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2011年10月 アーカイブ

2011年10月 1日

歯医者で笑う

ぼくは、歯医者がきらいで中学校くらいから55歳くらい前までたった一回だけ顔の形が変わるほど歯茎がはれてしまったのでしかたなしに行ったきりである。そんなに長いこと行かないですんだというのもビックリするが、不思議と歯痛はなかったのでほったらかした、それがいけなかった。ぼろぼろになって、もうどうしようもなくなって歯医者に行った。

その頃はまだ会社勤めをしていたから、家の近くで土日でも開いているところがあったのでそこに行くことにした。その歯医者は休みが木曜日と祝日だけで、しかも平日の夜は9時までやっている。だから、会社の帰りでも寄って行けるし、急に何かあっても予約なしで入れ込んでもらえる。根性あるのだ。

それから、定期的に行くことにして、おかげでこれ以上悪くなるのを何とか止めている。昔、といってもぼくの場合は50年も前の話だが、あのドリルの音がいやでいやで先生がそれを持った瞬間に卒倒しそうになった。しかし、今はぜんぜん平気で、というのも別に歯を削るわけではないので、変な話かえって気持ちいいくらいだ。

椅子もゆったりして座りやすいし、目の前にはモニターがあって、あまり見たくないが自分の口の中も見せてくれたり、美しい魚が泳いでいたりする。局部を照らすライトをみながら、そういえばこのヨシダ製の歯科用ライトは世界でのシェアはナンバーワンだったけとか、一点に集光しても熱くならないがノウハウだったなとか思いを巡らす。

で、これからは歯のこととは関係ないし、大した話ではないが、たまにはどうでもいい小ネタのひとつでも書いてみます。いまは、1カ月半くらいの周期で通っているので、帰りに次の予約をしていくことになっている。それで、カレンダーを見ながら6週目の日を指定した。

そうしたら、何と2011年11月11日である。そして時間はいつも11時にしている。思わず受付の女の子と顔を見合わせて、ワーっと叫んでしまった。そして、その子がぼくの診察券に予約の日時を書きこもうとしたら、11月11日11時11分と書いてしまったのである。おいおいそんなに正確な時間に来なくてはいけないのかよーと言って大笑いしたのである。

お後がよろしいようで。
  

2011年10月 2日

探偵はBARにいる

こういう映画は好きです。観ていて楽しいからです。波長が合う感じでノッテいけます。東直己原作、橋本一監督の「探偵はBARにいる」はそんな作品である。映画は原作そのままではなく、下敷きにしているので、縛りがなくて古沢良太、須藤泰司の脚本が冴えている。主演は探偵に大泉洋、その助手のアルバイトの高田が松田龍平でこのコンビもいい感じである。

こんなノリのいい映画も久しぶりだ。しかもところどころにしびれるネタをちりばめている。地下のバーの寡黙なバーテンダー、探偵の飲む酒がフィリップ・マーロウばりのギムレット、助手の高田が飲むのがバーボンソーダ(今はハイボールといっているが、ぼくはずっと前からバーボンソーダがお気に入りである)だ。たばこは両切りの缶ピーだ。茶店(さてん)のナポリタンと色気丸出し女、オセロとゲーム機などなど。更に、カルメン・マキ本人が登場して「時計を止めて」を唄う。こういうディテールやルーティンに凝るのは好きだな。

探偵は、「ケラー・オオハタ」というすすきののバーを事務所代わりにして、そこに電話がかかってきて仕事を受ける。事務所もない、携帯電話も持たない、車も運転できない(だから高田を運転手としても使っている)という変わった探偵であるが、時代遅れのカッコよさなのである。

そんな探偵にあるとき「コンドウキョウコ」と名乗る女性から電話がある。「ミナミという弁護士に、去年の2月5日カトウはどこにいたか?」と聞いてくれという依頼であった。そこから、だんだんと事件の匂いの中に引きずり込まれていく。最初にその筋のひとに連れ去られ、雪の中に埋められてしまう。

さあ、そこから謎解きとアクションと駆け引きが展開するのだが、登場人物の個性も面白い。謎の女沙織(小雪)、花岡組のヤクザ(高島政伸)、北海道日報新聞記者(田口トモロヲ)、桐原組幹部(松重豊)、銀漢興産会長(石橋蓮司)などばっちりと存在感がある。特に驚いたのは、あのヤマダ電機のお兄さん高島政伸の悪役ぶりで、いい人キャラが悪党になるとハマることがあるが、まさにその通りでびっくりした。

おそらく、この映画はシリーズ化すると思うが、まあまあの人気を博するのではないだろうか。主人公となる二人のキャラクター設定がうまくいっているのと拠点が北海道というのもいい。ただ、その周りにも少し面白い人物を配置したほうがいい。

バーのマスター、喫茶店の看板娘、キャバレーの客引きとか新聞記者がいるのだが、それほど絡んではこないので、ぼくなら、もう一人の助手となる可愛い女の子を持ってくるけどな。その候補は本作で写真で出てきた眼鏡美女の吉高由里子である。ぜひ、加わってほしいものだ。
 
観終わったあと、いつものBAR「M」に行く。バーテンのKちゃんが黙っていてもバーボンソーダを作ってくれる。タバコは吸わないけどカウンターに肘を立て、「おれに電話なかったかい?」と言ってみた。Kちゃんは、探偵が電話で仕事できる店ってよっぽど空いているんだね。うちみたいな店だと秘密が筒抜けになると言った。それもそうだ。
  

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2011年10月 3日

IT再考-業務システムのあり方とその開発とは

前回、少しそれてしまったようなので話を戻すと、システムって「欲しい情報を得るため」にあるのだろうか。もちろんそういった側面はあるのは否定しない。だが、ビジネスパーソンに情報を提供することが第一義なのだろうか。得た情報で何をするのかが重要であって、そこをITはどう関わっているのかという見方をした方がいい。

これまでの情報システムというのは、情報をあるいはデータを処理することが役目だと考えられてきた。「情報処理試験」なんていうのもあるくらいだから、コンピュータの中にインプット情報を登録して、それに加工をほどこし、データベースに格納し、それを検索・閲覧・帳票出力するということがシステムであると捉えられてきた。まさに「欲しい情報を得るため」である。

これって、もちろん必要なのだが、ビジネス上の仕事というか業務遂行に占める割合からいうといちばん大きなものではないと思うのである。要するに、「欲しい情報が得られれば」ビジネスができるのかというとそうではありませんよね。何のためにその情報が欲しいのか、得た情報を使って最終的に何をしたいのかが大事なことではないでしょうか。

その事業のビジネスモデルにあるサプライチェーン(デマンドチェーン)を効率的に運用して利益をあげること、それには、様々な局面で正確で質の高い意思決定を迅速に行うことだと思う。そのために「欲しい情報を得る」のである。だから、メインのシステムはこうした一連の意思決定プロセスなのである。ところが、従来のほとんどの情報システムは意思決定した後の結果だけを登録するという機能だけだったのである。

ビジネス活動に必要なメインのプロセスに対するシステム化をないがしろにしたままで内製化もへったくれもないのである。不思議なのは、データ登録システムならなぜ今さらせっせとコードを書いているのかということである。プログラムの自動生成のところでも書いたように結局は「欲しい情報を得るため」のシステムはパッケージ化できるのであって、そんなところに一生懸命になって内製化する必要はないと思うのである。

次の「ユーザー主体開発という王道」というのを考えてみましょう。ユーザーが主体となってシステムを構築するというのは正しいというか当たり前なのであるが、ここで使っている言葉でちょっとひっかかるのは、“ユーザー”と“開発”である。ユーザーとは誰のことを指しているのか、開発とは何を開発するのかということである。

ユーザーのことでいうと事業部門や部門の人たちのことなのか、情報システム部門の人たちのことなのかである。あるいは、ベンダーやSIerではない、ユーザー企業全体をさしているのかである。プログラムの内製化と言うなら事業部門や部門の人たちでは無理だから、情シス部門のことを指すのだろう。その人たちがコードを書くのだろうか。

そこを考える前に、“開発”ということをみてみよう。いったい何を開発するのだろうかと思ってしまう。みなさん、普通にシステム開発と言うのですが、業務システムを要件定義したあとプログラミングするのを開発というのでしょうか。業務システムというのはビジネス要求が定義されたときにシステムの開発は終わったと言えるような気がする。

ソフトウエアやパッケージは開発すると言ってもいいが、少なくとも業務システムの受託開発はあり得ないのではないかと思うのである。つまり、誰もやっていないような業務プロセスにするとかいうことはあっても、誰もやっていないようなコードを書くということがあるのだろうか。まあ、全くないと言うと反論がきそうなので、圧倒的なパフォーマンスを出すためにすごいコードを書くというようなことはありかもしれないと言っておきます。

結局、「ユーザー主体開発」というが、業務システムというのは古今東西ユーザー主体であることは疑いようのないことで、業務プロセスの設計はユーザーしかできないからである。で、設計ができたら、それをどう実装するのかは、実装のし方で、ユーザー自身がやってしまう場合もあるし、外部のベンダーを使って実装させる場合もあるだけなのだ。

実装もベタにコードを書く場合もあるし、フレームワークやモジュールを持ってくる場合もあるし、コンポーネントやパッケージでやってしまう場合もある。どれを選択するのかは、後々の運用を考えた上でどれが一番いいのかを判断すればよくて、ユーザー自身が内製しなくてはいけないというのは王道ではない。

2011年10月 4日

「本物の営業マン」の話をしよう

最近、営業という機能とか人材といったことの重要性を意識するようになった。自分たちの会社での経験もあって、モノやサービスを作るのもいいが、単純にそれがいいものでも売れるかというとそうはいかないというのをいやというほど知らされているからでもある。

当たり前なのですが、ほとんどの場合、お客さんとの接点は営業なのである。そこでの対応の巧拙や感度、評価などでかなり成果が決まってしまう。昔のように、需要が旺盛で多少粗悪でも欲しがる時代は、営業力はさほど必要ではなかったかもしれないが、今の時代は、いかにお客さんと共感を持てるかが勝負のような気がする。

なので「本物の営業マン」(PHPビジネス新書)を手にする。この本の著者の佐々木常夫は、「そうか。君は課長になったのか」「働く君に贈る25の言葉」(いずれもWAVE出版)などのベストセラーを書いた人で、元東レ経営研究所社長を務めたひとである。

この人が有名になったのは、著作の良さもあるのだが、自閉症の子どもがいて、さらに奥さんがうつ病になり43回も入院を繰り返し、あげく自殺未遂を図るという過酷な生活のなかでも、仕事への情熱は失わずに、役員にもなり立派に勤めあげたことが多くの人に感動を与えていることであろう。

本は営業マンの話であるから、さぞかし著者自身も優秀な営業マンとして鳴らしたと思ったら、たった2年間しか営業を経験していないという。だから、自分の営業経験もあるが、それより企画部門や管理部門にいたときに営業マンを客観的に眺めていた眼で書いている。だから、猛烈営業マンの奮闘記だとか、かくあるべし風の指南本とは違う。

内容は、非常にオーソドックスで常識的で穏やかな主張で満たされている。著者の人柄がそのままでているような本だ。最初に言ったように、困難に打ち克つバイタリティも家族を思うやさしさも兼ね備えた、ぼくからみると完璧な人間であるひとが、その心得を説くわけだから、何も反発するようなものはない。

なのであるが、ぼくのようなちとひねくれたところがある人間にとっては、非のうちどころがないというか、真中を歩いている人がまぶしく見えるのである。東レという大きな会社で同期トップで取締役になっているわけで、そういうキャリアの人が、ゆっくりと諭すように営業とは「顧客を幸せにして、自らを磨ける仕事」なのだと言われるとおっしゃる通りですとうなずく。

