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2008年2月 アーカイブ

2008年2月 1日

電子自治体

昨日、「オープンスタンダード推進コンソーシアム(略称:OSAC)」の事務局の方とお話をする機会があった。事務局は三井物産戦略研究所がやっていて、ここの所長はあの寺島實郎でOSACの会長でもある。

OSACはオープンスタンダードの技術を使って電子自治体を推進するためのコンソーシアムです。そこが提供しているオープンソースソフトウエアで構成される共通基盤の相互利用を図ろうとしています。これらは無償で提供されています。

ただまだアプリケーションレベルの共有、共用化には至ってなく、データ連携レベルのものではある。標準アプリケーション、というか業務プロセステンプレートのようなものへ発展できるといいと思う。これからの課題ですね。

この団体は6年くらい前にできたのだそうですが、最初はほとんど見向きもされずに途中で存続の危機もあったようで、しかし最近は関心も高くなり多くの自治体が参加しだし、実際に使っているところも出てきたとのこと。

それでもまだまだ自治体のIT化は遅れているらしい。前にこのブログでも紹介した長崎県のことや北海道庁のケースなどは異例だそうだが、それでも徐々にではあるがIT化の機運は高まっている。そうした中での活動はすごくいいことであると感じた。

この活動は今は自治体が対象ですが、そこだけではなく地方の中小企業に対しても有効なアプローチであるから、そういった展開もありだと思った。そんなことを話したら賛同してくれて、何か始めてみたくなってきた。

夜は、昔の会社の部下と関連会社にいて一緒に働いたことがあるヤツと3人で久しぶりに新橋で呑む。その昔の会社のこととか今の仕事のこととかを遅くまで話す。彼らはいま会社の中堅どころであり、家庭的にも子どもが重要な時期だったりで大変だなあと同情してしまう。ぼくもその頃って子どもが小学生で会社でも大きなプロジェクトに入っていて、マンションを買って引っ越したりとかずいぶんと苦労したことを思い出してしまった。

誰でもが通る道ではあるのだが、改めて今の仕事環境、家庭状況の快適さを実感したのであります。
 

2008年2月 2日

セミナーに出ます

いま、ITベンダー3社と一緒になってBPMとWeb2.0的なソフトウエアの組合せでアプリケーションを構築する技法の確立とサンプルシステムの開発を行なっていますが、そのプロジェクトの最初のマイルストーンとしてセミナーでの発表があります。

2月21日に品川で日商エレクトロニクスが主催する「業務プロセス改革・改善実践のためのBPMセミナー」でこのプロジェクトでの成果について僕のほうから報告します。

他にも、この技法で使っているBPMツールである「SAVVION」とフロントエンドツール、これからチームソフトウエアと呼ぶことにしましたが、その「幕の内」「グルット」の紹介もあります。

今年は、BPMがブレークしそうですのでその正しい使い方のようなことを話せたらと思っています。講演時間が30分と短いのでうまく伝わるかどうか心配ですがとりあえず興味を持ってもらえることを願っています。
まだまだ席はありますので、ぜひ申し込んで聞きにきてください。
 

2008年2月 3日

おお雪だ

朝、目をさましたら雪が降っている。
それもかなり積もっている。
下の息子はゴルフの予定だったがキャンセルして、また寝てしまった。
家の前の溝に軽トラックが落ちた。
いまJAFが来た。
相変わらずモノレールは雪にも強い。
うちは山の中だから今日一日は家から出られない。
夕方節分の豆まきをしてくれとばあちゃんに頼まれた。
豆まきは干支が子の人がやると縁起がいいのだそうだ。
いつまで降り続くのだろうか。

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2008年2月 4日

新聞の読み比べサービスはGJ

1月31日から新たなサービス「新s あらたにす」というのが始まった。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞の3社が報道するニュースを読み比べることができるニュースサイトである。

対象となっている記事は、一面、社会面、社説それと書評が主なところです。サイトのネーミングはひどいがこれはいい。わが家は、景品の都合上6ヶ月ごとに朝日と読売を交互にとっているという日和見一家なので、変わり目のときなんか右と左に大きく舵を切らないと混乱する。

そんなこともあって、読み比べができたらいいなあと思っていたので願ったり叶ったりである。まあ、一面と社説の比較で十分である。そうそう、それと書評があるのでなお結構ですね。

ネット時代に新聞はどう対応していくのかが注目されているが、こんなサービス展開もおもしろいんじゃないでしょうか。このなかで動画も配信されていて、各社の論説トップの鼎談も見ることができる。その中で「ネット時代に求められる新聞像」というテーマで話しているのでそれも楽しい。

いまは3社だけだけど他の毎日とか産経も入ったらいいと思う。それこそ右と左の対決が見られてバランスがとれていいですよね。

マスメディアの一方の雄であるテレビはこんなことはできないでしょうね。テレビの見比べはできないからどうするのかなあ。ぼくは、テレビが変貌すべきは、ジャンル別多チャンネル化とオンデマンド化だと思うがどうだろう。

ジャンル別多チャンネル化というのは、政治、経済、スポーツとかあるいは趣味別だとかいった括りでひとつのチャンネルを持つことでいつも同じようなバラエティを見せられるのではなく、選択肢を広げることにもなる。

オンデマンド化というのは、テレビ局がやるのではなく、DVDレコーダーで好きな番組だけ録画しておいて、好きなときに再生してみるというスタイルだ。これは前のジャンル別多チャンネル化をすればなおやりやすくなるというものだ。ただ、テレビ局はいやがるだろうな。

ネットのおもしろい機能は、「比較」と「ランキング」だと思っているので、繰り返すが、新聞読み比べサービスはいいサービスだ。
 

2008年2月 5日

IT業界に明日はあるか

昨日は日系BPの編集委員の方とIT業界のことについて意見交換を行う。われわれと同じようにIT業界に対してかなり悲観的な感じであった。

既成の会社、特にメーカー系はどうにもならなくなっているように見える。そこにいる個人がどうのということではなく、組織として機能不全に陥っているのではないかとさえ思う。そうした会社のトップにしても今のビジネスの早い動きや技術の進展は全く理解の外のように思えてくる。

意欲のある若手がいくらそうした組織の中で挑戦的なことを言ってもつぶされてしまう。リスクを恐れるトップのもとでおもしろいはずがない。象徴的な話として、「今のIT業界で仕事をおもしろがっている人がいるのだろうか?」と言っていた。

産学官というけれどどれもが全く分かっていない。えらい人が集まって何とか審議会をやってもそこから出てくるのは、「教育」「人材育成」だけである。いったい何を教えるのだ。どんな人材を作るのだ。

分かっていない他の例で言うと、ソフトウエアプロダクト(パッケージみたいなものもこれに入るかもしれない)を開発することと業務システムを構築することはぜんぜん違うということ。

みなさん、これを混同するんですね。だからシステム開発にもトヨタ生産方式を持ち込めだとか、いやそれはできないとかの議論になる。ソフトウエアプロダクト開発は、自動車の設計とか開発に近い話で、そこは似ているんですね。余談ですが、これって日本の会社は弱いですよね。グローバルで通用するソフトウエアを日本の企業が生み出していますかねえ。

でトヨタはそのあとにその設計に基づいた部品をベルトコンベアーにのせて組み上げるわけです。じゃそのやり方をお客様の業務システムを作るのに同じようにベルトコンベアにのせて作って提供できるかというとそんなことはできないのだ。なぜって、お客さんに車のようにこれに乗れって言えるかってこと。それはパッケージなわけで、みんな満足したのだろうか?

