いま、この間のスタロジのセミナーでの羽生さんの話に刺激されて、業務システムの変遷を考えている。そこで見えてきたのは、ぼくらの生きてきた時代がもろ変化のときであったなあと思ったのである。
ITの登場による変化はここ30年で起こってきて、この10年がすごい勢いで動いている。最初のころのITは企業や研究機関での電子計算機としてあったので子供では触れることがなかった。しかし、誰でも使えるようになるにはそう長い時間はいらなかった。
そう考えると、その30年をずっと見てきたのは、どの年代のひとたちなのだろうかと考えてみる。そうです、50歳から60歳くらいの人なんですね。われわれ団塊の世代なんぞは、日々変化するITを肌で感じた世代なのである。
この経験は、いったいどういうことなのだろうか。変化を実感するということは、変化をしていない時代を知っているから、それとの比較でああ今は大きく変っているのだなあとわかるような気がする。最初から変化の只中にいるいまの若い子たちはこの実感がないと思う。
これは、何もITだけではなく、多くものに大きな変化をもたらしている。例えば、1989年にベルリンの壁が崩壊して、東西冷戦の構図、社会主義体制の終焉を迎えたが、それからたった20年しかたっていないのに、米国の金融危機からはじまった消費型資本主義も終わろうとしている。この激動もぼくらの世代は目の当たりにしてきた。
それは単に変化を体感したということではなく、自分たちの価値観が大きく揺らぐ経験をすることの方がインパクトがあった。そりゃあ、敗戦による変化の方がはるかに大きいかもしれないが、それは一回きりのものであるが、ぼくらはいつも変化の風にさらされているような気がする。そのたびに立ち位置を確かめざるを得なかった。
さて、ITのことである。ハードウエア、ソフトウエア、プラットフォーム、インフラ、開発メソッドなどなどあらゆる領域で目を見張る“Change”があった。
例えば、ハードウエアだけをとってみても、よく語られるように、部屋いっぱいに鎮座していた汎用機が、今では一台のパソコンで事足りるのである。
ところが、羽生さんが鋭く指摘したように「業務システム」が変わっていない。少なくともここ10年は、画期的なツールやデバイスが現れているにもかかわらず旧態依然のままなのである。それは、何度も言っているように役所やレガシー企業内では、既得権益を守ることが第一であり、“変革は悪”だからである。
だからそこを動かしてみたいし、ぜひとも、ぼくらの目の黒いうちに、この業務システムの変革を見てみたいのである。