ただ、ひねくれついでに言うと、大企業の優秀なビジネスマンだからこそできるという面があるのも確かだと思う。大きな会社だと懐も深いので、例えば貸し借りができたり、時間や金銭的な余裕もあったりするので、君子的な対応も可能だが、中小企業だとか、ベンチャーだとかは、そんなことができるのだろうかとふと思ってしまう。

ただ、「営業とは、たんに物やサービスを売る仕事ではない。顧客や市場からニーズを探り、需要のある商品を会社に作らせ、それを提供し、利益を上げる。その結果としてお客様を幸せにすることこそが「本物の営業」なのである」というのは、至言である。


2011年10月 5日

男の伝言板 - 先生(2)

中学校の時に大きな影響を受けたのは、2、3年の担任だったM先生だ。女の国語の先生で、バスケット部の顧問だった。何というか、凛とした感じで男っぽくもあった先生らしい先生であった。だからぼくはいつも先生の前ではシャキっとしたものだ。

ただ、ぼくは通うのに時間がかかったので(これは言い訳)、遅刻の常習犯であった。ホームルームがあるときはいつもM先生がこそっと教室に入るぼくをにらみつける。そして怒られるのだがこれがなかなか改まらない。その時だけシャキッとするのだが、またもどるので先生も呆れたと思う。

先生に教えられたことで、印象に残っているのは、自主性ということだ。自分の頭で考え、自分の思うように行動しなさいというようなことを、別段はっきりと言われたわけではないが、そう仕向けてくれた。例えば、体育祭などの行事にしても、みな生徒が全部自主的にやった。自ずと役割が決まり、それぞれがその役割をはたすべく動き、それを周りがサポートするということを知らず知らずにやらされていた。

M先生もぼくが卒業するとすぐに同じ中学のサッカー部の顧問でぼくを教えてくれたH先生と結婚してしまった。これにも驚いたが、ぼくらがキューピットみたいなところもあって、一度新婚のお宅へお邪魔した。たぶん、その時はカレーは出なかったと思う。

ぼくはサッカーを中学3年から始めた。家が遠いこともあって、部活は難しかったが、同級のS君が2軍の試合でメンバーが足りないから来てくれと言われて参加したら、それから部員になってしまった。それで、高校進学したら、サッカー部から誘いがきたのである。今の高校ではみな中学でサッカー経験がある子ばかりだろうが、当時はあまりいなくて、同期でも中途半端なぼくを入れてたったの3人であった。

で次に高校時代の先生はサッカー部の顧問だったS先生である。ぼくらの高校は文武両道が伝統ではあったが、サッカー部はけっこう強かったので、練習もきつく武の方に偏った生活であった。だから、S先生とはいつも指導を受けるという濃い毎日を送ったのである。

先生は、ぼくらが入学したとき30歳になったくらいだったので、ぼくらと一緒にグランドを走り回り、それは元気でした。教育大(今の筑波大)の名選手だったキャリアだから、いろいろなことを教わった。サッカーに関しては、素人のような生徒で、経験者ばかりの他のサッカーの強い学校に勝つにはどうしたらいいのかをよく研究されていた。

そこは、文武両道だから頭を使えということにつきる。力と力の勝負では勝てないから、個よりも組織、技術よりもひたむきさ、足の速さよりも判断の速さといったような自分たちの実情にあった戦い方を模索したのである。その最も効果を発揮したのが、4-2-4フォーメーションの採択である。

当時はWMというフォーメーションが主流、というかこれしかなかったのだが、それを変えてしまったのだ。先生はヨーロッパサッカーの情報もちゃんと収集していたので、そこから得たのである。このフォーメーション変更が、ものの見事に決まったのが1966年の関東大会であった。何と予想もしていなかった優勝を成し遂げてしまった。

4-2-4とWMがぶつかるとどうなるのか、簡単に言うと相手のバックスはツートップをセンターハーフ一人で抑えなくてはいけなくなり、また相手センターフォワードはストッパーにマンツーマンで付かれ、それを振り切ったと思ったらスイーパーがいたということになるわけで、もう混乱するのである。当時は、センターハーフとセンターフォワードくらいしかすごい選手がいなかったからなおさらだ。

いまや、4-2-4というか4-2-3-1といった変形の方が多いかもしれないが、主流となったフォーメーションを45年も前にやっていたことに驚く。そんなわけで、S先生からは、頭を使い、知恵を出し、やるべきことができたらそれに真剣に立ち向かい全力を尽くすことを教わったのである。今も会うと昔と同じように指導してもらっている。

さて、最後は大学なのだが、正直言ってまじめな大学生ではなかったので師と仰ぐ先生はと問われると首をかしげてしまうのであるが、卒業論文を指導して下さったO先生である。もう亡くなられたのですが、当時ももうけっこうなお歳でべらんめー調のしゃべり方で恐いというイメージでした。

ぼくがなぜその先生の研究室に入ったかというと、3年生の時のO先生の授業でひどく怒られたことがきっかけである。ぼくはさっき言ったようになまくら学生だったから、その授業のときも雀荘にいるパターンが多かったが、あるとき友だちが雀荘に来てお前何やってんだよ、いまテストがあったんだぞと言ってきた。ありゃー、こりゃあまいったである。

そして、次の授業のとき先生は、成績の悪い奴を名指しし立たせたのである。もちろんぼくの名前も呼ばれ、もうこいつらは落第だと脅された。ところが、あとで成績表をみるとぎりぎりセーフではないか。というわけでとても簡単な理由で先生の部屋にいったのである。それから、ぼくが改心してまじめな学生になったかというと相変わらずひどい生活は変わることはなかった。しかし、そんなぼくをきつい言葉で叱り飛ばされながらもいつも目の奥で微笑んでくれたのである。この包むような暖かさを教えてもらったような気がする。
  

2011年10月 6日

Gartner SYMPOSIUM Itxpo2011

いま、外ではセミが鳴いている。今朝の新聞では、岩手県の小学校の校庭で桜が咲いたという記事があった。どうなっているんだろう。季節が狂ってしまったのだろうか。でも、セミナーやシンポジウムは季節通り花盛りだ。今週もGartnerのシンポジウムが3日間台場のホテルで開かれた。

個人では行けないのだが、あるところから招待状をもらったので2日間だけ聞きにいく。テーマが「「最前線」に立て ・ITリーダーが導く再成長のシナリオ」となっているが、中身をみると再成長のシナリオをどう書けるのか見えてこないように感じた。米国からのコンサルタントを中心に聞いたのだが、インパクトはなかった。

会場で出会った知り合いの若い子が、今年は外人のスピーカーが少ない、きっと日本を見限っていて中国に目がいっているんじゃないかと言っていたが、そんな気にもなる。セッションの分類が、「CIO」「ITインフラストラクチャ&セキュリティ」「アプリケーション」「ITマネジメント&ソーシング」「未来志向」であるが、これはという新鮮味にも欠ける。

「未来志向」にしても、イノベーションとかいう話なのだがネットの世界で起きていることを解説しているだけで、企業に与える影響だとか、ビジネスがどう変わるのかというエンタープライズ領域での言及があまりなかった。それと、昨年はけっこうあったそうだが、BPMのセッションがほとんどなかったのはどうしたことか。聞いたセッションの中から少し感想を書いてみます。

ゲスト基調講演でNTTデータの副社長のかたが「グローバル時代の戦略構築への示唆」と題して話されていました。わが国のトップIT企業がどういうことを考えているのかを聞くいい機会だと思って期待していたのだが、残念ながら何も感動しなかったし、ちゃんとした戦略がないのかとがっかりした。海外売上比率をあげることとか、M&Aがグローバル化と言われても首をかしげたくなる。

グローバル化が叫ばれてから久しいのに、いまだにその戦略の絵がきちんと書けてないようだし、自虐的にうちの会社は非グローバル企業の代表選手だなんて言っているようでは何をかいわんやである。戦略に則ってこうした海外展開をしていますとか、グローバルの中での事業ポートフォリオはこうしていきますとか言ってほしかった。これでは、ガートナーが中国に行ってしまうのはしかたがない。

ぼく的には今回の注目はサイボウズの青野社長の「No-Emailの次は「No-Excel」cybouzuクラウドで実現する次世代ワークスタイル」である。ちょっと前にサイボウズデヂエを使ってカジュアルBPMを実践したこともあって、その後継とも見られる「kintone」のデモも含めた紹介を聞きたかったのである。

ここでもキーワードのひとつはもちろんNo-Excelである。ぼくが情報システム部門に移った17年前にも、MailとExcelで仕事をこなすスタイルはあって、しかも講演でも指摘されたように“エクセリスト”と呼ばれのような達人がいて、他のひとがわからないマクロを組むという例がいっぱいあった。そのひとがいなくなると手に負えなくなって情シスに駆け込まれ困ったこともあった。

それを解消すべくということで、もうひとつのキーワード「ファストシステム」を提案している。すなわち、ファストフードやファストファッションのように欲しいものがすぐに手に入り、かつ信頼性が高いシステムインフラを用意するというコンセプトである。これはぼくが“カジュアルBPM”を標榜しているのと同じなので共感できる。

そして、そのための機能として「データベース+プロセス管理+コミュニケーション」が必要だとしている。これも、ぼくは、「プロセス+データ+機能」と言っていることと軌を一にしている。ですから、コンセプトと必要機能に対する考え方は非常に素晴らしいと思う。ただ、だからこそあえて言っておきたいのだが、3つの機能のうちどれが最も重要なのかというのと、データベースとプロセス管理の意味をもう少し広く深く掘り下げてほしいのだ。

つまり、データベースをインとアウトの2つの方向で考えてほしいのであって、そこに登録するというインの考え方だけになっているが、一方でアウト、すなわち有用な情報が入っているデータベースからデータを取り出して参照するという機能が要るということである。また、プロセス管理というからには、プロセスの進捗が俯瞰できないと管理はできないのでステータス表示だけだと弱いのである。

ただ、まだ基本形を作ったという感じなのでそこからブラッシュアップしていけばいいものができると思う。繰り返しますが、コンセプトと必要機能設定はすばらしいので、それを真に実行できるシステムインフラにしてもらいたいと思うのである。だいぶ、講演のことから離れてしまったのですが、面白いプロダクト、サービスになる可能性がありますので皆さん使ってみてください。
  

2011年10月 7日

ジョブズが死んだ

アップルの創業者で偉大なる経営者であったスティーブ・ジョブズが亡くなった。幾多のエポックメーキングなプロダクトやサービスを送りだし、時代の寵児となった人物だが病気には勝てず56歳という若さで逝ってしまった。

2004年にはすい臓がんで手術を行い、2009年には肝臓移植も行っているので、死を覚悟していたと思う。彼についてはさまざまなところで多くの言葉が発せられると思うので、余計なことを言うより2005年にスタンフォード大学でのあの有名なスピーチを聞いてください。

ここの中でもすい臓がん発見の翌年ということもあって、死について言及しているので聞いてみてください。こう言います。

「すぐに死ぬ」という覚悟があれば、人生で重要な決断をするときに大きな自信になります。

こうして彼は死を覚悟して生きながら重要な決断をしてきたのだろう。たった14分弱のスピーチでもものすごいインパクトを与えてくれる。ぼくは何回も見聞きするが、そのたびに涙がでて感動に震える。合掌。

Stay hungry!  Stay foolish!


2011年10月 8日

何を試したのか?

