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2008年05月 アーカイブ

2008年05月01日

フリーダウンロードキャンペーン

今月の21日からSavvionのフリーダウンロードキャンペーンが始まった。7月21日までの3ヶ月間限定であるが、無料でモデラーが使えるのでぜひ試してみてはいかがでしょうか。日経ITProにも記事が出ていますので参考にしてください。

この無料のダウンロードは既に米国では行なっていて、日本でも大学向けにはやっていたのがやっと一般にも提供されるようになった。こうして、実際にツールに慣れてもらうのがBPMSの理解に役立つので、多くの人に使ってもらいたいと思っている。

まずは、BPMNに準拠したプロセス図の書き方を学ぶことから始まるが、大事なのはシンプルで一貫化したプロセスが描けるかである。

モデラーでは基本的にはアクティビティというコンポーネントを並べていき、分岐を発生させたり、管理アダプターをつないだりすることになるが、このアクティビティに何を持ってくるかがキーになる。

まあ、何はともあれ使ってみてください。


2008年05月02日

理由

大林宣彦監督の作品というとまず浮かんでくるのが、「HOUSEハウス」である。1977年公開のホラー映画なのだが、いわゆるホラー映画というよりホラーファンタジーみたいな作品で、7人の少女が一人ずつ妖怪に食べられてしまうというもの。

何と言ってもこの映画の少女役が池上季実子、大場久美子、松原愛、神保美喜といった面々であることがすごい。ここからぼくは大場久美子のファンになり、大場久美子はコメットさんになっていった。すいません、横道にそれてしまった。

さて、映画「理由」である。宮部みゆきの原作は読んでいないのだが、どうも原作に忠実に撮ったらしい。だから映画も登場人物にインタビューしているように語らせることで成り立っていて、何と登場人物が107人にのぼる。

これだけの人が出てくるのでわけがわからなくなると思ってしまうが、最初はわからないなりにも一体どうなるのかという思いを持たせぼくには面白く感じた。ほんとよくこんな個性的な人たちを集められたと感心してしまう。

人間ってどうしても客観的にものは見えなくて自分の主観によってしまうところがある。思い込みやそうあるべきだとかそうに違いないと思ってしまう。そうした証言を積み上げながら映画は進行する。

いったい何が真実で何がウソなのかがもやっとした形で提示され、それをすこしづつ解きほぐしていく。でも結局何が起こったのかもわからないままで終わる。

いやー、大場久美子は出てきませんでしたが、なかなか面白いですね。

理由 特別版
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    • 5 幾重にも重なる箱を1つ1つ明けていくかのような展開
    • 5 最高に素晴らしいサスペンス映画
    • 5 パズルのような映画
    • 3 ディテールに神は宿る、が・・
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ITmediaに記事が

今日のITmediaのニュースにぼくら親子の記事がでた。

題して「ITは、いま :鎌倉の自宅ではたらく、父子2人のIT企業」で岡田有花さんが書いている。先月半ばにうちに取材に来ていろいろ聞いていったことが載っている。さすが記者の人は違う。こちらが勝手なことをぺらぺらしゃべったので、これをどうやって捌くのか興味があったがよく整理してある。

ちょっと照れくさいが読んでみてください。これで仕事が増えるといいのだが。そうはいかないか。
 

2008年05月03日

びっくりした

昨日のITmediaの記事に対して、はてなブックマークがすごい勢いで付けられた。今日で500ユーザー数に届きそうだ。

そのコメントで親父のしゃべったことがかなり評価されていてびっくりした。ちょっと恥ずかしいくらいだ。正直そんな偉そうなことを言っている意識はなく、普段から思っていることを言っただけだったので、そうした持ち上げられ方にとまどっている。

単純におもしろいこと、楽しいことをやろうよ、そのためにはどうしたらいいかということだと思う。こういうことは年齢に関係ないことであって、いくつになっても持ち続けるべき心根だと思う。おもしろいことや楽しいことって自分でやりたいことであって、周りからやらさせることではないですよね。

ただし、それをやるにはいろいろなしがらみがあって、生活であったり、世間であったり、意気地であったり、自分自身を含めた抵抗勢力がいっぱい出てくる。それとどう折り合いをつけるか、あるいはそれをちょっとがんばってどけるかである。お金がないからできないという話でもない。

大上段にふりかぶって、これから好きなことをやりますなんて宣言しなくてもいい。潮時とかはずみというのがあるから、そのとき抜け出せばいい。

そのためには普段から自分のやりたいことを磨くことを忘れないようにするということではないだろうか。

皆さんにお褒めの言葉をいただいたのは、おそらく一丁あがりと思うことなくいつも前を向いていることに対してであろう。それは、ぼくが生来の楽天家で極楽トンボだからかもしれない。でもぼくはそんな自分が好きなナルシストでもある(笑)。

ぼくが好きな言葉を書いておく。ルイ・パスツールの言葉である。
「Chance Favors the prepared mind」
 

2008年05月04日

PC-8001

ITmediaの記事に物置がサーバールームになっているという写真がでていたが、正確に言うと物置ではなく納戸に(まあ同じようなものか)、段ボールに入ったがらくたと一緒にマシンが置いてある。前々からこれらがらくたを整理してもう少しスペースを持たせないといけないと社長と話していた。

