ぼくの好きな俳句に“浜までは海女も蓑着る時雨かな”というのがあります。滝瓢水という江戸時代の俳人が詠んだ句です。瓢水は、先日あの痛ましい事件があった加古川市別府で大きな廻船問屋を営んでいる家に生まれたが、家業をほったらかしにし、遊蕩三昧で結局家業をつぶしてしまったという破天荒な人生を送った人です。
この句は、あるとき瓢水の名を慕って禅僧が訪ねてきたが、瓢水は薬を買いに行って留守であった。死ぬのが怖いやつはだめだとして帰ろうとした僧に、「浜までは海女も蓑着る時雨かな」と詠んだと言われています。
名前の通り、なにか飄々とした感じがいいと思いませんか。その他にも“手に取るなやはり野に置けれんげそう”という句もあり、これなんかも同じような雰囲気ですよね。
この最初の句の意味するところはなんでしょうか。海女は海中に潜るのが仕事だから、どうせ濡れてしまう。しかしそうであっても、雨が降れば浜までは蓑を着てゆく。やがてそうなる事は分かっていても生き方の姿勢、けじめは大切という事だと言っていると言われています。
ぼくはもう少し突っ込んで「矜持」あるいは「誇り」のようなものを感じるのです。それと、その姿を見ている瓢水のたたずまいを空想し、その見つめる目に優しさを感じてしまうのだ。
なぜこのことを書いたかというと、今日の新聞の書評で橋本五郎さんが、「移りゆく「教養」」(苅部直著)という本について書いてあった内容が、先の句のことと似ていたのである。G・オーウェルのエッセイ「絞首刑」の中に出てくる話について書いてあったくだりで、その一部引用する。
インドの帝国警察の警官としてビルマに勤務していたオーウェルは、ひとりのインド人が絞首刑にかけられる場面に立ち会う。絞首台に向かって歩いた男が、水溜りに近づくとふと歩みをそらして足が汚れるのを避けた。その瞬間、オーウェルの心に小さな衝撃が走る。すぐ命が絶たれるのに「生への愛おしみ」を保つ死刑囚。その姿に植民地支配者と現地住民の壁を越えて、同じ人間であることを了解する。そのオーウェルに政治学者栗原彬は大きな「教養」を見た。「限界状況で、教養は生の証とか、人間の尊厳としか言いようのないものとして、そっと現れる」からだ。
まあ、ちょっと大げさのようだが、「「狂い」のすすめ」でひろちさやが書いているように、仏教で言う“その時々を一生懸命生きるということ”が大事ではないだろうか。
そして、その姿をやさしく包むように見ることができる心の有り様が「教養」ということなのではないかとそんなことを思わされた。