いま環境問題だとかを議論していると、「それは科学的に正しいのですか」とか「科学的な見方が必要です」とか、何かと科学的という言葉が出てくる。そんなこともあって、「「科学的」って何だ!」(松井孝典/南伸坊著 ちくまプリマー新書)を読む。
イラストレータの南伸坊が惑星物理学者の松井孝典東京大学教授に質問をぶつけるという構成の本である。松井教授は、86年に「水惑星の理論」を発表して、世界的に注目された人で、要するに宇宙的視点で地球を見ているすごい人です。
のっけに、血液型性格判断の話で、血液型と性格の因果関係はどう考えてもあるわけないときた。ぼくは、アメリカインディアンはみなA型で、ジプシーはみなB型であることから、A型は定住型、B型は放浪型と決めて、やっぱり関係があるんじゃないかとちょっぴり思っていたが、ばっさり否定されてしまった。
血液型と性格は「科学的な議論とは無関係」ということのようだが、ちょっぴり疑問も。
それで、科学というのは「わかるか、わからないか」という世界の話で、血液型のような話は、「納得する、納得しない」のレベルの話だそうだ。日本語はそこのところがあいまいでみなわかる、わからないになってしまうところがある。「納得する」というのは科学的でなくても腑に落ちればいいのである。
だから人間が関わるところでの議論はみんな「納得する」の世界のことになる。宗教や哲学、政治、経済など、人文科学や社会科学の議論も、つきつめていくと、結局「納得するかしないか」の話になる。
それでは、科学って何となるが、科学とは「外界を脳の中に投影するときの共通のルール」ということ。だから、ちゃんと前提のところで同じ土俵で、同じ定義で議論していかなくてはいけない。「議論のルールブック」でも言ったように、この前提がばらばらで議論していることがよくある。
松井教授は地球を俯瞰的にとらえているからスケールが違う。地球環境問題にしてもこう言っている。
地球文明、あるいは地球環境といった問題を考えるときに、地球というのは様々な構成要素の関係性で成り立っているひとつのシステムなので、もう一度全体をみなくてはいけない。地球環境問題を100年未満の現象と定義して、それを元に議論していても地球システムと講和的な解決策は出てこない。そもそも地球環境問題は地球と人間の問題であって、地球とは何か、人間とは何かの研究が基礎にあって初めて考えることができる ところが環境問題の専門家と称するひとたちは工学とか農学とか経済とか、その二つの分野の境界領域にいる人たちが中心で、地球のことなんか研究も勉強もしたことがない。
ためになる話がまだまだたくさんあるのだが、最後にひとつ、ちょっと悲観的なことなのですが、地球環境を救うにはみたいなことに関して、「人間というのは、やはり行くところまで行きつかないと、みんなが豊かさを手にしないと、豊かさの限界や無意味さに気が付かない。みんながこのまま突っ走って、この人間圏がどうしようもなくなるところまで行く」のだそうだ。恐ろしいことだ。
ただこのあたりは表題の「「科学的」って何!」からはずれた話でそのほうが多く、若干だまされたみたいだが、とはいえ大変興味深いことばかりであったのでぼくはおもしろかった。
これからは、軽々しく「科学的」という言葉は使ってはいけないように思える。それは「納得した」のである。
- 松井 孝典 南 伸坊
- 新書 / 筑摩書房 (2007/09)
- Amazon 売り上げランキング: 99153
- Amazon おすすめ度の平均:

一般的解説書としては...
タイトルに対しては…
はっきり言ってがっかり
