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2010年11月 アーカイブ

2010年11月 1日

ボトムアップ戦略立案―戦略立案作法(2)

ここからは、手順に従って各フェーズでのやるべきことをみていきましょう。最初は、「現状ビジネスにおけるビジネスモデル構成要素の記述」になります。ですから、現状で何かビジネスを行っていて、そのビジネスを分析することで、次の戦略を練るという目的で行うものです。

各要素ごとに、現状のビジネス形態を書いていきます。書くための簡単な指針は次のとおりです。

・市場/顧客
マーケティングでは、STP(Segmentation,Targeting,Positioning)ということになりますが、地理的、人口動態的、サイコグラフィック、行動上の各変数がまずあります。国内なのか海外もとか、顧客の年齢や性別など、ライフスタイル、使用者のタイプなどを見てきます。要するに現在の事業の主な客層について書くわけです。

そして、強みはセグメントの規模や成長性からみたり、顧客の囲い込み度みたいなもので評価していきます。弱みはその逆でお客さんが固定化されているとか、海外品が入ってきているとかになります。ここはSWOTの見方を参考にするとよいでしょう。

・製品/サービス
ここは事業で扱っている製品/サービス名とその特徴を書きます。単に見えるものでだけではなく、モノに伴ったサービスなども書いていきます。別な言い方をすると、お金を稼げるところです。昔は、コンテンツが売りのものが多かったと思いますが、最近は、コンテナ、コンベアという領域が注目されています。

・経営資源   
その事業で使われている経営資源について書いていきます。さほど影響がないものについては書かなくてもかまいません。設備を使わないで提供しているサービスだったり、自社単独でなんでもやってしまうならネットワークもないことになります。

そして、そうしたリソースを自分たちで保有しているもの以外に外部から調達あるいは利用している場合もあるのでそれも書いていきます。

・ビジネスチェーン/サプライチェーン
ビジネスチェーンについては、もし分析が必要ならここだけ切り離して分析していきます。サプライチェーンは、計画-調達-製造-出荷の各プロセスについて、それを行っている組織とそれが持つ機能を書いていきます。

クローズアップされたビジネスチェーンでは、サプライヤーやそのサプライヤーのサプライヤーとか、販売業者、販売代理店、顧客といった関係者について、それらの拠点、取り扱っているもの、つまり原料なのか部品なのか中間製品なのかといったことや取引形態などを書いておきます。

・商流
最後の商流は、モノやサービスなどの流れとそれに伴うカネの流れを図示します。書き方は特に決まりはなくて、会社を丸でも四角でも囲んで、矢印で結び、モノは実線でカネは破線にするとかわかりやすいものならどんなものでもかまいません。

そして、全体として、現在のシステム化状況を書いておいた方がよいでしょう。それぞれのビジネスモデルの構成要素にどんなシステムが組み込まれているかを書いておきます。

2010年11月 2日

ITエンジニアの育ち方(6)

問題を発掘・認知する

最初のセッションは、「問題を発掘・認知し、課題を設定する」ですが、ここでは、問題を発掘・認知するまでを議論します。これは字句の通り、まずは自分が普段不満に思っているあるいは、悩んでいる問題を書き出すことをします。問題点というのは、簡単に言えば理想と現実とのギャップのことですから、理想をもっていないひと、考えていない人は問題点がありません。

そうした問題点をメンバーの人たちで出し合い、それを整理していくわけですが、ただ漠然と問題は何ですかと聞いてもなかなか出てこない場合もありますし、範囲が広すぎて拡散してしまう場合もあります。そんな時は、範囲を決めておくとか、だいたいのテーマを決めておいてそれに対する問題点を挙げていくというやり方でもかまいません。

今は、若手のITエンジニア、それも業務システムのITエンジニアを対象としていますので、その人たちの問題点はおおかた次のようなエリアの問題が抽出されてきます。このエリアごとで出てきた問題点をグルーピングしてそれに問題点の名前をつけていきます。

(1) ユーザとの関係
(2) システムの構造や機能に関すること
(3) システムの作り方の問題
(4) 組織や個人のスキル

(1)のユーザとの関係では、ユーザから要求獲得がうまくできないとか、ユーザがまともに対応してくれないとか、要求をなかなか出してくれないとかといったシステムに対する意識が低いことなどがあげられます。

(2)の問題は、部門ごとで勝手にシステムを作ってしまうので部門間の連携ができなかたりというサイロシステム化とか、ユーザ要求にちゃんと答えられていないので結果使われないとか、ビジネス環境がどんどん変化しているのにシステムが追随できていないといったことが出てきます。

つぎに、そのシステムの作り方にも問題があって、よくあるのは属人化してしまい、その人だけがわかっているとか、プロジェクトの最後の方は人に依存した開発になってしまうということが上がってくる。それと、ユーザ要求をつなげるべき業務プロセスが書けないという設計時の問題も横たわっている。

最後は、組織や人の問題で、ここでも属人化というか組織的な対応ができていなくて、個人にたよってしまうのだが、その個人にしても業務知識が乏しいのでどうしてもシステムに寄っていってしまうという傾向が指摘される。

ざっと、こんなふうな問題点があがってきます。もちろん個別にあたっていくともっと違ったものが出てきますが、この時点であまりディテールに突っ込む必要はありません。要は、ある程度抽象度を上げた重要な課題が設定できればいいのです。

ということで、問題点のグループは、「要求獲得がうまくできない」、「ユーザの意識が低い」、「システムがばらばら」、「システムが役にたっていない」、「業務フローが書けない」、「属人的な開発」、「業務知識がない」、「組織的対応ができない」といったところでしょうか。

次回は、ここから重要課題の設定を行っていきます。
   


2010年11月 3日

健康診断の奇怪

今住んでいる市から毎年誕生日になると健診の案内が来る。もちろん今年も来たので受けることにしたが、肺がんや大腸がんの検診は近くの病院に行き、胃がんについては健診車で受診することになっている。

それで、ちょっと前にその胃がん検診の予約をしたのであるが、案内状をみて電話をかけようと思ったら、そこに、次に該当する方はご遠慮くださいと書いてあるので眺めてみたら驚いてしまった。

まあ、バリウムを飲む検査を受けて具合が悪くなったことがある方とか、腸閉塞をおこされた方、便秘症の方、消化器系に手術歴があり、経過観察中の方とかはわかるのだが、それらと並んで、というか一番最初に「胃に気になる症状がある方」とあるのだ。一瞬何のことだかわけがわからなくなった。

さらにその下に、「「要精密検査」となり、詳しい検査が必要となる可能性がたかくなります」と書いてあるではないか。ええー、なんじゃこりゃ。精密検査をしなくてはいけないかどうかを検査するんじゃないの、気になるから検査するんじゃないのと思いますよね。

そして、電話にて予約しようとしたら、電話口の担当の女の子も“胃は何でもないでしょうね”と聞く。異常があることを見つけるのが検査であって、最初から異常がないなら検査なんてやる必要がないのだから、なぜそんなことを言うのか不思議だ。そうか、健康診断というのは正常であることを確認することが目的なんだ。病気の早期発見なんかしたくないんだと皮肉りたくなった。

きっと、異常がでたら早めに連絡して、精密検査を受けにくるように言うのが面倒だからに違いない。そんな自分たちの都合だけで言っているようで腹がたつ。ああこんなことでストレスためたおかげで健診でひっかかるかもしれないなあ。

2010年11月 4日

パブリック・エネミーズ

ぼくの好きな男優のひとりにジョニー・デップがいる。多くの人と同じように「パイレーツオブカリビアン」のジャック・スパロウのあのやんちゃぼうずのような奔放なキャラクターを鮮やかに演じて彼の虜になったのだ。

そんなジョニー・デップが主演する「パブリック・エネミーズ」を観る。監督はマイケル・マンである。大恐慌時代に実在したと言われる銀行強盗を繰り返すが義賊といわれたジョン・デリンジャーとその恋人ビリーの逃亡の果てを描いたものである。

このシチュエーションはどこかにあったと気がつくでしょう。そうです、「俺たちに明日はない」です。ウォーレン・ビーティとフェイ・ダナウェイ演じるボニ―&クライドも同じように銀行強盗をくりかえし、最後は銃で撃たれて蜂の巣のようになる。この映画にまだ大学生だったぼくは熱狂したものであった。

そんなイメージがあるので、この映画は物足りない。「俺たちに明日はない」のボニーとクライドのほうが時代感がほとばしっているからである。例えば、義賊だと言いながらそんな場面は一瞬しか出てこないし、大恐慌の雰囲気もどこにあるのか薄いのである。そしてワクワク感もとぼしく平板に流れている。

だから、「パブリック・エネミーズ」はジョニー・デップのための映画、デップのカッコよさを引き立たせるだけの映画であった。ぼくは、それでもいいと思っている。その最たるものが、最後に死ぬときに言うセリフであろう。それはこう言う。

バイバイ、ブラックバード!

これだけだと何ことだかわからないでしょうが、もちろん前に伏線があって、最初にジョン・デリンジャーがビリーに会ったときクラブでダンスをしたときに演奏されていたのがブラックバードという曲だった。その時のセリフがまたしびれる。あなたは今何が必要なの?というようなことを聞かれて踊りながらこうささやく。

時間を取り戻す。君みたいな神秘的な美人と。
この歌の鳥のように、ブラックバード!

