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2009年3月 アーカイブ

2009年3月 1日

もうろう会見

いささか古いネタになってしまったが、どこかの国の某大臣が“もうろう”記者会見が世界に発信されてしまい辞任した。

いまさら、政治的な影響がどうの、大臣としての品格がどうのというつもりはないが、ちょうどその辞任劇にマスメディアがはしゃいでいたとき、象徴的な2つの政治的事象が重なった。それは、ヒラリー・クリントンの来日と村上春樹のエルサレム賞授賞スピーチである。

特に、村上春樹の前では、圧倒的にというか、絶望的に日本の政治家の「政治力」のなさに落胆させられた。それは、政治的意味を政治家が知らないという悲劇でもある。

これから書くことは、政治的なことではない。もうろうとなることがあるということを言う。というか、そういう場にめぐり合わせたことがあるという話をする。

あの大臣がなぜあのような状態になったのかは、よくわからないらしい。まあ、泥酔していたのだとかそうではないとかはどうでもよく、薬と酒と時差ボケが相まってなったのだろう。

ぼくが、もうろうとなった人の講演を聞いたのはもうかれこれ10年くらい前であった。幕張メッセでIBMの大きなカンファレンスがあって、ITを経営に生かすにはといったテーマの講演があった。

そのときの講師は有名なコンサルタントのS氏で、彼の書いた本を読んでいたぼくとしては目玉の講演nの一つであった。だから勇躍して会場に乗り込んだのだが、その講演の半ばころになると、そのひとがプレゼンの最中に居眠りを始めたのである。もうしどろもどろで、こちらがはらはらしてしまう。

どうも海外から戻ったばかりで、空港からその足できた様子でぜんぜん眠っていなかったか、それか病気だったのかもしれない。そのフォーラムは有料だったからよほど金を返せとどなってやろうかと思った。結局、何を言っているのかさっぱりわからないで引っ込んでいった。

なぜこういう話を持ち出したかというと、必ずしも人間はいつも完璧ではないから、そういう事態になりえるということである。セルフコントロール不全に陥ってしまうのである。

ですから、巷間よく言われているように、それをコントールできるようにフォローしてくれる人が周囲にいなかったことが問題なのである。

ぼくの居眠り講師の場合はそこまでできなくてもいいかもしれないが、何とか大臣が本当に有能なら、なおさらその有能さをいつも発揮できるバックアップ体制をとることが必須だったはずだ。

それが機能しない、むしろみんなで足を引っ張る社会が恐ろしいのである。周囲の人がみな知らん顔することが自己の保全につながると考えていることがいやらしいのである。
 

2009年3月 2日

靖国

ひところ話題になった映画「靖国」を観る。話題になったと言っても上映前の話で、やれ反日だとか、文化庁がお金を出しているのはおかしいとか、右翼が恐いから上映を中止する映画館がでたとか、そんなことで世間を騒がせていた。

ところがいざ上映されると、そのあとあまり騒ぐことがなかったように記憶している。どうしてかというと、その答えは実際にこの映画を観るとでてくる。すなわち、反日でもないし、衝撃的でも何でもないし、それよりも何よりも映画としてのできばえがひどいことを露呈したということだとぼくは思う。

もうこの映画にはいろいろな欠陥がある。まず、刀匠が出てくるが、これと靖国の関係がよくわからない。どうも靖国神社のご神体が日本刀ということからきているみたいだが(これも本当は違っていたらしい)、その刀匠の描き方と他の映像とのつながりが理解できない。

そして、軍隊における日本刀、南京大虐殺を想起させる日本刀による惨殺シーンなどが映し出されるが、それらと他の大部分を占める8月15日の靖国神社の情景との対比に違和感を感じる。

そして、映画の作り方ということでいえば、変に説明的なナレーションを入れずに、単にそのままを見せて観客に判断をしてもらうという意図だと思うが、実はそういうことはあり得ないことで、言葉がなくとも映像が語っているので、客観化はできないのだ。

ということは、ちゃんと構成があって、脚本もきちんとして、そういうつくりにする必要があるわけで、そうした厳格さを無視しているように思う。単に映画好きの学生が撮ったドキュメンタリーもどきの作品と言われても仕方がないかもしれない。
 

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    • 3 中立的な意図はわかるが…
    • 5 靖国の戦争責任に対する追求は甘い
    • 2 反日映画?親日映画?いいえ、これは単なる駄作
    • 2 日本人が観るとやっぱり違和感が・・・
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2009年3月 3日

ビジネスプロセスパターン研究~構造化ということ~

勉強会のテーマについての記事以外に、留意事項や補足的説明も折々に書いていこうと思います。

これまで、業務システムの抱える問題ということで構造上のいくつかの課題を指摘しています。そこで、この構造の問題、あるいは構造化について考えてみましょう。

構造的に問題があるという場合、今が悪構造になっているからそれを「構造改革」する必要があるということになります。

しかし、このとき気をつけなくてはいけないのは、構造化されていないものをいくら改革しても意味がないのです。ですから、まずは適正に構造化して、それに対して今の構造とギャップがあるので、それを変えていくというアプローチになるはずです。

ここは重要なところで、ちゃんと構造化したものを見せなくてはどこが問題なのかよくわからないことになります。

例えば、小泉構造改革は、構造化した姿を国民の前に提示して、その中のこの部分を改革するということをしなければいけなかったのですが、それが十分やられていなかったからいまの揺り戻しのようなことがおきているのではないでしょうか。

ですから、繰り返しますが、まずはきちんと構造化できれば改革のターゲットがあぶりだされてきて、おおかたの目的が達成できてしまうように思います。

それでは「構造化する」とは、どういうことでしょうか。下記のように定義してみました。

 (1)全体を俯瞰したうえで、構成要素に分解し 
 (2)それらの構成要素間の関係を分かりやすく整理し
 (3)統合化されたモデルを作ること

こうした観点からながめてみると、業務システムが対象にしている業務そのものも性格の違った要素から成り立っています。基幹系業務とか情報系業務とか言われたりしますが、それだけではなく、定型的なのか非定型なのか、日常的なのかプロジェクト的なのかといった、さまざまな区分にわけることができます。

もちろん、そうして分解された業務に対して、適用すべきシステム技術やソリューションが変わってきます。業務の特性に合致したものをもってこないと使いづらいシステムであったり、無理が生じてしまいます。

また、そのシステム構造についてもただ対象アプリケーションだけを見るのではなく、システム間の連携だとか、システムが動くプラットフォームにおける機能・プロセス・データの分離といった「構造化」の視点が大事になってきます。

そして、次に重要なのは、その構造をどうながめるか、ギャップを掘り起こすかといった分析眼になります。

よく行なわれるのが、2次あるいは3次元的な見方です。2次元というのは、適正なスコープであるかどうか、簡単なところでは、4象限の図を思い浮かべるといいかもしれません。3次元というのは階層を見ることです。要するに縦横の面で切るということを指します。

ところがそれだけでは不十分なような気がします。4次元的な見方も必要になるのではないでしょうか。4次元的というのは時間軸としてリーズナブルなのかといったことです。この観点は意外と忘れがちで、未成熟な技術を今は使わないとか、人材を育成する時間がいるとかといった分析が重要です。

おわかりいただけたでしょうか、システム構築を考えるとき、構造化する意味はここにあります。従来ではひょっとすると構造化の必要はなかったかもしれません。どーんと一気に大きなシステムを作ってしまうやりかたであったわけで、そうなると構成要素はどうであれ、全体として動けばいいやという思想になってしまいます。

SOAやBPMの概念が出てきたのもそういうやり方のアンチテーゼであったわけです。ですから、こうした概念を具現化するための前提は「構造化」であると言っているのです。

適正な構造化ができれば、部分的(2・3次元的)かつ段階的(4次元的)構築ができるのです。この恩恵は非常に大きいと思うのですがいかがでしょうか。
 

2009年3月 4日

現状の業務システムはビジネスの要求に答えられているか~課題解決の方向性と論点~

前回、主に構造的な問題と技術上の問題をとり上げたが、それではそういう課題をどう解決してくのか、そのためにどんな議論をしていったらいいのかを考えてみます。

前の議論を踏まえてみてみると、つぎのようなことが論点になりそうである。

1) ビジネスの要求とITを一貫化させるためにはどうしたらいいのか
2) 変化対応力に優れたシステム構造とはどんなものなのか
3) 開発生産性や保守性を上げるにはどうしたらいいのか

こうしたことを解決できれば、前回指摘した業界構造や人材の問題もかなり改善されていくと思われます。ここが、最も重要で基本となるところです。

すなわち、なぜビジネスとITが乖離するのか、どこで乖離がおきているのか、阻害要因は何かといった議論である。ユーザは何を考えているのか、技術の進展がカバーできるのかとかいったことも含めて多角的な視点でみていく必要がありそうです。

システム構造は、SOAやSaaS、クラウドといった概念が提示されているが、それを当てはめて考えるのではなく、逆に使い手側あるいは作り手側の要請があったからこそそういった概念が登場してきたという見方から考えてみてください。

開発生産性の問題は永遠のテーマです。しかし、そのときの発想はプログラミング効率をいかに上げるかということが多いように思うのです。その考えを変えてみることも必要ではないでしょうか。どうも今の開発現場をみてみると、いつの時代もいたるところで同じようなことをやり続けていると思いませんか。おそらく、世界中で、日本中で全く同じプログラミングを毎日せっせてやっているのではないでしょうか。

いったい新たに書かなくてはいけないコードがそんなあるのでしょうか、それは何なのか考えてみてください。だって、業務システムってそんなに変わっていなのですよ。ひょっとしたらコードを書かないですむことがあるかもしれません。

繰り返しますが、主な議論のポイントは、要求定義から要件定義、設計・実装の一貫化ということ、Flexible & Adaptiveな構造、コードを書かない開発といったところではないでしょうか

2009年3月 5日

母べえ

なぜか不思議な映画だ。近頃めっきり涙もろくなったこともあり、映画の最初の方から涙がでてくる。ところである。なかなか感動的で涙を流すのだが、インパクトのある映画かというとそうではないのである。そんな映画が、山田洋次監督作品「母べえ」である。要するに“きれいごと”の映画なのである。

主演の吉永小百合にしても実に“清く正しく美しい”女性を演じている。山田監督ももちろん“正しい”映画を撮っている。そこなのだ。“正しい”映画がいいとは限らない。

映画は昭和初期の治安維持法で検挙された夫の留守を子供二人とともに守っていく物語である。こういう設定だと、ぼくらの感覚では、すさまじいことになると思う。生活は困窮するし、世間の目は冷酷だし、そんな艱難辛苦を乗り越えて必死に生きる姿が思い浮かぶのだが、実に“きれい”なのだ。

もちろん吉永小百合は昭和初期の主婦ともおもえないきれいさだし、子供たちの着ている洋服がまたきれいだ。さらに、家がきれいだ。ぼくは戦後生まれだが、ぼくらのこどものときよりずっといい暮らしをしている。

だから、涙を流すにしても何か現代の家族愛物語に感動しているような錯覚に陥るのだ。

生身の人間というのは、どろどろとした存在であり、清濁合わせ持つものであると思う。そうした複雑さによってバランスをくずしたりすところに面白さもあるわけで、映画はそんな人間を描いてきたように思う。そういう意味で、成金おじさんとして笑福亭鶴瓶を登場させているのかもしれないが、これがまたなぜ登場したかがよくわからない。