車のほうが満足度高いですよね。どうして?だってえらそうなことを言ったって車は俺たちの生活の一機能でしかありえないのだ。満足度の高い機能を提供するのはそんなに難しくはない。ITはもっと高尚で広いのだ。生活や業務、言い過ぎかもしれないが経営をも表現しようとしているのです、機能だけではないプロセスやシステム、ひょっとしたらスタイルを提供できるのだ。

そんな世界がつまらないはずはない。

話題のヤフー買収の記事で買収額が富士通、日立、NEC三社の時価総額を合わせたくらいの額だという報道があったが、あれは悪い冗談で、まとめて一社でいいということとおまえらのほほんとしているとパクッとされるぞという怖い話でもあると捉えてみたけどちょいと飛躍しすぎと買いかぶり過ぎかな。

ただ、ちょっと前にあったTISとインテルの合併は、インドのIT会社による買収に対する防止策だったらしいのであながち冗談でもないかもしれない。

今はそういう時代なのだ。だから言うが、日本の特徴、強さは何なのか、さらに言えば、おれたちの“おもしろがれるもの“って何なのか、それを生み出せるのかというところに行きつく。

で明日は絶対にある。朝の来ない夜はない、春の来ない冬はない。(わー、ちょっと陳腐な表現)そして若い人に期待するのだが、ただやみくもに若けりゃいいってもんじゃなくて、そこは経験値との相関(どういうことかというと失敗しろよ、そこで勉強しようぜってこと)で考えることなのだと思う。
 

すいませんが、つながりにくくなっています

3日くらいから、このサイトがつながりにくくなっていると思います。詳しくは「ゆーすけべー日記」に書いてありますが、アクセス数がものすごいことになっていて、これまで使っていたプロバイダーやルータがキャパをオーバーしています。

至急、プロバイダーの変更とルータの買い替えを行います。要するに家庭用環境から法人用環境に変えていくということです。申し訳ありませんが、もうしばらくご辛抱ください。
 

2008年2月 6日

論点8 Monetize -「ネット未来地図」から

本の要旨-- ウェブ2.0で本当に金を儲ける方法

日本のウェブ2.0ベンチャーの収益モデルはかなり脆弱だ。
現在のウェブ2.0企業の収益モデルは次の3つに分けられる。

①広告を取る
②サービス利用者に課金する
③システムを他の企業に外販する

ミクシーの例でいうと、提供しているのは先進的なウェブ2.0サービスであるものの、収益としてはウェブ1.0的なバナー広告が核なっている。

収益を上げるのに必要なのは、規模と構造の両立。代表的な存在がグーグルで、検索エンジンで巨大なデータベースを得て規模を実現し、「検索されたキーワードと連動した広告を表示する」という体系化に基づいた新たな構造を作り出した。だからグーグルは高い収益を実現できた。

他にも、マイスペースやアップル、アマゾンなどもこうした規模と構造により市場を支配しているのである。こうした規模-構造モデルに卓越した企業がインフラ化していくのはウェブ2.0ビジネスの進化の必然である。日本の企業もこの観点からのサービスの展開を考えないといけない。

ぼくのコメント

論点5でグーグルvs.マイクロソフト 覇権争いについて書いたが、つい最近米マイクロソフトが、米ヤフーに買収を提案したと発表した。買収額は446億ドル(約4兆7500億円)という巨額の買収提案である。ヤフーがのむかどうかは分からないが、マイクロソフトの焦りみたいなものを感じる。この世界の動きは早い。だから、ブログでこのような記事を書いていると極端な話書いたとたんに陳腐化してしまうというおそろしいことにもなりかねない。

さて、今回のテーマは収益モデルということで、ウェブ2.0というけどどうやって儲けるのというお話。ぼくらも、といっても社長だけだけど、ウェブ2.0のサービスをいくつか展開しているが、こと収益モデルに関しては非常に厳しい。本屋にも月何百万ネットで稼ぎましたなんてことを書いた本も並んでいるが、スパムまがいのことをやらない限り無理なんじゃないだろうか。

社長がブログ「ゆーすけべー日記」でも書いているが、たとえばアマゾンの本の購入でもあの小飼弾さんでさえ月60万円の収入だそうだ。それはそれですごいのだが、書評が書ける限界があるから(何しろ弾さんは薄い新書だと15分で読んでしまうので、さらに早く読むのも無理だと思う)もうこれ以上増やすのは大変なんじゃないかな。うちの社長も少しは入ってきているようだが、もちろん小遣い程度だ。

この本で言っている、規模と構造となると非常に難しく、簡単に言えばある領域で覇権をにぎることだから並大抵のことではない。日本人の不得意のところのような気がするが、これからの若い人たちに期待したい。
 

2008年2月 7日

まずまずか

W杯アジア3次予選の初戦でタイに4-1で快勝した。まずはめでたしめでたしである。

ただいつものように手放しでほめられるものではない。得点がラッキーなものとあとはセットプレーからだからだ。得点されたのはこれは相手をほめるしかない、あんな素晴らしいシュートはめったにない。

むしろ、日本もああいったミドルシュートを打たなくてはいけないのだ。同じパターンでゴール前に引いた相手の餌食になるのを繰り返していた。そんなときには二つの手があって、ひとつは遠くからシュートを打つことともうひとつはアイディアのある個人技でえぐるのである。後者の方は一回だけ山瀬がやって得点に結びつけたのだから、もっと仕掛けてもよかった。

読売新聞で李国秀さんが、11人中9人が高校サッカー出身であって、それがゆえに負けてはいけない試合ではひたむきに走り回るというようなことを書いていたが、だから何だと書いてはいないのでよく分からないが、その後の文脈でそれではまだレベルが低く、さらに強くなるには高校サッカーで勝つためだけにやっているのではダメなのだと言っているようだった。

確かに、もう少し技術的にも戦術理解度においても一段グレードをあげないと世界と戦っていけないと思う。

しかし、その中でちょっと光ったプレーについて一言。巻のヘディングシュートである。あの得点は偶然うまくいったから入ったのではない。巻がフリーになる伏線がいくつも張られていたのである。それまでのコナーキックは二アーばかりをねらっていてことごとく相手ディフェンダーに返されていた。また、その前のフリーキックで中沢にヘディングシュートを決められていた。そこで遠藤はファーポストに蹴って巻がフリーになったということである。(ひょっとしたら偶然だったのかもしれないがいいじゃないですか)

こういうことは何もコーナーキックだけではなく、例えばサイド攻撃と中央突破の兼ね合いだとか、ショートパスとロングパスの関係だとかいくらでもある。これを戦術というが、いくらボードの上で説明しても選手が頭と体で会得しない限りできないのだ。難しいのであるがここを日本の強さにしないといけない。ということでもうちょっとですね岡田さん。
 

2008年2月 8日

文章のみがき方

ブログを書いているとどうしたらいい文章が書けるのかと考える。才能ということもあるかもしれないが、少しは「文章術」みたいなことがあるような気がする。

そこで見つけたのが「文章のみがき方」(辰濃和男著 岩波新書)である。著者の辰濃和男は1975年から1988年の間、朝日新聞の天声人語を書いていた人です。この本のまえに「文章の書き方」という本を書いていて、今回はその姉妹編というところです。

さすがに長い間天声人語を書き続けた人だけあって、文章に関して作家やその他著名人が書き残した数多くの文章を書き抜いてあって、それをもとにいい文章を書くための心得や作法が書いてある。

どれもこれもなるほどなるほどと言いながら読み進めていった。肝に銘じなくてはいけないことばかりであるが、中でも非常に腹に入ったことを少し引用してみる。

「自分にしか書けないこと」は、自分以外のだれでもない、あなた自身が書かなければ、ほかのだれも書くことはできません。それは、いいかえれば自分の人生をどう生きているか、なにを自分のよりどころにして生きているかということにつながります。同じ職場で、同じような仕事をしていても、私たちは、それぞれの、独自の人生を生きています。だからこそ「自分にしか書けない」文章を書く道がそこにあるのです。

