置いてあるわけではない。

なので、料理をしているとこんなものが欲しいとか、あれがあるといいのだがと思うようになる。そんな折、めったに見たこともない台所用品コーナーを見回ったら欲しいものがあるではないか。思わずカゴを持って来て入れ出してしまった。

菜箸、ボール、皿、竹へら、落としぶた、計量カップ、秤、フリーザバッグなどなどこりゃすごい。他にも包丁だって鍋だって売っている。それと、百円だからついこれもあれもとなって結局千円札を使うはめになる。でも、台所の作業効率もあがるし、料理が一段と楽しくなるから安いものだ。

以前テレビで百均で買ったもので家の中の家具や内装を作ってしまう主婦が紹介されていたが、確かに店で商品をみているとこれとこれを組み合わせてとか、これはこんな使い方もあるわといった見方ができて面白くなる。だから、店の中を徘徊するのも時間を忘れるくらい楽しい。平日は暇な老人が遊びに来ているのもうなづける。

ともあれ、百均は生活を楽しくするためのグッズが満載で庶民の味方である。なんかクセになりそうである。

2012年2月27日

第21回東京スポーツ映画大賞

今年も恒例の「東京スポーツ映画大賞」の授賞式に行ってきました。もう21回目ということですっかり定着したものとなっています。会場が昨年までの赤坂プリンスホテルから東京プリンスホテルに移動しての開催となりました。

ただ、今年は受賞者が該当者なしというのがあらかたで、作品賞、監督賞、助演男優賞だけという異例の表彰式になりました。それも、全部園子温監督の「冷たい熱帯魚」の関係ということで、園監督が監督賞ででんでんが助演男優賞という結果であった。ですから、主演男優賞、主演女優賞、助演女優賞、新人賞、外国作品賞が該当者なしであった。ということでカメラも持っていかなくて写真はありません。

この賞は、全国各地の映画祭からノミネートされた作品をビートたけしの独断と偏見で選ぶというもので、従ってたけしのわがままが通るのである。ぼくは、「三重映画フェスティバル」に属してしているので審査員の招待に与って出席している。ちなみに、ぼくらのノミネートした作品賞は「八日目の蝉」「大鹿村騒動記」「恋の罪」で主演男優賞が原田芳雄、主演女優賞が永作博美と榮倉奈々であった。

たけし審査委員長は、今回は東日本大震災の影響もあっていい映画なんて一つもなかったと言っていた。しかし、外国映画賞は関係ないと思うが、それでも該当作品なしだ。おそらく、たけしもあまり映画を観ていないのではないかと思う。「冷たい熱帯魚」もDVDで観たと言っていたから、ちゃんと映画館で観てくれないといけない。さもなければ、ノミネート作品を絞ってよく吟味してもらうのがいいのかもしれない。

ということで今回は司会のガダルカナル・タカも言ったように地味な授賞式になるという予想で始まったのだが、結果的にはけっこうおもしろいものになった。それは、特別賞と技術スタッフ賞を設けたからである。要するに、映画作りの裏方を務める人たちを表彰しようというものである。この試みはよかった。映画祭は表舞台で活躍する人たちだけがスポットライトを浴びるのだが、その人たちを支える人々がいてこそいい作品ができるわけで、そういった人々がたまには表舞台に立たせてやるという心遣いがうれしい。

受賞したのは、特別賞が映画の中で5万回は斬られたのでないかと言われる日本一の斬られ役者福本清三さん、技術スタッフ賞には、銃などの特殊効果を手掛ける納富貴久男さん、どんな音でもリアルに表現する音響効果の柴崎憲治さん、特殊撮影機材の宗特機さん、そして殺陣師の二家本辰巳さんである。みな、その道で秀でたベテランのプロフェッショナルたちである。

舞台で実際に模造の銃で発砲させたり、それに撃たれた演技を披露してくれたり、福本さんと二家本さんのチャンバラで福本さんが斬られるというシーンも見ることができた。たけしも現場での苦労話だとか技術者としてのこだわりなど普段聞けないような話もしてくれて、たけしのプロを大事にする姿勢や彼らを見守る暖かさを感じたいい企画であった。

たけしの優しさはここだけではなかった。今回受賞者の写真撮影が終わったあとに各地の映画祭の審査員たちを壇上にあげてたけしと一緒に写真を撮ることになった。おそらく、たけしの発案だと思うのだが、一生懸命ノミネート作品を送ってもらったのにそれを無視するかのように該当者なしを連発したことへの謝罪とねぎらいではなかったかと思う。