少ししつこいかもしれないが、“きれいごと”過ぎるのも考えものである。

ところで、吉永小百合が溺れた浅野忠信を助けるシーンがすごい。思い切り走りだして、海に飛びこんで泳ぎ出すのだ。実際には吹き替えだと思うが、現実に吉永小百合はいまでもプールで泳いでいて水泳が得意だから本当かと思ってしまった。(余談)
 

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    • 5 母の愛情を思い出させてくれる映画です。
    • 2 山田監督が伝えたかったことっていったい・・・・・・・・・?
    • 1 フィクションです
    • 4 父べえ、母べえ、鶴べえ
    • 3 実年齢がなあ…
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2009年3月 6日

胸と背と肩-実践的子育て論

ここのところ、子育てについての会話が多くなっている。つい先日もうちに来てくれている税理士さんともこの話で盛り上がる。このブログでも書いたことがあるが、ぼくの言う子育て論がけっこう受けて、みんなからなるほどという声をもらう。繰り返すことになるが、そのことについて書いてみる。

標題の胸と背と肩のことである。子育てというのは当たり前だが、子供の年齢や置かれている状況でやり方が変わってくる。その歳、その状況に適したやり方があると思うのである。それを、ぼくはいつも次のように言っている。

一つ、胸を開いて抱きしめて
二つ、背中を見せてついてこい
三つ、肩を並べて歩こうよ

どういうことかと言うと、子供が赤ん坊のときから、そうですね小学校の半ば、10才くらいまでは、思い切り胸を開いて抱きしめてあげなさいということである。

そのあとは、突き放して自分の背中をみせて、黙っておれについてこいとなる。

そして、会社に入って仕事をこなすようになったり、家庭をもったり、要するに社会人として一人前になったら、同等の立場で肩を並べながら歩いていこうということなのだ。

この3段階でそれぞれの対応のし方を変えていく必要がある。それを、間違えている人がときどきいるから困るのだ。

まだ幼いこどもを突きはなして、自分が遊ぶことばかり考えているやつとか、いつまでたっても親離れさせない、子離れしない親子だったりする。そして、大人になったら、ベタベタするのではなく、同僚でもあり、ライバルでもあり、仲間であるという成熟した関係が大切なような気がする。

この、3段階ということが肝で、ちっちゃいときに抱きしめたからこそ、ほったらかせるのであり、ちゃんと背中をみせたからこそ、並んで歩けるのである。

胸を開いて抱きしめることで、悩んだり、困ったときに抱きしめてくれた親のところへ戻れる安心感を与えるのである。だから、そうした安心感があれば、若いときにチャレンジもできるというわけである。

この親子関係はぼくはいささか気に入っていて、もちろん実践した。ぼくには男の子が二人いるが、小さいときには一緒によく遊んだものだ。幸い地方の工場勤務だったので、比較的時間の余裕があり、遊び場は近くにいくらでもあった。だから、そうやって初めての経験を見守ってあげるのである。

特に、効果的だったのは、山に連れて行くことである。テントと食料をかついで山に登り、野宿をさせるのである。テントの設営から、食事作りなどをやらせるのだ。そして、まわりに誰もいない暗い夜を見上げると満天の星が降るように光るのを見て、時には、雨に降られてびしょぬれになりながら、抱き合いながら寝て、野糞をさせるのである。

いま、その二人は社会人になって、そろそろ第3期であるので肩を並べて歩き出したところである。上の息子は、一緒に会社を起し、彼が社長でぼくは平社員だ。まてよ、ひょっとしたら息子の背中を見ながらついていっているのかもしれないなあ。下の息子も会社勤めを始めてもうすぐ1年になろうとしていて、だいぶ顔つきも大人になってきた。

今のところ、この子育て論は間違っていないと思っていて、まあ、ふたりともぼくを煙たがってもいないようで、現に上の子は一緒に起業して毎日のように昼飯を食べながら会社をよくしたいと話しているし、下の子とは、彼が学生のとき東京の白山で二人で暮らしたこともあり、今は毎月二人で飲み歩いている。昨日も一緒に銀座でそばとハイボールを楽しんだ。

ところで、次の4段階目というのがあるのだろうか。そうなんですね、足腰が立たなくなって息子たちに胸を開いて抱きしめてもらうことがである。それはいやだから、いつも言っているように何とかぽっくりと死にたいのである。
 


2009年3月 7日

人間の覚悟

五木寛之も早いものでもう76歳である。林住期を過ぎて遊行期に入ったその五木寛之が書いた「人間の覚悟」(新潮新書)を読む。

“そろそろ覚悟をきめなければならい”という書き出しで始まる。覚悟するとは、「諦める覚悟」である。諦めるというのは投げ出すことではなく、「明らかに究める」ことと説く。

五木寛之の原体験は満州で終戦を迎えたことに遡る。それが強烈なトラウマとしてずっと引きずっているのである。そして、仏教、特に親鸞、蓮如に言い及ぶ。

小さいときに強烈な経験により、人間の弱さ、きたなさ、はかなさといろいろな側面を目のあたりにし、しかし何が何でも生き延びることを課した。そんなひとの言うことに説得力がないわけがない。ぼくも齢を重ねれば重ねるほど彼の言わんとしていることがわかるようになってくる。

この本で言っている主なことは、下山の哲学、すなわち登っていく時代から下っていく時代に変わってきたので、自分をじっと見つめることが大事である。そして、他力の風にまかせよと言っています。

また、これは養老孟司と通じることなのだが、日本人には昔から自然に対する畏れがあり、一草にも虫にも動物にも心があり、魂があり、仏性がある、森にも山にも命があると考えています。そこには、外国の一神教ではありえない、多神教的な豊かな感性があるであり、そういう心性をもつことがこの時代の生き方、覚悟をもった老後をおくることだと聞こええてくる。

そして、“生きることの大変さと儚さを胸に、この一日一日を感謝して生きていくことしかない。そう覚悟しているのです。”と結んでいる。うーん腹にずしんときますねえ。
 

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2009年3月 8日

球春

球春というとプロ野球のことを言うが、最近はサッカーも入れていいように思う。そのうち、ヨーロッパのように秋開幕になってしまうかもしれないが、今のところは春から始まる。

昨日は、WBCの韓国戦とJリーグ開幕が重なった。

まずは、WBCから。先の中国戦でなんとも煮え切らない試合をしたあとだったので心配したが、なんと14対2という大差でしかもコールド勝ちという結果であった。こりゃ韓国は屈辱的ですよね。どう巻き返してくるかが見ものである。

昨日の試合はもう1回の攻防がすべてですね。もっと言えばイチローのヒットがすべてかもしれない。あれだけ苦しんだイチローのバットから快音が響いたことで、わーっと他の選手の気持ちが乗ってきたのだ。それが2、3番が続く連打だったし、内川の2点適時打であったのだ。

ところで韓国もその裏にそれをひっくり返すチャンスはあったのだ。松坂も韓国の先発投手と同じように立ち上がりのスライダーのコントロールに苦労したために、まさか打ってこないと思って簡単にストライクをとりにいった0-3からの球をホームランされた。相手の積極さに戸惑ったのである。

こういう積極さは、初回の日本の攻撃でもあった。イチローが出塁して、強豪韓国相手だからふつうなら送りバントなのだろうが、打っていったし、その中島のヒットで無死二塁ならなおのこと送りバントと思ったらヒッティングでしかも初球打ちでびっくりした。こうした積極策がいい方にでたのである。

だから、そこは双方積極策が実ったのだが、差は守備である。韓国は内川の三塁線のゴロをグラブにあてることもできず、しかも一塁ランナーまで生還させてしまった。それに反して、日本は無死一塁からのライト前ヒットを許すも二塁を欲張った打者を刺した。この差である。

そうだ、日本も昨日のような試合ぶりだと2連覇もありえるかもしれないと期待が高まる。

さて、Jリーグである。今年も混戦を予感させるシーズンだ。だいいちJ2から上がった山形、広島の両チームが勝利、しかも、6点、4点と大量点を奪う健闘である。

優勝候補同士の対戦となった浦和対鹿島は2-0で鹿島の順当?勝ち。まあ、鹿島の方がいいサッカーをしていたということなのだが、浦和のサッカーがまだ“こなれて”いない。

パスをまわすサッカーに変わっているらしいのだが、それが全員の意識がそれに対してしっくりできていない。ただパスをまわすだけではサッカーにはならない。なぜパスをまわすかをよく考えていない。まだまだこれからだ。

それに較べて鹿島のサッカーは、“弾性力”のある組織プレーを展開していた。どういうことかというと、キーパーも含めてバックスそして前線の伸び縮みがうまくできるということである。そのために縦のスペースができそこを突くことでチャンスを作れるのだ。この縦から最後は横のゆさぶりでゴールを奪う。これができているかぎり鹿島は強い。

浦和にできていないのがここのところであるが、ただ希望は17歳ルーキー原口元気である。この子はすごい。17歳とは思えない落ち着きとスピード・テクニックには驚かされる。注目である。
 
さあ、大いに今年も楽しみましょう。

2009年3月 9日

ビジネスプロセスパターン研究~進化する業務ルール~

先日、あるセミナーでブログを見ていますよといって声を掛けてくれたMさんと、先日大船のMさん行きつけの秋田料理の店に行く。ぼくのブログを読んでもらっているから“話が早い”のである。のっけから意気投合で、いろいろな話をして非常に楽しかった。

その話の中で、ふつうの人にはなかなかわかってもらえない領域だが、同意してもらったのが業務ルールに関してのことである。Mさんも以前デシジョンテーブルを使ったり、人口知能をやったりしていたので、すぐに理解してくれ、これから一緒に勉強することにした。そのとき、ぼくが話したことはおおよそ次のようなことである。

ビジネスプロセスパターンを議論しようとすると、もちろん業務プロセスを主体に考える。ところが、プロセス以外で大事なのが広義の意味ではデータなのかもしれないが、業務ルールである。

業務ルールというとデシジョンテーブルとか、ルールエンジンとかという話が出てくる。だが、ここで言いたいのは、もう少しあいまいで必ずしも論理的でないルールのことである。こういうものが重要であることが多いのである。

それは、その会社の差別化要因だったり、競争優位の源泉だったりする。

だから、極論すれば、業務プロセスはほぼどこの会社でも同じようなもので、そこに大きなノウハウがあるわけではないのだ。みんな自社の特徴ある固有プロセスがあると思っているが、どこもほとんど同じようなものだと思う。

例えば、顧客によって価格や品質を変えたり、依頼主や内容によって担当作業員を変えたりするようなことで、こうした複合的な要素で意思決定するようなケースでは一義的に決められないから難しいのである。

単純なルールやいつも決まったフローであれば、プロセスの順序や分岐などで表現すればいいのだが、そうはいかない場合、往々にしてそういうところにノウハウがあるものだが、そこをどうやって業務システムに組み込むかが重要になってくる。

しかも、そうしたルールは、属人的であったり、環境により刻々変化したりするという厄介なものなのである。

ではどうしたらいいのだろうか。まだ、抽象的な概念の域を出ないのだが、日々の局面で使ったルールを蓄積し、そのルールを使った意思決定の結果がどうであったかの相関関係を記録する。それを解析してモデル化して、そのモデルに従って次の意思決定を行う。そうしたことを繰り返しながら、アップデートされたルールの質を高度化していくというような成長する仕組みができないだろうか。

それは、Amazonのレコメンデーションのようなものなのか、そうではない他のものなのか、そのアルゴリズムをどうするのかということになるのだろうけど、面白いテーマではあると思う。

このことを「進化する業務ルール」であると考えている。以前にも言ったことがあるが、業務プロセスは作って終わりではなく、Control&Operationして始めて有効な仕組みになる。そして、優れたControl&Operationとは、意思決定の質とスピードを絶えず向上させていることである。差し戻しのない適切な意思決定を早くするためには、有効性が保証された業務ルールが不可欠である。

