正月は、やはり仕事をする気にもなれないので、時間があるのでぼーっとテレビを見てしまう。でもほんとスポーツ中継以外は見るべきものがないので、さりとて出かける気もしないので、家で映画を観ようと思う。そんな映画のことを少し。
【プール】
ぼくの高校の時の友だちが、近々にタイでのロングステイを企図していて、ぼくも誘われているのだが、なんだかんだと日本での生活を脱し切れないので無理だと言っている。でも、話だけでも聞いていると何やら楽しげになるのも不思議だ。日本の時計とまた違った時間がタイにはあるという。そんなタイを舞台にした映画「プール」を観る。
「かもめ食堂」、「めがね」のスタッフが作った映画なので、出演者もおなじみの小林聡美、もたいまさこ、加瀬亮で、それに加わるのが新人の伽奈である。場所が、タイのチェンマイでそこに暮らす小林聡美扮する京子、もたいまさこの菊子、加瀬亮の市尾さんのところに、さよという京子の娘(伽奈)がひとりでやってくる。
しかしそこで繰り広げられる物語は、劇的なものではなく日常の淡々とした流れを映しだす。相変わらずのまったり感で、いつものようにまるで生活感がない。京子が働いているゲストハウスにお客さんが来るわけでもなく、市尾さんにしてもどんな仕事をしているのかもわからない。
そして、ほとんどがそこゲストハウスとその庭にあるプールが舞台なのである。この固定した場所に出入りする人間の交流というか、何気ない会話にゆったりとした解放感が感じられるのである。結局、メインは勝手に娘を置いて出てきてしまった母親と娘が少しずつ解けていくところだが、娘は母親のそうした身勝手さをなじるのだが、母親は好きなことをやればいいじゃんといって受け流すところであろう。
それで思ったのは、この母親の血液型は絶対B型だということだ。映画でタイでは生まれた曜日で占うらしいが日本では血液型だ。というのは、昨日は義弟の一家4人とうちの家族3人で会食したのだが、7人のうち息子を除いて6人が皆B型で、そうなんです、みんなが勝手なことを言って、人の話を聞かない状態で、O型のうちの息子が一生懸命とりなしてくれたのである。
映画の話である。おそらく、この映画を観た人は、なんだこの緩さは何なのかとか、現実感がないといった批判があると思うが、ぼくはそれがかえっておもしろかったのである。
【噂のモーガン夫妻】
大人のラブコメディというジャンルは、日本ではあまり見られないが、欧米の映画には楽しいものがあって、それこそ大人になるとけっこう身にしみたりする。この「噂のモーガン夫妻」は、主演が、サラ・ジェシカ・パーカーとヒュー・グラントだから、それだけでもいかにもと思わせる。
なんたって、ダメ亭主を演じたら右に出るものがいないヒュー・グラントである。今回もその魅力をいかんなく発揮している。弁護士と不動産セールスウーマンという夫婦が夫の浮気から関係が冷え切ってしまう。そして、夫はよりを戻そうと必死になるが、なかなかうまくいかないとき、一緒に食事した帰りに殺人事件を目撃してしまうというところから急展開する。
二人は殺人事件の目撃者ということで、ニューヨークからワイオミングの田舎に隔離されてしまうというわけだ。最初は都会と田舎のギャップに困惑したり、それから田舎の生活に慣れるとともに、徐々に二人の間で打ち解けてくるといったあたりがおもしろい。
もちろん、最後は和解するというハッピーエンドであるが、実は夫の浮気をなじっていたその妻も浮気をしていたというのを打ち明けるわけで、そのときの夫のとまどいがまたおかしい。これはあくまで、ほんと仮定の話だが、うちでそんなことがおきたらどうなんだと一瞬考えてしまった。これはあくまで、ほんと仮定の話だが、まずはぼくは絶対にばらさないし、妻から告白されたら許さない。これはあくまで、ほんと仮定の話です。(しつこいな)
この作品はのよさは、主演の二人もさることながら、筋立てではないかと思う。だから、物語の流れがスムーズですんなりと溶け込める映画であった。こんなのもたまにはいい。
【第9地区】
正月なのにこんな映画を観るのかと言われかねないが、「第9地区」のことである。この間ばあちゃんがさかんに宇宙人の話をするので、まあいいタイミングかなと思っただけである。どうもテレビで、UFOがやって来て、連れ去られて生還した人もいたり、ほんとうに頭が三角になっている火星人が映っていたということを放映していたらしい。
ぼくがそんなのウソだと言っても聞かないで信じきっていた。まあ、別段害があるわけではないのでいいのだが、この映画をばあちゃんに見せようかと思ったくらいだが、いささか刺激が強いだろう。
その刺激というのは、SFでありながら、妙に現実感が匂うのである。まずは、舞台が南アという設定も、そしてエイリアンが差別された住民として隔離されているなんてこともつい現実世界と対比してしまう。このように、SFの世界と現実世界が交錯しながら、一方で人間とエイリアンとの交流が描かれたりとかつてなかったような作品である。
そう言う意味で、いろいろなものが詰まっていて大変おもしろかった。こんな不思議な映画を作ってしまうアメリカに驚かされる。
