このあいだ、チャイナばなしで民族のことを書いたが、ひとつの国の中の民族ではなく世界の中の民族という意味で、以前から謎なのはユダヤ人のことである。
疑問に思っていることがいくつかあって、例えば、どうしてあのホロコーストのようなことが起こったのか、反ユダヤ主義とは、なぜユダヤ人は結束が固いのか、ユダヤという名の国家が存在しないこと、どうして数多くの学者や芸術家など優秀な人材が輩出されるのだろうか、などなど日本人の普通の発想ではなかなか理解できないことが多い。
そんなことを考えながら「私家版・ユダヤ文化論」(内田樹著 文春新書)を読む。ついちょっと前に小林秀雄賞を受賞したばかりだ。内田樹はいまやマスコミの寵児であちこちの新聞、雑誌に登場する。(テレビには出ない)その歯切れのいい文章とキレのある論理で私たちに迫ってくる。ただ、ぼくは毎日彼のブログを読んで慣れているのでそう言っているけど、初めてのひとはちょいと読みにくいかもしれませんね。ところで、ウチダ先生がこんなにもてはやされるようになるとは思わなかった。「下流志向」あたりからぐっと露出が増えたように思える。
さて、「私家版・ユダヤ文化論」は、私家版とうたっているように内田樹の個人的な言質を主体に、「なぜ、ユダヤ人は迫害されるのか」という問題を追及している。
一昔まえに「ユダヤ人と日本人」(イザヤ・ベンダサン著、実は山本七平))という本がベストセラーになったが、もう内容は忘れてしまったが、そのとき、日本人にとってユダヤ人とは何かとということより、それこそなぜユダヤ人は迫害されなくてはならなかったのか、そしてなぜユダヤ人は創造性のある優秀さをもちあわせているのかが気になっていた。
「私家版・ユダヤ文化論」は、そのあたりについて非常に面白い議論が展開されていて思わずのけぞってしまうくらいだ。両方の論旨をここで載せても長くなるので、ユダヤ人の優秀さについて記す。
ぼくは映画が好きだが、映画人のなかにユダヤ人が多いことに気がつく。ウッディ・アレン、スピルバーグ、チャップリン、メル・ブルックス、イリー・ワイルダー、ジーン・ハックマン、ダスティン・ホフマン、ポール・ニューマン、ローレン・バコール、バート・バカラックなどなどがいて、ユダヤ人なくして映画史ができない。映画だけではなく音楽界や学問の世界もキラ星のごとくユダヤ人が現れてくる。
ノーベル賞では、自然科学分野での突出ぶりがすごく、2005年度までの医学生理学賞48名、物理学賞44名、化学賞26名で割合で言うとそれぞれ26%、25%、18%に相当するのだそうだ。ユダヤ人は世界人口の0.2%だから、その異常さにびっくりします。
なぜこんなことになっているのだろうか。ユダヤ人だけが特別な脳をもっているわけではないし、しかも教育も含めて世界中のさまざまな異なった環境にいるから同じ環境で純粋培養されているわけでもない。
そこでウチダ先生はこう考えた。
この異常な数値は民族的な仕方で継承されてきたある種の思考の型が存在することを仮定する以外に説明することができない
そして、続けて
ユダヤ人にとっての「ふつう」を非ユダヤ人が「イノベーティヴ」と見なしているということである。
うーん、面白くなってきたぞ。
彼らはあるきっかけで「民族誌的奇習」として、「自分が判断するときに依拠している判断枠組みそのものを懐疑すること、自分がつねに自己同一的に自分であるという自同律に不快を感知すること」を彼らにとっての「標準的な知的習慣」に登録した。
なるほどそれで
ユダヤ人の「例外的知性」なるものは、民族に固有の聖史的宿命ゆえに彼らが習得し、涵養せざるを得なかった特異な思考の仕方である。
ユダヤ人の「聖史的宿命」とは、「諸国民」に先んじて、「諸国民」より以上に受難することである。
いやー、これだけではなかなか理解しにくいと思いますが、全部を読み通すとわかってくると思います。
こうしてみると、イノベーティブな仕事をしようと思ったら、ある種のユダヤ人的な思考の仕方を採り入れるということが有効なのかもしれませんね。
日本人が書いたユダヤ人論だからこそ冷静で客観的な見方が随所にみられ、さすが、養老孟司が絶賛して小林秀雄賞を受賞したことを実感する好著です。
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面白かったけど、「私家版」という看板はやっぱり逃げだと思う
私には良く分かりませんでした
邪悪な人にならないように、自分の仮説に反する事実にも目をそらさないでいよう