実は、この業務ルールともう一つそれ以外の意思決定を支援する参照情報のギャザリングとフィルタリングの仕組みについてもこれからの課題であるという話もした。これについてはまた別の機会に記すことにする。
 


2009年3月10日

マンマ・ミーア

ぼくはミュージカルは嫌いではない。すこしならミュージカルの舞台を観たこともあり、もうずいぶん前になるが、ニューヨークのブロードウエイで「おおカルカッタ!」を生で観たことがある。

これはあまり大きな声で言うことではなく、はずかしいそうに言っています。このミュージカルは男女とも全裸で出てくるので、それで有名になったもので、もちろん日本ではできないが、さすがニュ―ヨークではロングランを達成した。そのころはだいぶたってからだったので若干おのぼりさん向けの趣があったのだが。

そういうことはどうでもよくて、「マンマ・ミーア」のことである。ぼくの飲み友だちにすごいミュージカル通がいてその人がお勧めだった作品であったのでどうしても観たかったのである。

この映画で驚いたのは、メリル・ストリープである。名優お誉れが高いが、お歳もお歳なのにこんなに唄って踊れるとは思わなかった。まあ、周りもテンションの高いおじさん、おばさんが張り切っていたが。それを見るとこちらも元気をもらえる。そんな映画である。

ご存知、1970年代半ばから80年代初頭にかけて活躍したスウェーデンの男女4人グループABBAのヒット曲に乗って展開されるミュージカルで、ギリシャの美しい風景とも相まって心楽しくなってくる。

ストーリーは他愛もないかもしれないが、このうきうき感がミュージカルはいい。歯が浮いたようなセリフも、下品な言葉も唄にして踊ってしまえば、どうでもいいやみたいになる。

ただ、友だちも言っていたが、サム役のピアース・ブロズナンがどうしても007の5代目ジェームス・ボンド役のイメージがつきまとってしまい、なんとなく溶けこんでいない感じがしたのはぼくだけではなかったようだ。ゴールデンラズベリー賞という、毎年アカデミー賞授賞式の前夜に最低の映画を選んで表彰する賞があって、この作品でその中の最低助演男優賞を授賞していた。

普段ミュージカルを見ない人もたまにはこういう作品を見て、その良さを味わって欲しいと思う。
 

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2009年3月11日

第1回勉強会

昨日は銀座のルノワールでビジネスプロセスパターン研究の第1回の勉強会を行なった。家を出るときてっきり6時半からだと思い込み、少し早めに出たつもりだったのだが、新橋から銀座に向かう途中で、そうだ6時からだったと気がつきあわてて走って向かう。若干遅れて到着。早めに出てよかったと胸をなでおろす。遅れて来る二人を除いてもう7人が席についていて、はあはあ言いながら始める。

昨日は第1回目なので、趣旨説明や自己紹介を行う。メンバーは主に20~30代(中にひとり気持ち20代の40歳の人がいます)のベンダー系に勤めている人たちで構成されています。ぼくがブログやBPMオフ会で出会った人とうちの社長関係で知り合った人たちです。

議論の第一歩は、「現状の業務システムはビジネスの要求に答えられているか」である。ぼくの方から、ここ15年間業務システムが変わっていないので何とか変革しなくてはいけないという話をする。ビジネス環境やITインフラなどはものすごい勢いで変化しているのに、業務システムそのものは旧態依然のままである。

そんな切り出しで、だいたいこんな問題点に集約されるのではないかという風に言った。戦略や事業とITの乖離、変化対応力に乏しいシステム構造、低い開発生産性である。

で時間がない中で議論になったのは、システム屋に業務知識は要るのか、会社規模、成熟度、あるいは業種・業態によるプロセスの違いと共通性、ビジネス要求をどう獲得するのか、といったことであった。こうした問題意識は重要なことで、ビジネスの要求がクリアになっていないと、役に立たないシステムを作ってしまうわけで、そうならないためにどうしたらいいのかといういことになる。

ユーザの人たちにちゃんと要求を出してよね、戦略をどう実現するのか考えてよねといったところで、特に日本ではそれができているところは少ないように思う。さすれば、手をこまねいているだけではなく、システムサイドから、そうした要求を吐き出す手助けしてあげるやり方はないだろうかということになる。

それを考えるとき、会社の状況や業務についてよく知っていないとできないのか、そうではなく、要求吐き出しの手助けなのだから、基本的なところだけ分かっていればできるのか、これからの議論の中であぶりだしていこうと思う。

ヒントは人間って道具を自ら作り出すのは難しいが、与えられるとこうした方がいいとか、別の使い方を考えるとかができるようになるということだと思っているが、さてどうなるだろうか。

昨日の議論で問題点の共通認識は概ねできたようなので、次回から「ビジネスと業務の構造化」ということで、会社経営の仕組みや業務形態からそれらを構成要素に分解していき、業務プロセスとはどういうものなのかということを中心に議論しようと思います。

2009年3月12日

ビジネスと業務の構造化~企業構造について~

さて、次は「ビジネスと業務の構造化」についてです。

業務プロセスを考える場合、企業はそれぞれの事業を行なうためにどんな会社構造になっているのか、事業遂行のプロセスはどんなものがあるのか、そのプロセスにはどんな機能を持たせているのかといったことを探っていくことが必要です。

業務プロセスには必ず目的があります。ときたま、目的が不明あるいはプロセスの終点がない場合があったりします。事業遂行上必要だからこそ目的が存在するわけですから、その必要性をみるためにもこうしたアプローチが大切なのです。

私は長いこと製造系の会社にいましたので、どうしてもサプライチェーン中心に見てしまいます。しかし、非製造業でも実体がないサービスのようなものでも基本的には同じだと考えています。

よく、業種・業態に分けてその事業プロセスの違いを言う人がいますが、少なくとも業務プロセスレベルの話をするときはそれほど重要ではないのではないでしょうか。

例えば、生産財の製造だと、受注-生産計画-生産-出荷というのがコアプロセスになりますが、サービス業だと、契約-設定(工事/担保)-サービス-検収となります。もちろんそこには“差”がありますが、これは、採るべき業務機能の種類と数が違うだけで、このレベルであれば、他の消費財製造業、建設業、卸売業、小売業なども同じようにコアプロセス描いて、共通化してしまえば、その中のどのプロセスを経るのかだけになります。

その、最大コアプロセスチェーンは、販売計画-生産・調整計画-見積-契約-前発注-仕入・調達・手配計画-仕入・調達・手配-生産・建設・サービス提供-後発注-引当-販売・出荷-検収となります。それぞれの業種でどこのプロセスを通って、どこのプロセスをスキップするのかになります。

また、非コアのプロセスでは、例えば、代金回収、資材購買、人材調達、設備保全などは、基本的にはどの業種・業態でもやることはあまり変わりません。ですから、このレベルでは各業種とも共通的な見方でよいと思います。さらに下位レベルに分解したときにどうなるかです。

一方、最下層の業務プロセス、というよりアクションというほうがいいでしょうが、そのレベルになるとまた同様に業種も関係ないようになります。例えば、入力するとか、帳票を出力するとか、承認するようなことは同じだとわかります。

従って、これから上からの分解と下からの展開を行なっていった場合どうなるのかを見ていくことになります。

順序が逆になりましたが、もう少し高い位置で会社の構造をながめると、コアプロセスは前述したようなサプライチェーンとのプロセスが中心ですが、それだけではなく、大きな括りとしてPDCAサイクルがあります。

文字通りPlanである企画・計画、事業実行であるDo、これがサプライチェーンです。そして、Checkとしての管理・統制、具体的には財務会計や監査で、Actionとして、また最初の企画・計画に戻ってきます。

非コアプロセスはサポートプロセスと呼んでもいいのですが、大きく意思決定サポート、サプライチェーンサポート、定型業務サポートの3つあると考えています。

意思決定サポートというのは、法務・税務、資金調達、人材情報、管理会計などのプロフェッショナルサービスのことです。サプライチェーンサポートは、環境・品質・設備・物流などの管理です。最後の定型業務サポートは、一般会計、給与計算、汎用購買、従業員サービス、それと情報処理サービスもこれに当たります。

こうして、会社の業務を構造化していくと、それぞれの役割や機能とその重要性がだいたい見えてきて、それを実行させるためのプロセスもどうあるべきかも分かってきます。このように全体感をつかんで、そこから「構造化」のところでも述べたように各構成要素に分解していく作業が必要になります。

これはトップダウンアプローチではありますが、戦略の落とし込みのような意味ではなく、全体を分解していくという感じになります。そのとき、非常に参考になるのが、というかそれを利用すればいいと思うのですが、デファクトになっているようなリファレンスモデルです。例えばSCOR(supply-chain operations reference-model)やAPQC(米国生産性品質センター Aremican Productivity and Quality Center)のプロセス分類フレームワークなどです。
 

2009年3月13日

奇跡のリンゴ

これは奇跡だ。本ではなくてこの本に登場する木村秋則という人そのものである。もうとんでもなく凄い男の物語である。「奇跡のリンゴ」(石川拓治著 幻冬舎)を読みだしたとたん凄い衝撃を受け一気に読み終えた。

木村秋則は1949年生まれで青森県中津軽群岩木町(現弘前市)というところでリンゴ園を営む。その木村が無農薬でリンゴを実らせたということで話題になり、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介され、すごい反響があった。いまでは、生産量が注文に追いつかないという。それだけ、ふつうのリンゴと違うのだそうだ。

しかし、そうなるまでには想像を絶する苦労があったことがここに記されている。無農薬でのリンゴ栽培を志してから8年間、実りさえしない、いやほとんど枯れそうになるところからみごとに花を咲かせ、リンゴを実らせたのである。

その執念たるや恐ろしいくらいであるが、ただそれだけなら、他にもやれる人がいるかもしれないが、彼は類まれな旺盛な探求心を持ち合わせていた。だからこそ、同じことの繰り返しではなく、様々なことにチャレンジして、やっとたどりつくことができたのである。この二つの要素がなければできない話であろう。

リンゴがならないということは、収入源がないということであるから、生活は困窮を極める。しかし、そこは狂ってしまった木村には止めるわけにはいかなかったのだ。ですから、この物語の主人公は木村ではあるが、そこまでできたのは家族があってこそだと思う。一家離散してもおかしくない状況でもその狂った行いを許した家族がとてもすばらしいと思うのである。

昔プロジェクトXという番組があって、この人が紹介された「プロフェッショナル 仕事の流儀」もそれと似た番組だが、そうした番組を見るといつも思うのだが、「妻たちのプロジェクトX」という番組を作ってくれないかということである。きっとオヤジ以上に苦労している人ばかりなのではないでしょうか。

現在、リンゴに限らず、他の果物、野菜もすべて農薬なしには栽培ができないことは常識である。その常識を打ち破ろうとしたのである。

以前、永田式農法のことを書いたことがあった。水をやらないトマト栽培である。これも似たようなところがあって、水をやらないほうが、しっかりと根をはり、表面に柔毛が生えて、非常に甘くておいしいトマトになるという。ただ、リンゴはそんなものではないくらい難しいのだという。

どうやってその常識を破っていったかは、ぜひこの本を読んでみてみてください。最後は死のうとさえ思ったところから、見出した驚異の方法にびっくりすること請け合いです。

ここで少し、この常識を破るということを考えてみたい。それには、まず今の常識はちょっとおかしいなあ、何となく違和感があるなあというところから始まると思う。

そういう感覚はどうして生まれるのでしょうか。ぼくは、ものの本質を突き詰めていくことがあって、それの行き先が“自然”ということではないのかと思っている。最後は、人間って自然の中で生かされているし、人間そのものも自然である。

