WhatはHowに優先するのだから、初めにWhatを固めておく必要がある。その時の思考アプローチとして守らなくていけないことは、オペレーションから発想するということである。なぜなら、Whatは使われてナンボ、ビジネスの役に立ってこそ存在価値があるからである。
これは自明であるかごとく思われるが意外と分かっていないというのがぼくの実感である。つまりそこまで考えないでシステムを作っていることが多いのである。使われようが使われまいが、あるいは役に立とうがそうでなくともどうでもよいから、ひたすら要件定義に従って作るだけなのである。
視点を変えて業務オペレーションからWhatを考えるとどうなるか。当たり前だが、仕事がうまくできる、業務を円滑進める、ビジネス成果をあげるためにどんな“What”が必要なのかと考えることである。これまでは逆にこのパッケージあるいはこの業務システムを使うと、こんなオペレーションになりますという発想のような気がする。
ですから、ITありき、コンピュータシステムありきで見るわけです。これって、どう考えてもおかしいと思いませんか。一旦白紙で考えてみてください。そうすると気がつくのは、業務オペレーションって、別にITを導入したときに初めて行うわけではありません、ビジネスが行われた時点、事業を開始した時点で業務オペレーションも始まるわけです。
これも当たり前の話ですが、業務オペレーションをしなくては事業運営がままにならないからです。ITがなければ、電話や黒板や立ち話で行っているのです。こうみていくとオペレーションから発想していけば、使われない、役に立たないシステムはできようがないのです。そもそも、こんな風に使いたいから、それができるものを作ってよねとなるわけです。
このことは、特別なことではなく、コンシューマプロダクトを作っている人はみな知っていることなのです。スティーブ・ジョブスはこんなことを言っています。「僕にとってのコンピュータは、人間が考えついた最も素晴らしい道具なんだ。それは知性にとっての自転車に相当するものだ」。ここで、自動車ではなく自転車であると言ってところがポイントで、要するに自分のスタイルを貫くために自分の力で自在に操れるものであると言っているのだと思う。
また、スタンフォード大学のテリー・ウィノグラード教授は、「人間を代行するコンピュータから人間の道具としてのコンピュータへ」と提唱しています。彼はGoogleのCEOのラリー・ペイジの先生だったのですが、かつては人工知能(AI)の第一人者だったのです。つまり、AIで人間の代わりをめざしたのですが、人間の営みはもっとあいまいで複雑だということに気がつきAIの限界を悟ったのです。
いま紹介した二人に共通しているのは、あくまで人間主体で考えるべきであり、コンピュータはしょせん道具であるという認識である。これは、エンタープライズのシステムにも適用すべき考え方だとぼくは思う。業務オペレーションから発想すると帰結するところはここなのである。
