昨日は、いつものように週2回の東京でのお仕事。セミナが迫ってきたのでその原稿を渡す。終わってから、来週にやる大学時代の同期会の場所を予約するため新橋に行く。以前このブログでも取り上げた「玲玲(リンリン)」という中国家庭料理の店で、最近「隠れ玲玲」という会員性の店を今までの店とは別にオープンさせた。
会員制の中華料理屋というのも珍しいが、静かで落ち着いて食事ができるからいい。ただ、経営的には問題でお客さんがいっぱい来ては困るし、さりとてある程度来てくれないと採算がなりたないというジレンマに陥る。そんなことをビール片手に餃子をほおばり(ここの餃子は旨いですよ)ながらオーナーである中国人のおばちゃんと話し込む。
その後の話で面白かったことを少し。どうしてそういう話になったかは忘れてしまったが、そのおばちゃんのおばあさんとおじいさんの死に方の話になった。
おばあさんというのが97歳で死んだそうだが、その死に方が実にきれいだったという。97歳までひとりで何でもやっていて、死ぬ前の日に自分の身の回りのいらなくなったものを全部捨てて、洗濯物も全部してきれいにたたんで、それが終わると晩御飯だったのだが、今日は食欲がないといって食べずに寝たそうだ。翌朝、娘がおばあちゃん起きるのが遅いなあと思いながら部屋を空けるとそこで死んでいたというのである。どうも自分で死期が分かったのではないだろうかと言っていた。
そうしたら、おじいさんもそうだったという。おじいさんの方は75歳で死んだそうだが、この人は大変な大酒飲みだったらしく、毎日、朝昼晩三食に酒を飲んでいて、一日一升、それも中国だから60度くらいある強い酒だ。それでその歳になっても勤めにでていて、その日も朝から酒で、飲んだあと会社へ行く前にトイレに入ったら、なかなか出てこないのでトイレの外から小窓を覗いたら、そこで死んでいたという。
ふたりとも誰にも迷惑をかけずにぽっくりと逝った。これは理想的な死に方ではないだろうか。かねてからぼくも75歳である日、ぼくの孫がおじいちゃんの部屋を空けたら死んでいて、“きのうまであんなに元気だったのにねえ”と言われて死にたいと思っているので、何ともうらやましいと思うのである。
「玲玲」の後はいつものように銀座の「M」に立ち寄る。そこでも、この死に方の話も出て、直前に仕入れたこのネタを披露する。そしてまた息抜きのひとときを過ごしたのであります。