わが家の台所のすみに置いてあって、ずっと気になっていたDVDがあった。吉永小百合主演の「北の零年」だ。なぜ、置いてあるかというと、実は嫁はんはトヨエツこと豊川悦司の大ファンで、そのトヨエツが出演している映画のDVDを買ってあったというわけだ。
その前も、これは借りてきたのだけれど「愛の流刑地」を見てにやにやしていた。ぼくが、「愛の流刑地」を見たいから貸してといったら、いやな顔をしてすぐに返してしまった。どうして貸してくれなったか謎だ。
その「北の零年」を見る。監督がいま注目の行定勲で、この監督の作品は窪塚洋介が主演した「GO」しか見ていないが、このときいい映画作るなあと思っていた。
さて、「北の零年」だが、物語は明治維新後淡路島から北海道へ移住を強いられた稲田家のひとたちが、苦労して開拓していく姿を描いたものである。
この時代設定や状況はそれだけで劇的なものであり、多くのエピソードに彩られている。だから、どこに視点を置くかで随分と違ったものになるような気がする。たとえば、苦労して苦労して田畑を耕すが、なかなか実らないというようなことを中心とした根性物語にもなる。
でこの作品を観てすぐに思ったのは、これは西部劇じゃないかということだ。馬が躍動したりする映像はまさに西部劇だ。ただし違うのが、男が戦わないところである。海の向こうの西部劇は開拓民がインディアンと戦いながら西へ進んでいくが、この映画では、インディアンの代わりにアイヌが出てくるが、主人公の志乃を助ける役回りだ。男どもは結局みんな意気地なしで、それに反して女どもがたくましく描かれている。
しかし、それを60歳を過ぎた吉永小百合が演じるのだけれど、荒れた土地を耕す鍬を振るにはちとお歳をめされ過ぎているように見える。それと、渡辺謙が演じる志乃の旦那が半月で帰るからといって札幌にいったまま5年間も戻らず、しかも結婚もしちゃって、その後政府の高官になって馬の徴用にやってくるという、こんな筋立てって無理があると思いません。このあたりがどうもしっくりいかなかったのである。
というわけで、吉永小百合のための映画なのだが、吉永小百合の開拓民は似合わない。そして、嫁はんイチオシのトヨエツにしても政府から追われている元会津藩の武士でアイヌの古老と一緒に暮らしているという役で途中まで格好よかったのに、最後に武士として潔く討ち死にするのかと思いきや、銃に撃たれる前に吉永小百合が立ちはだかってくれて命拾いする。
だから、渡辺謙にしても豊川悦司にしても、そうそう柳場敏郎もそうだが、みんなよく考えてみると最後は女々しい男になってしまう。ぬぬ、行定はあえてそういう設定にしたのかもしれない。


最悪
駄目だ!邦画がんばれ!
コメント (1)
はじめまして(´∀`*)
昨日レンタルで私も観ました。
男性と女性とでは感想も違うようですね。私は素直にサユリストの気持ちに共感しちゃいました(笑)
結局「愛の流刑地」は観れてないんですか?
私はまだなんですが・・・・(´・ω・`)
TB貼らせて戴きます♪
投稿者: HARRY | 2007年09月16日 00:25
日時: 2007年09月16日 00:25