これってたまらんでしょう、こんなきざなこと普通には言えませんよ。現実の人生は“映画のようにはいかない”のはここですね。

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    • 4 デリンジャーの放つ不思議なカリスマ性。
    • 2 マイケル・マン監督だと知ってたら・・・。
    • 3 超凡作
    • 1 起承転結のない映画
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2010年11月 5日

戦略的思考の技術

いまこのブログでも「ボトムアップ戦略立案」なんていう記事を書いているので、少しばかりは戦略的思考をしているつもりになっている。そんな折、「戦略的思考の技術」(梶井厚志著 中公新書)を手にする。

経済学的な見地から戦略というとよく登場するのがゲーム理論である。そのゲーム理論を実践するにはというテーマである。ところが、このゲーム理論というと必ずと言っていいほど“囚人のジレンマ”という話が出てくる。囚人の2人が共犯者と強調するのか、裏切るのかという選択問題で、個別の選択が全体の最適にはならないという例である。

ところがこの本にはこの囚人のジレンマが出てこない。ということは一般的な戦略本とは一線を画しているわけで、こういうちょっとした意地のある人が書いた本はおもしろいとぼくは勝手に思っている。

はたして、とてもおもしろかったし、勉強になった。出てくる思考形態としては、章立てもそうなっているが、「先読みと均衡」、「リスクと不確実性」、「インセンティブ」、「コミットメント」、「ロック・イン」、「シグナリング」、「スクリーニングと逆選択」、「モラルハザード」といったものだ。

実際のわれわれの経済活動でしばしば出てくる行動様式であることがわかる。しかし、何となく言葉尻だけでわかったような気がしているが本当のところはわからないことが多い。経済学というのはどうも論理ですぱっといかないようで、というのはかなりの部分人間関係というか、自分と相手とのマッチアップで事が決まったりすることを扱っているからだろう。

最初に言った囚人のジレンマにしてもまた先読みと均衡にしても、相手の出方で取るべき行動が左右されたりする。このことは、ビジネスの世界では顧客や競合相手との関係でよくおきる話である。

分かりやすい例では、家電量販店の値引きの話が出てくるが、戦略的な思考でみていくと意外なことに気づくのだ。ちょっと長いが引用してみる。

「当店の価格が他店より1円でも高ければ、更に値引きします」といった種類の宣伝をよく目にするが、消費者から見ると、低価格を保証するこれらの量販店は、非常に良心的かつ競争的な店に見えるかもしれない。ところが、コミットメントの戦略的効果という見地から再考すると、他の意味合いが見える。この広告を言い換えると「他店の価格が当店と同じ(または1円でも高い)ならば、値引きをいたしません」とも読める。この広告は、自分から値引き競争を仕掛けず価格を維持しますというシグナルを競争他社に向けて発しているに他ならない。

ね、おもしろいでしょう。ですから、大いにこうした戦略的思考の技術を磨くことが大事なのだが、今の例でもわかるように、ビジネスではマーケティングの領域での適用が多いので、それ以外の業務にどうやって使ったらいいのかなあと考えている。

戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する (中公新書)
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    • 3 随筆としては苦しい
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2010年11月 6日

尖閣ビデオ流出の戦略的思考

昨日から尖閣ビデオがYouTubeに流れたことを受けて大騒ぎである。おおかたの論調は国の情報管理が問題だということで犯人探しに行きそうで、民主党政権に反旗を翻す憂国の役人のみたいな構図も指摘されている。そして、菅内閣への打撃は相当大きいと言われている。

そうだろうか、ぼくの個人的な感じにはそんなことが問題ではないように思う。だいいち、ビデオの中身が新たな真実を暴きだしたわけでもないし、もともと、ビデオ公開に多くの人が賛成していたのだから、そんなことで驚くなと言いたいのだ。心の中では“あ、でっちゃたか”くらいでいいと思う。

更に言えば、このくらいのことは予測しておけと言いたい。こんなときこそ、中日の落合監督のように、ロッテに勝ちを先行されてもあと一つ負けられるとか、ホリエモンじゃあないけどこんなことは想定内とか言うくらいのしたたかさがなければいけない。

そこで、大胆にもこの問題をゲーム理論で考えてみる。だれか経済学者がきちんと解説してくれないかなあ。というのは、政治問題と言いながらも、かなり経済問題でもあり、結局「ゲーム」でもあるわけです。

「自分のとる行動だけではなく、他のさまざまなひとの行動と思惑がお互いの利害を決める環境を戦略的環境と呼び、自分がその戦略的環境のもとに生活していることを認識して、合理的に行動すべく意思決定することが、戦略的思考法である。」というのを先日の記事でも書いた、梶井厚志さんの「戦略的思考の技術」で学んだことなので、こうしたことを思ったのである。

まさに、この尖閣問題の一連の状況は戦略的環境そのものですよね。ですから、戦略的分析の原則からいくと、重要なのは相手の行動と思惑すなわち中国側の戦略を予想し、こちらの戦略を練るといことが求められる。そして、この予測を行うためには、可能な戦略の組み合わせから得られる利益を、相手の立場で評価して考察すべきなのである。

今回の事件をみて、ビデオ流出という行動の戦略的意味を考えるのだが、そこではまず単純な話は、行為者としてビデオを公開した人の戦略がある。その人は、どういうインセンティブで、どういうリスクをみて、コミットしたい相手は誰なのかをどう考えてこうしたシグナリングを行ったかである。

おそらくもし単独犯であればその人には、あまり確固たる戦略があったようには思えない。ということで、ここからは勝手な陰謀説を言う。つまり、日本国か中国のどちらかが裏で操作したということなのだが、ぼくの大胆さは「中国陰謀」説をこれから展開する。中国には、インセンティブがあったという見立てなのである。

中国の行動の背景には最近では世論が大きく横たわっている。いまや中国とて力づくではいかないし、現実的には反政府的な雰囲気が大きくなっている。こうした世論に対して、どう出たいのか、反日だけならいいが反政府、反共となっては困るし、日本との経済的な関係は維持したいと思っているはずだ。ここのところのデモなどでは、この反日が反政府、反共になりつつあり相当な危機感を持っているのではないだろうか。

そうなると、APECへの胡錦濤主席の出席もやめるわけにはいかないので、ここらで少し反日の機運を沈めたいがために、ビデオを流出させたのではないだろうか。だから、ビデは誰もがあきらかに漁船側の非で衝突してきたと思えるような映像になっていない微妙な範囲のものだ。

ゲーム理論では、自分の予想する相手の行動に対して最善をつくす行動をとる予定であり、しかも相手の予定の行動は自分の予想したものと合致しているという意味で、釣り合いがとれている状況を指して均衡しているという。

外交とはまさにこうした「均衡状態」、言い換えれば「落としどころ」を探ることではないかと思う。そう言う意味で、もし今の日本政府がこんなことぐらいでおろおろしているとしたら、危険予知訓練も何もしていなくて、まったくもって戦略的でないことになる。ぼくはそこが心配なのである。

え、ひょっとして中国と共謀してやった? もしそうならすごいのだけど

2010年11月 7日

同窓会と墓参りと

昨日は、高校の学年同窓会が藤沢であった。ぼくらは、昭和42年に高校を卒業したが、その学年の全クラス対象の同窓会である。3年に一回開くことになっていて、今回は4回目となる。各クラス20名前後参加していたみたいでなかなか盛況であった。

3年前の同じ同窓会は欠席したのだが、その日に別のところで何かしていたらしく、そのことをブログに書いていてそれを見ていた同級生の女子2名に昨日は詰問されてしまった。そんなことぐらいで欠席するなということらしい。いまだに女子には頭が上がらない。(笑)

今回参加して、卒業以来という何人かに会った。中でも、中学校も一緒だったA君とはほんと久しぶりであった。中学では2年、3年と同じクラスで、昨日もその時の担任だったM先生の話題になった。その他、野球部だったヤツとか懐かしい顔に往時を思い出した。

合同の会のあとは、クラスごとでカラオケボックスでの2次会。もちろん歌を唄う無粋なヤツはいない。またここでもクラスで旅行した話とか、それに私は誘われていないと怒る女子とか、修学旅行の話とか、しばし高校生に戻ったのであります。

昨日ちょいと呑み過ぎたみたいで二日酔い気味なのだが、今日は死んだ親父の祥月命日で17回忌に当たるのでお墓参りに行く。もう17回忌ともなると、ただぼくとぼくの母親と嫁さんの3人で墓参りをする程度である。

お墓のある寺は鎌倉の材木座にある妙長寺という、1299年に日実上人が開山した日蓮宗の由緒ある寺である。正式には、海潮山妙長寺という。以前は、その時の住職に問題があって荒れていたが、その住職を追い出して新しい人が来てからは、山門や本堂を建て替え、管理もちゃんとやってくれるようになったので、お墓参りも気持ちがいい。

ということで、昨日と今日は少しばかり後ろを振り返った日々であった。明日からはまた前を向くことにしよう。

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2010年11月 8日

ボトムアップ戦略立案―戦略立案作法(3)

現状ビジネスにおけるビジネスモデル構成要素を記述したら、次は「強み(保有価値)、弱み(要改善点)を該当する構成要素ごとに記述」します。

ここでは、自分たちがそう思っていることでかまいません。強みはそのビジネスが成り立っている寄りどころでもあり、価値を生んでいるところになります。市場/顧客では、うまくターゲティングができているとか、これから伸びる市場だとかいったところになります。商材なら品質が抜群だとかになるでしょうし、リソースでは、特許で守られているとか、高いブランド力といったことから、圧倒的な設備能力といったものとかがあります。
サプライチェーンは、リードタイムが短い、あるいは低コストといったことでしょうか。

反対に弱みは、そこを改善すると競争力が増すところでもあります。ここを追いかけていくと業務改善、プロセス改革といったBPR的なことになってきます。ここはあくまで戦略立案なので、あまり深入りはしないことにします。そうなんですね、戦略とは、簡単に言うと強みをいかに生かすかということになるわけです。

さて、強み弱みの分析をしましたが、これは自分たちの思い込みかもしれません。いわば勝手に強いと思い、きっとここは弱いんだろうなと思いこんでいる可能性があります。そこで、次は相対的な目で見ていきます。つまり、競合状況をみて、そのなかで自社のあるいは自製品の差別化のポイント、競争優位点を探っていきます。

このビジネスはどこと競争しているのか、競争相手は何社なのか、国内か海外かなのを記していきます。差別化のポイント、競争優位点は価値があるところです。前にも言いましたが、価値とは「差であり違い」です。それには、比較優位性、特異性、新規性などがあります。

ですから、競合他社との関係において、比較して優位に立っているのかどうかを見ていきます。小さいか、軽いのか、強いのか、安いのか、早いのかといった形容詞的な違いになります。ここらあたりは分かりやすいと思います。そうやって、競争に勝っている会社、製品はいっぱいありますよね。