この世界にあるものはみな自然が作り出したものであり、それがなぜ存在するのかも自然が決めていることになる。だから、常識に違和感を感じるということは、それが“自然”ではないことからくるような気がする。

自然はまたバランスのとれた巨大なシステムでもある。だからそのバランスを崩すような常識はおかしいのである。こうした感覚が非常に大事なことだとこの本を読んで改めて思うのである。このあたりについてはまた別途書いてみようと思う。

再度、絶対に読んでみてください。勇気をもらえますよ。
 

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
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  • 石川 拓治 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班
  • 単行本 / 幻冬舎
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  • Amazon おすすめ度の平均: 5.0
    • 5 1人でも多くの人に読んでもらいたい1冊です
    • 5 果樹農家の家で育ちました
    • 5 このライターにして、この本あり。
    • 5 すごい、すごい人がいたもんよなぁ
    • 5 傑作です!
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2009年3月14日

クライマーズハイ

予備知識なしで、しかも横山秀夫も半落ちくらいしか知らないので、てっきり登山の映画かなあと思っていたら、何のことはない日航ジャンボ機墜落事故に対する地元地方紙の記者の物語であった。それが「クライマーズ・ハイ」である。

ぼくは最初“おおくぼれんせき”という言葉が分からなかった。映画を観ているあいだずっと、気になってしかたがなかった。後で調べたら、それは「大久保・連赤」のことで、大久保清が昭和46年に起こした連続殺人事件であり、連赤は連合赤軍のことであった。ちゃんと説明したほうがいいと思う。

1985年(昭和60年)夏、群馬県御巣鷹山で起きた事故であるが、これはよーく覚えている。あの坂本九も乗り合わせていて命を落とした。あの事故は当初レーダから消えたが、どこに落ちたかがよく分からなかった。そんな、状況をも映画は描いていて、当時のことを思い出していた。

そうした思い出はあるにしても、その悲劇を描いた映画ではない。堤真一が演じる主人公が、この事件を通して、過去の自分や、組織の中で振る舞い、わが子との関係などを清算し、それを踏み越えていくというのがテーマのようである。

だが、出てくる人物がみな類型的なのだ。原作を読んでいないのでよく分からないが、新聞社の社長にしても、上司の局長や部長、そして販売局と編集局との対立など、いかにもという描き方なのである。いい題材なので惜しいという感じがあって、監督の力量になるのかもしれない。

うーん。クライマーズ・ハイというのは、登山家の興奮状態が極限まで達し、恐怖感が麻痺してしまう状態なのだが、それと新聞記者の事件に対する状態とが重ね合わさっているということなのだろうか。そのへんがイマイチであって、最初の違和感と一緒でちがうタイトルのほうがいいのではないだろうかと思ってしまう。

出ている俳優さんはみんな個性的でおもしろい。その中でも、部長役の遠藤憲一がいい。主人公との確執をその凄顔でいい味をだしていた。こんな俳優さんがいたとは知らなかった。
 

クライマーズ・ハイ デラックス・コレクターズ・エディション [DVD]
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  • DVD / ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2009-01-01)
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    • 1 本当に心からつまらない
    • 3 及第点だけれど,残念な出来
    • 4 スピード感があっていい
    • 4 熱意は伝わる、が・・・・。
    • 2 金をかければ良いわけではないという好例。
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2009年3月15日

老人化したテレビが自滅する

普段はテレビを見ないが、たまには見てしまうことがある。そうしたら、古い歌番組かなんかを延々と流していて、お笑い芸人の出演者たちが懐かしがっていた。こりゃテレビ東京のことをとやかく言えない。と思っていたら、ちょっと前にも昔のバラエティかなんかを流していた。同じようにお笑い芸人たちが大挙して出ている。

どうしてこう昔の番組で懐かしむのだ。こりゃ、年寄りと一緒だ。人間歳をとってくると昔のことしか話さなくなってくる。今のことは覚えるのもしんどいから考えないことにして、昔の良かったことだけ鮮明に思い出すというやつだ。

もうテレビは後期高齢者入りしたということなのかもしれない。

よくテレビの衰退を多重下請けの業界構造や不況による広告費の減少で金が掛けられなくなってきたとかいう問題点を指摘する人がいるがそうだろうか。問題は、どんどん多様化している社会と生活スタイルへの認識がまるでないのではないように思う。その原因は、ひとえに新規参入がないことにある。これだけ長期に新規参入ができない業界も珍しく、そうなるとガラパゴス化するのは必然である。

もはや、若者はテレビを見ないし、ぼくらも含めてサラリーマンも見なくなってしまった。もう老人と主婦と子供のためのテレビに成り下がったのである。ときどき、うちのばあちゃんが見ているテレビの音声がもれてくることがあるが、昼間のワイドショーなんてひどいものだ。あの、みのもんたに代表されるような情緒的、扇動的言説はひどいにもほどがある。

結局、生活スタイルに合わせるということは、いまのような押し込み型の番組提供では限界があるということなのだろう。一回全部ぶっ壊して再構築した方がいいんじゃないだろうか。
 
それと付け加えたいのは、テレビが”内輪”指向になてしまったことだ。テレビはスポーツ中継かニュースとドキュメントしか見ないのに、チラッと触れたとき驚くことがある。その一つに、視聴者を無視して自分たちのことしか考えてない番組がでてきたことだ。

例をあげよう、先日土曜日の午前にあった情報番組で鎌倉のことが放送されるので録画しておいてあとで見たのだが、メディアマガジンとかいう題名の何かよく分からない番組である。

いきなり、メディアリテラシーを学んでもらうとか言って、今から情報番組とバラエティ番組の二通りの見せ方をするということで、一つが普通の紹介型で、もう一つがお笑い芸人を登場させてというのがあって、それに対する情報の読み方が違うとかいう話を大学の先生が解説するのだ。これって、おかしいですよね。テレビ使って実験するなって。

もう一つは、久米宏がでてくる「テレビってやつは!?」である。これは中味というより、久米宏が出演者に”あなたにとってテレビとは”と質問するんだけど、これもおかしいですよね。テレビに出る人にとってテレビがどうのこううと言われても、見ている側にとってそんなことはどうでもよいことで、仲間内談義でしかない。

要するに視聴者の視点から遠ざかっている、もっと言えば見てる人をないがしろにしているといえる。これじゃ、テレビは早晩自滅する。
 

2009年3月16日

失敗は予測できる

失敗学の畑村洋太郎の弟子である中尾政之さんの書いた「失敗は予測できる」(光文社新書)を読む。この予測できるというのは、失敗をモデル化、パターン化できることを意味している。

この中尾さんという人は、元日立金属に勤めていたひとでその後東大教授になった。だから、大学の研究室にとじこもっていたわけではないので非常に実践的である。ぼくも、工場勤務が長かったので書いてあることがものすごくよく分かる。

ぼくのいた工場でも、事故やトラブルがあり、そうしたとき分析もし、今後の対策を考えることが大変重要なことになる。だからこの本にも書いてあるように“ヒヤリハット”事例を集めてそれを小冊子にして配るというふうなこともやったし、日常のミーティングでKYといって危険予知活動もやった。だから、そうだそうだとうなずきながら読んだのである。

こうした、学問こそこれからどんどん出てきて欲しい。それこそ産学協同というのはこういうことなのである。

筆者は機械のエンジニアに関する事故や事件を200例近く集めて分析した結果、41の失敗のパターンに分類できるという。

ここでいちいち取り上げるわけにはいかないが、ぼくの経験から言えるのは人間とか組織とかいったものが要因となるケース、すなわちコミュニケーション不足によって引き起こされる失敗が多いような気がしている。そうしたら、この本でもそこについて5つの失敗シナリオが提示されていた。

1.「誰かがやると思っていた」(他人依存)(同意体質)
2.「自分はその道のプロだと過信していた」(自信過剰)(ワンマン)
3.「現状がわからず遠隔操作していた」(情報遅延)(誤判断)
4.「伝えなければならない人が多かった」(齟齬多発)
5.「効率的に仕事をしたつもりが干渉していた」(干渉発生)

これって、機械のエンジニアのことだけではないと思いませんか。システム開発の現場でもよくある話であるような気がします。そして、このような失敗は仲間内のようなフラットな小組織で、顔をつき合わせてやるような仕事環境では起こらないという。確かに大きな組織になればなるほどありえる話です。

そのソフトウエアの仕事でいうと、金額3億円以下の仕事では納期遅れがないという話も紹介されている。さらに、組織を管理できる範囲について、いくら優秀なトップエンジニアでも、ソフトウエアや研究開発の分野だと20人、機械のメーカーだと200人のグループまでだそうです。

こうしてみると、システム開発が大規模ウオーターフォール型開発から少人数によるアジャイル開発への流れていくのは、失敗学からいっても必然なのでしょう。

さて、この本でも失敗を分析できれば、それを予測できるということを示したが、それ以上に大事なこととして、失敗を回避すること、その失敗を生かして逆転することをあげている。PDCAサイクルではないが、分析―予測―回避―改善というサイクルを定常的にまわすということが重要なのだろう。

ただし、最大の問題は失敗は予測できてもそれを回避するとき人間の心理的要素が入り込むということである。昔、ありえないようなオペミスをした人になぜ失敗を繰り返したかと聞いてみると、家庭がうまくいっていなくてその日も夫婦喧嘩をして出社したということがあった。

これはどうしようもないことかもしれないが、「ああすれば、こうなる」式だけではいかないケースがあることを頭に入れておくことも必要なのだ。

この本は、ITに関わるエンジニアの人にとっても非常にためになるのでぜひ読んでもらいたい一冊です。
 

失敗は予測できる (光文社新書)
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  • 中尾 政之
  • 新書 / 光文社
  • Amazon 売り上げランキング: 8257
  • Amazon おすすめ度の平均: 3.5
    • 4 失敗を予測できるかどうかは、本を読んだ後に実証が必要
    • 5 失敗のかなりの部分は予測できる。
    • 1 類書の中ではイマイチ
    • 4 失敗は回避できる
    • 4 身近な事例が豊富
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2009年3月17日

私家版業務システム変遷史 ― 2003年(1)

2003年は、本社のIS部門に来てから5年経過したことになり、それまでいくつかの施策を実施したが、それをまとめる意味で全体像を作っていった。いわば、自分なりのEA(Enterprise Archtechture)である。

その前に、情報子会社としての体力強化のようなことを実施したことを書いておく。絵を描くだけだと餅になってしまうので、それぞれの分野で競争力のあるものにしていかなくてはいけない。そこで始めたのが「チャレンジ30」という運動である。

工場も含めてやったが、本社主体のものでは、開発生産性30%アップ、システム運用コスト30%ダウン、売り上げ30%アップといったものである。この数字にこだわることがミソで、単に効率アップ、売り上げ増大といったところで、お題目だけになってしまう。ですから、より具体的にイメージできるようにするには、こうしてがんばれば到達できる目標値を提示することが大事なのである。

目標数字があると、まず現状の数字を見ることになる。それがいことで現状分析をしっかりやって、30%アップというのがどのくらいのマグニチュードであるかを把握できる。それだけでも効果的だが、さらに実効をあげさせるのである。そこでは、実際にお金に換算することと期限を設定することを忘れてはいけない。

そんなことで、いろいろなアイディアを出して、その中から実行案を作ったのである。ただ難しいのは、自分たちだけだと技術的な深堀に限度があったり、そこまで検討している間に新しい技術が登場したりということがあり、かなり限定的なものになってしまったが、みんなで様々な角度から議論したということは大変よかった。