さらに、撮影が終わって椅子から腰をあげるとすぐにぼくらに向かって、今年はいい作品はなかったけどと言いつつ、是枝和裕監督の「奇跡」について語り出した。おれは漫才師だから余計に思うかもしれないが、子役のまえだまえだの起用が失敗だったのではないかと言うのだ。どうも“こなれすぎて”いてよくなかった、もっと素人っぽい子を連れて来た方がよかったと盛んに論評していた。どうもたけしは第18回の作品賞であった「歩いても歩いても」のときも昨年の特別賞のときもそうだったが、是枝監督にずいぶんと肩入れしているようだ。

東京スポーツ映画大賞は、映画のみならず「エンターテインメント賞」と言うのが併設されていて、今回が12回目となる。ここは映画とは離れるので、受賞者だけを紹介するに留めておく。話題賞が加藤茶、特別賞が、故立川談志と山本耀司、日本芸能賞が3組で、博多華丸・大吉、ダイノジ、友近、ひな壇芸人賞が、土田晃之と山崎弘也、カムバック賞が小向美奈子、鈴木宗男、岡本夏生という面々である。

映画の話に戻るのだが、園子温監督も若いかと思ったらもう50歳というから若手ではないし、たけし自身ももう年寄なので、もっと若手の発掘のようなことをやってくれないかと思う。たけしは漫才ではけっこう若手を見ていて、そこでこいつはいいよという言葉に励まされて若手が伸びていくというパターンもあるようだから、映画の世界でも同じように若い人を引き上げるような役割になっていってほしいと思うのである。

2012年2月29日

キッズ・オールライト

2月最後の日の今日は朝から雪が降っていて、もうかなり積っていますねえ。こんな日は雪の中の出勤なんていやですから、家にいられることがうれしくなります。ということで今日一日は外に出ず籠って仕事です。さて昨晩見たDVDからです。

いやあ、これはおもしろかった。第83回アカデミー賞の作品賞 主演女優賞、助演男優賞 脚本賞の主要4部門でノミネートされた「キッズ・オールライト」はぼくの中では評価が高い作品である。監督・脚本は「しあわせの法則」のリサ・チョロデンコで、出演が、主演女優賞候補になったアネット・ベニング、助演男優賞候補となったマーク・ラファロ、それとジュリアン・ムーアである。

設定が奇抜だ。実に風変わりな家族である。ロサンゼルス郊外に暮らす4人家族は、レズビアンのカップルである2人のママたちと、匿名の精子提供を受けて産まれ、今では18歳になった姉と15歳の弟の2人の子どもたちなのである。こんなことって日本じゃ考えられないけどアメリカにはあるんですね、きっと。

ぼくはよく言うんだけど、日常的なこと、あるいは平凡の中に潜む異常を見い出すというアプローチとその逆に異常あるいは特異になかに潜む普遍性を引き出すというアプローチが映画にあらわれると思っていて、そこからみるとこの映画は明らかに後者で、風変わりな家族ではあるが、そこの中の行動や確執、愛情表現など家族とは何かという一般的で普遍的な問いかけであることに気づかされる。

そんな姉弟の2 人が、精子提供者である父親に会いに行くのである。そこから様々なことが起きる。子どもたちは父親のいない生活をすっとしていて父親にあこがれていたのかもしれないが、オーガニックレストランを経営し、気ままに独身生活を謳歌している生物学的な父親に親しみを感じる

そこから、風変わりではあるが安定した家族であった4人の関係が揺れ始める。この微妙な変化がおもしろい。ただ、日本人のぼくとしてはいささかついて行けないところがいっぱい出てくる。まあ、レズビアンのカップルと言ったとたんに卒倒しそうになるが、そのあけすけさに驚かされる。実にオープンで隠さないのですね。

いいですか、母親が子供にあなたはゲかと聞くんですよ。しかも否定すると「あなたがゲイなら繊細だったのに」と言うにおよんでまたまたぶったまげた。なんかアメリカはいきつくところまで行ってしまったのかもしれない。そりゃあ自由だから文句の言う筋合いではないが、日本人の血が流れているぼくには理解できないというより肌が合わないな。

だがそうは言っても、安定した家族に闖入者が入ってきた途端にきしみが生じ安定が崩れ、一体家族とは何だったのかを考えさせられ再確認せざるを得ないということはよくあるような気がする。そうした喪失感を経てまた再生してより強い関係性を構築するのだろう。それが家族なのだというメッセージが届いた秀作であった。
  
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