そこで昨日ぼくの担当のところを片付けていたら、突然ぼくの携帯が鳴った。社長から実印どこにあるという電話ではなく(笑)、サーバーが止まっているけど見てくれるという。社長は土曜日はいつも横浜で作業をしているので止まったのがわかったらしい。

それで言われるとおりディスプレーをつなぎ直して、回線を調べたりしたら、何と電源が外れていた。ぼくが蹴飛ばしたらしい。それくらい入り乱れていたのだ。

そんなわけで気を付けながら段ボール箱の整理をした。そうしたら、中から出てきたのがアルバムやらレコードやらで、しばし懐かしみながらの作業となりぜんぜんはかどらなかった。なかでも驚いたのはだいぶ昔に使っていたNECのPC-8001というPCがでてきたことで、とっくに捨てていたと思っていたのが出てきたのである。

ということで少しこのPC-8001にまつわる昔話を。確かこのPCを買ったのはうちの社長がまだ生まれたばかりの頃で、あやしながらこのPCを使っていた。PC-8001というのはぼくらのような年寄りはよく知っているのだが、その頃のベストセラー機でもうNECが独占的だってですね。

CPUが4MHzメモリーが16Kだったかな、そんなものでした。キーボートと本体が一体となっていて、カセットテープのデータレコーダがついている。それで価格が20万円近くしたはずで、そのときの給料からいうとかなり高価であった。この値段は今も変わってないのですが、容量、能力は格段に違う。

でなぜこんな高いものを買ったのか、これを使って何をしたのか。当時ぼくは化学プラントのエンジニアだったのですが、プラントの管理というのは、生成された製品構成の最適化と使用エネルギー原単位のミニマム化になるわけです。そのためには投入された原料の組成に合わせて運転条件を変えていくわけですが、その条件を設定するためにシミュレーションモデルが必要になる。そのモデルを作るのに使ったのです。

膨大な運転実績を多変量解析で分析し、モデル式のパラメータを決めていくのです。これはコンピュータがないと大変な作業となるのでコンピュータが使えてこそできたことなのだ。ただ、まだソフトウエアが少ないときだったので重回帰分析のプログラムなんかは本から写して動かした。

そうなんです、ぼくらはPCというのはあくまで計算機なのだ。それが今日のようにコミュニケーションの道具になるとは思ってもみなかった。

PCはAT互換機そしてWindowsが登場し、インターネットが普及していまのようになっていくが、NECのPCは8800、9800シリーズと続きやがて消えていった。

まあ、そんなわけでアルバムといい古いPCといい、片付けるどころかはるか遠い過去の情景に浸ってしまったのである。
 
PC8001.JPG
 

2008年05月05日

また負けた

ほんとは書きたくなかったのだけど、わが横浜ベイスターズが勝てない。昨日も8回まで4点リードしていながらあの広島に(失礼!)負けた。新守護神寺原も打たれた。

勝率2割5分だから4回に1回しか勝てない。ああ、なんということだ。

いいですか、去年のちょうど今頃は首位だったのだ。中日に3連勝かしてすごい勢いだったのが、今年はダントツの最下位である。

打つのはそこそこ打つのだが、何といても投手陣がひどい。こういうときこそ若手の孝行息子がでてもいいのだが、この間の小林がそうだったのかもしれないが、昨日はその小林で逆転負けだ。

もう開き直るしかない。はちゃめちゃにやりゃーいいじゃん。誰か起爆剤になってくれ!
 

2008年05月06日

誰も知らない

2004年度キネマ旬報ベストワンに輝いた是枝裕和監督の「誰も知らない」を観る。

うーん、微妙だな。主演の柳楽優弥君がカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞して話題になった作品だが、確かに柳楽君の眼力はすごいが、ぼくにはこの作品がいい作品なのかよくわからないと言ったほうがいい。ダメだといっているわけでもないのだが、評価に困る映画である。

映画は前半から中盤に淡々とストーリーが進む。もちろんその中では、こどもたちの演技とも呼べないような自然の振る舞いを切り取り、小物をなめるように撮ったり(実際に足元のシカットが多い)、少々冗長的でさえあるシーンが続く。

実際に巣鴨でおきた事件を題材に作られたというが、単に事件のアウトラインだけをもってきているだけで中味はぜんぜん違うと思う。あんな母親ではないはずだ。

結局、最後のシーンでタイトルの「誰も知らない」に納得するわけだが、“だからどうだっていうのよ”と叫んでしまった。それにあの終わり方は恐ろしいよね。

だから、繰り返すが事件の実相と全く違った創作だからリアリティを出すのが難しいのだ。

そこでリアリティがないからよくわかんねえと感じてしまうような気がする。映画自体はドキュメンタリータッチで雰囲気はもろリアルって感じなのだが、それ以外に強く伝わってくるものがない。

でもこれだけの評判でベストテンのトップなんだからいい映画なのだろう。ぼくの映画を観る眼が狂ってきたのかな?ぼくは全く予備知識なしで観たが、皆さんはおそらく実際にあった事件を下敷きに作られたことを知って観ているのではないでしょうか。

ぼくの勝手な推量だが、悲惨な事件だからきっと映画もそうなんだとかといった予断があると思う。そんな眼で観た場合とそうでない場合とでぜんぜん違って見えるように思うのだがいかがでしょうか?

