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2007年11月 アーカイブ

2007年11月 1日

「環境問題」の歩き方(1)

このあいだの日曜日に放映されたTBSテレビの「情熱大陸」は環境運動家の辻信一さんでした。この人は、明治学院大学教授で文化人類学者である。「100万人のキャンドルナイト」を仕掛けたり、非常に活動的なひとで、その様子が放映された。

ぼくは、どちらかというと環境運動を熱心にやっている人とはちょいと距離を置きたいと考えている。だからと言って環境を破壊してもいいなんて言っているわけではなく、もう少し身近なところで淡々とやればいいのじゃないかと思っているだけだ。

環境問題にはいろいろな要素があって、ごみから温暖化、緑地など多くの問題がある。だから、何でもかんでも「環境にやさしく」だとか、「エコ生活しましょう」だとか、「リサイクルしましょう」とかいうのは、ちょっと待ってくれとなる。それだと、大政翼賛会になってしまう。現にそういう雰囲気はところによってはあるような気がする。

そんな中では、辻教授が主張する、生態系保全、環境共生型ライフスタイルへの転換、「環境や 社会にいいことをするスロー・ビジネス」の創造というコンセプトには賛同できる。何よりも環境運動は楽しくやろうというのがいい。だから、くれぐれも人に強制することや非難することはやらないでほしい。

環境問題というのは、ライフスタイルの問題だから、一部の人たちにあるヒステリックな言動はやめてほしいし、科学的な裏づけがないのに気分で、あるいは政治的に決め付けることはどうかと思う。

この何となく違和感を抱いている環境問題について、誤解していたことや自分に降りかかっていることなども含めて少し考えていこうと思う。
 


2007年11月 2日

「ネット未来地図」

ITジャーナリストとして著名な佐々木俊尚さんの最新作「ネット未来地図」(文春新書)を読む。副題が「ポスト・グーグル時代 20の論点」とあるように、小飼弾さんも言っていたが、「ネットの論点2007秋」とかいったタイトルにして、定期刊行ものにしたらいいとぼくも思う。というのも、この手のテーマはものすごい勢いで変化しているので、定点観測的にみていくのと、論点の出し入れをしていくことが必要なような気がする。

でも、もはや「ポスト・グーグル」と言うんですね。この間、梅田望夫さんの「シリコンバレー精神」の書評でも触れたように、グーグルが台頭したのはここ5年くらいの話だから、それがもう次の巨大IT企業の誕生の可能性を示唆するんだから驚いてしまう。いやはや、すごいスピード感だ。

これまた小飼弾さんにならって目次を並べてみる。

[ビジネスとインターネット]
論点1 amazon - アマゾンが日本のオンラインショッピングを制覇する
論点2 Recommendation - お勧め(レコメンデーション)とソーシャル(人間関係)が融合していく
論点3 行動ターゲティング -- 行動分析型広告は加熱し、ついに危うい局面へ
論点4 仮想通貨 -- 電子マネーはリアル社会をバーチャルに引きずり込む

[インターネット業界]
論点5 Google -- グーグルvs.マイクロソフト 覇権争いの最終決着
論点6 Platform -- 携帯電話キャリアは周辺ビジネスを食い荒らしていく
論点7 Venture -- 日本のネットベンチャーの世代交代が加速する
論点8 Monetize -- ウェブ2.0で本当に金を儲ける方法

[メディアとインターネット]
論点9 YouTube -- ユーチューブは「ネタ視聴」というパンドラの箱を開いた
論点10 動画 -- 動画と広告をマッチングするビジネスの台頭
論点11 TV -- 日本のテレビビジネスはまもなく崩壊する
論点12 番組ネット配信 -- NHKが通信と放送の壁をぶち壊す
論点13 雑誌 -- 雑誌とインターネットはマジックミドルで戦う
論点14 新聞 -- 新聞は非営利事業として生き残るしかない

[コミュニケーションとインターネット]
論点15 Second Life -- セカンドライフバブルの崩壊する時
論点16 ネット下流 -- 携帯電話インターネット層は新たな「下流」の出現
論点17 Twitter -- 「つながり」に純化するコミュニケーションの登場
論点18 Respect -- 「リスペクト」が無料経済を収益化する

[未来とインターネット]
論点19 リアル世界 -- 検索テクノロジーが人々の暮らしを覆い尽くす
論点20 Wikinomics -- 集合知ウィキノミクスが新たな産業を生み出す

こうして並べてみるとおおかたのテーマがカバーされている。但し、ぼくの目からすると、企業の活動やそこで働いている人たちの仕事のスタイルがどう変わっていくのかという視点が抜けていると、こうした本を読むたびに思ってしまう。まあ、現実的には、だいぶ遅れて企業の中に浸透していくのでいいのかもしれない。
                       
内容的にも簡潔に要領よくまとめられているのでわかりやすい。と言っても、ぼくが知らなかったこともかなりあり、少し、自分なりに整理しようと思う。従って、この目次に沿って何回かでポイントと自分なりのコメントを書いていきます。

おお、なぜかアマゾンの画像がない!
 

2007年11月 3日

保護色のリス

ときどき家にリスがやってくる。外来種のタイワンリスというやつでいつのまにか日本に帰化してしまった。鎌倉の鶴岡八幡宮の境内でもよく見かける。

夏場はそうでもないのだが、冬場になるとやってきて、きゃきゃという声で鳴く。朝などに雨戸を這ってやかましいときがある。最近、あまり訪れなくなっていたが、珍しく見つけた。しかし、家の壁の色とほとんど同じなので静かにしていると分からない。

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つまらないボクシングのようだ

福田首相が民主党小沢一郎代表に大連立を持ちかけて、それを小沢代表が持ち帰って、すぐに拒否の返事をしたというニュースが駆け巡った。

どうなっちゃってんだといささか驚いてしまった。どうも、読売新聞の渡辺恒雄が仲介したらしいので、今朝の読売の社説はなぜ民主党は大連立をのまないのかというトーン、一方朝日新聞は国民をバカにするものだという否定的な社説であった。

小沢一郎から仕掛けたという噂もあり、持ってかえってから断ったということから民主党内での小沢代表の立場は危なくなるんじゃないかな。今までも、連立内閣を作っては壊している過去があるから、またそんなことを考えていたのかもしれない。どうも政局に走りすぎて困ったものだ。

でも、政治家というのはうまいことを言うなと思ったのは、この話がでる前にだれだか忘れたがある政治家が、福田さんの動きについて、「クリンチがうまい」と話していた。距離をとって打ち合うのを避けて抱き込んでしまうということなのだそうだ。

今回も思いっきりクリンチして、耳元で「この試合引き分けにしましょうや」とささやいたんじゃないのかな。
亀田の試合もクリンチばっかりだったけど、同じような試合を見せつけられたみたいだ。ただ、いまのところ反則はしてないようだ。
 

2007年11月 4日

ポピュリズム

今、政治やスポーツ、芸能の類まで世論の影響がものすごく大きい。それが、瞬間的なあるいは刹那的な現象となって現れるというのが最近の特徴であろう。

ちょっと問題がでるとわっと沸き上がり、冷めるのも早い。これだと、いつも世間の目を気にして、長期的、継続的な対応ができなくなる。ひとつひとつ言動で評価ががらりと変わってしまうので恐ろしいかぎりだ。まあ、ばかなことを言ったので仕方ないかもしれないが、鳩山邦夫法務大臣もこれからたたかれるのではないだろうか。

こんな現象は芸能界はいいとしても政治に世界ではちと困るのだ。ぼくが驚いたのは今年の参院選で、世論はあれだけ安倍さんを持ち上げておいて、絆創膏と年金で引きずりおろしてしまった。しかも、この問題は選挙の直前に争点となったもので、本来はもっと大事な問題を議論し選択するものであるはずだ。しかも、降ってわいたような問題だから、正しい理解がされないままにそれを評価するという愚行に走る。年金は年金記録が消えたのであって年金が消えたのではない。

これをポピュリズムというのだが、扇動者あるいはリーダがいるのがふつうなのだが、今のポピュリズムにはリーダが不在であるという特徴がある。このあたりのことを今朝の読売新聞で山崎正和が書いていた。

それによると、理由として二つのあって、ひとつは、イデオロギーの終焉ということを上げている。それをよりどころとして持続的に方向付ける軌道がなくなってしまったということである。もうひとつは、都市化の影響で、孤立した個人が増えてきて、根無し草のような個人の感情が発露されることだと言っている。だからこそ、大きく揺れる世論が形成されることになる。

さらにまずいのは、そうした大きく揺れる世論をメディアが拾い上げ、むしろなお煽るようなことをすることである。だから、世論はなお揺らぎバランスを欠くことになる。

こうした大きく揺らぐポピュリズムに対してどうすればいいのだろうか。少なくとも政治に関しては、やはり説明責任というものをしっかり確立することだと思う。しかも、世論に迎合するメディアをもっともっと活用して国民に向かって説明することが大事ではないだろうか。

今は、政治家(タレント政治家は別として、要職についている人)が何も言わないから、テレビ局御用達コメンテータが勝手なことを言っていて、それを視聴者が鵜呑みにするという構図は困るのだ。

今回の大連立問題にしても、ぼくは密室会談というのは別にやってはいけないとは思わないが、その経過だとか意図だとかをちゃんと説明すればいいのだ。マスコミはすぐに密室だからだめだという皮相的な報道ではなく、もっとその奥にあるいまの政治の停滞をどう解決していくかという議論にもっていくべきなのである。そうしたら、大連立というのもありえる選択肢であることがわかるはずである。

いちどシャッフルして2大政党体制に政界再編すべきであるというのがぼくの持論だが、こんな話はあまり表沙汰にはできないので密室的な部分は残るのはしかたがない。

いずれにしろ、世論はもっと賢く、冷静にならないとこの国はひどい国になる。そこでやることは、繰り返しになるが、為政者が、政策やその遂行状況などをわかりやすくテレビなどのメディアで説明することだ。タレント政治家に議論させてもそれはバラエティにしかならない。
 

