« 2011年10月 | メイン | 2011年12月 »

2011年11月 アーカイブ

2011年11月 1日

ストライカーの作り方

副題が「アルゼンチンはなぜ得点を量産できるのか」であるように、アルゼンチンのストライカーはどのように発掘され、育てられるかを書いたものである。「ストライカーの作り方」(藤坂ガルシア千鶴著 講談社現代新書)の著者は89年からブエノスアイレスに暮らし、アルゼンチンサッカーの記事を書き続けている。

さすがに地元に根をおろして観察しているので面白い。いつも思うのはアルゼンチンの選手って身体がでかくてごついわけではなく、むしろ小柄な選手も多くいて日本人とさして変わらないのになぜあれだけのプレーを見せられるのかである。

その秘密について著者は育成システムにあると言っている。逸材をどうやって探しだすのか、その原石をどうやって磨くのかである。それを実践する元プロ選手の指導者たちがいることで育成されていくのである。まあ、歴史があるといえばそうかもしれないが、日本でも学ぶことが多くある。

具体的にどうなのかというと、ジュニア時代のスタートが「バビーフットボール」である。「ミニサイズのサッカー」という意味であるが、フットサルをさらに小さくしたようなサッカーである。ただ、ボディコンタクトが許されているから、もうこのころから激しい当たりを体験する。ここで徹底的に基礎を教えるのだ。

そこで見出された選手は10歳になると11人制のフルコートをやるのだが、いきなり切りかえるのではなく、3年間はバビーとの併用となる。この重複期間を設けるのは、大きなコートになるとボールにさわる機会がぐっと減るからだそうだ。

そして、特徴的なのは、身体の使い方をきわめるのと「コンペンテンシア」と呼ばれる競争心をあおるのである。この両方ともに日本の選手たちに不足していることのように思える。アルゼンチン選手は身体が小さくても、身体の使い方がずるがしこいと思えるほど非常にうまい。そして、ものすごく負けず嫌いである。だから、世界の舞台で活躍できるのである。

日本がアルゼンチンに学べる3つのポイントが書かれている。
1) より実践向けの練習をする
2) 逆境に強いメンタルを養う
3) 指導者を育成する

気をつけなくてはいけないのが、日本の指導者はすぐに戦術を教えたがることで、アルゼンチンでは16歳までは戦術はおしえるなと戒めている。16歳まではテクニック練習を徹底させるのだそうだ。テクニックといってもボールリフティングではありませんよ。

しかしながら、日本の選手たちも少しではあるがアルゼンチンに近づいているように思う。昨年も親善試合だったが勝ったのだからさらに近づいてもらいたいものだ。
  

  

2011年11月 2日

一命

これは昔小林正樹監督、仲代達矢主演の「切腹」のリメークである。こちらは、三池崇史監督、市川海老蔵のコンビである。海老蔵の映画は初めて観たが、仲代に劣らない“眼力”にはびっくりする、さすが梨園の御曹司である。六本木でもこの“眼力”を使ったのだろうか。

時は江戸時代の初期、戦国時代も終わり長い徳川の時代がはじまろうとした頃である。そんな折、名門井伊家に切腹の場所を貸してくれと訴える津雲半四郎と名乗る武士(市川海老蔵)が現れる。井伊家の家老である斎藤勘解由(役所広司)は、しばらく前に同じように申し出てきた若い侍・千々岩求女(瑛太)の顛末を話出す。

そのころ、狂言切腹というのがはやっていて、貧乏浪人が裕福な屋敷に行って本気で切腹する気はないが庭先で切腹させてくれというのだが、面倒を避けたい屋敷では仕官させたり金銭を渡して追い返すということをしていた。千々岩求女はその狂言切腹にやってきたのである。

ところが、井伊家ではその時追い返すどころか、真剣を売ってしまって竹光でしかない刀で切腹させてしまったのである。瑛太がこの竹光で腹を切るシーンはカンヌでも話題になったそうだが、すさまじいものがある。でその話を聞いた津雲半四郎が語り出したことが驚きの事実であった。

海老蔵の眼力はさておき、気になったのは井伊家に訴えにきたときは孫がいる身なのだ。ちょっとネタバレになるけど、娘(満島ひかり)の旦那が千々岩求女の瑛太だから、瑛太の親役なのだ。これは無理があるでしょう。もう30代のムンムン男の迫力だから違和感がある。むしろ、これは役所広司の役でしょう。

この映画の特異ところは、復讐劇ではないというところにある。だから明確な敵がいない。家老の斎藤勘解由にしても、単に切腹したと言ったからやらせただけだという話であり、貧乏になったのだって井伊家のせいでもない。たまたま、福島正則の家来でお家がとりつぶされてしまったという不運なのである。

だから、津雲半四郎が最後に捨てぜりふのように「世が世ならおぬしとは立場が逆転していたかもしれない」なんて言う。こんな泣きごとを武士が言っちゃあだめだと思うが、当然のように家老は同情の余地もなく制度や体面、家を守ろうとする。このことが徳川の長期政権が保てた秘訣なのである。

ということで、一命ではなく四命の話なのだが、武家の社会という大きな流れの中と家族という小さな流れのなかの葛藤というか、ある意味翻弄することで安定した制度を保持するという非情さのコントラストがおもしろかった。

itimei.bmp


2011年11月 3日

不思議前提とIT ― 「勘でものをいうな」がもたらす損失

ビジネスの世界に“勘”を持ちだすことはありえない。ちゃんとした調査データをもとにして、論理的に詰めた合理的な結果が尊重される。しかもそれを明確な言語として表現されなければいけない。しかし、本では本当にそうだろうかと問うている。

前回も生活者が本当のニーズを自覚していないという話をしたが、同じように定量調査からの数字データは本質的なニーズに切り込めないのである。ハーバードビジネススクールのジェラルド・ザルトマン名誉教授によると、人間は頭のなかにあることのうち5%程度しか言語化できず、残りの95%は無意識下におかれたままだそうだ。といういことは、「ニーズ」も95%は無意識、つまり自覚されていないと言えそうだ。

となると、無意識の部分、つまり“勘”のようなことが重要になってくる。吉本武史氏によると勘とは、身体的な経験やノウハウがありながら言語化できない状態を指すのだそうだ。「判断に迷った場合は、無意識に訊いてみるほうが結果として判断を誤らないことが多い」、つまり最後は“勘“だということである。たしか、あの前サッカー日本代表監督の岡田武史も同じことを言っていた。

このことをIT業界絡みで考えていくと、2つの課題が見えてくる。ひとつは、ユーザの無意識下に置かれたニーズをどうやって引き出すのかという問題と、もう一つは業務システム上に“判断に迷った場合は、無意識に訊いてみる”仕掛けをどうやるのかということである。

前者の問題では、システム開発の局面で要求定義を今はどうしても「論理、言語重視」的なアプローチになっていやしないだろうかということである。簡単な例では、現状調査と称して定量的な数値を図ったり、きちっとしたワークフローを定義したりする。コンピューターは論理を示さないと動かないからそうなってしまう。

しかしながら、本来は数値化が難しいはずの人間の行動に、科学的なアプローチをもちこもうとすると限界があるように思う。客観的事実だと思っていたものは多くの場合解釈の結果であり、じつは主観的なものなのである。だから、できたシステムを使うとそんなに簡単に割り切れるものではないよとか微妙に違うんだなとか嘆かれたりする。

だから、これからは「文脈、非言語重視」、つまり言語化できない暗黙知を捉える方向へ重心を移したらよい。本では、ビジネスエスノグラフィーが注目されていると言っていて、エスノグラフィーとは「民族誌学」のことで、「フィールドワークによる観察」と「解釈」によって、他者を理解しようとするアプローチである。この態度は要求定義にも適用したらいいと思う。

後者の問題は非常に難しい問題である。システムの中に“勘”でタスクを実行するような機能をどう埋め込むかであるから、実にITの対極にある話である。勘とは、身体的な経験やノウハウがありながら言語化できない状態であるから、勘を働かすことができるための情報を的確に提示することかもしれない。

あるいは、人間はイメージ(映像)やメタファー(比喩)によって思考すると言われるように、そうしたイメージやメタファーの力を借りるというのもあるかもしれない。それと、業務にもストーリーやコンテクストを取り入れてパターン化するという手もありそうだ。起承転結からなるストーリーはプロセスであるという意味でプロセス志向のねらうところでもある。
  

「応援したくなる企業」の時代 マーケティングが通じなくなった生活者とどうつき合うか (アスキー新書)
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2011.9.19
  • 博報堂ブランドデザイン
  • 新書 / アスキー・メディアワークス
  • Amazon 売り上げランキング: 5334
Amazon.co.jpで詳細を見る

  


2011年11月 5日

男の伝言板 - 「シネマと書店とスタジアム」

またまた三題話になるかもしれませんが、このブログのタイトルの下に書いてある「シネマと書店とスタジアム」のことです。皆さんご存じだと思いますが、沢木耕太郎の本の題名から採っています。その名のとおり、映画と本とスポーツ観戦についてのエッセイがまとめられたものです。

沢木耕太郎というとぼくらと同年代で、「深夜特急」は有名であるが、ぼくには「敗れざる者たち」が印象に残る。特にその中の「クレイになれなかった男」でプロボクサーであるカシアス内藤を描いた文章には感動した。そういえば、最近新聞にそのカシアス内藤の記事が出ていて、がんに冒されながらもボクシングジムを開設して、息子もボクサーに育てると書いてあった。

本のあとがきにあるように「誰にでも『それさえあれば』というもののひとつやふたつはあるような気がする」ということでたまたまぼくの「それさえあれば」と同じだったというわけである。まあ、沢木耕太郎には遠く及ばないが、 映画評、書評、スポーツ観戦記をブログに書いているのである。