さて、その我流EAであるが、EAを作ろうという意識より、前にも何回かこのブログでも言っている「構造化」を全体に関してやってみようということであった。

まず、大きな括りとして、提供するものとしての「ソリューション」と「サービス」があり、それを支えるシステム基盤として4つのレイヤーを設定した。「業務アプリケーション」、「システム開発」、「システム運用・管理」、「インフラ」の4つである。

それぞれ、もう少し詳しくみていくと、ソリューションもまた二つに分けることができる。業務別ソリューションと業種別ソリューションである。

業務別というのは、基幹業務と非基幹系があって、非基幹というのは業務支援系といってもいい。その他には、現場系のもの、すなわち工場の生産や小売業のPOSとか銀行のATM、運送のトラッキングなどがある。これらは、業種別ソリューションに含めてもいいかもしれない。

次にサービスであるが、業務アプリケーションをサービスするという意味でASPがある。当時はまだSaaSはなかったので、いまではSaaSかもしれない。あとは、システム環境を提供するデータセンターや運用も含めたアウトソーシングサービスもある。

このあとのシステム基盤については次回に書くことにします。
 

2009年3月18日

ビジネスと業務の構造化~業務の階層化と粒度~

前回は事業を実行するための企業の構造についてみましたが、まだかなり大きな括りですので、これを分解していくことになります。

前回最後の方で書いたリファレンスモデルでは、そこの落としこみをおこなっています。しかしながら、これもまだ粗いのでさらに細かくしていく必要があるのですが、リファレンスモデルではそこまでできていません。

ここは例をあげて説明した方が分かりやすいので、ごくオーソドックスな受注して出荷するというプロセスで考えてみます。

まず大きなプロセスである「受注―出荷」があり、それを分解すると、「受注」、「在庫引当」、「輸送手配」といったものに分解できます。つぎに、「受注」というものをみると、その中にもプロセスが内在しています。「受注受付」、「与信」、「納期確定」、「オーダー発行」といったものがあります。そして、最終アクションとして「受注メモ作成」、「連絡」、「承認」、「入力」といったものになります。

ここでは4段階に分解していますが、この程度の粒度で分けるのがいいと思っています。呼び方としては、上から「業務プロセス」、「業務サービス」、「アクティビティ」、「アクション」としていますが、どんな呼称でもかまわないと思っています。

要は、同じ粒度で分解していくことが重要で、下流にいくほどプロセスというより機能的な色合いが強くなります。また、人間系の処理に近くなりますのであいまいさが出てくるようになります。

そして、ここで大事なところは、下位2プロセスというか業務機能と言った方がマッチしますが、その機能である「アクティビティ」をどういう粒度で定義するのかが肝になるということです。上述のリファレンスモデルもこのアクティビティレベルに落とし込んでいないのです。

また、このアクティビティとその下のアクションレベルとの分離も非常に重要な考え方になります。
実は、この両者ではプロセスの特性や処理形態が違うことがわかります。そこを一緒くたにしてしまうと複雑になってしまいます。

このあたりの階層化の考え方や粒度設定については大いに議論するところになります。大きな括りから徐々に細かく分解していくことで、プロセスを表現していくアプローチでは、それぞれのレベルでの粒度の定義をしなくてはいけませんので、その考え方が納得できるものなのかが問われるわけです。

これまでは、いわばトップダウンアプローチ(ToBeモデルベース)でしたが、AsIsからみるボトムアップアプローチではどうなるでしょうか。それも基本的には一緒で、上流にはいかないので、アクティビティレベルを並べていくことになります。

もちろんここでもアクティビティとアクションの明確な分離が必要条件になります。対象プロセスを抽出して、プロセスの始点と終点を決めて、その間にアクティビティを配置することが基本になります。詳しくは、後のプロセス設計で出てきます。

繰り返しますが、最大のポイントはこの階層化と粒度設定にあります。ですから、粒度に求められる要件は何か、その要件を満たすための粒度の大きさと性格付け(何をもってアクティビティと定義するのか)を真剣に考えてみてください。
 

2009年3月19日

目標の置き方

「奇跡のリンゴ」の木村さんの話を知って驚愕したけれど、何かひっかかるものがあった。それが何かを考えていたら、ある疑問がわいてきた。

よくぞ無農薬でリンゴを作ることを目標にしたということである。すなわち、目標をどこに置くかということになるのだが、木村さんの場合、おそらく「農薬を使わずリンゴを作ってみせる」というのが目標ではなかっただろうか。

もしそこで「おいしいリンゴをつくること」あるいは「一本の木からいっぱいリンゴをつくること」が目標でもよかったわけである。

さらにいえば、それを合わせた「おいしいリンゴをいっぱい作りたいので農薬を使わないようにする」という目標もありえる。しかし、農薬を使わないことがおいしいリンゴをいっぱいつくれるという因果関係はないはずだから、そういう目標は立てづらい。

だから、「農薬を使わずリンゴを作ってみせる」という目標をよく立てたと思うのである。だってそういう目標は、結果についての保障がないわけだから、場合によっては目標どおり無農薬でリンゴができたが、それはまずくて食べられたものではないということだってありえるのだ。

木村さんの場合は、たまたま目標達成がおいしいリンゴができたという成果に結びついたわけだが、そうはいかなかった第2、第3の木村さんがたくさんいるのではないでしょうか。

ということは、あえて言うと、木村さんのやったことは確かにすごいことで賞賛に値するが、それをモデルにすることは考えた方がいいと思うのである。異常に探究心が旺盛な人が見つけた自分なりの目標を異常な執念をもって成し遂げた異常な物語であったというのは言いすぎだろうか。

ただし、間違ってはいけないのが、だからといって予想できる到達点を設定して、それに向かっていくということを奨めているわけではない。

例えば、マラソンでもいいし、登山でもいいのだが、世界記録だとか高さだとかといった明確な目標があって、そこにいたることで達成感を得るということは比較的やさしいのだと思う。ひところの日本のお家芸でもあった、アメリカという目標にむかって進めばいいというあれである。

これから重要になるのは、わかりきったものではない、誰もお手本を示してくれないような独創的目標を自分で設定しなくてはいけないということなのである。

ですから、木村さんは、ハウツー的な目標ではあったが、だれもやろうとしない、ある意味非常識といわれたことを目標に設定したことは大いに評価するのである。

この独創的な目標を設定しそれを成し遂げることができるひとをクリエーターという。日本人は、目標を設定してくれればそれを成し遂げる能力は大変すぐれたものを持っているので、この独創的な目標設定のところを強化すべきなのだ。ぼくは、それを「デザイン力」と呼ぶことにしている。

そのことに関して、ちょっと前に紹介した「失敗は予測できる」(中尾政之著 光文社新書)にもここのところに言及していて、いまや製造とかいった下流での失敗より、企画やデザインといった上流での失敗が重要になってきているとして、デザインが大事であるといっている。

ところが、いまの日本の大学ではそういうことを教えていないと嘆いていたのである。教えるべきなのにそれがないもののひとつは「Design Definition」(デザイン定義)だそうだ。スタンフォード大学にあって東大(慶応にはある?)にはないという。もうひとつが、日本の法学部には「立法学科」がないという。(だから、ろくでもない法律ばかり作る)

明治以来、技術は外国から輸入し、法律も外国のものをまねればいいやということだった名残りである。そうした時代は終わった、というかこれから新たな日本をデザインしていかなくてはいけないというのに、それを教えていないというのがなんとも情けない。

こうしたことを何とかしなくてはと思うのだが。
 

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
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2009年3月20日

歩いても歩いても

あさっての日曜日に「東スポ映画祭」の受賞式がある。今年もそこに出席するのだが、この映画祭の作品賞が是枝裕和原作・脚本・監督の「歩いても歩いても」に決まった。「おくりびと」ではないところがおもしろい。それで急いでDVDを借りてきて観ることにした。

まず、このタイトルがいしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」から取られていたとは知らなかったのでちょっぴり驚いた。映画の中でもレコードがかけられあの懐かしい歌声が流れていた。

やはり、各地の映画祭が推奨した(東スポは各地の映画祭がノミネートした作品か選ばれる)だけのことはあるすばらしい作品となっている。この作品のキャッチコピーは「人生は、いつもちょっとだけ間に合わない」ということらしい。これも映画の中では、相撲取りの名前を思い出すのが遅れるというエピソードで語られる。

そのすばらしさは何かというと、狭い時間と空間にあらゆる家族の関係を凝縮させてしまったことにある。夏のたった2日間のことで、そして一つの三代家族だけの物語である。

登場する家族は医者を引退した父とその母の家に長女の家族、そして次男の家族がやってくる。その日は、既に亡くなった長男の命日だったのである。その中に、家族の間にある関係が徐々に明らかになる。すなわち、父と子、母と子、夫と妻、嫁と舅、兄弟などの関係が、ちょっとしたセリフのなかに表現されているのだ。

こうしたシチュエーションを出演した俳優陣が本当に自然に演じ、どこにでもありそうな普段どおりの場面が展開される。これがものすごいリアリティがあって共感してしまう。そして、この監督は、ほんと子役を使うのがうまい。

ところが、最初はなかむつまじい家族のように写ったのが、だんだん裏のほう、奥の方に潜んでいるドロっとした部分が顕在してくる。このへんは、何気ないところで鋭い言葉が発せられ、そのたびにドキっとする。

樹木希林が長男が自らの死を犠牲にして命を助けた子に向かって言う言葉や、夏川結衣演じる次男の嫁に向かって言う言葉は、どんと胸に突き刺さる。ぼくも経験するような日常的確執なので恐ろしくなる。

さて、この映画の主役はいたい誰なのかと思ってしまう。樹木希林は「東スポ映画祭」の助演女優賞をもらったので助演かとも思うし、次男役の阿部寛はどこかの映画祭で主演男優賞をもらっているから、主演なのかと思うのだが。

まあ主演か助演かはともかく、結局描かれている家族の中の中心にいたのは、母親役(祖母)の樹木希林であったように思うのである。“母は強し”というところか、というか“ああ女は恐い”というのが男のぼくの素直な感じである。男は単純だなあということである。

それにして、こうして短い時間と狭い空間にいろいろな関係を凝縮してしまった是枝監督の技量に敬服である。いい映画です。

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    • 5 だから家族って素晴らしい。
    • 4 ぎこちない人間関係の先に見えてくるもの
    • 4 自然体がナイス
    • 4 人それぞれ違ったように感じるのではないか。
    • 5 ゴンチチのスコアも秀逸な「小津調映画」
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2009年3月21日

街場の小経済学その5

腹が立つことがいろいろあって身体に悪い。この間も以前このブログで指摘したようなことと同じようなことがあった。前に書いたのは、食事するところで閉店近くになると決まって、厨房の掃除を始める。

まだお客さんがいて気持ちよく飲んで食べているのに水を流す音や食器を片付ける音が響き渡る。もう早く帰れと言わんばかりである。それで、ホント頭にきたのでやめてくれんかと文句を言った。それからその店に行く事がなくなった。

そんなことがあって、これからはそうは言っても黙っていかなきゃいいじゃんと割り切ろうと思った。

ところがである。川崎で映画を観たあとだったので9時半くらいにあるそば屋に入った。酒とつまみを頼んでいい気持ちで呑んでいたら、10時になったらラストオーダーですといってきた。11時閉店だからあまりに早いので後じゃだめって言ったら、店長らしき人が従業員を早く返さなくていけないのでと言ったのである。