2007年11月 5日

嫌いな人

男は敷居を跨ぐと七人の敵がいると言われていますが、ぼくは争いごとは好まないから敵は作りたくない。しかしながら、世の中そううまく行くとは限らないもので、敵だと思わなくても向こうが敵になってくることがある。ぼくはこの手の人が大嫌いだ。

で、どうしても好きになれない人が何人かいる。こればかりはどうしようもない。そこでちょっとどういう人が嫌いなのか考えてみた。そうしたら3つのタイプがあることに気がついた。

1.はなからぼくのことが気に入らないひと
2.ぼくを無視するひと
3.ぜんぜん分かってなくて邪魔をするひと

意見が合わなくて喧嘩をしたからといってその人が嫌いになるわけではない。むしろ、議論もできなくて意地の底で意識的、無意識的を問わず敵対するような感じがする人が嫌いなのだ。

1のタイプは、なぜだか知らないが、ろくに話もしていないのに気に入らない態度をとる人で、自分の信条と違うと思い込んでいたり、異質なことを嫌悪する狭隘さによるものであろう。いきなりお前は気に食わぬと言われたらこちらも嫌いになりますよね。

2のタイプの人は、こちらに敬意を表するなんて気がさらさらなくて、お前はおれの言うことだけ聞いていればいいのだというひとで、勝手にしろとこっちも無視したくなる。

3のタイプの人は悪い人ではない。むしろいい人なのかもしれない。しかし、本人は意識しないが、結果的に敵対行為をしてしまう。ずれているというか、わかっていないというか、涼しい顔してこちらがグサリとくるようなことを言う。

実は、これらは会社勤めの中での経験から感じたもので、仕事をする上で様々なひとと接触するが、避けられないことも出てきて、そのなかで嫌な思いをしたことを分類するとこうなった。

まあ、ぼくの勝手な思い込みだから、相手からみれば逆にぼくが相手の嫌いなタイプに入るのかもしれない。ただし、タイプを3つに分けたが、それぞれに当てはまる人が多くいるわけではない、せいぜいひとりかふたりだから全部で七人にもならない。

2007年11月 6日

自転車操業? - 親子丼的ビジネス奮闘記(13)

昨日は忙しい日であった。たまにはそんな日もあってもよい。昼ごろから東京へ出かける。けっこういろんなところを回るので有楽町で自転車を借りることにする。駅前の無印良品の店で貸してくれる。ママチャリだけど三段ギアの自動点灯ランプ付きだ。都内はこれで十分である。

まずは、溜池山王にあるB社を訪問。S社長にぼくの開発技法をプレゼン。デモも見てもらったのでかなり理解が進んだと思う。結局、この技法を使ってサンプル開発をしてもらうことで合意する。さらに新規案件で適用できるようなものを探っていくこともお願いする。

サンプル開発も既に開発し終わったシステムを対象にすることにしたので、従来型の開発との比較ができるという願ってもないプロジェクトになりそうだ。ビジネス的にどうなるかはこれから詰めるにしても事例ができることは今後に弾みがつく。

ミーティングが終わって、予定は日展にいくことにしていたが、午後4時半からのトワイライトチケットで入るつもりだったので、若干時間があったので、近くを自転車で徘徊する。実は前の会社がアメリカ大使館の横にあったのでこのあたりはよく知っているので、どうなったかを見たかったのだ。ところがものすごい変わりようにビックリで、もちろん前の会社があったビルはなくなっているし、よく行っていた食べ物屋なども無くなっている。

そんなことに驚きながら六本木をめざす。途中、東京ミッドタウンを横目に国立新美術館に着く。今年から日展は上野からこちらに移動した。新しい美術館はあの黒川紀章のデザインになる。日展に行った目的は、ぼくらが今ホームページの制作を行なっている日本画家の坂本武典さんがまた入選したので、その絵を観に行きたかったからである。

坂本画伯は以前にも紹介しましたが、若い(確か今年31歳)にもかかわらず日展入選8回目となる。春の日春展を合わせると何と18回の入選となります。すごいでしょ。案内のメールに「今作品は部屋の中で椅子に憩う女性像を描きました。黄色と白を基調に、鳥かごのある部屋をあたたかな空気感と若い女性の凛とした中にも安らかに憩う姿を表現出来ればと描いた作品です」と書いてあったので、その作品を観たかったのです。はたして、作品はそのとおりいつもの青年像を描いた作品とは違う穏やかな雰囲気のいい絵でした。

日展の後は、新橋である人と待ち合わせなので、もう暗くなった六本木通りを引き返す。自転車を返し、新橋のさかなや「いさむ」に少し早いけど一人で待つつもりで行ったら、なんと貸切で入れず。仕方なしに、もうひとつの行きつけの中国家庭料理の店「一味玲玲」に行く。

そこで久しぶりにママに会いたかったのにいないのだ。で店の女の子に聞くと100mほど離れたところに新しい店を出したのでそこに居るとのこと。餃子とビールだけで店を出て新しい店「玲玲」に行く。ところがその店は明日正式開店ということで本来ならお客さんを入れないがということで特別に入れてもらう。

そこで、待ち合わせの人が来るまでの間、その中国人のママとひとしきりおしゃべり。どうして新しい店をだしたのか聞いてみたら、古いほうの店はそれなりに知られるようになったが、若いお客さんが増えて店が騒がしく、落ち着きがなくなってしまい、昔からのお客さんが遠のいてしまったので、そういうお客さんに戻ってもらいたくて作ったという。だから会員制なのだそうだ。

店の内装にしても落ち着いた雰囲気ですごくいい。しかも、昔のようにメニユーがなくて、その日その日に考えついた料理が出てくる。これが、普通の中華料理屋と違って家庭料理なので面白いメニューもあり、これぞ家庭の味という感じでうまいのだ。

そうこうしているうちに今晩呑み相手が登場。まだ20代後半のY君で大手ITベンダーに勤めている。ぼくの子どもみたいなものだ。なぜこうなったかというと以前のエントリーにも書いたのだが、BPMという切り口でブログを調べていたら行き着いた。彼は「GoTheDistance」というブログを書いていて、その中でBPMに関心を示していた人なのです。でこれまでもBPMのオフ会で顔を合わせていたが、最近ぼくのブログにコメントをいただき、会いたいということになって実現した。

昨日は、呑みながらぼくの技法の説明やデモも見てもらった。まあ、彼もおおかたの理解をしてくれたが、こういうことを自分の会社のなかで挑戦しようと思ってもなかなか難しいことや自分たち既存SIer自身の首を絞めることになるかもしれないことなどを話してくれた。若いけれどもしっかりとした考えをもったひとでいつの日か一緒に仕事をしてみたと思っている。

この日は、社長もある仕事を始めた日でもあった。ある、ホスティングサービスの会社のシステム変更に伴うコード(ちなみに言語はPerlです)のリニューアルみたいなことで、週2~3日程度の仕事です。

ということで、ぼちぼち親子ともどもまだ自転車操業かもしれませんがビジネスが動き出しました。まあ、「玲玲」のママも言っていたが、「お金のために働いちゃだめだよ。自分もお客さんも楽しくなるように働いて、その結果としてお金が入ってくるのが一番です」ということだと思う。


新装なった「日展」の会場です。
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2007年11月 7日

議論のルールブック

近頃、ウェブの掲示板やブログでの意見のやりとりを目にする機会が増えているが、中には誹謗中傷、ののしりあいの類や炎上するのに出会うことがある。また、テレビなどでも対立した意見を言い合う討論番組なども見る。

そこでいつも感じるのは、議論がかみ合わなかったり、いったい何を話し合っているのかわからないとか、一方的に言うだけだとか、登場した人のキャラクターで方向が決まっちゃうみたいにところが多いなあということである。

これはどうも基本的なお作法みたいなものがないからではないかと思っていたら、そんものずばりの本が出た。岩田宗之さんの「議論のルールブック」(新潮新書)である。ぼくは以前からこの著者の岩田さんという人のブログを読んでいて、そこに書いてあったことが本になっている。いまやこうしてブロガーが本を出版する時代になった。

この本の肝は、「議論とは「話を聞くこと」である」ということ。そこのところを引用してみる。

相手の発言を否定せず、理解をしようとするところから議論は始まります。相手の発言が激しい口調で自分を攻撃しているように感じられたとしても、よくよく話を聞いて見れば、自分にとって非常にためになる情報や意見が含まれているかもしれません。相手の発言に反発してしまうと、それらを受け取れなくなってしまいます。 そもそも、相手の発言に対して感情的に反発しても、何の得にもなりません。相手が何か言ってくるには何らかの理由があるのですから、それをいったん聞いてみることは、自分のためになります。相手の主張が的外れだったり根本的に何かが間違っていたりしたら、その時に否定すればいいのです。 議論とは、それぞれが相手の話を聞き、わからない点を質問して、共通の問題について理解を深めていく過程です。

これが、ほぼ本書で言いたいエッセンスであろうと思う。環境問題や教科書問題の議論だとか、ネットの功罪など多くの議論が世の中で巻き起こっているが、どうもここに書いてあるルールというか作法みたいなものが欠如して、そこで議論があらぬ方向に行ったりしているような気がする。

そんなときは、この本に書いてあるルールをよく読んで実のある議論をしてもらいたいものだ。それだけよく整理されていていつもそばに置いておいて読み返してみたらいいと思う。

最後に、気になっていることとして、この本にも出てくる「匿名性」という問題について。
いまやネットの匿名性により過激な発言や行動が問題視されていますが、まず匿名という場合2種類あるということを皆さん忘れています。こういう前提となる認識がばらばらだとそれこそ議論になりません。

一つ目の意味は、「実名を隠して別の名前を用いること」で、これをハンドルネームと言います。ぼくもこれを使っています。もうひとつは、「名前を明らかにしない」ことです。“名無し”とか“通りすがり”といった、その人の固有のものではないものを使う場合です。

この二つは、一見おなじように思えるがこれが違うということを理解しておかなければならない。最初のようにハンドルネームを使っている場合は、実名でなくても特定の個人を指すと言ってもかまわないと思う。作家がペンネームを使うのと基本的には同じと考えるというわけです。