昨日のキリンカップで格下のベトナム相手に苦戦したサッカー日本代表がちょっと心配になってきた。先日の五輪予選でもマレーシアにてこずったように、このところ東南アジアの国が急速に力を付けてきている。ベトナムも昔のイメージからすると軽く一蹴という予想だったが、これが意外と言ったら失礼かもしれないが、スピードもあり、組織化もされていてびっくりした。アジア全体の底上げとともに日本代表の力も向上するといい。それでも、強さをみせつけなければいけない。

さて、試合は戦前ザッケローニが言っていた本田の穴を埋めるのは、システムを変えるか、人を変えるかの前者を選択してスタート。つまり、フォーメーションを慣れた4-2-3-1から、3-4-3にして、より攻撃的なスタイルを試した。ただ、このフォーメーションは以前のキリンカップのペルー戦やチェコ戦でも採用したから、もうそろそろ試運転から本運転に変えないといけないはずだが、まだテストのようだ。

3バックが、今野、伊野波、槙野で攻撃的という点でみるとみなサイドバックやボランチもできるという意味で適任かもしれない。しかし、機能していたかというと首をかしげたくなる。ここは精度のいい縦パス、つまりくさびになるフィードが重要なのだが、単なるつなぎパスが多かったし、正確さに欠けた。

さすがに相手が格下なのでバックパスはすくなかったが、前にも書いたがサイドからの崩しをもっと流動的にやった方がいいように思う。3-4-3だとどうしてもサイドの縦関係でダブってしまうことが多い。昨日だと、藤本と駒野、香川と長友の関係だ。ただ難しいのは、そこばかりに気をとられると。中央との距離感が離れてしまうことがある。トップが点になってしまうのである。

まあ、ザックも言っているようにシステムにこだわることはなく柔軟に対応すればいいいのだが、どうしても形を意識してしまうようだ。3-4-3でも守備に入ると5バックスなってしまうことがあるが、そんな時には4バックスの陣形でしのぐとか、サイドを崩したら、前線の3人のうち一人が中にぐっと絞って2トップにするとかといった変化をすればいい。

どうも3-4-3でやろうとしていることが見えてこない。共通理解という前に具体的にどういう動きをしたいのかがわからない。それがあればやりたいことを試しているが失敗したんだなと感じられるはずなのだが、伝わってこない。

やはり、普段自チームでやっていないので慣れていないシステムは難しいのかもしれないと思うのだが、後半にはいつもの4-2-3-1に戻したが、芳しくなかったので、最初に言ったように心配になったのだ。それにしても、香川のキレが戻らない。ここが一番の懸念である。さあ、ウズベキスタン戦は心配を吹き飛ばしてほしいものだ。

2011年10月 9日

湖のほとりで

またまたイタリア映画です。イタリアのアカデミー賞といわれるダビッド・ディ・ドナテッロ賞で作品賞、監督賞をはじめ史上最多の10部門を受賞したという作品である「湖のほとりで」を観る。監督が「息子の部屋」で助監督をつとめたアントニオ・モライヨーリで、主役の刑事サンツィオを演じるのがトニー・セルヴィッロである。

冒頭のシーンで、少女があやしい車に乗り込むところから始まり、その少女の行方が分からなくなり、サンツィオ刑事が乗り出してくる。少女を連れ去った男も変質的でその父親も同じである。こんな出だしを見ると、おどろおどろしたサスペンスの予感が漂う。北イタリアの小さな村のことである。

そして、湖のほとりでアンナという若い女の死体が発見される。争った形跡がないので知り合いの犯行と推定する。そこからアンナの周辺の探索が始まるのだ。小さな村のことだから、その関係者はすぐにつながる。サンツィオはあるとき、アンナがベビーシッターをしていたとき、そのアンジェロという子が不慮の事故でなくなってから様子がおかしくなったということを聞く。

そこから、アンジェロの離婚した両親、アンナの恋人だった男、先の変質的な親子などに疑いがかかってくる。犯人は誰だという謎解きの流れもあるが、むしろ徐々に村人たちの人間関係とか、親子の葛藤といったことが表に出てくる。ここが、この映画の面白いところで、単なる犯人探しではなく、家族とは、親子とは考えさせられる。

刑事であるサンツィオの家族でさえ、若年性認知症に冒されていく妻とぎごちないない関係で悩む娘が描かれる。「ボローニャの夕暮れ」も似たようなところがあったが、いまのイタリア映画は、家族特に親と子の関係性をテーマにしたものが多いように思う。崩れかけているのかもしれない。

ただ、少しばかり気になったのは、そうした関係性の中に「障害」という要素を安易にほうりこんでいるように思えることだ。この映画でも、変質的な親子というのも両方とも障害者だし、不慮の死をとげたアンジェロも自閉症だし、サンツィオの妻も若年性痴ほう症というように、障害を持つことそれだけで劇的性を見せるのはずるいとも言える。

結局、犯人も途中誤認逮捕というのを経て真犯人がつかまるのだが、そこでアンナの優しさが浮かび上がってくるという仕掛けである。ということで、サスペンスではなく、家族とはいったい何なのだろうというシリアスドラマであった。
  
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2011年10月10日

不思議前提とIT ― 「差別化のポイントはどこ?」という不見識

さて、次の「不思議前提」は「「差別化のポイントはどこ?」という不見識」である。これもマーケティングでは普通にやられていることで、差別化戦略なんて言われ方もするように、戦略立案の時に差別化のポイントはとか、競争優位点は何とかいったチェックをします。

そのために多くやられるのがケーススタディというやつで、同業他社分析とか、業界分析などを事例研究という形で行われます。ところが、これには2つの危険性が潜んでいると指摘している。当たり前のようにやっている「他者との競争に勝つためには、どこを差別化するのか」といったケーススタディアプローチが“不見識”だというのである。

その二つの危険性というのが、
1.すでに存在している商品やサービスと同質化してしまうこと
2.既存のフレームに知らぬまにとらわれ、斬新なアイデアが生み出せないこと

なのだそうだ。たしかにケーススタディというと既成の商品やサービスと似たり寄ったりのものしか生まれてこない。ITの場合だって、プロダクトにしても、ソリューションにしてもどこの会社ものでもほとんど変わりがないものばかりである。

これは、ユーザ側にも責任があっていつも他社比較をやるのはいかがなものであろうか。他社比較も同業ユーザの事例を持ち出すのと、ベンダー同士の比較を要求する。それを示さないと投資ができない、あるいは投資してくれないというのである。こうした横並び姿勢がある限り、ちょっとした拡張機能を差別化と言ってみたりするわけで、同質化の危険はつきまとう。

つぎの、フレームにとらわれてしまうということですが、この場合のフレームという意味は、ある商品やサービスが市場に投入されたとき、それらが生活者に違和感なく受け入れられる範囲のことを言います。業界というのもフレームにあたります。さしずめ、IT業界というのも既成のフレームですね。

フレームにとらわれるというのは、既成の商品カテゴリーとかサービスエリアなどに縛られてそこから抜け出すような発想ができないことをいっている。ITにおける3文字熟語なんていうのも狭い概念としてのフレームを形成してしまう。ERPはこんなものだからその範囲で機能の特徴をだそうとするから、それはERPの枠を越えるわけではない。

そこで、著者は「シェアアプローチ」から「新市場創造アプローチ」へという提案をしている。そのためには、既存の業界の枠を外す“越境”の力が必要で、「進んで異物をミックスする」アプローチを推奨している。ケースを参照するなら他業界を見ることで、それを模倣すればいいという。例として、サウスウエスト航空は長距離バスを参考にして業績を伸ばしている。

かつて「カジュアルBPMのすすめ」というエントリーでカジュアルBPMを「コピー機を売るように売りたい」と書いたのはこのことである。“越境”することで見えてくるものがある。単に受託開発とか、クラウドで提供とかではなく、ブティックを開店してそこのカリスマ店員にソフウエアを売ってもらったらどうだろうかとか面白いですよね。

業界という意味では、例えばIT業界も建設業界のまねをしてみたらどうかとか、システム開発はセル生産方式にしたらとか、逆にユーザ企業のプロジェクト管理をITのプログラマーの開発プロジェクトを参考にしたらとか、様々な“ケーススタディ“ ができるので検討してみたらいかがでしょうか。

実は、本でも言っているように、このことは日本人が得意としたところでもあるのです。異文化を模倣して、それを自らの文化に何の違和感もなく融合してしまう力は素晴らしいものであるから、ぜひその精神でITの世界を見直してもらいたいものだ。
  

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2011年10月11日

IT再考-なぜDOAなのですか

今回は、「ユーザー主体開発という王道を行くには、データ中心の王道を行かなければならず」、そのためには「やり方を変える」「考え方を変える」必要があるということについて考えてみましょう。王道というからには、みなさんのコンセンサスとして、システム開発は、データ中心でやるべきだとなっているのでしょうか。

その前に、上げ足とりで申し訳ないのですが、「王道」を行くのにやり方を変える、あるいは考え方を変える必要ってあるのでしょうか。ここで言っている「王道」というのは本来の意味ではなく、正攻法の基本形とか定石といったようなことだと思うが、そうだとすると今のやり方は、異質で特殊なやり方なのだろうか。

「学問に王道なし」と言うようにシステム開発に「王道」はないのではないだろうか。例えば、全く違った技術がでてきたとか、すごいパフォーマンスが得られたとか、画期的なビジネスモデルに対応しなくてはいけないといったことが起こったとき、当然攻め方が変わるし、従来の定石では通用しなくなります。簡単な例では、コンピュータのハード資源が限定的のときと今のようにそんな心配はしなくていい時代の開発は違ってくるわけです。

従って、これでなければいけないとか、「王道」とかいうのはおかしな話なのです。そこで、ユーザー主体開発という王道をいくにはデータ中心という王道を行くべきだという主張を皆さんはどう思われますか。まずは王道というのは言い過ぎだからそれを外すとして、DOAでユーザーが主体となって内製化するのが、今のもろもろの条件の中で正しい選択なのだろうか。

それを検討する際の大事な視座は、ユーザーが実際のビジネスをやるときに役に立つシステムを作るにはどういうアプローチがいいのかということであろう。ということは、ユーザーはどういうビジネスのやり方、業務の処理の仕方、お客さんとの接し方、意思決定のやり方をしているのかを子細に観察して、そこへITがどういう手助けができるかを探ることが原点となる。当初のコンピュータは、経理の人が、そろばん片手に計算していたのを助けたわけです。

ところが、私見ですがその使われ方がずっと引きずってきていると思っています。個人の労働生産性の向上のためのコンピュータの使われ方はすごいものがありますが、こと業務システムについては、データを登録して、演算・加工処理してもらうというのが主要な使われ方だったと思います。

これも何度も問題提起していますが、それはいちばん重要な業務なのでしょうか。もしそうなら、たしかにDOAのアプローチが有効かもしれません。どんなデータが必要なのか、そのデータはどんな属性をもつのか、そのデータを効率よく格納し、素早く取り出せるにはどんな箱がいいのかといったアプローチである。

しかしながら、よく考えてみると、そのデータって、どうやって作ったのかはどこに行ったのだろうか。作られたデータをどうやって処理するかがメインだから、極端な話どうでもいいことになってしまう。データがどうやって作られたかがすごく大事だと思いませんか。事業の成果って数字ですが、その数字は組織の意思決定としての結果でもあります。例えば、売上高は営業して、受注して、出荷して、代金を回収して初めて、数字がつくられるわけです。