さて、特異性というのは、他社のものにはない特徴的なものが備わっていることになります。これらは必然的に限定的なものになりがちですから、ビジネスの規模は望めませんが、独占的になるので収益的にはいいかもしれません。以前にも紹介しましたが、阪神タイガースファン限定の虎縞模様の携帯電話なんて商品がそうですね。

新規性は他社がやっていないことを先駆けてやることです。ただ、これもある意味で限定的な面があります。新規というのは継続しないからです。いつまでたっても新人というわけにはいきませんから、時間とともに新規性が薄れるわけです。ただ、商品が出た時は儲かります。

こうして、競合状態を分析し、どこに価値があるのかがわかると、自社のポジショニングができることになります。つまり、そのビジネスはどこにどんな価値を持っていてそれによって、業界の中でどの位置にいるのかが見えてくるということです。

2010年11月 9日

ITエンジニアの育ち方(6)

重要課題の仮設定

前回は、ランダムに出してもらった問題点をグルーピングして、少し抽象度の高い表現で括って行きました。今度は、そうした問題点をさらに絞っていって重要課題という形で設定していくことを行います。

そのやり方は、それぞれの問題点の因果関係を書き出していきます。つまり、原因と結果の関係線を引くわけです。そうです、ロジックツリーとも言われますが、この問題の原因はどこの問題から生じているのかを追いかけます。問題点を丸で囲んでおいて、矢印でつなげていけばいいでしょう。

前回の例で言えば、「要求獲得がうまくできない」のは何が原因なのかと問うわけです。「ユーザの意識が低い」とか「業務知識がない」といったものが該当することがわかります。また、「システムが役に立っていない」のはなぜだろうかと考えると、「システムがばらばら」、「業務フローがうまく書けない」、「業務意識がない」、「要求獲得がうまくできない」など多くの原因がでてきます。

ここで、重要な課題とは単純には線の出入りが多いものとなります。多くの問題点の原因になっている、あるいは結果になっていることがそれにあたります。それと、もうひとつの見方は線がループしているかどうかをチェックすることです。

つまり、それが原因でおきた事象がまわり回って自分のところに来るというものです。例で言うと、「ユーザの意識が低い」ので「要求獲得ができなく」なり、「役に立たないシステムが作られる」、「システムが役に立たない」ので、「ユーザはシステムに対する意識が低下」してしまうという負のループです。

こうした評価をしていくと、例で言えば「ユーザの意識が低いので、要求獲得がうまくいかず、作ったシステムが役に立っていない」という課題が上がってきます。次に、もう少し絞った表現にします。課題が拡散してしまうのを防ぐことと、精神論、意欲論に陥らないためです。

それから行くと、ユーザの意識が低いというのは、精神論的なことのようであり、意識が高くなったらそれで多くのことが解決するというわけにはいかないのではずした方がいいことがわかります。

次に、今までは○○が不足しているとか○○ができないといったネガティブ型での表現になっていますが、課題設定ではそれを逆にしたポジティブ表現に変換します。すなわち、「ユーザから要求を獲得して、役に立つシステムにするには」といったものになります。

これは、仮の設定課題ですので、さらに精査して最終化していきます。これは次回に。
  

2010年11月10日

「ダメな“システム屋”にだまされるな!」

昨日、「ダメな“システム屋”にだまされるな!」(日経BP社)という本を書いた著者の佐藤治夫さんと呑んだ。佐藤さんとはもうかれこれ10年以上前になるのですが、ある案件で一緒に仕事したことがあります。残念ながら、仕事をしたと言っても計画までで実行はされなかったのですが、その時以来の再会でした。

昨年ITProに連載されていた同名のコラムを見つけて、ずっと読んでいたのですが、実際に会いたいということで日経BPの記者に頼んで連絡がとれ、昨日銀座の「鳥繁西店」で焼き鳥を食べながら歓談した。

まずは、本の話からで、この連載はITproのアクセスランキングで断トツトップだったもので、ですから連載が終わったらすぐに書籍化された。でも、元々は佐藤さんが書きためたものを本にできないかと持ち込んだらしく、まずは連載にしようということになったとのこと。

ぜひ、読んでみて欲しいのですが、“システム屋”(佐藤さん自らに対してもそう呼んでいる)を批判はしているのですが、それだけではなく、そこから処方箋のようなものを嗅ぎとることができる内容なのです。20年も変われないという業界にカツを入れているのである。まずは”システム屋”さんには読んでもらいたい本ですね。

昨日は、ふたりでそのあたりの危機感を共有しつつ、どうしたら活性化できるのだろうかという話になる。業種で考えるなとか、コンサルタントとアナリストの違いとか、日本から去っていったインドのベンダーとか、中国の医薬品会社のフランチャイズ戦略とか、おもしろい話が満載ですごく刺激的で楽しかった。

その後はすぐ近くの「M」のカウンターに座って、プライベートな話に花を咲かせる。その時わかったのは、ぼくと佐藤さんが共通点が多いということで、特にサッカーについてはお互い一家言も二家言もあるので盛り上がる。佐藤さんは今少年サッカーのコーチをやっているので、そのあたりの話もおもしろかった。

てなことで、飽きることなく会話が続いたのですが、帰り際に、いまぼくがやっている情シス若手エンジニアの育成について、一緒に何かやりましょうよというお願いをしておいた。変わらない“システム屋”が変わるキッカケになればと思っている。
  

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2010年11月11日

マザーウォーター

あーあ、こんな映画ができたんだと思う。どうも「かもめ食堂」、「めがね」、「プール」に続く第4段なのだそうだ。監督がこれまでの荻上直子、大森美香から松本佳奈に変わっている。「マザーウォーター」は舞台を京都にして、そこに暮らす男女の静かな交流を描いた映画である。

例によって、みんなひとりもので、非家族的な匂いがする。赤ん坊が出てくるがその親もわかるようではっきりしない。いったいどんな人で、どんなバックグラウンドがあるのかといったいわば人物設定が希薄なのである。だからなのかつかみどころがない。本作に出てくる豆腐みたいな映画だ。

この手の映画は、一部のスローライフ好きだとか、草食系には受けるだろうが、ぼくみたいな生臭オヤジには、「かもめ食堂」、あたりはOKなのですが、だんだんそんな癒し系映画に、以前も書いたが、「ジジ臭く、ババ臭く」なるなよと言いたくなる。

出演が、おなじみの小林聡美、もたいまさこ、市川実日子、加瀬亮、光石研に今回は小泉今日子が加わる。小林聡美はウィスキーしか出さないバー、小泉今日子は喫茶店、市川実日子は豆腐屋、加瀬亮は家具店、光石研は銭湯で働いているという設定。そこをそれぞれが往来するだけのストーリー。そしてこれまたおなじみの飲食シーンの連続。

まあ、京都の街並みは良かったが、何といっても、出てくる人がみないい人ばかりで、この世はそんなに気分でいけるほど優しいとは思えないのである。つい「悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志のものである。およそ成り行きにまかせる人間は気分が滅入りがちなものだ」というアランの言葉を持ち出したくなるように、しっかり意志を持とうよと叫んでしまう。

これだけ、同じような空気感の気分映画を出されると食傷気味になる。癒しというのは、がんばったり、活動的なことをやったあとで癒されるべきもので、続けて癒されるものではないと思う。ということで、毎年のようにこうした映画が出てくるのは考えものだ。
  

2010年11月12日

藤沢周平残日録

ぼくの好きな作家の一人が藤沢周平である。その藤沢周平の様々な言行や生活感、交遊などを収録し、あいうえお順に並べた「評伝的事典」である「藤沢周平残日録」(阿部 達三著 文春新書)を読む。

最近はどうも小説というものを読まなくなって、もっぱら新書を読んでいるが、これでも以前はけっこう読んでいた。藤沢周平もそうだし、このジャンルでは司馬遼太郎、池波正太郎あたりはかなり読んでいるほうだと思う。

よく藤沢周平は司馬遼太郎と比較されて、「司馬の読者は成功者、エリートが、藤沢の読者は敗残者、挫折者が多く、読者は画然と分かれる」と評されたりする。ところが、ぼくは両方の作品をなめるように読んだが、そんな分けて見ることには与しない。この本でも向井敏の見方として、“両刀使い”はありだというようなことが紹介されている。

ぼくの藤沢作品で好きなのは、「蝉しぐれ」、「海鳴り」、「ただ一撃」、「用心棒日月抄」、そして「三屋清左衛門残日録」といったところである。この本のタイトルもここからとっている。ぼくのこのブログも「Mark-wada残日録」なのだが、まあそんなことはどうでもいい。

さて、この本は最初に言ったように、小説やエッセイに書かれたことのエッセンスを抜き書きしている。そこでは、彼の作風だとか、込めた思いなどが浮かび上がってくるし、おもしろいのは食べ物のこと、特に彼の生まれ故郷の庄内地方の伝統的な料理についての記述にこだわりを感じる。

あるいは、短い教員生活ではあったが、そのときの教え子との交流、幼なじみとの遊び、結核を患って療養生活を送らざるを得なかった姿、作家となる前、直木賞を受賞するまでの苦労などなどがつづられる。こうして、断片的ではあるが藤沢周平の人となりを網羅していて、それをあいうえお順だから、時間的には子どもの時から死ぬまで、また東京であったり、山形であったりというふうに時間と空間を行ったり来たりするのも大変おもしろかった。

それにしても、この本を読んでなお一層藤沢周平が好きになった。ぼくとの比較で言うと、生きた時代で20年、生まれた場所でド田舎と半田舎という差が厳然とあって、藤沢周平が浸かった世界とはかけ離れているかもしれないが、ぼくらはそうした世界の残り香を多少嗅いで生きてきた。おそらく、若い人が読んでもよくわからないと思うが、ぼくは不覚にも何回か涙を流してしまった。
  

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2010年11月13日

情報というものの捉え方

尖閣ビデオ流出は、海上保安庁の職員が公開したことが判明して犯人探しは終わったが、今度はその犯罪性や機密保護だとか国民の知る権利といった問題がやかましくなった。そんな折、昨日の朝日新聞に識者と言われる人たちの意見が出ていた。その中で、佐藤優と鈴木謙介の意見が一般的な論調とちょっと違っておもしろかったので紹介しつつ考えてみたい。