このあたりは以前佐々木尚さんと毎日新聞との論争なんかに見られるように、佐々木さんの言うように、何も実名でなければその言論の価値が落ちると考えることが間違いだとぼくも思う。まだ、日本の社会はまだまだ何を言ったかではなく、誰が言ったかが重要視される。しかし、重要なのは誰がではなく、その言動の内容のはずだから、ハンドルネームでもかまわないと思う。これって、けっこう大事なことでネットを使うのには権威をありがたがる態度は拒否されるのだ。

だが、もうひとつの匿名のほうでこれはやめたほうがいい。ただ、ネットは残念ながら「嫌なら読まなければいい」と言うわけにはいかないことが問題で、どうしても池田信夫さんがよくいう”ネットイナゴ”みたいなものが出現して、不愉快になることがあるが、だからといってどうしようもないので、もうこれはゴミと思うしかないですね。


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2007年11月 8日

論点1 amazon -「ネット未来地図」から

前に紹介した佐々木俊尚さんの「ネット未来地図」のなかの論点に従って、自分なりのコメントを書いていくことにする。初回は。「論点1 amazon」です。

本の要旨 - アマゾンが日本のオンラインショッピングを制覇する
日本のショッピングモールはこれまで、楽天とヤフー・オークションが2強と言われてきたが、ここに来てアマゾンの参入により、ショッピングモールというビジネスモデルが新たなフェーズに入った。これまでのモデルは、消費者から見ると、複数の店舗を横串できることと決済が店舗共通でできることで、一方出店側から見ると、サイトの集客力と決済システムが既にあることがあげられる。

ところがこうしたモデルが崩れてきている。アマゾンがこの2強をいずれ凌駕するだろうと言われている。アマゾンの優位性は、レコメンデーション機能など秀逸なデータベーステクノロジーを駆使しているところにある。

ぼくのコメント
去年三浦海岸にあるブティックと横浜にある美容院のホームページリニューアルという仕事があって、どういう仕様にするかいろいろ検討したことがある、結局成約には至らなかったのだが、いずれのケースもショッピングモールを作る話であった。

前者は輸入服の販売をネットでやりたいということだったので、楽天への出店を提案した。最初は自分たちのサイトを持ちたいということだったが、その店のネット上での認知度がなければ売れないと言って、楽天を推薦した。どうもショッピングサイトを作ればすぐに売れると思っている節があって、まずはそこにきてもらうのが大変なことだというのがなかなか理解できない。そのとき楽天に出店の問合せをしたら、何回も電話をくれて親切だった。結局楽天の強みはこの営業力であることを身にしみて感じたのである。

美容院のほうは、逆にシャンプーなどをすでに楽天に出店しているのだけれど、収益が出ないで困っていた。商品には2種類あって、メーカー品の代理販売と自社品の直販の2つがあって、それぞれに特徴がある。すなわち、代理販売品はブランドが固まっているから、消費者は見てくれるのだがライバルがいっぱいあって、結局は価格勝負になる。だから売れたとしても利益率がかなり低い。

一方、自社品の利益率は、代理販売品と比べてはるかに高いが認知度が低いので、その商品にたどりついてくれないというジレンマをかかえている。それで、自社品が売れるように自社サイトを立ち上げようとしたのだが、ブティック同様の壁があり、そのままになっている。

このように、楽天でもヤフーでも出店する側からみると、そりゃあ一握りが成功しているかもしれないが、大多数はそんなに儲けてはいないと思う。また、買う側から見ると、ショップが乱立して、お目当てのものを見つけるのも大変になってきている。

今度、アマゾンが参入して、あの“こんな商品を買った人はこんな商品も買っています”と勧めてくるようになるが、はたして消費者の満足を得られるのだろうか。ぼくは、このあたりはまだまだひとひねり要るような気がするがいかがなものでしょうか。言い換えれば、ひねりを考えればビジネスになるような気がする。
 

2007年11月 9日

「環境問題」の歩き方(2)

環境問題と一口に言ってもいろいろある。まず、地域的な問題なのか、地球規模の環境問題なのかで違う。「公害」と呼ばれた工場等による、水質汚染・大気汚染・土壌汚染など、家庭のゴミ問題、廃水などは「地域環境問題」とも言われる。一方、地球温暖化、オゾン層破壊、酸性雨のように、発生源や被害地が必ずしも一定地域に限定できない「地球環境問題」がある。

前者は、加害者がいて違法行為による被害というとらえ方ができるが、後者は個別では合法的な行為が、それらが集まったときに大きな環境負荷になるという側面がある。従って、前者は反公害運動のように対会社というふうに限定的におこなわれるが、後者はどこがターゲットなのか見えないため、非常に難しい問題なのである。

この難しさゆえに、環境運動というのはまだらな様相を呈するのと、多様な意見が入り乱れ多くの論争になる。そこには、多分に感情論的なものが多くあるような気がする。前回紹介した「議論のルールブック」には、感情論の特徴を3つ挙げている。

*あいまいな印象をもとに発言し、根拠を示さない。
*発言の内容は問題にせず、発言から受ける印象を問題にする。
*議論の本題かどうかを考えず、相手の発言の中の批判しやすい部分だけを批判する。

いまの、環境問題の議論を言い当てていませんか。さらに、相手の話を聞かないで一方的には話しますから、ますますまっとうな議論にならないことになります。

環境問題で発言している人で中部大学教授の武田邦彦さんという方がいます。「環境問題はなぜウソがまかりとるのか」といった本を書いていて、一般的な環境問題に対する常識を覆すような発言をされています。これから、この人の言っていることを中心に環境問題の見方について見ていきます。

このひとは、元旭化成に長く勤めていたので、産業界のことに明るいし、学問だけの人ではないので議論のきっかけにします。それと、ちょっと前に「NPO法人「ゴミ環境ビジョン21」の主催で緊急シンポジウム『「環境問題のウソ」はウソ?ホント?』が開かれ、そこに敢然と乗り込んでいった心意気を買っています。

要するに、討論の趣旨は武田教授をつるし上げようとしているのがみえみえなわけで、完全アウエー状態での討論だったわけです。それでも武田教授は、「学問の自由、報道の自由、言論の自由は本当に大事です。異論を罵倒する文化では、世の中は良くならない。」と言って会場から拍手をもらったそうです。

まさに、フランスの啓蒙思想家のヴォルテールが言った「私はあなたの言うことには賛成しない。しかし、あなたがそれを言う権利は死んでも守る」ということと同じである。ちょっと、環境問題というより、前回の議論のルールの話にそれてしまいましたが、賛否両論を考えながら論を進めましょう。

2007年11月10日

やっと動き出した- 親子丼的ビジネス奮闘記(14)

昨日は、横浜のO社を訪問。以前このブログでも採り上げたことがあるが、SAVVIONのユーザで申請業務のシステム化を行い、その事例の報告をした会社です。昨日は旧知の課長さんにもお会いでき、当方で開発した方法論を見てもらった。

というのも、そのセミナーで申請業務のような決まりきったプロセスはBPMシステムに乗せやすいが、例えば営業系で受注するまでの業務など、不定形で不安定なプロセスをどうするのかが課題であるというようなお話をされていたので、日商エレの方々と一緒に訪問したのである。

最初に、どんなことで困っているのかという話を聞いたが、要するに最近の営業の仕事と言うのは守備範囲が広くなってきていて、商品のライフサイクル全体に関わる必要が出てきているとのこと。すなわち、ただ商品やサービスを売るだけではなく、たとえば廃棄まで考えるとか、仕事のスタイルまで設計して提案しなくてはいけないとか、多様な営業形態に対応しなくてはいけなくなっている。

さらに、営業マン自体も最近の若い人のなかには、昔のひとのようにWBSを書いてそれに従って、スケジュール管理をしてといったことができなくってきていて、マネージメントをどうするかといった問題点も指摘されていた。

こうした、課題に対して答えられるツールやソフトウエアがないので、いろんなソフトウエアの使える部分を持ってきて組み合わせるのかなあというようなことを話されていた。ただ、このあたりの仕事のやりかたは、案件ごとに違ったり、顧客によりその接点が違ったりと、なかなか標準的なやり方にならないため、システム化は難しいのではないかとも話されていた。

そこで、ぼくがCMS-BPMの仕組みでやれば、かなりそうした課題の解決につながる可能性があるということを説明し、実際に動くものを見せた。サンプルは設備工事案件について、仕様書作成、見積依頼書作成から購買部門が業者に見積を出すまでのプロセスであったが、すんなりと理解していただいた。

やはり、実際に動くものを見てもらうのは相手の理解が早いということと、それ以上に自分たちのやりたいこととの対比でイメージを膨らませることができるので非常に有効である。で、みてもらった結果、面白そうだということになり、こちらのほうで要件をまとめて提案書みたなものを作ることにした。

その打合せのあと、日商エレの人と今後の進め方について話し合う。来週からサンプル開発も含めたプロジェクト計画についてのアドバイスをすることになった。いよいよ、ビジネスとして動き出した。
 

2007年11月11日

還暦祝い

還暦祝いといってもぼくのことではない。まだ1年ある。昨日、高校のサッカー部の1年先輩の人たちの還暦祝いに行ってきた。顧問だった鈴木先生が還暦祝いをしてあげると言ったそうで、そのとき下の代のぼくらも呼べとなって急遽集まったのである。だから、上の代とぼくらで20人くらいになった。

この2世代はわりと会うことがあって大体顔はわかっているが、昨日は高校卒業後初めて会うというひとが来られて、みなびっくりしていた。42年ぶりとなるわけで、でもそのひとは高校時代「老人」というあだ名で呼ばれていたので、昔も今もあまり変わらないのである。

