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2007年12月 アーカイブ

2007年12月01日

謝罪会見

昨日は、朝青龍と亀田大毅が謝罪会見を行なった。朝青龍は7月にモンゴルでサッカーをしてしまって、8月に処分されたから、もう4ヶ月くらい経っている。一方、亀田は10月11日に内藤に負けているから、50日くらい経っていることになる。

人の噂も75日というけれどかつての騒ぎも沈静化して、いまや香川の殺人事件や守屋夫妻に話題が移ってしまった。そんな時期に謝罪会見である。ぼくなんか、もうどうでもいいやと思ってしまう。二人とも、騒動当時の面影は影を潜めけっこう元気になっている。やっぱり時間という薬は絶大だ。しかし、二人とも神妙な(ふりをして?)表情で「お騒がせして申し訳ありませんでした」と謝っていた。

しかし、まてよと思う。いったい彼らは“誰に対して何を”謝っているのだろうか。別に彼らが騒ぎを起こしたわけではない。少なくとも騒ぐネタは提供したかもしれないが、騒ぎを扇動したわけではない。ファンに申し訳ないと言ってもファンはファンだからおそらく謝ってもらわなくてもいいと思っているはずで、それを謝れと言ったとたんファンではなくなるのだから。ということは、騒いだのはメディアとそれをみさかいなく受け入れる一般の視聴者であり読者なのである。

ある意味勝手に騒いで楽しんだのだから、そんなやつらに謝る必要はないわけで、そうなると誰に謝るべきなのだろうか。彼らの行為で被害を被ったのは誰なのかとなる。反則?そうしたらサッカーで反則したら謝罪するの?協会のルールを破ったから?そうしたら、会社の社内規定を破ったらいちいち世間に謝罪するの?

ああ、よくわからない。どうも日本人というのは、生贄を作ってみんなで痛めつけて謝らせて快感を得るみたいなところがあって、それは今回のようなスポーツの世界に限らず、政治の世界や会社の中でも起こりえる。魔女狩りにも似たいやらしい集団心理で、最近の「空気読めない」というやつも同じようなものである気がする。もう少し、確立した個の集まりとして、冷静で客観的な処し方を持った集団であってほしいとつくづく思う。
 

2007年12月02日

番狂わせ

今年のJリーグは何とアントラーズが優勝するという大波乱の展開。前節、アントラーズがレッズをアウエイでしかも少ない人数で破ってから、わずかに可能性を感じたが、絶対無理だと思っていたので、奇跡の大逆転劇にびっくりだ。

終盤にきて、アントラーズは連勝、レッズは勝ちきれないという正反対の状態になり、あれだけ開いていた差が一気に縮んでひっくり返った。まあ、レッズはAFCチャンピオンになってそこがピークであとは力が入らなかったのだろうか。天皇杯の予選も全くの格下に完敗した。

チームとしてのコンディションを維持することの難しさ、とくに精神的な面で高いモチベーションを長く保つのは大変なんだろうと思う。よく「心技体」というが、これは個人のことだけではなく、チームにあてはまる。その中でも波があるのが「心」で、そこをどう調整していくかが組織力というものではないだろうか。

しかし、最後は何と言ってもにレッズがJ2降格が決まった横浜FCに負けるという考えられないことが起きたことが、こうした結果をもたらした。でも、勝負の世界はこんなことが起こるんですね。これを「番狂わせ」という。

これも「心」のなせる業である。「技体」に差があるから、戦前に片方の圧倒的有利が予想される。「技体」はそう大きな波はないから、「心」の差が番狂わせを生むことになる。強者の油断、おごり、勝って当たり前のプレッシャーに対して、挑戦者側の失うものは何もないという開き直り、気楽さが、時として結果を逆転させる。

昨日の野球の北京オリンピック予選のフィリピン戦もそういう状況での試合である。日本の圧倒的な強さから、誰もが日本の圧勝を予想したが、いざ試合になれば試合の初めころの日本の試合運びなんては強者の堂々さはどこへ行ったとなる。

結果的には10対0で7回コールド勝ちしたが、ボカスカ打ってという感じではなく、グランドの悪さや守備力のなさに助けられた面がある。この試合では、ほんと圧倒的に差があったので「番狂わせ」はおきなかったが、もう少し差がないような状態だったらわからなかったと思う。

だから、スポーツの真剣勝負はおもしろい。
 

2007年12月03日

星野ジャパンの戦い方

またまた、スポーツネタです。昨日の野球の北京五輪予選は何とか韓国に勝って、予選突破に王手をかけた結果になった。長い試合で見るのも疲れたがやっている選手のほうがもっと疲れただろうし、なんといっても監督が一番疲れたのではないだろうか。

この試合で星野監督の戦い方をある選手と監督との比較で探ってみる。

ある選手というのは、マラソンの佐藤敦史選手のことである。昨日の福岡国際マラソンで好記録で日本人トップの3位に入り、北京行きの切符をほぼ手中にした。なぜそんなことと関係があるのかというと、昨日のレースでとても印象に残っているのは、34キロ手前くらいで、それまで並走していた3人の中から、佐藤選手が猛然とスパートしたことである。

結果的にはすぐに追いつかれてしまい、逆にあとの二人のスパートについていけず、3位に甘んじた。彼はなぜあそこでスパートをかけたのだろうか。もしが許されるなら、ずっとついて行ってもっとあとで勝負をかけたらどうなっていただろうかと思ってしまう。

結局、余裕の持ち方、持たせ方を考える“余裕”がなかったのだ。それは、おそらく日本人ランナーは積極性がなく、もっとはやく勝負しなくてはいけないという周囲からの呪縛に負けたのではないのか。

そこで星野ジャパンである。ぼくの感心したのは、岩瀬を6回途中から8回まで投げさせたことだ。それこそ周囲からの声は、8回藤川、9回上原だったのではないのか。まあ、8回に4点目が入ったからかもしれないが、よく続投させたと思う。

ところが、試合後の監督のインタビューで、そのことを聞かれ、「球児で行こうかと思ったが、延長もあるかもしれない」と言葉短く語った。なるほど、そこまで考える“余裕”だ。

さらに、この短く語ったところに星野の真骨頂がある。藤川を使おうと思ったがと言ったことで、ぼくはひょっとすると藤川を出すことが恐かったのじゃないかと邪推する。また、あまり延長になることを想定したと声高に言うと投げていた岩瀬や上原を信頼していなかったことになる。そこであの言い回しなのだ。

もうひとつの監督との比較のことである。それは、オシムと重なるところだ。何かと言うとオシムがジェフの選手を重用したのと同じように、星野は中日の選手を重用した。自分のスタイルを貫こうと思ったらそれを理解してくれる選手を使うの一番である。