佐藤優は、この職員を擁護するのに懐疑的な立場で発言していて、その論旨は2つで、ひとつは、情報の加工についてである。つまり、漏洩されたビデオは編集加工されたものであることが問題で、当然そこには海上保安庁の行為を正当化しようとする意図が入っているわけで、そうした情報は真の情報ではないのではないかという指摘である。

もうひとつは、海上保安庁というのは、機関砲を所持している官庁であるという問題である。武力を行使できる公務員に対して統制がとれていない危うさを言っている。一種のクーデターかもとも言っている。確かに、これは恐いことである。

一方、鈴木謙介は、流出ビデオは国家の「確たる情報」への飢餓感をぴたりと埋めたからこそ一部の国民からもてはやされたと言っている。そして、この職員はある意味周到にまずは夜の9時にネットに流し、そこで話題になって翌朝の新聞で報道されることを企図したはずだと指摘している。それを、そのとおりマスメディアが後追いしている図ができあがった。

このことは、情報をどこまで出せば国民は納得するのか、それを判断する能力が政府にないことが問題なのだが、それと同時に、マスメディアに対する不満、すなわち「確たる情報」をマスメディアが提供できていないことも大きいのだ。

佐藤優はインテリジェンスの立場から、鈴木謙介は社会学者という立場からの発言なのだが、示唆に富んでいるのと、角度を変えて洞察することの大切さを教えてくれる。テレビのキャスターの思いあがりとコメンテーターの変なコメントだけではなく、こうした意見にも耳を傾ける必要があるのだろう。

2010年11月14日

還暦祝いの会

昨日は、高校のサッカー部の2年後輩たちが還暦を迎えたのでそのお祝いの会に出席する。藤沢のホテルで開かれたが、彼らの2年上の世代であるわれわれから、2年下の世代までの5世代が一同に会するのである。要するに、一年生で入部したとの2年、3年生と卒業するときの2年生と1年生という取り合わせである。

そもそもこうした会を始めたのは、最初はぼくらの一つ上の世代が顧問の先生を囲んで還暦を祝うところからである。そのとき、先生がぼくらの世代も呼べとなって、一緒にお祝いをしたのだが、その時先生から、来年お前らがやるときには5世代くらいの範囲でやれみたいなことを言われたのである。

こうして始めた還暦祝いが3回目となった。先生もつい最近75歳になったのですが大変お元気で、昨日も60歳はまだ人生の3分の2が過ぎたところであり、あと3分の1あるのでがんばれよとスピーチしていた。みんなでおいおい90歳まで生きろと言っているぞと顔を見合わせた。ああ、そしてまたいつもの「青春時代」を唄っていました。他にもゲストで大先輩も出席されていて楽しい夜を過ごすことができた。

この世代とはここ2年はこの会で会っていたので、ほとんどが最近顔を見ているやつばかりだったが、何といっても当時女子マネージャーだったH子さんが初参加だったのがハイライトである。今なら、数人の女子マネは当たり前だが、もう45年も前のことだから、女子マネージャーなんてどこの学校にもいなかったので非常に珍しかった。

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という本が話題になっていますが、彼女も昨日のスピーチで、その当時にドラッカーがあればよかったのにと言っていましたが、きっとマネージャーの仕事はどうすればいいのか手探りだったのではないでしょうか。

まあ、こうした会はずっと続けてほしいと思うし、60歳を過ぎると、名刺交換もしない関係となり、また昔の高校生のときのようなつきあい、いや先輩、後輩なしに残りの3分の1を一緒に過ごせればいいと思うのである。ただ、ぼくらはこの会の参加が今年最後になるので、来年から違う名目で先輩たちと集まろうかとみんなと話していたら、先生からもおまえやれ見たいに言われたので考えなくてはいけなくなった。


その後は、同期で2次会、3次会に突入する。途中で、近所で古本屋をやっている同級生を連れ出す。彼は卓球部だったが久しぶりの対面でなつかしかった。先週、今週と2週続けての高校時代の同窓会で「青春時代」に帰ったのである。
   

2010年11月15日

ボトムアップ戦略立案―戦略立案作法(4)

前回までは、価値分析を行い、自社のポジショニングまで行きました。さてそこから、戦略立案へと進んでいきます。自分たちの立ち位置がわかったので、そのビジネスモデルをどう変えていくかという検討をすることになります。

この戦略導出のための作法は「四則演算」チェックとなります。四則演算ですから、足し算、引き算、掛け算、割り算です。ここまで分析したビジネスモデルの構成要素にある価値について、足したり、引いたり、掛けたり、割ったりしてみたらということです。

足し算というのは、その価値、あるいは競争優位な点を、足し算するのである。いわゆる似た商品でシナジー効果を狙うとか、強い同じ経営資源を使って多角化するのもそうかもしれません、国内で売れたので、同じような客層がいる海外で売っていくなんていうのもそうですね。

引き算は、その逆で、極端なものでは撤退というのもありです。他社との比較をしたらどうやっても勝てそうもないなら辞めたほうがいいかもしれません。また、選択と集中の選択も引き算です。分析の結果、品ぞろえが多く、赤字のものもある場合に品数を絞り込むなんていうのがこれにあたります。

掛け算は、1.5倍にするとか2倍にするとかいったことで、拡張、拡大の類です。トップを走っているので、潤沢な資金のもと生産能力を一気に倍増して、ライバルを引きはすといったものです。

最後の割り算は、掛け算と反対に半分にするとか3分の1にするとかのことです。縮小であり、選択と集中の集中のほうですね。ただ、縮小というのは、延命策でしかないのでいずれ撤退なのでしょうね。経営資源を効率的につぎ込んで集中化して生き残るが選択肢でしょう。

この四則演算チェックは、なかなか面白いと思いませんか。あまり微に入り細に入り検討するのも大変なのでこんな感じで検討して見るのも有効ではないでしょうか。戦略というのは、全部論理的に決まるものでもないし、だいいち戦略を実行する経営はかなり非論理的な下手すると気分的な要素も入ったものだから、それほどの厳密性は必要ないと思います。

ところで、必要とあらばビジネスチェーンをクローズアップして同じように戦略を立てるということも行っていきます。そこでも、ビジネスモデルで分析したのと同じようにビジネスチェーンのポジショニングを行います。そして、そこからの戦略立案のためのチェック作法は、四則演算ではなく、QCDFでチェックすることにします。

品質、コスト、時間、柔軟性の4つ要素でみていきます。サプライーや販売業者そのものとそことの関係性について、基本的には強みを更に延ばすことを考えることになります。もちろん、ここでも四則演算作法もてきようできますが、自社のことではないので直接、拡大だ、集中だなんてできないので、そこまでは要らないだろうと考えています。

こうした検討により、とるべき戦略が決まって、その戦略に従った新しいビジネスモデルが作られていきます。お分かりのようにこのように既存のビジネスを起点に新しい戦略を立案するステップを議論してきました。これが起業したときのように全く新たなビジネスモデルを作る場合にも適用できるのかという問題があるかと思います。

結論から言えば、できると思っています。すなわち、現状分析に現状がないのですが、そこはこれから参入しようとするための意欲ベースの定義でいいので、そこから分析していけばいいと考えます。


2010年11月16日

ITエンジニアの育ち方(7)

重要課題の最終化

前回、重要課題を「ユーザから要求を獲得して、役に立つシステムにするには」というふうに設定しましたが、これはまだ不十分です。もう少し、その内容を深堀し、具体化していきます。

例えば、この表現では、ユーザとか役に立つとかシステムといった言葉が書かれていますが、その定義をきちんとしておく必要があるわけです。この言葉はちょっと抽象的ですから、そうしておかないと人それぞれで解釈が違ってきます。

ということで、まずユーザとはどこの誰のことなのか、誰のために役立てればいいのかという観点で攻めていきます。具体的には、経営者なのか、事業部長とか部長なのか、業務担当者なのか、はたまた顧客なのかといった問いをしてみます。

次に、そのユーザの要求とは一体何なのか、ユーザが役に立つと考えているのはどんなことなのかといったことになります。単なるコストダウンなのか、はやりの見える化なのか、新規顧客の開拓なのかといったことが浮かびますが、それらは何となく個別プロジェクト目標みたいで、もうちょっと概括的な表現がいいように思います。

そして、ここでいうシステムとはどんなものを指しているのかを検討します。システムと言っただけでは範囲が広く、ITによる自動化システムなのか、コンピュータの構成のようなことを言っているのか、業務パッケージのようなことを言っているのかがあります。

さて、こうした深堀、具体化でどういった最終課題になっていくのでしょうか。ユーザの問題では、顧客というとちょっと遠くなるので企業内のユーザというふうに考えた方がいいと思いますが、まずは経営者はユーザでしょうか。どうもITを使ったシステムが対象ですから、そこに対する経営者の関わりは小さいと思います。

では、業務担当者でしょうか。確かに、足腰をしっかりすることが大事で、そのためにも業務担当者の役に立つものが望まれるというのは間違ってはいませんが、部分最適に陥る危険性がありそうで、全体感が要りそうです。そう言う意味で、事業に責任を持っている人がユーザというのが妥当ではないでしょうか。

そして、役に立つとはということに関しては、先に言ったように概括的な表現ということになると、ビジネス上に何らかの利益をもたらす、すなわち事業に貢献できることが役に立つことにつながりそうである。

システムについては、単なるITシステムだけではなく、また一部の業務アプリケーションでもなく、包括的な仕組みを想定すべきであろう。ということで企業の基本的な実行プラットフォームということで業務システムというものがよいのではないでしょうか。

こうした考察により、最初に設定した課題を最終化すると「事業に貢献できる業務システムを構築するには」ということになります。このように、詳細化と概念化のバランスをとりながら、できるだけ分かりやすくし、あいまいさをなくすことが大切になります。

2010年11月17日

森崎書店の日

神保町で先週の夕方ある若い子と会うことになっていたので、その前に神保町シアターで映画を観ることにする。なぜ、映画館の話から始めたかというと、「森崎書店の日々」という映画を観たいと思ったからである。この映画は、神保町の古書店を舞台にした物語なのだ。