ぼくはそうやって毎日ブログを書くことにした。
そして文章は分かりや少なくてはいけないといって、その心がけについて次のようなことをあげています。

①自分がどうしても伝えたいこと、自分の思い、自分の考えをはっきりさせること。
②そのことを単純な文章で書いてみる。難しい言葉を使わない。
③書いたものをだれかに読んでもらい、感想を聞かせてもらう。
④そのうちに、自分の文章の読み手になり、自分の文章がわかりやすいかどうかを評価することができるようになる。
⑤何回も書き直し、さらに書き直す。

さすがブログでは最後の書き直しはそうはできないが、他はあてはまることが多く自戒をこめて常に頭に入れておきたいと思う。

この本にも書いてあったが、文章を書くときには辞書をてもとに置いておくことを薦めているが、この本は辞書と一緒にかたわらに置いておくべき本のひとつである。

さて、これを読んだあとのぼくの文章はみがかれたのであろうか。

最後に、“渾身の気合で書く。そして、肩の力を抜いて書く“という言葉を噛みしめよう。
 

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2008年2月 9日

とりあえず応急措置

先日、このブログがつながりにくくなっていることをお知らせしましたが、その原因のひとつがISP(プロバイダ)から帯域制限をかけられてしまっていることです。従って、いま新しいISPに乗り換える手続きをしているのですが、多少時間がかかるのでいらいらしていました。

ところが、昨日社長が即日で固定IPアドレスをもらえるサービスを発見して急遽取得して切り替えました。
これでつながりやすくなったと思います。

ただ、それでも応急的なものなのでもう少し経ったら、バックボーンのしっかりしたISPになり、ルータも変えますので大量でも安定した処理が可能になります。

このサービス、1ヶ月単位で契約できて、月額2100円という超便利なもの。このうたい文句は急ぎで固定IPアドレスが欲しい場合にすぐに発行できることである。だから、例えば仮設の作業場で使いたいとか、プロジェクトで急に人が増えたのでとかいう場合に便利だと思う。

これを、社長がどうして見つけたかというと、ISPから帯域制限をかけられていることをブログに書いたわけだが、そのブログのGoogle AdSense広告に、このプロバイダーのサービスが出てきたということなのです。

Google AdSenseというのは、サイトのコンテンツと関連する広告を配信し、サイトを訪問したユーザーがその広告をクリックすることで収益を獲得できる仕組みですが、今回のように自分で書いた悩みや問題について、それに関係する解決策のサービスも配信されてきて、サイトのユーザではなく本人の役に立つこともあるというおもしろいことがおきた。

だから、情報を発信すると意外なところから返信があるという双方向コミュニケーションがこんな形でも現れるのである。
 

寒さにめげず

雪がちらついてきた。
寒い。
そんな中でも梅の花がほころび始めた。

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2008年2月10日

iPodをつくった男

いまや知らぬ人がいないほど有名になってしまったスティーブ・ジョブスについて書いた本が出た。「iPodをつくった男 スティーブ・ジョブスの現場介入型ビジネス」(大谷和利著 アスキー新書)でアップル社を起こし、幾多のヒット商品を生み出したスティーブ・ジョブスに焦点をあて、その生き方や経営方針などが記されている。

ご存知のかたも多いと思いますが、ジョブスはアップルの創業者でありながら、85年に自ら招いた経営のプロである元ペプシコーラの社長ジョン・スカリーに会社を追われている。それから11年後の96年に衝撃の復帰をはたし、CEOとしてiMac、iPod、Mac OS X、iPhoneといった素晴らしい製品を世に送りだすという波乱万丈の人生を送っている。

この本にも書いてあるのだが、一旦挫折を味わってそこから這い上がってくる人間ってものすごいパワーもあるし、一段と成長するもののようだ。ジョブスも会社を追われた原因が本人の奔放な仕事のやり方だったわけで、それが外部の風にあたり、またそこでも辛酸をなめることで大人になって帰ってきたのである。

アップル社にとっても理想主義的で激情型の若きジョブスが追放されずにそのままいたら会社は潰れたかもしれないのだ。しかも、いいタイミングで復帰したことも幸いしている。そういった意味ではアップルは誰のものでもなくジョブスのものである。

ジョブスは、何でも自分でやらないと気がすまないので、製品の設計、開発からデザイン、PR、プレゼンとありとあらゆる分野でコミットしていく。そこにはこだわりがあり、「自らが欲しいもの、好きな物を作ってきた歴史」がある。

やはりスティーブ・ジョブスという不世出の天才に圧倒される。また、この本を読んで改めてマックファンの心情がよく分かったような気がする。ジョブスは信仰の対象になるのだ。

さて、スティーブ・ジョブスに興味をもったかたはぜひジョブスが2005年にスタンフォード大学の卒業式で行なったスピーチを聞いてください。小飼弾さんが字幕を翻訳してくれています。この中で「点を繋げる事」、「愛と喪失」、「死」について語っているのだがそれはもう感動ものです。

そうなんです、いくらいいライターがいい本を書いたとしても、本人のたった15分のスピーチに負けてしまうのは言うまでもない。
 

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2008年2月11日

SIビジネスの経済学

ちょっとまえにここでも紹介した「こんなに使える経済学」(大竹文雄編 ちくま新書)という本があるが、そのなかに“耐震偽装を再発させない方法”という章があって、そこに書いてあることが非常におもしろかった。

対象としているのはもちろん住宅業界の話ではあるが、IT業界にあてはめてもおかしくない、むしろIT業界のことを言っているように思えたので紹介しながら、SIビジネスの抱える問題を考えてみることにする。

本の内容を少し長くなるが要約して記述する。

2005年11月、マンションの耐震データ偽装事件が発覚し、大きな社会問題となった。まず、事件のポイントを整理しておこう。マンションの売買契約にあたっては、購入者とともに、建築主(デベロッパー)と呼ばれる販売業者が存在する。通常、建築主は直接マンションの生産には携わらず、ゼネコンなどの施工業者に発注し、設計の図面は、専門家である建築士に依頼する。

購入者は契約時点において、これから自分が住むマンションの品質について、極めて限られた情報しか持てない。施工業者は購入者の情報不足につけこみ、材料の質を下げたり、生産工程を簡略化し、生産原価を低く抑えれば、不当に利益を増やすことができる。建築士も、耐震データをはじめ、設計を過度に簡略化し、生産原価の削減に貢献すれば、不当な利益の分配にあずかることができる。

住宅市場では売買交渉当事者間に「情報の非対称性」があるため、情報上有利な立場にある建築主側には十分な品質を保とうという動機が働かない。こうしたインセンティの歪みによって、参加者が効率性を損なうような行動をする状況を「モラルハザード(自己規律の喪失)」と呼ぶ。

これまでも、住宅市場でのモラルハザードは深刻に認識されており、是正のための制度として「建築確認制度」が導入されている。だが、今回の事件では民間の検査機関にもモラルハザードが発生した。

一方、事後対策として、建築主は「瑕疵担保責任」を負う。これは、過失の有無の認定を必要としない「厳格責任原則」に従って問われる。こうした厳しい法運用がなされるならば、建築主は販売後に大きな負担をせまられないように品質向上の努力をし、効率的な資源分配が実現することが知られている。だが実際には企業は不正が発覚した段階で倒産すれば責任を回避でき、厳格責任制度も部分的には機能しなくなり、モラルハザードが発生する余地がある。

ここで、建築主をSIerと置き換えるとそっくりIT業界のことを言っていると思いませんか。ただし、SIには「建築確認制度」のようなものはないのですが。こういう制度を導入したらいいと言っている人もいるが、非常に難しいような気がする。

それと、「瑕疵担保責任」の問題にしても、ソフトウエアの世界で厳密に適用しようとしても無理があるので、あいまいになっているのではないでしょうか。例えば、マイクロソフト製品の不具合でシステムトラブルがおきたら瑕疵をどうやって認めるかとか困りますよね。