確かに後で気がついたのだが、ラストオーダー10時って書いてあったのだが、ちょっと時間が空きすぎていないだろうか。それも理由が従業員を早く返すためにときた。

それでも気分が悪かったが、そのラストオーダーが済むと、やっぱり厨房の掃除を始めたのには腹が立った。結局、酒がなくなりそばも食べてしまうから閉店まで居れないので10時半には店を出るはめになる。

やっぱおかしいですよね。お客さんのことを何もみていないで、自分たちの都合だけしか考えていない。腹を立てるのをやめようと思ったがまたもや酔いもさめて血圧が上がったのである。 
 


2009年3月22日

私家版業務システム変遷史 ― 2003年(2)

さて、ソリューションやサービスを提供するためには、システム基盤が整備されていなくてはいけません。最初の業務アプリケーションレイヤーでは、業務アプリケーションそのものとそれが動くプラットフォームがあります。

業務アプリケーションはその昔は手組みが基本でしたが、その頃にはパッケージも出てきましたし、アプリケーション間の連携もできるようになりました。ですから、そのアプリケーションをどうやって調達するのかどうかの方針を決めておく必要があります。「作る、買う、つなぐ」の考え方で、今ではそこに「借りる」が追加されるようになりました。

プラットフォームに関しては、コンポーネントという考え方とハブという考え方を採用しました。コンポーネントというのは、業務的には伝票一枚から給与計算システムのようなものまで、システム的には、データからプログラムモジュールまでを言います。

実は重要なのは概念的な規定で、そのときは、“変わらないもの”をさして、その単位がコンポーネントであるとしました。ですから“変わるものは、変わらないものの組み合わせ”であると考えたわけです。

また、ハブということで言うと、連携や協調がこれからは必要ということで、そのためには、ハブ&スポーク型の構造が必須と考えました。

その必要性をもう少し具体的に言うと、バケツリレーの排除、インターフェースプログラムの削減、変換ロジックの一元管理、開発生産性の向上といったところでしょうか。
ハブの種類はいろいろあって、データのハブがEAI、機能のハブがBPMS、帳票のハブもあってという感じです。

さて次に開発技術のレイヤーです。ここでは「作る技術」と「つなぐ技術」があります。つなぐ技術は前述のEAIやBPMSを使いこなす技術となります。作る技術は、どういう言語で、どういうフレームワークを使うのかとなりますが、ただひとつに統一するのではなく、対象アプリケーションの種類によって変えるほうがよいと考えました。

ざっくり言えば、基幹系にはJAVAベースの自社開発フレームワークとして、情報系については.netベースにしました。あと悩ましかったのは、製造会社だったので、工場のシステムどうするかであった。

基本はリアルタイムデータベースを中心にした仕組みにした。基本機能は、DataLinkといって、リアルタイムのデータやヒストリー値や期間計算値などを高速読み出しできることとProcessBookといってビジュアルな作図・表示機能でリアルタイムトレンドがわかることである。

この仕組みは、プラントの監視には強力なツールで役に立った。いま、こうした仕組みをビジネスプロセスにも適用できないかを考えている。

さて、次は運用管理の構造化です。運用管理で構造化というのもおかしいかもしれませんが、体系の整理という意味でも大切なことだと思います。

そうした体系では大きく2つになります。ひとつは、ITIL準拠の統合的な運用管理体系を確立することです。もうひとつはセキュリティ体系です。

統合運用管理は、ITILに従ってやるのがいちばん分かりやすいのですが、なんでも全部適用することは現実的ではないと思います。成熟度の高い企業ならいざしらず、普通の会社では、サービスサポートではCMDB(Configuration Management DB)の構築、サービスデリバリーでは、SLA(Service Level Agreement)の確立をやっておけば最低限それでいいと考えました。

CMDBというのは、システム構成データベースのことで、簡単に言えばIT資産管理台帳である。ハード固有情報や、所有・移動情報、保守記録などの静的情報と、稼動OS、メモリー、HD容量、IPアドレス、使用アプリケーションなどの動的インベントリー情報を収集する。

これには、市販のIT資産管理ツールを買ってきましたが、固有のAP識別子が取得できないとかいう問題があったりして、かなりカスタマイズして使った。だが、これでやっとITリソース状況がつかめるようになり、不要ライセンスの削減などの効果を上げました。

セキュリティについても、重要なのは小手先の対策ではなく、ちゃんとセキュリティポリシーを作成し、リスクアセスメントをし、それに基づく技術的対策というかたちでまとめる必要があります。

そして、データ・アプリケーション・OS・ネットワークのそれぞれに対して、予防・検知・回復という観点から構造的にアクセス制御、認証や冗長化といったような具体策を講じることが大事です。

さらに運用ということだと、アウトソーシングかインソーシングかという問題があります。どういう運用の機能を外出しなのか自分たちでやるのかです。

結局、ホストコンピュータの運用はベンダーのデータセンターにアウトソーシングした。このとき、機種もアップグレードしたにもかかわらず、相当なコストダウンを図ることができた。従って、情報化戦略立案は親会社にもたせ、それとホスト運用以外の機能を分社した情報子会社がもつようにしたのです。

さて、最後は情報インフラの構造化ということになります。ここでも大きく2つに分けられます。すなわち、ネットワークとサーバー/クライアント/ストレージです。

ネットワークでは、基幹系と情報系という分類があります。ここで採用したのは、基幹系はIP-VPNで情報系はインターネット-VPNです。ミッションクリティカルなものについては安定性のあるネットワークにして、グレードを落としたところを情報系にしています。

次に、幹線と支線という分類もあります。幹線はトラフィック量が多いのでそれなりの容量のものを用意する必要があり、広域LAN、メトロイーサを充てました。支線はIP-VPNかBフレッツです。その他、常時とバックアップ、データと音声という切り分けも必要になります。

次は、サーバー/クライアント/ストレージということになりますが、ここは当時の考え方のポイントは集約化ということでした。集約も器の集約と設置場所の集約の二つがあります。これは要員の効率化による運用コスト削減が目的です。

これが当時はけっこう悩ましいところであって、徐々に集約化していきましたが、ここの領域はクラウド化や仮想化技術の登場、そして、圧倒的なハードコストの低下があり大きく様相が変わってきているところではないでしょうか。ですので、ここでは多くを語ることはやめにします。

2009年3月23日

東スポ映画祭

今年も昨日開かれた東スポ映画祭受賞式にでかける。もう3年目だ。「三重映画フェスティバル」東京支部のメンバーになっているので招待状を送ってくれるので友達と二人で出席することにした。

この映画祭はビートたけしが審査委員長で、全国各地の15の映画祭からノミネートされた候補から彼の独断と偏見で受賞がきまるというユニークな映画祭である。だから、選ばれる作品や人もたけし好みか自分自身を選ぶ。今年も監督賞に「アキレスと亀」の自分を選出した。滝田洋二郎か若松孝二にあげればいいものを。

そして、それぞれの受賞作や受賞者に対するたけしのコメントが面白くて、毎回それも楽しみの一つになっている。

ところが、今年はたけしがテレビに出まくっているもので忙し過ぎて映画をあまり観ていないらしく、選考も自分ではあまりやらずに、各地の映画祭がノミネートしたもので得票が多かったものを選んだとのこと。だから、コメントできないと言ってきたらしい。

それでどうしたかというと、それぞれの受賞作、受賞者を推した映画祭のひとが、なぜ推奨したのかをその理由をコメントすることになってしまった。さあ大変だ。

結局、わが三重映画フェスティバルは、助演男優賞の山崎務について授賞理由をコメントすることになったのである。「おくりびと」と「クライマーズハイ」での演技を評価しているのでその2作にふれてくれとのこと。

そして、勇躍して会場の赤坂プリンスホテルに到着して、早く着き過ぎたので、友達としゃべって、しばらくして会場の五色の間へ。そこでスタッフの人から、どんな感じでスピーチしたらいいのかと聞いたら、なんとなんと驚くことなかれ、いきなり、実はたけし審査委員長が発熱でダウンしたので欠席だと言うのだ。

主役がいなくてだいじょうぶなのかと思ったが、そうなると表彰式はどうなるのだろうと思ったら、スタッフのひとが、表彰状や目録、トロフィーの授与もお願いしますときた。ええー聞いてないよ。

で結局、全面的なプレゼンテーターをつとめる破目になる。でも、スピーチの前に表彰状を読むことで落ち着くのでかえってよかったようだ。

ちなみに映画賞の授賞者は次のとおり。

作品賞     「歩いても歩いても」  是枝裕和監督
監督賞     北野武         「アキレスと亀」
主演男優賞  本木雅弘       「おくりびと」
主演女優賞  木村多江       「ぐるりのこと」
助演男優賞  山崎努        「おくりびと」「クライマーズ・ハイ」
助演女優賞  樹木希林       「歩いて歩いても」
新人賞     三又又三、お宮の松、アル北郷  「アキレスと亀」
外国作品賞  「ノーカントリー」   ジョエル&イーサン・コーエン監督
特別作品賞  「ICHI」

木村多江を除く全員が出席(ああ、北野武も欠席だ)。樹木希林、本木雅弘親子がそろって来ていた。作品ごとに座るので、樹木希林と是枝監督、本木雅弘と山崎努が同じテーブルである、ぼくら審査員はいちばん前の端2つに陣取る。

いよいよ4時過ぎに表彰式が始まるが、たけしがいないのでイマイチ盛り上がりに欠ける。しかし、徐々にヒートアップしてきて、4番目にぼくの番になった。山崎努と同じ舞台にあがる。

おおよそ次のようなことを言った。

あこがれの山崎務さんのまえでしゃべるということで非常に緊張していますが、同時に大変うれしく思います。 さて皆さんが山崎さんに対してよく言うのは「その圧倒的な存在感」ということです。しかし、それだと主演を食ってしまうことになってしまうので、違った存在感ではないかと思っています。 「おくりびと」と「クライマーズ・ハイ」を見ていてそれがどんなもかを考えていました。そこで思い浮かんだのは村上春樹がエルサレム賞受賞スピーチの「壁と卵」のことです。 村上春樹のいったことは「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ですので、それとはとちょっと違うのですが、山崎さんの役回りというのはこの壁にあたると思います。ですから主人公は卵ということになります。その主人公にたちはだかる存在として登場します。“ぼうや、生意気言うんじゃないよ”ということです。 主人公である卵は、村上春樹は壊れやすいと表現していますが、そうではなくて、壊れやすいかもしれませんが、その壁を前にして孵化して成長して翼を得ることが出来るのです。 映画では、その卵が成長して飛んでいって壁を越えていくのです。それをみて壁である山崎さんは“ぼうや、よくやった”というのである。おくりびともクライマーズハイでもそうした存在を山崎さんは見事に演じました。 まさに助演賞にふさわしい演技でした。おめでとうございます。

もっとしゃべりたかったのですが、事前にスタッフがマックス1分ですよと釘をさされていたので、はしょった。それでも1分以上だったし、他の人はもっと長かった。たけしがいなかったのでもっと長くてもよかったのだ。

このスピーチが受けたかどうかはわかりませんが、山崎さんからお世辞だと思いますが「過分なおほめのことがいただき」と言ってくましたし、本木君のスピーチでも「壁と卵」の話に絡んでくれました。こういうときには印象に残る言葉を発するのがいいのですね。

結局、6つの映画祭(青森、長岡、上田、深谷、あきるの、三重)の人たちがプレゼンテータに登場して、例年とずいぶん違う雰囲気でしたが、それはそれなりによかったのではないかと思ったのである。なぜかって、本当に自分でお金をはらって見ているひとの評価だからである。
 
とりいそぎ速報です。

なお、「エンタテインメント賞」も含めた授賞式の模様は、4月23日22時から1時間半にわたって、CSスカパーフジTVでオンエアーされるとのことですので、ぜひご覧になってください。  
 


2009年3月24日

やったあ!ニッポン

WBCで日本が宿敵韓国を延長の末5-3で破って優勝した。おめでとう!