しかし、この還暦を迎えた代の人たちは、結束力がかたく、しょっちゅう集まっている。そして、多士済々のメンバーで、大学の先生が2人で、そのうちのひとりは「ショージ先生の船の博物館めぐり」という本を書いた東京海洋大学の庄司教授です。また、以前このブログでも採り上げた作家の植松二郎さんも先輩です。他にも慶応大学ソッカー部(慶応は昔からサッカーではなく、ソッカーといいます)の総監督の人とか、昨日は来られなかったがウズベキスタンの大使館付き医師の人とか、おもしろい人たちばかりです。

この代は関東大会優勝という今から考えるとすごいチームだったわけで、その強さは、様々な個性を持った人たちが、その能力を十分に発揮することができたことに尽きる。個々にみたらそんなに飛びぬけた選手がいたわけでもなく、むしろ、高校に入ってからサッカーを始めた選手が多くいたのだ。その選手たちの力をうまく引き出す戦術とモチベーションを監督の先生がチームに植えつけたのであった。

だから思うのである。チームとして強かったからこうして42年経った今でも結束力があるのか、この結束力があったから強かったのか。いずれにしろ、アマチュアチームスポーツのあるべきひとつの姿を身近で感じたことは、これまでのぼくの人生に大きな財産となったことは間違いない。

この2世代はまた、誰も欠けることなくここまで来ていますが、昨日は胃がんの手術をして退院したひとの快気祝いも兼ねていたのだが、ぼくらの同期にも半年前にやはり胃がんの手術をしたというやつがいて、胃を3分の2切った、いや俺は5分の4だなどと、この話で盛り上がった。しまいには、先生から「こりゃ、イガンタイショクだな」という駄洒落まで飛び出すことに。

でも、二人とも酒は呑むわで、いまや胃がんは恐くないようですね。ただ、ぼくの同期のやつはJICAにいるんだけど、半年前にボリビアに行く話がでて、そのための健康診断をやったときにがんが見つかったそうで、もしそれを知らずにそのままボリビアに行ってしまったらと思うとぞっとしたと言っていた。

先生は高齢なので(といっても72歳とは思えない元気さですが)早めに引き上げましたが、その後、やはり40数年前の話になる。ところがみんな昔のことをよく覚えているんですね。ということで、昨日はみな高校生に戻ったのであります。

いよいよ、来年はぼくらの世代が還暦を迎える。また、先生が「お前らも祝ってやるから」と言ってくれたので、メッセージ入りの先生が描いた水彩画の絵葉書を来年もらえることを楽しみにしている。
 

2007年11月12日

「科学的」って何だ!

いま環境問題だとかを議論していると、「それは科学的に正しいのですか」とか「科学的な見方が必要です」とか、何かと科学的という言葉が出てくる。そんなこともあって、「「科学的」って何だ!」(松井孝典/南伸坊著 ちくまプリマー新書)を読む。

イラストレータの南伸坊が惑星物理学者の松井孝典東京大学教授に質問をぶつけるという構成の本である。松井教授は、86年に「水惑星の理論」を発表して、世界的に注目された人で、要するに宇宙的視点で地球を見ているすごい人です。

のっけに、血液型性格判断の話で、血液型と性格の因果関係はどう考えてもあるわけないときた。ぼくは、アメリカインディアンはみなA型で、ジプシーはみなB型であることから、A型は定住型、B型は放浪型と決めて、やっぱり関係があるんじゃないかとちょっぴり思っていたが、ばっさり否定されてしまった。
血液型と性格は「科学的な議論とは無関係」ということのようだが、ちょっぴり疑問も。

それで、科学というのは「わかるか、わからないか」という世界の話で、血液型のような話は、「納得する、納得しない」のレベルの話だそうだ。日本語はそこのところがあいまいでみなわかる、わからないになってしまうところがある。「納得する」というのは科学的でなくても腑に落ちればいいのである。

だから人間が関わるところでの議論はみんな「納得する」の世界のことになる。宗教や哲学、政治、経済など、人文科学や社会科学の議論も、つきつめていくと、結局「納得するかしないか」の話になる。

それでは、科学って何となるが、科学とは「外界を脳の中に投影するときの共通のルール」ということ。だから、ちゃんと前提のところで同じ土俵で、同じ定義で議論していかなくてはいけない。「議論のルールブック」でも言ったように、この前提がばらばらで議論していることがよくある。

松井教授は地球を俯瞰的にとらえているからスケールが違う。地球環境問題にしてもこう言っている。

地球文明、あるいは地球環境といった問題を考えるときに、地球というのは様々な構成要素の関係性で成り立っているひとつのシステムなので、もう一度全体をみなくてはいけない。地球環境問題を100年未満の現象と定義して、それを元に議論していても地球システムと講和的な解決策は出てこない。

そもそも地球環境問題は地球と人間の問題であって、地球とは何か、人間とは何かの研究が基礎にあって初めて考えることができる ところが環境問題の専門家と称するひとたちは工学とか農学とか経済とか、その二つの分野の境界領域にいる人たちが中心で、地球のことなんか研究も勉強もしたことがない。

ためになる話がまだまだたくさんあるのだが、最後にひとつ、ちょっと悲観的なことなのですが、地球環境を救うにはみたいなことに関して、「人間というのは、やはり行くところまで行きつかないと、みんなが豊かさを手にしないと、豊かさの限界や無意味さに気が付かない。みんながこのまま突っ走って、この人間圏がどうしようもなくなるところまで行く」のだそうだ。恐ろしいことだ。

ただこのあたりは表題の「「科学的」って何!」からはずれた話でそのほうが多く、若干だまされたみたいだが、とはいえ大変興味深いことばかりであったのでぼくはおもしろかった。

これからは、軽々しく「科学的」という言葉は使ってはいけないように思える。それは「納得した」のである。
 

「科学的」って何だ! (ちくまプリマー新書 66)
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2007年11月13日

論点2 Recommendation -「ネット未来地図」から

本の要旨 - お勧め(レコメンデーション)とソーシャル(人間関係)が融合していく

アマゾンのお勧めのことで、協調フィルタリングという技術を応用している。これはまだ、的確な答えが返ってこない。それ以外の方法で出てきたのが、コンテンツベース・フィルタリングという手法で、例えば自分がどのような映画が好みなのかを事前に登録しておき、その好みに応じて勧めてもらう方法である。

しかし、レコメンデーションの分野は技術革新が最も先鋭的で、新しい手法が登場し、しのぎを削っている。
さらに、別のアプローチとしては、SNSなどによるクチコミ・レコメンデーションもある。ソーシャルとレコメンデーションの連携というのは、今後最も注目すべき大きな分野のひとつである。

ぼくのコメント

確かにアマゾンに行くと「こんな商品を買った人はこんな商品も買っています」といって同じ様な本を勧められる。グラビアアイドルの本をクリックしてしまうと次から似たようなグラビアアイドルの本がずらっと並んでびっくりする。だから、必ずしも自分の好みののもの、欲しいと思うものがでてくるわけではない。でも参考になることはある。いまはそんな感じだが、それ以上を望むかどうかは、人それぞれのような気がして、ぼくなんかはあまりおせっかいは要らないと思っている。

結局、いかに消費者の購買意欲をかきたてるかとなるが、ぼくはクチコミのようなレコメンデーションがいいのではないかと思っていて、というか、みんなが欲しがっているものがやっぱり自分も欲しいものだという集合知ならぬ集合欲がわりとよいレコメンデーションになるような気がする。

そういう意味でyusukebeが作った「これ☆欲しい-みんなの物欲」はとてもマッチしていると思う。身内だからというわけではなく、客観的に見てもいいんじゃないかな。
 

2007年11月14日

ゆるさとかたさ - 働きたくなるIT(16)

先日エントリーした「「科学的」って何だ!」の中で、科学というのは「わかるか、わからないか」という世界の話で、人間が関わるところでの議論はみんな「納得する」の世界のことになるというようなことを書いた。

これを情報システムの世界についてみていくと、どうも今は「わかるか、わからないか」の世界ばかりで動いているような気がする。突き詰めれば、コンピュータの0か1かの話になるわけで、厳密さ、正確さが求められる。この厳密さはハードウエアとかOSのところでは当然であるが、アプリケーションの領域に行くとだんだんゆるくなってきてもいいのではないだろうか。

それが、コンピュータ屋さんはそこにまで厳密さを要求している。特に基幹業務と言われているところでは顕著だ。はたして、そこまで必要なのだろうか。

例えば、業務アプリケーションをながめてみると必ずしも「わかるか、わからないか」の世界だけではなく、「納得するか、納得しないか」の世界も現にあるといえる。フロントエンドのところや顧客接点では、まさにこんな世界ばかりではないだろうか。言い換えれば、システムというのはゆるいところからだんだん固めていくプロセスでもあるといえる。

そう考えると、一旦この厳密性を外してみたらどうだろうか。ゆるくするのだ。どういうことかというと、極論すると、決まった処理順序、規則などを決めないのだ。もっと人間臭い世界にするのだ。

少し飛躍するかもしれないが、これはWeb2.0の本質のひとつではないだろうか。集合知や参加型のアーキテクチャなんてゆるさそのままの世界でしょう。

飛躍ついでにさらに言うと、よくSEは業務をわからなくてはいけない、業務の経験がないと要件を固められないと言われますが、この場合の業務というのは、おそらく現場の人が長年培った仕事のやり方であるはずです。もしそうなら、いつまでたってもわかるはずはない。例外的な処理やその人独特のやり方で固まっているわけだから。会社って組織的に動いているようで、実は個人でしか動いていないんですね。

そこでだ。そんなものは要件にしてはいけない。単なるひとつのケースとしなくてはならない。ただし、例外や固有を省いたところは厳密なものになる。そこは、“科学的”な世界にもって行けるので、業務を知らなくても論理的な思考回路をもっていれば要件定義ができる。

“納得”の世界はゆるくしてやればいい。そして、“納得”したいひとに作らせればいい。

若いSEのひとよ、おまえこんなことも知らないのかと怒られても嘆くでない、あなたの知らない業務はどうでもいいことなのだ。あなたが、磨かなくてはいけないスキルは、確定させたデータを会社のコアデータベースにどうマッピングさせるかということだ。
 