要は、ここで言っているようにインセンティブの歪みという問題がポイントなのである。システム開発の現場で問題になるのは、システムの購入者であるユーザができあがるシステムの品質を予見できないため、偽装されても何もわからない。いやシステム開発では基準、規則がないから偽装にもならない。お客さんが喜ぶものを作ろうというインセンティブがなかなか働かないことが問題なのだ。

それに対しては、「情報の非対称性」を是正することなのだが、これがまた難しい。今のような開発のやり方ではお客さんが出来上がり品質をイメージできないのだ。以前から何度も言っているように、作る側と使う側のイメージの共有が課題である。

もうひとつの対策はインセンティブが働くような制度的な対応であろう。この本ではそうしたことに対して欠陥発覚時における損害賠償額を給付される建築主への「賠償責任保険」を提案している。

保険会社がそれぞれの建築主を独自に審査し、物件の質に応じた料率で保険加入させるべきである。こうすると質の悪い物件を販売する建築主は高い保険料率を要求され、保険購入が全くできないグループも出てくるだろう。保険会社については、複数の企業間で競争が働くため、審査努力に関するモラルハザードは抑制されるであろう。 今後必要なのは、安易な規制強化ではなく、保険を含めた市場機能の効果的な活用を図る精度設計である。

この提案をSIビジネスに適用したらどうなるだろうか。まず、欠陥があったときに損害賠償を払うという仕掛けがなじむだろうかという問題がある。やっぱり難しいのかなあ。でもなかなかおもしろいので一考する価値はあると思うがいかがでしょうか。
 
繰り返すが、まずはやらなくてはいけないのは、「情報の非対称性」を是正し、インセンティブの歪みを失くすことである。
 

2008年2月12日

ハイブリッド

近頃ハイブリッドばやりのようである。ハイブリッドカーやハイブリッドヒーターなどがその省エネ効果から環境にやさしいといううたい文句で登場している。

生物学的にもハイブリッドという言葉があり、掛け合わせ種をそう呼ぶ。例えば猪と豚を掛け合わせた猪豚が有名である。

ガラパゴス諸島にイグアナがいる。それも2種類だ。リクイグアナとウミイグアナで陸で生活する種と海で生活する種の2つである。そこにハイブリッドイグアナが誕生したという話を今からする。

リクイグアナは主としてサボテンを食べる。ただし、サボテンの樹に登って食べるのではなく鳥とかが下に落としたかけらを食べる。なぜかというと、爪が発達していないので登れないのだ。

一方、ウミイグアナは海に潜って海藻などを食べる。海の中は波や潮の流れがあるからしっかりと岩場にしがみつかなくてはいけないので鋭く爪が発達している。

近年環境の変化がガラパゴスにも及んでいて特にエルニーニョのような異常現象により海の中の藻が少なくなってきて、ウミイグアナは食料不足におちいってきた。そこでどうしたかというと陸にあがってきたのである。かれらは鋭い爪をもっているからリクイグアナを尻目に難なくよじ登ってサボテンをゲットする。

それを見ていたリクイグアナのメスたちはたくましいウミイグアナのオスに惚れるのはそう時間のかかることではなかったのだ。というわけで、水陸両用イグアナが誕生したのである。

おお何というたくましさなのだ。これも進化というわけだ。

そう考えると、人間の環境適応能力って低いんじゃないのと思ってしまう。環境が変わたって平気でいられるようになるにはハイブリッド型に変身すればいいのだ。そうだ、ハイブリッド人間になろう。おっと間違えないでくださいよ、オカマのことじゃないですから。

2008年2月13日

しゃべれでもしゃべれでも

TOKIOの国分太一が主演した「しゃべれどもしゃべれども」を観る。うーん、すごくいい作品だった。何か気持ちよくなる映画だ。

二つ目の落語家が伸び悩んでいるところに学校でいじめられている子どもや思いがうまくつたえられない女や元プロ野球選手が彼の元へ落語を習いに来ることになる。そこで織り成す4人の生き方や生活が落語という場で徐々に変わっていく。

場所も下町情緒に溢れていて、ほのぼのとした温かみが伝わってくる。

国分君がすばらしい。いい味を出しています。劇中で演じる落語も最初にシーンでは下手に演じ、最後の火焔太鼓は本物の落語家もびっくりするような腕前で感心した。その変化をちゃんと表現していたのだ。

さらに、びっくりしたのは、子役の森永悠希でこの子は天才だ。「花田少年史」の須賀健太もそうだが、最近の子役がすごい。森永君のすごいのは、落語の「まんじゅうこわい」を桂枝雀風に演じきったことだ。ぼくも彼の落語を聞きながら、あ枝雀と思わず叫びながら、笑ってしまった。

この映画のテーマは、途中で元プロ野球選手の湯河原がいうセリフ、“好きなものから逃げると一生後悔する”ということだと思う。みんなは、好きなこと、好きな人から逃げないことを落語と落語家から学んでいったのである。

監督の平山秀幸の作品は初めて観たがきちんとした作風で好感がもてる。何よりも俳優がいきいきと演じていることだろう。以前テレビで平山監督作品の「弥次喜多道中 てれすこ」の撮影現場のドキュメンタリーがあってそれを見ていたら、俳優にアイデアを出させたり、けれんを排除したりと俳優の個性を引き出すのがうまい監督だなあと思っていた。

もう、普段行っている末広亭や国立演芸場などが登場したり、ほおずき市が出たり、よく見る景色がありで実に楽しかった。
 

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2008年2月14日

市川崑

映画監督市川崑が逝った。享年92歳。

多くの名作を残したが、なかでもぼくが印象に残っている作品は、「ビルマの竪琴」、「おとうと」「東京オリンピック」である。ほかにも「犬神家の一族」や「股旅」とかがあるが、前の3作がぼくにとっての市川崑である。

特に「東京オリンピック」はそれまでのオリンピック映画と違って単なる記録映画から芸術性の高い作品に仕上げたことは特筆される。選手の息使いや躍動する筋肉などを望遠レンズやスローモーションを駆使して描き感動を与えてくれた。当時こうした映画つくりに異をとなえる人もいて、記録か芸術かの論争になったものだ。

それと「ビルマの竪琴」については以前このブログでも触れたのであまり言わないが、何と言っていっても「おとうと」の岸恵子である。この作品は第14回カンヌ国際映画祭フランス映画高等技術委員会賞を受賞していて作品自体もいいのだが、姉を演じた岸恵子がすばらしくいまだに残像が残っている。

90歳過ぎてもまだ映画を撮りたいといっていたが、さすがに力尽きたようだ。あのトレードマークの黒縁のめがねとくわえたばこ(晩年は禁煙していたそうだ)が見られなくなるのはさびしい。ご冥福を祈る。
 

2008年2月15日

デブサミ2008

目黒の雅叙園で開かれていたDevelopers Summit 2008に行ってきた。行ったといっても仕事の都合などで2日目の最後の2セッションという、ちょっとかじりのセミナであった。

このデブサミは去年に引き続いて2回目の参加であるが、去年は初めてだったせいもありちょっとした感動も味わったのだが、今年はあまり燃えない。というのは、ひとつには、テーマが拡散して絞りきれていない。だから参加者のとまどいもあったのではないだろうか。去年も言ったのだが、スーツとギークの分離みたいなところがある。それをデベロッパーという括りでやってもいいのだろうかということである。そこを融合するものが出てきたのだろうか。両者は歩み寄ったのだろうか。

そういう観点で、参加した2セッションを考えてみた。ひとつは、ケンシステムコンサルティング社長の高橋俊夫さんのXupperを使った業務設計と実装までと、もうひとつは要求開発コンソーシアムの牛尾剛さんと依田智夫さんによるこれまた超上流から実装までで実際の開発のライブをやっていた。

