先日(5月2日)のITMediaの「鎌倉の自宅ではたらく、父子2人のIT企業」という記事が思いのほか反響があって、まだITMediaのアクセスランキングで29位にいる。あの記事の中では、主に仕事関係の話だったが、それ以外のことを少し。
ぼくが会社を辞めて家で仕事をするということになったら、3人が喜んだのである。まあ、息子のことは記事に出ているけれど、その他の2人はぼくの嫁さんとぼくの母親である。
嫁さんの方は、最初は「ええー、お父さん毎日家にいるのおー」と露骨にいやな顔をされた。だから、自分の家ではなく、向かいのばあちゃんの家で仕事をすると言ったら、顔がほころんだ。
一方、ばあちゃんはもうすぐ87歳になるんだけど、介護がいるというわけではなく元気でぴんぴんしている。しかし、最近はさすがにからだのことが心配なようでひとり暮らしが不安になっていた。だから、ぼくがばあちゃんの家の応接間をきれいにしてそこを事務所として使うと言ったら、そりゃあ良かったと言って喜んでいた。
まあ、いつも息子が同じ屋根の下にいてくれるということで安心だし、ときどき話し相手にもなってくれるということで暇つぶしにもなる。いつも、お風呂に入るとき、風呂の中で倒れるかもしれないからと言って「今から風呂に入るから」とぼくに言ってから入る。たまに、仕事に集中しているときに邪魔されることはあっても、機嫌のいい顔がみられるのでしかたがない。
ぼくの家は山の中にあるので、買い物やら病院、郵便局に行くのもけっこう大変なのだ。坂道なので行きはいのだが、帰りの登りはきつい。嫁さんも若い頃は自転車で出かけたりしたが、歳とともに元気がなくなり、ぼくが車で送り迎えをしたりすることが増えた。嫁さんは助かると言ってくれる。
それと、山の中ということは庭に葉っぱが舞い降り、雑草が激しく生えてくる。その掃除や草取りもぼくの仕事になっていった。まあ、家の中にずっといるより天気のいい日にする庭仕事もいいものだ。
仕事の場所が鎌倉というのもなかなかいい。いいというのは東京にほどよい距離感にいるということである。自然に囲まれているということである。いつもは緑に囲まれたところで静かに仕事をして、たまに東京にでかけていくというのはメリハリがあって快適なのだ。呑んで遅く帰っても次の日は家にいられる。
ただ、こんな生活が誰でもできるというわけではない。だいいち家がどこにあるのか、ばあちゃんの家が目の前にあるのか、周りに緑があるのかなど条件がそろうのは難しいかもしれない。たまたま、ぼくにはそうした条件がそろったのだろうが、みなさんもちょっと無理すればこうした生活に近いことはできないことはないと思う。
こんなことを言っているぼくにしても、若い頃は考えもしなかったし、できなかった。やっとこの歳になって、そうだこんな生活もあったのだと気がついたのだ。だから、皆さんも、いつでもいいから一度、肩の力を抜いて自分の今の生活スタイルをみつめてみたらいかがでしょうか。