3つのジャンルの中でもさらに細かな好みのようなものがある。映画は最近では邦画を観る機会が多い。理由は、東スポ映画大賞のノミネート作品を選ばなくてはいけないことと、ハリウッド映画の大がかりな派手さや破壊力に嫌気がさしたことである。

邦画もひところよりも活況というより粗製乱造とも言えないこともないが、中にはいい作品が出てきている。ということで、現在の映画生活は、劇場では邦画を主体に鑑賞し、DVDでちょいと古いヨーロッパの質のいい作品を観るといったパターンになっている。

本はほとんどが新書になっている。なぜかというと、1週間くらいで読み終えることと軽いからである。(なかにはすごい学術本もある)そして、話題のテーマについて知りたくなると手っ取り早いこともある。この歳になると新書が合っているのかもしれない。若い時は難解で思想的なもの、働き盛りは時代小説や推理小説といったところだった。司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平、山崎豊子、塩野七生などの長編をずいぶんと読んだ。

最後のスポーツ観戦は、ほとんどサッカーに集約される。自分がやっていたこともあって、サッカーの試合を見るのは好きだ。代表の試合はかかさず見て感想を書くことにしている。他のスポーツは見ないのかと言われると、もちろん世界陸上も見るし、駅伝もラグビーも好きだ。

ただ、プロ野球は見なくなりましたね。テレビ放送もほんと少なくなった。CSだって放送されない。ぼくは横浜ベイスターズのファンなのだが、その弱さに情けなくなって球場に足を運ばなくなってしまった。来季は、DeNAがどうしてくれるのか見ものである。

これからも「シネマと書店とスタジアム」はやめられない。またひまな時間が増えてきたら、プラスアルファのものも加えたいと思う。シネマは映画だけでなく落語とか、書店は読むだけではなく俳句を詠むとか、スタジアムは見るだけではなく体を動かすことなど何やら楽しそうではありませんか。
 

2011年11月 6日

猿の惑星:創世記(ジェネシス)

映画友だちのS君から面白いから観ろというメールが届いたので「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」を観る。「猿の惑星」そのものは以前観ているのでその衝撃のラストシーンとどう結びつくのかとは思ってはいたが、あまり気にもとめてもいなかった。

そうしたら、何と後日譚ではなく前日譚だったのだ。これには予備知識なしで観たので驚いた。つまり、なぜ地球が猿の惑星になってしまったのか、その起源を描いているのである。あまり書くとネタバレになるので紹介HPの文を抜き出すと、なぜ人類が築きあげた文明社会がもろくも崩壊し、類人猿が地球の支配者になったのかが描かれる。

アルツハイマーの治療薬を研究しているウイルという若い研究者がその実験に使ったシーザーという名のチンパンジーに新薬を投与したことから大変なことが起きる。人間のアルツハイマーに効果があるということは、チンパンジーにとっても知能の発達を促すように働くということなのだ。人間には抗体ができてしまうが、チンンパンジーには抗体ができないで順応して進化してしまったら。

このチンパンジーのシーザーは着ぐるみや特殊メイクではなくCGだということなのだがこれには驚く。アバターと同じスタッフだそうだがすばらしい。まったく本物のように見えるので、現実味があってより恐ろしさも倍加するというものだ。

S君も「猿の進化と人類の滅亡を予測させるストーリーが素晴らしく、その展開も小気味よかったです」という評をくれたが、ぼくも同感で面白かった。
  
saru.bmp
 

2011年11月 7日

2位ではダメなんですか?

もう事業仕分だとかあまり言わなくなった。今年、7年に及ぶ宇宙の旅の末、小惑星「イトカワ」の微粒子を持ち帰った小惑星探査機「はやぶさ」だとか、理化学研究所と富士通が共同開発したスーパーコンピューター「京」が、世界一の毎秒1京回を超える計算速度を達成したりだとか、仕分ける前に実績を残している。

で、やはり2位ではダメだというのを科学技術とかいったところではなく実感したのが、昨日の全日本大学駅伝である。毎年この時期に伊勢路で行われる大会で、ぼくはかつて四日市に住んでいたので何度か応援に行ったことがあるのでなじみがある。昨日は駒澤大学が東洋大学の猛追をかわして3年ぶり9度目の優勝をはたした。

駅伝と仕分はもちろん直接の関係はないが、1位に立つと思った以上に力が発揮できるということと、追いかける立場だと往々にして焦りから自滅することがあるということを言いたかったのである。昨日も、駒沢は2区で首位に立つと最後まで譲らずゴールのテープを切った。

驚いたのは、周囲に立った2区の選手は区間賞ではなかったが、その後の3、4、5、7区で区間賞という走りを見せた。前半抑えて後半にスピードアップというトップ走者の常道をいく走りで後続を離していった。ぼくも、高校時代の駅伝大会の経験で言うと(比較にならないマイナーな話だけど)、後をある程度離すとものすごい余裕が出て、その余裕が力を存分に発揮してくれるのである。

つまり、トップに立つということは単に競争に勝ったということだけではなく、そこから生まれる自信、余裕が更にパワーアップの源泉になるということを言いたいのだ。科学技術にしてもビジネスにしてもしかりで、トップに立つことの意義は大きい。別段、大きなことではなくてもある特定の分野でもいいから、ここでは今自分たちは先頭を走っているということがすごく大事である。何しろ気持ちいいのだ。

逆に東洋大学や早稲田大学は前半突っ込みすぎたり、変に力みが入り、力が発揮できなかった選手が多くいた。自分を見失う危険があるのだ。その点、トップにいると昨日もある選手が自分の走りを沿道にある店のショウウインドウで確認していたが、自分と向き合う余裕があるのである。そんなことを駅伝を見ながら考えていた。

2011年11月 8日

IT再考-ビジネスモデルが一丁目一番地

前回、Chemical BPMという表現で化学プロセスとの類似性について言及した。そうなんですね、どこにでもプロセスがあって、というか世の中プロセスだらけといっても過言ではありません。生活の中にもありますし、個人の行動もプロセスに従って行われます。ですから、プロセス思考やプロセス的なアプローチはとても大事なことになります。

ところが、ITの世界でプロセスというとそれはBPMですかとか、ワークフローツールを使うのですかとすぐ言う。そして、自分たちがやっている業務のプロセスを設計するといった意識が薄い。普段行っていることがほとんどプロセスで成り立っていることを意識化できていない。例えば、IT営業の人たちが、営業プロセスを書けるかということである。

意外と書けないかもしれない。ソフトウエアやパッケージ、ツールを売りこむのはうまいけど、プロセス的な思考で段取りをしてアクションを起こしているのだろうか。ITだけから発想するとなかなか行きつかないことも多い。だから、いくらプロセス大事ですよと言っても届かないのだが、そこを改める方策のひとつとしてビジネスモデルから考えてみるという手がある。

まずはビジネスモデルありきという考え方です。ビジネスモデルというのは、大きな意味ではプロセスでもあるのですが、ビジネスの構造あるいは機能といったらいいかもしれません。具体的には、どこの誰に(顧客・市場)、どんな商材を(製品・サービス)、どの経営資源を(ヒト・モノ・カネ等)使って、どのように提供(サプライチェーン)して、どうやって儲けるか(商流)を定義することです。

ビジネスモデルもプロセスであると言ったのは、ビジネスモデルの執行は大きな流れがあるということです。つまり、顧客を獲得して、注文を受付け、提供する商品とその仕様および使用するリソースを決めて、商品を用意して顧客に届け、代金を回収することです。これは大きくはプロセスです。事業プロセスの基本形でどんなビジネスもこの形になります。

そして、いわゆる業務プロセスというのは、ビジネスモデルの各要素を更に分解したものになります。例えば、最初のどこの誰にという顧客とか市場といったエリアでは、新規顧客を獲得するためのプロセスだとか、商談プロセスなどがあるわけです。ビジネスモデルというのは、事業の特質が入り込んだものですから、そこから必然的にビジネス要求が出てきます。

つまり、その事業が他社との競争に勝って存在しているのはモデル上どこが強いのか、あるいは更に強くするためにどこを改善したらいいのかといったことが現れてきます。そこから出てきたビジネス要求を実現するのは何かというと業務プロセスになります。

だから、そこまで考えてからプロセス設計をしないとプロセスを書きますといっても単にいまやっている業務の流れだけを書くことになってしまいます。これでは、見える化にもなりません。従って、まずはどんな形でもいいからビジネスモデルを書くことを最初にやたらいいと思います。

2011年11月 9日

日本企業に いま大切なこと

経営論や「見える化」で著名な野中郁次郎と遠藤功が語り合う「日本企業に いま大切なこと」(PHP新書)を読む。この本の冒頭で述べられているのが東日本大震災であからさまになった日本政治のリーダーシップの欠如で、客観的に現実を直視していないと批判している。そこから、成長戦略も、財政戦略もない日本社会の閉塞勘をどう打ち破るかを論じている。

大きなテーマで章立てをして、そのテーマについて二人が交互に意見をぶつけるという手法である。その章立ては次ののようなものである。

第1部 成功している世界企業は「アメリカ型」ではない
(1)リーマンショックと大震災で何が変わったか
(2)横文字思考の“毒”
(3)傷ついた日本の「暗黙知」と「現場力」
第2部 海外に売り込める日本の「強み」
(4)ムダが多いはずの「総合力」が生きる時代
(5)世界に注目される共同体経営
(6)優秀な個を結集する「チーム力」
第3部 スティーブ・ジョブズに学ぶ 「日本型リーダーシップ」
(7)意思決定のスピードをいかに上げるか
(8)優秀なミドルをどう育てるか
(9)賢慮型リーダの条件

これらを見ていくと、諸手をあげて賛成というわけにはいかない。何となく耳ざわりがいいので、そうかやっぱり日本ってすごいんだから見直さなければいけないと思いこんでしまいそうだが、こうした回帰はちょっと気持ちが悪い。なぜって、ちょっと前までは逆のことを言っていたのだし、どちらか一方ということではなく、そのバランスが重要なのではないだろうか。