このデータの生成過程こそ「プロセス」なのである。その過程というのは、例えば同じ売上金額だったとしても、それがネットから受注したのものか、一生懸命営業が足を運んだ結果なのかでずいぶんと違うでしょう。それが結果だけを注目してしまうと、なにも改善につながらなくなります。じゃあ、営業コストをそんなにかけるのではなく、これからはネット販売を増やそうとかに結びつくのである。

ということで、実際のビジネスの現場ではプロセスを中心にして組織的な活動を行い成果を上げているわけで、その流れをそのままITをうまく使いながら執行するのが「正道」でしょう。
  

2011年10月12日

破顔一勝、呵々大勝

昨日大阪の長居で行われたワールドカップアジア3次予選のタジキスタン戦で日本代表はなんと8-0の勝利を収める。ホームの戦いなので絶対に勝ち点3は確保しなくてはいけない状況だったのでほっと胸をなで下ろす、というより拍子抜けするくらいタジキスタンは弱く、胸が痛くなることもなかった。

試合前にこれだけ弱いという評価をしていたのかどうか知らないが、ハーフナー・マイクの起用は正解だった。弱い相手には単純にねじ伏せるようなプレーも必要になる。ハーフナーめがけてのクロスでゆさぶっておいて、グラウンダーのパスも通すというバランスがよかった。

前半11分に、そのハーフナーの頭に駒野が合わせて先取点、19分に中村堅剛から岡崎にわたりゴール、35分には、相手のクリアボールを駒野がダイレクトシュート、そして極めつけは、41分の香川の技ありシュートで4点目。後半に入ってもすぐに2得点でもはやKO寸前。後半23分香川のまたまた技ありシュートで7点目、最後はもう誰が入れたかわからなくなった。気持ち良すぎ。

こんなに余裕をもって見た代表の試合もめずらしい。それにしてもタジキスタンがひどすぎる。闘争心がない。観光に日本にやってきたのではないだろうか。引いてゴール前に人数をかけるのが守備だと勘違いしている。トップのハーフナーと李にバックスが3人くらいついている。サイドにもいるから常に5バックスである。これじゃあ、反撃も何もあったものではない。

おそらく、前半時初めのハーフナーの先取点が効いているのだ。格下のチームは前半にあまり失点せずがんばれると先日のベトナムがそうだったように自信が出てきて善戦するものだ。ところが昨日は、前半20分までに2失点してしまったので戦意喪失してしまったのである。だから、今度のアウエー戦でも同じチームかどうかはわからない。

最終予選のためにも、1位通過しなくてはいけないから、この大量得点は有利だ。ただ、昨日は相手が弱過ぎたので、これで香川も本調子にもどり、ハーフナーも使えて、中村堅剛のトップ下も機能して、チーム状態もいいとは必ずしも言えない。相手が強くなったら、同じことはできないから、もう少し個人とチームの力をあげないと苦しいかもしれない。さあ、早いとこ3次予選通過を決めてしまいましょう。

2011年10月13日

復活の力

プロのサッカー選手もケガをするとすぐにレギュラーの座を失い、そこからまた以前の地位を獲得するのに大変な思いをしなくてはいけなくなる。長友は幸い軽傷で済んで今も活躍しているが、本田や内田、国内では清武がケガで微妙なことになっている。このようにプロのスポーツ選手(プロだけとは限らないけど)にとってケガは非常に大きなインパクトを与える。

もちろんケガをしないに越したことはないが誰でもケガに見舞われる。それはプロというのは肉体のぎりぎりのところでやっているからである。ぼくは、サッカーを30年間やったが一度もケガをしなかった。捻挫すらしなかった。しかしながら、今から思うと限界近くまで身体を使わなかっただけなのかもしれない。

「復活の力」(長田渚左著 新潮新書)はケガから復活したアスリートを追ったものである。ぼくらは、表面的な結果としての栄光しか知らないが、そこにたどりつくまでの道のりは決して平たんではなく波乱万丈の世界があることも想像はするのだが、実際のところはわからない。そこをスポーツジャーナリストの長田が書き下ろしてくれている。

本に出てくるアスリートは、フィギアスケートの高橋大輔、プロ野球ロッテのピッチャーだった村田兆治、体操の池谷幸雄、パラリンピックの陸上選手佐藤真海、プロボクサー浜田剛史、競輪の中野浩一、プロ車椅子バスケット選手安直樹、そしてプロゴルファー青木功という錚々たるメンバーである。

佐藤真海と安直樹はケガというより病気で足の機能を失ってもスポーツを続けたという意味で他の選手とちょっと違う。他の皆は選手生命が失われかねないという大ケガを負いながら、しかもそれが何回も続くという最悪の状態から這い上がった物語である。

その中でも、感銘を受けたのは著者も思い入れが一番あると思われるプロボクサー浜田剛史のことである。「ハードパンチャーの砂時計」とタイトルがつけられたように、稀代のハードパンチャーであるが故に、そのパンチの圧力に自身の骨が耐えられず骨折するという目にあいながら世界チャンピオンにのぼり詰める。

何と2年間に4度も左拳を骨折した。それを右の拳を鍛えあげることで再起を図るという強靭な意志をもってたどりついたのである。1986年7月24日、WBC世界ジュニアウエルター級チャンピオンのレネ・アルレドンドに挑戦する。ぼくもこの試合のことは覚えている。誰もが長身の強打者アルレドンドの勝利を確信していたと思う。

ぼくもいくら浜田でも、アルレドンドに軽くあしらわれておしまいだと思っていた。それだけチャンピオンは強かった。ところがである。1回2分57秒に倒れていたのはチャンピオンの方だったのだ。左が使えない時に鍛えに鍛えた右拳がさく裂したのだ。このシーンにはぼくだけでなく日本中が驚いたと思う。ケガを乗り越えた瞬間であった。

まだ他の人、例えば村田兆治や中野浩一の話も感動的なのだが、浜田剛史の明日のジョーにはかなわないかもしれない。不屈の精神というのがわかったような気がする。
  

  

2011年10月14日

はやぶさ

この題材で映画にして面白くないはずがない。日本中のだれもが感動したあの小惑星探査機「はやぶさ」の物語である。だから、監督にはプレッシャーがかかるのかもしれない。その映画「はやぶさ」の監督は堤幸彦である。

こうした映画は、事実としての物語があるわけで、それをなぞっていては単なるドキュメンタリーになってしまう。だから、だれを主人公とし、登場人物をどう配置するかが勝負である。映画でも「はやぶさ君」というように擬人化されて描かれていたので、はやぶさ自体を主人公に置いてもおもしろかったかもしれないが、水沢恵(竹内結子)という女性スタッフにしている。

この設定は、実在の人物ではなく、ミックスして作られた像だという。他の登場人物は、プロジェクトリーダの川口淳一郎(映画では、佐野史郎演じる川渕幸一)や的川泰宣(西田敏行演じる的場泰弘)など実在の人物で、しかも似たような俳優さんをもってきている。それと、応援している一般人もちりばめている。このあたりの仕掛けが成功していて、リアルな感じもあり、娯楽的な要素もあって楽しく観ることができた。

ストーリーは、みなさんよく御存じなので追いかけてもしょうがないのだが、どんなトラブルがあって、それを乗り越えて無事帰還するというのは初めからわかっていながら、スクリーンを見ながら手に汗握ってがんばれと応援してしまうし、うまく危機を乗り越えるとホッと胸をなでおろし、最後の地球に戻るところでは涙を流してしまうのである。

日本人としての誇りを感じる壮大な成功物語は無条件で感動するし、何よりも元気をもらえる。いまの沈滞した世を嘆いている人はぜひこの映画をみて、まだまだ日本も捨てたものではないと感じ入ってもらいたい。やっぱり、2番じゃだめだし、こんなプロジェクトにお金を使うのもいいのものだと思いますよ。

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2011年10月15日

男の伝言板 - 師匠

学校を卒業して社会人になると、師は師でも教師とは言わず師匠となる。そして学校のように、先生がしょっちゅう変わるわけではないので、師と仰ぐような人はそう多くは現れないのである。そのかわり、会ったことも話をしたこともないような人とか、本や映像の中の人とかが対象になったりする。

ぼくが社会人になって現在まで、身近なところで師匠と呼ぶような人は3人いる。会社に入ってすぐの若い時に鍛えられた人、中堅になって一緒に仕事をしていろいろなことを教えられた人、ある程度の地位になってから親身になって助言をもらい助けられた人たちである。

実は、この三人のうち初めの2人は若くして病魔に侵され既に他界している。ぼくには、疾走して燃え尽きたようにも感じられ、ときどきあの頃全力で走る背中に必死でついていったなあという思いに駆られる。そういえば時代も高度経済成長期でもあって、とにかく前へ前へ進んでいたのだった。

ぼくは会社に入ってすぐに工場勤務となった。しかも、交替職場で文字通り油まみれになって働いた。だから周りはほとんど地元の工業高校を出た人たちだった。当時は今と違って、工業高校、商業高校をでて地元の有力企業に入るのが普通だったので、優秀な人たちが多かった。今の大学生なんかよりもよっぽど頭もよかったし、何よりも使命感に燃えていた。そういう人たちが、経済成長を支えたのである。

最初の師匠は、地元の学校ではないのだがやはり地方の工業高校を出て、出向で来ていた。ものすごいバイタリティであるが、激しさも持っていたので、それが故に敬遠された面もあったが、仕事ができるから結局は誰も文句は言えない。その頃は、ほとんど直接教えてくれなかったから、ぼくはそういう姿を見ながら自分で勉強するしかなかった。まともな、教育とか研修なんかなかったのだ。みなそうだった。

2番目の人は、現場から離れて管理部門にいったときのすぐ上の上司であった。この人は、ロジカルな思考と主張を教えてもらった。前述したように、工場は理屈どおりにはいかないことも多く、経験や勘にたよるようなところがあったが、理論的なアプローチを常に求められた。まあまあ適当には通じないのである。

だが、こうした態度は時として、因習的なこととか既成概念とかを守る人たちにとっては厄介なことになる。実際にも、その人は冷めしを食わされたのである。しかし、それだからといって信念を曲げたわけではなく、飛ばされたところで立派に実績をあげて再評価されたのである。がんばったこととそれを見ていた経営者は立派だと思ったのである。

最後の師匠は、会社の経営の人である。頭の切れる剣客商売の秋山小兵衛のような人とぼくは勝手に思っている。主にぼくが情報システム部門に移ってからの関係なのだが、その人はITに強いわけではないが、情報システム担当になったのでCIOだと自認していた。

包容力のある人で、いつもちゃんと話を聞いてくれるので、ぼくも包み隠さず何でも報告し、相談するような関係であった。ある大きなプロジェクトのサブリーダーにも指名してくれたし、重要な役割も与えてくれたのだが、うまく行かずに会社を辞める時ももちろんまずはその人に申し出た。そして、「わかった」という一言で退社することとなった。会社を辞めてからも何度かお会いして食事したりしている。

こうしてみてみると3人の共通点が浮かんでくる。それはわかりやすく言うと、「お前の自由にやっていいぞ、もし何かあったら責任はおれがとる」だと思う。ただ、自由にやっていいというのは、好き勝手にやっていいと言うことではなく、まあまあだいじょうぶそうだということを見極めているのである。その目利きができているひとを「師匠」と呼ぶのだろう。

そして、師匠に対する弟子の態度について、内田樹はこんなことを言っている。ぼくがずっと気を付けていたことでもある。

「学ぶ(ことができる)力」に必要なのは、この三つです。 第一に、「自分は学ばなければならない」という己の無知についての痛切な自覚があること。 第二に、「あ、この人が私の師だ」と直感できること。 第三に、その「師」を教える気にさせるひろびろとした開放性。 この三つの条件をひとことで言い表すと、「わたしは学びたいのです。先生、どうか教えてください」というセンテンスになります。
   うーん、ぼく自身は弟子に慣れても師匠にはなれないなあ。   