で、特に要求開発の話は期待大。ところがである、やっぱ裏切られたな。ここって重要なのところである。結局超上流(この言葉もよく分からないが)とか言うけど、最後は、開発のレベルに行くんだけどそれがRuby on RailesでWebサイトをつくることかって思ってしまう。そんなのフレームワークにもうあるじゃん、新たに開発することじゃないのだ。それよりもなによりもいきなりアプリが登場するわけで途中どうなっているのかまったく分からん。あれで、開発はこうやるとかわかったやつがいたのかなあ。まだまだ、コードを書くことが開発だと思っているように感じる。

一番カチンと来たのは上流はこうした要求開発手法でやって開発はオフショアでなんて言っていることで、安易にオフショアなんて言うなと言いたい。オフショアに持っていかない開発方法を考えるのがおれたちの使命じゃないのか、国内で開発してもインドに勝てることを真剣に考えないといけない。

ちょっと言葉を荒げていますが、ここのところがすごく大事なことで、昨日のデブサミの参加者はほとんどが若いエンジニアだったが、開発者が開発しやすい、腑に落ちる方法論を提示しないとますますビジネスとITの乖離ができてしまうと思うから苦言を呈しているのです。このことについてはまた別の機会に書く。
 

2008年2月16日

今年60のおじいさん

昨日は、デブサミで聞いた「Xupper」を販売しているケンシステムコンサルティングに行く。昔から懇意にしているIさんにいまぼくがやっているプロジェクトや技法について、意見を聞くことにしたからである。

BPMというと当然プロセス中心になるが、そのとき忘れてはいけないのがデータで、そうしたデータの大切さやモデリング技術をよく知っているので率直な評価をお願いしたのである。ぼくの技法についておおかたの理解は得られたが、2点指摘された。わかっていたことだが、やはりビジネスルールのことと、データモデリングのことであった。

何か業務処理をするときそこに会社としての取り決め事項がある場合、それらをどう記述して、システムに入れ込んでおくかという問題である。

データモデリングについては、今のぼくの方法でやろうとするとデータが整備されていることが前提であることにしているので、もしそれがない場合にどうするかという問題がある。ただ、ないから困る、だめだという話ではなく、むしろ逆でプロセスを作るときに抽出したデータ項目から、データディクショナリー、エンティティ関連図を生成し、データモデル化したらいいよねということになった。

もう少しここのところを整理しておく必要があるが、何となくモヤモヤしていたものがちょっと晴れたようでうれしかった。

その後は、築地市場内にある「魚四季」で昔いた会社の同期と一緒に呑む。もうはるか昔に同期で入社していま東京にいるやつが集まって定期的に呑む会をやっている。人数は5人だけどいつもみな出てきてくれる。それに前回から、先輩の人も参加してくれるようになって昨日は7人となった。

その先輩の一人が先月還暦を迎えたということでその話をしていたら、その先輩が突然唄いだしたのだ。♪村の渡しの船頭さんは、今年60のおじいさん。年はとってもお舟を漕ぐときは元気いっぱい櫨がしなる。それギッチラギッチラギッチラコー♪、おおなつかしの童謡だ。でその先輩はこの歌を思い出してがっくりしたというのだ。オレはついにこんなおじいさんになってしまったというわけだ。

まあ、こうして集まったものたちもおおかた60歳に近いのだが、今の60歳は昔とずいぶんと違うから、おじいさんと呼ぶのはちと早いのかもしれない。ところが、同じ会社の人たちの消息を聞いていたら、ぼくよりちょっと上のひとで仕事で大変お世話になったひとが昨年亡くなったと聞いてショックだった。

ということで「魚四季」は魚が旨くて安いのでいいのだけどやかましいのだけは困ったもので声をはりあげないと通じないので疲れてしまった。だから2次会を静かな場所に変えて夜中まで思い出話で盛り上がったのであります。
 

2008年2月17日

論点9 YouTube -「ネット未来地図」から

本の要旨-- -- ユーチューブは「ネタ視聴」というパンドラの箱を開いた

動画共有サイトの「ユーチューブ」は、テレビの世界に決定的な革命をもたらそうとしている。それは、ごく短いワンシーンの動画を見てみんなで話題にしあうというスタイルを、人々に気づかせつつあることだ。

面白いショートムービーやテレビ番組の短いワンシーンをユーチューブで見つけ、それをブログに表示したりして共有し、コミュニケーションの題材にするという「ネタ視聴」が、急速に台頭してきたのである。

このユーチューブモデルは、番組の著作権をめぐって日本のテレビ局との間では、激烈な闘争が起きるであろうということだ。

放送業界は、「ユーチューブのようなわけのわからん無料サービスに、自局の大事な番組コンテンツを荒らされてはかなわない」と受け止めている。

ユーチューブは今後どのような対応を行なうのか。あくまで「ネタ視聴」の枠組みを拡大し、ウエブ2.0的に通信と放送の融合モデルを推進していくのか、それとも日本のメディア産業とビジネス的に組み、メディア多面展開の一環にユーチューブを組み込んでいくような「ウエブ1.0」的戦略をとるのか。

ぼくのコメント

いまや若者の間ではフツーにユーチューブで話題のテレビ番組や面白ネタを見たりするのがあたり前になっている。だから、テレビをじっくり見るといったスタイルはどんどん無くなっている。もはやテレビの前でドラマなどを鑑賞するのはインターネットを使えない年寄りや主婦になってしまっている。

ぼくも何度も言っているがテレビはプッシュ型だから、テレビの放送の時間に合わせなくてはいけないことや一度見逃したら次に再放送をしてくれるのをじっと待つしかないないという風に見る側が窮屈さを我慢しなくてはいけない。昔はそれしかなかったから仕方なしに見ていたが、ユーチューブはそれを根底からひっくり返したのである。

もうこの流れは止まらないと思う。従って、本に書いてある今後のユーチューブの出方の如何は当然ウエブ2.0的方向に行くのであって、そのときの著作権の問題がどうなるのかが焦点となろう。この問題は趨勢としては日本の放送業界の負けでしょう。

そもそも論として、著作権を主張してばかりで、それらを開放しないということでいいのだろうか。本当にいいものであれば、開放してみんなに喜んでもらったほうが、製作者にとってもハッピーなのじゃないだろう。

だからここに立脚すると今の日本の対応はおかしいのであって、まずは著作権はあったとしても、コンテンツを出しますという姿勢にすべきである。そして、そのコンテンツに価値があれば、人が多く集まってくるから、そこで何か違ったビジネスを展開するというようにしないとテレビは今のスタイルは崩壊する。

だって、小島よしおの“でもそんなの関係ねー”のギャグをスペイン人がやって、それを日本で見て面白がっているんだぜ。

2008年2月18日

変化対応力

サッカーの東アジア選手権の緒戦で日本代表が北朝鮮に引き分けた。力の差があるのに勝てなかった。

今回は、高原、巻、大久保、阿部らの主力が欠場しているので、チーム力が落ちているかもしれないが、逆に今まで出られなかったサブのメンバーのチャンスでもあったわけで、いくらかモチベーションのあがらない大会に対して、かれらの奮起でいい試合をやってくれるかもしれないという期待があった。

だが、昨日の試合だけの結果をみると物足りなさがあった。田代なんか期待していたんだけどな。まあ、後半になってやっと本領を発揮したシーンがいくつかあったが、まだ周りとのコミュニケーションがとれていないない。これは、田代のせいというより周りの選手が彼を使えていないことにある。

このあたりは他の選手にも言えて、選手が入れ替わったときの対応がうまくいっていない。対戦相手に応じて対応するっていうのはよく言われるが、実はもうひとつあって、自分のチームの状況が変化したときの対応も大事なことなのである。だから、変化対応力というのは、外に対するものと内に向かってのものとがある。

