ちょっとまえにここでも紹介した「こんなに使える経済学」(大竹文雄編 ちくま新書)という本があるが、そのなかに“耐震偽装を再発させない方法”という章があって、そこに書いてあることが非常におもしろかった。
対象としているのはもちろん住宅業界の話ではあるが、IT業界にあてはめてもおかしくない、むしろIT業界のことを言っているように思えたので紹介しながら、SIビジネスの抱える問題を考えてみることにする。
本の内容を少し長くなるが要約して記述する。
2005年11月、マンションの耐震データ偽装事件が発覚し、大きな社会問題となった。まず、事件のポイントを整理しておこう。マンションの売買契約にあたっては、購入者とともに、建築主(デベロッパー)と呼ばれる販売業者が存在する。通常、建築主は直接マンションの生産には携わらず、ゼネコンなどの施工業者に発注し、設計の図面は、専門家である建築士に依頼する。購入者は契約時点において、これから自分が住むマンションの品質について、極めて限られた情報しか持てない。施工業者は購入者の情報不足につけこみ、材料の質を下げたり、生産工程を簡略化し、生産原価を低く抑えれば、不当に利益を増やすことができる。建築士も、耐震データをはじめ、設計を過度に簡略化し、生産原価の削減に貢献すれば、不当な利益の分配にあずかることができる。
住宅市場では売買交渉当事者間に「情報の非対称性」があるため、情報上有利な立場にある建築主側には十分な品質を保とうという動機が働かない。こうしたインセンティの歪みによって、参加者が効率性を損なうような行動をする状況を「モラルハザード(自己規律の喪失)」と呼ぶ。
これまでも、住宅市場でのモラルハザードは深刻に認識されており、是正のための制度として「建築確認制度」が導入されている。だが、今回の事件では民間の検査機関にもモラルハザードが発生した。
一方、事後対策として、建築主は「瑕疵担保責任」を負う。これは、過失の有無の認定を必要としない「厳格責任原則」に従って問われる。こうした厳しい法運用がなされるならば、建築主は販売後に大きな負担をせまられないように品質向上の努力をし、効率的な資源分配が実現することが知られている。だが実際には企業は不正が発覚した段階で倒産すれば責任を回避でき、厳格責任制度も部分的には機能しなくなり、モラルハザードが発生する余地がある。
ここで、建築主をSIerと置き換えるとそっくりIT業界のことを言っていると思いませんか。ただし、SIには「建築確認制度」のようなものはないのですが。こういう制度を導入したらいいと言っている人もいるが、非常に難しいような気がする。
それと、「瑕疵担保責任」の問題にしても、ソフトウエアの世界で厳密に適用しようとしても無理があるので、あいまいになっているのではないでしょうか。例えば、マイクロソフト製品の不具合でシステムトラブルがおきたら瑕疵をどうやって認めるかとか困りますよね。
要は、ここで言っているようにインセンティブの歪みという問題がポイントなのである。システム開発の現場で問題になるのは、システムの購入者であるユーザができあがるシステムの品質を予見できないため、偽装されても何もわからない。いやシステム開発では基準、規則がないから偽装にもならない。お客さんが喜ぶものを作ろうというインセンティブがなかなか働かないことが問題なのだ。
それに対しては、「情報の非対称性」を是正することなのだが、これがまた難しい。今のような開発のやり方ではお客さんが出来上がり品質をイメージできないのだ。以前から何度も言っているように、作る側と使う側のイメージの共有が課題である。
もうひとつの対策はインセンティブが働くような制度的な対応であろう。この本ではそうしたことに対して欠陥発覚時における損害賠償額を給付される建築主への「賠償責任保険」を提案している。
保険会社がそれぞれの建築主を独自に審査し、物件の質に応じた料率で保険加入させるべきである。こうすると質の悪い物件を販売する建築主は高い保険料率を要求され、保険購入が全くできないグループも出てくるだろう。保険会社については、複数の企業間で競争が働くため、審査努力に関するモラルハザードは抑制されるであろう。 今後必要なのは、安易な規制強化ではなく、保険を含めた市場機能の効果的な活用を図る精度設計である。
この提案をSIビジネスに適用したらどうなるだろうか。まず、欠陥があったときに損害賠償を払うという仕掛けがなじむだろうかという問題がある。やっぱり難しいのかなあ。でもなかなかおもしろいので一考する価値はあると思うがいかがでしょうか。
繰り返すが、まずはやらなくてはいけないのは、「情報の非対称性」を是正し、インセンティブの歪みを失くすことである。