何ともセンセーショナルなタイトルである。「2011年 新聞・テレビ消滅」(佐々木俊尚著文新書)を読む。ぼくも同じようなことを言っているから別に驚きはしないのだが、こうして本になってくるとホントだろうかと思ってしまう。
要するにアメリカで起こったことは3年後に日本で必ず起こるということから、2008年にアメリカでは新聞・テレビが崩壊したから、その3年後の2011年に日本でもそうした現象が起こるというわけである。
しかも2011年の日本では、情報通信法の施行と地デジ化がそれに追撃ちをかけるというものである。これまでさんざん君臨してきたマスメディアがついに崩壊するのだという。
ご存知のように日本の新聞社とテレビ局はインターネットという怪物の登場に全く対応できていない。新聞の購読者数の減少、テレビ離れ、広告のネット移行が現にすごい勢いで進行しているに手を打てないでいる。これは、旧態依然とした経営体質という面も大いにあるのだが、いま起きているマスメディアの衰退はそれが原因ではないと著者は断言する。
それらについてはいろいろ書いてあるので本を読むといいのだが、ぼくが面白いと思ったエピソードをひとつピックアップしてみた。多くのマスメディアはグーグルを敵だと思っているが、はたしてそうだろかという話で、マスメディアはグーグルに収益を奪われていると考えているが、じゃあもしグーグルが存在しなかったら、そこで生まれたはずの利益はマスメディアに取り戻されるのだろうか?
グーグルの集客力を自前でできるわけがないから、両者は依存関係を築いているのだ。それについてグーグルの幹部がアメリカの公聴会で新聞社の批判にこう答えたという。
グーグルニュースとグーグルの検索は毎月十億回以上もクリックされ、読者を新聞社のサイトに誘導している。私たちはそういうサービスを無償で提供している
こう言われたらおのずと勝負は決まっている。
さて、この本では、メディアのプラットフォームかということに関し、「コンテンツ」「コンテナ」「コンベアー」という3つの階層について盛んに言及している。従来のメスメディアはこれらを全部も持っていたのだ。すなわち、新聞で言えば、コンテンツ=新聞記事、コンテナ=新聞紙面、コンベアー=販売店である。テレビだと、コンテンツ=番組、コンテナ=テレビ、コンベアー=地上波、衛星放送、CATVというわけだ。
ところが、このコンテナとコンベアーのところがばらばらに分解されてきているのだ。そして、今はそこを握ったものがメディアを制することになってきた。
ここが既成のマスメディアが置いてきぼりを食らっているわけで、だからといってもはやそこを奪還できないから、もうコンテンツで生きるとか、なんか今までとは全くちがったモデルを作らないとやはり消滅するのは間違いないのである。
だんだん恐ろしくなってくるが、逆に言うとベンチャーにとってはチャンスである。そんなことを思っていたら、待てよこれって日本のIT業界も同じではないかと思ったのである。特にSIビジネスのところのモデルが変化していく中で相変わらずコンテンツもプラットフォームを提供できないベンダーの行く末はどうなるのだろうか。
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