昨日の試合で言うと、中村堅剛が急に発熱で出られなくなったことが内なる変化である。そこに対してチームがどう対処したかである。代表はパスサッカーと呼ばれるくらい中盤でのパス回しで相手を切り崩していくというのがスタイルであるが、それは、中村堅剛と遠藤がいるから成立しているわけで、そこの一画が崩れたとき同じサッカーをしていいのかということなのである。

よく、これはサッカーに限らず、スポーツ全般に言えるのだが、いつもやっているような、普段どおりのことができればいいのだみたいなことを言いますが、そうだろうか、実戦のときに練習どおりのことってないですよ。そうではなくて、どんな変化にも柔軟にそして的確に対応する力をつけるのが練習なのだ。

話を戻すと、中村堅剛がいないのにパスサッカーをしてしまったことが問題なのだ。ところが、それは前半のことで、後半のまた後半の方になって改善はされたことが救いであった。だから、少しは田代を生かすプレーが出たのである。これが岡田監督の指示なのか、選手が自分たちで修正したのか分からないが、いくぶん希望がつながる試合でもあった。

しかし、また得点を許してしまった。先日のタイ戦と似タところがあって、たった一人の選手が一瞬ゴール前のスペースを見つけてシュートしたら入っちゃったみたいなことである。これって、ワンボランチの弱点なのである。いずれもそこをつかれている。だから、ダブルボランチにしろと言っているのではなく、強みと弱みをどう評価して、どうバランスをとるかである。昨日はより攻撃的にしたいがためにワンボランチを選択したわけで、その結果点が入らなかったのでうまくいかなかったということなのである。これは戦略である。

次の試合を期待しよう。
 

2008年2月19日

死に方

昨日は、いつものように週2回の東京でのお仕事。セミナが迫ってきたのでその原稿を渡す。終わってから、来週にやる大学時代の同期会の場所を予約するため新橋に行く。以前このブログでも取り上げた「玲玲(リンリン)」という中国家庭料理の店で、最近「隠れ玲玲」という会員性の店を今までの店とは別にオープンさせた。

会員制の中華料理屋というのも珍しいが、静かで落ち着いて食事ができるからいい。ただ、経営的には問題でお客さんがいっぱい来ては困るし、さりとてある程度来てくれないと採算がなりたないというジレンマに陥る。そんなことをビール片手に餃子をほおばり(ここの餃子は旨いですよ)ながらオーナーである中国人のおばちゃんと話し込む。

その後の話で面白かったことを少し。どうしてそういう話になったかは忘れてしまったが、そのおばちゃんのおばあさんとおじいさんの死に方の話になった。

おばあさんというのが97歳で死んだそうだが、その死に方が実にきれいだったという。97歳までひとりで何でもやっていて、死ぬ前の日に自分の身の回りのいらなくなったものを全部捨てて、洗濯物も全部してきれいにたたんで、それが終わると晩御飯だったのだが、今日は食欲がないといって食べずに寝たそうだ。翌朝、娘がおばあちゃん起きるのが遅いなあと思いながら部屋を空けるとそこで死んでいたというのである。どうも自分で死期が分かったのではないだろうかと言っていた。

そうしたら、おじいさんもそうだったという。おじいさんの方は75歳で死んだそうだが、この人は大変な大酒飲みだったらしく、毎日、朝昼晩三食に酒を飲んでいて、一日一升、それも中国だから60度くらいある強い酒だ。それでその歳になっても勤めにでていて、その日も朝から酒で、飲んだあと会社へ行く前にトイレに入ったら、なかなか出てこないのでトイレの外から小窓を覗いたら、そこで死んでいたという。

ふたりとも誰にも迷惑をかけずにぽっくりと逝った。これは理想的な死に方ではないだろうか。かねてからぼくも75歳である日、ぼくの孫がおじいちゃんの部屋を空けたら死んでいて、“きのうまであんなに元気だったのにねえ”と言われて死にたいと思っているので、何ともうらやましいと思うのである。

「玲玲」の後はいつものように銀座の「M」に立ち寄る。そこでも、この死に方の話も出て、直前に仕入れたこのネタを披露する。そしてまた息抜きのひとときを過ごしたのであります。
 

2008年2月20日

幾何学的思考法

ちょっとまえに 幾何学的サッカーという話をし、外山滋比古の「思考の整理学」のことも書いた。ぼくにはいつも気をつけている思考法があって、それは分類学、定義力、整理術ということなのだけど、これも幾何学的な思考法の話なのである。どういうことかというと、分類学というのは丸である。点を括るからである。定義力というのは四角である。形を決めるからである。整理術は表である。棚にしまうからである。

この丸、四角、表という概念はわかりやすいと自負している。図で描くと以下のとおり。
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おおなんとなく、ケイジジョウガク的ですな。
 

2008年2月21日

錦織圭って知ってますか?

“ニシコリケイ”という。17日、米フロリダ州で行われたテニスのデルレイビーチ国際で、第1シードで世界ランク12位のJ・ブレークに3-6, 6-1, 6-4で勝利し、ツアー初優勝を果たした18歳の日本人の若者である。

日本人男子のツアーの優勝は松岡修造以来16年ぶりだそうだ。また、18歳と1ヶ月でのATPツアー優勝は、ヒューイットが16歳と10ヶ月でアデレードの大会を制した1998年1月以降で、最年少の記録となった。

でだ、この快挙を日本のメディアはどう伝えたのだろうか。新聞、テレビの扱いは大したことなく、上田桃子の5位を派手に伝えていた。

しかし、錦織君の優勝はとんでもなく素晴らしいものだ。石川遼なんてほっといてなぜもっと注目してやらないのだろうか?

ひとつには、彼がいま日本にいないことがあるかもしれない。5歳からテニスを始め、13歳で渡米、ニック・ボロテリー・テニスアカデミーに留学して、以降アメリカのフロリダを活動拠点としている。だから、アメリカで育てられたテニスプレーヤーなのだ。

下の息子がテニスをやっているのでこの話を一緒にした。息子は、日本の学校スポーツでは、こういう選手は育たないのではないのかと言っていた。なぜかというと、学校スポーツでは目先のことしか追わないのでどうしてもこじんまりとまとまってしまうのではないだろうか。インターハイで優勝すること、甲子園で勝つこと、国立で試合をすること、そういった目標に向かっての短期の育成だから、ひとりひとりの能力を生かすだとか、別なことを試してみるといったことができないのである。

以前にもサッカーで代表選手のほとんどが高校サッカー出身であって、それがゆえに負けてはいけない試合ではひたむきに走り回るが、それ以上のアイデア溢れるようなプレーができないというようなことを書いたが、同じことで、特にプロになって世界に伍していこうという選手は学校スポーツと違うところでのびのびと育てるのことをしていかないといけないと思う。

“ニシコリケイ”はこれからイチオシの注目株ですよ。
 

2008年2月22日

セミナーが終わりました

昨日はアレア品川で日商エレクトロニクスが主催する「業務プロセス改革・改善実践のためのBPMセミナー」でプレゼンをしてきました。

タイトルが少し長いのですが「エンドユーザ視点でのコラボレーションBPMへの取り組み 開発技法「BPWeb2.0」とは?」です。これまで作り上げた開発技法の説明といまやっているサンプル開発プロジェクトの事例を中心にしゃべりました。時間が30分と短かったので、かなりのスピードで話したのでみなついて来れたのか心配でしたが、割と好評だったようです。

他のセッションも日商エレのBPM戦略とSAVVIONのデモがあり、ぼくのセッションの後はタイムインターメディアの商品紹介、それが終わったら出光興産とオカラムのSAVVIONを使った事例紹介という具合になかなかいい流れのセミナーでした。だから出席した人もわかりやすかったのではないでしょうか。