2011年10月16日

IT再考-垂直分離から水平分離へ

少し話を変えて情報システムの構造から、その構築のためのアプローチについて考えてみましょう。どういうことかと言うと、縦と横のブロックとその関係性のことである、と言ってもさらにわからないかもしれませんね。簡単に言うと、誰があるいはどんなITがその部分を担っているかをみたらいいと思います。

つまり、縦であると超上流、上流、下流なんて言い方があるように、コンサルティングファームの人が戦略からビジネス要求を出すところをやります。そのためにマイケル・ポーターを持ちだしたり、BSCとかKPIとかシックスシグマとか言います。

そして、SIerとかシステムベンダーと呼ばれる人たちが要件定義して設計をします。そこにはパッケージを持ってきてフィットギャップをしたりする場合や、プログラム仕様書に落とすこともあります。その後は、ソフトハウスや下請け開発会社のエンジニアやプログラマーが実装するわけです。垂直分離した形で割ときれいに役割分担がされています。

ところでこうしたやり方はどんなシステムにも当てはまるのでしょうか。開発方法論もアジャイルなんかが出てきて変わりつつありますが、もっと視点を変えて横の構造をみてみたらどうでしょうか。企業の業務システムというのは、簡単に言えば、オーダーをもらって、それに合った商材を提供して、対価として代金を回収し、成果を管理することなわけで、そうした流れを横の構造と考えます。

バリューチェンとも言いますが、それぞれの部位で構造や機能が違っています。お客さんからオーダーをもらうところ、商品を開発するところ、サプライチェーン、売り買いの機能、会計処理して決算をするところなどはそれぞれ違いがあることはおわかりだと思います。そこで、ここでの提案は横の機能をきちんと分離して考えようというものです。

冒頭に言ったように縦の役割分担は良くも悪くもなされているのですが、横については明確な線引きはされていません。つまり、どれもみなSIerやベンダーからソフトハウスから皆がああじゃないこうじゃないとやっているわけです。例えば、ERPがフロントエンドに出て行くとか、グループウエアが業務システムと言いだしたりしています。

縦は分離するのではむしろ境をなくして融合させるが、横ははっきりと分けた方がいいと思っています。極端な話、要求定義から設計、実装を一人でやってもいいと思う。しかし、顧客接点のところとサプライチェーンのところとERP(統合DBあるいは決算システムとしての)のところははっきりと分離させた方がいい。

顧客接点のところは、もちろん定型化されるわけではなく、個別対応が重要な機能であるから、それに向いたITが要るし、人も配置すべきなのである。サプライチェーンはビジネス成果を出すためのプロセス管理が肝ですから、業務の遂行を円滑に行えるシステムが求められるのです。ERPは結果の集約を行い事業成果、経営執行の結果を表現するものである。

情報共有・コミュニケーション主体、プロセス主体、データベース主体とそれぞれが特徴づけられるから、同じアプローチでは無理があるのだ。そして何より、各領域のインターフェースがはっきりしていることがある。つまり、顧客から問い合わせや引合が来るまでと、そこから商品出荷し代金を回収するまでと、その結果だけを受け取り決算するまでという風に取り合いも明確にできる。だから、既成のERPが変にでしゃばってサプライチェーンに出てくるなと言いたいのだ。むしろ、もっとシンプルな決算システムになってほしいと思う。

SOAというなら、マクロ的な見方をするとこうした考え方こそSOAの基本のような気がするのだがいかがでしょうか。コンポジットアプリケーションとか小難しいことを言わないで、水平分離して、各パートは極力シンプルにして、それらを有機的につなげるという考え方で行きたいものです。
  

2011年10月17日

残念ながら負けたけど

昨日の全国高校サッカー選手権の神奈川県予選でわが湘南高校は2-0で向上高校に負けた。ベスト8ならずで残念である。ただ完敗に近い形だったのでさっぱりした気分でもある。

前半10分にゴール前でキーパーがハイボールをつかもうとしたとき相手フォワードが一瞬早くボールにさわりそのままゴール。GKのミスとも言えるこの一点が重くのしかかる。その後29分にはコーナーキックからのゴール前の混戦で2点目を入れられ、2-0で前半を終える。ただ、湘南のシュートはゼロという一方的な展開であったので、2点は仕方ないのかもしれない。

後半に入り、若干は攻め返すが相手の堅いディフェンスにほとんどチャンスらしいチャンスはなかった。ということで、高校総体県予選3位の実力校との力の差はいかんともしがたく何もできずに敗れ去った。

この差はなんなのだろうかと考えたのだが、やはり個の力の差が掛ける11となってでた感じである。一対一、あるいはルーズボールなどの局面でほんのちょっとした差なのだが負けるのである。これはスピードの違いとも言えるが、出足の速さなのである。だから、いつも身体が早く相手ゴールに向かえるため、攻勢でいられるというわけである。ただ、現チームには2年生が6人もいるので次に期待したいと思う。個人の力、特に一瞬のスピードを磨いてほしい。

試合の応援のあとは、急いで鎌倉駅に向かう。以前いた会社の同期の2人が遊びにくるからである。一人は半年前に飲んだのだが、もう一人は久しぶりに会う。「天金」で“鎌倉丼”と生ビールで遅めの昼飯を食べる。そのあと、鶴ヶ岡八幡宮で再生中の大イチョウ、神前結婚式の花嫁を見て、小町通りを人をよけながら再び鎌倉駅に。

そこからバスで大仏に行く。天気がすばらしく良かったので青空に映える大仏さんに感激する。次いで徒歩で江ノ電長谷駅に出て、電車で江の島に向かう。さすが海の近くに来ると風が強くなるが、そのおかげか三浦半島、伊豆半島、富士山も見えて気持ちがいい。初めて江の島に来たという一人の、「へえー、江の島って島なんだ」というトンチンカンな感想に大笑い。

だんだん、日も落ちてくると喉が鳴るので、灯台まで行かず江の島神社の下までで引き返す。お目当ては「きむら」の磯料理で一杯である。ここで刺身、はまぐり、さざえそして絶品の金目鯛の煮付けをつまみに酒をがばがば呑む。さらに、あいにく天気の影響で生しらすがあがっていなかったので釜揚げしらすを注文したが、それはそれとしてうまい。

「きむら」はメインストリートから外れているが知る人ぞ知る店で新鮮でおいしい魚貝を出してくれる。来るときそのメインストリートの店では“本日生しらす有ります”と看板に書いてあった。「きむら」の人にそう言ったら、あれは冷凍ですよと言われる。だますようなことはやめてもらいたいものだ。

久しぶりに旧交をあたため、定番コースだけど鎌倉・江の島を満喫し、おいしい磯料理に舌鼓を打ちさよならしたのである。そこで帰ればいいものを、また家の近くの「鳥つね」で大イチョウを見てきたのでぎんなんをつまみに芋焼酎を浴びる。ああー、飲み過ぎで今朝から頭が痛い。
 

2011年10月18日

神様のカルテ

純でまじめで照れずに直球勝負といった趣の映画「神様のカルテ」を観る。監督が深川栄洋で、主演の医師栗原一止に嵐の桜井翔、共演が妻榛名に宮崎あおい、患者の老婆に加賀まりこ、その他、医師役の柄本明、要潤、看護師役の吉瀬美智子、池脇千鶴、同じ旅館の住人の原田泰三、岡田義徳といった面々である。

いろんな悩みがいっぱい詰まっている。もちろん医師として現場にとどまるのか、医局での研究に進むのか、患者にどう向き合えばいいのかといった悩みがメインなのだが、他にも、新人看護師の悩みとか同じ旅館の住人である一向に絵が書けない画家とか、論文が書けない学者とかが登場する。妻の榛名はそうした悩みはないようだ。

ただ、桜井君のキャラクターがイマイチなのだ。設定された役柄が良くないのか、演技者としての桜井君が未熟なのかよくわからないのだが、茫洋として昼行燈みたいな軟弱な人物が、実は大学病院のえらい教授に見込まれるくらい腕がいい医者だというギャップが信じられないのだ。

患者に対しても、自分で新人の看護師に対し、特定の患者に思い入れをしてはいけないとたしなめているのに、自分は加賀まりこ演じる元小学校教師に特別に対応している。こんなことをすべての患者にやっていたら持たないわけで、現実の医師はある程度の非情さをもって対処している。そりゃあ、いちいち相手できませんよ。

おそらく、原作があってかなり話題になったということだから、原作にはこのあたりがきちんと書かれていると思うが、少し安直な感じが否めない。誰かが、桜井翔ではなく堺雅人にすればよかったと言っていたが、確かにその方がイメージが合っているような気がする。それじゃあ、ツレがうつになっちゃうか。

ただ、面白かったのは様式美的なシチュエーションで、古びた旅館に住んでいて、そこに典型的なモラトリアム人間を置き、夫に敬語を使う妻というわざと時代錯誤を演出していることで、そこは評価できるし、もちろん筋立ては悲しいので涙線の弱いぼくだから泣いてしまったのだが、いかんせん主役の人物設定の掘り下げと配役が不十分だったような気がする。
  
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2011年10月19日

不思議前提とIT ― 「差別化のポイントはどこ?」という不見識(余聞)

前回、差別化のポイントはどこという観点でケーススタディを行うと、同質化とフレームにとらわれる危険性について書いたが、ちょっと見方を変えて、実例をあげて“差別化のための差別化“という話をしようと思う。要するに、差別化をしなくてはいけないから何でもいいから競争相手と違うことをしようとしているが、それは顧客にとってはマイナスになってしうことが往々にしてあるという話である。

例をあげよう。シャツのことである。ぼくは作業着でもあり、外出着でもあるシャツ、それもスーツの下に着るようなものではなくカジュアルなものをいつも着ている。だからみてくれよりも着心地で選びたいので、気にいった者が見つかればそれをいつまでも着ていたいと思っている。

ところがである。最近では、1年経つともう翌年には同じものがないのである。そりゃあ、一流の店の高級なものであれば、そうしたことはないと思うが、一介の庶民である身にとってはユニクロであり、街の洋品店なのであるが、そこでは新物デザインと称して毎年形状や材料や色目も変えてくる。まだ流行もしていないのに今年の流行ですと宣伝する。

幅がゆったりして気に入ったのに細身になって窮屈になるとかはまだいい方かもしれないが、どうしてこんなことをしなくてはいけないと思ったのは、ボタンが厚くなっていてはめるのにひと苦労するなんてこともあって何のためだか意味がわからない。それとか、襟の内側に赤い線がわざわざ入れてあるなんかなんじゃこれと思ってしまう。きっと他社との差別化なのだろう。トラディショナルと言うなら変えるな。

ITも同じようなことがある。競って他社との違いを強調する。それがほとんど必要な機能というわけではないケースである。他よりと同時に去年より、前バージョンよりとどんどん膨らんでいく。頑なにこれだけしかできないけど継続していきますというITはないのだろうか。コンシューマ系にはありそうだが、ビジネス系には少ないように思う。

サイボウズがもうすぐ発売する「kintone」という製品は、No-Excelというコンセプトなのですが、企業内にはびこるExcelアプリケーションを置き変えようと言っている。Excelのマクロを使って作るのはいいのだが、本人しか直せないとか、ブラックボックス化してしまうとかの弊害が出てくるので、もっと簡単にわかりやすいツールを提案しています。

