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チベットが揺れている

中国チベット自治区の首都ラサで3月10日反乱が発生した。軍や警察の発砲で多数の死者や逮捕者が出たようだ。ぼくはチベットにかなり肩入れした時期があった。いや今も何かにつけて気になるところであるので憂えている。

ちょうど32年前の今頃中国にいたことがある。そのころの中国というのは周恩来が死んだばかりで、その年の4月は初めに最初の天安門事件が起きる。もちろんわれわれ外国人に対してその事件はさっぱり伝わってこない。報道なんてしないし、共産党が言論を封じ込んでいるためである。だからこの事件を知ったのは1週間後の日本から送られてきた朝日新聞を見たときである。

そうした報道管制はいまも変わらないのだ。ただし、インターネットで多くの中国人も知ることが出来るのがそのときと大きく違う。だから、中国政府、共産党に対する反発は大きくなる可能性があるような気がする。

ぼくがチベットを意識したのは、その32年前に仕事を終えて日本に帰って、その2年後にまた招待されて行ったときのことである。そのとき、承徳という地方都市に連れていってもらったときに見た「ポタラ宮」のイミテーションに感動したからである。その宮殿は紅衛兵に荒らされて見るも無残な様相ではあったが、遠くからみる姿が端然としてそびえたっていたのである。そうぼくには見えた。

そのときから、本物の「ポタラ宮」があるチベットに思いをはせるようになった。それ以来、ダライ・ラマの本や日本人で初めて行った河口 慧海の物語などチベットに関する本や映画をみたりした。そうしたことを勉強するにつけ、チベットは明らかに独立国家であることを再認識する。

1950年の人民解放軍に侵攻はまさに不当な侵略に他ならないのだ。おそらく多くのチベット人の思いは、自分たちの文化や信仰を踏みにじまれていると感じているのである。それは、チベット人としての誇りであり、アイデンティティであるわけで、そこに武器を片手に勝手に入り込んできて、そして今は札束で頬を張りながら懐柔しようとしているのである。それは許せないことなのである。

さて、これからどうなるのだろうか。中国は他に多くの少数民族を抱えているのでやすやすと弾圧の手をゆるめないと思うが、今や共産党一党独裁は破綻しかけているし、世界の目が届くようになってきているので無茶なことはできなくなってきている。

ダライ・ラマ14世が生きているうちに何とかしないとなお混沌とした状況に行ってしまうように思う。心配だ。
 

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2008年03月20日 12:05に投稿されたエントリーのページです。

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