これは近頃出色のいい映画です。原作が、第三回ちよだ文学賞大賞を受賞した八木沢里志の同名の小説で、脚本、監督が、日向朝子である。この日向朝子は「青空のゆくえ」という秀作の脚本を書いた人です。

物語は、内藤剛志扮する神保町の古書店主サトルのもとに菊池亜希子演じる姪の貴子がやってくるところから始まる。恋人の意外な裏切りに落ち込んで会社も辞めているところに、その母親から頼まれたのだろう叔父さんから電話がかかってきたのである。そして、古書店の2階で彼女の神保町生活が始まったのである。

ご存知のように、神保町は世界一の「本の街」です。古書店から新刊書店かで数多くの店が軒を並べている。そうした街の雰囲気に最初は慣れなかった貴子が徐々にその町に溶け込んでいく姿が描かれる。本もあまり読まなかったのが、少しずつページをめくるようになり、変化していくのである。

叔父さん以外にも彼女を取り囲む様々な人々がまた優しく暖かいのだ。そんな情景がこの町にふさわしいのだろう。ぼくも時々神保町を歩くのだが、言葉で言うのは難しいのだが、何となくちゃらちゃらしてなく、知的な感じがしてとても気持ちがいい。それは、街の至る所にある書店が醸し出した匂いのようなものである。

話はそれるが、ぼくは5年くらい前に短い期間ではあるが、文京区白山に住んでいたことがある。そのとき、街の静かで落ち着いた雰囲気が気にいったのだが、なぜかと考えたら、そこはお寺と学校だらけだったのだ。

この映画のヒロイン貴子はこうした生活を続けるうちに失恋の痛手からも立ち直り、多くの人と出会い、学びそして読書により人間的な成長をとげてく。ぼくが感心したセリフで、これは脚本の良さなのだが、サトルがなかなか値付けができない本があって、それを貴子に付けさせるのである。

そのあとで、“価値を売る人間より、価値を創る人間になれ」というようなことを言うわけである。古書店の主の真骨頂ですよね。ぼくの高校の時の友達にも古書店主がいてそいつとこの間久しぶりに呑んだのだが、なかなかそんなセリフは言えそうもなかったな。

こうした、そんなに劇的でもない日常を切り取って、それでいて人生あるいは人間の機微を際立たせる演出は大したものだ。ただ、まだディテールではもうちょっと何とかできるとか、ここでこのセリフをもう一度言えよとか叫んでいた。

しかし、つい「マザー・ウオーター」と比較してしまうが、決定的に違うのは、こちらは旅立ちがあるということだ。とどまることの快適さを振り払う意志がある。これが映画なのである。次の写真は、映画を観た後すぐ近くだったので立ち寄った、ロケを行った書店です。今は誰も住んでいません。

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2010年11月18日

紺屋の白袴

業務プロセスをどう書くかというのが今のぼくの大きなテーマですが、これは単にシステムユーザの人たちの問題というわけではなく、ビジネスをやっている人全般に当てはまる問題でもある。たとえば、システムを供給する側にいる情報システム部門のシステム提供プロセスとか、BPMツールを売っている会社の営業プロセスといったように、意外と見落としてしまうようなエリアでも、もちろんしっかりとできないといけないことなのである。

だが、そのとき考えてしまうのは、一生懸命ユーザに向かって、プロセスは大事ですよとか、このツールを入れるとプロセスがうまく書けますよと言っている、その張本人がちゃんと自分たちのビジネスのプロセスを書けるのかというと、ちょっとお寒い感じがするのである。

たしかに社内情報システムというエリアでは、難しいところがあります。本当の顧客はだれかとか、のお金を儲けるわけではないなとか、自分たちが勝手に商品を開発して作っていいのかといった問題が横たわっています。

しかし、ぼくはこうした情報システム部門にビジネスモデル感覚を持ってほしいと思っています。なぜなら、情報部門を持っている経営者はどう思っているのかということです。当たり前のように、ムダなことはするな、費用対効果があるものを提供せよと言います。これは、社内でもビジネスとして成り立つことをやってくれと言っているわけです。

問題は、収益モデルが描けないことにあります。できれば、内部取引として採算をみたらいいと思いますが、そこまでやっているところは少ないかもしれません。ただ、お金でなくてもいいので、貢献度のような尺度で評価したいものです。

一方、BPMツールを売っているようなところでは、おそらく、ツールを一生懸命売っていると思いますが、その商材を扱う事業のビジネスモデルやビジネスプロセスというのを、自らの手で書けているのかが疑問ですね。自分で、いい事業モデルやプロセスを書けない営業あるいは会社がユーザにいくらこれはいい商品ですよと言ったところで説得力はありません。

だから、ぼくがこの方法論とかを議論する相手は、自分の会社で実践している、あるいは実践できるポテンシャルがある会社、個人しか相手にするつもりはありません。そうですよね、ブラック企業が、みんなが幸せになると銘打って商品を売ったって誰も買う人はいませんよね。


これまでの、SierやITベンダーがダメなのは、自らのビジネスプロセスも書けないのに、それができると称して、商品売りまくったことだと思う。まずは、自分たちのビジネスのモデリングを自分が売っているプロダクト、ソリューションを使ってやってみてくれと言いたいのである。

2010年11月19日

442 日系部隊・アメリカ最強の陸軍

ぼくの映画友だちのS君からの強い推薦があったので、二人で新宿ですずきじゅんいち監督の「442 日系部隊・アメリカ最強の陸軍」を観る。S君はすずき監督の前作「東洋宮武が覗いた時代」を観てそれがよかったので推奨したのである。

これは、傑作だ、すばらしい映画である。

442部隊と言うのは、第二次世界大戦のときに日系人だけで編成された部隊で、その勇猛さで軍人の鏡と言われた。ヨーロッパ戦線に送られた彼らは、フランスのヴォージュという街をドイツ軍から解放したり、山中に孤立してしまったテキサス部隊を、それまで他の部隊が何回も救出を試みたが成功しなかったものをたった32分で救出してしまうといった殊勲を立てる。

しかし、それには多大の戦死者を出すという犠牲を払うのである。助け出した兵士の数より救出を行った部隊の戦死者の方が多かったという。そして、さらに、ホロコーストで収容所に閉じ込められたリトアニア系のユダヤ人を解放することも成功させる。

このあたりは、実は山崎豊子の「二つの祖国」にも出てくる。この本の主人公である天羽賢治の末弟の勇がこのテキサス部隊救出戦で死んでしまうのである。

映画は、こうした戦線を経験したかつての兵士たちにインタビューを試みる。そこで語られる事実をその当時の映像とオーバーラップさせながら、いったい442部隊とは何だったのかを追いかけたものである。

戦争はもう60数年も前のことだから、彼らは皆高齢で90歳を越える人もいる。そのシーンに奥さんはもとより子どもや孫も登場するのだが、口々に初めて聞くことばかりだと言うのである。60数年経ってやっと語れるようになったのだろう。それだけすさまじいばかりの経験だったに違いない。その証拠にみなPTSDに悩まされ、毎日のように悪夢で跳び起きてしまい、ついに離婚されてしまったというようなことも口から飛び出すである。

最初は、勇猛さを象徴するようなシーンで出てきて、いくつかの勲章をもらったりしたこと、英雄扱いを受けたことなどが語られるが、徐々になぜ収容所に入れられてしまうような、あるいはジャップと言われるような日系人がアメリカという国のために戦ったのかとか、収容所に入れられた人間が収容所を解放するという皮肉などが語られてくる。

そして、アメリカ人として功績をあげることが、偏見と差別から救う道だと信じることや、なぜアメリカのために戦うかに悩んでいたときに、東條英機と松岡洋右が軍人とは所属するその国のために戦うものであるという演説に促されたとかがわかってくる。

きわめつけは、数々の武勲を立てて叙勲した元兵士が、自分の勲章は一緒に戦って散っていった戦友のためのものだと言って、涙ぐみながら、その戦友の名をひとり一人あげるところだ。例え生き残ったとしても、みんな戦争の犠牲者であるのだ。

まだまだ、考えさせられることがいっぱいあるが、みなさんぜひご覧になってください。映画の後はいつもの通り呑みながら映画談議をする。S君は、ちょっと前までJICAの仕事していて、日系人に関することに詳しく、その話からこれまた多くのことを知る。彼も、こうしたことを語り継いで行ける人が少なくなっているのを憂いていた。いやー、多くの今の日本人に見てほしいとせつに思う映画である。
  

2010年11月20日

化学反応

近頃、「化学反応」という言葉を目にし、耳にすることが増えている。例えば、異なった領域の人同士が出会って何か新しいことをするとか、全く違った事柄をつなぎ合わせて新しいものが生まれるとかいったことに使われている。

ぼくはこれでも元々はケミカルエンジニアのはしくれだったので、そういう言葉を聞いていささか気になったりする。気になることに、何か異なったものが出会うとすぐに反応するかのように言っていることもあって、そりゃあないだろうと思ってしまう。

もしそうなら、いたるところでパチパチと化学反応が起こってしまう。しかし、そうはならないということは、反応が起こるには、それ相応の条件がないと起こらないのである。それと、そうした反応を促進する「触媒」の存在も必要になることがある。

今年のノーベル化学賞をもらった日本人学者の研究も金属のパラジウムを触媒として、炭素同士を効率よくつなげる画期的な合成法を編み出したわけで、クロスカップリング反応を助ける触媒を見つけた功績でもある。

だから、人と人との出会いなんてものも一種の化学反応の開始なのであって、それがうまく行くかは、条件と触媒作用なのである。一番わかりやす例だと、結婚ですね。昔は仲人さんという触媒があって、その人が背中を押す役回りだったのです。今は、何がその役を担っているのだろうか。

ビジネスももちろんそういう側面があって、商品との出会い、人との出会い、技術との出会いとかがあるが、それをうまく化学反応させるということがビジネスの成功をもたらすのだろう。M&Aなんて最たるものだろうが、もっと身近でも多くの例がある。

しかし注意しなくてはいけないのが、どういう反応なのかである。みなさんは、爆発も化学反応であり、燃えるのも化学反応だということを忘れがちになりますが、いいことばかりが起こるとは限らないので気を付けた方がいいと思います。M&Aした会社がとんでもなくて大失敗だったなんてことがないようにしなくてはけません。