やはり事例が迫力あるのですが、2社ともぼくが主張していることとほぼシンクロしていたことがよかった。最後に発表したオカムラの添田さんなんて終わりにぼくの技法を検討していると言ってくれた。懇親会でしっかり御礼を言っておいた。

ここで共通的な考え方として、コードを書かないこととシンプルでわかりやすいことがあげられる。両社とも内製しているわけで、そのときに必要な要件って今言ったことなのだ。逆に言えば、コードを書かなくてすむ、シンプルでわかりやすい技法があればユーザは自分たちで開発したい、またできると思っているのである。

セミナーのあとの懇親会でいろいろな人と話ができたのだが、ある経営コンサルの人と話していたら、ぼくの発表したことが「実に腑に落ちた」と言ってくれたときはうれしかった。おそらくこのセミナーに参加したかななりひとは、BPMってなんなのだろうか、BPMでシステムをつくるにはどうしたらいいのだろうか、といったモヤモヤを抱いていたと思う。そうしたモヤモヤを少しでも吹き飛ばせたのかなあと思っている。

懇親会のあとも、その経営コンサルの人たちと場所を変えて議論をした。いろんなひとの意見を聞くとすごくためになる。こうして少しずつ賛同者を増えてくるのが楽しみだ。
 

2008年2月23日

おとなとこども

これはもう「スポーツ“感”戦記」ではなく、「チャイナばなし」で書く。サッカー東アジア選手権の中国戦のことである。呑み会があったのでライブで観られなかったが、そのあとビデオで観たのだが、まああきれかえったな。

久しぶりに代表チームをほめてあげたい。何と言っても冷静さを失わなかったことで、ふつうあれだけラフプレーとひどいレフェリングだと冷静ではいられないと思うのだが、それをチーム全体として落ち着いていたことが称賛される。ぼくだったら絶対に乱闘になっている。鈴木啓太がつっかかって行ったが、あれはどちらかというとわざとやった感じだ。

まあ、あのキーパーの安田への跳び蹴りは噴飯ものだが、どうして中国選手はあんな試合ばかりやるんだろう。ぼくの感じではこの試合だけに限ったことではなく、これまでも似たような試合をしている。しかも、日本相手だけではなく韓国に対しても変わらない。

だから、へたくそ審判の試合コントロールが無茶苦茶だったというのもあるが、それよりも何よりも中国選手のプレーの下劣さに腹が立つのだ。

どうしてラフプレーをするのかということを考えてみると、まず技術が未熟なことがある。下手なヤツというのはタックルが遅れたり、足がついていかなかったりという具合にファウルを繰り返す。これはしかし意識的ではないからまだいいとしても、意識的にやることがある。

それはイライラすることからくる精神的な不安定さがラフプレーを生む。それにも、相手に対するイライラと自分に対するイライラがある。で今回の中国選手のラフプレーは技術が未熟なのと自分に対するイライラが嵩じて起きたのだとぼくは思う。

ということは、ガキなんですよ。こどもってこと。ということは、そうしたガキの挑発に乗らなかった日本選手はおとなだってっことのようだ。ああ、おとなになれない中国人はいつまで続くのだろうか。

今晩は韓国に勝ってまた一段とおとなになろうぜ。


2008年2月24日

収穫と課題

サッカー東アジア選手権で韓国と引き分けたので優勝を逃してしまった。緒戦の北朝鮮に勝っていれば何のことはなかったのに。ただ、この大会で収穫もあったのではないだろうか。まずだいいちに岡田監督は多くの選手をこうしたガチンコ公式戦で試せたことではないだろうか。毎試合キーパーは変わっていたし、そのほかのポジションでもその組み合わせがいろいろなパターンであった。

やはりなかでも内田と安田の活きのよさが光っていた。何がって、ゴールに向かう姿勢ですね。例えば、加治と内田の比較をしたらいいと思うが、加治はまあなれない左サイドだったのかもしれないが、ボールを受けると前を向かないですぐに内側を向く、そして横パスを出すだけで縦へ切り込めないのである。それに対して内田はいつも前を向いてボールを持つ。だから、縦へ、ゴールへ向かっていけるのである。安田もしかりである。この二人がパスサッカーにアクセントをつけていた。

ただし、もちろん内田には課題もある。ディフェンスだ。やはり体格的な問題もあり相手フォワードからねらわれる。昨日も内田のサイドからセンターリングを上げられて失点した。あれをもう少し早めに寄せていたら取られないですんだ得点だ。

チームとしても課題は相変わらずシュートを打たないことがある。遠くからでも、強引でもいいからシュートを打つことだ。

それと球際に対する激しさが少し足りないように見える。中国戦での冷静な戦いぶりは評価できるが、頭の中はクールでも球際は熱くなってもいいような気がする。

昨日の韓国ははっきり言っていままでよりかなり力が落ちるチームであったので、そんなチームに勝てないのは情けないのだが、それは球際で負けていたせいでもある。

ということで、収穫もあったが課題も残った大会であった。

2008年2月25日

ウェブ国産力

佐々木俊尚さんが書いた「ネット未来図」に沿ってコメントを書いていたら、もう次の本が出ていた。「ウェブ国産力 日の丸ITが世界を制す」(アスキー新書)である。

いまやインターネットの世界を制しているのはほとんどがアメリカ企業であり、日本の企業で世界に冠たるものはない。このまま日本のIT技術は沈んだままなのだろうか。この本は、そうは言うけどちょっと前までは日本のIT技術は世界で十分戦っていたわけで、まだ日本が再び脚光を浴びる可能性は十分あると言っている。

取り上げられているのは、未来検索ブラジルや携帯端末、リアル世界とつなげるという意味でリアル情報からのマイニング技術やP2Pといったものがある。そして、経済産業省が推し進めている「情報大航海プロジェクト」が紹介されている。

いずれも興味あるものであるが、なかでもぼくが惹かれたのは、リアルの世界とのつながりのところで、日本の技術で優れたもののひとつにセンサー技術がある。要するにICタグのようなものからデータを収集し、それらを解析して、サービスにつなげるようなことである。ここらあたりは日本も強いところではないだろうか。

ただ、お国が入ってきたとたんにおかしなことにならないようにしてもらいたいと思う。あまり官が主導して方向を決めるのではなく、民が主体的に動くのを支援するというスタンスが望ましい。ただ、この本にも書いてあるように超えなければいけないハードルで制度的な解決を要する著作権と個人情報保護の問題はぜひやってもらいたいと願う。

そのほか、面白いことがいっぱい書いてあって、IPA・SECのことにも言及していて、ぼくらがいつも言っているソフトウエア業界の問題も指摘されていた。

佐々木さんはぼくと同じように若い人に期待していて、本の最後は「次世代のベンチャーの人たちに、頑張ってほしいものだと心の底から思う」と締めくくっている。

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2008年2月26日

たそがれ

三重映画フェスティバルのQさんから今年もまた東スポ映画大賞の授賞式の招待状が届いた。受賞式は3月2日なので楽しみにしている。その招待状が入った封書にコメントが添えられていて、そこで、ある映画をぜひ観るようにと書いてあった。そのある映画というのが、いまおかしんじ監督の「たそがれ」である。いま東京で上映しているから観ろというわけである。

この映画は、Qさんの知合いの映画仲間の友だちの友だちでシナリオを書いているひとがいて、高校教師を定年退職した後、一念発起し三重県の津から東京に居を移してシナリオ学校で 勉強をしたという。でこのひとが書いた「耳元でそっと囁いて」というシナリオがコンクールに入賞したのだ。そして最近いまおかしんじ監督がそのシナリオを映画化したということだそうだ。そのシナリオライターの名は谷口晃という66歳のおじいさんである。

