最近は、テレビ番組のなかで映画の宣伝を盛んにやる。まあ、テレビ局が出資しているから仕方ないのかもしれないがあまりいいものでもない。このところよく見かけたのが小栗旬で、それが俳優としてはなく監督として自作のPRをしていた。
「シュアリー・サムデイ」は全国規模では初めてとなる2 0代の監督作品だそうだ。これはもちろん良くも悪くも小栗監督だからという評価がつきまとう。ぼくの評価をひとことで言うと、素人の域をでない未熟な作品だが、光るものも少しはあったというところだ。
ストーリーは、5人の普通の高校生が鬱屈した日々から逃れるようにバンドを結成するが、それを発表する場である文化祭が中止になることを知り、学校を爆破すると脅かすところから始まる。その3年後ひょんなことからかつての仲間がまた集まることになるが、その3年間にそれぞれが様々な人生があったことがフラッシュバックされる。
そして、ヤクザが登場した事件へと展開し、それに家族のことも絡んでドタバタ的様相ながらもいかにも青春をかけぬける感のムービーとなる。そんな脚本をどう演出するのかが新人監督に対する注目である。そこが素人の域を出ていないのだ。
小栗監督の私は映画が好きです的な映像はところどころに出てくるが、最初の演出でそんなことをしてはいけない。エンドロールのあとの映像もやりすぎなのである。この作品で思いをぶちまけたいという気持ちもわからないわけではないが、そうした高揚感を抑えるような演出をすべきだったように思う。
映画の前半の何とも落ち着きがない、ふらふらしたカットがそれを如実に表していると思う。小栗監督がテレビで百戦錬磨のスタッフを相手に大変でしたでしょうと聞かれて言っていたこと印象に残っていた、それは、現場でカット割りが早いのでスタッフが後ろで「テレビドラマじゃあるめーし」てなことを言われたらしい。そのことである。
ある種の青春のもつ躍動感だとかスピード、ハチャメチャ感を表現したいのだろうが、だからといってカメラが同じようにしてはいけない。それを客観的な冷めた捉え方のほうがより表現力が増すように思う。後半はそれが少しできていたようだ。
細部では荒削りで首をかしげたくなることもあるが、同世代の若者を同じ目線で等身大に描いていることは評価してもいいと思う。(ただし、男の若者はいいのだが女の描き方に疑問がある。どうもよくわからないのではないだろうか。というのも小西真奈美が生きていないからである)だから、“男”の俳優たちもそこの共感部分でリアルな演技を見せてくれた。そういう意味で光るものもあった。
小栗旬は「Surely Someday(きっといつか)」いい映画と作るかもしれないという期待感はかろうじて残った。