ただ化学反応により、何かが創造されるわけだから、多少の危険(リスク)を覚悟で臨むべきであって、恐いから、反応が起こらないように水をかけて冷やしてしまうとか、ガス抜きをして圧力を下げてしまうとかがないようにしたいものだ。
   

2010年11月21日

街場の小経済学その11

今週のユニクロのチラシは「61th 創業感謝祭」と銘打って大々的にキャンペーンをやっている、こんな時はついつられて要らないものまで買ってしまう。まあ、それを狙っての売り出しなのだろう。

ただ、ここでふと61回目というのが引っかかった。新しい会社だと思っていたユニクロがそんなに古い会社だったのかということではない。61という数字である。普通は区切りのいい10とか50とかいう数字でこうしたお祭りや記念行事をするのにどうして61なのかということである。

そんなことを思っていたら、ちょっと前にわが家の近くにあるロイヤルホストから一枚のはがきがきた。そこには「改装一周年記念」というタイトルで、リフレッシュオープンから一年、感謝をこめて特典をお送りしますてな具合で10~15%割引券がついてきた。

最初は、てっきりまた改装したんだと思ったら、そうではなくて、改装1周年というのにはいささか驚いていてしまった。そうであれば、きっと来年も2周年記念をやるのかもしれない。ユニクロも来年は62th 創業感謝祭なのだろうか。

何だか近頃は、これだけではなくいろいろなところで○○何周年記念とか○○祭といった惹句で客を呼び込もうといている。昔は、そう言うのは特別なことで、そう頻繁にやるものではなかったと思う。それが、やたらわけのわからない名目でしょっちゅうやっている。

おそらく、これをやめると客足が鈍るので一旦始めてしまうと止められなくなるのではないでしょうか。お客さんもそうしたことが続くとそれを予測して普段は買わなくなったり、行かなくなったりするだろうから、なおさら止めるわけにはいかない。

どうも変だと思うのだけど、これは麻薬中毒みたいなものだと、下の息子が言っていた。こういう商売はどうなのだろうか。

[IT関連の記事を別のブログに移します] *この文章はしばらく掲載します。
IT関連の記事のエントリーを「wadit blog.」に移行しました。正確に言うとITでも仕事に関すること、つまり息子と一緒に創ったwaditという会社でやっていることに関係する記事は、基本的にはそちらに掲載されますので、そちらの方を見てください。もちろん、こちらの方も変わらず書き続けますので、今後とも両方のブログのご愛顧をよろしくお願いいたします。
   

2010年11月22日

センスのいい脳

読みたい本を探すには、最近ではお気に入りのブロガーの書評を頼るという手が増えてきているが、その一方で本屋の棚をながめるのもいいと思う。ネットでも本屋の棚のようなサイトもあって時々覗くのだが、やはりリアルの本屋さんが楽しい。

そんなときは、やはりタイトルに惹かれて手にとることも多い。この「センスのいい脳」(山口真美著 新潮新書)もそんな本で、いかにもおもしろそうだった。ぼくもよく“そりゃあセンスの問題だよな”とかいう言葉を使うからである。センスは別に決まった定義があるわけでもないし、定量的なものでもないのでいったいどういうことなのか知りたかった。

著者は、認知心理学の専門家で、まだ言葉も話せないまっさらな赤ちゃんの感覚世界を、実験心理学の立場から研究しているのだという。そして、本の冒頭に、「センスとはなんだろうか?」と問うて、服装のセンス、音楽のセンス、インテリアのセンス、会話のセンス、ギャグのセンスというように、世の中「センス」だらけで、それでいてこの曖昧な評価に、人は振り回されていると書いている。

そうなんですよ、そこが知りたいのです。ところがです。センスを「感覚」という言葉にしてしまい、感覚とは、目や耳という感覚器官ではなく、脳で生み出されるものであるという、ここまではいいのだが、「私たちの感覚には個人差があり、その個人差には意味がある。つまり、私たちにはみな「センスのいい脳」を持っているのだ」と言われると、センスの意味がすり替わってしまっている。

のっけからずっこけたと思ったら、またもや“錯視“の話だ。五感のなかで最も特徴的なのは視覚だそうで、感覚の多くは目から入ってくるのだという。結局、こうした感覚と脳の関係のような話なのである。それを、赤ちゃんの発達過程での変化などから解き明かしている。

で、ここで本の内容が悪いと言っているわけではなくて、ただタイトルと中身が合っていないと言っているのである。だから、書いてあることはけっこうおもしろいのである。

例えば、「感覚遮断実験」というのがあって、音もしない温度も一定にした真っ暗な独房で、目隠して横になってもらい、そのままの姿勢で何日か過ごすのである。その結果は予想外に過酷で、どんなに精神的に健康な人でも、あるときを境に幻覚をみたりするようになるという。

その他、さかさ眼鏡の話とか、日本人の肖像画やお札に描かれる偉人は横顔が多い西洋人とくらべてなぜ正面顔が多いのかとか、目が見えな人でも視覚に対応する脳の部位が活動しているとか、いろいろと感心することが書かれている。ということは、この本は「センスのわるいタイトル」で損をしたということなのかもしれない。
  

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2010年11月23日

ビジネスエンジニア育成講座

これまで、mark-wada blog で"ボトムアップ戦略立案"というのと"ITエンジニアの育ち方"というシリーズで記事をエントリーしてきましたが、前者はほぼ完了したのと、後者も問題解決のし方や課題設定というフェーズが終わっって、これからその解決策を議論する段階になったこともあり、テーマを再設定して書いていこうと思います。

"IT エンジニアの育ち方"で出ていた課題が「事業に貢献できる業務システムとは」ですので、それに応えていくという流れになります。その答えを用意する役割を担うのが、"ビジネスエンジニア"(仮称)という呼び方をしようと思います。このビジネスエンジニア(BE)という名前はシステムエンジニア(SE)に並べるもので、システム構築の上流のパートを担当することになります。

実は、この領域のエンジニアはあまり多くないのではないでしょうか。最近では、BABOKで言及されたり、ビジネスアナリストとかビジネスアーキテクトなんて言葉もでてきていますが、BABOKは超上流と言われて、分析が主体でプロセス設計までの落とし込みが弱いと思われます。

ビジネスとIT との一貫性と連動性を担保できるシステムを設計する人が必要なわけで、これまではこの一貫性、連動性ができていないのと、それ故、そうしたデザインできる人材がいなかったのです。そのくせ、みなさんしゃあしゃあと経営とITの同期だとか、事業とITの融合だとかおっしゃいます。言うだけはだれでもできますが、実際に業務システムに落としこまない限り、意味がありません。

そこで、ビジネスエンジニアのやるべきこと、身につけるべきことについて議論するわけですが、前回にも指摘しましたが、「ビジネス」の定義を少し広くとっています。つまり、企業における事業だけではなく、イベントを実施する場合だとか、それこそボランティアみたいなことも含めて考えることにします。従って、定義は次のようになります。

「人々の要求に対して、それに見合う価値を提供することにより、相当の対価を得ること」

一方、エンジニアリングというのも定義しておく必要があります。こんなふうに考えてみました。

「価値を提供するための仕組みと仕掛けを設計すること」
こうして、ビジネスエンジニアが行った設計に基づいて、システムエンジニアがITの部分を担当することになるわけです。
  

SP野望篇

最近、多摩センターというところに行く機会が増えて、しかも夕方という設定なので、昼ころ出ると映画を観ることができるというシチュエーションなのである。しかも、この間、新百合丘のマイカルで6回通うと1回無料になるというカードをもらったものだから、行くことをうかがっているのである。

ということで、先日「さらば愛しの大統領」というどうでもいい映画(これは別にけなしているわけではなく、ぼくの好きなジャンルでもある)を観ようと思って行ったら、何と上映時間を間違えるという大失態。しかたなしに、唯一時間的に間に合う「SP野望篇」を観ることにした。

やっとここで映画の話になるが、全くといっていいほど事前知識がなかったので、あとで知ったのだが、人気のテレビドラマの劇場版らしい。しかもまだ完結していなくて継続中なのだという。ええー、これじゃあテレビの延長みたいなものだし、テレビを観ている人のために作った映画でしょう。

どうりで、筋書きや人物設定がテレビを見たこともないぼくみたいな観客にはさっぱりわからないのだ。しかもですよ、最後に次の「革命篇」の予告篇が流されるという図々しさである。だからかどうかしらないが、次の作品も観ないとおもしろくもなんともない。

この映画で完結していないから、98分の予告編を見せられた感じで、ぼくみたいなこれだけで終わりという観客には全く捨て金になる。こりゃぁひどい話だ。

製作がフジテレビで要するに「踊る大捜査線」の2匹目のドジョウをねらったというわけだ。作品の良し悪しの前にこういう映画製作の姿勢が許せない。そりゃあ、冒頭のアクションはけっこう迫力あって、少しは期待をしたのだが、その後がいかん。

こんな具合だから、同じ金を出すならハリウッドのアクション映画のほうがよっぽどもいいと思ってしまう。ということで、映画評はなし。

2010年11月24日

それでもオヤジがBlogを書く理由

社長(息子)が、昨日の「ゆーすけべー日記」に“それでも僕がBlogを書く理由”というタイトルで記事を書いているので、ぼくも同じように書いてみたくなった。彼は、TwitterからFacebook、Ustreamなどのメディアを駆使して情報発信、取得をしていて、その手の話を一緒に飯を食うときなどにいろいろと話をしてくれる。

ただぼくは、基本的にblogだけなので、なぜTwitterをやらないのかというような話かもしれないが、最近、blogのよさあるいは価値みたいなことを二人で認め合っている。それは、彼も言っているように文章を書いて自分の意思を伝えることの楽しさだと思う。

義務感からだとか、商売っ気があってとか、有名になりたいだとかといった理由では長続きしないと思う。継続的に伝えたいことを書いていくということは最初はけっこう辛かったりするのだが、そのうちにおもしろさが出てきて書かないではいられなくなる。

まさに継続は力なりみたいなことなのだが、この楽しいという感じが重要で、しかも閲覧してくれる人が増えたりしたら喜びも倍加するのである。だから、毎日書いている。これはもう顔を洗って歯を磨くのと同じような感覚になってきている。

