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乗り物が様変わり - チャイナばなしその8

最近中国の街の映像が映ると車が溢れていて、特に北京や上海などはすっかり世界の大都市に近いものになっている。この乗り物の変化もこの30年で大きく変化したもののひとつであろう。乗り物もさることながら、道路や鉄道、航空事情も昔とぜんぜんちがって非常によくなっている。

30年前の風景を少し書いてみる。

当時は自動車の数がほんとに少なかった。北京の市街地でもほとんどが自転車で、車は自転車をよけながら走っていた。郊外の行くと馬車か牛車である。のんびり御者が居眠りしながら道路を歩いていく。驚いたことに工場の中でも廃油のドラム缶を積んでいくのは馬車の仕事なのだ。だから、いたるところに馬と牛の糞がころがっていて、またその糞を拾っていくヤツが道路の脇を歩いている。燃料にするのだ。

自動車は紅旗という高級車と上海という一般車とあとすこしのフォルクスワーゲンとフォードくらい。日本車は全くない。トヨタにしてもホンダにしても中国進出は非常に慎重で、最近こそ多くの日本車が走っているが、最初はヨーロッパ車が進出していた。特に上海はヨーロッパ好きの都市で、そこは北京と違うところである。この北京対上海という対立構図についてはまたあとで記す。

さて、車に関して入国してからすぐにたまげたことがある。北京空港から市街まではいまでは立派な高速道路もでき、時間も短縮されているが、当時はまだ舗装もされていないところもあり、もちろん車の通りもほとんどない。着いたのが夜遅かったので特に真っ暗なところを自分たちの乗るマイクロバスだけが走っている。ところが、恐ろしいことに何とヘッドライトの明かりを消して走るのだ。そして、前から対向車が来るとそのときだけヘッドライトを点灯する。これには、びっくりしたなあ。いまでもそうだという話を聞いたような気がするがどうだろうか。

自動車のことを中国語で「汽車(チーチャ)」という。最初ホテルの前に汽車と書いてあるので機関車でも来るのかと思ったらタクシーのことであった。この言葉はすぐに覚えた。どこかに行って国際友誼商店(ここがいつも集合場所になっていた)に戻るときは、“チーチャ”と言ってタクシーを呼んでもらわないとえらいことになる。10年後くらいして行ったときには北京駅前に人力車がたむろしていたが、料金を聞いたらタクシーの何倍かの値段を吹っかけてきたので日本語で“アホぬかすな!”と言ってタクシーで帰った。

話変わって、日本語の汽車のことである。中国語では「火车」という。滞在中3度ほど乗ったことがある。いちばん印象的だったのは、上海から西湖のある杭州までの鉄道の旅です。みなさんよくご存知だと思いますが、中国には硬席と軟席というのがある。硬席は文字通り板が張ってあるままの硬い席ですぐにお尻が痛くなる。ぼくらはVIP待遇だから、乗るときも貴賓室みたいなところから乗り込んだのだけど、何かの手違いで乗った車両が硬席だったのだ。同行の通訳がびっくりして、乗務員と掛け合ってくれて軟席に移されたが、しばらく一般の中国人といっしょに硬席に座っていたので、そのすわり心地がわかるのだ。

さらに、飛行機のことである。北京から上海には中華民航で行ったのだが、仲間はほとんど何もしゃべらずじっと目をつぶっていたといったらおわかりでしょうか。

ぼくの見た30年前の風景から考えると今の状況は想像を絶する早さで変化していることになる。こうした、急激な変化がどこかでひずみを起さなければいいがと心配になる。え、もうひずみが出てるって。

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2007年09月20日 09:58に投稿されたエントリーのページです。

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