この硬軟をもたせてバランスをとることこそ、これからのシステムおよび開発に望まれるものと思う。

2007年11月15日

負けないレッズ

やったあ、浦和レッズがAFCアジアチャンピオンになった。すばらしい。

優勝の原動力はやはり守備力だと思う。何しろアウエーでも負けなかったのだから。昨日も、ワシントン、永井、ポンテらの前線でもがんばってディフェンスをしていた。ただ、予想以上にセパハンの攻撃力がレッズを上回ったため、最終ラインが下がったままで、中盤があいてしまい再三ピンチを招いた。

セパハンがもう少しサイドから攻めていたらどうなっていたかわからない試合であった。セパハンは強いチームでびっくりした。よくアウエーで引き分けられたと改めて思う。

それにしても、レッズはよくがんばった。明らかに選手のコンディションはよくなかった。みな最初から疲れていた。それでも勝てる決定力を持ったレッズはまた一段と成長したような気がする。

これで、アジアチャンピオンとしてFIFAクラブワールドカップに出場するわけで、世界の強豪ぶつかってさらに飛躍することを祈っている。日本サッカー界全体のレベルアップにつながるのだ。

2007年11月16日

「環境問題」の歩き方(3)

前回、中部大学教授の武田邦彦さんという方の環境論をベースに話を進めると言ったが、少し環境問題についてネット上で調べてみた。そうしたら、当然なんだけど、反論している人がいる。武田教授の主な論点は。簡単に言うと「リサイクルをしてはいけない」ということと、「地球温暖化は二酸化炭素の影響ではない」ということにある。

要するに、リサイクルはコストがかかり、余計に資源を使うことになるという主張。さらに、ペットボトルの国内リサイクル率は10%程度で後は焼却か輸出であると言っていて、ゴミを輸出していいものかとのこと。ただし、ここが“科学的”でないと指摘されている。論拠はPETボトルリサイクル推進協議会のデータなのだが、その当の協議会から捏造であると同協議会のHP上で抗議されてしまった。

昨日のニュースゼロでこのペットボトルのリサイクルの話題が放映されていたが、それによると40%くらいが、独自ルートで中国に輸出されているそうだ。まあ、確かにこの輸出分をリサイクル率に含めるのか否かは議論があるが、中国で再生使用されるとなると含めてもいいような気がする。このデータ捏造の事実がわかった瞬間、武田教授がとたんに信用できなくなってしまった。むしろ、異を唱えている安井至東大名誉教授がまっとうに思えてきた。

一方、地球温暖化のほうだが、これは温暖化の主原因が太陽の活動の変化であるという主張。これは、テレビによく出る池田清彦さんといっしょ。ロングスパンで考えるとそうかもしれないが、反対派はだからと言って二酸化炭素を排出していいわけではないと言う。

ところで、この地球環境特に温暖化についてはどうもよくわからない。というのは、温暖化してどんな被害があるのかと思ってしまう。北極や南極の氷が溶けて海面が上昇すると言っても、“科学的”には、それこそゴアが言っているような上昇はない。それじゃあ、異常気象なのかといっても因果関係なんかわかりっこない。そうなると、内田樹さんのように「地球温暖化で何か問題でも?」ということになる。彼のブログの一部を載せる。

地質学的なスケールで考えても、現在は「間氷期」である。 地球は氷期と間氷期を交互に経験する。 最後の氷期が終わったのが、約1万年前。 黙っていても、いずれ次の氷期が訪れて、骨が凍えるほど地球は寒くなる。 そのときには海岸線がはるか遠くに退き、陸の大部分は氷に覆われ、動植物種も激減するであろう。 だから、私は温暖化には類的な立場からはそれほど怯えることもないのではないかと思っている。 地球寒冷化よりずっとましだと思う。 寒冷化した地球を想像してみたまえ。 夏が寒いんだよ。冬は豪雪で零下数十度。 冷夏では作物がとれないから、すぐに飢饉になる。 食料が高騰する。 いくら夏が暑いとはいっても、河原でも森の中でも、どこか涼しいところを探せば、なんとかしのげる。 でも、寒いときには「温かいところ」には必ず人間がいて、金を出さないとそこには入れない。 寒冷化した地球では、食料と暖房を買うことのできる人間しか生き残れない。 貧しい人間たち(つまり人類のほとんど)は遠からず凍死するか餓死する。 温暖化ではたしかに北極のシロクマさんたちは生活を脅かされて困っているであろうが、寒冷化で、人間たちが(もちろん動物植物たちも)ばたばたと凍死餓死するという未来もあまり想像したくない。 適当なところで落ち着いて欲しいものである。

こうした環境問題についての議論に正しい答えはない。だから、どちらか片方が正しくて、片方が正しくないというニ項対立の図式はありえない“納得”の世界なのである。しかし、この二元論はテレビの世界ではまかり通るわけで、わがままな市民を作り上げる。もう少し、冷静に正しい知識に基づいて議論し、ウチダくんがいうように適当なところところに落ち着いて欲しいものだ。

ほんのちょっとだけれど環境問題をみてみたが、ここで何か言うのはやめようと思っている。結局、環境問題の行きつくところは、自分のライフスタイルをどう設計していくかになるような気がする。乱暴に言えば、そこに他人がとやかく言う筋合いではないのではないかということだ。別な言い方をすると、その人の生き方が資源を浪費し、環境を悪化させているとその人に言ったところで“納得”するだろうか。ということは、世の中の仕組みでいい方向に向かうようにすることではないのだろうか。

安井教授が言っているように、「環境問題では、負の価値をもったもの、例えば、公害を引き起こす物質にしても、ゴミにしても、減らそうとすれば、それを排出すると費用が掛かる、という社会的仕組みを作る以外に方法は無い」のかもしれない。
 

2007年11月17日

男村田の心意気

いささか古くなったが、ベイスターズの村田修一のことを書いておきたくなった。何を書くかというと二人の引退選手に対する向き合いかたである。

ひとりは、ヤクルトの鈴木健である。最後の打席にファウルで粘りに粘って13球目にサード横にファウルフライを打ちあげる。当然簡単に取れる打球である。ところが、それを村田はわざととらなかったのである。そのあと、鈴木健はセンター前にヒットを打ち野球生活に終止符を打ったのである。

二人目は、広島の佐々岡真司のことである。佐々岡の引退試合で村田はワンスリーから高めのボールと思えるような投球に思いっきり振り抜きオームランを打った。普通は、引退する投手のその引退試合では三振するのが通例となっているにもかかわらず、何とホームランを打ってしまったのだ。村田はこのホームランでセリーグの単独ホームラン王になった。

片や温情でわざと捕球しなかったのに、片や温情を捨て去り真剣にプレーするという、見た目は相反する対処だが、引退選手の終わり方を気持ちよくさせようという思いやりであった気がする。ファウルで終わらせるのはしのびない、フォアボールを選んではすっきりしないだろう、といった気持ちが働いたのではないだろうか。

こうしたプレーを批判する人もいるが、ぼくはこれがプロ野球なのだとつくづく思う。日本シリーズの中日の山井の完全試合もそうだが、温情であったり、非情であったり、そういった人間味も含めて楽しむのがプロの試合なのだ。

男村田の心意気で、来年もがんばってぜひ本塁打、打点の2冠王になってほしい。
 

2007年11月18日

勝っても相変わらずのイマイチ感

サッカーU22代表がベトナムを4-0で下し、勝ち点3をゲットし、かつ得点も取った。この試合のあとにあったカタールとサウジの試合が2-1でサウジが勝ってしまった。これでカタールの1位の芽がなくなり、サウジが勝ち点8で2位に浮上した。

だから、今度のサウジ戦で日本は勝つか引き分けるかでオリンピック出場が決まる。もしカタールが勝っているとかなりきつい展開になっていた可能性がある。最終戦での点の取り合いになり、カタールはホームでベトナム戦だったので向こうが有利になったかもしれない。

ということでだいぶ日本に有利になってきたが、ここで気持ちを切らさず全力で戦ってほしい。

ぼくはまだこのチームに対して不安を抱いている。下の世代の柏木や内田、森嶋、梅崎などが入ってきて、ひところよりは少しはよくなっているがまだまだだ。以前のチームのダメな象徴は、平山相太と本田圭介の二人だった。平山にこだわることで日本のよさ、フル代表からつづくオシムサッカーの良さを消してしまっていたからである。平山に当てるサッカーは日本には向いていない。そこをやっと反町がわかったはずだ。

もうひとつは本田のチンタラプレーだ。確かに昨日はいいアシストもしたし、PKも決めたが、全般的にいうと走らないプレーが多い。2回目のPKにしても、あれは思い切りのいいシュートを打つべきなのだ。それが、かわすプレーに終始するので、はまればいいがどうもテンポが合わないようにみえる。反町がなぜ使うのかよくわからない。安田とか梅崎とか粋のいい走れるやつを使うほうがよっぽどもいいと思うがどうだろうか。

それと、4点とったといえ、流れの中というよりセットプレーでの点がやはり多い。なぜかというと、ドリブラーはいるけどパサーがいないのだ。人とボールを回すサッカーでボールを回せないし、パスの精度が悪い。フル代表だと、中村堅剛、遠藤、中村俊輔たちがパスを回しながら陣形を整えたり、落ち着かせたり、キラーパスを出したりができるが、そういう役回りができるやつがいない。ここらあたりが課題だが、まあ試合を重ねていく中で成長していくんだろうけど。

今度のサウジ戦はしっかり戦ってオリンピック出場をはたしてほしい。オシムのためにも!
 