誰も知らない
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    • 4 誰も知らない
    • 4 真実と虚構の間に生まれたリアル
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2008年05月07日

テレビの衰退

以前、テレビの劣化というタイトルで記事を書いたことがあるが、そのときは、週刊誌の見出しに見つけた、一発芸人使い回しとかドラマの原作は漫画ばかり、「ワイドショー」の新聞棒読みをやめろとかを指摘した。そして、ぼくは今年から一部の番組を除いて極力テレビを見ないことにしている。

そうしたら、どうも最近は若者のテレビ離れも顕著になってきたらしい。そのため、スポンサーが集まらなくなってきたという。確かに高い視聴率の番組が減っているようだ。

これは、ひとえに番組の質の低下に尽きるのだろうが、そのへんのことがちょっと前の痛いニュースに出ていた。普段はこの手の記事は読まないのだが、ぼくが前から言っていたことと同じことを皆さんコメントしていたのでつい書きたくなった。

もちろんネットを普段使っているひとたちのコメントだから、テレビに否定的なのはわかるが、でも言っていることをよくみるとけっこう冷静に見ていることがわかる。

結局、彼らが言っていることを整理すると

・番組自体が面白くない。芸能人がクイズに答えたり、飯食ったり、カラオケ歌ってんのを見てどこが面白いんだ。NHKとテレビ東京ぐらいしか見るものはない。(ぼくも同じことを言ったことがある)
・テレビは一方的に電波流すだけで、それに見るほうでなぜ合わせなくてはいけないんだ。勝手にCMは流すしじゃまでしょうがない。
・どうせ時間を使うのだったら能動的に見たいよね。
・最新の情報は2ちゃんが最速だしドラマやアニメはようつべとニコ動で事足りる。

てな具合で若者はどんどんテレビから離れていってしまうのだ。ここでの問題は、一方通行の情報をプッシュしているだけのテレビの存在価値が縮小していくことなのだが、ある意味当然である。だって、双方向のコミュニケーションとオンデマンドになっているネットのよさをみんなが知ってしまったからである。

だから、テレビもそうした要求に答えることをしていかないと本当に衰退していくだろう。

2008年05月08日

介護・家事手伝い付きSOHO型親子丼的起業

先日(5月2日)のITMediaの「鎌倉の自宅ではたらく、父子2人のIT企業」という記事が思いのほか反響があって、まだITMediaのアクセスランキングで29位にいる。あの記事の中では、主に仕事関係の話だったが、それ以外のことを少し。

ぼくが会社を辞めて家で仕事をするということになったら、3人が喜んだのである。まあ、息子のことは記事に出ているけれど、その他の2人はぼくの嫁さんとぼくの母親である。

嫁さんの方は、最初は「ええー、お父さん毎日家にいるのおー」と露骨にいやな顔をされた。だから、自分の家ではなく、向かいのばあちゃんの家で仕事をすると言ったら、顔がほころんだ。

一方、ばあちゃんはもうすぐ87歳になるんだけど、介護がいるというわけではなく元気でぴんぴんしている。しかし、最近はさすがにからだのことが心配なようでひとり暮らしが不安になっていた。だから、ぼくがばあちゃんの家の応接間をきれいにしてそこを事務所として使うと言ったら、そりゃあ良かったと言って喜んでいた。

まあ、いつも息子が同じ屋根の下にいてくれるということで安心だし、ときどき話し相手にもなってくれるということで暇つぶしにもなる。いつも、お風呂に入るとき、風呂の中で倒れるかもしれないからと言って「今から風呂に入るから」とぼくに言ってから入る。たまに、仕事に集中しているときに邪魔されることはあっても、機嫌のいい顔がみられるのでしかたがない。

ぼくの家は山の中にあるので、買い物やら病院、郵便局に行くのもけっこう大変なのだ。坂道なので行きはいのだが、帰りの登りはきつい。嫁さんも若い頃は自転車で出かけたりしたが、歳とともに元気がなくなり、ぼくが車で送り迎えをしたりすることが増えた。嫁さんは助かると言ってくれる。

それと、山の中ということは庭に葉っぱが舞い降り、雑草が激しく生えてくる。その掃除や草取りもぼくの仕事になっていった。まあ、家の中にずっといるより天気のいい日にする庭仕事もいいものだ。

仕事の場所が鎌倉というのもなかなかいい。いいというのは東京にほどよい距離感にいるということである。自然に囲まれているということである。いつもは緑に囲まれたところで静かに仕事をして、たまに東京にでかけていくというのはメリハリがあって快適なのだ。呑んで遅く帰っても次の日は家にいられる。

ただ、こんな生活が誰でもできるというわけではない。だいいち家がどこにあるのか、ばあちゃんの家が目の前にあるのか、周りに緑があるのかなど条件がそろうのは難しいかもしれない。たまたま、ぼくにはそうした条件がそろったのだろうが、みなさんもちょっと無理すればこうした生活に近いことはできないことはないと思う。

こんなことを言っているぼくにしても、若い頃は考えもしなかったし、できなかった。やっとこの歳になって、そうだこんな生活もあったのだと気がついたのだ。だから、皆さんも、いつでもいいから一度、肩の力を抜いて自分の今の生活スタイルをみつめてみたらいかがでしょうか。
 