だいいち、日本企業のあり方でリーマンショックと大震災で何が変わったかと言われてもぼくはその前から変わっているのであって、りーマンや震災は根本的な問題ではないと思う。そうではなくて、高度経済成長期のモデルと少子高齢化という社会動態の中の成熟期のモデルが違うのにそれを変えられないという問題が一番大きいと思う。

「日本のよさ」というけれど、それは特徴であって良いところも悪いところもあるからである。成長期ではよいとされものが成熟期では通用しないかもしれない。例えば、「総合力」だとか「優秀なミドル」と言ったり、意思決定のスピードを上げる「共同体経営」や「チーム力」ってどうするの、といったことがしっくりこない。

ぼくはむしろ震災以後の傾向として内向きで個別対応的な空気感がちょっと問題のような気がする。つまり、目先のことにとらわれて中長期的な視野を封印してしまうことになりかねない。何だかんだと言ってもいま今を何とかしなくてはという発想である。日本人のこうした木を見て森を見ない、そしてどちらか一方に大きく振れる性格は注意する必要がある。

従って、むしろ欧米的な発想をあえて入れ込んだ方がいいような気がする。昔もてはやされた「Japan as No.1」ごときの論旨では時代遅れであるように思う。経済成長期と現在のような成熟期とグローバリゼーションの時代では軸足の置き方を変えなくてはいけない。本で言っていることは十分にわかるんだけど何かちょっと違うような気がする。個別についてまた議論するつもりだ。


  

2011年11月10日

ステキな金縛り

三谷幸喜はぼくのお気に入りの監督さんである。彼のこれまでの監督作品「ラヂオの時間」「みんなのいえ」「THE有頂天ホテル」「ザ・マジックアワー」はどれもが好きだ。もちろん今回五作目にあたる「ステキな金縛り」も気にいったできばえで、とても楽しませてもらった。着想のすばらしさと遊び心満載の映画である。

三谷は優秀な脚本家であるから、シナリオがしっかりして面白いのが魅力で、本作でも筋立て、セリフがよく練られているのでだれることなく観ることができる。上映時間が142分で長いのだが時間を忘れて飽きさせないところは見事である。

出演者はこれまた三谷一家とでもいうのかおなじみの俳優さんたちが数多く出演している。誰もが主演を張れるような人たちで、ですからエンドロールの出演者表示は登場順である。確か「THE有頂天ホテル」ではあいうえお順だったと思う。

主演はたぶん弁護士役の深津絵里で、落ち武者役の西田敏行、上司役の阿部寛、検事の中井貴一といったところが主なキャストであるが、他に竹内結子、浅野忠信、佐藤浩市、草彅剛、市村正親、小日向文世、KAN、山本耕史、木下隆行(TKO)、小林隆、戸田恵子、浅野和之、生瀬勝久、篠原涼子、深田恭子といった錚々たる面々が個性を発揮しますよ。

映画のキャッチコピーが「証人はただ一人、落ち武者の幽霊。」という奇想天外な設定である。うだつのあがらない弁護士で上司(阿部寛)から見放されかけている宝生エミ(深津絵里)は最後の案件だとまかされたのが、妻殺しの容疑をかけられた矢部五郎(KAN)の弁護である。その矢部が多摩の山奥の旅館で金縛りにあって動けなかったというアリバイを主張する。

エミが実際にその「しかばね荘」という旅館に行って泊った部屋(この部屋の名前が「耳成りの部屋」というのも笑わせる)で矢部に金縛りをかけたという落ち武者更科六兵衛の幽霊(西田敏行)と出会う。そこで、その落ち武者幽霊に法廷で証言するように頼むのである。

そこから、珍騒動が始まる。何しろ、その幽霊が見える人間と見えない人間がいるというわけで、見えない人にとっては、幽霊と話をしている姿が滑稽に映るからである。タクシーの運転手(生瀬勝久)のトンチンカンぶり、ファミレスのウエートレス(深田恭子)のメニューに見せ方などなどギャグが満載で抱腹絶倒である。さらに、阿部寛のタップダンス、中井貴一の手品、佐藤浩市のオーバーアクションも見せてくれる。

コメディであるが、法廷劇の面白さや、主人公の成長物語がちりばめられていて、笑いの中にも思わず涙がでそうになったりもする。このホンワカした暖かさも三谷作品のいいところで、観終わったあと気持ちがなごむのである。

kanasibari.bmp


2011年11月11日

男の伝言板 - 仕事のこと(1)

これまで、出会った人々のことだとか、趣味や遊びのことが中心であったので、少しは仕事の話もしてみようと思う。1ヶ月くらい前に大学で同じ研究室にいて、その後同じ会社で仕事することになったH君が亡くなった。とてもびっくりして言葉もでなかったが、何となくぼくの人生の大きな時間を占めていたサラリーマン生活がフェードアウトしたような気分になった。

ぼくが早く会社を辞めたので、様子がわからないでいたが、学生時代の同期会に誘っても出てこなかったり、常務まで登り詰めたが、今年になって身体をこわしたので顧問になったとか聞いていたので心配はしていた。先月会社の元同僚二人が鎌倉に遊びに行きたいというので八幡宮や大仏を案内して、江の島で地魚を食べながら呑んだのだが、その時もH君はどうしているのかと尋ねたのだが、何とその日に逝ったのである。これから一緒に好きな酒を呑めたのにと思ったのに残念無念である。

ぼくが会社に入ったのが昭和47年である。大学で化学を学んだので石油化学の会社に入社する。これから石油化学が主流になるという頃で、全国でコンビナートが形成された。ところが、ご存知のように昭和48年に第一次オイルショックがやってくる。中東の産油国が原油の公示価格を一気に引き上げたことから始まった。トイレットペーパー騒動である。

石油化学の大元は原油であるから、コストに占める割合が一番大きいというか、ほとんどを占める原料費が高騰したからさあ大変である。会社に入ってさあがんばるぞと思ったのも束の間、減産は余儀なくされるし赤字になるわで困ったのであるが、日本全体がそうであったからし方ないと思うだけである。

そんな時期でのサラリーマン生活であったが、最初は現場に放り込まれた。現場というのは交替職場で当初は3班2交替という過酷なもので、昼間12時間を2日働いて、そのあと夜間12時間を二日勤め夜勤明けの日と次の日が休みというサイクルを繰り返すのである。もちろん、盆も正月も休まない。しかし、今から思うと相当つらかったかと思うがいい経験となったことは確かだ。

仕事の内容は、化学プラントのオペレーションである。石油化学プラントというのは、ナフサという原料を熱分解して生成した生成物を精製・分離して各留分ごと例えばエチレンとかプロピレンなどをタンクに貯蔵する。これらはまたプラスチックの原料にもなる。精製・分離するために、加熱・冷却・圧縮などの単位操作を行うのである。

ただ、扱っているのが可燃性で爆発性のあるものなので操作を誤ったりして漏洩しそれに着火すると大変なことになるのでものすごく気を使った。今なら言ってもいい思うが、入社した年にちょうどシフトに入って現場の記録を採っている時に近くで爆発炎上したのである。この時はもう動くことができずぼーっとしていました。そして目の前の景色が恐ろしさのあまりモノトーンに感じるという映画のシーンのような経験をした。

近頃はあまり工場の事故というのは少なくなったように思えるが、当時はけっこう大きな事故が起きていたように思う。化学プラントというのは基本的には外資からの導入技術であるため習熟度の問題を抱え、それと景気がいい時に事故が起きる傾向があって、オイルショックはあったものの長期的には高度経済成長期であるから、そんな時というのはどうしても無理をしてしまうというところがあるからである。

こうしてぼくのサラリーマン生活はスタートしたのである。丸の内のビルで背広にネクタイという同級生もいたが、ぼくは作業着にヘルメットという格好で工場に通ったし、場合によってはそのまま街に繰り出して呑んだりもした。しかし、この方がぼくの性分に合っていたと思う。


2011年11月12日

3次予選突破

昨日、サッカー日本代表は2014年W杯アジア3次予選・第4戦でタジキスタンに4対0で勝利した。同じ日に行われたウズベキスタンと北朝鮮の試合でウズベキスタンが勝ったため、この時点で日本とウズベキスタンの最終予選進出が決まった。まずはほっとしたところである。

昨日は、ホームの試合で8-0という歴史的大差で勝った相手だから、力の差が歴然としているのだが、アウエーということ、そのアウエーならではのピッチコンディションだったのでちょっぴり不安があったが、杞憂であった。やはり、代表選手たちの技術もアップしているし、精神的にもずいぶんとたくましくなっている。

でこぼこのグランドだから下手に華麗なパス回しをしようとしても無理があるからシンプルに徹するのかと思いきや、けっこうパスも回していた。止める蹴るという基礎技術がしっかりしていれば多少のピッチの悪さは関係ないということだ。慣れてくれば普段とかわらなくなる。これも技術力である。

ただ、最初の30分は相手のがんばりもあり拮抗していた。前の試合でハーフナー・マイクにやられたので今回はマークがきつかったこともあり、彼にめがけて放り込む戦術が通用しなかった。ただ、それでも相手の踏ん張りもそこまでであとは日本のペースで快勝した。

香川の切れがもどってきたので、彼と中村堅剛と遠藤の三人のパス交換で崩していた。ただ、左サイドの駒野からクロスは多かったが、右の内田からがあまりいい攻めがなかったのが気がかりだ。内田の状態があまりよくない。シャルケでもあまり出ていないようだが、出場機会が減ったのでよくないのか、状態が悪いからでられないのかどっちなのだろうか。