うーん星野もなかなかやるなあ。今日の台湾戦に勝って北京への切符を手にしてほしい。
 

2007年12月04日

同期という名の連帯感

いま、はてなで81年生まれ集まれみたいなことで盛り上がっている。うちの社長が言いだしっぺみたいだが、有名なamachangがブログで呼応したので多くの同世代の人間が何か一緒にやろうというノリですごいことになっている。

こうしてみると、同学年だとすぐに共感するみたいですね。野球でも松坂世代なんて言われて同期ががんばるなんてこともある。

以前、テレビでさんまと松山千春が対談していて、この二人は同学年なんですね、そこで、同学年のヤツを集めて何かやろうという話をしていた。そうしたら、この学年ってすごいんですよね。二人のほかに、歌手でいうと、西條秀樹、郷ひろみ、野口五郎の御三家、世良公則、麻丘めぐみ、そして何と桑田佳祐というそうそうたる面々。スポーツ界でも、江川、掛布に千代の富士、お笑いも島田紳介とくるとタレントが輩出された黄金の世代と言えるかもしれない。

じゃぼくの世代はと気になってくる。これがまた、濃いメンバーです。歌手では、沢田研二、にしきのあきら、谷村新司、泉谷しげる、山本コータロー、井上陽水、南こうせつ、高橋真梨子、野球なら、江夏豊に山田久志とくりゃあ、あくが強いですね。あとは、なんと言っても糸井重里に村上春樹だ。

やはり同期生というのは、気になるし、彼らが活躍していると自分もがんばらなくてはと思ってしまう。そういう存在なのかもしれない。

同じ時代に生まれ、同じ歌を唄い、同じ映画を見たという時代を共有したという思いが連帯感を生むのだろう。

しかし、同期で何かことを起こすってどんなことがあるのだろうか。野球なんかでは同期でチャリティみたいなことをやっているのを聞いたことがあるが、政治家の同期は当選した年を言うし、ほかではあまり聞かない。

先日、高校の同期のヤツと話していたら、そいつは3年後に民主党から参議院選挙に出るとか言っていて、かれの大学の同期である民主党の河村たかしと相談しているらしい。その話の中で3年後には民主党がないかもしれないぞとおどかしたら、だから「団塊党」を作りたいんだと言っていた。こんな行動の起こし方もありかもしれないですね。
 

2007年12月05日

ビジネスコンポーネント指向開発(12)

組織のアクティビティと人間のアクティビティ

ビジネスプロセスにはマクロワークフローとミクロワークフローがあるということを言ってきて、ミクロワークフローは、人間主体のグループとしての情報共有型業務であることも言ってきた。

ところでさらにもう少し踏み込んで考えると、個人の業務管理はどうなのということがある。この個人の業務管理というのは、フローではなくタスク管理ということになる。すなわち、個人のタスクが、いまどういうものを抱えて、それがどんなステータスなのか、期限がいつなのかというようなことを管理することが重要になる。まあ、TO DO管理ということかしれない。

一方、以前業務コンポーネントの種類ということで、書類という定義だけでは収まらないこともあって、プロセスの開始点、例えばコールセンターのクレーム受付といったものは、書類化以前のアクションで、こうしたものをどうするかという課題があった。

また、プロセスの途中でも、「計算処理」だとか「作業割付」みたいな割り込み処理のようなものが入る。それは、別のサービスとして処理を依頼して、その処理結果を戻してもらうということがある。それをどういうやり方、あるいはどういうサービスツールで実現するのかという課題もあった。

計算処理は大体がEXCELでいけると思うが、ほかのところをどうするのかが課題であったが、個人のタスク管理という視点のツールが多分これを満たしてくれるような気がする。すなわち、ここでもガチガチスタイルの管理ツールではなくもうちょっとゆるやかなものです。

そうなんですね、人間関係に入ったら、人間の脳コンピュータに任せて、機械コンピュータはおとなしくしているというのが望ましい態度なのではないでしょうか。そういう意味では、ゆるいシステムがいいのだが、ただそれだと野放図になっても困るので、ある種のルールあるいは作法がそれを規制する姿でいいんじゃないかと思う。

それで、最近「グルット」というツールを注目している。イッシュートラキングシステムと名乗っているけど、まあタスク管理システムでいいんだけど、要はEXCELライクの表で自分のタスクを管理するソフトなんだけどゆるいからいい。

システムの歴史は、システムが人間を支配する、あるいは人間の振る舞いを表現できるというように動いた気がする。しかし、現実は、システムは人間を超えられないという当たり前の事実に向き合っている。システムの生物化がいまだにできていないということである。

じゃあどうするかというと、もっと人間と融和した関係を“システマチック”に作ることが大切なのではないだろうか。プロセスのつなぎに人間が介在するという言い方もできる。

だから、これからの「BPM+web2.0」がその傲慢さを反省し、人間との共生を目指したシステムになりうることを期待するのである。
 

2007年12月06日

やはりボンドはカッコイイ

最近、家の近くにTSUTAYAができたので便利になった。早速、DVDを借りてくる。「007/カジノロワイヤル」だ。007といえば、ぼくらは、ショーン・コネリーとロジャー・ムーアなのだが、この作品は、ジェームズ・ボンドにダニエル・グレイグを起用。

この007は、これまでの作品と全く違ったものになっている。今までの延長だと思って見ると、なんじゃこりゃとなる人もいるかもしれない。そのくらい、ご破算で願いましてはである。だから、いいか悪いかの判断は、前の作品に比べてどうだとかができない。

それはそれでいいのだが、のっけからすごいアクションで、おおダイハードでねえか、そして、殴るわ残酷に殺すわで、ちとリアル過ぎる。その最初のシーンのあとから、カジノのシーンぐらいはうんうんとなるが、最後のアクションでまた建物がぶっ壊れて水中に放り投げられる。またまた、ダイハードだ。

アストンマーチンも走って活躍しないで、止まった車の中の道具が主役になるのである。これまでは、いろんな荒唐無稽な仕掛けを楽しんだのだが、むしろダニエル・グレイグの引き締まった肉体とアクションが売りのようだ。あ、やっぱり前作と比較してしまった。

ということで、ゼロベースで見ればなかなかおもしろい、よくできた作品と思いますよ。ただ、ダニエル・グレイグがプーチン大統領に見えてきてしょうがなかった。

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2007年12月07日

キックオフミーティング- 親子丼的ビジネス奮闘記(18)

いよいよサンプル開発プロジェクトがスタートです。いろいろ考えた結果、このプロジェクトのコードネームも手法の名前も前に言ったのとちがうものに変えた。プロジェクトのコードネームが「Kailas」で、手法というかBPMフレームワークになるが、「BPM+Web2.0」(略称:BPweb2.0)です。