牛乳ラーメン

牛乳ラーメンって知っていますか?今日久しぶりに食べてきました。

藤沢のビックカメラから市役所のほうへちょっと入ったところにある「こぐま」という札幌ラーメンの店がある。そこのメニューに牛乳ラーメンなるものがある。要するにスープに牛乳を入れたもので、あとトッピングがゆで卵、チャーシュー、もやし、ねぎです。

これがうまいのだ。そう、まさにクリーミーな味で一度食べたらやみつきになる。味噌ラーメンもおいしいのだが、来るお客さんの半分くらいが牛乳ラーメンを注文する。

しかも、斉藤洋介に似た主人と奥さんの二人でやっているのだか、二人とも寡黙で愛想もないが、そのほうがかえって好感が持てる。

ぼくは高血圧のせいで、めったにスープを飲み干さないけど「めじろ」の塩ラーメンととこの牛乳ラーメンのスープは必ず全部飲む。藤沢に行ったら是非寄ってみてはいかがでしょう。


koguma.JPG
 

2007年11月19日

デパ地下の珊瑚礁

今日は朝から近くの病院で健康診断です。会社を辞めてしまうと、それまでやっていた定期健康診断がなくなってしまう。さてどうしようかと思ったら、鎌倉市には市民検診という制度があって、毎年誕生日になると健康診断をやってくれる。基本検診以外にも大腸がん、肺がん、胃がんなどの診査もある。

そんなに混んでいなかったので早めに終わったので、そのまま自転車でビックカメラに行く。いまぼくが仕事をしている部屋のエアコンを買うことにした。この一年間、冬は石油ストーブ、夏は扇風機で過ごしたが、今年の夏の暑さに参ったし、石油ストーブは目がしみるし面倒臭い、さらに灯油も値上がりしたのでエアコンを買うことにした。

そこで、買う前にうちの社長のお薦めの「BIC CAMERA Suica Card」を作る。これは、ビックカメラのカードとSuicaとクレジットが合体したやつで、それぞれポイントがたまるんだど、すごいのは、JRに乗っても1%のポイントがたまる。また、ビックカメラのポイントもSuicaにチャージできる。いままで、いちいちお金を足していたのが何もしなくてもよくなる。これは便利だ。それにぼくは、来月から最低週2日は東京にでかけることになったのでほんと助かる。

さて、ビックカメラでお昼近くになったので、朝飯抜きだったこともあって、さいか屋の地下にある「珊瑚礁」に行くことにする。「珊瑚礁」は本店が七里ガ浜にあるカレーの店です。その店が、さいか屋の地下食料品売り場の隅にある。十数人座れるカウンターなんだけど一応「珊瑚礁」のカレーが味わえるので、昼時になると買い物帰りのおばさんで埋まる。今日は、名物ドライカレーを頼む。

昔は喫茶店というところには、スパゲッティナポリタンとチキンライスとドライカレーがあった。よくそのドライカレーを食べたものだ。今はなかなかドライカレーに出会わなくなったが、「珊瑚礁」にちゃんとあるし、おいしいので食べたくなったら時々行くことにしている。
 

2007年11月20日

ウエブ時代をゆく

あのベストセラー「ウエブ進化論」が2006年2月刊行だから、1年9ヶ月ぶりに梅田望夫の新刊「ウエブ時代をゆく」(ちくま新書)が出た。それを読む。

相変わらずのオプティミズム満載の若者励まし本。別に茶化しているわけではなくて、なかなかここまで、今の時代を理解し、ガイドしてくれる人はそうはいない。ただ、池田信彦さんが15分で読んでしまったと言ったように、「ウエブ進化論」を読んでいればその延長として“読める”ので、あらたな発見、驚きは少ないように思える。あまりに「ウエブ進化論」の衝撃が大きかったことの証左でもある。

著者があとがきで福澤諭吉の「西洋事情」と「学問の進め」が対になった存在であったように、「ウエブ進化論」と「ウエブ時代をゆく」を書いたと言っているが、ちと行きすぎでしょ。要するに、「ウエブ進化論」を読みきれば、「ウエブ時代をゆく」が導かれるのはおおかた推察できる。むしろ、「ウエブ進化論」から2年弱なのに、その間の梅田さんの変化より、実際のウエブ世界の変化のスピードのほうが上回ってしまっているとさえ思えてくる。

まあ、それでも得るところは多く印象に残ったところを少し。

まずは、シリコンバレーで学んだ3つの言葉ということで次の言葉を言っている。
1.Only the Paranoid Survive
2.Entrepreneurship
3.Vantage Point

1の意味は「病的なまでの心配性な人だけが生き残る」ということだそうだ。2はアントレプレナーシップだから、普通は起業家精神と訳されるが、ちょっと違ったニュアンスとして「自分の頭で考え続け、どんなことがあっても絶対にあきらめない」という心の持ち方を協調している。3のバンテージポイントというのは、「見晴らしのいい場所」という意味で、その分野の最先端で何が起きているのかを一望できる場所ということである。

確かに、これらはシリコンバレーのようなところでは必要な要素であろう。そして、梅田さんは別の言い方として、志、オープンソース精神、オプティミズムを大事な要素として提示している。これをみてぼくは以前に書いたことがある、村上和雄さんが言っていた、ぼくの座右の銘でもある「高い志、感謝、プラス思考」と対比して、ああ同じことを言っていると感じた。

さらに、ぼくの言っていることとの対比では、まだリアル世界とネット世界の境界領域で必要なスキルを身につけた人は少ないので、そこに「新しい職業」の可能性があると言っているが、今僕ら親子が目指しているのは、まさにこの境界を埋めるための「バウンダリー&フュージョンエンジニアリング」であることにシンクロする。

ただ、梅田さんが向かって鼓舞している若者は、かなりスキルを持っていて、リテラシーの高い子たちなのではないのだろうか。おそらく少数の若者しか呼応できないのではないかと思う。それがわかる文章があって、そこに境界領域のフロンティアを生き抜くために必要なウエブ・リテラシーとして次の4つを挙げている。

(1)ネットの世界がどういう仕組みでうごいているかの原理は相当詳しく徹底的に理解している
(2)ウエブで何かを表現したいと思ったらすぐにそれができるくらいまでのサイト構築能力を身につけている(ブログ・サービスを使って文を書くとかそういうことではなくて)
(3)「ウエブ上の分身にカネを稼がせてみよう」みたいな話を聞けば、手をさっと動かしてそこに新しい技術を入れ込んだりしながらサイト実験ができる。広告収入の正確な流れも含め「バーチャル経済圏」がどういう仕組みで動いているかの深い理解がある。
(4)ウエブ上に溢れる新しい技術についての解説を読んで独学できるレベルまで、ITやウエブに対する理解とプロミング能力を持つ。

そして、「これなら、「心掛け次第で明日からでも実行が出来、実行した以上必ず実益がある」はずだ」と言い切っている。

えええー、こんなことだれができるの? こりゃ一握りのアルファギークしかこんな能力をもってやしない。手前味噌になってしまうが、うちの社長みたいな子でないと無理だ。もうちょっと敷居を低くしてやらないと「群集の叡智」は別世界に飛んで行ってしまいますよ、梅田さん。

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)
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2007年11月21日

今の上海  チャイナばなしその13

先週下の息子が上海に行ってきた。男子テニスのマスターズカップの予選ラウンドを見に行ったのである。この子は高校生のときにテニスを始めてそれからずっとやっている。ちょっと前まで、テニススクールのコーチも務めたという腕前です。どうもオバサン連中にもてたらしい。

マスターズカップというのは、2000年に新設された男子の大会で、年に1度11月に行われ、ATPランキング「シングルス」「ダブルス」それぞれ上位8位までの男子選手が競う。今回はめったに負けないフェデラーが負けたといって喜んで?いた。

そのことではなく上海のことである。午後から夜にかけて試合をみるのであまり遠くへ行くわけにいかなかったらしく、市内だけで楽しんだようだ。帰ってからいろいろな話をしてくれたが、このテーマのエントリーの最初に言った「変わったところと変わらないところ」が伝わってきた。

変わったところといえば、都市の景観がまるで違う。もはや東京をもしのぐ高層ビル群はすごいものだ。そして、吉野家もある。

ところが、変わらないものもあって、それは「マナー」というタイトルのエントリーに書いたように、マナーの悪さの代表的な四つである「喫煙、唾吐き、列への割り込み、ののしり」は変わらないようだ。テニスの試合でも、指定席に座っていて、ちょっと席を立つといつのまにか中国人が座り込んでいると言っていた。また、キンキラ声で罵り合うのもいまだに健在のようだ。

こうして、人々の心に刷り込まれたものはそう簡単になくなるものではないのですね。
 

2007年11月22日

BPM-J交流会- 親子丼的ビジネス奮闘記(15)

一昨日は、日本BPM協会主催の「BPM-J交流会」に出かける。これはこのカテゴリーの最初にエントリーしたように、前回は、ぼくが「ユーザ目線の実践的BPM」というタイトルで発表した集まりです。

今回はウルシステムの吉川昌澄さんの「BPMSのスウィートスポット ~導入成功事例に見る4つの狙いと7つの業務~」と日本能率協会コンサルティングの田中 良憲さんによる「顧客サービスプロセス改革の実践ポイント ~金融・通信サービス業における改革事例に学ぶ~」であった。

最初の吉川さんの発表では、日米のBPM導入成功例41社(対象はSAVVION社のSBMを導入した会社)を分析し、それがどのような目的に、どこの業務領域に適用されているかをわかりやすく整理していた。

また、田中さんのものは、これも通信業、リース業、保険業の事例にもとづき、BPMを推進するための改善サイクルのレベルを3つにわけ、それぞれの取り組みを紹介してくれた。

いずれも、事例から導かれた報告なので説得力があり、非常に参考になった。こうしてみると、BPMの適用可能性というのは広く大きくなってきているのがわかる。まだ日本では成功事例が少ないが、徐々に増えてくるものと思われる。

ぼくらのやっていることも、もうちょっとしたらプロジェクトを回して、実績があがってくる予定なので、早くいい結果を出し発表していきたいと思っている。

昨日は、その「BPM-J交流会」で講師をつとめたウルシステムの吉川さんを訪ねる。こちらの仕組みのデモをみてもらって、協力を要請する。いろいろお話していく中で、吉川さんがBPMに取り組まれたのが2000年頃だと聞いて、さすが年季の入っている人は違うなと感じたのである。

最近、BPMとかSOAとかSaaSとか言われだしていますが、昔から追っかけたものにとっては、多くはにわかアナリスト、にわかコンサルタントで、はやりものに飛びついているだけと思ってしまう。