ただ、ぼくが気をつけているのは、日常の生活記録みたいなことは極力書かないようにしているということです。どこへ行ったとか何を食べたとかというものである。ひとつには、個人的なことは本人はいいが他人には余計なことだし、そういう類の記事は巷にあふれかえっているわけで、穴場紹介スタイルは今や何が穴場かというオープン状態だからおもしろくない。

それともう一つは、どこかの記事に反応することである。何か面白いエントリーやニュースがあるとそれに対するコメントを書くというやつである。それがダメだと言うわけではないし、ぼくもたまにはそういう記事も書くが、そればかりで埋まっているのはどうもいただけない。以前にも書いたが、“リアクション芸人“にはなりたくないという意味である。

さて、文章を書くとき注意したいのは、何を言いたいかを明確にするということと最初の入り方である。これさえうまく決めれば後はわりとスムーズに書ける、いや書けるようにやっとなった。出だしで気のきいた言葉が浮かんだらしめたものだ。

こうして文章を書くと頭の中が整理されるし、大げさに言えばより本質に迫れる思考の深さに結びついていく。もっと大げさに飛躍して言うと、今書いているブログは「遺言」だとも考えている。これを読み返してもらって、そうだ昔あんなオヤジがいたんだなあと思ってくれれば本望である。


2010年11月25日

かいじゅうたちのいるところ

この手の映画を還暦を過ぎたおっさんが観るのもなんかおかしい気がするのだが、あの「マルコヴィッチの穴」のスパイク・ジョーンズが原作者のたっての希望で監督をしたというので観ることにした。

原作が絵本だから子供向けファンタジーなのだろうけど、残酷なエピソードが出てきたりするし、主人公の少年マックスの家庭の事情みたいなものも垣間見られたりして、単なるおとぎ話ではない。

いたずら好きで空想家のマックスがあるとき母親や姉といさかいを起こして家を飛び出してしまい、船に乗ってたどり着いたのがかいじゅうたちが住んでいる島だったのである。こういうのって、男の子はかならずといっていいほど空想する。それは、現実を受け入れるために、繰り返される精神的エクササイズなのである。

この映画でも、家族から相手にされない孤独感から一時的な逃避願望がこうした空想をもたらしている。しかし、そこでも全く単純な暖かい世界でもなく、けっこう現実的な世界が描かれている。登場するかいじゅうたちが要するに“かいじゅう臭い”のである。

まあ、そんな場面を見ながら思ったのは、ここには物語がないなあということだ。エピソードの羅列のような展開で、最後はもちろん夢から覚めるように家に戻るのだが、ただそれだけのものかという感じで若干期待外れであった。

ただ、ぬいぐるみの怪獣が実に表情豊かでそこのところは十分楽しめたのである。観た子どももそこだけだったんじゃないだろうか。

  

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2010年11月26日

ビジネスエンジニア育成講座(1)

ビジネス実行体系

ビジネエンジニアというからには、ビジネスのことから考えていかなくてはいけないというのは自明のことです。従来、システム屋さんというのは概して、要件定義から入ります。つまり、ビジネス要求が決まってから、その要求に対してシステムをどう作ろうかというポジションにいるわけです。

ビジネスから要求を出す要求定義とそれを受けて行う要件定義との受け渡しが必ずしもうまくいっていないというのが、今の問題点ではないでしょうか。システムのことがよくわからないユーザが出す要求とビジネスのことがよくわからないシステム屋が受ける要件定義にギャップがあるのです。

では、そのギャップを埋めるには、それができる全く新しいスキルの人材を育成すればよいのでしょうか。そう簡単な話ではないですよね。その前に大事なことはその渡し方をどうするのかを決めないと人材も育てようがありません。ここらあたりはよく間違えるところで、順番は方法論を作ってから、その方法論にそって実行できる人材を育成するというのが順路であって逆ではありません。

ということで、まずはビジネスからシステム実装までの技法について考えていきましょう。ビジネスというと最上流のビジョンとか戦略というふうになりますが、そこは、理屈ではない部分や精神論的なところがあるのであまり深入りはしないようにします。まあ、トップダウン型の戦略はあるという前提です。

実際に行っているビジネスの実行体系は次のようになっています。

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このうち、ビジネス構造の要諦はビジネスモデルだと考えています。そして、意外とこのビジネスモデルを書けていないというのが、このところ様々な事例をみての実感です。すなわち、SWOT分析したり、バランススコアカードを作ったりといった戦略策定みたいなことは、例えばその領域のコンサルタントを入れてやったりします。それと要件定義のところは最初に言ったようにシステム屋さんが待ち構えています。ところが、このビジネスモデルを誰が書くのかという大事なところがあいまいになっているように思うのです。

潜在住民

先日、「Publica」という名の合同会社の方たちと情報交換をした。合同会社というとちょっと聞きなれない名前ですが、2006年に施行された会社法で新しく設けられた会社形態です。「持分会社」という分類になるそうですが、米国などにあるLLCに似たような会社のようです。

会社の形態はともかく、この会社はある勉強会の仲間だった6人の若者が作った会社です。みな30歳前後で、まだみな本業を持ちながら参画していますが、その本業が非常にバラエティに富んでいて可能性を感じます。

なぜ、彼らとこうした出会いがあったのかというと、メンバーの中のひとりに昔から懇意にしているIT関係の人間がいて、彼からこんな会社を立ち上げたのだが、そこでやりたいことをWebアプリとして作ってくれないかという打診がwaditにあったというわけである。

そのやりたいことを聞いて、社長(息子)と話しているうちにこれはおもしろいかもしれないし、われわれもけっこう近いことを考えていたので大いに反応したのである。そのコンセプトが「潜在住民」という概念でその定義は、「(過去にその街に住むなどしており、)離れた後もその地域に感情的なつながりを保ちつづけている人々」ということである。詳しくは、Publicaのホームページをみてください。そうした潜在住民と地方、あるいは潜在住民同士を結びつけようという理念である。

まあ、ひとことで言うと社長もぼくもそのワーディングとビジョンに惚れたのである。最近とみに言われている地域活性化の起爆剤になるかもしれない。少なくとも可能性が感じられる。だからこそ、その実現方法(実はこれってビジネスモデルでもある)をよーく練る必要もあり、軽くやるのもいいがそれではもったいないような気がして、メンバーの人たちと社長とぼくとで情報交換の場を持ったというわけである。

その場では、様々な意見やアイディアがでてすごく楽しかったし、何かできそうな予感がしている。そこでも出ていましたが、地域の活性化というと従来はどうしてもどれだけ中央からお金を持ってこれるかというように交付金をあてにしたり、ご当地グルメを”新たに開発”したり、単なる観光名所案内をするだけだったりとかが主流のような気がする。

どうも、これからはそんな静的で単線的なものではなくて、動的で複線的な関係性、つまりヒト、モノ、カネ、情報が輻輳しつつ有機的につながっているという自律分散型ネットワークの世界を作ることだと思う。さて、どんなモデルが描けるのか楽しみである。
  
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2010年11月27日

紀子の食卓

「愛のむきだし」の前奏といった趣のある園子温監督の作品である「紀子の食卓」を観る。登場するのは、父親とその娘二人が中心で彼女たちが自殺サークルのようなものにはまって家をでてしまい、それを父親が追いかけるというストーリーである。

ですから、家族とは、あるいは家族のつながりとはということから、生きるということはといった深遠なテーマとなっている。吹石一恵扮する女子高生が父親(光石研)との確執や将来への不安などから、ウエブサイトにある同じような悩みを抱えた女子高生と接触していく。そして、そのサイトの主みたいな子に会いに東京へ出てきてしまう。映画はそこから始まる。

ところがその子が属するサークルがこれまた変なところで、レンタル家族という商売をしているのだ。家族に飢えた人々に向けて擬似家族を演じてあげるというもので、やさしい子ども夫婦と孫を求める老婆、娘との食事に贖罪を求めたり、ひどいのは殺されてしまうなんてこともある。

ここらあたりはおもしろかった。結局、こうすればよかった、あるいはこうしたいを形にできなかった思いをそうした擬似的な追体験できるというのだ。そうした、変なサークルの行動と、やがて妹も姉を追ってそのサークルに入ってしまうので、その娘二人を捜しに行く父親とがオーバーラップしてくる。

しかしながら、その父親が娘との距離に気がついたときにはもう遅いいのであって、決して取り返せないことを思い知らされる。ですから、やり直そうと言っても無理なのである。そうした、関係性がこの映画の重要なポイントでもある。

ただ、映画では親子の葛藤や敵対があまり描かれていないのが気になった。娘にとって壁となっている父親という設定に現実感が乏しいのだ。ひどいオヤジにはみえない。それと、母親の存在が希薄で、現代で母と娘の関係性が濃くて、どちらかというとそちらの方が問題になりそうなのだが、あっさりと自殺してしまう。

映画には、吹石一恵の他にその妹役で吉高由里子、サイトの主宰者としてつぐみといった女優陣が出ているが、彼女らがなかなか頑張っている。「マザー・ウオーター」の対極にあるような関係性にのめり込んだ作品である。両方に出演している光石研の役どころが全く違うところがそれを物語っている。  
  

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2010年11月28日

アジア大会金メダル

今度のアジア大会のサッカーで日本が金メダルを獲得した。25日に行われた決勝戦でUAEを1-0で破って初優勝した。これは素晴らしい。しかも21歳以下のチームで大学生も混ざっているのだから称賛されてしかるべきものだ。

試合の内容を見たわけでもなく、テレビのニュースのひとコマでしか分からないので、試合評は差し控えて、こうして下馬評にも上がっていないチームがあれよあれよと勝ち上がってしまうことについて考えてみる。

というのも、ぼく自身が昔経験したことなので、少しはものが言えると思ったからである。もう45年も前の話だからずいぶんと古いのだが、全国高校サッカー選手権の神奈川県予選で優勝して本大会へ進んだことがあった。今は東京を中心とした関東で開催しているが、当時はまだ大阪中心の関西で行われた。