「Kailas」というのは、カイラスと呼びますがチベットにある山の名前からとっています。正しくは、Kailashといいますが、呼びやすくhをとりました。チベット仏教やヒンズー教などの聖地といわれ、まだだれも登ったことのない未踏の山です。だれもやったことのない新しい手法であることの気持ちを込めています。登った時の見晴らしは素晴らしいものであると確信しています。「BPweb2.0」は最初のBW2から直接的でわかりやすい方がいいと思って変えています。

きのうは、そのプロジェクトの第1回目のミーティングを行ないました。4社からメンバーに集まってもらい、プロジェクトの主旨や概要について、ぼくの方から説明し、会社紹介、自己紹介を行ないました。

そのあと、ターゲットにしている「店舗修理受付プロセス」について、実際にいま従来型の開発方法で行なっている会社から説明を受けました。そのとき、このプロセスは、店舗修理だけにとどまらず、いわゆるカスタマーサービスの領域のひとつであるので、汎用性が高いプロセスです。ですから、いいものができたら水平展開できる可能性が大きいのでおもしろいことになりそうだ。

それと、従来型のものと比較していくとき、こういう業務プロセスというのは、ただプロセスを作ったらおしまいではなく、そのあとのプロセスコントロールとモニタリングがどうしても要るよねという議論になって、従来型でそこまで仕組みを作るのかという話になる。やはり、ビジネスプロセスのライフサイクルをマネージすることが要求されると、BPMSのようなツールが必ず必要になる。そんな議論もあった。

プロジェクトはこのあと業務フローを描いていくわけだが、それをどうやって描いていくのかが議論になる。業務フローさえ描けてしまえばあとのBPMSはそんな難しいことはない。要するに、“美しいプロセス“をどういうふうにして、誰が描いてもだいたい同じようなものになるかが最大のポイントである。

いま、従来型で開発しているといった会社では、詳細な業務フロー図を市販のツールを使って、ある記法に従って描いているのだが、描く人によって描き方がバラバラで困っているというようなことを話された。

さあ、来週の第2回の定例会でそのあたりの議論をしていきます。

この会議の後、日商エレのUさんと米国SAVVION社に今年の3月までの6年間在籍したというKさんと近くの「つきじ天辰」で会食。

Kさんは35歳と若いのだが、いま外資系の会社でデータベース管理ソリューションのコンサルをしている。何回か書いたと思うが、プロセスをやっているとデータを忘れたりする。だから、プロセスだけではなくデータも見てバランスを取らないといびつなシステム構造になってしまう。そこが大事なみたいな議論をして、今ぼくらがやっている「Bpweb2.0」のことも話したら、以前米国SAVVIONでも同じような議論をしていたというようなことなので、すぐに理解をしてくれた。これから何か一緒にやろうねということで握手。

ここはてんぷらもてんぷらもうまかったが、さしみもいける。てなわけで最後のかき揚げ丼まで食べて呑んで大満足。その帰りに久しぶりに銀座の「M」に寄る。いつもの楽しいおしゃべりをして帰るときに、マスターからビジネス開始記念にワインを一本いただく。マスターはいつも何かいいことがあるとワインのプレゼントしてくれる。ありがたいことだ。
 

2007年12月08日

いまどきの結婚事情

ぼくの埼玉に住んでいる姉の娘、すなわち姪が結婚することになった。27歳だからいいところだ。相手は29歳でコンサル会社に勤めている。これもいいところだ。

で、結婚式はいつなんだろうと思っていたら、先月末に池袋の近くのマンションに引っ越したという。だから今は二人でそこから会社へ通っている。いったい、結婚というのはどの時点のことを言うのだろうか。ぼくらのころは、ちゃんと結納をして、結婚式をあげ、そのすぐあとに新婚旅行に行き、そして籍を入れるという決まりきったプロセスがあったはずだ。しかも、結婚には仲人というものを立て、式には親戚一同を招待するのが当たり前であった。

いつのころから、このしきたりが崩れたのだろうか。いまや、仲人を立てないのは当たり前で結婚式もやらず、友達だけで祝うみたいなことが多くなっているのだそうだ。

うちの親戚はけっこううるさいところがあって、もう10年近くまえにぼくのいとこの息子が結婚することになったが、式は内輪でということでやったら、そのいとこの母親の実家(ぼくの母親の実家でもある)を呼ばなかったことで問題になって、いまだに仲たがいしている。ところが、いまはそんなどころではなくなった。内輪でも式をやらないのだから。

ただ、ぼくはそれでもいいと思っている。だって、盛大に式をあげてもすぐに分かれてしまうのだから。まあ、結婚はますます二人だけのものになってきた。

で、その姪っ子は、3月ぐらいに籍を入れるそうだが、式はやるかどうか分からない。さて、うちの86歳になるばあちゃんの「結婚式ぐらいあげないことにはしょうがないだろ。わたしゃお前の花嫁姿を見て死にたいよ」というプレッシャーに勝てるだろうか。姪っ子は大学生のころ2年間ばあちゃんの家に下宿していたので余計プレッシャーかも。
 

2007年12月09日

論点4 仮想通貨 -「ネット未来地図」から

本の要旨 - 電子マネーはリアル社会をバーチャルに引きずり込む

広告費がポイントプログラムに流れているそうだ。なぜかというと、今までと違って効果測定ができるからである。そのメリットというのは、顧客属性の入手とそれに連動して、ターゲティング広告が打てることである。だから、効果測定も簡単だ。

そこでは電子マネーが乱立している。よく知れているところでは、Edy、Suica、PASMO、nanaco、WAONなど多くの電子マネーが登場している。なぜこのように電子マネーやポイントが乱立し、統合されていないかというと、個別に顧客囲いこみをしたいからなのである。

ただいまのように統合化されていないと消費者の利便性は悪くなる。だから、これからの方向性としては、お互いが融通しあえるインターフェースが出てくると思われる。このインアターフェースが共通化され、ポイント交換が標準化されると、いよいよ電子マネーが社会のインフラになってくる。

ぼくのコメント

2005年のポイント発行総額がなんと4500億円以上なんだそうです。すごいですね。でもぼくなんかそのうちどれだけ有効に使っているのだろうかと思ってしまう。電話のプリペイドカードを考えたやつはすげえ頭がいいと思うが、あれと同じで捨てているのも結構あるんじゃないかな。

いま、ビックカメラのカードを作っている。Suicaと合わさったやつでビックカメラで買い物をしても、電車に乗ってもポイントがたまる。こういうカードを持つと現金をもたなくてもよくなってくる。でも、少し変な感じなのだ。やはり、何かを買った時は、財布からお金を出して払うことで、ああ散財したのだなあという実感がわいてくるものなのだ。