確かに東京で上映されていた。ところが場所が東中野の「ポレポレ東中野」というところでしかもレイトショーなのだ。始まりが夜の9時という。終わったら夜中の11時近くになる。おお悪条件だ。だがせっかく遠く三重県からのリコメンドなので、もちろん観てみたいこともありでかけることにする。

昨日はいつもの築地での仕事をし、終わってから近くの「さらしなの里」で酒とそばで時間をつぶす。ついでに来週の呑み歩き隊の例会の予約も済ませる。すっかりいい気持ちになって東中野に到着。ポレポレ東中野は駅からすぐのところにある普通のビルの地下にあった。観客は10人程度で若い人のほうが多い。

「たそがれ」という映画は、もともとのタイトルが「耳元でそっと囁いて」であったが、それがピンク映画の雄、いまおかしんじが映画化すると「いくつになってもやりたい男と女」というそのものずばりの題名になり、一般館の上映になって「たそがれ」となった。

このことからも分かるように高齢者の性を扱っていて、しかしそれがいやらしくなく明るく描かれている傑作である。65歳になる主人公が中学の同窓会で50年ぶりに再会した初恋の相手と再燃するというわけである。そして、二人はラブホテルで抱き合うのだが、65歳のセックスシーンって想像できますか?そりゃ、若い娘には体では負けますが、なかなかよかったですよ。

脚本を書いた谷口晃が66歳だからまさに実感として持っている気持ちや願望を無理なく表現していて、ぼくもその年齢に近いせいもあって考えさせられる映画であった。「わたし、今晩のことで残りの一生生きていける。」という言葉が重い。

ただ、初恋の相手ってそのときの相手が好きであったわけで、それから50年経った今のひとを同じように好きになれるかというと違うような気もするし、どうなのだろうか。僕はそういう目にあったことがまだないのでそのときにどういう振る舞いになるかわからない。この映画を観てから、同窓会が楽しみでもあり怖い気持ちもあるという不思議な気分なのである。
 


2008年2月27日

7回忌

昨日は大学のサッカー部の同期会があった。この会は「たもつ会」という名をつけて毎年2回程度集まることにしている。会の名前の由来は、6年前の3月に亡くなった同期のヤツの名前から採っている。まだ、50歳になったばかりでまだまだこれからというときの死であった。奥さんと娘さん二人を残し、さぞ無念であったろうと思う。その彼がなくなって今年で7回忌である。早いものである。

そんなことを思いながら仲間が集い偲んだのである。昨日は新橋の「隠れ 玲玲」という中国家庭料理の店で結局9人が出席した。いつものとおり、昔の同じ話が1/3、昔の初めての話が1/3、今の話が1/3である。よくもまあ同じ話を繰り返すかなあと思うが、まだ1/3だからいい、そのうちだんだん増えていくような気がする。

昔の初めての話のなかでちと面白かったことを。中の一人が大学入試のことで誰か本当かどうか教えてくれと言い出した。それは、僕らは早稲田大学の理工学部だったのだが、そいつは入試の時、理工以外の文科系である政経学部と法学部を受けたと言うのだ。まあ、それもちょっと変わっているが、彼が言うにはその試験でほとんど満点のできで絶対受かったと思ったそうだ。ところが不合格になった。

それで理工学部に入学したのだが、しばらくしてその落ちた原因が鉛筆で答案を書いたことだと言われたのだそうだ。どうも早稲田の文系は万年筆で答を書かないと落とされるということがまことしやかに囁かれていたらしい。彼はそういえば試験のとき周りのヤツはみな万年筆を使っていたと思い出したのだそうだ。もう40年も前の話だし、昨日のほかの連中もそんなことはあり得ないと言うし、一笑にふされたのだが、このブログを読んでいるひとでそんなことがあったという話を知っていたら教えてください。

かなり盛り上がったので呑み過ぎた。どうやって帰ってきたか記憶がない。でもこれがSOHOのいいところで朝遅くまで寝られたので多少頭が痛い程度でおさまっている。

それで朝メールを確認していたら、Qさんから昨日書いたブログに対するメッセージが届いていた。「たそがれ」という映画について書いた記事であるが、それをブログでも紹介したその映画の脚本を書いた谷口晃さんに送ったというのだ。そうしたら返事が来たので転送してくれたのである。うれしかった。それなら、もう少しましな感想を書くんだったと反省。おお、これで頭の痛いのもすこしやわらいできた。
 

2008年2月28日

乳と卵

第138回芥川賞が川上未映子の「乳と卵」に決まった。直木賞が桜庭一樹(こんな名前で女なんて反則だよね)だから両賞とも女流作家ということになった。昨今女性の作家がすごい勢いで男性陣が少し元気がないように感じられる。

さて、その「乳と卵」(チチとランと読む)だが、ぼくのような男にはなかなかわかりずらいところがあって、最初は何だこの作品はと思った。しかしながら、大阪弁の文体につい引き込まれてしまい、そして最後の「お母さん、ほんまのことを、ほんまのことをゆうてや、」という文章が止めを刺す。

この作家は、いわゆる文学少女というジャンルではなく、何しろ家に本がなかったので教科書の文章を読むのがうれしかったというくらいだから、今までの常識とは違っている。職業もいろいろなことをやっていて大阪の北新地のクラブホステスだったり、歌手もやっていたりとちょっと驚いてしまう。

ぼくは必ず芥川賞をとった作品は読んでいるのだが、年々ついていけないような気がする。逆に言うと、芥川賞を追っていくと時代の流れや空気が感じられるかもしれない。そういう意味では、この作品は男がまったく登場してこないわけで女3人だけの構成であり、それも母親、叔母という密な関係で、どうも女を描くことが今様なのかと思ってしまう。男は小説の主人公になれない時代なのだろうか。

相変わらず、石原慎太郎が吼えている。選評で「一人勝手な調子に乗ってのお喋りは私には不快で聞き苦しい。この作品を評価しなかったということで私が将来慙愧することは恐らくあり得まい。」ときた。そうなると、ちょっと意地悪っぽいけど、彼がほめた青山七恵との対比のなかで川上未映子を注視していこうと思う。

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2008年2月29日

魂萌え!

東京スポーツ映画大賞の主演女優賞は風吹ジュンで助演女優賞が加藤治子であるが、その二人の受賞の対象となった坂本順次監督作品「魂萌え!」を観る。その映画賞の授賞式に出席するのに観ていないのもまずいと思って急遽DVDを借りてきた。

ビートたけしも言っているようにこの二人の入浴シーンは見ものである。そして、風吹ジュンを評して「よくぞ自分の年齢を自覚したって感じだ。実生活の年をとることと、役者での演技でどういう役をこなすってのが、ちょうどいい時に、はっきり自覚した役をやって、評価される演技をした。」と賞賛していた。

確かに、僕らの年代だと寺内貫太郎一家の風吹ジュンだから、ああこんな歳になったのだなあと思ってしまう。それと同じように同級生として登場する、由紀さおり、藤田弓子、今陽子だってなんと歳を食ったことか。

この映画は、夫が死んでからこれまでと全く違う世界が現れて、そこで翻弄されながら新たな生活に足を踏み出すみたいな物語で、これって、「たそがれ」の女主人公がだんなと義母を失って、そのあと中学時代の同級生と情事のあとつぶやく「わたし。今晩のことで残りの一生生きていける。」と何かつながっているように思える。ぼくらの年代の女性たちが男や家庭から開放されていく時代なのかもしれない。今の若い人たちのように最初からそうではなく、またもっと上の世代のひとたちのようにじっと最後まで我慢するのではなく。

ぼく的にはラストで「ひまわり」の映像がでてくるんだけど、そのまえにデパートの屋上にひまわりの花を運ぶシーンがあり、そのあたりのこだわりがけっこう気に入ったのです。2日の授賞式には風吹ジュンが出席してくれることを期待している。
 

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