私立などの強い学校はもちろん3年生主体で臨んでくるが、われわれ公立校だと3年生が夏に引退して1、2年生で戦うことになる。従って、かなりハンディがあってなかなか最後まで勝ちきれないのだ。それがあれよあれよと優勝してしまったのだ。

それが、今回の代表とけっこう共通点があるのではないかと思うのである。今言ったようにぼくらが上級生のチームと戦ったように、アジア大会でも相手はフル代表もいるようなチームであるということで、そういうチームがなぜ勝てたのかである。

まずは、今回のチームはチームワークがよいことが言われているが、何と言ってもそれが大前提である。このチームワークのよさは逆説的な言い方だが、出発が弱いチームだったからだと思う。というのも、勝つための戦略は技術や体力でもないのだからこの一点でしかないわけで、そうなるとチームワークを乱すことは即負けを意味することにみなが自覚的になるわけである。

そして、そこには無欲という意識の問題も働き、変な気負いもないため落ち着きをもたらすのである。実は、そのことはワールドカップの日本代表にも言えることなのである。大会直前に闘莉王が俺たちは弱いチームなのだと言って、チームがまとまったのはこのことである。

ところが、もちろんそれだけで勝てるわけではないのであって、運が必要であることは言うまでもない。この運の最たるものは“初戦の勝利“である。最初の試合に勝つということの意義は盛んに言われたが、これはものすごく大きなことで、ひとたび歯車が回り出したら、よくても悪くてももう戻れないのである。初戦に勝っていれば優勝したであろうチームは掃いて捨てるほどいる。

ワールドカップのカメルーン戦、アジア大会の中国戦の勝利とこの初戦で一気にその気になったのは皆さんご存知のとおりである。われわれのときも、本当にやっとのことで勝利したが、そこから、自信のようなものも湧いてくるし、気分的にもぜんぜん違ってくるのだ。

ここらあたりをみていくと、今回の優勝はフル代表のワールドカップの好成績が影響していると思えてならないのです。実は、ぼくらもその年の春に行われた関東大会で3年生を中心にしたチームが優勝していたのである。そうした連続技なのであって、前からの影響があったのは否めなないと今でも思っている。

ただし、問題は次のステージに行ったときである。この状態がオリンピック予選まで引き継がれることは難しいのも事実で、何を隠そうぼくらも本大会では初戦で抽選負けという目に遭ったのである。なぜなら、自分たちは強いと錯覚してしまうからである。
  
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2010年11月29日

ビジネスエンジニア育成講座(2)

ビジネス実行体系の各フェーズの内容

前回は、ビジネス実行体系とその中の上流での肝はビジネスモデルであることを指摘しましたが、詳細に入る前に、提示した下記の体系にある各フェーズの内容について概観しておきましょう。

(1) 戦略
(2) ビジネス(事業)モデル
(3) ビジネス(事業)プロセス
(4) 業務プロセス
(5) 業務オペレーション

最初にある戦略ということですが、前回も言いましたが、戦略策定は通常トップダウン的に行われます。すなわち、企業理念やビジジョンをベースにして、様々な分析を行い、そのポジションに応じた戦略が講じられるわけです。しかしながら、トップダウン的だけではなく、ボトムアップ的なアプローチもあると考えています。それが、これまで書いてきた「ボトムアップ戦略立案」のことになります。簡単に言うと、ビジネスモデルに埋め込まれた自社の強みを生かして、どうビジネスモデルを変えていくのかも戦略になるということです。

さて、ビジネス実行体系の上流での要諦であるビジネスモデルということですが、ビジネスの基本的な構造と機能のモデルということになります。難しい言葉で言うと「組織能力」と「価値提供力」です。これも簡単に言うと、顧客を獲得してから、経営資源を使って、商品を提供して収益をあげる仕組みとなります。

ビジネスモデルは書いただけでは何もなりませんから、それをどう実行するかが大事なことになります。その実行の主体はプロセスと考えています。いきなり業務システムというようにはしないでください。ITはまだ出てきません。ビジネスプロセスを表現するのがビジネスプロセスということになります。

ただ、このレベルのものは、まだプロセスといっても、抽象度高い機能群を並べてものに近いと思います。そうした、ビジネスプロセスをさらに分解したものが業務プロセスです。ここでは、実行を意識した構造になってきます。そして、ここでプロセスという言い方をしていますが、業務システムというのは、システム機能を除けば、基本的にはプロセスだけではなくて、その他に、データ(情報)と機能(ユーザインターフェース)から成り立っています。

ですので、ここでは業務プロセスを広義に解釈して、それらを含んだ全体を業務プロセスと呼ぶことにします。つまり、データ(情報)を参照しながら、UIで操作して、プロセスを回して、新たなデータ(情報)を生成する仕組みと仕掛けを業務プロセスというふうに定義しています。

最後の業務オペレーションは、その業務プロセスを動かすプラットフォームのことで、業務処理案件が来たら、そこで受けて処理を行います。そして、その処理パフォーマンスを制御、モニタリングして、所定の効果を上げるようにします。モニタリングの結果で改善すべきことが出てきたら、業務プロセスの仕組みや仕掛けあるいはオペレーションマニュアルにフィードバックします。

実は、この最後の業務オペレーションという領域の重要性を感じることがビジネスエンジニアの重要なミッションとなります。従来では、ここが見落とされがちで、システムを作って終わりという例が多く見られます。

ガラパゴス化する日本

シャープが「GALAPAGOS」という電子書籍端末を発表して、最初はふざけているのかと思ったら真剣だったので驚いてしまった。「ガラケー」とか言われる日本の携帯はガラパゴス化の象徴みたいになっていたので、この自虐ネタにいささかびっくりした人も多かったのではないでしょうか。

このガラパゴス化に関する本である「ガラパゴス化する日本」(吉川 尚宏著 講談社現代新書)を読む。著者はマーケティング戦略、事業戦略といった戦略コンサルタントでその立場から日本のガラパゴス化を論じている。

ガラパゴス化というのは、著者の定義でいうと次のようになる。

・携帯電話端末に代表されるように、日本発でそれなりに洗練された商品やサービスが独自進化しすぎたために海外では通用しないことを「日本製品のガラパゴス化」
・そうした製品をつくりだしている企業の体質を「日本の企業のガラパゴス化」
・それ以外にも、地域構造の側面や生活者意識の側面でも、海外との接点を失い、内向きになる現象を「日本という国のガラパゴス化」あるいは「日本人のガラパゴス化」という。

とまあ、商品、企業、国、国民がガラパゴス化の対象となっている。最初は、当たり前のことというか、みなさんがおっしゃっていることとさほど変わらないので新鮮味がないのだが、後半になると、ガラパゴス化から逃れるにはどうしたらいいのかを事例を交えて説明して、そして、「脱ガラパゴス化シナリオ」を提示されるに至って俄然おもしろくなる。

脱ガラパゴス化の事例として、海運業界、マイクロトレンド、ダイオーズ、ワタベウエディング、キュービーネット、味千ラーメン、ヤクルト、ソニー・エリクソン、公文教育研究会、立命館アジア太平洋大学、スコットランド、浅草仲見世商店街のケースが紹介される。実に多士済々の事例である。

こうした事例を分析すると著者は次の点が重要であると言っている。

(1)リーダシップ
(2)形式知化
(3)ゲームのルールをつくる、ゲームのルールを変える
(4)水平分業、モジュール化
(5)新興国における新しい生態系の構築
(6)ハイブリッド化

これを見ているといかにも日本の苦手なところだと思いませんか。しかし、例で挙げた会社はそうしたことができているのだから、克服できるはずなのである。

ところで、この最後のハイブリッド化とガラパゴスの絡みはだいぶ前にこのブログで記事を書いたことがあったのを思い出した。ガラパゴス島にはリクイグアナとウミイグアナがいたが、結局水陸両用のイグアナが誕生したという話なのだが、これは示唆的でこれからの時代、われわれもハイブリッド化するのも生き残りの手段なのかもしれない。

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2010年11月30日

さらば愛しの大統領

前に見損なった「さらば愛しの大統領」を観る。監督が柴田大輔とお笑い芸人のナベアツで、主演が宮川大輔とケンドーコバヤシそしてそのナベアツである。大阪の芸人のノリで作った喜劇映画である。映画会社はこれを究極のお笑いギャグ・エンターテインメントと言っていたり、本格的なコメディー映画と言っているがそれは違う。

近頃、喜劇映画というのをみかけない。ここ3年間の鑑賞リストを見てもみつからない。阿部サダヲの映画がそうかというとちょっと違うだろということになるし、松本人志は残念映画だし、ということでちょっぴり期待して観る。

映画が始まる前に大写しで何やら書いてある。どうもこの映画は、アホになって、アホな気持ちになって見てくれ、偉そうに、まじめに、理屈っぽく見るなとか何とか言っている。ところが、ぼくの印象では、割とまじめな映画に仕上がっていると思う。

ストーリーは、ナベアツが大阪府知事選に当選して、そのあと独立国になると宣言してそこで大統領に就任する。その大統領を暗殺しようとする組織があって、その暗殺を食い止めることを命じられた宮川大輔とケンコバの府警刑事コンビが暴れるという設定である。

そこに、多くの芸人が出てきて得意のギャグやら芸を披露するわけである。更に仲村トオルとか大杉蓮といった連中までかりだされてギャグをかますのである。まあ、ここのギャグはそれはそれでおもしろいのもあり笑ってしまうが、それって別に映画ではなくて、テレビでやればいいじゃんと思ってします。

結局、期待した割には消化不良でもうちょっと何とかならないのかと思ってしまう。どうしてかと考えてみたら、どうも動きがないことではないかということだ。セリフとか単発的な芸はおもしろいかもしれないが、もっとダイナミックな動きが欲しいのだ。宮川大輔が扉をあける時に開いているのによじ登るシーンなんてよかったがそのくらいなのだ。

ぼくらの子どもの頃って、喜劇映画がものすごく好きで、それこそエノケンや堺駿二(堺正章のお父さんです)の軽妙な身体のこなしに抱腹絶倒したものだ。まあいまの時代とはずいぶん違うから単純に比較してはいけないのだろうが、動く笑いがなくなってしまったようでさびしいのである。
  

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