さて、15日には平壌に乗りこんでの北朝鮮戦である。もう予選突破が決まっているのでそういった興味はないのだが、北朝鮮のスタジアムで代表が試合をするというのがどんな雰囲気のものなのかが楽しみである。

2011年11月13日

ぜんぶ、フィデルのせい

フィデルというのは、あのフィデル・カストロのフィデルである。「Z」、「告白」、「戒厳令」で有名なコスタ・ガブラスの娘、ジュリー・ガブラスが監督したフランス映画「ぜんぶ、フィデルのせい」は、やはり左翼的な色彩を帯びた作品である。

ただし、監督自身が「子どもが革新的でおとなは保守的という定石を覆し、保守的な子どもと左翼活動家になってしまった両親との対比によって、政治的、社会的なテーマを、新しい視点で描きたかった」と言うように、9歳のアンナという女の子の視点で描かれる。

アンナの父親は、スペインの貴族の出身という弁護士で、母親は女性誌の編集者という恵まれた家庭に生まれる。家も豪華で名門のミッションスクールに通っている。キューバから来た家政婦に弟と一緒に身の回りの世話をしてもらっている。

ある日、スペインのフランコ独裁政権に反対する伯父が死んで、スペインから逃げてきた伯母の家族がアンナの家にやってきて同居することから、父の様子が変わり始める。父は突然母とともに社会主義をめざす大統領選挙で沸くチリに旅立ち、帰国した両親は共産主義者へと変貌していた。

両親がそうなると、アンナの暮らしはそれまでのブルジョア生活から一気に苦しい生活になっていく。保守的なアンナは家に出入りする活動家を冷静な目でみつめ鋭い質問を発したりする。そんな環境の中、自分自身も成長していく。確かにこの時代(70年代)は左翼運動が盛んでパリでも大きなうねりがあった時である。

そうした激動の時代を子どもであるアンナの目線で描いたところは面白かった。アンナを演じたニナ・ケルヴェルは500人の候補の中から選ばれたそうだが、勝気な感じの仏頂面の女の子を見事に演じて監督の期待に応えている。ラストもおもしろく、こうした時代を経て今があるのだとぼくらの世代は懐かしさをもって思うのである。
  
fideru.bmp
  

2011年11月14日

不思議前提とIT ― 「どんなアウトプットが得られるんだ?」と問う不利益

例えば、旅行を企画するとしましょう。あなたは、旅程を細かく決める派ですか、それともなりゆき派ですか。前者のように綿密に計画を立て、だれもが行く場所とか、定番の名物を食べるとかするとある程度の満足感は得られますが、それで楽しいでしょうか。

一方、後者の場合は全部はずれだったなんていうリスクもあるが、自由に行動することによって、思いがけない感動を得たり、すばらしい人との出会いがあったりする。どちらがいいのかということではないのだが、これからのビジネスを考えるとき、楽しさとか気持ち良さのような価値が注目されるようになるとどうも後者のようなアプローチが大切になるのではないでしょうか。

本では「ソリッドプロセス」から「フレキシブルプロセス」へという言い方で柔らかな発想を提案している。従来のプロジェクトマネジメントは後者型で市場調査を綿密に可能な限り精緻なゴールイメージを描いて進めているし、PMIが策定したPMBOKなんかもそうした「ソリッドプロセス」を推奨している。

作るものがはっきりしているものと、モノやサービスを考えながら、これから生み出していこうというケースではやりかたが当然違っていて、ITで考えてみると、プロダクトや組み込みソフトなんては比較的ゴールが見えているので「ソリッドプロセス」ですが、サービスシステムなんていうのは、はっきりとしない場合が多いように思う。

業務システムというのもある種のサービスシステムだから、「フレキシブルプロセス」でシステム構築したほうがよさそうだ。ところが、特に従来型のウオーターホール開発なんていうと、きっちりとアウトプットを定義して作るし、パッケージなんかも見え見えのゴールを持ってくるわけである。

最近のアジャイルなんかもそうだが、デザインの世界でもIDEOが言っている「プロトタイプ発想」だとか、「ベータ版」の考え方などのように、ゴールを決めないで完成形をリリースするのではなく、完成形をめざしてつづけるというアプローチが重要になってくると思う。開発者と使用者が一緒になって、ワークショップのような形態をとりながらこうしたアプローチで作り上げていくことが主流になるのではないでしょうか。

別の角度から見てみると、業務システムの中にも同じような考え方を注入する必要がでてくると思う。つまり、業務そのものも「ソリッドプロセス」から「フレキシブルプロセス」へと転換させるのである。フローやルールといったものを固定して、その通りに遂行するのではなく、案件や条件変更にそれこそ動的に対応していくイメージだ。

もちろん全部がそうだと言うわけではなく、ERPはソリッドプロセスでいいわけだが、顧客接点のサービスプロセスでは、多様なお客さんにきめ細かく応対しようとしたら、「フレキシブルプロセス」にしないといけないのである。苦情が来ていつも決まりきった答えしか返さなかったらどうなるかを考えたらわかるでしょう。

「応援したくなる企業」の時代 マーケティングが通じなくなった生活者とどうつき合うか (アスキー新書)
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2011.9.19
  • 博報堂ブランドデザイン
  • 新書 / アスキー・メディアワークス
  • Amazon 売り上げランキング: 5334
Amazon.co.jpで詳細を見る

  


2011年11月15日

IT再考-情報システムは組織である

逆の言い方、すなわち組織は情報システムであるといってもいいのだが、情報システムと組織は密接な関係になっていると思う。前回、ビジネスモデルが一丁目一番地だと指摘したが、そのビジネスモデルを実行する主体って何かと考えたときに組織であると言える。

個人が勝手にビジネスをしているわけでもないし、ほっといてもコンピュータがみんなやってくれるわけでもない。ビジネスモデルに対応した組織が編成され、その組織の一員として個人がいることになる。そして組織の構成員それぞれが何らかの形で関係し、連動して動いている。それはまさにシステムそのものであると言える。

組織と人のシステムが機能するためにコンピュータを使った情報システムが存在する。従って、両者は表裏一体で組織は情報システムに重なり、情報システムは組織を映し出す関係が必要だと思う。企業として営むべき事業のビジネスモデルが設定され、それを表現するビジネスプロセスが定義されたら、それを実行するために一体となった組織とシステムが構築されるべきなのである。

組織とシステムが表裏一体であるといったが、それなら組織論からシステムを考えてみたらどうだろうか。ここで特に強調したいのは、階層化の考え方で、サイモンは複雑な問題は一挙に対処できないから、問題を分解して組織目的の階層化を行うのだと言っている。当然組織の意思決定も階層化するわけで、課長、部長、事業部長のやるべき意思決定のレベルは違うのである。そうしないと組織全体の目的を達成できないからである。

こうして、組織が階層化されその各々のレベルで意思決定の責任者がいる。組織は意思決定の複合体系である。ということは、表裏一体である情報システムも階層化されてそれぞれの責任者がモニタリングしコントロール&マネジメントができる情報システムがなければいけない。ところが現実の情報システムはそうはなっていないのである。

いやありますよと反論する人もいるかもしれない。経営コクピットなんて言葉があるのでそれがそうですよと言う。しかし、よくよく見てみると成果に対する分析だとか、リソース状況だったりする。特に上位職位の意思決定のためのシステムが貧弱というかないに等しいのである。担当者のタスク管理が主で、その結果を承認するという機能しかない。今のシステムでの承認という行為は意思決定ではない。

組織としての合理的な意思決定が会社を動かしているとしたら、従来のままだと情報システムの寄与は少ないと言わざるを得ない。さらにバーナードの組織論の3要素である「共通目的」「協働意欲」「コミュニケーション」を意識した情報システムになっているだろうか。どうも、実行部分は担当者のタスク管理までであり、上位者はその承認と実績データの分析結果を見ることだけになっているように思える。もっと、各階層でのオペレーションを意識したシステムが望まれるのである。

2011年11月16日

負けてもいいんじゃない

昨日サッカー日本代表は北朝鮮に0-1で敗れる。負けても悔しくないゲームも珍しい。昨日は仕事で東京に出ていて、午後3時に終わったのでそのあと4時からの試合を日暮里の韓国料理の居酒屋で一杯呑みながらテレビを見ていたという変な(優雅な?)一日であった。あまり興奮もせずに淡々と眺めていた。

負けても悔しくないのにはいろいろな理由があって、もうW杯アジア3次予選の突破が決まったあとの消化試合だというのが大きいし、不敗神話なんていずれ崩れるんだから、こんな時に負けておいた方がいいとも思うからである。まあ、ケガをしないで終えたのでよかったのではないでしょうか。

サッカーの試合で勝敗を分ける要素は数多くあって、個人の力、組織の力、力の中にも身体能力、技術力、知力、精神力などがあり、他にも戦術、コンディションなどであろう。そして、非常に重要な要素のひとつがモチベーションであろう。モチベーションとはある目的に向かってそれを達成しようとする行動をとらせる動機であるから、サッカーの試合では勝とうという意欲を生む動機であろう。誰でも持って臨むのであるが、何が何でもとか死ぬ気でがんばるかという程度問題である。

昨日は、このモチベーションで決定的な違いがあった。日本代表には何が何でもというインセンティブはないが、北朝鮮には「将軍様」がついているわけだから歴然とした差があった。その差が技術や戦術の差を埋めてしまうのである。だから、あまり勝った負けたの評価はしなくてもいいのだ。第一メンバーだって準レギュラーで戦ったわけだし、真剣勝負になったらどうなるかはわからない。

ただ、少し注文をつけたい。昨日の試合を見ててある既視感におそわれた。それは、先日母校の高校のサッカー試合を何度か観戦した、あの光景とダブったからである。高校生の試合を見ていてどうもJリーグのトップレベルとかヨーロッパや南米のリーグ、あるいはワールドカップの試合と違うなあと思った。もちろん、技術とか体力などは大きな差があるのは当然なのだが、試合の形というかグランドの使い方、選手の動き方というようなものが明らかに違っている。

