本のタイトルから受けるイメージでは、ひとりでやる勉学のしかたみたいな感じを受けるがそうではない。「独学の精神」(前田英樹著 ちくま新書)は、まさに精神論である。だから、独学の士として登場する人物が、二宮金次郎、本居宣長、内村鑑三、中江藤樹らであり、そして職人さんなのである。
その精神について、まえがきに書いてあることがよく言い表していると思う。
ほんとうに大事なことは、何ひとつ教えることができない。この自覚のないところに、教育があるだろうか。学ぶということが成り立つだろうか。学ぶのは、この自分が学ぶのである。生まれてから死ぬまで、身ひとつで生きる自分が学ぶ。この身を通さないことには、何ひとつ、それこそ箸の持ち方ひとつからして覚えられない。体を使わない勉強だって、それと全く同じである。この身がたったひとつであるように、私の心も、気持ちもただひとつのものだ。
この謂いだから、独創性が大事なんて言うなとなる。人は初めから独創的である以外何があるのだと喝破する。そして、時代や集団のなかで通念化した知識をえたところでそんなものは役に立たない、そんな知識は増やすのではなく減らすべきだと主張する。
要するにひとそれぞれみな違いのだから一様な教え方なんてあるわけない。ということは、各人がおのれの肉体と精神とで独学する以外ないのだという。それを、著者は職人の中に求めている。この本に大工職人が登場する。考えることは、鉋(かんな)をかけることだという。自分でやってみることなのだ。
こうしたこととともに、食の自給自足にも言い及んでいて、米を作ってそれを腹いっぱい食べようと提案する。いささか唐突な感じと若干の違和感を持つのだが、この狩猟生活から農耕への流れは、機械文明の西洋社会への欠別も意味するようなことを言うのである。
じゃあ、みんな職人みたいになるのか、グローバル化をやめてスローライフで生きていくのかとなると、もはやそんなことはあり得ないと思う。現実的にはそうした生活もしたい人はするればいいだけで、みんながそうなったらその国は成立しないと思うのだが。
ただ、独学の精神というものは、非常に大事な態度だと思うので、そこは大いに参考になった。
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極論の連続、現代社会に対するグチ

