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沈まぬ太陽

3時間22分という長尺で途中に休憩があるという作品「沈まぬ太陽」(若松節朗監督)は、退屈はしなかったが、感動もしなかった。

原作は同名の山崎豊子の小説である。山崎本は「大地の子」「不毛地帯」「二つの祖国」とこの「沈まぬ太陽」を読んだが、評価の順もこの順番で「沈まぬ太陽」は、本でもそれほど感動したわけではない。むしろ、他の作品と較べてもあまり評価していない。

これらの作品は、フィクションではあるが、実際の人物やできごとをなぞっているので、読者はンノンフィクションであるかのような錯覚をもたらす。「沈まぬ太陽」の主人公恩地元のモデルとなったのは元日本航空の労働組合委員長で望まない海外勤務という仕打ちを受けた小倉寛太郎で、日航ジャンボ機墜落事故での遺族への対応や会長に送り込まれた鐘紡の伊藤淳二社長との社内改革の話などが展開される。

ところが恐ろしいのは、主人公を美化するために事実を曲げてしまい、人物も単純な正邪の設定にすることで、そこでリアリティがなくなってしまい、作り話の世界になる。だから、映画も観ていてだんだんああ作り話だと思えてしらけてくる。

例えば、御巣鷹山の遺族に対するやさしい心を持った男が、アフリカ象を撃ち殺す。1社員が日航の会長に直接会いに行くとか、主人公のまわりの人間は、時代劇じゃないが、みな悪代官よろしく悪だくみばかりしている。

だいいち、この恩地元という人物がわからない。みんな渡辺謙の熱演もあってか素晴らしい人物だと思っているようだが、左遷させられて勤務に追いやられていやだったら会社辞めればいいじゃんと思ってしまう。というか、こいつ何しに会社に入ったのだろうか。

まあ今のご時世とは違って、滅私奉公的な会社観があったので、簡単に会社を辞めることは憚られる風潮はあったにしても、彼の会社に入って目指したものは何だったのだ。まさか、労働組合でストをして会社を困らせることではないだろう。その会社に経営者になって立派な会社にしたかったのか、単に給料をもらいたかったのか。その志がさっぱりわからない。

そんなことを考えていたら、どうもこのモデルになった人物は、プロの活動家だったようだ。だから、そんな人物が会社へ入って、その会社をいい会社にしたいなんか思っていないわけで、組合運動をしかっただけなのだ。そういう人物をモデルにして小説にしているから、相当な無理があるのだ。

折しも、問題の日航がらみの映画だから注目されるだろうが、その懸案の一つに8つもある労働組合がある。そして、それは時の経営者の思惑と絡み合った結果であるが、そのために過度の労働条件の引き上げを招き、なぜ結果的に高労務コストを招いたかがよくわかる。労使ともに問題だったのだ。

これをいまだに引きずっているとしたら、日航という会社はひどいものだ。ということで、映画からずいぶんと離れてしまったが、いかにも作り話っぽくて感動も何も生まれてこなかったということ。テレビドラマにして(山崎豊子の作品はテレビの連ドラ向きだ)、ワイドショー好きの視聴者を泣かせたらいいと思う。

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2009年10月31日 15:29に投稿されたエントリーのページです。

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