今、政治やスポーツ、芸能の類まで世論の影響がものすごく大きい。それが、瞬間的なあるいは刹那的な現象となって現れるというのが最近の特徴であろう。
ちょっと問題がでるとわっと沸き上がり、冷めるのも早い。これだと、いつも世間の目を気にして、長期的、継続的な対応ができなくなる。ひとつひとつ言動で評価ががらりと変わってしまうので恐ろしいかぎりだ。まあ、ばかなことを言ったので仕方ないかもしれないが、鳩山邦夫法務大臣もこれからたたかれるのではないだろうか。
こんな現象は芸能界はいいとしても政治に世界ではちと困るのだ。ぼくが驚いたのは今年の参院選で、世論はあれだけ安倍さんを持ち上げておいて、絆創膏と年金で引きずりおろしてしまった。しかも、この問題は選挙の直前に争点となったもので、本来はもっと大事な問題を議論し選択するものであるはずだ。しかも、降ってわいたような問題だから、正しい理解がされないままにそれを評価するという愚行に走る。年金は年金記録が消えたのであって年金が消えたのではない。
これをポピュリズムというのだが、扇動者あるいはリーダがいるのがふつうなのだが、今のポピュリズムにはリーダが不在であるという特徴がある。このあたりのことを今朝の読売新聞で山崎正和が書いていた。
それによると、理由として二つのあって、ひとつは、イデオロギーの終焉ということを上げている。それをよりどころとして持続的に方向付ける軌道がなくなってしまったということである。もうひとつは、都市化の影響で、孤立した個人が増えてきて、根無し草のような個人の感情が発露されることだと言っている。だからこそ、大きく揺れる世論が形成されることになる。
さらにまずいのは、そうした大きく揺れる世論をメディアが拾い上げ、むしろなお煽るようなことをすることである。だから、世論はなお揺らぎバランスを欠くことになる。
こうした大きく揺らぐポピュリズムに対してどうすればいいのだろうか。少なくとも政治に関しては、やはり説明責任というものをしっかり確立することだと思う。しかも、世論に迎合するメディアをもっともっと活用して国民に向かって説明することが大事ではないだろうか。
今は、政治家(タレント政治家は別として、要職についている人)が何も言わないから、テレビ局御用達コメンテータが勝手なことを言っていて、それを視聴者が鵜呑みにするという構図は困るのだ。
今回の大連立問題にしても、ぼくは密室会談というのは別にやってはいけないとは思わないが、その経過だとか意図だとかをちゃんと説明すればいいのだ。マスコミはすぐに密室だからだめだという皮相的な報道ではなく、もっとその奥にあるいまの政治の停滞をどう解決していくかという議論にもっていくべきなのである。そうしたら、大連立というのもありえる選択肢であることがわかるはずである。
いちどシャッフルして2大政党体制に政界再編すべきであるというのがぼくの持論だが、こんな話はあまり表沙汰にはできないので密室的な部分は残るのはしかたがない。
いずれにしろ、世論はもっと賢く、冷静にならないとこの国はひどい国になる。そこでやることは、繰り返しになるが、為政者が、政策やその遂行状況などをわかりやすくテレビなどのメディアで説明することだ。タレント政治家に議論させてもそれはバラエティにしかならない。