ITmediaの記事に物置がサーバールームになっているという写真がでていたが、正確に言うと物置ではなく納戸に(まあ同じようなものか)、段ボールに入ったがらくたと一緒にマシンが置いてある。前々からこれらがらくたを整理してもう少しスペースを持たせないといけないと社長と話していた。
そこで昨日ぼくの担当のところを片付けていたら、突然ぼくの携帯が鳴った。社長から実印どこにあるという電話ではなく(笑)、サーバーが止まっているけど見てくれるという。社長は土曜日はいつも横浜で作業をしているので止まったのがわかったらしい。
それで言われるとおりディスプレーをつなぎ直して、回線を調べたりしたら、何と電源が外れていた。ぼくが蹴飛ばしたらしい。それくらい入り乱れていたのだ。
そんなわけで気を付けながら段ボール箱の整理をした。そうしたら、中から出てきたのがアルバムやらレコードやらで、しばし懐かしみながらの作業となりぜんぜんはかどらなかった。なかでも驚いたのはだいぶ昔に使っていたNECのPC-8001というPCがでてきたことで、とっくに捨てていたと思っていたのが出てきたのである。
ということで少しこのPC-8001にまつわる昔話を。確かこのPCを買ったのはうちの社長がまだ生まれたばかりの頃で、あやしながらこのPCを使っていた。PC-8001というのはぼくらのような年寄りはよく知っているのだが、その頃のベストセラー機でもうNECが独占的だってですね。
CPUが4MHzメモリーが16Kだったかな、そんなものでした。キーボートと本体が一体となっていて、カセットテープのデータレコーダがついている。それで価格が20万円近くしたはずで、そのときの給料からいうとかなり高価であった。この値段は今も変わってないのですが、容量、能力は格段に違う。
でなぜこんな高いものを買ったのか、これを使って何をしたのか。当時ぼくは化学プラントのエンジニアだったのですが、プラントの管理というのは、生成された製品構成の最適化と使用エネルギー原単位のミニマム化になるわけです。そのためには投入された原料の組成に合わせて運転条件を変えていくわけですが、その条件を設定するためにシミュレーションモデルが必要になる。そのモデルを作るのに使ったのです。
膨大な運転実績を多変量解析で分析し、モデル式のパラメータを決めていくのです。これはコンピュータがないと大変な作業となるのでコンピュータが使えてこそできたことなのだ。ただ、まだソフトウエアが少ないときだったので重回帰分析のプログラムなんかは本から写して動かした。
そうなんです、ぼくらはPCというのはあくまで計算機なのだ。それが今日のようにコミュニケーションの道具になるとは思ってもみなかった。
PCはAT互換機そしてWindowsが登場し、インターネットが普及していまのようになっていくが、NECのPCは8800、9800シリーズと続きやがて消えていった。
まあ、そんなわけでアルバムといい古いPCといい、片付けるどころかはるか遠い過去の情景に浸ってしまったのである。