SOHOで仕事をしていると平日に近所に出かけることがよくあるが、そこで見かけるのが年寄りである。実に多い。また、土地がらかよそから観光やハイキングにやってくる年寄りもいる。みんな、定年を過ぎて、しかしまだ元気に動ける人たちだ。ぼくもそろそろ同じような年齢になってきたが、そういう人たちを見るとあまり感心はしない。
以前近所の居酒屋で呑んでいたら、どうもダンス教室の帰りにみなで呑んでいるらしい年寄り集団と隣合わさった。聞きたくもなかったが聞こえてくる会話が会社での話と似ているのだ。そのダンス教室が職場で先生が社長で見たいな感じで、だれそれさんが勝手なことばかりするとか、先生が特定のひとばかりかわいがるだとか、もう会社帰りの飲み屋の会話なのである。
もう会社を辞めたのだから、もっと気楽にあるいは気を使わないようにやればいいのに思うのだが、いつになっても上司の悪口や愚痴が好きなんですね。
また、この間はおもしろい光景に会った。保育園の園児が先生の先導できちんと並んでどこかの公園に向かっていたら、逆から年寄りの集団が旗をもってリーダのあとにきちんと並んで歩いてきてすれ違った。史跡めぐりツアーだったのかもしれない。おいおい、年老いて幼児に戻っていくのかよと思ってしまった。
歳をとってきたらもっとのんびりと好きなことをひとりでやるっていうのが過ごし方じゃないのかということと、その前に“おまえら老け込むにはまだ早い”と言いたい。ダンスやったり、ボーリングしたり、ハイキングするのもいいけどもうちょっとちがうんじゃないだろうか。いっちょあがりの人生はないと言いたいのだが、どうも定年を迎えると、そこで終わりあとは余生だとなる。
人生常に挑戦じゃないかと書いて、いやまてよ、それって言いすぎだなとも思うが、しかし、これからの日本の社会って年寄りも一緒にもうちょっとがんばらなくてはいけない社会になってきたように思うのだがいかがでしょうか。