グランドの狭い使い方、ボールの蹴り合い、中央に向かって放り込むだけ、組織的な動きがないなど子どものサッカーがそのまま大きくなったと言う感じなのである。昨日の北朝鮮はまるで高校生のようなサッカーをしていた。

それをかわしきれない日本代表に不満があるのだ。そこがまだ上のレベルに行くまでの課題かもしれないのだが、ここはあまり意識する必要はないとぼくは思う。なぜなら、ワールドクラスのチームに勝とうというのにそこのレベルでは北朝鮮のような試合をするところはどこにもいないからである。

今回はこんなところで試合ができた、ああいい経験ができたくらいでいいのではないだろうか。

2011年11月17日

白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々

第55回 ベルリン国際映画祭で最優秀監督賞と最優秀女優賞を受賞した「白バラの祈り」を観る。2005年製作のドイツ映画で監督が新鋭マルク・ローテ ムントで主演がゾフィーを演じるユリア・イェンチである。

題名にあるように、反ナチス運動 を展開した「白バラ」メンバーのゾフィー・ショルが逮捕され、5日間という短い尋問の末の判決、処刑に至るまでを描いたものである。史実に基づいているのでゾフィー・ショルは実在の人物である。これまだは誰も知らなかったのが最近になって尋問記録が見つかってその存在があきらかになったという。

敗戦近くの1943年、ミュンヘン大学の学生らの活 動グループ「白バラ」がヒトラー政権打倒と戦争終結を呼び掛け非合法な活動を展開していた。その主力メンバーである兄のハンスの影響で彼女も参加していたのである。

ある日、危険を承知で大学構内でのビラ撒きを実行する。しかし最後のビラをゾフィーが階上からばら撒いた瞬間、目撃者の告げ口で2人は逮捕される。そこから、過酷な取り調べが始まる。この尋問官を演じたアレクサンダー・ヘルトの迫真の演技が光る。鋭い目つきで蛇のような恐さを見せるのだが、徐々にゾフィーに対する同情や理解が芽生えていくほんのちょっとした表情やしぐさがとてもすばらしかった。

たった5日間の尋問と裁判で処刑されてしまうが、映画はその5日間をドキュメンタリータッチで淡々と描いて見せるが、最初は普通の女子大生だったゾフィーが日に日に筋金入りの闘士のように映ってくる。それは、信念を貫く覚悟のようなものが徐々に醸成されていき最後は殉死という結果だったと思う。

人は何のために命を賭けるのだろうか。命を賭けられるようなものがあるのだろうか。おそらく、ほとんどの人々は、普段そんなことを深刻には考えていないし、激しい活動をしていたとしても命を賭けるほどの覚悟はできてないと思う。しかしながら、彼女はたった5日間でものすごい変化をし、信念の人になった。少なくともぼくにはそう思える。多くのナチス映画があるが、静かにしかし心の奥深く突き刺さる作品であった。
  
sirobara.bmp
  

2011年11月18日

生命を捉えなおす

「生命を捉えなおす」(清水博著 中公新書)は衝撃的だ。以前から気になっていたがやっと読んだ。佐々木俊尚さんの本の書評でも取り上げたようにいろいろな人が絶賛している。本書は1978年に初版が出て、また20年経って増補されて第2部が加わった。しかし、第1部の内容も30年以上前に書かれたとは思えないものである。

いまでこそ、生命科学とか脳科学あるいは遺伝子の解明が進んで、そこから生命を捉えているが、「生きている状態」を科学的に記述するには物質の組み合わせをどれほど正確に記述してみても、そこから生命活動は 出てこないと言っている。まして脳のふるまいや意識の活動は出てこないのだと。著者はそこから深い洞察に入るのである。

こんなことを言うと非常に難しそうにみえるでしょうが、実はそうではなくてぼくのような人間にもかなり分かるのである。それはなぜかというと、生命論を展開しつつ、人間の意識のことや社会の在り方、そして社会のなかでの人間の行動を引き合いに概念を説明しているので分かりやすいのである。

この本で述べている論点は松岡正剛に手伝ってもらうと、「動的秩序は自己生成する」ということ、そこには「非平衡非線形の現象」があらわれているということ、「リズム振動が形態形成をしている」ということ、そこには「場の情報」がはたらいていること、それらの動向には「関係子がかかわっている」という、この5つなのだという。

最初に言ったように、生体を構成している元素とか分子はほとんど分かっている。しかしだからと言って「生きている状態」を説明できないのだ。ぼくらは、遺伝子が解明されたから、そんなことは分かっているだろうと思いがちだが、語ることができない。そこについて清水博という学者は切り込んで先ほどの5つの仮説を立てたのである。

ぼくが非常に興味をそそられたのは「場の情報」という概念です。このように定義しています。

環境には、物理的な環境とセマンティックな環境の両面がありますが、この内で後者のことを(情報の)「場」と定義しています。この裏には、「生物は情報を発信し、情報を受信しつづける存在である」という考えがあります。自己の言語化された世界(意識)に、その自己が置かれている環境(場)から言語化されていない情報を運ぶ働きを持つものとして「場の情報」というコンセプトを考えてきました。場の情報は、自己を取り巻き、かつ自己をその構成要素として包含する環境(場)から自己にフィードバックないしはフィードフォワードしてくれる情報のことで、まだ自己の内部で論理化または言語化されていないものです。

何やら、情報システムの匂いがしやしないですか。そうなんです、この本の中には情報システムに当てはまるようなことが数多く登場します。そこを考えていくと、情報システムも生きた状態を保ったものにしなくてはいけないことに気づきます。このあたりはまた個別に議論したいと思います。何はともあれむちゃくちゃ面白い本です。
  

  

2011年11月19日

ボルベール<望郷>

またもや女ばかりの映画である。2006年のスペイン映画「ボルベール<望郷>」は、血の繋がった三世代の女性による人間ドラマである。監督が舞台となったラ・マンチャ出身のペドロ・アルモドバルで主演がペネロペ・クルス、ロラ・ドゥエニャス、ヨアナ・コボらで、何とペネロペ・クルスを含む女優5人が第59回カンヌ映画祭で女優賞を受賞するという偉業を達成した。

だから、映画はもう女優たちのものです。もちろん男も出てくるが、血のつながりがないとはいえ自分の娘に手をつけようとするやつとかろくなやつではない。男なんてあてにしないよと叫んでいる。最近は日本映画もそうだが、女を中心にしたものが多い。たしかに、男の三代記だとか男三兄弟なんて面白そうではない。

スペインのラ・マンチャの小さな村の墓場で強い風に吹かれながら掃除しているところから映画は始まる。3年前の火事で失った両親の墓をライムンダ(ペネロペ・クルス)とソレ(ロラ・ドゥエニャス)の姉妹とでライムンダの娘パウラ(ヨアナ・コボ)ある。3人は普段はマドリッドに住んでいるのだがときどきこの村に来るのである。

そして事件はこの墓所の手入れから帰った次の日に起こる。ライムンダが電話をかけても全くつながらないので不審に思って通勤バスから降りると、バス停で雨に打たれながら待っている娘の姿があった。娘がライムンダの夫を殺してしまったのだ。実父ではないからと肉体関係を迫られたので思わず刺したと告げる。

また、その時ラ・マンチャにいる伯母の急死の報を姉から聞く。だが、そういう事情なのでライムンダは行けないと姉のソレに言う。ところがソレが伯母の葬儀に行くと信じられないものを見つける。死んだはずの母親が生きていたのだ。ソレは母親を連れて帰るが、ライムンダには内緒にしておく。

さてそこからは母親とライムンダの再会からそれぞれの過去があぶりだされる。三代にわたって男に対して同じようなふるまいをしていたのである。それはそれは「げに恐ろしきは女なり」を地で行った話で、強さ、たくましさ、したたかさが満載である。犯罪を犯しているのに平気を貫いているし、映画ではそれを非難するそぶりもないというすごい映画なのだ。
  
birube-ru.bmp
  

2011年11月20日

不思議前提とIT ― 「下から意見が出ない」という勘ちがい

本では、従来のマネジメントにおいては成長期ではトップダウン型の組織運営が主流だったのが、成熟期に入るとなかなかイノベーティブなアイデアが出てこなくなって、そうした状況を打破するために現場の視点や若手の発想に期待してボトムアップ型に移行する企業が多くなったと言っている。

そうだろうか。日本ではずっとボトムアップ型、せいぜいミドルアウト型が主流でトップダウンは少ないと言われたと思う。ただ、イノベーションを起こすような、あるいはトップランナーはだいたいがトップダウン経営であったのではないでしょうか。ですから、成長期はボトムアップ型でも十分戦えたのが、成熟期では生き残れなくなってきたというのがぼくの見立てなのだがどうだろうか。

ただ、トップダウンとボトムアップという二元論ではないと言うことである。上下の関係ではなく横の関係を強化せよということで、それが管理型組織から共創型組織へということになる。確かに上意下達的な動きだとか、現場の改善といったものではクリエイティブなことは難しいであろう。トップダウンでもなく、ボトムアップでもないハイブリッド型の組織が望まれるのである。

システム開発のエリアでも同じことでウォーターフォール型の開発はトップダウン的であるが、最近のアジャイルだとか、ウエブ系の開発者がやっているような開発形態は共創型組織である。コラボレーション型あるいはネットワーク型とも言えるやり方である。この方が、みんなの知恵を生かす集合知を得やすいのである。

ただ、ビジネスの社会ではそう簡単に共創型組織に移行できるわけではない。特に大企業ではアメーバみたいに組織が乱立されたら困ってしまうわけで、もう少し緩やかな形が現実的だろう。それに対して提案されているのが「「ビジネスワークショップ」とか「ビジネスキャンプ」と言われるものである。数十人程度のメンバーが集まり、参加者が自発的に発言したり、発想したりしながら一緒に課題の解決に取り組むというスタイルである。