自宅勤務の特典でテレビ中継を自宅で観戦できる。最初からだと長いので最後の方から見たが興奮した。9回の裏にダルビッシュが当然抑えてくれるものと思っていたが同点にされてしまった。

でもぼくはちょっと嫌な予感がしたのだ。というのは、最初杉内が投げることになっていたが、右の代打を送ってきたので、最初からダルビッシュに変わったことで戸惑ったかもしれない。

それとダルビッシュはスターターだから、最初からとばして3人を片付けるというシーンがないから、そこも心配だった。スターターって立ち上がりがいい投手って少ないんだよね。

そして、いやな予感が当たってしまった。でもサヨナラにならなくてよかったのだ。10回はもうイチローでしょ。さすがというか、その打席のためにいままで不振を装っていたような錯覚になる。もし、調子がいいイチローだったら青木のように歩かされていただろうから。

最後の最後から遡ってみると、いい場面で敬遠されずに打たせてもらえるように仕組んだのだ。まあ、これは冗談だが、結局よくあそこまで調子を上げてきたなあということだ。

最後に何球かファールで粘っていたが、ああいう打席は最初の頃は全くなかったのだから、ずいぶんと早く戻したものだ。さすがだてに3000本以上の安打を打っていないと思える。

イチローにあのおいしい場面を提供した他の選手の健闘も大いに光る。もう一度、侍ジャパンによくやったと言ってやりたい。
 

2009年3月25日

ビジネスプロセスパターン研究~SOA時代のデータ管理~

ちょっと前にbegiramaさんが、「SOAとデータベース」ということについてブログに記事を書いていた。その指摘するところは非常に重要なので、そのことについて少し触れてみる。

いま、ビジネスプロセスパターン研究ということで主としてプロセスの議論を行なっていますが、忘れてはいけないのが、プロセスにはデータと機能が必ずついて回るということで、分離して考えなくてはいけないが、それと同時にその関係性をきちんと理解しておかなくてはいけないのです。

特に今はSOAと言われるような構造が多くなってくると、機能・プロセス・データ関係性がこれまでと違ったものになっています。ですから、従来の思想ではついていけない可能性があります。新たな考え方や概念を持ち込む必要があるかもしれません。

そのなかでデータに関しても、いまの考え方はまだメインフレームでの手組み開発あるいはERPの時代のものであるような気がします。すなわち、統合化という目的でひとつのフレームの中に全部入れ込むことが指向されたわけですが、その場合は当然データベースも統合ということが是であったわけです。

ERPが登場して普及したのは、サイロ化したシステム、スパゲッティ化したシステム、重複分散したデータベースを統合するというのが、いちばん大きい理由であったと考えられていますから当然だったのです。

しかし、今はSOAという時代になってきました。サービスが内外で分散する時代です。そうなると、システム統合、データ統合は大変難しいことになります。そこでは、しょうがないからサービスごとにデータを持つかという風になってしまう危険性があります。

これも、昔から言い続けられている「分散と集中の最適化」をしていくということだと思います。すなわち、データも集中すべきものと分散せざるを得ないものとを弁別して管理する必要があるのではないでしょうか。

じゃあ、一体どうするのだということですが、begiramaさんはデータの持ち方として次のように言っています。

1.データベース統合
2.各システムの共通データ項目を抜き出し、共通データベースに統合
3.各システムが個別にデータベースを持ったまま
3-1.共通データ項目をマスタから各システムに配信
3-2.ESBの様な層でデータを仮想的に統合

データというのは大きくリソース系とイベン系に分かれますが、それぞれで考え方が違うように思います。リソース系すなわちマスタデータは、当然データベース統合をすべきです。「One Fact In One Place」の原則を守る必要があります。ただし、そうはいっても現実的にはかなり難しいところがあります。

これは、システム間を横断する話ですし、経営やビジネスに関わることなので、利害関係者が多くなりその調整にすごい時間と手間がかかるからです。ですから重要なのはデータ辞書を整備し、仮想的に統合するのが現実的であるように思えます。

そうしたことを反映してか、最近「MDM」(Master Data Management)という言葉も語られることが多くなってきました。また、IBM InfoSphere MDM Server、SAPNetWeaver MDM、Oracle MDM Data Hub、Sun MDM Suite、ASTERIA MDM Oneのような製品も出てきています。これらの中でも、統合マスタ型とデータハブ型に分かれてもいます。

ぼくは、個人的にはデータハブ型のASTERIA MDM Oneの考え方がいいように思います。MDMの基本必要機能というのは、データクレンジングとデータ配信とでデータ統合管理だと思いますが、それぞれを個別にもって要求ごと段階的に入れるのがいいと思っています。

この製品でもいきなり統合管理に行くのではなく、マスタが分散されていてもいいという前提で、ただ、統合的なリポジトリーを持ち、そこにクレンジングされきれいになったデータを格納します。そして、そこからハブを介して配信されるところからはじめ、徐々に統合データベース化していくのだが、それは物理的な統合ではなく、仮想的な統合でいいという考え方です。

つぎに、イベントデータの扱いになるが、これも理想的には統合データベースということかもしれないが、それもかなり難しいことになる。ぼくは、イベントデータ(トランザクションデータ)というのは、プロセスの実行の結果として生成されるものであると考えている。そうであれば、プロセス先行でみていってそこで生じるデータ項目がイベントデータになるとしたらいいのではないだろうか。

すなわち、統合ではなくプロセス依存である。そこではもちろんデータ辞書との突合せをしておくが、言うならばプロセスの正規化(これも定義がいるが。これこそプロセスパターンということでもある)をすれば、おのずとデータも正規化されていくと考えるのはどうだろうか。そうしておけば、分散されていてもいいのではないだろうか。

このあたりもずいぶんと議論の余地があると思います。ただ、まえに書いたように、従来のシステム構造とは違ったものになりつつある現状の仕組みに合致したデータ管理のあり方を模索する必要性、重要性は十分にあるように思え、皆さんにもよく考えてもらいご意見をいただきたいと思うのです。
 

2009年3月26日

ビジネスと業務の構造化~アクティビティの粒度~

前回、業務を分解し、階層化していきました。そのとき、どのレベルの粒度をアクティビティとして、業務プロセスに組み込むかが重要であることを提示した。

すなわち、ビジネスプロセスをフローで描いたときの“箱”(アクティビティ)をどうするのかということである。それでは、その粒度に求められる要件とはいったいどんなことなのでしょうか。議論のたたき台として次の4点をあげてみました。

1. 論意的であること
2. 粗すぎず細かすぎないこと
3. 均一で均質であること
4. コントロールできること

1の論理的であるということは、曖昧さを排除して、できるだけ工学モデルに近づけることにあります。論理的であれば、ある程度その論理に基づいてやれば、標準的になり、属人性を持ち込まないですむようになります。

2は、あまり粗い単位で並べると大雑把過ぎて内容がよく分からないことになります。一方、細かすぎるとどうなるでしょう。きっと、アクティビティそのものの数や分岐も増え、複雑になってしまいます。細かいというものは、連絡、確認、調整といった類のものが該当します。こういうものは、あれも入れておいたほうがいい、この人にも連絡が必要だとなって際限がなくなり、フローを見ても何がなんだかわからないということになります。

3の均一・均質というのは1と2に似ていますが、ちょっと違います。大きさやつなぎ方は同じようにするというのが1と2ですが、その中味を揃えてみるということです。こうしたことができれば、パターン化や標準化が可能になるわけです。

最後のコントロールできることという意味も前述の要件を満足できればいいのではないかと考えられますが、これも、だれがそのプロセスをコントロールしているのかということがちゃんと対応付けられていることが大事ですから、そのコントロール対象が何であるかが明確であることが必要なのです。

さてこうした要件に対して、その要件を満たすアクティビティとはいったいどんなものなのでしょうか。

まずは、分かりやすい粗さからみてみると、前回プロセスと機能を分解しましたが、あの分解能で探ると業務サービスあたりで括るとちょっと大きすぎであるとわかると思います。すなわち、例えば、オーダ受領だとか在庫引当です。

また、アクションレベル、例えば、受付メモ作成、承認といった粒度であると細かすぎると思うでしょう。そうなると、どうも文字通りアクティビティと規定したところがよさそうにみえます。

では受注確認、オーダ発行といったアクティビティレベルでフロー記述するとして、そのものが論理的でかつ均一・均質なものにするにはどんな定義になるのでしょうか。

ここが、全体の議論でも最も重要な部分です。さあみなさんよーく考えてください。
 

2009年3月27日

東スポ映画祭(続報)

東スポ映画祭の続報ということで、写真つきでレポートです。

今回の映画祭で特徴的だったのは、日本映画のいいものが多かったことだ。アカデミー賞外国語作品賞に輝いた「おくりびと」にしても、今回のこの映画祭の授賞策「歩いても歩いても」もそうだし、そのほか木村多江が主演女優賞をもらった「ぐるりのこと」といった作品の質がすごい高い。その他、「クライマーズ・ハイ」、「トウキョウソナタ」「実録・連合赤軍」、「接吻」といった良作がいっぱいである。

ひところの日本映画の衰退からみると隔世の感がある。そうした盛況の中だからこそ「おくりびと」の授賞があったような気がする。

ただ、「歩いても歩いても」の是枝裕和監督が強く訴えていたのは、自分たち映画人が自らで企画し、脚本をかいて映画を作ることが大事で、一方で今は安易にテレビ局などが映画つくりに入り込んでいるのは問題なのではないかと言っていた。

確かに、こうした日本映画が活況だが、ぼくも思うのは質が高いものばかりではないということで、すぐにテレビドラマで人気がでたからとか、ベストセラー本から、あるいはマンガからといったふうに、安直に作っているのも多いのではないだろうか。

やはり、映画の最後は監督の思い、俳優の思いになるわけで、そこの思いいれはやはり自分たちで企画から考えるということが必要だと思う。「おくりびと」は本木雅弘がずっと温めたものでもある。

さて、この映画賞とは別に「エンターテインメント賞」というのも同時に授賞式を行なう。今年は9回目になるが、次の人たちが授賞した。

話題賞      林家三平(前林家いっ平)
日本芸能大賞  サンドウィッチマン
特別賞      橋下徹大阪府知事
特別賞      故飯島愛
カムバック賞   田中義剛
皆勤賞      林家ペー、パー子

おお、なんと異色の取り合わせだ。しかも、林家三平の表彰のときは、あの「泰葉」も登場というはちゃめちゃぶり。故飯島愛の代理で中山秀征が来ていた。橋下知事は議会の最中ということで欠席。田中義剛はあのなかなか手に入らない「生キャラメル」持参で登場し、あとでぼくらのテーブルにも配られてきた。

ぼくの注目はサンドウィッチマンで、この賞をもらうとそこでネタをやらなきゃいけないというルールがあって、毎年やるのだが、ほとんどの芸人さんがすべる。というのは、雰囲気がお笑いではないので、よほどじゃないと乗ってこないというわけだ。ところが、さすが、たけしもほめていたように技術がしっかりしているから、アウェーの雰囲気を吹き飛ばす漫才をやってくれた。さすがだ。

