前回、高級食材を使った料理でもすごく安く食べられることを書いた。今は物価や中国人の収入などが日本に近づいてきているが、30年前というと、物価にしても労働者の賃金にしても大きく差があった。平均的な労働者の月収はだいたい50元くらいと言っていた。当時のレートは確か、1元が150円だったと記憶している。従って、日本円で月7,8千円といったところである。
ぼくたちは、国から招かれたひとたちであるから、入国するとパスポートを取り上げられるんだけど(話はそれるが、これって恐いですよ、いきなり身柄拘束されるわけですから)、その替わりといっちゃ何ですが、1日10元の生活費が支給される。当時はもちろん日本円は使えないので、その10元で生活を賄うわけである。1日10元だから月でいうと300元、ということは平均的な中国のひとの6倍ももらうことになる。
で、生活は工事現場(サイト)の近くの招待所(こういう呼び方をしているが、外国人専用の宿泊所でまあホテルのようなものです。食堂や卓球、ビリヤード等の娯楽施設もあるし、床屋もある。)に缶詰みたいなものだから、お金を使うところがない。近所には何もないし、だいいち半径1km以内しか出歩いてはいけないのだ。
一日でいくら食べても2,3元しか使えない。あとは、2週間に一回マイクロバスで北京市街に連れていってくれるときに豪勢に飲み食いするくらいだ。食べ物以外で買うといったって、ぼくは人民服と人民帽で暮らしていたが、それもおそろしく安く買える。しかも、余った人民元は持って帰れないのだ。
でこの金を使ってどうしたかというと麻雀なのだ。招待所のなかで日本人だけなら麻雀してもよいことになっているが、これって賭け麻雀かなあ。実質使えない金だからぼくらにとっては、単なるチップみたなものだが、中国人が見たらさぞかしびっくりしたはずだ。だって、“ロン!満貫、車一台”、“役満だ、家一軒!”なんて言葉が行きかうんだからすごいもんでしょう。でもおもしろくねえんだなこれが。
ところで、この生活費がもらえるということですごい助かったのだ。結局4ヶ月ぐらいいたので、そうなんです、日本でもらった給料がボーナスも含めてまるまる残ったというわけです。ぼくは、自慢じゃないが、江戸っ子になった気分で宵越の銭は持たないと豪語していたので、それまでまったくの蓄えがなかったのだが、一気に貯金通帳に数字が打たれたのであります。実は、結婚式をあげるお金がなかったのが、これで何とかなった。というような話は嫁はんにはしていない。
一瞬ではあったにしろ、その国ではお金持ちになったが、ただ、お金はもっているんだけどそれが使えないというのは、本当のお金持ちと言えるのだろうか。