それがカードをかざすだけで買い物ができてしまうと、自分のお金という実感が薄くなって思わず無駄遣いをしてしまうのではないだろうか。ただ、便利なのは否定できない。

まあ、個人のバーチャル経済なんてたかがしれているが、マクロ経済のバーチャル化の方がもっと恐ろしいことになっている。サブプライムローン問題なんてカードで家を買った感覚なんじゃないかな。

そこで動いているお金が半端じゃないわけで、人間ってある閾値を越えるとリアリティを失ってゲームの世界に入っていく。いまの株や投資のバーチャル経済は怪物化してしまっている。

チャップリンの「殺人狂時代」の“ひとりを殺せば犯罪者だが、100万人殺せば英雄だ”じゃないが、大きなお金を動かしているとそんな感覚になるんじゃないだろうか。すいません、だいぶ飛躍し過ぎたようです。

それにしても、どんどんバーチャル化していくが、“ものをさわった”感触を忘れないでいたいものだ。
 

2007年12月10日

乱れない柔道着

昨日テレビを見ていたらテレビ東京で柔道をやっていた。嘉納杯東京国際という大会だ。なぜテレビのゴールデンタイムに柔道なんだとか思うのだが、最近テレビ局がスポーツ中継を丸抱えでやる方式がはやっていて、試合前に自局でさんざんPRして視聴率をかせぐというやり方だ。日テレのFIFAクラブワールドチャンピオンシップもしかりである。

さて、その柔道だが、まあ日本人が優勝するようにしているんだろうけど、なかでも目を見張ったのは、女子52kg級で優勝した中村美里という18歳の現役高校生のことである。この子は2005年の福岡国際女子柔道48Kg級で優勝して、このとき16歳だったので、田村亮子の再来だと言われた。

翌年は期待が大きかったのかそんなに成績があげられなかったが、今回は上の階級に上げての優勝である。減量の負担から解放され動きも軽快でスタミナも十分で堂々の優勝だった。

しかし、この優勝も称賛すべきだが、ぼくがすごいと思ったのは“乱れない柔道着”のことである。どの選手も特に男子選手がそうだが、試合が始まってすぐに柔道着がはだけてひらひらしている。おまえら帯がいらねえじゃないかと突っ込みたくなる。どうしてそうなっちゃうのだろうか。ひとつにはあの引き手争いとか称して、なかなか掴まそうとしない、掴んだと思ったら引っ張りまわすだけで技をかけない。こんなことを繰り返したら柔道着も乱れる。

ところがだ、中村美里ちゃん(いきなりちゃん付けですいません)は、ぜんぜん乱れないのだ。帯からはみ出ない。それでも勝ってしまう。もう素晴らしい。この子は顔もかわいいし、何より試合中のクールさが何とも言えない。いっぺんにファンになってしまった。

いいですか。みなさんよく覚えておいてくださいね。この子は間違いなくすごい選手になりますよ。
 

2007年12月11日

技術は共通語だ- 親子丼的ビジネス奮闘記(19)

BPWeb2.0のサンプル開発プロジェクト(Kailas)は、これから業務プロセス設計の技法とCMSのカスタマイズに入っていく。業務プロセスの設計技法は大体できているのだが、それを知らない人が設計をしてBPMのモデラーで書いたらどうなるかを見てみることになる。

ちょっと意地悪かもしれないが、何もルールや作法がない中でプロセスを書くとどうなるかは結構重要なことである。逆に言うと、ルールや作法の有効性が見えてくるはずだ。世にプロセスフローを書くツールや記法は多くあるが、ほとんどがお絵かきツールであり、書く人によってできあがりのフローが違ってきてしまうということと、実装を全く意識していない。

これでは書いたはいいが、いったい何が正解で、さあそれからどうしようとなる。ですから、重要なことは実装をイメージした、というよりすぐに実装ができるようなプロセス設計が求められるのである。そうすれば、ユーザにもすぐに理解してもらえるし、できあがりのイメージが湧いてくる。

昨日は、SAVVIONのインストラクターをやっている女性にモデリングをお願いしたのと、CMSのカスタマイズのお願いをタイムインターメディアのSさんにしてきた。

モデリングは、どんな人がやってもある程度同じようなものができるかということと、実装につながるものになるかという課題を解決することができるかがポイントである。

一方、CMSの方は、「Plone」を使うか、タイムインターメディアの製品である「幕の内」を使うかの議論になったが、「Plone 」をカスタマイズすることに決定。Plone は何でもできるCMSであるが、何かするにはそれなりの技術がいるというものである。それに対して「幕の内」は、用途を外部発信サイトに絞って、ユーザでも比較的構築しやすいようにカスタマイズしたものである。

従って、このトレードオフの関係をどうアジャストするかになるが、今回のアプローチとしては、広いところからだんだん絞っていくことを選択したので「Plone」となった。

やはり、問題はBPMとCMSの連携のところでどういう方法でやるかがこれからの議論になる。いつの時代にもシステム間の連携をどうするかが重大な問題となる。データ連携なり、アプリケーション連携なり、ここのところをどうするかをずっと悩んでいる。そのために、MQだとかEAIとかSOA、MashUpなどが登場してきている。

ここって、わかっている人が少なくて、単一アプリを作る人はいっぱいいるが連携となるとなかなかわからないというのが現状である。というわけで、今回もまたBPM側のAPIのところが焦点になるというか、そこをよく調査してということになった。(オープンじゃないことも起因)。

さて、僕は自慢じゃないけどまともなコーディングをしたことがない(実は30年前に回帰分析のプログラムをN-88Basicで書いたことはある)ので、CMSの話ができるかなあと危惧していたが、実現したい機能やこんな技術はどうかといったことを話していくとこれが通じるのだ。技術論議は共通の目的、あるいはひとつのゴールといったほうがいいのかもしれないが、そういうものがあるので、比較的話せるものなのだ。

ところが、これがビジネスのことになると、必ずしも答えはひとつではないし、どうしても思惑だとか、計略だとかが入り込んでくる。だから、問題はこれからのビジネスの話でちょいと頭をひねらないといけないなと思っているのである。
 

2007年12月12日

やはりというか言った通りだろ

年金問題のことである。昨日、舛添大臣が該当者不明の5000万件の解明に対しギブアップ宣言。ああやはり予想通りである。6月にこのブログでもこの名寄せ問題についてエントリーしたが、そこでこの問題の解決はものすごい難しいと指摘した。その通りになった。