ということで、楽しい一日であった。
 
さて、写真ですが今年はいちばん前の端っこのテーブルに座らされたので、写真をあまり撮れなかったのですがその中から数枚を掲示します。


まずは、ぼくが助演男優賞の山崎努さんに表賞状を読んでいるところです。

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これは、そのあとで授賞理由をしゃべっています。

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主演男優賞に輝いた”モックン”のスピーチです。ここでぼくのしゃべったことを引用してくれました。

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異様な雰囲気のなかでみんなを笑わせてくれたサンドウイッチマンです。

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受賞者全員の記念撮影です。多分新聞を飾ったことでしょう。

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2009年3月28日

モンテーニュ通りのカフェ

こういう映画は好きです。粋な感じがしてとても心地よくなります。「モンテーニュ通りのカフェ」という映画は、パリの有名なモンテーニュ通りにあるカフェにあつまる様々な人々の人生の断片をスケッチしています。

そのカフェの前には、劇場やオークションハウスがあり、そこに現れるピアニストや女優、そして自分の収集品をオークションにかけにきた人、その家族、また劇場で働く人々がセシール・ド・フランス演じるカフェの女店員ジェシカとの関わりで描かれる。

それぞれは有名な芸術家であるが、悩みを抱えていて、決してかっこいい人間ではない。そんな赤裸々な姿を嫌味のない演出で見せてくれる。

日本でこういう場所はどこかなあとつい考えてみてしまうが、銀座なのか日比谷なのか、でも映画のようなしゃれたところではないなと思う。それもそうだがこういう趣の日本映画もないなあと思ってしまう。

欧米の映画ではよく作家だとか音楽家だとかそういった芸術家を描いた映画があるが、日本では少ないように思う。どうも、社会における芸術家の位置が違うように感じることがある。日本だと何か特別の職業という見方があるが、フランスなんかでは、普通の人たちとの距離感が近いように思うのである。

こういう映画を観るとその後味の良さに映画っていいなあとつくづく思うのである。

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2009年3月29日

よしよし!

W杯アジア最終予選で日本が1-0でバーレーンを破った。これで本大会出場に王手だ。この1年で対戦成績が2勝2敗の五分であったから決着をつける意味でも勝ちたかった。WBCの決勝の韓国戦みたいなものだ。

昨日の試合の内容はまあまあだったのではないだろうか。もちろん、W杯ベスト4で世界を驚かせるという目標からみると物足らないし、このままでは到底無理だが、わずかな可能性は残したように思う。

バーレーンがかなり引いていたので、難しい試合であったが、左右の内田、長友も攻撃参加していたし、中央でのあわやというパス交換もあって、悪くはなかった。

それにしても、中村俊輔はすごい。またまた一段進化したように見える。フリーキックだけではなく、守備の面でも非常に頑張っていて、ほんと中心となって機能していた。

だから、ぼくは今のやり方でいくしかないと思っているが、もう一段レベルアップしないといけない。さてどうしたらいいのだろうか。それは、もう少し広い範囲での連動性だろう。

昨日も局面での速いダイレクトパス交換はすばらしいものがあって、相手を翻弄していたが、それを広い地域や人数に拡大できるかどうかであると思う。これが岡田ジャパンのめざしていることのはずだ。だからこれからの残り3試合で完成形に近づけてほしいと思う。勝利おめでとうジャパン。

ここで終わらせたかったが、またまたしつこいようだが、テレビ朝日のあのセルジオ越後と松木安太郎の自虐解説は何とかならんのか。もう最初から日本はダメだと決めつけて、日本が完全に主導権を握っているのに、これはバーレーンのペースですねときたもんだ。ダメだダメだのオンパレードである。

そして、岡田ジャパンはスピードで崩すことをコンセプトにしているのに、フォワードにでかいやつを入れてなぜそこにぶつけないのかときたもんだ。おめえたちの好きなサッカーをやっているわけじゃないんだぜ。あげくのはては、松木の解説にもなっていないファール説明で、“これはハンドですね。手に当たりましたから”ときたもんだ。バカじゃねえの。ああもうやめておこう。
 

2009年3月30日

ビジネスプロセスパターン研究~BPMツールとは~

最近、かなりの数のBPMツールが登場してきて、まさに百花繚乱といった趣ですが、BPMツールというのはいったいどんなものなのかが明確には定まっていないようだ。

しかし、ぼくは別にこうでなくてはいけないと定める必要はないと思っているが、「ビリオネアの華麗なるIT」でそのことに言及しているので一緒に考えてみる。

その記事ではBPMツールの定義を「人やシステムが行うビジネスプロセスの管理・監視を自動化するためのソフトウェア」としている。うーんちょっと自動化するソフトウェアというのが気になる。

IBMなんかも、BPA(Business Process Automation)というような言い方をするが、以前、「自動化のワナ」というエントリーでも書いたのだが、“自動化”をあえて言うのはちょっと無理があるように思える。

ここは、軽く“BPMを実行するソフトウェア”でいいのではないだろうか。そうなると、BPMの定義をちゃんとしなくてはいけないのと、どこまでできるかはそれを導入する会社の成熟度によって変わるということをみておくことが大事である。

まずは、BPMの定義では、よく使われるガートナーと日本BPM協会のものをあげておく。

ガートナーの定義

「BPMとは、経営における俊敏性の改善やオペレーション上の業績改善といった経営目標を実現するために、ビジネスプロセス環境を統括していこうとする経営手法である。BPMとは、組織内のアクティビティやプロセスをマネジメントし、継続的に最適化させるための経営手法、施策、経営指標、経営慣行、ソフトウェアを利用した構造的アプローチである。」

日本BPM協会の定義

「企業活動の俊敏性・業績・コンプライアンスの改善といった経営目標の改善に向けて、ビジネスプロセスの改善サイクルを、人とITにより迅速に実現する新しいマネジメントの考え方・領域」

これらの定義から導かれるBPMSの機能はビジネスプロセスを管理・改善できるツールということになります。うーん難しそうですね。ただ、BPMには次に示すようなライフサイクルがあるということがわかります。

1. プロセスを作る
2. プロセスを動かす
3. プロセスを制御する
4. プロセスを維持する
5. プロセスを監視する
6. プロセスを改善する

では、実際のBPMSの機能にはどんなものがあるのでしょうか。一般にBPMS(BPM Suite)と呼ばれる製品が出回っていますが、その装備している機能はだいたい下記のものが含まれています。

■BPM実行エンジン
■プロセスモデラー
■シミュレーション機能
■組織モデラー
■ワークフロー機能
■ビジネスルール管理
■ソフトウェア開発
■システム連携機能
■プロセスモニタリング機能

「ビリオネアの華麗なるIT」ではつぎのようにしています。だいたい似てますね。

1. モニタリング(プロセス監視、イベント発生時の通知)
2. ワークフロー(プロセス定義、実行)
   1. モデリング(ビジネスプロセスの定義)
   2. プログラム呼出(プロセスからWebサービスなどのプログラムを実行)
   3. フロー実行(BPELなどで記述されたフローを実行)
3. EAI(システム統合)

ではこれらの機能とライフサイクルの関係を見ていきましょう。

最初のプロセスを作る段階では、プロセスモデラーや組織モデラーを使って設計します。それを単純に動かすのは、BPM実行エンジンです。そしてワークフロー機能で制御します。ここでツールにない必要機能はシステム開発します。

さらに業務ルール管理とシステム連携機能を使いプロセス全体をオペレーションします。そして、プロセスモニタリング機能で監視し、その結果から改善策を引き出し、シミュレーション機能で確認して、改善プロセスを再設計するということになります。

確かに、そうなのですが、一度にこんなことはできませんから、段階的にならざるを得ません。ざっくり言うと、最初は何でもいいからプロセスを動かしてみるということが重要ではないでしょうか。

ToBeモデルではなくてもいいから動かしてみると、自分たちの業務の動きが見えてきますし、何か改善の芽が出てくると思います。そこから発展させればいいのであって、最初からきれいにPDCAサイクルをまわそうというのはやめた方がいいと思います。

ということは言い換えると企業の成熟度に応じて導入していくことと同じだと言えます。これについても、以前「成熟度に応じたBPM導入」というエントリーをしているのでそれを見てください。

結局、何を言いたいかというと、BPMの最も大事なことはまずは自分たちのプロセスを動かすことなのです。ですから、ビジネスの実体をそのまま動かして、しかもそれをみなに共有的に見せることができるツールが最も望まれるでしょう。

極論すると、それができさえすれば、BPMSであろうとなかろうと、BPMNで書かれていようがいまいが、BPELで動こうがそうでなかろうが、どうでもいいように思うのです。

なぜなら、BPMはシステムを開発してナンボではなく、動かしてナンボ、すなわち、BPMライフサイクルがきちんと機能することが最大の目的だから、そうしたControl、Operation、Monitoringといったところにシステムのポイントが移っているからである。

ここも、ITを外してプロセス設計したあとの実現方法の議論として重要になるのでみなさんもよく考えてもらいたいと思うのです。
 

2009年3月31日

BPMオフ会

第5回BPMオフ会が4月23日に開かれます。詳しくは、"今年は違うよ、わきぶろぐ!"で書いてくれていますでそれをみてください。今回は、「Oracle OpenWorld Tokyo」のOTNラウンジの一画に設けられる“Unconference” で1次オフ会を行ないます。2次はいつものとおりビールパーティです。

それで、昨日はその発表者が集まってBPMオフ会のオフ会を行なう。結局しゃべるのは6人になる。はじめはLTという感じで軽くしゃべるのかと思ったら、どうも1時間半の時間をもらえるということで本格的なセミナーチックなものになった。

ぼくはまだしゃべることを何も決めていなかったが、他の人は既に宣言していたので、それぞれがかけ離れないようだいだいのストーリーを決めたので(羽生さんがバシッと決めて、市川さんがまとめてくれた)、それにあったようなテーマをとりあえず設定する。

主題は、“誰でもわかるBPM”とか“BPMの明日はどっちだ”とかいろいろな意見がでたが最終的に「いまさら聞けないBPM」になる。

このタイトルはぼくもいいなあと思う。というのは、昨日も言ったのだが、昨年半ばあたりからBPMの認知度も高まってきて、それ以前だと、BPMとはというところから説明しないと分からなかったのが、いまはそれをとばしても皆ついてくるようになった。

しかし、そこが曲者でいろんな人が入ってくるというのと裏腹に異なったあるいは間違った理解も増えてくるわけです。そうなると、基本的な部分はいつのまにか隠れた前提になって、より応用的、詳細技術的なところにいってしまうことになる。

ですから、BPMをはじめて勉強しようと思うと、基礎的な部分は知っていて当たり前だという雰囲気なのでそもそもBPMとはという疑問が投げれなくなることもあるような気がする。だから、そういう意味で原点に立ち返る議論を折々でやることは大切なことだと思う。

打ち合わせが終わってから、羽生さん、脇坂さん、大井さんと4人で近くの焼き鳥やで呑む。青山にこんな店があったんだという“おしゃれではない”店。女将さんがいきなり、何のスポーツ帰りですかと聞く。そういえば、ぼくを除いてみな図体がでかいのと荷物をしょっていたかららしい。しまいには蔵前からですかと言われてしまった。

それはそれとして、いつものように羽生節が炸裂でほんといつも聞いていて楽しくておもしろい。ぼくは、いまかなりフリーになったので、遠くから応援していた「ギョイゾー」をもう少し近くで応援しようと思う。

BPMが認知度が高くなったからといって、実際に導入という場合の敷居はまだまだ高いので、効果を実感するにはいろいろな会社で導入しないことには始まらないので、みんなで協力して広めたいのである。

4月23日の「BPMオフ会」1次、2次会(飲み会)ともぜひ参加してください。
 

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