これは、社内だけに限らず会社間、更に異業種の会社と、あるいはお客さんと一緒になったワークショップなどがこれからは盛んになってくるかもしれない。TPPの話を持ち出すまでもなく、タコつぼから抜け出していかないと取り残されていくのは明らかなのだから、開かれた世界を作り出していくことが肝要である。

こうした動きに対してITはどうしたらよいのでしょうか。ひとつは先ほど言ったようにトップダウン的な開発形態ではめまぐるしく変化するビジネス環境に追随できないからアジャイル的な開発に持っていかないとビジネス側から不満が飛んでくるはずである。また、共創型ビジネスを支援するための仕組みをどう構築するのかという課題も生じている。

みんなの知恵が出しやすい場をつくるとか、知恵の集合をアーカイブする、あるいはメンバー同士のコミュニケーションを活発化させるとかいった機能を充実させる必要があると思う。このあたりは、ウエブサービス系の世界ではすでにかなりのところまで実際にやっているので大いに参考にしたらよいと思うのである。

「応援したくなる企業」の時代 マーケティングが通じなくなった生活者とどうつき合うか (アスキー新書)
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2011.9.19
  • 博報堂ブランドデザイン
  • 新書 / アスキー・メディアワークス
  • Amazon 売り上げランキング: 5334
Amazon.co.jpで詳細を見る

  

還暦を祝う会

昨日は高校のサッカー部の還暦を祝う会に出席する。今年60歳になる後輩たちを祝うのである。この会は、ぼくらの世代が還暦を迎えた時に始めたもので4回目になる。昨年までは上下2世代、すなわち入学した時の2、3年生と卒業する時の1、2年生を集めて行っていたが、今年はさらに拡げて上下3世代になった。50人くらいが出席する。

もちろん、顧問の先生も参加。76歳になるがまだまだお元気で、来年は喜寿なので盛大にやってくれと自ら口にしてみんなからブーイングを受ける。昨日来た連中の中に医者がいて、内科医、歯医者、そう言えば外科医もいて、顧問の先生のお世話をしている。さらに、不動産会社にいるヤツがいて、先生のマンションもそいつがあっせんしたのである。

先生というのはいいなあと言ったら、隣に座った同期のヤツが先生時代は自分の生活を犠牲にしてやってきたんだから、そのくらいの余禄があってもいいんじゃないと言われる。確かに、先生としても努力の結果が教え子という財産を生んだわけで、昨日はそんなことを実感した1日でもあった。

皆が昔のエピソードを話すのだが、面白かった話をひとつ。キャプテンが言ったのが、ある大雪が降った日に試合があって、寒くてしょうがない、そこで顧問の先生がウイスキーを買ってこいとマネージャーに言って、それを飲みながら試合をしたという。そうしたら、それを受けてマネージャーだったヤツが買いに行ったのはぼくですという。分からないからサントリーレッドを買ってきたら、バカもっと高いのを買ってこいと怒られたというのである。高校生が酒を飲みながら試合をするという何ともおおらかな時代でした。

今日は、本来なら同じ高校の1年生のときのクラス会である。もう亡くなられたその時の担任の先生のお墓まいりをしてそれから飲みながら会食というのであるがあいにくと用事があって出席できないが、この先生は逆に教え子という財産を見ることなく若くして交通事故で逝ってしまったのである。

2011年11月22日

IT再考-遊び心

先日、家からさほど遠くないところにある中小企業を訪問する。その会社は従業員が20人弱で精密切削加工が主要事業である。最近はJAXAの仕事などもやっていて非常に技術力が高い会社である。そこのまだ30代半ばの2代目の常務の方と情報交換というか、先進的な中小企業がITに関してどんなことをやっていて、どんな課題を抱えているのかを聞きにいったのである。

うちの社長(息子)と二人で車で小1時間のところにある工場の2階にある事務所で席についたのですが、その机の上に置いてあるプロダクトが面白い。何に使うという用途が定まっているわけではなく、ただこんなものを作ってみたいから作ったのだという。極めつけは6足歩行のロボットである。まるで昆虫が這うように動く様は驚異的だ。それが単にサーボモーターだけで動かしているという。デザインとエンジアリングの融合なのだと言う。以前紹介したダイソンの社長と同じ言である。

さて、肝心のITの話であるが、当方から紹介した話に興味を持っていただいたが、その一連の会話の中で面白いと思った彼の言葉が、いまの業務システムには「遊び心」がないということである。使っていても楽しくないし、やらされてる感はあってもワクワク感がないと。遊び心と言った瞬間にビビッときますよね。

例としてこれまた愉快だったのは、みんな見える化なんて言っているけど、本当に見える化したらどうかということで、お金の流れを「見える化」したいのなら、オーダーもらったらお金が落ちてくるとかにしたらどうかとか、データを登録したら、ごくろうさまでしたとか音声がでてくるようにしたらどうかと言う。

彼らたちは最初に言ったようにおもしろいこと、楽しいこと、気持ちいいことを作ってしまうという精神が根付いているから、今の業務システムみたいな型にはまった窮屈感に不満があるのだ。このことはこれからの業務システムを考える上で重要なことだとぼくは思う。このブログでも何度も主張しているように不機嫌な職場にならないためにも楽しく仕事をするためのツールとしてのITが望まれるのであう。

さらに、もうひとつ、自動化という問題である。彼は元いた会社で徹底的に自動化を推し進めたことがあるという。どうしたかというと、製作の手順を決めてそのとおりに動くように装置を設定してそのプロセスに乗せることをした。確かにそうすれば全自動が可能である。ところがである。それは洗濯機の全自動のように全くの定型であればいつもいつも同じパターンでかまわないのだが、現実の製品というのはなかなかそうはいかないでちょっとした差異も含めて違うプロセスになるのである。

ということはどうなるのかというと、注文が来るたびにプロセスを設計し、装置の設定プログラムを変え、段取り替えを行うのである。製作工程そのものは全自動になっているが、その工程そのものを随時設計するという設計も含めたマクロ的なプロセスが自動化できなかったのだ。そのため全自動化してコストダウンになるはずがかえって再設計や段取り替えのコストの方が上回り何のための自動化だったのかがわからなくなったという皮肉な結果だったのだそうだ。

これも非常に示唆的な話で、BPMでもビジネスプロセスオートメーションということを標榜する人もいるが今のような例でもわかるように何でもかんでも自動化することが合理的であるとは限らないので、ぼくの意識ではBPMでいうプロセスエンジンという機能の評価はそれほど高くないのである。

いつも同じようなパターンが数多くあるような場合では自動化という効果があると思うのだが、そうでもないケースでもプロセスエンジンで回そうとするのはどうかと思うのである。分かりやすい例で言うと、自動化したいがために分岐をつくることと分岐は人間の判断にまかすということの差異の評価をきちんとするということである。

ということでちょっとした時間の中でかなり中味の濃い話ができうちの社長も感心していたし、ぼくもかなり刺激を受けたので、少し楽しげな提案も考えてみたいと思うのである。
  

2011年11月23日

安定した勝ち方

昨日のロンドン・オリンピックアジア最終予選で、U-22サッカー日本代表はアウェーでバーレーン代表に2-0で勝利した。初戦でシリアに負けているバーレーンはこの試合何としてでも勝たなくてはいけないので相当気合いが入っていた。しかし、日本代表は終始安定した戦い方で勝ち点3をゲット。この勝ち点は非常に大きいと思う。

昨日の代表の安定性はやはり守備がしっかりしてきたこから出てきたということだろう。GKの権田と永田、鈴木のセンターバックを中心に零封した力は、以前のようにポカが多かった頃に較べると進化している。やはり、チームというのは中日の落合じゃあないけどディフェンスから入るのがいいのだろう。

風下の前半はバーレーンのがんばりもありなかなか点がとれずにいたが、44分に扇原のコーナーキックから、バーレーンGKがパンチングしきれずボールが流れたのを大津がすべり込みながら右足アウトサイドでシュートして先制する。前半終了直前というちょうどいい時間帯で待望の先制点を奪い気持ちよく前半を折り返す。

後半に入り、風上になったのでいい攻撃ができるかと思いきやなかなかうまくいかなかった日本だが、67分に追加点を挙げる。左サイドから扇原がクロスを挙げ、東がDFと競り合いこぼれたところを山田がシュート。それをGKはじいたところを東が押し込んだ。

実は日本のようなパスサッカー主体のチームは意外と風上での攻撃が苦手なのである。むしろ風下の方がやりやすい。一方バーレーンのようなチームは風上が有利でなので、そんなに一方的にはならなかったのである。それとピッチコンディションが悪いのもあるがむしろグランドが狭かったことがあまりいい攻めの形がとれなかった原因である。

いずれにしろ、不利な条件が重なったにも関わらず安定した戦い方、とくに無得点で抑えたと言うことは評価される。いよいよ27日にホームでシリアと対戦するが、ここで勝つとぐっと五輪出場を引き寄せるのでがんばってほしいと思う。

2011年11月24日

男の伝言板 - 仕事のこと(2)

仕事のことをもう少し。ぼくが会社に入って最初のトピックスは何といっても海外派遣で中国に行ったことであろう。3年を過ぎたある日、今中国で実質上初めてとなる石油化学プラントを建設しているが、その試運転から立ちあげまでスーパバイザーとして行ってくれと言われたのである。

まだ、26歳のおれが指導員? プラントのライセンサーが同じだということで請われたのであるが、会社としても初めてのことで、ほんとうはまだ早いと言いたかったのであるが、そうもいかず派遣メンバーに一員になった。他に6人が選ばれたがみなベテランぞろいで経験のない身としては不安がいっぱいである。