Excelは最初は単なる縦横計算できるだけぐらいのものだったにちがいないが、だんだん機能が追加されいつのまにか複雑なソフトウエアになってしまった。本来なら、他のところで別のソフトウエアで持った方がいい機能もとりこまれていった結果だと思う。これからは、単なる縦横計算に強いカリキュレータというだけで十分である。

必要最小限の機能をもったシンプルでつかいやすいツールを組合せることで複雑なあるいは高度な要求に答えて行ってほしい。ですから、差別化の方向を機能の増加拡大ではなく、その逆の機能をそぎ落として、シンプルさを差別化のポイントにもって行くことも考えてもらいたのである。
  

2011年10月20日

キュレーションの時代

わりと著作を読むほうのITジャーナリストのひとり佐々木俊尚さんの「キュレーションの時代」(ちくま新書)を読む。キュレーションという聞き慣れないワードがでてくるが、「キュレーションとは、無数の情報の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること」だそうだ。

要するに、今日これだけ情報が氾濫してくると、どれが正しいのかとか、有用なのかという判断が非常に難しくなってきている。一昔前は、新聞、テレビ、雑誌などいわゆるマスメディアから発信する情報さえ射程におけばなんとかなったのだが、そのマスメディアが実は情報操作してしまうという内在的な欠陥もあって、ソーシャルメディアの進展とともに劣化してしまった。

ツイッター、ブログ、フェースブックといった新たなメディアの台頭は旧態然としたメスメディアをなくすまではいかないと思うけど、かなり凌駕してしまうだろうけど、それはそれとして問題は抱えている。情報がどこにあるにせよ、発信する方がフィルターをかけるわけではなく、あくまで受けて手の方で選別することになる。ということは、自分の好みの情報しか受付けないというバイアスの問題である。好きなブロガーの記事だけ読んでいたら偏向してしまうのだが、つい心地いいのでRSSリーダーには気にいったブロガーが並んでしまう。

以前は、送り手側のバイアスをかぶるのであるが、今は自分のバイアスで偏る可能性があるのだ。朝日新聞ばかり読んでいると何となくサヨクっぽくなるし、産経新聞だと日の丸だとなるのであるから、ネット情報があふれることによりそうしたことが解消されるように思えるのだが、右も左も混沌としている中からいったいどうやって情報を選んだらいいのだろうか。

佐々木さんは、このことを清水博さんの「生命を捉えなおす 生きている状態とは何か」(中公新書)からの引用で次のように書いています。

ひとりの個人が社会の中で生きていくためには、社会から情報を取り入れることが必要だけれども、社会に存在しているすべての情報を織り込んでしまうと、情報のノイズに埋もれて、どのような変化が社会で起きているのか見通すことができなくなってしまう危険性がある。だから、そこに「意味の境界」としてセマンティックボーダーを作らなければならないのです。つまりは、情報のフィルタリングシステムです。

そして、このセマンティックボーダーを絶え間なく組み替えてくれるのが“キュレーター”というわけである。こうしたキュレーターを探して、変化し続けることが先に言ったように自分好みの硬直的な考え方に縛られることを防ぐことのようだ。ちょっとした例で言えば、ぼくには映画をみるとき、いい映画、面白そうな映画を教えてくれるキュレーターがいる。ただ、業務ITではそういう人がほとんどいないのが困ったものである。


  

2011年10月21日

モテキ

マンガやTVドラマで人気を博しているのを知らないし、ぼくみたいなおじさんが観る映画ではないと思うのだが、予想外に面白かった。「モテキ」はそんな映画である。監督がテレビでも演出した大根仁、主演のモテモテ草食系男子である藤本幸世に森山未来、彼を取り巻く女子たちに、みゆきに長澤まさみ、るみ子の麻生久美子、愛の仲里依紗、素子の真木よう子である。

ストーリーは、31歳で派遣社員からニュースサイトのライターになった金なし彼女なしの冴えない男が突然ある日からモテモテになる。ど真ん中のストライクのみゆき、その友達で清楚な美人のるみこ、ガールズバーの愛、職場の先輩でこわい素子の4人が彼の回りに現れ恋愛合戦が繰り広げられるのである。

そうした展開に今様の雰囲気が持ち込まれる。Twitter、Webサイト、カラオケ、フェスティバル、それに彼の現代言葉使いのナレーション、極めつけは、インド映画も真っ青というダンスシーンまで登場と、従来の映画では考えられない斬新さである。

なので、おそらく評価は大きく二つに分かれると思う。がんがんノッていけるやつと、ふざけんじゃねーぞと思うやつである。これって、この映画での主題であるセンスが合うか合わないかということにも通じる。映画では、幸世とみゆきは初対面から相性がいいのだが、幸世に好きと言って迫る美人のるみ子とは、センスが違うというのである。

面白かったのは、るみ子がつぶやく「私って、重い?」というセリフである。わかるんだなあこれ。悪女の深情けとまで言わないが、あなたのためなら何でもします、尽くしますと言われてもセンスが合わねえとなってしまうともうダメだ。このるみ子を麻生久美子が好演している。

“重い人“にはこの手の映画は何コレと言うことになるだろう。ぼくは、遊び心のある、悪く言えば軽薄な映画もすきなので十分楽しめた。最初にぼくみたいなおじさんと言ったが、実はおじさんだからこそわかるという面があるのではないかと思っている。なぜかというと、主人公は31歳ということはちょうど息子と同じ年代なのである。つまり、子どもを育てながら、あるいは見まもりながら、彼らが過ごした時代の風を同時に感じていたことも影響していると思っているからである。

ただ、男の31歳ってこんなだったけか、僕のころと比べてずいぶんと違うなあと思うのも確かで、それに比べて女子は昔と変わらないかもしれないと変なところに感心してしまった。

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2011年10月22日

男の伝言板 - 感動したセミナー

それぞれ印象的で影響が強かった先生、師匠を3人ずつあげたので、次はこれまでに聞いたセミナーで感動した人を3人選んでみる。ぼくは、セミナーとかシンポジウムとかは出席しない方である。本当は世の中がどんな風に動いているのかをウオッチする意味でも定期的に聞きに行った方がいいのかもしれない。

ただ、わずかな時間で聞いただけで分かったような気になるのも浅薄に思え、また自分の聞きたい要件にぴったりしたものもないことからめったに行かないのである。それでも、長い間には、これはおもしろい、すごく感動した、とてもためになったというセミナーももちろんある。IT関連のセミナーがほとんどなので、そんな中から3つあげてみるが、結局、ぼくのITに関する考え方の変遷みたいな結果になる。

ぼくが、ITの領域に本格的に踏み入れたのは1994年である。その前にもユーザとして生産管理系のシステムには関わったことがあるが、ITを供給する側に立ったという意味でそこからがスタートである。この年の雰囲気はもうだいぶ忘れてしまったが、インターネットというものが企業の中にも現れたころでもあり、翌年に発売になったWindows95の爆発の直前でもあった。

従って、企業情報システムも従来のホストー端末から大きくパラダイムが変わろうとしていた。オープン化、マルチベンダー化、クライアントサーバー化といった流れが押し寄せてきたのである。環境としての変化と共に新たなプラットフォームでどういうシステムを構築していくのか、どうやって開発するのかいった命題が浮かびあがり議論が盛り上がった。そんな時に出会ったのが、佐藤正美さんのT字型ER手法である。

ある人から紹介されて、彼のセミナーに行った時の衝撃は忘れられない。ぼくは、自分で開発したこともなく、まだシステム部門にきてから日も浅く、十分理解できるわけでもなかったのだが、歯切れのいい言葉で理論的に語る姿にまいってしまった。そして、実際に彼の指導のもとにシステム開発を行ったのである。ただ、それはそれで勉強になったが、難しいこともあり消化不良で終わった。

しばらくすると、ERPというパッケージが注目されるようになる。当時はERPというのはSAPのことである。ぼくは化学会社の情報システム部門にいたのだが、そのころから、化学会社はこぞってSAPの導入に走っていった。そして2000年も過ぎてくると、いつのまにか主要な会社のほとんどにSAPが入るという状況になった。

ぼくは、いつも同業他社の情報システム部長からなぜSAPを入れないのかと尋ねられた。もうSAPを入れないことが珍しいことに映っていたのである。その時の答えは、「SAPに積極的なメリットを見いだせない。データベースやシステムの統合という意味が強いわけで、それだけなら既成のメインフレームで構築済みだからリプレースする必要はない。リアルタイム性と言うけれどそんなものが必要ですか、日次バッチでじゅうぶんじゃないですか」というものだった。

ところがである。2003年の春に日本で行われた「 SAP SAPPHIRE2003」というイベントで聞いたSAPの若き技術トップであるシャイ・アガシの講演は衝撃的であった。このとき、SAPはESA(Enterprise Service Architecture)という概念を打ち出し、Netweaverというプラットフォームを提示したのである。今でいうSOAである。

従来の、SAP/R3からmySAP ERP(その後、SAP ERPとなる)への明確なシフトである。ぼくは、そのころSOA的な構造やプロセス志向に傾いていたのでわが意を得たりと思ったものだ。しかし、新しいSAP ERPも日本のベンダーはなかなか咀嚼できずにしばらくはR/3を推奨し続けていた。今や、ERPに興味がないのでどこまでいっているのかよくわからない。

聞くところによるとシャイ・アガシはSAPを辞めて、電気自動車用のバッテリー充電ステーションの会社を立ち上げたそうだ。だから継続性がなくなるので欧米の会社は困るという人もいるかもしれないが、コンセプトメーカーは、煽ることが使命なのだろう。

そして、最後の一人は、オランダのデルフト工科大学のJan Dietz名誉教授である。2010年1月に開かれたセミナーで彼が確立したDEMO(Design&Engineering Methodology for Organization)という理論を聞いたときにはしびれた。Ontologyという概念に基づいて開発されたもので、オントロジーというのは、企業活動を捉えるとき、従来のような仕事のつながりを重視することから 人間的な側面を見ていこうというもので、観測可能な表層の下に隠れた深層構造があり、もっとそこに焦点をあてる考え方である。

この理論の元になっているのが、Terry Winograd スタンフォード大学教授のLAP(Language/Action Perspective)という理論で、いずれも人間主体のシステムを考えようということである。単なる自動化ツールとしてのITではなく、人間が使いこなす道具としてのITを標榜しているのは今のぼくの立ち位置に符合しているのである。
  


2011年10月23日

エンディングノート

この作品「エンディングノート」が成功した理由については、撮影・編集・監督である砂田麻美が助監督として仕え、本作でも製作を務めた是枝裕和が語った言葉がかなり言い表している。

僕は、ドキュメンタリーを撮る時には「私はあなたではない」という倫理観が前提として必要だと考えて来た。取材対象の内面を他人が安易に語ってはいけないという、ある種の諦めからしかスタートできない方法だと思ってきた。だから家族や恋人といったいわゆる「身内」を撮影したセルフドキュメンタリーというものが正直好きではなかった。(中略)

しかしである。この限りなく高くなったハードルを「エンディングノート」は軽々と超えて来た。いやあ面白かった。それは、主人公(父)のキャラクターもさることながら、カメラを向けている人間(娘)の非常に冷静なふたつの批評性(撮られている者と撮っている私の両方へ向けられた)によって、アクロバティックにドキュメンタリーとして成功していた。

こりゃ驚く作品である。何がってこれだけ赤裸々にカメラで父の死や家族のことを映しだしたことであり、よくぞこれだけ映像を残してあったことにびっくりする。映画化を前提に意図的に映していたと言う人もいそうだが、それでも昔の8ミリ映像も出てくるから、そんなことはないのだろう。