ところが、そのとき安倍総理は、専門家の意見を聞いたらできると言っていたのでやれるんだとか、やけに自信ありげだった。いったいこの専門家とはだれなのか。

少しでもコンピュータをかじった人なら、そんな軽々しくだいじょうぶだなんていえないはずだ。こういうものは、外側でみていていけそうだと思っても、内側に入り込んでみると、すごいことになっているというのが常識なのだ。言い換えれば、難しいことは、その難しさゆえに表に出てこないという当たり前の事実を忘れているということなのだ。

それをまた、舛添さえも間違ったのである。まあ、彼の場合は、ちょいと意気込み過ぎたわけで、大臣でなかったらそんなことはすぐにわかったはずだ。

またぞろ、これで民主党が大臣の辞任要求だとか言い出すだろうけどやめてほしい。それこそ、やれますと言ったことで誰が被害を被ったのよ。そんなことを追求してどおうなるの、それで年金問題が片付くならおおいにやってほしいが、そういう話じゃないのであって、これは与野党もお役所も国民もみんないっしょになって乗り切ることが大事なのである。

ほんとまた、アホな議論が始まりそうでいやになってしまう。
 

2007年12月13日

らくごDE枝雀

もう何回か桂枝雀という落語家をもちあげているが、その枝雀が書いた「らくごDE枝雀」(ちくま文庫)を読む。この本は、以前森永卓郎が採り上げてくれて、それで読もうと思って捜してもなかなか本屋に置いてなかったが、オアゾの丸善でやっと買った。

この本は、落語も5つほど載せてあるが、途中に落語作家の小佐田定雄との対談が挿入されている。この対談がおもしろい。何がおもしろいかというと、落語というものの笑いがどうなっているのかということについて、理論的に解き明かしてくれているところである。何しろ、枝雀は神戸大学を卒業しているくらいだから、勉強家である理論家でもあるのだ。

なかでも、もっとも興味をそそるのは、サゲの4つの分類で、落語のサゲには「ドンデン」「謎解き」「へん」「合わせ」の4つに分けることができるというのだ。

「ドンデン」と言うのは、ドンデン返しのドンデンで、“「こっちかいな」と思てたら「あっちやった」というやつですわ”である。「謎解き」というのは、“きき手が不思議な状況を提示されて「なんでそんなけったいなことがおこるんやろ?」と疑問を持ったその瞬間の解答が即サゲになるわけです”となる。3つ目の「へん」は、“ほんまにあるような噺をしてて、最後に変なことがおこって常識の枠を踏み越えた時噺全体がウゾになって終わるというやつです”。最後は、「合わせ」ですが。これは“セリフでも趣向でもなんでもええんですけど人為的に合わせることでサゲになるというわけだ”そうだ。

なるほどと思う。こんなふうに落語を分解して分類して見せてくれたのは枝雀が初めてなのじゃないだろうか。この分類に従ってみていくと実にうまく整理できている。

それとか、笑いは「緊張の緩和」から生まれるとか、おもしろいはなしが満載である。もう枝雀はいないので高座で見ることはできないが、この本を読んであらためて枝雀のすごさを実感した。本当に惜しい人を亡くしたものだ。

2007年12月14日

BPMオン会とオフ会

昨日は、午後一番からBPWeb2.0のサンプル開発プロジェクトの第2回定例会。議題は業務プロセスフローの描き方の検討と簡易プロジェクト管理ツール「グルット」の説明を行なった。プロセスフロー図の描き方でについては、再三言っているようにBPMでは、フロー図さえ描ければぜんぜん難しくない。ですから、いかに“きれいな”フローを描けるかが非常に重要なポイントとなる。

昨日はまず、既に描いてあるBPMNの記法に則ったフローをベースに議論。論点は、業務フローの描き方のルール、作法をどうするかということと、描いたフローをユーザが見て自分たちの業務がわかるかどうか、そしてできたフロー図から実装の姿が見えてくるのかということであった。

どうも今のBPMの論議でBPMNで描けとか言われるが、確かに記法を統一することは意味があるかもしれないが、ぼくはそんなに重要ではないと思っている。単なるお絵かきになっていて、先に言った論点でいえば、描く人によってまちまちなものになるし、ユーザが見てもよくわからないし、さてそこからどう実装するのだということになる。だから、もっとわかりやすくすぐに実装ができ、ユーザに見てもらえるものが真のBPMであると考えている。

具体的にはどうするかはだいたいできているけど、もう少し議論をして最終化して行こうと思う。

さて、「グルット」ですが。これはIssueTrackingSystemとなっているが、簡易的なプロジェクト管理とかToDo管理あるいはタスク管理のようなツールで、EXCELライクの使いやすいソフトです。いま、これを顧客接点である依頼受付業務に適用しようと考えている。

BPMのプロセスの起点となるコンポーネントである。プロセスは当たり前ですが、始点があって終点があって成り立つわけで、この始点となるアクティビティは何なのだろうか。

そのひとつとして依頼受付というのがある。コールセンター業務といったらわかりやすいかもしれない。そこで受付けがなされると内部的な処理プロセスが動きだすのである。内部的なプロセスはBPMになる。昨日の説明やデモで一応の理解をしたが、使えそうな目処がたったので組み入れることになった。

定例会のあとは、BPMのオフ会忘年会です。このBPMオフ会というのは、BPMに関心がある人たちをネットで集めて意見交換や勉強をしようというもので、今年の5月に立ち上がった。まだ、一回しかオフ会をやっていませんが、夜の呑み会は3回目になります。ぼくは、全部出席しています。

ところが昨日のオフ会の開始時間がなんと夜の8時からだという。ううー時間をどこでつぶそう。で思いついたのが、一緒にオフ会に参加するOさんにオフ会の前に一杯ひっかけて行こうと言ったら付き合ってくれることになり、銀座のMで軽く呑んでいく。

参加者は9名で韓国家庭料理を食べながらワイワイガヤガヤ。今回は9名のうちぼくとSさんの二人が60歳くらいで残りの人が20代後半といったところ。ですから、親子ほどの年齢差がある。こんなオフ会も珍しいのじゃないのかな。でもSさんなんて、昨日は盛んに「Facebook」にはまったとか言って、こりゃ若いやつより進んでいる。こうして息子みたいな若者と酒を呑むのも楽しいものだ。

ということでBPMにどっぷり浸った一日であった。ああおかげでACミランと浦和レッズの試合をライブで観られなかった。
 

すっかり綿帽子の富士山

ここへ来て冷えてきましたが、富士山も真っ白になってきました。
もうすぐお正月ですね。

fuji1214.JPG
 

2007年12月15日

バベル

あれだけ話題になった作品だったので、早く観たかったのだが、やっとDVDを借りてきた。話題になったと言っても、どんな作品なのかとか、評判は知らないで観た。

ストーリーは、モロッコを旅行するアメリカ人夫妻の妻のほうがバスの中で銃弾に倒れたところから、それぞれつながりのある世界各国の4つの家族にふりかかる様々な事件を並行的に描いている。