1976年(昭和51年)3月に北京空港に降り立つ。いきなりびっくりしたのは着くとすぐに銃を持った兵隊さんが機内に入ってきてにらみを利かすのである。そして、入管では入念なに持つチェックがあり、空港から宿舎(招待所という)までがまた恐ろしいことに。もう夜中になってしまったのだが、車のライトを点けないで走るのである。そして、対向車が来るとパッと点灯する。これって逆じゃないかと思うのであるがこれが中国の常識である。

プラントがあったのは北京の南西60Kmの燕山というところで、あの盧溝橋を渡っていき北京原人で有名な周口天の近くである。恐ろしい思いで招待所に着くとまずはパスポートを取り上げられる。おおー、これでおれの命は中国の手の中にという思いがよぎる。先遣隊の人たちが、ここで悪いことをしたらゴビ砂漠へ放逐されるぞと脅かす。いやはや、とんだところに来たと嘆いても始まらないので気分を入れ替える。

当時の中国の状況を少しお話しておくと、まさに激動の年であった。この年の2月に周恩来が亡くなり、その追悼デモから第一次天安門事件が4月に起きたのである。招待所にいたら世間の動きが全く分からない。何にしろ周囲1Km四方内しか出られないし、2週間に1度バスで北京市内に連れていってもらうしかないからである。だから、事件のことは日本からの新聞で知った。

そして、7月には唐山大地震があって、ぼくはたまたま運よく一次帰国していたので難を逃れたが残った人たちは当分の間テント生活を強いられた。8月には毛沢東が死んで、10月に江青らの4人組が捕まったのである。つまり、ぼくらが行った頃はまだ文化大革命が進行中だったのである。こうした激動の時代をまさに肌感覚で知ったことは大きな影響を受けた。実は日本でも揺れ動いた年でもあった。ぼくが中国で仕事を終えて帰国した日に田中角栄が逮捕されたのである。あのロッキード事件である。

そうした文化大革命のさなかで仕事をするということは大変なことであった。何にしろ4月の天安門事件で鄧小平が走資派と名指しされ追放されたわけだから、資本主義の手先である日本人は好かれるはずがない。スーパバイザーだから、指導するのが仕事なのにその指導に対して大衆討議にかけられるのである。日本人のあの人がああ言っているけど聞きいれてもいいだろうかとくる。これでは、急ぎの仕事に支障がでるのだが、党員の監視の目があるから緩いことはできないのである。

まあ、そんなことで失敗もしたし、勉強にもなったし、ものすごい経験になった。その後も5年間隔くらいで訪問したがぼくらが働いていた時から急速に変化した姿に本当にびっくりした。あれからたった35年で経済も街並みも人々の生活も劇的に変わっていて、日本の戦後の35年と同じような感じである。

ただ、中国人気質は変わりようがなく昔も今も仕事で悩んでいるのは同じかもしれない。しかし当時も感じたのだが中国人といっても多民族だから様々な人種がいるので接し方に違いがある。それと憶測かもしれないが、日本人に対する嫌悪感が痛めつけられ具合で差がある。概して、北より南のほうが強いように思う。

ぼくは、その中国での仕事のとき満州族の李さんというひとと一緒だった。その人はいいひとでぼくは好きになった。そして彼が15年後にある公司の日本支社長として赴任してきたときに一緒に仕事をした。休止プラントを解体して中国に運んで再稼働するというプロジェクトを企画した。ただ、条件が折り合わず成約できなかったが、すごくフレンドリーに仕事ができた。こういう中国人もいるのだ。

ITの仕事についてからも外注のプログラマーに二人の中国人を使った。一人は青島、もう一人は上海の子だったが、2人ともいい大学を卒業した優秀なエンジニアだったし素直な好青年であった。上海の子は途中で戻って起業することになった。彼の事業計画をチェックしてあげて成功を祈るべく二人でささやかな壮行会をしたら涙を流して帰っていった。

青島の子は日本で中国人の女の子と結婚して子どもできたのだが、何と日本人に帰化してしまい永住することになった。だいぶ前になるが川崎で二人で呑んだときまた一緒に仕事しようよという話になっているがとりあえず安定した仕事についてがんばっている。ぼくの仕事で一緒になった中国人はみないい奴ばかりだ。たまたま運がよかったからかもしれないが。
 

2011年11月25日

ヴェラ・ドレイク

しばらくヨーロッパ映画の秀作を見続けている。ヨーロッパ映画のキュレーター(佐々木俊尚さんの「キュレーションの時代」を読んでみてください。水先案内人といった意味)である北野義則さんという方のブログで彼なりの歴代のベストテンを記録してくれているのでそこからピックアップして、観ている。

「ヴェラ・ドレイク」は彼の2005年ベストワン作品である。2004年度ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞と主演女優賞のダブル受賞を果たした作品で、監督がマイク・リーのイギリス映画である。主演がまじめなおばさんがお似合いのイメルダ・スタウントン。

時は1950年というから戦後まだ日が浅いころのイギリスが舞台である。働き者の普通の主婦のヴェラ(イメルダ・スタウントン)ではあるが、家族にも話すことができない大きな秘密を抱えていた。それは妊娠をして困っている女たちを助けるために堕胎を行っていたことだった。

まるで罪の意識もないように女たちを助けるヴェラだがあるとき彼女に処置を受けた女性の容態が悪くなって医者に駆け込んだところから違法な行為が発覚してしまう。このような社会のひずみがごく普通の人に降りかかることはよくあることで、だからこそ問題の大きさを知ることとなる。善意からでた悪事という歯がゆさを持った現実を許すのかという切実な問題を投げかけてくるのである。

そこに彼女を取り巻く、特に家族との絆にももちろん踏み込んでいくのだが、それが壊れるのではなく、さらに強固になって行くという救いを入れ込むことでこの作品がまた一層味わいのあるものにしている。

イギリス映画というとジェームスボンドやクイーンものだが、こうした地味で思索的な映画もあって、基本ぼくはあまり好きではないのだが、たまには深く真摯に向き合う映画もいいものだと思ったのである。何と言っても美男美女が出てなくてどこにでもいそうな感じの俳優さんばかりでこれもまたたまにはいいものだ。

doreik.bmp
  

2011年11月26日

SNSとお笑い芸

ソーシャルネットワークサービス(SNS)とお笑いの芸がなんで関係があるのか不思議に思われると思います。また、強引にこじつけてつまらない話をするのではと思われているかもしれませんが、今から、広義のSNSとしてBlog、Twitter、Facebookを取り上げて勝手な分析をおこなってみます。

ぼくは、Blog、Twitter、Facebookの一応ユーザーになっている。しかしながら、Twitter、Facebookは積極的な利用者ではない。たまに、ながめるといった程度である。ちょっと前官藤官九郎が面白いことをいっていた。これがおもしろいのでちょっと脱線する。

Twitter破りという遊びだというだが、カフェで自分ではつぶやかないで、検索窓に「クドカン」と入れるのだそうだ。そうすると、クドカンを見たというつぶやきが出てくる。ということは今自分の近くにこれを書いたヤツがいるわけなので、きょろきょろあたりを見渡すのだ。それからどうするか。その書いたヤツの過去のログを手繰るのである。

そうすると、ネールアートを施したなんて書きこまれている。さあ、爪を化粧しているヤツはどこだとなる。で誰が書いているかがだいたいわかるのだという。すると書き込みが「クドカンを見た」から「クドカンに見られた」に変わるのだという。大笑いした。

すみません、話を戻すと、ぼくは有名人でもないのでこんな遊びはできないが、Facebookもそうだがほとんど書き込みをしない。その替わり、こうしてBlogを書き続けている。ただ、Twitter、Facebookを使わないというのはBlogを書いているからというだけの理由でもない。書きこめる字数が少ないとか、長い文だと読んでもらえないということもあるのだが、性格が微妙に違うと思う。

うちの社長などはTwitterはミニBlogだなんて言うけどそれぞれに差があるように感じる。それが、お笑い芸ということに行き着くのだ。お笑い芸というのは落語や漫才、コントなどであるが、テレビのおかげでネタをちゃんとやらない番組が多く出てきてそればかり出ている芸人も数多くいる。

それとの対応関係を思いついた。ちゃんと寄席とかでネタをやるのがBlogで大喜利とかアメトーク、すべらない話なんかがFacebook、バラエティのひな壇でコメントを言ったりするのがTwitterという見立てなのだがいかがでしょうか。

Twitterなんてもうリアクション芸みたいなものですよね。瞬間を切り取ることを繰り返すわけである。Facebookはある程度のグループ性がある中でのコミュニケーションである。同好の士とか同窓生とかプロジェクトメンバー同士とか、テーマ性がある。さっき例示した大喜利とかアメトーク、すべらない話なんかそんな感じですよね。

テーマを決め言いたいことを理解してもらう、あるいは主張するといったことは文章もある長さがいるし、芸で言えば演題を決めて時間をかけてじっくり演じて初めてできることである。どうもそんなことを感じて、ぼくはテレビにも出ないで寄席でしっかりといい噺を聞かせる落語家の心持ちにならってBlogを書いているのである。
  

2011年11月27日

セミナーの講師をします

来月の12月16日から4回にわたってぼくが世話人を務めます「続・情シス若手勉強会」(日本BPM協会主催)を開催します。ぜひ興味のある方は参加してください。この勉強会は“続“とあるように昨年に始めたもので今年は2回目となります。対象が情シス部門および情報子会社の35歳以下の若手エンジニアですので、このブログの読者で直接本人が対象となっていなくても、部下にそういった人がいる場合もあると思うので勉強のために送りだしてみてはいかがでしょうか。