2008年05月09日

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ

本谷有希子の戯曲および小説を映画化したもの。吉田大八監督、佐藤江梨子主演のブラックコメディ?だそうだ。

まず、このタイトルに驚かさされる。腑抜けはいったい誰なんだ。まあ勝手に解釈すると腑抜けは永瀬正敏演じる連れ子の男のことじゃないかと思ってしまう。それだけ他の女性陣のしたたかさや強さが際立つのだ。

いくつかこの映画で特筆すべきところがあって、まずは今言った永瀬正敏が演じる男が大まじめに生きる姿が滑稽にさえ映ることである。結局、何かに耐え切れず命を絶ってしまう。

それに較べて、3人の女性陣がすごい。佐藤江梨子、佐津川 愛美、永作博美の演じる女性たちである。この3人のしたたかさは感動さえおぼえる。

次いで、妹が叫ぶ「おねえちゃんって、やっぱおもしろいや」というセリフ。これにはのけぞった。さんざんいじめられておきながらこの返しにはまいった。

それからちょっと考えてみたら、ううっと思ったのは、“演技が下手で女優になれない女優のたまご”を演じる女優のことである。この役は佐藤江梨子なのだが、彼女はうまく演じたのかどうなのか、ああ混乱してくる。

最後は、永作博美のたまらなくかわいい女の演技だ。能天気な上房の打たれ強さみたいな、しかしほんの少し影があるといった雰囲気がすばらしい。あとで、調べたらブルーリボン賞の助演女優賞をもらっていた。それだけの演技であったと思う。

こういうストーリーは昔だったらドロドロの世界でそういう描き方をするんだが、今だとこんな形の映画になるんだなあと少しとまどい気味である。
 

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
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2008年05月10日

小飼弾の「アルファギークに逢ってきた」

弾さんが書いた「アルファギークに逢ってきた」(技術評論社)を読む。これは「Web+DB PRESS」に連載された記事をベースに一冊の本にしたものである。もう一気に読めた。弾さんGJです。

ただ、ITいやウエブいやプログラム言語を知っている人でないと何を言っているのか全く分からないのではないだろうか。ぼくは、プログラムを書いたことがない(正確にいうと若いころN88-BASICは少し書いたことはある)が、ここ1,2年で少し聞きかじったおかげで多少はわかるが、そうでない人は聞いたこともない言葉がでてきて、さっぱり理解できないと思う。

ということは逆にそういうことをよく知っている、あるいは今使っているような人たちにとっては面白くてしょうがない話なのだろう。

それでもここに出てくるアルファギークたちの技術ではないところでの言葉に感動するのである。もう書きたいことはやまほどあるんだけどネタばれになるし、書き切れないので登場するギークたちの言ったことの中から印象に残る一言ずつをあげてみることにする。

・Daivid Heinemeier Hansson :Ruby on Railsの開発者

生物はConfiguration(設定)をいじりまくるのではなく、Convention(規約)をそのまま援用している。いろいろ設定を変えてうまくいくものだけを拾い出すより、きちんと動く設定を少しずつ変えるほうがうまくいくんだ。

・伊藤直也:「はてな」のCTO

経済的に幸せになること「だけ」を考えてコードを書くっていうのは、あんまりよくないかなって思うんですけど、本当にコードを書いて世の中がよくなるんだったらって感じがします。

・Larry Wall:Perlの開発者

どれだけ優れたソフトウエアでも、文化を持たないものは普及しません。

・Evan Williams:Twitterの生みの親

失敗すれば落ち込むけど、失敗というより、過程なんだよね、うまくいくための。失敗しなきゃ、何もわからない。

・Dave Thomas:「達人プログラマー」の作者

ソフトウエアエンジニアリングというものはありません。少なくともまだないです。どういうことかというと、これ以上削れないところまで削るのがエンジニアリング。これ以上削れないところまで削るということは、どこまで削るとそれが壊れてしまうかがわかっていることです。まだ、ソフト上に関しては我々はそのレベルまで達していないんです。

・奥一穂:サイボウズラボ、Japanize、Pathtraq開発者

自分が前の会社で何が嫌だった、向いていないと思ったかって、請求書書くの嫌だった。

・John Resig:jQuery(JavaScriptライブラリー)作者

あえて機能を追加しないことができる人がすごいエンジニアだと思います。すなわち具体的に何が重要であり、何が重要でないかということを理解したうえで、その理解のもとで最適化できる人。

・Ingy .Net、Dave Rolsky、Jesse Vincent、C.L.Kao:Perl Mongers
「優れたエンジニア」、「ハッカーとの違い」はとたずねられて

Vincent: ひと言でまとめちゃうと「ハックへの愛」かな。
Kao: 単にエンジニアというのであれば「情熱」というのは必ずしも必要ではないと思います。
Rolsky: すごい大きな視点とすごく細かい視点を同時にもっている必要がある。
Ingy: プログラマー以外の視点を持つっていうのもすごい重要。

・天野仁史、はまちゃ2:JavaScriptの達人
優れたエンジニアとして重要なことはとたずねられて

天野: 俺は自分一人でどこまで作れるかっていうことだろ思います。上から下までどのくらい作れるか。アイディアもその人が持っているっていうのが、やっぱり俺は優れたエンジニアだと思う。行動力とスピード感と、あとはまんべんなく知っていて作りきるだけの技術力みたいな。
はまち: ぼくが思うには、やっぱり視点かな。すごく大きな視点と、顕微鏡みたいな視点、両方を持ち合わせている人!