この映画の惹句は、「はるか昔、言葉は一つだった。人間たちは神に近づこうと、天まで届く塔を築く。怒った神は言葉を乱し、世界はバラバラになった…」、これが、旧約聖書のバベルと呼ばれた街の物語。どうもテーマはこの「バベル」にちなんで人々の心の断絶、家族でも通じ合えない孤独をテーマにしているようだ。

しかし、この壮大なテーマに対し、成功したこどうかと問われれば、ぼくは必ずしも成功したとは思わない。ぼくは基本的には映画の批判はしたくないのだが、やっぱり気になるものはそれなりに書いておこうと思う。

なんとなく、4つの家族における心の断絶やつながりを描いてはいるが、それはそれで深い意味があるのであって、そこを4つに分散されてしまって当然ひとつずつの掘り下げが不十分だから、なぜこんなシーンがあるのかといったところがある。

ブラピ演じるアメリカ人夫妻も二人の間の確執なんかがあるんだろうけど、ちゃんとそのいきさつみたいなことが描かれていないので、奥さんがケガをしても、感情移入できないのだ。それそれで想像力や洞察力を働かせろよと言われても無理だ。

また、なぜ日本が入ってきたのか、日本人のハンターがモロッコに狩りにいきそこで親切にしてもらったガイドにあげたライフルをその子どもが撃って、バスの乗客であったアメリカ人にあたったっていうつながりって無理がありすぎ。

しかも、菊池凛子演じる高校生がやたらエロイ感じが強く、なぜアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされたかよくわかんない。ネットなんかでも賛否が二つに割れた作品で絶賛する人もいるが、ぼくは感動できなかった。そう、理解できたかできないかというより、単純におもしろくなかったのだ。
 

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2007年12月16日

過剰と破壊の経済学

非常に多くの人に読まれる、あるいは影響力のあるブログを書くひとを「アルファーブロガー」という。そういう人のひとりに池田信彦さんがいる。この人は元NHKの記者で今は上武大学大学院教授であるが、ブログ上でITやメディア、経済学などで多くの発言を行っている。

何しろこの人のブログは、平日で平均25000アクセス、ユーザ数でいうと平均1万人の人が見ている。小飼弾さんのブログはもっと多いらしい。ちなみにぼくのブログはやっとこさ1日平均100人です。

その池田信彦さんが書いた「過剰と破壊の経済学」(アスキー新書)を読む。副題が「「ムーアの法則」で何が変わるのか」というもの。有名な“半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる”というやつである。この法則により多くの企業が成長し、また消えていったのである。まさに過剰と破壊の経済学というわけである。

確かに、ムーアの法則は大きな影響があったが、それは主としてハードウエアの世界で、そのハードウエアの劇的なコストダウンが及ぼすイノベーションである。ところが、一方でソフトウエアの世界はというと、ハードウエアの劇的な変化についていけてない面がある。そして、放送・通信の分野では、インフラが限りなく低コストになってコモディティ化したとき、ボトルネックは通信回線や電波ではなくコンテンツになってくる。そういう変化なのである。

本当に、このたった半世紀でものすごいことが起きている。おそらくぼくらが感じている以上にすごいことで、さらにこれからも革命的なことが起こるに違いない。ぼくが生きているうちにこのIT革命はどうだったのかを知ることは到底できない。そんな時代に今生きていることをこの本は教えてくれる。

まあ、トーマス・フリードマンや梅田望夫の本をよんでいれば、似たようなことが書いてあるので感動はしないし、ブログをいつも読んでいるから言っていることに若干新鮮さがないということもあり、前半はそうだねという感じで読み流した。しかも、ブログの歯切れのよさが少し薄れていたりして、おいおい池田節を聞かせてよと思ったりした。

ところが、後ろのところの通信とか放送に関する文章でやっと本領発揮ときた。得意な所でもあるし。特に持論でである今や障害は著作権や個人情報保護であるという切り込みはすかっとする。
そして、最後に問題提起として次のようなことを言っている。

「ムーアの法則」は、情報処理の主役を大企業や官僚からユーザに移して「民主化」し、ITで武装した個人が直接グローバルにつながる世界を実現した。 それは、フラット化してみんなが平等になるユートピアではなく、既存の権威や肩書きが意味を失ってすべての個人が対等に競争し、情報処理能力による所得格差が拡大する孤独な世界である。

さて、こうした世界をぼくらはどうしていったらいいのだろうか。何はともあれ、よくまとまった良書です。
 

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2007年12月17日

幾何学サッカーACミラン

トヨタ・クラブW杯でACミランがアルゼンチンのボカ・ジュニアーズに4-2で圧勝した。戦前の予想ではもう少し接戦になるかと思われたが、後半のミランの攻撃にボカは沈んでしまった。

まあ、ミランの周到な準備でコンディションがよかったことが大きな勝因であろうが、やはり、カカ、セードルフ、インアザーキの強力トライアングルが機能したのが大きい。前半はそうでもなったが、後半は完全に中盤を制して主導権を取った。

この3人は、カカは直線的な動き、セードルフは曲線的な動き、インザーキは点としての動きとそれぞれの特徴を生かし、連携していきながら相手に迫っていく。これがなんとも素晴らしいのだ。

カカの良さはみんなが言っているから多くは言わないが、ぼくが一番ひきつけられるのは、そのゴールへ向かうスピードで、彼はボールを受けるといつもゴールへ向こうとする。向いたと同時にゴールに向かって走り出す。この一見単純なプレーが最も効果的で、相手ディフェンダーにとっては脅威となる。

巧みなフェイントもないし、トリッキーな動きをするわけでもない、ひたすらゴールに向かう。このシンプルなスタイルが美しいのだ。そうです、“Simple is beautiful”。

だって、サッカーは、ゴールを入れることが最終目的なのだから。ドリブルをすること、クロスをあげることが目的でも何でもない 、ゴールを入れてこそ勝利が待っているのだ。だから、カカは直線的に動く。しかも速く、バランスがいい。前にも言ったけど、ケガさえなければ、しばらくは「カカあ天下」が続くんじゃないかな。

その点セードルフはカカの直線的な動きをサポートするように曲線的に動く。ポジションにとらわれずに縦横無尽に走り回る。その精力的な動きは最初は抑えられても、徐々にフリーになっていく。昨日も前半は何とか捕まえていたが、後半はかなり自由にやられていた。

インザーキは、日本の選手も見習ったらいいと思う。佐藤寿人や幡戸なんかはプレースタイルが似ているので参考になるのじゃなかな。と言ってみたが、結局持って生まれた才能が一番大きいのかもしれない。

