環境問題と一口に言ってもいろいろある。まず、地域的な問題なのか、地球規模の環境問題なのかで違う。「公害」と呼ばれた工場等による、水質汚染・大気汚染・土壌汚染など、家庭のゴミ問題、廃水などは「地域環境問題」とも言われる。一方、地球温暖化、オゾン層破壊、酸性雨のように、発生源や被害地が必ずしも一定地域に限定できない「地球環境問題」がある。
前者は、加害者がいて違法行為による被害というとらえ方ができるが、後者は個別では合法的な行為が、それらが集まったときに大きな環境負荷になるという側面がある。従って、前者は反公害運動のように対会社というふうに限定的におこなわれるが、後者はどこがターゲットなのか見えないため、非常に難しい問題なのである。
この難しさゆえに、環境運動というのはまだらな様相を呈するのと、多様な意見が入り乱れ多くの論争になる。そこには、多分に感情論的なものが多くあるような気がする。前回紹介した「議論のルールブック」には、感情論の特徴を3つ挙げている。
いまの、環境問題の議論を言い当てていませんか。さらに、相手の話を聞かないで一方的には話しますから、ますますまっとうな議論にならないことになります。
環境問題で発言している人で中部大学教授の武田邦彦さんという方がいます。「環境問題はなぜウソがまかりとるのか」といった本を書いていて、一般的な環境問題に対する常識を覆すような発言をされています。これから、この人の言っていることを中心に環境問題の見方について見ていきます。
このひとは、元旭化成に長く勤めていたので、産業界のことに明るいし、学問だけの人ではないので議論のきっかけにします。それと、ちょっと前に「NPO法人「ゴミ環境ビジョン21」の主催で緊急シンポジウム『「環境問題のウソ」はウソ?ホント?』が開かれ、そこに敢然と乗り込んでいった心意気を買っています。
要するに、討論の趣旨は武田教授をつるし上げようとしているのがみえみえなわけで、完全アウエー状態での討論だったわけです。それでも武田教授は、「学問の自由、報道の自由、言論の自由は本当に大事です。異論を罵倒する文化では、世の中は良くならない。」と言って会場から拍手をもらったそうです。
まさに、フランスの啓蒙思想家のヴォルテールが言った「私はあなたの言うことには賛成しない。しかし、あなたがそれを言う権利は死んでも守る」ということと同じである。ちょっと、環境問題というより、前回の議論のルールの話にそれてしまいましたが、賛否両論を考えながら論を進めましょう。