ビジネスは戦争か?
よくビジネスは戦争であるとか言われているが本当だろうか。もし、戦争と同じであったら、職場は常に戦場であり命をかけて戦っている場ということになる。常在戦場と言う経営者もいる。
たしかに組織的には指揮官がいて、あるヒエラルキーのもとに指揮命令により人々が動くということは同じといえば同じであろう。さらに言えば、軍隊では服従が絶対であり、それが崩れると死を意味する(逆に無能の指揮官に服従することが死を招くこともあるのだが)、もちろんビジネスの世界でも上司の命令に背けば終わりであり、逆に上司の命令に不服従だとくびになるのだ。
とここまでみると軍隊のよいところを会社にあてはめれば強い組織になれそうな気がしてくる。ところが、ちょっと待てよということがあるのだ。いったい戦争で兵隊さんは何に対して命をかけるのだろうか。鎌倉時代の武士は一所懸命といって自分の土地に命をかけて戦ったが、現代の戦争はその大義名分は一体何なのだろう。
それはひとつだけではなく、あるときはイデオロギーであり、宗教であり、主義であり、そうした大義への使命感が戦場へとかりたてるのだろうか。そういった意味では、ビジネスの世界で使命感を抱かせる大義とはいったいなんなのだろうか。経営理念、経営方針にはそんな魔力があろうはずはなく、いくらカリスマ的経営者がいたとしても教祖様にはなれないだろう。
一方で、それでは金のために働くのかというとそうでもなく、ノーベル賞の田中耕一さんの例のように、自分の好きなことができれば昇進も高給も要らないなんてこともある。従って、使命感、達成感、やりがい、評価(報酬)、名誉欲といったそれぞれの要素が絡み合ったものが、ひとを仕事にかりたてるのだろう。
みなさんよくご存知のNHKで放送していたプロジェクトXという番組があった。これなんかはまさにビジネスが戦争になった例なのではないでしょうか。戦後の復興から高度経済成長へ走っていた時期は本当にあちこちでプロジェクトXが出現していたような気がする。
だいぶ前にぼくは最初に入った会社の社史のようなものを編集したことがあったが、そのとき会社設立、工場建設といったことを当時を知る人から聞き書きしたり、昔の新聞を読み返したりした。それをまとめながら、こりゃプロジェクトXだと思わず叫んだことがある。もう何日も家に帰らなかったとか、3日続けて徹夜したとか、指導にきた米国人とけんかしたとか、そりゃすごいことの連続である。
よくそこまでできたかという思いだが、そうした苦労話を嬉々として話すOBの顔をみていると、テレビのプロジェクトXの出演者と同じなのだ。まあ、あのころは自分たちが日本を復興し、強くしていくのだという使命感のようなものを皆が抱いていたような気がする。日々戦っていたのである。
翻って今の日本にプロジェクトXはあるのだろうか。おそらく形は変わってもあると思う。30年後にテレビで放映したとき、どんなプロジェクトが、どんな出演者がそんな顔で語るのだろうか。ニンテンドーDSの開発秘話なんてかもね。
ところで、プロジェクトXを見ていたとき、いつも思っていたのは、あの出演者たちの奥さんはどうだったのだろうかということだ。きっとあれだけのことができる陰では奥さんが相当泣いていたことは想像に難くない。だから、半ば本気で「妻たちのプロジェクトX」という番組を作ってくれないかなと思っている。


すさまじい偏向ぶり
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駄目だ!邦画がんばれ!