だから、どこかの受け売りみたいで本当にわかっているのかと言いたくなる。結局、自分たちが何をやりたいのか、どういう仕組みにしたいのかがあって、それを必死に自分の頭で考えて、そこでたどりついたのがBPMだったりSOAであるという、そういう人こそが本当のところがわかっていると思う。

夜は、BPM協会のコンポーネント研究会の定例会に出席。Tibcoのオープン化の話を聞く。BPMベンダーにもWeb2.0採用やオープン化の波が押し寄せているようだ。BEAも先日「Dynamic Business Application」というコンセプトを打ち出してきているし、そこらあたりがやかましくなってきそうだ。

ただ、この会合でも議論になったが、オープン化はいいんだけど、収益モデルをどうするかが問題だねという話で、ユーザインターフェースはオープンソースでいって、BPMのところはしっかりライセンス料をとりますねというモデルが成立するかどうか難しいのではないだろうか。ぼくらのビジネスもここらあたりは議論になるが、悩ましい話だ。
 

2007年11月23日

テレビの劣化

このあいだ、下の息子と飯を食いながら話をしていたら、バレーボールの試合で、試合前のコートでタレントのがきどもが歌を唄っているが、これは許せないと息子が怒っていた。彼は、テニスをやっているから、試合前のテニスコートで歌なんか唄われたらたまったものではないと言っていた。

ぼくもそう思うのであって、試合場というのは神聖なところで、バレーコートならそれこそ雑巾がけしてきれいにしてから試合に臨むものである。もはや、バレーボール会場はコンサート会場と化し、真剣勝負のスポーツじゃなくなってくる。

そんなことを思っていたら、最新の「週刊文春」で”テレビを叱る”と題して、著名の人がテレビを叱っていた。その中に、二宮清純が「スポーツ中継からジャリタレを消せ!」と言っているのが目に入った。やっぱり、心ある人は同じような思いを抱いているのだ。ほかのお怒りもおもしろいので載せると

・一発芸人使い回しでお笑い番組が金太郎飴に (横澤彪)
・原作は漫画ばかり「連ドラ」脚本家が育たない (山田太一)
・「ワイドショー」新聞棒読みをやめろ! (梨元勝)
・狙うは玉の輿 雑巾がけを忘れた「女子アナ」 (南美希子)

中味は読んでいないので、詳しい内容はわからないが、見出しだけでだいたい想像がつく。みんなぼくが普段テレビに対して感じていることだ。

全部に共通するのは、テレビという媒体がもつ独自性や創造性を捨ててしまって、安易に借り物で済ませるというスタンスであり、その場限りの視聴率稼ぎの番組作りであると言わざるを得ない。

これでは、自分で自分の首を絞める自殺行為に等しい。いずれ、NHKとCATVしか見ない時代になってしまうのかもしれない。
 

2007年11月24日

同姓同名

昨日は、義父の13回忌の法要があった。実は、義父の菩提寺もぼくの実父と同じお寺なのだ。しかも、お墓が目と鼻の先で5mくらいしか離れていない。このお寺は、鎌倉の材木座にある妙長寺という日蓮宗のお寺です。

お墓が近いからお盆やお彼岸のお墓参りは楽でいいですねと言われるが、お墓参りは兼ねてやるものではないので、ついでにお線香をというわけにはいかない。昨日も義父のお墓にだけ参った。妙長寺はいま、寺務所の新築工事中なので、行くといきなり本堂に座ってお経が始まった。住職がお茶も差し上げられなくてと恐縮していた。

昨年もこの時期にぼくのオヤジのやはり13回忌を妙長寺でやったので、2年連続である。ということは、両方の父親は早く亡くなって、母親は健在ということである。まさに女は強しである。

法要のあとは、義母や義弟家族らと一緒に会食。久しぶりにみな集まったのでいろいろな話で盛り上がる。そのとき、義母から、いまのNHKの「ちりとてちん」という朝ドラで、登場人物の役名がぼくと同姓同名なのでびっくりしたと教えてくれた。福井の若狭が舞台で貫地谷しほりが演じる主人公の父親がそうである。ただし、漢字の1字が違う。でも、ドラマに使われそうにない名前と思っていたので意外だった。

ところがうちの息子の名前も意外にもマンガの主人公の名前と一緒だったのだ。「星のハーモニー」の和田君とゆきこシリーズというひかわきょうが書いた作品に、主人公のあこがれの同級生として登場する。

ぼくも息子もありふれた名前なので、そうしたドラマやマンガに出てくるとは思っていなかったので、何かくすぐったい気持ちになる。まあ、悪人ではなさそうなのでよかった。もし、凶悪犯人の名前が自分と同じだったらやだろうなあ。
 

2007年11月25日

論点3 行動ターゲティング -「ネット未来地図」から

本の要旨 - 行動分析型広告は加熱し、ついに危うい局面へ

行動ターゲッティング広告というのは、利用者がどのようなウエブサイトを見たり、どのようなキーワードで検索したかといった履歴をすべて蓄積しておいて、その内容に合わせて利用者の興味や関心がありそうな広告を配信するという広告である。

この行動ターゲティング広告は、個人情報に入り込むと問題であるから、そこにはいっさい手をつけず、クッキーだけを使う手法である。

日本でも最近この行動ターゲティング広告に走り出しているが、今年の6月にヤフーが打ち出した「デモグラフィック行動ターゲティング」と「エリア行動ターゲティング」は、徐々に危うい局面に近づいてきているものである。

前者は、行動ターゲティングに利用者の年齢、性別をかけあわせたもの、後者はエリアの情報をかけあわせたもので、例えば、「美容に関心ある二十代女性」とか「新築マンション購入意欲のある大阪在住のユーザー」というように分類し、的確に広告を配信することができる。こうしたことが進んでいくといずれ個人のプライバシーに踏み込んでいくことになる。

ぼくのコメント

最近こうした広告が増えてきてネットを見ていても確かに関連するものが出てきてうれしいときもあるが、関係ないようなものがあつかましく訴えてくることもある。

ただ、ぼくは著者が言うようにプライバシーの問題というより、むしろ“おせっかい”がうっとうしくなるんじゃないかと思ってしまう。“お前ら本当にオレのことをしっているのか?”と言いたくなる。人間って、そんなに論理的でもないし、ワンパターンでもないように思う。その時の気分で欲しいものも違ってくるし、いい加減だし、天邪鬼的行動だってあるのだ。

だからほどほどにしてくれないとうるさくなるような気がする。時に、Wordのおせっかい機能に切れることがあるぼくなんか特に感じるのである。

2007年11月26日

オープンということ- 親子丼的ビジネス奮闘記(16)

ビジネスというと商材をどうするかになるが、今の段階ではまずはその商材を揃えていくというところに注力しなくてはいけない。パッケージやソフトウエアのライセンス売りにするのか、それを使ったソリューションとするのか、さらに保守・運用までてがけるのかといった選択がある。

われわれの考えは、単なるプロダクト売りではなくサービスを売ろうと考えています。特に、ビジネスプロセスがメインとなると、その会社全体のビジネスをどんな構造にし、どのように運営していくかといったところまで踏み込まないと、本当にお客さんが喜んでもらえるかわからないことになる。

使ってもらえないものを売って儲けようとは思わない。ですから当然のようにソリューションからさらにビジネスアウトソーシングのようなことまで視野に入れて考えています。

ということになると、商材としては、開発技法、アプリケーションプラットフォーム、ビジネスコンポーネントやプロセステンプレートのライブラリー、運用サービスといったところになるのはないでしょうか。

さしあたってやらなくてはならないのが、事例の構築です。商品を売るにはプロモーションビデオがあったほうがいいのと一緒でサンプルプロセスに対して動くものが必要です。そういったものをひとりではできないのでコンソーシアム的にやって行こうと考えていますが、こうしたやり方の場合問題になるのが成果物の権利の帰属をどうするかです。

従来の考え方でいくと、権利化してそれを寄与度に応じて配分するようなことになるが、前回も指摘したようにオープンソース化という流れが加速されている中では、それに逆行していくような気がする。

その前に、権利化ということに関しても、以前はビジネスモデル特許とかがもてはやされた時もあったが。今はあまり聞かない。おそらく、特許をとるのに時間がものすごくかかるから、そんなことをしているよりどんどんビジネスを始めたほうが得策なのではないでしょうか。しかも、最近のWebの世界は著作権にしてもいいものは万人に開放すべきだという考え方になってきているように思える。

そして、ソフトウエアの無料化の動きである。

だから、これから始めるプロジェクトをオープンソース精神でやるという手もあるが、まだビジネスシステムの世界では早いように思える。そこの世界にいる人たちのマインドがそこまで行っていないと思う。従って、ぼくの提案しているのは、「限定的なオープンソース開発」ということになる。

どういうことかというと、思いや考え方を同じくする人たちを限定し、しかしその中ではオープンソースで行くというやり方である。現実解としてはそんなところではないでしょうか。でもなお、収益モデルの描き方は課題として残る。悩ましいところだ。
 

2007年11月27日

サンプル開発プロジェクト- 親子丼的ビジネス奮闘記(17)

前回、プロモーションビデオのようなサンプルシステムが必要であると書いたが、その開発プロジェクトが動き出すことになった。

昨日、一緒に仲間になってくれそうな会社を訪問した。タイムインターメディアという名の会社で、主な商品としては、検索ソリューションの「Kabayaki」、CMSの「幕の内」、イシュートラッキングシステム「グルット」などである。この三製品についてデモを見せてもらった。逆にこちらからもいつものデモを見てもらう。そのあと、コラボレーションが可能かどうか話をした結果、おもしろそうであるとなって、プロジェクトに参画してもらうことになった。

ここで、世の中せまいなあという話です。いまぼくらが扱っているCMSは、オープンソースの「Plone」というやつであるが、これはPythonという言語で書かれたZopeというフレームワークで動くものである。この「幕の内」というCMSも同じようにZopeのフレームワークを使っている。だからこの会社にアプローチしたというわけではない。