撮られているのは、砂田麻美の父親である。2007年に67歳である化学会社を退職したが、2年後に胃がんが見つかり、しかも末期のがんだった。そこから、この父親の癖であろう段取り好きと空気読みを発揮する。40年以上勤めあげたサラリーマン生活もこの性格で乗り切ったのである。ぼくも、年齢も近く、同じ化学会社のサラリーマンだったのでこの人の歩みはまさにぼくの歩みと重なってくる。

エンディングノートというのは、遺書よりも軽いのだが死ぬまで何をしなくてはいけないのかを書き残すのである。例えば、葬式をどこでやるのかというようなことなのだが、この人キリスト教に入信してしまうのである。時々見かけた教会が気にいったこと費用がリーズナブルだろうということなのだ。だから、洗礼を受けたり、会場を下見したりもする。

その他、孫と遊ぶとか94歳になる母親を伴って最後の家族旅行をする。このあたりは僕の身近なこととも関係して面白かった。ちょっと話はそれるが、家族旅行の行き先が伊勢、鳥羽で最後にこれだけは食べておきたいというのがアワビのステーキでそれを食べるのだ。おそらく、志摩観光ホテルだと思うが、ぼくも会社の慰安旅行でここのアワビのステーキを食べて感激したことがあったのでそれを思い出してしまった。

カメラは徐々にやつれていく姿も冷静に映し出していく。もうそうなると生きる支えは孫の顔をみること、おしゃべりをすることになる。このこともぼくがつい最近味わったことに似ている。ぼくの72歳のいとこがこの夏ぜんそくと肺気腫が併発してかなり危険なところまでいって、家族や兄弟が呼ばれたくらいだったのだが、孫がインドから駈けつけてくれてその顔を見たとたんに持ち直して今は元気になっている。ぼくには孫がいないのだが、こんなこともあるのだ。

死を扱うわけだからどうしても深刻になるのだが、ここにはユーモアがちりばめられていて、泣き笑いのストーリーなのである。これで救われる。まあ、功なり名をとげて経済的にも豊かで三人の子どももりっぱでうらやましいと思う人もいると思う。ただ、そういうことではなくぼくが感激したのは最後の最後の病院のベッドで奥さんに向かって「愛している」とはじめて言うシーンである。日本の経済成長を支えた企業戦士が消えていく。
  
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2011年10月24日

IT再考-管理システムって何?

前回の垂直分離と水平分離に多少関係するのだが、○○管理システムという名前のシステムがやたら多いのが気になっている。この場合の“管理“という意味は何なのだろうか。対象は何で、どんなことをすることなのだろうかを少し考えてみたい。

まずは、対象ということで言うとリソース(経営資源)のようなものについてはわかりますよね。ヒト、モノ、カネの管理と言われるとああそうか思うでしょう。すなわち、ビジネスで必要となったリソースを的確にかつ素早く提供できるように管理しておくということである。

新規プロジェクトに人が要るとなったらそのメンバーを用意しなくてはいけないし、稼働率が上がったら予備の設備を動かさなくてはいけないとか、M&Aでは資金を提供しなくてはいけない。そのために、採用によって人材を確保するとか、スキルアップのための教育を施すことや、最新鋭の機器を購入するとか保守点検を怠らないとか、財務上の健全性を維持するとかがなされる。

管理という面ではもうひとつの側面があると思う。それは、実績データの管理である。管理というよりかは“分析“といった方がいいのかもしれないが、業績管理ということにつながるので管理という捉え方をする。つまり、管理とはどんなことをするのかというと、リソースの管理と実績データの管理ということが言えます。お気づきだと思いますが、これはERPシステムですよね。○○管理システムの集合がERPなのです。

ところで、システムとして持つべき機能はそれだけでしょうか。例えば、販売管理とか生産管理といったものを考えてみましょう。リソースの管理と実績データの管理だけではないのがおわかりかと思います。売るため、作るためのリソースと売った結果、作った結果だけを管理していればいいのでしょうか。

大事なのは、“実行する“ということがあります。PDCサイクルでいうとDoのところです。今までの管理という側面はP,Cのことを言っています。リソースPlanを立て、実績をCheckするわけです。しかし、重要なのは、戦略や方針に従い、計画通りに実行させることなのです。このDoを行うシステムがちゃんとあるのでしょうか。

世の中にある販売管理システムや生産管理システムにはほとんど備わっていないように思う。販売システムと生産システムが要るのです。ただし、ここでは一般的な業務を言っています。実は、先進的あるいは優良企業ではこの実行システムで差をつけています。例えば、宅急便の追跡システム、コンビニのPOS、銀行のATM、証券取引や電車の発券システムなどです。トヨタのJITとかキャノンのセル生産などもこの類かもしれません。これらは、独自のシステムを構築しています。

超大企業ならいざしらず一般の企業、特に中堅・中小企業はなかなか独自開発もままならないわけで、そこに安価で機能的なシステムが望まれています。この部分というのは前回にも指摘したようにプロセス主体で仕事を回すので、的確なコンセプトを持った「プロセス実行システム」が管理システムとは別に必要なのである。
  

2011年10月25日

デザイン+エンジアリング

だいぶ前になるがテレビ東京の深夜番組で「TOKYO AWARD」とかいうのを放送していたのを見た。テレビ東京というのは、真夜中にこんないい番組を作ってしまうという変なテレビ局だ。他にも、「くだまき八兵衛」とか「ここが噂のエル・パラシオ」とかみょうちくりんな番組もある。この混沌がいい。

「TOKYO AWARD」というのは、デザインの話で茂木健一郎とSHELLYが司会をしている。見たのはあのダイソンのジェームス・ダイソン社長のインタビューの時である。ダイソンといえば「サイクロン」掃除機や「エアマルティプライヤー」扇風機で有名である。紙パックのない掃除機であり、羽根のない扇風機である。商品の見たときみな一様に驚く。人を驚かせるアイデアとさらに重要なのは斬新なデザインである。

こうした発想の商品はこのブログでも書いたように、「差別化」とか「競争優位」というアプローチではけっして到達できないものである。そして簡単に思いついたものではなく失敗の連続であったという。何しろあの掃除機が生まれるまでに15年という歳月がかかり、5127台もの試作機が作られたという。

彼は、“いつも試しているからこそ実るものもある“と言っている。これを「セレンディピティ」というのだそうだ。何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能のことで、簡単に言うと偶然を幸運な発見に変える才能である。こうした才能を養う教育をぜひ日本でもやってほしいと思う。つまり、子どもたちに失敗させる教育だ。教育ということでは、会社における社員教育はいらないと明言している。未経験こそ価値があるのだから変な知恵をつけずに、そして失敗を恐れず自由にやらせればいいというわけだ。

ダイソンが言っていることで大事なことは、デザインだけではなくそれにプラスしてエンジニアリングが重要だということである。確かに、彼らの商品にはデザインだけではなくそこに埋め込まれた技術があるのだ。デザインはすぐにまねられるが、デザイン+エンジニアリングはまねすることができない。そこに大きな価値があるのだ。

イギリスでは、デザインとエンジニアリングを同時に教えるのだそうで、両者が一体となってこそいい商品が生まれてくるという。その点では、日本は遅れているように思える。デザイナーはデザインだけで考え、エンジニアはデザイン性を無視してやられたりしているように思える。デザイン経営なんていう前に、デザインとエンジニアリングの融合をしっかりやった方がいい。

そして、ダイソンはさらに面白いことを言っている。「ブランドには、意味がないと思う。結局、最後に出した商品が好きかどうか、ということだけでしょう。」確かに、ブランドが私たちに満足をもたらすわけではないし、出てきた商品だけが全てであるから、それだけで判断すればいいのである。ただ最後にひとことそえると、もうひとつマーケティングというのも加えた方がいいように思う。いいものも売れなければ消費者に届かないから。
  

2011年10月26日

ツレがうつになりまして。

堺雅人と宮崎あおいが夫婦役で出演している「ツレがうつになりまして。」を観る。監督は安定感のある佐々部清。内容は、題名のとおり、IT企業に勤めるツレと呼ばれている夫がうつ病にかかり、やがて会社を辞めて家にこもり、漫画家の妻が働いて生活を支えるというストーリーである。

うつ病になりやすいタイプというのがあるようだが、その典型みたいなツレが描かれる。毎日お弁当を自分で作り、しかも曜日ごとに詰めるチーズの種類が決まっている。さらに着て行くネクタイも曜日ごとに決まっているという几帳面を絵に書いたような性格で、これまたパターン化されたようにブラックに近いIT企業に勤めている。

一方の妻の方はといえば、いちおう漫画家なのだが、それほど気合いが入っているわけではなく、連載を打ち切られてもまあしょうがないなといった感じである。家事もいいかげんでのんびりとした生活を送っている。

こうした夫婦関係がツレのうつからがらりと変わる。妻がしっかりものとなり、夫はぶらぶらしだすのである。前の生活が逆転してしまう。うつ病は心のかぜだといわれるのだが、そんなふうに達観できたらいいのだが、うつ病になった方は自分を嘆き、周囲はがんばれと励ますのである。こうなると場合によっては地獄に陥り修羅場となる。

この映画では妻は深刻になるどころかまあしょがないなあと言って、けっしてはげましたりせずに、人生の夏休みだと思えばいいじゃんと言うのである。ほんとうにできたヨメでよかったですねと思ってしまう。結局、軽いうつだから、こんなハートウオーミングな物語になるのではないだろうか。

ただ、あまりうつという病気を注目するのではなく、夫婦の物語として、お互いで役割を補完し合うというもちつもたれつの関係がうまくできている姿を描いたというところであろう。しかし、結婚5年目と若いのに円熟した夫婦みたいで、いさかいも一回ぐらいしか出てこないのでちょっと不自然な感じもする。でも、ホンワカするのでお薦めです。
  
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2011年10月27日

不思議前提とIT ― 「ニーズはなんだ?」と問うあやまち

よく顧客志向だとかお客さんのニーズをよく把握してといった言われ方がされるが、そうした生活者の声を聞き、それに応えていくという「ベネフィット発想」はうまくいかないのだという。つまり、改善してほしいという要望をすべて改善したからといって、商品が売れるようになるとは限らないのだ。

どうしてかというと、生活者が本当のニーズを自覚できていないからである。それと最近では、生活者の多くは必要以上に自分たちにすり寄ろうとしたり、おもねったりする企業を評価していないのである。

このあたりは、ITもぴったりあてはまる。開発プロジェクトでユーザ要求を一生懸命聞いて作ったはいいが、いざ使う段になるとそんなものは使いものにならないとなることはしばしば経験することである。

理由も同じように、ユーザの担当者が本当のニーズを把握していなかったり、そういう立場にいなかったりするからでもある。それと、これも同じようにユーザもだんだん賢くなってきたのと、情報がいっぱいあるので、何でもできます、やりますとか、こんないい機能があるので使ってみましょうとか、今度の新製品はおたくのニーズに合っていますとかいう甘言は見通せるようになってきた。

では、これからはどうしたらいいのかであるが、従来のようなニーズに応えることで支持を集めようとするアプローチではなく、生活者が企業やブランドの側にみずから歩み寄ってくるような関係を構築すべきだという。

そのためには「企業のビジョン」を示すことが不可欠であり、あるフレームのなかで競合企業を意識しつつ差別を図る「相対アプローチ」ではなく、その企業ならではの信念や理念にもとづいた「絶対アプローチ」が必要なのだという。

業務システムを生業にしているIT企業でこの「絶対アプローチ」を実践している会社は何社あるだろうか。同じようなパッケージをちょっとした機能の差で差別化していると主張したり、よそよりも早く開発できますよと喧伝するソフトハウス、最新の技術要素が入っていますよと叫ぶソフトウエアは「相対アプローチ」であり、もはや時代遅れなのかもしれない。

さらに、いま言っているのは「ビジョン型であるが、もうひとつ「スピリッツ共感型」とういうのもこれから注目されるという。典型的な例があの大型バイクのハーレーダビッドソンである。熱狂的な愛好者が支えるパターンである。これは、ITではコンシューマー向けの製品にはある。アップルが代表的なものであろう。しかし、MacBookやiPod、iPadを思うように、SAPに愛着を持つ人がいるだろうか。
  

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2011年10月28日

僕は世界を変えることができない。But, we wanna build a school in Cambodia.