・近藤淳也:「はてな」代表取締役社長
「はてブ」ってdelicio.usの真似かよ見たいに言われたらという問いに対して

思いついた瞬間で比べるとそうかもしれないですけれど、行動を起こしたほうにどんどん情報はついてくるじゃないですか。だから最初はもっといろんな素晴らしいことを考えている人がいたとしても、行動をちゃんと起こしておけばいいのかなと思います。

ね、すごいでしょ。みなさん言うことに説得力がありますよね。それに、かなり共通点があります。例えば、Dave RolskyやIngyが言っていることとはまちちゃんの言っていることが全く同じで、大きな視点と小さな視点を併せ持たなくていけないと言っている。これなんかぼくはものすごく共感する。前から言っているんだけどぼく流にいうと、“空を飛ぶ鳥の眼と地を這う虫の眼がいる”ということなのだ。

いずれにしろ、アルファギークたちの頭や心のなかの一端を知ることができて大変おもしろかった。ただ、欲を言えば、この続編としてもう少しテクニカルな話じゃなく、仕事スタイルみたいなものに絞って書いてくれるとエンジニアではない人にももっと読んでもらえるのではないかと思ってしまうのである。
 

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2008年05月11日

アルファギークのアルファとは

昨日、「小飼弾のアルファギークに逢ってきた」の書評を書いたが、このアルファギークとは一体何のことなのかについてである。本の裏表紙には次のように書いてある。

「アルファ」は動物行動学ではリーダーとなる個体のこと。 「ギーク」は、ひたすら「好き」を貫いて信じる道を往き、世界を少しずつ、しかし確実によい方向に変えていくエンジニアのこと。 アルファギークとは、そういう特性を併せ持つ人たちです。

もう少しぼくなりに考えてみる。どうもみんなの言っていることを整理してみると、簡単に言うとスキルと情熱の4象限にあるように思える。スキルと情熱高い位置にいるのがアルファギークである。

すなわち、秀でた技術力をもって好きなこと、やりたいことを貫きとおすことがアルファギークの最小限の要件であるように思える。

それと、なんとなく技術オタク的なイメージを抱きかねないが、実はそうではなくて、幅広い視野、あるいはほどよいバランスといった感覚が備わっていないといけないのだろう。だから、狭い範囲の技術には優れたものを持っているが、それをやり通す熱情が感じられないのは単なるギークであるということになる。

もうひとつ言えることは、いろいろな視点でものを見るということとつながる話なのだが、一人でなんでもやってしまうということだ。

ひとつの領域だけで優秀ということはなく、できるやつは広い範囲でできるのだ。ここのところも特徴的な点で、想像力と創造力の豊かさをもって“自ら新しいものを作ってしまう”というところにアルファギークの存在感があると思う。模倣ではない独創、あきらめないこだわり、くじけない精神力、こうした要素こそこの世界で突っ走るために必要なものである。

ところで、アルファギークになれるヤツはいいけどなれない俺たちはどうなるのだ。最初にスキルと情熱の4象限と言ったが、情熱があってもスキルのないヤツ、スキルがあっても情熱のないヤツである。

前者のほうは、二つの方向があって、ひとつはスキルのあるヤツを使いこなすことを考えることで、これをプロジェクトマネジメントスキルという。もうひとつは職人に徹することだと思う。

後者は、これはなかなか難しくて、お前燃えろよと言ったところで本人がやる気がなかったらどうしようもない。まあ、ぼくのお薦めは自分ひとりになる環境を無理やりでもいいから作っちゃうということだ。個人事業主になってもいい、起業してもいいから独立することだね。

もちろん、スキルもなくて情熱もないヤツは問題外。

そういう意味でウエブの世界はずいぶんと技術者像のイメージを変えている。従来のようなステレオタイプのエリートエンジニアではついていけないような気がする。このムーブメントは早晩非ネット世界にも波及していくと思われる。

そのとき、このギークにアルファがなぜついたのか、どうしたらアルファを付けられるのか、アルファになれないギークがどうしたらいいのかを考えると面白いと思うのである。
 



2008年05月12日

アヒルと鴨のコインロッカー

このあいだ伊坂幸太郎の原作を読んで映画が見たくなったので借りてきた。小説を読んだとき、時間を交錯させたカットバックで書かれているので、これを映画にするのはどうするのだろうか、こりゃ難しそうだなと思った。

そうしたら、うまくさばいてあってびっくりした。中村義洋監督の手腕はたいしたものだ。ほんとはそのさばきかたを書きたいのだが、そこがこの映画の肝なのでまずいのでやめておく。まあ、原作に忠実に撮ってあるといえるのだが、原作どおりではないという作り方なのだ。とまあここまでで、中味はあまり語れない。

おそらく、なぜボブ・ディランなのだとか、ブータン人がどうしてあんなに日本語がうまくなるのだとか、人がいっぱい死にすぎだよとか批判する人がいるが、映画って日常的なことを拡大したり、誇張的な表現をするものだから、細かなところでありそうもないとか、おおげさだとかという批判はあまりしない方がいいように思う。