最初は、日商エレの人がタイムインターメディアの社長を知っていて、ぼくにこういう会社があるんだけどどうだろうと紹介してくれたのだ。そうしたら、ZopeやPythonを扱っていたのでぜひ一緒にやらせてと言ったというわけだ。

というのは、デモシステムの開発のとき、Ploneのカスタマイズやコネクターの製造などで、わからないことが出たときの対応で苦労したからである。デモシステムはうちの社長がPloneのコミュに聞いたりしながら何とかやった。

でそのときこの周辺の開発者を当たっていると、だいたい主導している人がわかってきて、その人たちを巻き込もうと考えて、幾人かの候補を検討した。そこでS氏という個人にお願いしたのだが、彼は忙しすぎて3回ぐらい会って立ち消えとなってしまった。そんな折にタイムインターメディアに行ったわけで、そうしたら出てきた人が何とSさんというぼくが候補としてあげていたひとたちの中の一人だったのだ。

ということでレベルの高い技術者も確保できたのでプロジェクトが思ったように編成できそうだ。そのプロジェクトは今のところ、プロセス設計のところがBizMo、BPMが日商エレクトロにクス、CMSがタイムインターメディア、全体統括がwaditという体制で、来月からあるプロセスを対象に実際に新しい開発技法でやってみることになります。

そうそう、サンプル開発のプロジェクトと開発方法論に名前をつけました。プロジェクト名は、「NewBiT」です。これは参画各社の頭文字である、Ne(日商エレ)、w(wadit)、Bi(BizMo)、T(TimeInterMedia)からとっています。また、メソドロジーの名は、「BPM+Web2.0」で略称は「BW2」です。2月にセミナーを予定しているので、何とかそこに間に合うようにがんばろうと思っています。

タイムインターメディアの後は、日商エレに戻って今後の進め方の確認。いくつかのポテンシャルユーザに対する提案書や「BW2」のビジネスプランを作成することになった。どんどん具体的になっていくので楽しくなる。

それが終わって、東銀座の「越洲」で前にいた情報子会社の社長で今は相談役になったKさんと久しぶりの会食。ここは相変わらず酒も肴もうまい。

夜中遅く帰ると社長がまだ起きていて報告がてら話をしていたら、28日、29日に「SaaS World 2007」が六本木のミッドタウンで開かれるが、リクルートのMashupAwardのブースで、Mashupperたちのライトニングトークがあり、そこでしゃべるとのこと。

SaaSというと、エンタープライズ系のことと思っていたら、こんなこともプログラムに入ってきていて驚いてしまう。やはり、ビジネスサイドでもネット系に関心が出てきたということなのだろうか。ぼくらのやっていることも広義のMashupだから、早く世の中に送り出したいと思うのである。
 

2007年11月28日

書評の評

この日曜日の読売新聞の書評に、映画監督の西川美和は書評を書いている。最近評者になったようだ。その本を読んだわけではないが、評がすばらしいので、そのことを書きたくなった。

書評の対象の本は、ねじめ正一著の「荒地の恋」という本である。この本は、戦後の代表的な詩人である田村隆一と彼の親友で詩誌「荒地」の同人であった北村太郎の二人の間で起きた田村の妻の奪い合いの物語である。以下、西川美和の書評の抜粋を書く。

北村太郎は、妻子に恵まれ、新聞社の校閲部で地道に勤める傍ら、合間に細々と詩を書く生活だった。詩人としての実りの乏しさを思うとつい漏れそうになる溜息を、目の前の平凡な幸せを慈しむことで飲み下していた。 その北村が53歳の時、かつて事故で失った初めの妻と同じ名の、田村の妻<明子>と恋に落ちる。定年目前で家庭と仕事を棄てた男は、突然燃えるような情熱と「言葉」をとり戻す。 田村は敏感に自体を察知しながらも、常識的な道義などおくびにも出さず、それでいて異様な情念を燃やし、明子に甘え、北村に甘え、真綿で首を絞めるように二人を壊していく。その奇怪さ、エゴの強さ、不恰好な孤独の深さがいかにも天才然として魅惑的であり、また哀しい。 夫を生かしているのは自分の支える「生活」であるという自負が、妻たちを生かしている。毒々しいまでのその自負が蔑ろにされることで、既に壊れていた明子に続き、北村の妻も壊れた。北村は赤貧を十字架のように背負い、田村は酒で身を持ち崩し、体を張って妻を手繰り寄せる。「生活」を舐めたことで二人とも生活に復讐されたが、代わりに「生きた言葉」の湧き出す、血の通った人生も手にした。しかし、妻たちは、舐められても自ら裏切っても、なおも夫の帰る気配に耳をそばだてるのである。生活とは、自由とは何か。夫婦とは何なのか。その問いが、詩人に限らず、人生を歩む者に等しく迫る。

うーん、これだけの短い文章の中に、的確に本の主題を表現しているとともに、本を読まなくても、そこに書かれてあること単体でも十分意味が通る迫力である。ここで述べられている「生活」と「言葉」の問題をここまで言ったひとも少ないのであり、そこの視点がすばらしいと思う。

さすが、映画「ゆれる」の脚本を書いて監督したひとである。改めて、次回作を期待してみたくなった。
 

2007年11月29日

個人情報保護の行きすぎが恐くなった

今月の初めに佐賀県で起きた病院に入院した人が暴力団員に拳銃で撃たれ死亡した事件を覚えていると思いますが、それが人違いだったというので大きな話題になりました。どうも、病室に名札をかけていなかったので、被害者の方の前にその病室に入っていた暴力団関係者と間違えたようだ。

名札をしていたら間違われずに済んだかどうかは確かではないが、病室に名札をかけていなかったことにちょっと驚いてしまった。個人情報保護法のガイドラインでは、病室の名札掲示は、プライバシー保護の観点から「患者の希望に応じて一定の配慮をすることが望ましい」と定めているそうだ。

ぼくは個人的には、学校の連絡簿に住所を載せないといったように個人情報保護が行きすぎのように感じている。この事件も、ひょっとしたら名札があったら助かったかもしれないと思うと、こんなところにも弊害が出てきたのかと思える。

そこでよーく考えてみたら恐ろしくなってきた。個人情報保護の行き着くところは個人を特定するものを自分の周りからなくしてしまうことにある。客観的な情報により自分のアイデンティティを証明してくれなくなったらどうなってしまうのだ。

逆に個人情報を知らしめることにより、自分が保護されることもなきにしもあらずのような気もする。個人の情報ばかり保護して、その人そのものを保護しなくなってしまうという皮肉な結果にもなりかねない。なんだか、気持ち悪くなってきたぞ。

2007年11月30日

ちょいデキ!

皆さんは「サイボウズ」という会社あるいはソフトウエアをご存知ですか。「サイボウズ」というのはグループウエアと呼ばれるソフトウエアパッケージのことで、会社名も「サイボウズ」と言います。そこの社長の青野慶久が書いた本が「ちょいデキ!」(文春新書)です。

内容は、このタイトルにもあるように青野社長がそんなに出来る人ではなく普通よりちょっとでデキルことを積み重ねて東証一部上場会社の社長になれたみたいなことが書かれている。

実はこの「サイボウズ」は前にいた会社で使っていたのでなじみがあるんだけど、この起業の話は結構有名で、今から10年前に高須賀宣、青野慶久、畑慎也の三人の若者が、愛媛県松山市に会社を作った。東京ではなく地方で起業ということも珍しがられたものだ。

ちなみにこの三人の現在は、最初の社長であった高須賀は現在、米国のポートランドで「LUNARR」という会社を設立し、同名のソフトを来年から売り出すそうで、そのβ版をもらっていま見ている。

畑は、サイボウズラボの社長になって、優秀な技術者を引っ張っている。このサイボウズラボのメンバーは半端じゃなくスゲエーメンバーで、IPAの未踏ソフトウエアに採択されたり、スーパークリエーターに認定された人が何人もいる。明日も畑さんがPMを務めた未踏の報告会があって、うちの社長は聞きに行くことになっている。そこで、青野社長が講演するとのこと。

話が本からそれてしまったが、それたついでにもう少し。青野社長は大学を卒業して、松下電工に入社したんですね。そこではあまりいい社員ではなかったと本にも書いてあるが、それでも、グループウエアみたいなものを作っていたということなのだが、実はぼくは彼らが作ったグループウエアを見たことがあるのだ。

そのころ情報システムの仕事に変わったばかりだったので、他の会社がどんなことをやっているのかを聞いてまわったことがある。当時は三重県の四日市にいたが、近くに松下電工の工場があったのでそこに行っていろいろ聞いてみたら、社内のコミュニケーションツールとしてグループウエアのようなものを使っているとのこと。まだ、グループウエアというような言葉のなかったと思うが、ずいぶんと先進的なことをやっているなあと感心した。それが後のサイボウズだったのだ。

だいぶ脱線してしまったので本に戻るが、最初に書いたようにとりたたてこりゃすごいというようなことが書いてあるわけではなく、むしろ当たり前のことをそれこそちょっとだけ工夫しているということ肩肘張らずに言っている。だから、ひとつずつ、そうこの本は49のQ&Aから成り立っているが、その質問の答えのひとつずつはなるほどと思うぐらいで、さあっと読み進めてしまう。

ところが、全部読み終えるとおっとこれってけっこう難しいことかもしれないと思い出した。こういうたぐいの本というのは、スーパー経営者とか、カリスマがその成功の秘訣みたいなものが多いが、そういうものはぼくのような凡人にはまねができないようなことばかりである。

その点、この本に書かれていることは普通の人がちょっとがんばればできることが多く書かれている。ただ、全部実行できるかというとそこが難しいのである。通信簿で5がいくつかと3がいくつかはありえるが、オール4は難しいのと同じと言ったら言い過ぎだろうか。

まあ、実際に講演会で青野社長を見たこともあるが、本当にやさしいおにいちゃんという感じで社長とは思えない。これから、こうした従来にはいないタイプの経営者が出現してくるのだろう。ぼくは、かれのライフスタイルは悪くないと思っている。
 

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