最近、福岡伸一の本の影響か、生命とか進化とかいったことに興味を抱いている。それに関する本で「生命をつなぐ進化のふしぎ」(内田亮子著 ちくま新書)を手にする。著者は、東京大学理学部生物学科を卒業して現在早稲田大学教授である。主に進化論がテーマである。
まずは、本の内容をうんぬんする前にどうも読み進めにくいのだ。それが何なのかと考えてみたら、引用文献の多さなのだ。別に多いからだめだというのではなく、整理しきれていないことが問題なのだ。
著者があとがきで「新書であっても大量の参考文献を載せたいという私のこだわりを、知の誠実性と理解してもらい、とてもうれしく思う」と書いているが、これは間違っている。学術論文ならいいが新書であるからだめなのである。新書の読者を想定してみてください。専門家ではないのである。その人たちに向かって律儀に知の誠実性とまで言うより、わかりやすくするほうが優先されるはずである。
この参考文献の多さがなぜだめなのかというと、断定的な言い方を避けているから読者はいったいどう理解したらよいか迷ってしまうのだ。いたるところ、「~という示唆があります」「~という説もあります」「~という報告があります」で終わっている。
そして、文献を参照して、こんな意見もあります、ここはまだ議論していることです、など一見して客観的かつ論理的であると思ってしまうがそうだろうか。確かにこういう分野では、理学のように明確な答えがあることは少ないと思うが、一般読者に対して、様々な意見があるが噛み砕いてみると私はこう思っていますという自論を言ってもいいような気がする。
長々と本の中味とはあんまり関係ないことを書いてしまったが、もちろん面白い話も入っていて、まず“適応的”という言葉がよく出てきてすこしとまどった。なるほど人間が進化してある形ができるということはその形は“適応的”ということなのである。
そういう意味で見ていくと、面白かったのはつい人間って農耕型の生活が大昔からやられていたと思ってしまうが、人類の歴史の大半は移動しながら狩猟や採集で食糧を作っていたのであって、定住しての農耕又は牧畜によって食糧を作りだしたのがほんの1万年前だということである。ということは、まだ狩猟型から農耕型への進化の過程なのかもしれない。
そして、さらに面白かったのは老化の進化論で、長生きするための条件を動物モデルから導き出すと、生殖機能をなくし、粗食で、さらに冷蔵庫に入っていればよいらしい。おっと、こんな北国の仙人みたいな生活をして長生きしたい人がいるのだろうか。
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