全体の雰囲気とか気分といったものがどうかというふうに観た方がいい。そういう点では、仙台という設定がいいし、若者特有の不安定さが出ていてよかったと思う。主演した若手俳優陣も生き生きとしていた。そうなんだ伊坂の小説は映画的なのだ。
 

アヒルと鴨のコインロッカー
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2008年05月13日

業務プロセス設計作法 ~ はじめに ~ 

これから何回かに分けて、上流設計にあたる業務プロセス設計について書いてみようと思います。

以前にも「ユーザ目線のBPM」で触れていますが、より具体的な方法を提示していきたいと思っています。これまでは、どちらかというと業務フローができたら、基本的にはノンコーディングでシステム構築ができることを説明してきていますが、その上流のところの話になります。実はここが非常に重要であると同時に難しい領域なのです。

ですから、今までも再三言ってきていますように「シンプルで一貫化されたきれいなプロセス」が書けたらそれでおおかたのシステム構築が終わってしまうということになりますので、そのきれいなプロセスをどう書くかがますます大事になるのです。

そこで、この業務プロセスを書くための作法についてひとつずつエントリーしていくことにします。本技法ではつぎに示すような16の作法からなっています。この作法に従って業務プロセスを作っていけば容易に実装までもっていけることを示せたらと思っています。

1.プロセスの特定
2.プロセスの始点のアクティビティと書類化
3、受付タスク管理
4.プロセスの終点のアクティビティと書類化
5.コンテ(業務・仕事のあらすじ)の作成
6.最終書類の必須データ項目
7.中間アクティビティの書類化と確定データ
8.中間書類の内容
9.分岐のタイプ
10.サポートシートの記述
11.きれいなプロセスにするための7つのチェックポイント
12.スイムレーン
13.データベースとデータディクショナリ
14.ビジネスルール
15.帳票
16.実作業の扱い
 

2008年05月14日

業務プロセス設計作法 ~なぜ“作法”なのか~

設計というと手順とかメソッドとかいった言い方の方が一般的であると思いますが、それだと何となく論理的なにおいがしないでもなく、ソフトウエア工学ですねみたいになります。しかし、よく考えてみると業務システム開発って工学的でしょうか?

少なくも、業務モデルは工学的モデルではないように思います。なぜでしょうか。それは人間が介在するものだからです。すなわち、恣意的であり、揺れたり、属人的であったりするのです。

とはいえ、全くカオスにできているわけでもない。厳密ではないにしても何らかの約束事はあるように思えます。別な言い方をすると、約束事ができるようなところとそうはできないところを分離して考えられそうだということです。

この考えが生まれた背景を少しお話しますが、ぼくは元々ケミカルエンジニアで化学プラントのオペレーションやプロセスエンジニアリングをやっていました。そのときの経験や考え方をときどきビジネスシステムにも重ね合わせて見ることがあります。そうですよね、同じプロセスという言葉を使っています。

それで、違いは何かということを考えたとき、真っ先に浮かぶのは、ビジネスプロセスにはオペレーションとかコントロールという概念が乏しいよねということなのです。それは、なぜかというと、どうもプロセスに人間が入っているかいないかの違いではないかと思ったのです。

ということは、人間が入ってくると、オペレーションやコントロールが難しいということを意味します。化学プロセスでは少なくともプロセスフローには人間が登場しません。人間が登場するのは、オペレーターとして、プロセスのオペレーションとコントロールを行います。ここが大きく違うように思えます。

そうであれば、そうしたことができるような構造にするには人間系をはずしてみたらいいのではないかと考えたわけです。

そして、ただはずしただけではいけないのでそれらはCMS(Contents Management System)に預けたわけです。ということでBPMSで扱うコンポーネント(アクティビティ)を書類という“箱”にして、ある程度約束ごとをもったものを登場させたというわけです。

化学プロセスも単位操作(加熱、冷却、圧縮等の処理)の連なりであり、それらが非人間系なので法則性があり論理的なプロセスが形成できる。ですから、書類を作成して発行するというのを化学プロセスの単位操作と同じようにハンドリングすればいいのです。しかも、組織というこれまた非論理的な要素もこれで排除できます。これはスイムレーンの問題なのであとで詳述していきます。

さて、おわかりになってでしょうか。ある切り出し方をすれば化学プロセスのように、あるいはエンジニアリング的にやれるのです。

そして、残った部分は人間系であり、恣意的な要素になりますが、これらは思い切って人間くさい“ゆるい”場所(情報共有の場)にもっていってしまうのです。こうした構造化がこの技法のポイントのひとつです。

一方、開発サイドからみると、上述のように工学的な問題に近づけたとしても、まだあいまいさは残り、そうしたモデルでも作るときはみなばらばらになっても困るわけで、それなりの集団としての秩序が維持されなくてはいけません。

そうした場合、これはいったい何をもってその秩序とやらを、また約束事を担保できるかと考えると、それは“お作法でしょ”ということになります。作法は「型である」と言えます。ですから、基本的な型を決めておくということになります。

よくある開発方法論などは、どうしても工学的なアプローチやプログラミング的なアプローチであり、ビジネスの観点からすると、すごくなじみがなくわかりずらい面があったように思います。「作法」というと、それほど確固としたものではなく、だいたいこんな風にしたらいいぐらいの感じで決めていけばいい。ただし、芯ははずさないようにすることが大事です。

