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人間の器量

最近の政官業学のどれをとっても小粒な人間ばかりになっているとぼくも思っていたら、それを嘆く本が出た。「人間の器量」(福田和也著 新潮選書)がそれだ。人間の評価を器の大きさでみようというものだ。

近頃では、人間を測るのに、偏差値とか、学歴とか、資格とか、業績で見ることが多い。しかし、それも重要だがそれだけではない。そこにもちだされたのが器量ということで著者はこれについて次のように言っている。

器量とは、一つの地位とか、能力とか、資質を指しているわけではありません。 これが難しい。 とてつもなく有能であっても、それだけで器量があるとはいえない。 もっと全人格的な魅力、迫力、実力があってはじめて器量があると認められる。 器が大きいと認められるわけです。 しかも器というくらいですから、その内容は変幻自在なのですね。 水も入れば酒も入る。油だって毒だって注げるわけです。 善い人とか、悪い人とか言うような単純な区別はつけられない。 水だと思っていたら、いつの間にか、酒になっているかもしれない。 善悪、良否の敷居をこえてしまうような人間観、その物差しとして器がある。
これを別な言葉で言うと、高い低いという見方ではなく、水平的な広がりをもって評価しようというのである。そして、なぜに今の日本人はこんなに小粒になってしまったのかと著者は嘆くのである。

ということは、以前の日本人にはそういった大きな器量をもった人がいたということになる。そういう先達として、明治、大正・昭和戦前、戦後から今日までの3つの時代での器量人十傑をあげているので、それを見ると著者のいう器量人とはどんな人であるかが分かる。

 【明治】
 ①西郷隆盛 ②伊藤博文 ③勝海舟 ④大久保利通 ⑤横井小楠 ⑥渋沢栄一 ⑦山縣有朋 ⑧桂太郎 ⑨大隈重信 ⑩徳富蘇峰
 【大正・昭和戦前】
 ①原敬 ②高橋是清 ③菊池寛 ④松下幸之助 ⑤今村均 ⑥松永安左衛門 ⑦鈴木貫太郎 ⑧賀屋興宣 ⑨石原莞爾 ⑩小林一三
 【戦後から今日まで】
 ①岸信介 ②田中角栄 ③小林秀雄 ④小泉信三 ⑤山本周五郎 ⑥田島道治 ⑦本田宗一郎 ⑧吉田茂 ⑨宮本常一 ⑩石橋湛山

うーん、何となくわかるような気がしますね。清濁合わせて包みこむような大きさが感じられます。だから、中には、いまの世の中だとすぐにマスコミや世間に叩かれてすぐにつぶされてしまうかもしれないような人が入っています。器量人を育てるには器量の大きい国家・社会がいるのかもしれません。

この器量というといま並べた偉人にしかないかというとそうではなく、普通の人にももちろんそれなりの器量があった方がいい。では、なぜそれが必要なのかということに対して、著者はこんなことを言っている。究極的にはこのことだとぼくも思う。

死だけは、平等に、誰にでも到来するのです。 死んで動かなくなればすべて終わり。 その終わりにむかって、その道程の長短はあれど誰もが歩いている。であるとすれば、その道程を出来るだけ充実させるように励み、試み、考えるしかありません。動けなくなるその時を、死を、見苦しくなく、なるべく思い残すことなく、迎えるために。 そのために、器量を育てる、大きくする事が必要なのです。
  
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2010年03月07日 11:07に投稿されたエントリーのページです。

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