ということで、直線と曲線と点の幾何学トライアングルが南米の高い個人技の組織力サッカーに雪辱した。
 

2007年12月18日

プロダクト開発とアプリケーション開発- 親子丼的ビジネス奮闘記(19)

システム開発という場合、対象を何にするかで開発の様相がだいぶ違うように思う。ところが、世の中の議論はそこのところを一緒くたにしている。

この場合の対象というのは、片やプロダクト開発というか、ソフトウエア開発のことである。もう一方は、アプリケーション開発で特に業務アプリケーション開発のことである。この二つは、同じ開発といってもずいぶんと違うのである。もっと言えば。業務アプリケーションの場合に、開発という言葉が適当ではないのではないかと思う。

わかりやすい例え話で言うと、家を建てる場合、建築材料や工法は開発するというが、家を開発するとは言わないで建築するとか構築するとかと言う。システム開発の場合の業務アプリケーションは家に相当するから、業務アプリケーション開発と言わず、業務アプリケーション構築と言うべきなのである。

そもそも、このあたりの考え方が一般化されていないので、つい業務アプリケーションは開発するものだと思ってプログラミングし出すのである。

家の例え話をもう少し言うと、家にも建売と新規建築もあり、戸建と集合住宅もありという風にその用途や生活力でいろいろなタイプのものが作られる。ただ、それでもほとんどは真さらな状態からではなく、部材や資材の組合せで作られる。ユニット工法とかモジュール工法である。

ですから、オブジェクト指向開発だとか構造化技法だとか、よくわからない要求開発だとかが、ソフトウエアの開発には有効かもしれませんが、いかに業務アプリケーションの構築には無力なのかがわかるのではないでしょうか。

システム開発も建物の建築のようにできないものだろうか。そのためには、開発という概念を捨て去ることなのだ。部材や資材に相当するプロダクト、ソフトウエアを開発するのは当然必要であり、またそれを組み立てる工法も開発すべきものであるが、あとはそれらを使って組み上げるだけにすべきなのだ。

いま試行している「BPWeb2.0」のフレームワークというのは、まさにSIの世界を建築の世界並みにしようという考え方なのである。SIすなわちシステムインテグレターというのは、本来そういう姿のものではなかったのか。システムインテグレーションがプログラミングしていたら何がインテグレーションだと揶揄されてしまう。

「BPWeb2.0」には、建築工法にあたる構築技法と部材・資材に相当するプラットフォーム、それと大工さんの養成である教育・研修といったプログラムが詰まっている。このフレームワークでシステム構築を行なえば、コードレスで、すでに出来上がったコンポーネントを組み合わせるだけで業務アプリケーションが構築できるのである。

この方法論は、低コスト化や短納期といったメリットがあるが、もっと大きな効果は来るべき「工事進行基準」という会計基準の変更への対応ではないかと思っている。このことについてはまた後で書く。
 

2007年12月19日

開発と構築- 親子丼的ビジネス奮闘記(20)

昨日、プロダクト開発とアプリケーション開発の違いについて書いたが、もう少し補足したほうがよいので続編を書く。というのも、「経団連、高度ICT人材の育成を政府が後押しする「ナショナルセンター」構想を発表」という記事がITProに出ていたからである。

あまり関係ないと思われるかもしれないが、ふとこの記事を見てここでいったい何を教えるのだろうかと考えてしまったのだ。

一応うたい文句的には、「ナショナルセンターは、政府が中核となり高度ICT人材の育成を支援する永続的な組織である。ICT人材の育成に欠かせない教員の能力開発や教育手法の研究、カリキュラムの策定などを行う」らしい。ここでいうICTとは、Information & Communication Technologyのことで、よくいうITとはちょっと違って、ネットワーク通信による情報・知識の共有が念頭に置かれた表現のようだ。ということは、対象となる技術はどうもプロダクト開発に近いところの技術のことのようだ。

ぼくは、最近強く思うのは、業務システムを作る技術をだれも言ってくれないことが非常にさびしい。しかも前に言ったように簡単にアプリケーション開発なんて言われ、ユーザの要求をコードに書いてあげればいいんだみたいになっていやしないだろうか。

いいですか、コンピュータシステムが登場して、それが業務に適用されてもう何年経つのでしょうか。20年30年いやもっとかもしれませんが、いまだに“開発”するんですか?会社の業務がそんなに変わっているんですか? おかしいでしょう。

ですから、もはや“開発する“のではなく“構築する”のではないでしょうか。そうです、建設業のことも言いましたが、ビルは開発するのではなく建設するのです。英語で言えば、DevelopmentではなくConstructionです。Developeするのは都市空間とか居住空間なのです。ITで言えば、プラットフォームのことで、それは開発するのです。しかし、業務アプリケーションは構築するのです。

この業務アプリケーション構築技術を確立することと、この技術を教育することが抜け落ちているように思える。インターネットのコンシューマ向けの技術を追求するのもいいけど、むしろこの領域はオープンソース的なlコミュニティにまかせておけばいいのであって、国が介入するところではない。その方がうまく。

それより、ビジネスの世界、会社の業務プロセスのところの技術も非常に大事な領域で、そこで企業の競争力をつけ、日本経済を活性化させることも考えてよね経団連さん。
 


2007年12月20日

「工事進行基準」のインパクト- 親子丼的ビジネス奮闘記(21)

前々回、「工事進行基準」ということを書いたが、この「工事進行基準」というのは、SI(システム・インテグレーション)案件などで、プロジェクトの進捗状況に合わせて売上を“分散計上”するという会計処理のことである。

現行は「完成基準」といってシステム開発が完了し検収書を受け取ってから売上を計上する。この「完成基準」から「工事進行基準」への変更が2009年4月から行われるというのである。この方式は、すでに建設業やプラント・エンジニアリング業の会計処理に採用されている。だから、この変更はソフトウエア業界もたいしたことではないと思いがちであるが、実は大変なインパクトを与えるのではないかと思う。

工事進行基準だと、プロジェクトが始まる前に売上と収益が確定していなくてはいけない。これは今のSIerにとってはかなり難しいことなのです。売上もさることながら、収益もですから、原価がちゃんと見積もられていなくてはいけないのだ。

いまのおおかたの会社のやり方はプロジェクトの始まる前はだいたいのことを決めておいて、終わったあとお客さんとのあうんの呼吸で売上と収益が決まるという非常にあいまいなやりかただ。だから、最初の仕様は厳密なことはしないし、きちんとお客さんの承認ももらわないでやる。