ですから、作法に則ってやっていけば、誰でもほぼ同じような業務プロセスができてくるのです。ここが非常に重要なポイントになります。

こうして作られたものは、ある意味狭い範囲ではあるかもしれませんが、標準化されたものであるといえます。そうすれば再利用性が高まることは言うまでもありません。

作法は型なのでそれを表現するための様式も用意する。基本は書類に相当する“シート”ですが、そのほかにも“カード”、“サポートシート”があり、それらを綴じると“ブック”になり、これは業務プロセステンプレートになります。これらの“ブック”を集めたものが“ライブラリー”となります。それぞれの概要はつぎのとおりです。

ライブラリー:ブック(業務プロセス)を集めたものでインデックスを貼って分類する。
ブック:シートを時系列的に並べて綴じたもので、業務プロセスを表現する。
シート:業務機能コンポーネントを始点シート、終点シート、中間シート、サポートシートとして作成し、シートにカードを貼り付ける。コンテを書いてから作成する。
サポートシート:意思決定をサポートするコンポーネントで主にEXCELのようなスプレッドシートで管理する。
リレーションカード:シートにおいて参照、連絡、分岐などの関係性を表す。参照カード、連絡カード、サービス連携カード、分岐カードなどがある。
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こうした作法に即した体系で自分たちの業務プロセスをドキュメントとして残しておき、ビジネス環境の変化に迅速に対応していけるようにしていくことが重要となってきます。

さて、次回は前提となる考え方について書くことにします。
 

2008年05月15日

業務プロセス設計作法 ~作法を考える上での前提~

これから提示する作法は、もちろんどんなものにも適用できるかというとそうではありません。まず、注意しなくてはいけないのは、実装を意識したボトムアップの手法だということです。

事業戦略とかビジネスゴールから業務プロセスに落とし込んでいくトップダウン手法がありますが、本作法はAsIsベースのボトムアップ手法です。実際には両者の組み合わせでおこなうハイブリッド型のアプローチが有効になります。

こうした組み合わせもケースでいろいろなやり方がでてきます。AsIsのプロセスを切る出して、そのプロセスをベストプラクティスモデルと突き合わせて改善していくというオーソドックスな場合や、新規事業などはそのままモデルを適用する場合もあります。また、IT化のレベルが低い会社などでは、まず現状のシステムの見える化をするだけで十分だという場合もあると思います。ですから、トップダウンだとかボトムアップだとかはあまり気にしない方がいいのかもしれません。

要は、自分たちが現に行っている事業がどういう業務プロセスから成り立っていて、それが役に立っているのかを把握できるかである。それが分かれば、今のままでいいのか、変えなくてはいけないのかが明らかになるのではないでしょうか。

基本的には、「書類コンポーネントをベースにしたCMS-BPMSを使った業務アプリケーション構築」のための設計になっています。

ただし、それだけに特化したものでもありません。プロセスというものは機能の組合せで成り立っていることは何度も申し上げていますが、その機能をコンポーネントと捉えていく考え方であれば適用は可能です。すなわち、そのコンポーネントを書類というようなオブジェクトを想定するのか、また違ったものに定義してもかまいませんが、同程度の粒度でみているものであれば、同じように設計が可能です。

BPM(Business Process Management)アプリケーションを考える場合は、多くの場合はマスタデータは整備されているという前提に立ちます。業務プロセスをまわすために必要なリソースデータ、例えば、顧客、取引先、商品、従業員マスタなどは既に用意されていて、それらを参照するようにしています。

ただし、BPMでももちろんデータを扱いますので、データディクショナリーを保有し、データの一貫性やデータベースの重複の回避など、整合性を保つ必要はあります。

もし、整備されていない場合はデータモデリングから入り、マスタの構築を行ないます。

同じように、ビジネスルールについても、別途保持しているという前提です。それらのルールに従って、分岐の発生や意思決定の方法が規定されていきます。もちろん、そのプロジェクトで新たに出てくるビジネスルールもあります。

こうした、前提条件についてもこれからの作法の中に出てきますのでそこでまた議論したいと思います。

2008年05月16日

業務プロセス設計作法 ~前提の補足説明~

この作法では書類というコンポーネントを主体にお話していますが、書類という類型化された整理の仕方になじまない方もいらっしゃるかもしれませんので、何がなんでも書類にするということではないということです。前回も“同程度の粒度のものであれば”ということを言っていますがそこをもう少し補足しておきます。

大事なことは書類にすることではなくて、書類の作成から発行までがちょうど業務処理の単位と同じであると言っているのです。同時に、その書類を作るということは何かのデータを確定することを意味しています。ここが重要なポイントで、ですからもし書類がいやなら、“確定シート”でもかまわないのです。

従来の考え方でみると、といってもBPMは最近の話で、BPMでない場合はどうしていたのだろうかというのが気になりますが、モジュールだったのでしょうか?