下の息子との定例会を今回は趣向を変えて映画を観ることにする。というのも、「僕は世界を変えることができない。」というタイトルの映画が、カンボジアに小学校を建てようと奔走する若者を描いたものであることがわかったからである。息子は今年の連休にひとりでカンボジアを旅してきたので、一緒に観ようと誘ってみたのである。

そうしたら、原作も読んでいて是非観たいという。ということで、新宿で待ち合わせて映画鑑賞となる。二人で映画を観るなんていつ以来だろうと言ったら、以前一緒に観たのはミッション・インポッシブルだったと覚えていた。この作品の製作年は1996年だから、そうか15年前で、息子は中学生だったのだ。

さて、「僕は世界を変えることができない。」だが、監督が深作欣二の子の深作健太で主演の医大生に向井理、その友人たちに松坂桃李、柄本佑、窪田正孝、村川絵梨といった面々。原作があって、だから実話に基づいていて、現地のガイドで出演している人は、実際にも原作者の葉田甲太がカンボジアに行ったときに世話になった俳優さんではない実物なのだそうだ。

ストーリーは単純だ。平凡な日々を送っている医大生がふと見つけたカンボジアに学校を作ろうというパンフレットを見て、実際に募金活動を始めてしまう。日常的なところから何とか逃げたいという気持ちがそのチャンスをつかんだのだろう。友だちを引き込み、サークルを作って、イベントを行い夢を叶える。

これだけの話なのだが、ストーリーというより、どこにでもいそうな、あるいは僕らもかつてはそうであったようなフツーの大学生がフツーに悩み、フツーに感動する姿を素直に見ることが大事なような気がする。なぜカンボジアなのか、なぜ学校なのかと問われても答えられない。

何も大上段にふりかぶったような大義名分だとか、崇高な思想などがあるわけでもないし、金集めもクラブで何度もイベントを打つくらいしかできない。いわば、誰でもやれそうだがなかなか前に踏み出せないことをやったというだけなのだが、でもそれでいいのだと思う。その小さな一歩に心打たれる。

この映画はもちろんカンボジアの現地ロケがふんだんに出てくるが、先ほどの本物のガイドさんの話は涙をさそう。ポルポトによる主に知識人に対する大粛清が自分の父親にも及んだことや、収容所の様子や実際に足枷につかった鎖とかを説明しながら涙を流すシーンには、これはドキュメンタリーかと思ってしまった。

観終わったあと息子と感想を言い合ったが、彼も直球勝負の純な映画ですごくよかったと言っていた。ただしということで、彼がカンボジアに行ったときのエピソードを話してくれたが、経済的に恵まれていないところで上から目線で“施しをする“感覚がどうしてもぬぐえないというか、金銭を要求されたとき(おねだり感覚でもある)どうしたらいいかとすごく悩んだと言っていた。映画でもそうしたセリフも聞こえた。悩ましいところである。

若い人には、映画をみてそうしたことを真剣に考えてもらいたいと思う。映画のあとは、銀座にでてニュートーキョーで遅めの食事をして、いつものように「M」でママと海外旅行話に花を咲かせていた。

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2011年10月29日

男の伝言板 - 遊び三昧

三題話が続いたので、堅い話からやわらかい話を少し。若いころの遊び方も昔とずいぶんと変わってきているように思う。今は多様な遊び方になっていて、決まりきったものというのはないかもしれない。呑み歩きもあまりしないようだし、車にも興味がないという。うちに籠ってゲームやカラオケを楽しんでいるのだろうか。

その点、ぼくらの世代はだいたいパターンが決まっていた。よく言われたのが、「立てばパチンコ、座れば麻雀、歩く姿がボウリング」だ。だいたいが、大学に入るとみな一様にこれをやる。だから、学校の近辺には、パチンコ屋、雀荘、ボウリング場がある。それと、コンパと称する呑み会があった。このくらいならたいしてお金を持っていなくても遊べたのである。

もちろんぼくも例外ではなく、勉強そっちのけで遊んだ。授業をさぼって雀荘にいてひどいことになった話は書いた。高校生の時と浪人時代の受験勉強生活から解放されて、しかもキラキラの都会に放りだされたわけだからのめってしまう。当時は、まだ学生運動が盛んだったから、しばしば休講になるから時間があるのだ。外で火炎瓶が飛んでいるわ、教室にゲバ棒を持ってなだれ込むわでは授業もろくにできない。

しかし、2年も半ばくらいになるとそういった生活に嫌気がさしてくる。さすがに非生産的な生活に見切りをつけなくては思いだす。ちょうどそんな折、大学がロックアウトされたのである。「大学臨時措置法」の紛争である。この法律をめぐって各大学は騒然として、授業どころの話ではなかった。

学校に来てはいけないのだから、ノンポリの身ではではすることがない。でどうしたかと言うと、家にほとんど帰らず、荻窪に住んでいた友だちの家に居座って、2ヶ月近くの間毎日「立てばパチンコ、座れば麻雀、歩く姿がボウリング」の生活をしたのだ。いまから考えるとひどいことをしたなと思う。

要するに、朝早く起きて数人で早朝ボウリングに行く、終わったあと喫茶店でモーニングセットで朝食である。腹ごしらえをした後は、パチンコ屋に並ぶ。お目当ての台で誰かが打ち止めを獲得。それを軍資金として、近くのそば屋とか中華料理屋、寿司屋で呑む。ほろ酔いになったところで、友だちの家で徹マンをする。このパターンである。

ボウリングは、アベレージも170~180で200アップも数回できるようになる。パチンコ、麻雀もプロまでは行かないがそこそこの腕前になる。だがさすがに、毎日続けると飽きてくる。でも、徹底的にやってやめようと思ったのである。もううんざりするくらいやってスパッとやめた。その後は、たまにつきあいの麻雀をするくらいになったのである。社会人になってからも、「立てばパチンコ、座れば麻雀、歩く姿がボウリング」は影を潜めてしまった。まあ、こんなものはだらだらやるよりとことんやってやめるというのがいいのかもしれないと今でも思っている。
  

2011年10月30日

ヤマザキナビスコカップ

昨日、国立競技場で行われたJリーグ・ヤマザキナビスコ・カップ決勝で鹿島が延長戦の末、大迫のゴールで浦和を1-0で下し優勝した。しばらく、代表戦ばかり見ていて国内の試合は見ていなかったので、Jリーグはどんなものかという思いもあったが概しておもしろかった。

明らかにチーム力に差があった。ただ、浦和は降格争いをしているチームにはみえなかった。監督が変わって選手が伸び伸びやっていたのは評価できるが、まだアントラーズのサッカーの成熟度には及ばない感じだ。何がちがうかというと、チームとしての連動性とサイド攻撃で、ここがレッズの弱さである。

だいたいレッズの選手はボールをもつとパスコースが限られてしまっている。チームカラーとして原口や梅崎、山田(直)のドリルで崩すのかもしれないが、どうしても単発的な動きにしかならない。それに比べるとアントラーズの方は、大迫と興絽の縦、野沢と遠藤の横の連動がしっかりとできている。特に大迫がよくなった。

それと、サイド攻撃の差が大きい。アントラーズの新井場とアレックスが果敢に上がっていっているのに、レッズの山田(暢)、平川はほとんど攻撃に絡めなかった。だから、原口の切り込むスペースがなくて、ほとんど機能していなかった。一度だけパスが何本かつながって最後梅崎のシュートまでいったのがあったくらいだ。

試合は、山田(直)の退場で浦和がダメージを受けたことが負けの遠因になったかもしれない。昨日の主審はちょっと厳しいというか安直に笛を吹いていたが、ファウルも技術がいるということを若い山田はまだわかっていないようだ。あの主審の傾向を見たら気をつけなくてはいけないと察知しなくてはいけない。

レッズも少しは自信もついてきたのではないだろうか。残留争いではいい結果を残しそうだ。課題は、辞めたペトロビッチも言っていたようにフォワードとここでも指摘したようにサイドアタッカーがいないということだろう。あとはけっこうタレントが揃っているから、うまく補強すればもっといい結果を残せるようになれると思う。

2011年10月31日

IT再考-Chemical BPMのすすめ

また聞き慣れない言葉出てきたと思っている方が多いと思います。それもそのはず初めて使う言葉です。意味は、ケミカルプロセスのようにビジネスプロセスも考えてみたらという提案なのである。なぜそんなことを思いついたかというと前回の議論とも関係している。管理システムと実行システムは違うという話である。

本ブログで何度も書いているようにぼくは若いころケミカルプラントで働いていた。ケミカルプラントは基本的にはプロセスがメインになっている。ケミカルプロセスには、大きく連続プロセスとバッチプロセスがあるが、ぼくがいたのはペトロケミカルの上流のところだから連続プロセスの方で、原料を投入するといくつかの単位操作を経て製品を生み出すのが連続的に行われる。原料投入から製品産出までがマクロプロセスで、単位操作もプロセスを形成していてこちらがミクロプロセスである。

この場合、プラントの生産プロセスは制御システムにより運転が行われる。温度、圧力、流量、品質などを設定された値に維持するように各種の条件を調節するわけである。その結果として成果物である製品を作り出し、貯蔵タンクに保持するのである。これが、ケミカルプラントにおけるプロセスオペレーションであるが、大事なのは、所定の製品を十分な品質で低コストで早く、そして状況変化に俊敏に対応することなのである。QCDFの確保である。

まさに生産実行システムである。現場のオペレーターがこれを行う。一方、こうした生産活動の結果として、先ほど言ったようなQCDFはどうであったか、予算や計画との差異はどうだったのか、トラブルはあったのか、改善の余地があるのかといった実績の視点で過去のことを管理するのが生産管理である。ケミカルプラントでは、実行システムと管理システムは明確に分かれている。

さて、いま巷にある生産管理システムというのはどうなのだろうか。どうもいわゆる管理システムがほとんどで実行システムは少ないように思う。スケジューラーを含めた計画系や部品表などのリソース管理はあるにしても、結局は実績の集計と分析になっているのではないだろうか。実行システム、すなわち生産の進捗を管理するところが、自動車だとかエレキなどはあるだろうが、全般的には弱いように思う。

さらに生産以外でも同様で、例えば販売管理というが、営業プロセスつまり引合からオーダーをもらうまでの実行プロセスで、その進捗をきちんとつかんでいるとは思えない。引合の案件登録はします、オーダーリストは作りましたで終わっていませんか。まあ、ステータス表示まではしているところはあると思いますが、ケミカルプロセスのようにコントロールしているでしょうか。

重要なことは、結果の管理でなく現在をいかにいい状態にするかという制御を行う必要があるということで、済んだことをほじくり返してああすればよかったこうすればよかったでは後の祭り(ぼくはこれを死体解剖と呼んでいる)なのである。ですから、実行プロセスをコントロール&オぺレーションする仕組みと仕掛けをケミカルプロセスと同じようにビジネスプロセスにも持たせた方がよいと提案しているのである。
  

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