そんなことだから、必ず仕様変更や追加が発生し、これは最初の仕様に入っていたはずだとかいや入っていないだとかやり合うことになり、どっちかが泣くことになる。どちらかというとお客さんのほうが強いからSIerの方が泣くのだが、その泣いた分は下請け、孫請けにしわ寄せがいく。

なぜこういうことになっているのだろう。従来からの染み付いた悪しき慣行や業界体質という問題もあるが、ソフトウエアであるがゆえの問題もある。

どういうことかと言うと、先ほど例をあげた建設業やプラント・エンジニアリング業などでは、出来上がりのイメージがつきやすい。どんな建物やプラントができるかがだいたいあわかるので、完成品や進捗状況がつかみやすいといえる。それに対して、ソフトウエアは見えないのだ。作ってみないと分からないし、今どのあたりまで進捗しているのかもわかりずらい。ここが他の業界と大きく違うところである。

そうなるとみな口をそろえて言うのは、「顧客との厳格な契約と正確な原価見積もり,精緻なプロジェクト管理などが必要だ」となる。それができりゃ苦労しないよという声も聞こえてきそうだ。そうなんですね、今のやりかたで管理強化すればいいやとう話ではないような気がする。もっと抜本的な改革をめざし、システム開発やプロジェクト管理のやりかたをゼロベースで考え直すことが必要なのである。

すなわち、顧客の要求と仕上がりのマッチングを事前にイメージできる“もの”を持たないといけない。そのためにはコードを書いてはダメだし、変更が容易にきくようにし、素早く作り上げるということが非常に重要である。これからはそういうフレームワークを用意する必要がある。「BPWeb2.0」はそういうフレームワークなのである。

ともあれ、この「工事進行基準」への変更は、単なる会計処理の基準が変わるというだけではなく、システム開発、プロジェクト管理のやり方が大きく変わっていく、いや変わらざるを得ないようになると思う。いままで「パラダイス鎖国」を謳歌していたわが国SIerの淘汰や変革をもたらすかもしれない。そんな予感もあながちおおげさではないような気がするのである。

2007年12月21日

似ているヨナ!

この間、下の息子とテレビを見ながらニコラス・ケージがますますモト冬樹に似てきたなという話をした。
そうしたら、フィギュアスケートのグランプリファイナルでキムヨナが優勝して、真央ちゃんが準優勝したニュースが入ってきた。

このふたり似ているんですね。少なくともぼくには似ているように映る。そうしたら、浅田真央のインタビューが流れる。ううーん、どっかで聞いたよな口調だな。しばらくわからなかったのだが、そうだアイツだと思いいたった。斉藤祐樹君と石川遼君だ。何か似ているんだな。少なくともぼくには似ているように思える。

ここにくると、よい子風のキャラだから、それだけで似てくるのかもしれない。亀田のキャラに後続がないのと対照的である。

まあ、大衆、おお、この言葉もどうなっているんだろ、大衆酒場、大衆演劇、週刊大衆、その大衆が喜ぶキャラは自分の息子、娘がこんな子であったらと思う気持ちの表れなんでしょうね。でも、昔と違うのは、その当人たちがまんざらでもないこと、むしろ人気者をたのしんでいることがずいぶんと違う。

それはそれとして、3人の語り口が似ているように聞こえてくるんですが。メッシもそうなのかな、インタビューを聞いてみたいな。
 

2007年12月22日

事故

昨日、茨城県の三菱化学鹿島事業所で火災があり、3人の死亡と1人の不明という事態となった。大変残念なできごとで亡くなられたかたのご冥福を祈りたい。

ここでとり上げたのは、ぼくはその昔事故のあった同じエチレンプラントというところで働いていたことがあったからである。エチレンプラントというのは、ポリエチレンやポリプロピレンなどの原料になるエチレンやプロピレンなどを生産する工場である。エチレンは産業のコメとも言われるくらい、プラスティック製品のほとんどがこうしたプラントで生成された原料から作られる。

このエチレンプラントの特徴は、なんといっても大量の可燃性あるいは爆発性の化学物質を扱うことにある。そうした危険物を非常に高温(8百数十度)から非常に低温(マイナス160度)まで、そして圧力も常圧から3十数気圧までの高圧で操作するので、大変注意深く扱う必要がある。しかも、昼夜連続運転であり、夜暗い中でプラントの動く様を体感すると、巨大戦艦を操っているような気になる。

そんなところで今回の事故である。新聞によれば、分解炉のデコーキングという、分解管の壁にカーボンが付着するのでそれを燃やして除去する作業があるのだが、それが終わって復旧しようとしたときに起きたようだ。この作業はある期間が経過すると必ず必要になるので、特殊な作業でもなくむしろ慣れた作業であったはずだ。

だからどうしてこんな惨事になったのかと思うのだが、この慣れた作業がくせものなのだ。決してやさしい作業ではないから、いつも注意を払ってやらないといけないわけで、その注意が慣れによりおろそかになる瞬間が生じたのではないだろうか。

火がついた油はクエンチオイル(急冷油)といって重油のような重たい油なので、一旦着火すると消しにくいし、拡がるのである。しかしなぜ弁が開いたのだろうか?おそらく工事作業と運転操作の行き違いなのだろうが、安全確認の徹底の問題だろう。

自分が、実際に同じような現場で働いていたこともあり、また三菱化学鹿島事業所のエチレンプラントにも何回か行ったことがあり、事故現場も真近に見たことがある身にとっては、何かやり切れない思いだ。

さらに事業所長はぼくの知っているひとだから余計複雑な思いにかられている。もう二度とこんなことが起こらないようにしてほしいと願うばかりだ。
 

2007年12月23日

舞妓Haaaan!!!

いやー、これはおもしろい。まあ、脚本宮藤官九郎、監督水田伸生とくればおもしろくないはずはなく、予想にたがわず傑作だ。年寄りにはいささかテンポがはや過ぎて目が回るところもあったが、いまやこのくらいのノリでないとだめなんじゃないかな。

阿部サダヲはあまりよく知らなかったが、なかなかの才能だと思う。他にも、柴咲コウや堤真一が好演。

キャラクターで笑わすクドカンの本領が出ていて、それを水田監督がうまく表現している。この監督は前作の「花田少年史 幽霊と秘密のトンネル」でもいい仕事をしていたが、今回もほめてやりたい作品である。へんに格好をつけるんじゃなく娯楽に徹しているスタンスがいい。

よく、クドカンはギャグで笑わせてみたいに言われるが、ぼくはストーリーがしっかりできていることが彼のよさだと思う。この作品でもちゃんと筋が通っていて、それがあるからこそ局面々々でのおふざけが飛んでいかないのだ。

やっぱ“ショートホープやと思って”は大笑いだ。すごくおもしろいお薦め映画だ。

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2007年12月24日