この勉強会はただ一方的に知識を詰め込むような講義形式ではなく、みんなが自分の頭で考えて議論する場を提供することをします。若手のエンジニアは普段目先の業務に追われ、じっくりと考える時間とか、同じ年代の外部の人たちと接する機会も少ないと思います。そうした日常からちょっと抜け出てみてはいかがでしょうか。

テーマは、BPM協会主催ですのでもちろんBPMに関するものです。BPMそのものがどんなものであるかは「BPM入門セミナー」で学ぶことができますが、勉強会ではBPMとはこうだというより、あなたの考えるBPMはどんなものなのかということから始まって、BPMを実践することが大事であることを肌で感じてほしいと思っています。だからといって、押しつけるわけではありませんし、正解があるわけではありません。自分で納得できるやり方を模索してほしいのです。

そのために、今回は事例研究的なプログラムを用意しました。抽象的な話より具体的な例を題材にした方がよりわかりやすいからです。事例もかっこいいものというより身近にあるもので実際に戦略からビジネス要求、プロセス設計、実装、オペレーションまで行ったものですので実効性のある議論ができると期待しています。

ぜひ皆さんのご参加をお願いいたします。お申し込みはこちらから。

もうひとつは、12月22日にVCPC(バリューチェーンプロセス協議会)というところが主催するメンバーズミーティングで「非定型業務のIT化の事例と構築方法」と題して講演します。実際に今野製作所様で行ったシステム構築についてお話することになりました。ほとんどお金をかけずに手持ちの汎用ソフトで超短期間で作って、その結果売上をほぼ倍増させたという例を解説しますので是非聞きにきてください。

会員のかたでなくても有料ですが聴講できますので、こちらからお申し込みください。

  

2011年11月28日

勝負強くなった

昨日、東京国立競技場で行われたサッカー・ロンドン五輪男子アジア最終予選で日本代表が、シリア代表に2-1で勝利、これで3連勝の勝ち点9となりC組首位に立った。正直、シリアは強かった。でも勝てたことは五輪出場におおきく前進した。前戦のバーレーン戦ではアウエーでありながら安定した戦いをしていたが、今回はドロー寸前で勝ち越すという勝負強さを発揮した。

この試合でも前半は両チーム拮抗した戦いで、前半終了直前に先制点を入れる。ショートコーナーから扇原がゴール前にクロスを上げるとディフェンス浜田が頭でかすめてゴール。コーナーでワンクッション入れることで相手がボールウオッチャーになったところにうまく飛び込んだ1点で、バーレーン戦と同じような展開となる。

こうなると、問題は2点目がどうなるかである。日本が追加点をあげるか、相手が同点にするかである。ところが、後半30分の得点はシリアで追いつかれてしまう。相手の10番のアルスマはでかくていい選手だ。この選手にやられた。まあ、DF二人がかぶってしまったし、ボールがちょうどいいところにこぼれたという不運もあったが、前への突進力はたいしたものだ。

こうして振り出しに戻されるとずるずると行ってしまうというのがこれまでの日本チームだったが、後半も残り少なくなった41分に左サイド比嘉から絶妙のセンタリングに大津がダイビングヘッドを決め突き放す。縦へ仕掛けた比嘉も頭で行った大津もすばらしかった。勝負強さを見せて瞬間であった。

いやー、それにしても良かった。ホームで勝ち点を取れないと苦しくなるから勝ち点3は上出来だ。次はアウエーのシリア戦であるがここで負けない試合ができるかである。昨日のような試合がアウエーでもできればいいのだが。ディフェンスが安定してきたし、中盤での扇原の展開力、比嘉と酒井のサイドアタック、大迫のポストプレー、山田のパサーではない動きが持ち味のトップ下、大津の決定力といった良さが生かせればである。

ただ、シリアの力はあなどれない。組織的なプレーもするし、ツートップは脅威であり、きたないファウルもしないし、いいチームである。さあ、たくましくなったU-22日本代表よ、来年2月5日の決戦を死に物狂いで戦ってこい。

2011年11月29日

不思議前提とIT ― 「仕事にプライベートをもち込むな」という非常識

会社の中や仕事をしているとき、家庭を仕事にもち込むなとか個人的意見を言うな、趣味を仕事にするなとか言われます。当たり前のように思いますが、はたしてそうだろうかと疑問を呈しています。従来のような「公私分離」から「公私混同」してもいいのではという提言である。

つまり、いまは企業に必要なことは、改善や工夫を重ねて精度と効率を上げていくことではなく、生活者に「しあわせ」をもたらすことであり、そのためにはこれまでの延長ではなく不連続の連続といった発想の転換、イノベーティブなアイデアが求められているのだ。その一つは論理性、合理性だけではない、前に「「勘でものをいうな」がもたらす損失」でも言ったように勘や暗黙知を重視すべきときなのかもしれない。

仕事にかかわる世界だけで発想しようというやり方には限界がある。どうしても、決まりきったルールの中でしか考えないとか、ずっとこうやってやってきたからという頭を変えられないのである。そんなとき、そこから抜け出た世界、つまりプライベートな世界を取り入れることでずいぶんと景色が変わると思う。こうした“越境”を大いにやったらいいと思う。

このことは、「IT再考」という記事に書いた「遊び心」にも通じることで、そのうち「公私混同」の情報システムが現れてくるのではないでしょうか。人間は頭のなかにあることのうち5%程度しか言語化できず、残りの95%は無意識下におかれたままだということだから、言語化できない知識や情報の共有がおろそかにしてはいけないのだ。

昔はこれを赤提灯だとか職場慰安旅行やたばこ部屋でやっていたのだが、ビジネス的で公的な部分ばかりを強調したため、それらがだんだん無くなって、すなわち私的な部分の発露を封印するようなかたちでつまらない職場になっていった。さらに、組織やチームとしての創造性もまた失われていった。

では、「公私混同」の情報システムってどうなるのだろうか。飲みニュケーションをシステム上でやるというわけにはいかないが、システムを使って協働で業務を行っている中で、多少の私的な会話をいれてみるとか、その仲間と仕事の後居酒屋に行くとか、自由なコミュニケーションができるといいかもしれません。

結局、業務に参加しているメンバーが義務的にやらされているのではなく、自ら積極的に関与して、より良くしようというマインドを持てるような場をITが提供できるかだと思う。「仕事にプライベートをもち込む」というのは、好き勝手なことを言ってもいいんだということではなく、「I think that・・・ 」と言えることだとぼくは思う。

自分はこう考える、私はこう思うというのをどんどん発していけるようにすることが大事なのである。会議で、あるいは社内メールでわざわざ「これは個人的な意見ですが」と断りを入れなくてもすむようにしたいものです。ぼくの言う“Collaborative Workspace“とはそんな雰囲気を想っているのです。

これでこのシリーズを終えるが、普段常識だと思っていることを不思議がり、再設定してみるということと、今自分がいる世界とは違う世界からの考え方とか意見を取り入れることで一旦既成のフレームを壊してみることも大事であることを言いたかったのである。
  

「応援したくなる企業」の時代 マーケティングが通じなくなった生活者とどうつき合うか (アスキー新書)
posted with yusukebe.com::AmazonSearch on 2011.9.19
  • 博報堂ブランドデザイン
  • 新書 / アスキー・メディアワークス
  • Amazon 売り上げランキング: 5334
Amazon.co.jpで詳細を見る

  

2011年11月30日

ワークショップ

来月、「続・情シス若手勉強会」というのをやるのだが、その形式は基本的にはワークショップ形式にしようと思っている。ところが、簡単にワークショップと言っているが、何か型とか方法が決まっているのかというのが気になった。何となく参加者が一緒になって“ワーク”することぐらいしか思い描いていなかったので、「ワークショップ」(中野民夫著 岩波新書)を手にする。

この本は割と草分け的な本で2001年に刊行されたもので、ワークショップとは何か、ワークショップの実際、ワークショップの意義、ワークショップの応用といった基礎的なことをわかりやすく書いてあって参考になった。また、なんとなくぼんやり思っていたことがはっきりして誤解や理解不足も自覚できた。

本でのワークショップの定義は、「講義など一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験して共同で何かを学びあったり創り出したりする学びと創造のスタイル」となっていて、キーワードは「参加」「体験」「グループ」「相互作用」といったところで、要点が、ワークショップに先生はいない、「お客さん」でいることはできない、初めから決まった答えなどないなどである。

ワークショップを行う対象は幅広く、アート系だとか、まちづくり系、自然・環境系、社会変革系、教育・学習系など大上段に振りかぶったものから身近なものまで様々である。今回の勉強会などは、最後の教育・学習系にあてはる。どうも最初に始まったのは、最初の3つくらいが中心となったみたいで、だからぼくらはすぐ企業研修のようなイメージを持ってしまうが、元来は自然と触れ合うとか、街の活性化をどうしていくのかとか、演劇みたいなことであったようだ。

ワークショップの進め方みたいなことでいうと、「導入(つかみ)」→「本体」→「まとめ」というのが基本的なステップである。そして、循環過程として、「(1)体験する やってみる(2)指摘する、観てみる(3)分析する、考えてみる(4)概念化する、まとめる、次を考える」ということを提示している。コミュニケーションスキルとか概念化スキルも身につきそうですね。

これからは「管理型組織」から「共創型組織」への転換というトレンドの中、上からの押しつけ的な学習ではなく、双方向的なワークショップを通して学ぶと同時に創造的な活動を生み出すことは非常に重要なことになっていくだろう。

日本のビジネスパーソンはこうしたことが苦手な人が多いような気がするので、「ビジネスワークショップ」とか「ビジネスキャンプ」といった機会をどんどん作って慣れていったらいいと思う。ぼくはそうした時に必要なファシリテーターの役割を担えるようになりたいと思っている。
  

  

About 2011年11月

2011年11月にブログ「mark-wada blog」に投稿されたすべてのエントリーです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2011年10月です。

次のアーカイブは2011年12月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type