BPMでもこのあたりの考え方、すなわちアクティビティをつなげてプロセス化するといっても、そのアクティビィティの粒度をどうするのかの答えがなかったのではないのか、というか、統一感を持った粒度設定ができていないと思います。

そこがこの作法の肝です。データを確定するためにする振る舞いは別の場にして、順番にデータを確定しながら業務を進めていくということがプロセスであると規定したわけです。人間系の不安定なアクティビティやアクションを違う場所に移したことが意味があることなのです。大きなプロセスには例外処理のようなものを極力排除していきます。

ですから、ここのルールを守ればいいのであって、この作法で言う「書類」を「シート」と読み替えてもらってかまいません。このあたりは、重要なのでこれから随所に出てきますのでよく理解しておいてください。

2008年05月17日

きた~BPM!

昨日、IBMの「IMPACT JAPAN SOA CONFERENCE」に行ってきた。まずはその盛況ぶりにびっくりした。場所は恵比寿ガーデンプレースにあるウェスティンホテル東京だったのだが、会場となった地下2階のフロアーは人で溢れていた。カンファレンスの後のカクテルパーティは部屋に入りきれずロビーみたいなところも開放していた。

参加者が千数百名ということで、午前中の基調講演は1ヶ所で行なわれたが、午後からの個別セッションでは5会場に別れた。ぼくは、ほとんどBPMに関するトラックで発表を聞いたが、その中でも言っていたが、SOA関連のセッションがいろいろあるなかで最も人気が高かったのがBPMがらみのものなのだそうだ。

こんなことは去年では考えられなかったわけで、やっと今年ブレークしていくような、そんな感じがした。SOAは浸透したので次はBPMだということなのでしょうか。

総括から先に言うと。さすがIBMということで、BPMを的確に理解して、その体系や製品群にしてもちゃんとしたものを提示していた。ただし、物足りなさもあるのでそれは後で記す。

元々は昨年の秋にIBM本体から発表されたSmartSOA(ちなみにぼくは1年前に作った体系にSmartBPMという名前をつけようとしたらすでにあったのでやめた経緯がある。SmartSOAはいいんですね)をベースにして、今年4月にラスベガスで開催された「IMPACT 2008 CONFERENCE」の日本でのSOA版といったところです。IBMのSOAに対する熱気が伝わってきます。

こうしたIBMの全社的な取り組みに比べて、NEC、富士通、日立、NTTデータなど日本の大手ベンダーの感度のなさは情けなくなる。もう間違いなくIBMやOracle、SAPに引き離される。Oracle 、SAPもまたBPMに対する力の入れようは加速している。

もう何年来もBPMの有効性を叫んできた身としてはうれしい限りである。これが一過性のバズワードになることはありえないので、正しく導入することを啓蒙したいと思っている。そういう意味ではIBMの今回のプレゼンは間違ってはいないものでさすがだと思った。

個々のセミナーについてのコメントは別途するかもしれませんが、いくつかのキーワードあるいはキーメッセージについて書いておく。

・“Sense&Respond”(感知して応える)
・差別化は“オペレーション”の革新から
・ドキュメント中心処理/意思決定入力によるアウトプット
・プロセスの自動化/エンジニアリングの考え方
・高頻度反復型の業務改革
・KAI(Key Agility Indicator)
・ビジネスアナリスト(業務理解能力、可視化・分析能力)
・ビジネスプラットフォームを作る(SOUP:Service Oriented United Process)
・ヒューマン・タスクの実現/ビジネス・ルール外出し/パッケージ活用
・ワークフローからBPA(Business Process Automation)へ
・ビジネスの「産業化」=オペレーションエクセレンス
・機能指向からプロセス指向に
・モデリングは、目的の明確化、規則を定める、利用ツールの特定が重要
・規則とは、命名規則、プロセス層の数(3~4)/深さ、プロセス粒度、1枚に書くタスク数(15以下)、イアウト、色の使い方、コメントの使い方、分岐条件の使い方
・企業IS部門の役割、責務が重くなる(ビジネスとITの仲介)
・SOAによる段階的システム導入

詳しくは、当カンファレンスのサイトに資料がそのうちアップされますのでそこを見てもらうとよいと思いますが、
このキーワードおよびキーメッセージを見て思うのは、これってぼくが1年以上前に言っていたことと同じじゃんということである。IBMの人はぼくのブログを読んでいるに違いない。(笑)

まあ、だからこそIBMを評価しているんだけれど、ただ今回で足りないことがある。発表しなかっただけかもしれないが、具体的なプロセス設計、開発の実践論ところが抜けているのだ。

いわば、トップダウンアプローチ色が強い、BPRの進化形というイメージで語っていることがいささかIBM的の香りがする。大上段に構えて、ビジネスを分析して、モニタリングして改善していくんだということがかなり強く出ている。

そんなことは先進的な大企業しかできないのであって、おおかたの企業は、まずはプロセスを見える化することで、それを実践的な話としてどうやっていくのかが最大の課題なのである。プロセスがきちんと作れていなのにモニターしてもしょうがないのだ。

だから、ユーザからの質問でもSOAは中小企業には適用できないのではないのかとか、近くの席に座っている人がいみじくも言ったのだが、どうせIBMのツールなんかは高くて使えないよなみたいな声が出てくるのだ。そこが、今回のなんか物足りなさが残ったところなのである。

でもいいのだ、そこがぼくの狙いどころである。巨象にはできないことをやるのだ。そう、“ラストワンマイルは俺のものだ“
 

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